魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第十四話 想いを力に変える時

 電子機器のランプがチカチカと点滅を幾度となく繰り返す。

 モニターに映る数字と棒グラフは時折更新され、無機質な機械音を立てて稼働し続けていた。

 俺の肉体の情報でも取っているのかもしれない。まるで実験動物のような扱い。

 ……いや、生物ですらないのか、俺は。

 半透明な液体に髪の毛から爪先まで満たされたカプセルの中から肉体の変質を押し留めながら、己の置かれた状況を客観視して自嘲する。

 この人格も、懐いている感情も仮初め。紛い物。模造品。贋作。

 俺は赤司大火ではない。その人間は当の昔に死んでいた。

 ならば、今ここに居る俺を何と呼称すればいいのだろう。

 ああ。いい呼称があった。魔女モドキにちなんで「人間(ヒト)モドキ」なんてのはどうだろう?

 人間の振りをしながら、人間とはまったく別種の存在。

 

「はは……俺にぴったりだな」

 

 卑屈で見っとも無い乾いた声がカプセル内の液体を伝導して響いた。

 ここまで心が折れるとは思ってもみなかった。

 自分が自分であるという事はそれほどまで重要なのだ。

 心が空っぽになった気分だ。……実際は最初から満たされてなどいなかったのだが。

 何もかも諦め、このまま魔力の暴走に身を任せ、何もかも終わりにしてしまおう。

 赤司大火を(かたど)る事を止めれば、俺はきっとただのイーブルナッツに戻るだろう。

 それで終わりだ。何もかも終息する。

 もう悩む事も嘆く事もない。ただの『物』に戻る。

 意識が儚く(とろ)けてゆく……ぼんやりとした思考。

 手足を覆う液体の感触が少しずつ感じられなくなっていた。皮膚も筋肉も次第に麻痺していく。

 眠りに落ちる数秒前のような感覚が鈍化して、視界が(おぼろ)になる。

 

「………………?」

 

 自然な流れに従って緩やかに分解されつつあった聴覚が突如部屋の環境音以外の音を拾った。

 部屋の天井の上から、くぐもった轟音が聞こえてきたのだ。

 同時に俺の入っているカプセル内の半透明な液体が振動で大きく揺れた。

 それからすぐに慣れ親しんだ波長を感知する。

 この反応は――イーブルナッツの活性化した魔力反応。

 まさか、ドラーゴの襲撃か……?

 自分の正体を知る前の俺であれば、即座に身体が動き、奴を倒しに向かっただろう。

 だが、今の俺にはもうその気力は湧いて来ない。

 憎っくきドラーゴを倒し、かずみとカンナを救う。

 その願いを持っていたのは、本物の赤司大火。偽物(おれ)ではない。

 このまま、コピーしただけの自我を失いつつある俺には関係のない事だ。

 そう、俺はただのイーブルナッツなのだから……。

 もう何も見えない。聞こえない。意識は暗い暗い闇の底へと落ちて行く。

 

『おい。何勝手に諦める気になっているんだ、お前』

 

 誰かの声が聞こえた。

 何故聞こえる? ここには誰も居ないはず。何も存在しないはず。

 あるのは暗闇。音も光もない。静寂の闇だけ。

 

『このユウリ様の声を忘れたのか? お前はどこまで馬鹿なんだ』

 

 ユウリ……? 誰だっただろうか。聞き覚えある響きがする。

 声は呆れたように吐き捨てた。

 

『じゃあ、いい。お前自身の名前くらいは覚えているだろう? お前は誰だ? 何者だ?』

 

 俺の名前……。何故だろう。思い出せない。そんなものがあったのかも分からない。

 何者かと問われても、明確に己を表す名称など思い付かない。

 

『思い出せ! 自分の名前を、自分の姿を! アタシのように自分を無くすな!』

 

 声は怒っている。俺に思い出せと叫んでいる。

 分からない。声は何に腹を立てているのか。どうしてそんなに俺にこだわるのか。

 俺は……そもそも何だ? 俺というこの意識はどこから来た?

 分からない。分からない。分からない。

 何も分からない。

 だが、どうでもいい。何も感じたくない。こんな意識も要らない。

 俺というこの感覚が邪魔だ。早く消えて欲しい。

 

『やめろ! それ以上、自我を失うな! お前にはやるべき事があるんだろう!? 護りたい人が居るんだろう!?』

 

 やるべき事……? 護りたい人……?

