魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第十三話 止まない懺悔

「俺がイーブルナッツ……そのものだと?」

 

 ニコから告げられた衝撃の内容に、俺は絶望に打ち震えた。

 あり得ない。信じない。そんな事は断じてない。

 拒絶の言葉は浮かんでくるが、どれも言葉にならなかった。

 心のどこかで妙な納得があった。

 何故、あの『オリオンの黎明』の攻撃を受け、生きているのか。

 何故、このあすなろ市に俺がもう一人居るのか。

 何故、ドラーゴとの一度目の戦いで意識を失った俺の体内からイーブルナッツが排出されなかったのか。

 数々の疑問が説明が付いてしまった。

 本物の自分は既に死んでいて、今の自分は模造品。

 かずみの境遇とまったく同じだ。

 そうか。これがかずみがあの時に懐いた感情か。

 これは……。

 

「辛いな……」

 

 己を構成するものを全否定された気分だ。

 赤司大火の振りをした偽物。その事実を受け止める強さが今の俺にはない。

 

「うぐっ……何だ……? っ!?」

 

 身体を包む半透明の液体が波打ち、俺の肉体が魔物と人間の間を行き来し始める。

 右手が鋏に変わり、左足が外骨格へ包まれ、また人間の柔らかい筋肉に戻った。

 出鱈目に変貌する肉体は俺の自己意識の揺らぎに呼応するように定形に留まってくれない。

 気持ちの悪い半端な異形。これが俺か……。

 

「……君には同情するよ。情報提供には感謝してるしね。ただ、君はイレギュラーな存在。共に肩を並べて戦うには不安すぎる。かずみ以上に君の存在は不安定だ」

 

 憐れむような目付きでニコは俺を見つめた後、部屋から去って行こうと(きびす)を返した。

 俺は何も反応できずに不定形に蠢く肉体を抑え込み続けた。

 少しでも気が逸れれば、肉体が分解してしまいそうな不安だけが思考を塗り潰していく。

 だが、最後にこれだけは聞いて置かねばなるまい。

 

「ニコ……!」

 

 俺は彼女の名を叫んだ。

 

「お前は……カンナを。自分が聖カンナをどうするつもりなんだ!?」

 

 ニコは俺に背を向けたまま、ほんの少し顔を横に逸らし、呟くように言う。

 

「……自分が生み出したものの責任は取るつもりさ。あの子の存在は私の罪。なら――私がそれを(あがな)う方法は一つだけだ」

 

「ニコ! やめろ……カンナは被害者でもあるんだぞ!?」

 

「ああ、知ってるよ。そして加害者は私だ。いつもそう。取り返しの付かない事をして、さらに取り返しの付かない事を繰り返す……それが私、神那ニコだ」

 

 部屋の扉が開き、ニコはそこから出て行く。

 残された俺はカプセルケースを内側から叩く以外にやれる事はなかった。

 素材が何なのかは知る由もないが、魔物化している俺の鋏でも罅一つ入らない。

 

「また、俺は何も守れないのか……」

 

 慟哭さえも今は力なく響いた。

 この感情さえも本物の赤司大火の真似事でしかない。

 俺はただの、偽物。この感情も、この嘆きも偽物。

 それなら俺のすべき事など、この世界にないのではないか……

 

 

~ニコ視点~

 

 

 本来得られない情報を先んじて手に入れられた。

 これで魔女モドキ騒動の首謀者と協力者の正体は分かった。彼には八つ当たりじみた事をしてしまったが、これでも感謝の念は懐いている。

 『聖カンナ』は私が何をしても必ず、殺す。それが彼女をこの世に生み出してしまった私の責任。

 問題なのは彼女の魔法……『コネクト』。

 心を繋ぎ、他の魔法少女の魔法さえ使用するチートのような魔法。

 あきらについてはその力よりも、プレイアデス聖団に完全に取り入っている事がネックだ。

 警戒心の強い海香やサキまで篭絡(ろうらく)している点から、下手を打てば彼女たちと敵対する事もあり得る。

 幸い、あきらはどのくらいの情報を得ているか知らない。

 上手く奴を出し抜き、捕らえてからカンナの根城を吐かせる。

 あきらには悟られず、プレイアデス聖団に情報を共有する方法も考えなければいけない。

 電話やメールよりもソウルジェムを通じての念話での通信が有効か。

 

「……?」

 

 頭の中で今後の戦いのために思考を巡らせていると、リビングの方に人気(ひとけ)を感じた。

 この家の場所はプレイアデス聖団にも話していない。名前も素性も捨てた私が彼女たち以外の知人も居ない。

 再生成の魔法で作る上げた家に合鍵なんてものも存在しない。

 空き巣にでも入られた? 

 それもおかしい。

 魔法で作られた窓はそこらの防弾ガラスよりも頑丈だ。それに無理やり侵入したなら、いくら研究室が防音とはいえ、多少なりとも破壊音が聞こえたはず。

 だとすれば、まさか……聖カンナ?

 音がする方向の部屋——リビングへと静かに廊下を移動する。

 魔法少女の衣装に変身した後、バール状の杖を片手に握り締め、リビングの扉の前に立つと耳を澄ませた。

 

 シャリッ。シャリッ。

 

 何かを削るような音がこの部屋の中から聞こえてくる。

 意を決して、リビングへと足を踏み込むとそこに居たのは見覚えのない少女がテーブルの上に腰掛けていた。

 ウサギの形に切られたリンゴを美味しそうにフォークに突き刺し、齧っている。

 シャリッとウサギ切りリンゴを齧る度に、黒髪の長いポニーテールが連動して揺れた。

 その隣には銀髪碧眼の少年が包丁でリンゴを剥いている。

 無表情で黙々とポニーテールの少女のためにリンゴを剥く姿は、ワガママなお嬢様と仕事に忠実な執事の関係を想起させた。

 ポニーテールの少女は私の姿を認めると、咎めるように目を向けた。

 

「あ~。やっと現れた。おかげで待ちくたびれて小腹が空いちゃったよ」

 

 フォークに残っていたリンゴの残りをフォークごと床に投げ捨て、テーブルの上から跳ね降りる。

 他にも破り捨てたお菓子の袋などがあちこちが食べ散らかされていた。

 ……他人の家だと思って好き勝手やってくれる。そのリンゴも冷蔵庫に入っていたのじゃないだろうな?

 

「生憎、客人を招いた覚えはないよ。御宅、どちら様?」

 

「双樹あやせ。この姿を見れば、説明は要らないよね?」

 

 彼女はその場でクルリと回ると、パーカーとホットパンツのラフな服装から露出のある白いドレスへと変身した。

 露出した左肩にはひょうたん型の宝石が付属されている。

 一目で分かった。あの宝石は……。

 

「ソウルジェム。……魔法少女が何の用? まさか、最近越して来ましたーって挨拶しに訪問した訳じゃないよね?」

 

「ふふん。そのまさか、だよ。ただ、挨拶ついでにちょっとお願いがあるの? 聞いてくれる?」

 

 にやにやした表情で笑うあやせという魔法少女。

 素直に感じ悪い印象がする。確実にろくでもない願いだとは思ったが、それでも彼女に尋ねた。

 

「お願い? リンゴ以外のフルーツでも出せと」

 

「欲しいのはフルーツじゃなくて……そのあなたの綺麗な宝石。ねえ、そのソウルジェム、私にちょうだい」

 

「ソウルジェム?」

 

「そう。私ね、魔法少女の綺麗なソウルジェムを集めてるの。ほら、見て。私のコレクション」

 

 手のひらサイズの宝石箱を取り出して、見せ付けるようにあやせは蓋を開いた。

 中には十個近い色とりどりのソウルジェムが飾られている。

 このソウルジェムの持ち主の魔法少女がどうなったのか、考えるまでもない。

 中身を見つめてうっとり顔のあやせは共感を求めてくる。

 

「どう? 綺麗でしょう。これでも濁りのない選りすぐりの子たちのジェムを選んだの」

 

 想像以上にイカレた奴だというのが今のやり取りで分かった。

 他人のソウルジェムを欲しがる魔法少女なんて聞いた事もない。

 こいつもカンナの手先なのか?

 しかし、私たちを恨むユウリという魔法少女の話なら赤司大火から聞いたが、この女の事はまったくと言っていい程聞いていない。

 彼は隠し事ができるような器用な男ではないし、カンナの事を吐いた以上その側近の事をか隠し立てする理由はないだろう。

 となれば、赤司大火の知る未来ではあすなろ市に来なかったか、彼が出会う前に誰かに倒されたのかの二択。

 

「ウチはジュエリーショップじゃないんだ。他を当たってくれる、お嬢さん」

 

「そういう冗談、スキくないなぁ……アレクセイ! やっちゃって」

 

 あやせが傍に立つ少年に命令を下す。

 

「分かった。いいよ」

 

 私たちのやり取りを興味なさげに聞いていたその少年は名前を呼ばれると適当に返事をした。

 一瞬で彼の輪郭が歪み、人の姿から別の何かに変貌していく。

 思った通り、こいつも魔女モドキ……赤司大火風に呼べば魔物か。

 だが、既に魔法少女に変身している私の魔法の方が早い!