 何だ、それは。そんなものはない。そんな人は居ない。

 何もない。何もない。何もない。

 

『いいや、あったはずだ! 居たはずだ! アタシは知っている。お前が大切な譲れないもののためにたった独りで戦っていた事を!!』

 

 声は強い確信を持っているかのように高らかに叫ぶ。

 

 しつこい。くどい。うるさい。

 だまれ。だまれ。だまれ。

 ほうっておいてくれ。

 ききたくない。しりたくない。

 いなくなりたい。きえてしまいたい。

 はやく、きえてしまいたいのに……。

 

『教えてやる。お前は馬鹿だ! それも飛びっきりの馬鹿! だけど、一本筋の通った馬鹿だった。そんな情けない事を言うような奴じゃない!』

 

 お、れは……なにも……。

 

『お前の名前は赤司大火! 名前の通り、炎のような大馬鹿だ! そして……私にとってのヒーローなんだよ!』

 

 あかし、たいか……。

 なぜだか、とてもなつかしいひびきがする。

 

『当たり前だよ! それが、あなたの本当の名前なんだから』

 

 ほんとうの、なまえ。

 

『私が捨ててしまったものをどうか、思い出して!』

 

 思考が徐々に定まってくる。

 そうだ。俺の名前は――赤司大火。

 消えかけた記憶が、失いかけた感情が再び、俺の元へ再結集していく。

 思い出せた。

 俺のやるべき事はドラーゴを、一樹あきらを討ち倒し、この街とそこに住む人たちを救う事。

 覚えている。

 俺の護りたい人の名前は『かずみ』、そして『カンナ』。

 どこまでも広がる深い暗闇に眩い光に照らされる。

 白い世界に居たのは、見た事のない顔をした少女。

 しかし、俺は彼女の名前を知っていた。

 

「あいり、でいいんだろう?」

 

『正解。私が杏里あいり。名前を捨てて、親友の姿を使って復讐者になった愚か者』

 

 声も口調もはにかんだ表情も、ユウリとは違う。

 ユウリがクールで美しい顔立ちなら、彼女は温かで可愛らしい顔をしている。

 つい内心で比較していると、あいりは少し不満げに唇を尖らせた。

 

『ユウリと違って美人じゃないから、あんまりじろじろ見ないでよ』

 

「いや、どちらかと言えば、そちらの顔の方が好みだ」

 

『バッ、バッカじゃないの!? 普通、そういうの真顔で言う?』

 

 怒られてしまった……。

 失言だったようだ。俺は女子と話した経験が足りないのでこの辺の機微に疎い。

 思えば、かずみもカンナも普通とは掛け離れた女の子。あの二人はストレートに表現しても受け入れてくれたが、普通の女の子はどうも勝手が違うらしい。

 赤くなるほど怒らなくても、と思うが、もしもお袋なら「デリカシーのないあんたが悪い」と拳骨をくれていた事だろう。

 

「悪い。俺は口下手なんだ。許してくれ」

 

『……いいよ。あなたが馬鹿正直ってところは認めてるから。それより、もう大丈夫なんでしょ?』

 

「ああ。あいりのおかげで自分を取り戻せた。感謝する」

 

『じゃあ、行って来なよ。きっとあなたの助けを待っている子が居るはずだから』

 

 あいりはそう言って、後ろを指差す。

 そこには扉が一つ空間に浮いていた。

 壁も天井もないのに、扉は縫い付けられたように鎮座してある。

 あそこが出口。一度通ったらもうこの空間には二度と帰って来られない。

 そんな確信めいた予感がした。

 だから、俺は扉に向かう前にあいりの顔を見つめる。

 彼女は怪訝そうな表情で見つめ返してきた。

 

『どうしたの? 早く行きなよ』

 

「あいり。これでお別れなのか?」

 

『私はあなたに与えたソウルジェムの残滓(ざんし)。それが大火のイーブルナッツに吸収されて残っているだけ。こうやって魔力を搔き集めて一時的に自我を保っているのはこれで最初で最後だよ』

 

「そうか……」

 

 薄々は感じていたが、面と向かってそう言われると寂しさを感じる。

 俯きそうになる俺に彼女は柔らかく微笑んだ。

 

『大丈夫』

 

「え……?」

 

『今回みたいに言葉を掛けてはあげられないけど、私はずっと大火の心の中に居る。大火が振るうその力の一端が私なの』

 

「そうか……そうか! なら、寂しくないな!」

 

 力強く彼女に笑顔を返し、握り拳を作る。

 俺は独りではない。味方が居る!

 あいりという頼りになる味方が!

 であれば、彼女に述べる言葉は一つ。

 

「行ってくる!」

 

『行ってらっしゃい、大火』

 

 あいりに見送られ、白い空間の中で唯一色の付いている扉を開く。

 彩られたその扉はあいりのソウルジェムと同じ、ショッキングピンク。

 心の世界の出口は現実世界への入口。

 俺はもう一度、この残酷な世界と向き合う事に決めた。

 

「っ! ここは……」

 

 気が付けば、俺はカプセルの中で浮いていた。

 手も足も、身体の隅々に至るまで人間の肉体に戻っている。

 末端から中枢に掛けて、感覚が完全に定まっていた。

 部屋の上から地鳴りと先ほどよりも大きな轟音が連続して響き渡る。

 上ではかなりの激戦が行われている様子が察せられた。

 時間はない。すぐさま、このカプセルを破壊して、上に向かわなければ!

 己の奥に位置する核たるイーブルナッツへ意識を集中させる。

 もう迷いはない。

 偽物でも、模造品でもいい。

 この想いが本物だと言ってくれる人が居るのなら、俺は何度でも戦える。

 変身……否、この想い(・・)を籠め、更なる力を一気に引き出す!

 

想変身(そうへんしん)!」

 

 肉体は濃いピンクの粒子に包まれる。

 ショッキングピンクの外骨格。鋏から競り上がった銃身。尾節から伸びた砲塔。

 俺の姿は最初からあいりの力を纏い、変身していた。

 これが俺の〈復讐者の形態(リベンジャー・フォーム)〉。ドラーゴに奪われたものをもう一度護るための姿。

 両腕の銃身から魔力弾を放ち、カプセルのケースを打ち砕く。

 舞い上がる破片と床に流れ出す液体を余所に、俺は天井を弾丸の連射し、大穴を削り穿った。

 狙うはイーブルナッツの活性化した魔力反応源。

 天井だった場所に通り抜けられるほどの穴ができた事を確かめると、即座にその中へ尾節を使って跳び込んだ。

 入った先は砕けた壁と床、それに空が剥き出しになった天井。

 今更ながら、俺は自分が監禁されていた場所が地下だったと知る。

 

「何、あなた……地面からいきなり現れるなんて。それにその姿……」

 

 驚いた様に視線を送って来る黒髪ポニーテールの少女。衣装や変形したソウルジェムが肩に付着している事から魔法少女である事が認められた。

 彼女が跨るのは銀色の狼。碧く輝くその眼光の持ち主こそが、俺の感知したイーブルナッツを持つ魔物。

 

『イーブルナッツの匂いがする……僕と同じ魔物? いや、少しだけどソウルジェムの香りが混じってる』

 

 ドラーゴではなかったか。だが、魔法少女とつるんでいるなら、カンナの手の者だろうか?

 即座に周囲を警戒した俺は、仰向けで倒れているニコを発見する。

 

『大丈夫か!? ニコ!』

 

 見れば右足が脹脛(ふくらはぎ)の辺りから無残に引きちぎられ、筋線維が突出した断面図が露わになっているではないか。

 跳ねるように彼女の元へ移動すると、ニコにして珍しく両目を(しばたた)かせる。

 

「……まさか、君に助けてもらえるとは思いも寄らなかったよ」

 

 安堵と困惑の入り混じったような微妙な笑みでそう答えた。

 カンナを殺すと宣言した事で、俺とも敵対したつもりだったようだ。

 彼女は一つ思い違いをしている。これから協力していく上でもその誤解は正さねばならない。

 

『俺はお前と敵対したつもりはない。カンナの蛮行を止めるという一点においては俺も同じ気持ちだ』

 

「私は一度助けられたくらいで考えを曲げるような軽い女じゃないよ」

 

『なら、何度でも話し合おう。——ただ、今は……』

 

「共闘するしかないみたいだね」

 

 俺たちは銀色の狼の魔物とポニーテールの魔法少女を見据える。

 イーブルナッツから感じる狼の魔物の魔力波長は平坦だ。だが、研ぎ澄まされた感覚が教えてくれる。

 奴は強い。心して掛かれと。

 それを従えるあの魔法少女も恐らく生半可な強さではあるまい。

 

「横やりなんて、すっごくムカつく。それも魔法少女じゃない魔物とか。……ドラーゴの奴、手当たり次第にイーブルナッツを渡してるのかな? そういうの、私スキくない」

 

 彼女もまたその手にサーベルソードのような反りの入った西洋剣を生み出す。

 銀狼に騎乗したドレス姿の剣士。海外のファンタジー小説の挿絵にありそうな出で立ちだ。

 

『どうするの? 引く、それとも』

 

 抑揚のない声で狼の魔物がポニーテールの魔法少女に尋ねる。

 彼女はそれに食い気味で答えた。

 

「もちろん、“摘む”に決まってる! ここまで来て逃げる訳ないでしょ! アレクセイ、あなたももっと本気を出しなさい!」

 

『そう、分かった』

 

 敵意を剥き出しにした魔法少女と、どこまでも平坦な態度の魔物のコンビ。

 相反する二者だが、お互いに臨戦態勢に入っている事は確かだ。

 隙がない。下手に動けば、手痛い反撃を打たれそうだ。

 

『ニコ。お前は端で休んでいろ。治癒力が高い魔法少女と言えども、その脚では戦闘は無理だ』

 

 奴らから一瞬たりとも目を離さずに、後ろのニコに言う。

 

「誰に物申してるか分かってないね。欠けたものを作り直すのはニコさんの十八番(おはこ)だよ」

 

 馬鹿を言うなと顔を僅かに向けると、既に彼女の千切れていた脚は元通りに復元されていた。

 断面があったとは思えないほど綺麗に治っている。

 あまりの高速再生にぎょっとしたが、好都合だと考え直す。

 

『ならば、戦力に入れさせてもらうぞ』

 

「こっちは初めからそのつもりだよ」

 

 二対二の戦い。()しくも双方共に魔法少女と魔物という組み合わせ。

 相手にどんな事情や背景があるのか知る由もない。

 だが、俺の護りたい人たちを襲うなら容赦はしない。

 薄闇の下で俺は両腕を構え、彼らへと銃口を差し向けた。

 




ようやく、書いていて二部主人公の大火が好きになってきました。

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