 

「『プルロン・ガーレ』!」

 

 両手の指四本を小型のミサイルへと変えて、リビングから廊下へとバックステップと同時に彼へ撃ち込んだ。

 魔法少女同士の戦いに少年が首を突っ込むなよ。

 初動からの速さでいうならプレイアデス聖団の魔法少女随一のこの技で早々にご退場願う。

 魔力を帯びた爆発と爆風がリビングで発生し、壁と床、それから天井にまで甚大な被害を巻き起こす。

 が。

 アレクセイが居た場所には彼と思しきものは皆無。近くに立っていたあやせの姿も消えている。

 壁が崩れ、照明器具が砕け、それを構成されていた魔力が粒子になって虚空へ還った。

 その向こうに何かに腰を下ろしたあやせが見える。

 

「自分のお家を壊すなんて乱暴ね。ドレスが(すす)で汚れるところだったじゃない」

 

 近距離での大爆発が起きたというのに傷もちろん、その純白の衣装に至るまで汚れ一つ付いていない。

 あやせが腰掛けているものは銀色の毛皮。

 陽の落ちた暗闇の中で(ほの)かに発光する碧い双眸(そうぼう)

 銀色の大きな狼があやせを乗せて、崩れた壁の隙間からこちらを覗いている。

 

「綺麗でしょ? これが私の番犬、アレクセイの姿」

 

 狼の魔物の毛並みを指先で撫で上げながら、あやせは自慢をしてくる。

 ……一体何をした?

 いくら狼の魔物の素早かろうが爆発でにより生まれた穴から無傷で逃げ出すなんて事は不可能だ。

 爆発する前に先に壁の外へ移動しない限りはそんな芸当はできるはずがない。

 いや、そもそもこいつらはどうやって私の家に侵入した?

 音も出さず、壊れた箇所も見受けられずにどうやって家の中へと入って来られた?

 私はそこで一つの可能性を見出す。

 それを試すための方法も私の再生成の魔法であれば問題ない。

 この疑問を解消するためにバール状の杖を大きく、振りかぶり、床へと突き刺した。

 

「獣は檻にでも入れておきな」

 

 再生成の魔法を駆使し、狼の魔物ごと囲う檻を生み出す。

 細かい檻の隙間から閉じ込められた狼の魔物とそれに乗るあやせ。

 さあ、私の推理が正しければ、これで家にどうやって侵入したか分かるはず。

 

「無粋な檻。可愛くなーい。早く出てよ、アレクセイ」

 

『…………』

 

 狼の魔物はあやせの言葉に返答せず、無言を貫く。

 だが、檻の縁まで歩き出すと、まるで檻など存在しないかのように“通り抜けた”。

 奴はただ歩くだけで、何の障害もなく、檻から脱出を成功させる。

 やはり……。

 

「物質の透過。それがその狼の魔物の持つ能力」

 

「そうだよ。あなたのお家にお邪魔したのもアレクセイの力を使ったの。凄いでしょう? 実際、かなり便利なだよね~」

 

 手下の能力のタネが割れたというのにあやせは警戒するどころか、ますます得意げになる。

 能力が明かされた程度では何も問題はないという余裕の表れか。それとも単純に頭の作りがアッパラパーなだけか。

 どちらにしても狼の魔物の能力は厄介極まりない。

 何故なら、あやせを連れて透過できるのなら奴らが一緒に居る以上、私の攻撃は絶対に届かないという事だ。

 

「ズルすぎるだろ、それ」

 

「私はズルされるのは嫌いだけど、自分がする分にはスキなの」

 

 最悪だ……。

 一人で相手にするのは困難な能力の魔物。さらにどんな魔法を使うとも知れない魔法少女がセットになっている。

 何なんだ、このアンハッピーセットは。運が悪いにも程がある。

 せめて、プレイアデス聖団の誰かが応援に駆けつけてくれれば、勝機が見えるかも知れないが、生憎この場所は御崎邸から随分と離れた場所に建てられている。

 ともかく、この場から逃げて、何か対策を立てないと勝ち目がない。

 

「『プロドット・セコンダーリオ』!」

 

 床から三十体の分身を作り出し、部屋の中から全員でバラバラに逃亡する。

 これなら、どれが本物か分かるまい。

 分身に気を取られている間に、私は奴らを撒いて御崎邸に向かえば、プレイアデス聖団七人で迎え撃てる。

 即座に壁を魔力へと変えて、外へと飛び出した。

 

「あ、そうそう。言い忘れてたけど、アレクセイの特技は透過だけじゃないの。ねえ、この広いあすなろ市でどうやってあなたの家を見つけられたと思う?」

 

 あやせが何気ない口調で言葉を紡いだ。

 

「アレクセイの鼻はね、魔法少女のソウルジェムから放たれる魔力の香りを()ぎ分ける事ができるの」

 

 巨大な(あぎと)が私の真横から現れる。

 開いたそこには鋭く尖った白い牙が並んでいた。

 

「……!?」

 

 ぞぶりと噛み付かれ、赤い血が夜の闇に撒き散らされる。

 一本一本が杭のように私の左肩に食い込んで離さない。

 

「この……!」

 

 右手に握ったバール状の杖で狼の魔物の頭蓋を殴りつけようとした。

 しかし、それよりも早く、奴の顎は私の左腕を肩ごと喰い千切る。

 筋線維がぶちっと引きちぎれる音がした。

 噴水のように流れる血液。片腕を引きちぎられ、身体のバランスを崩した私は(つまづ)き、うつ伏せに転んだ。

 

「いぐぁ……」

 

 激痛を魔力を消費して緩和させ、残った右腕と両足で立ち上がって、()()うの体で逃げ出す。

 二撃目を喰らえば負ける……。

 知らなかった。人間は片方の腕を無くすと重心が取れず、真っ直ぐに歩けなくなるという事を。

 無論、知りたくもなかった事柄だが、出血により興奮物質が脳内を巡り、かつてないハイテンションが私に訪れていた。

 分身による目隠しによる逃亡は無意味! それならいっそ、分身そのものを爆弾に変え、奴に取り付かせる。

 右手に握られたバール状の杖を振るい、分身に号令を掛けた。

 狼の魔物へと無数の私の分身が飛び付き、爆発する。

 閃光と爆風が連続し、もうもうと煙を上げた。

 分身の残りがゼロになるまで爆発は続き、相手を焼き尽くすまで炎にくべていく。

 

「はあ……はあ……」

 

 魔力を消費し、分身のストックも尽きた。

 火柱とも言える炎が狼の魔物が居た空間を覆っている。

 この炎さえ透過できたとしても、透過能力の行使による魔力消耗は、分身を爆弾に変換しただけの私の比ではないだろう。

 喰われた左腕を魔力を回して再生成しつつ、火柱から奴が飛び出すのを待つ。

 

「……?」

 

 おかしい。奴が姿を現さない。

 まさか、あの爆発で倒せたとでもいうのか。

 恐る恐る、一歩だけ前に踏み出す。

 反応はない。

 もう一歩だけ踏み込む。

 やはり反応はない。

 最後にもう一歩だけ火柱に近付く。

 それでも火柱から狼の魔物が飛び出してくる様子はなかった。

 僅かに気が弛みそうになったその時。

 

 ――右足が引きちぎれた。

 

 今度は仰向けに地面へと倒れ伏す。

 私がさっきまで立っていた場所の真下からぬうっと顔を出したのは狼の魔物の頭部。

 

「地面に、透過して潜っていたのか……」

 

 千切り取った肉を吐き出して、銀色の狼は倒れた私を見下ろす。

 恐ろしいほど冷酷な瞳は獣性も人間性も感じない。

 あるのは無機物めいた温度のない眼差しのみ。

 背中に座るドレスの魔法少女は狼の魔物へと命令を下した。

 

「さあ、アレクセイ。ジェム以外は要らないの。邪魔な部分を処分して」

 

 狼の魔物はそれに無言で首肯した。

 ワガママなお嬢様と仕事に忠実な執事などではなかった。

 彼らは残酷な王女と死刑執行人。

 欲する宝石を得るために、持ち主の命奪う邪悪な略奪者だ。

 勝ち目はない。

 勝敗は決した。

 私は観念して、両目を瞑った。

 聖カンナを殺す。その責任も果たせずに散る私を許してほしい。

 もしも死後の世界があるのなら、謝りたい人で一杯だ。

 銃の暴発事故で殺してしまった皆。

 そして、何より和沙ミチル。

 君の死体さえ穢してしまった事を心の底から詫びたい。

 

「……すまない。本当にすまない……」

 

 私は処刑の顎が私の命を摘み取るまで、謝罪の言葉を口ずさみ続けた。

 




戦闘シーン書いている時が一番脳裏に映像が浮かんできます。
うまく文章に落とし込めているか不安ですが、読者の方に伝わっていれば幸いです。

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