魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
~ニコ視点~
御崎邸で賑やかな談笑が起きるのは一体いつ以来だろうか。
この邸宅の主である海香は先日起きた魔女モドキが起こした騒乱の収拾のため、魔法を使い過ぎて多少疲れている様子だが、それでも嬉しそうだ。
快活だが、姉御肌のカオルも今日ばかりは気を遣わずに笑っている。
神経質なサキも少し不服気に、だけど、喜びを隠しきれずにお茶を啜っていた。
人見知りのみらいはそんなサキの膝の上でテディベアを抱き締めながら転がって
最近はいつも不安げな顔をしていた里美は率先して、皆にお茶を注いだ。
その中心に居るのはかずみ。
そして。
「いやー。こんな可愛い女の子に囲まれてお茶会なんて男冥利に尽きるってモンだよな~。プレイアデス聖団にかんぱーい!」
能天気に笑う黒髪の少年、一樹あきら。
数日前にこのあすなろ市にやって来た中学二年生。
魔法少女や魔女の事を知ってなお、私たちプレイアデス聖団と関わりを持つ一般人。
この場に居る全員が彼の存在を気心知れた相手として、受け入れている。
かずみとカオル、海香以外は出会って二日程度しか経っていないにも拘わらず、打ち解けきっていた。
彼は、私たち魔法少女が居る非日常を理解して、それでも友達として接してくれている。
優しくて、ユーモアがあり、お喋り上手な非の打ちどころのない人間。
私自身もこの状況を心地よいと思っている。
だからこそ……。
だからこそ……それが堪らなく怖かった。
まるで自分の世界が侵蝕されているような、異常過ぎる人たらし。
社交性が高いだの、人懐っこいだの、そういう次元を超えている。その場の空気を完全にコントロールしているとしか思えない。
「どうしたんだ? ニコちゃん。お茶が進んでないぞー。俺の淹れたお茶が飲めないのかー?」
「いや……飲んでるよ。ちゃんと」
あきらが私の顔を覗き込んでくる。
考え込んでいたせいで、気の利いた反応ができずにいると、かずみが突っ込みを入れた。
「いや、あきらが淹れたんじゃなく里美が淹れたんでしょ? 変な事言って、ニコに絡まない」
「えー。ちょっとからかっただけじゃん。まあ、でも俺が悪かったですぅー。ごめんなさーい」
「全然反省してない……駄目だ、こいつ」
自然体でかずみと掛け合いをして、周囲の皆が笑う。そうして和気藹々と和やかな雰囲気が続いていく。
かずみの楽し気な顔に、つい頬が弛んでいた。
魔法少女やプレイアデス聖団も関係なく、ただ彼女が嬉しそうにはしゃいでいる。それだけで十分過ぎるほど心が温まる。
この光景がいつまでも続けばいいのに。
我ながら似合いもしない事を考えてしまうほど、久々に訪れた楽しいお茶会。
ここに居ると思考が鈍る。緩い雰囲気に流されそうな気分になってしまう。
「あー……。ごめん。私はこの後用事があったんだった。悪いけど、もう帰るね」
お茶を一息で飲み干すと、さっさと席を立った。
かずみが心配そうに私を見る。その視線を振り払うようにリビングから出て行った。
海香とカオルは怪訝そうな顔をして、サキたちは目も向けずに私を見送った。
玄関先で靴をスリッパから履き替えていると、後ろから呼び止められる。
「ニコちゃん」
首だけ振り向くと背後にはあきらが一人で立っていた。
「どうしたの? まだお茶会の途中でしょ」
「いや、ニコちゃんが浮かない顔してたからさ……他の子と何かあった?」
いつものへらへらした陽気な表情とは打って変わって、真面目に引き締まった面持ちを浮かべている。
君もそんな顔もするのか……。
純粋に私が見た事がないだけだろうが、ふざけた調子で居ないあきらは意外だ。
人の感情を読み取るのは上手いとは思っていたが、ポジティブな事だけではなく、ネガティブな事まで詮索するタイプには見えなかった。
「……そういう事、聞くんだ。詮索する男は嫌われるぞ?」
「お節介だとは自分でも思うけどよ、案外、部外者の俺の方が話しやすかったりするんじゃねーか……とな」
鼻の頭をポリポリと書きながら、少し照れたように彼は言う。
これも女の子に
「ありがと……。でも、今は話せない」
「それでニコちゃんが平気ならいいんだけどよ。かずみちゃんも口には出してないけど、心配してんだ。自分のせいでギスってんじゃねーかって」
「かずみも……」
さっき見せた心配そうな表情が脳裏で
あの子もあの子で鋭いから、あまり不自然に見えないようにしていたつもりだが、隠しきれなかったか。
「あのさ、会って日が浅いけど俺、ニコちゃんの友達のつもりなんだぜ? 何かあるなら話してくれよ。力になっから」
「……っ」
黒曜石のようなあきらの黒い瞳に私の顔が反射して映った。
表情に感情を出すまいとしていたが、彼の瞳の中の私は今にも泣き出しそうな顔をしている。
揺らぐ。
心が揺らぐ。
この人なら抱えている不安を受け止めてくれるのではないか。
私と一緒に問題の解決に尽力してくれるのではないか。
甘い。どこまでも甘すぎる考えが脳裏に過る。
自分では気丈な人間だと、そう思っていたのに。ここまで脆い部分があるなんて知らなかった。
「私は……」
「おう。何でも聞くぜ?」
「私は、大丈夫だぞ。そういう気障な台詞は別の女の子に言ってあげな」
吐きそうになった弱音と秘密を無理やり呑み込み、無表情を取り繕う。
そそくさと玄関の扉を開いて、別れの挨拶をあえて軽く放った。
「じゃあね、あきら」
「……おう、またな。ニコちゃん」
何か言いたげだったが、あきらも同じく別れを述べた。
無理強いはしないということだろう。本当に初対面の印象と違って気が利く奴だ。
扉を閉めると、夕暮れの風が染みた。体温が上がっていたのを今更ながら感じる。
この身体の火照りは抱えた秘密を吐露しそうになった焦りか、それとも……。
いや、乙女じみた思考は私には似合わない。
こんな時に、君が居てくれたら話を聞いてくれたかな……。
「ミチル……」
今は亡き友人の名前を口ずさむ。
プレイアデス聖団でも禁句となっていたこの名前を声に出すのは本当に久しぶりだ。
名前を出した途端、彼女との思い出が浮かび……上がっていた体温がすうっと冷めていくのが分かった。
私はそうして御崎邸を後にして、自宅への帰路に就く。
*****
沈む夕日に見送られながら、私は家の扉を開いた。
迎えてくれる声はない。『私』の家族なんてものはもう居ないのだから。
地下にある研究室に向かうと、私は部屋の照明を点けた。
そこにはいくつものパソコンと私の魔法で生み出した機材が所狭しと陳列されている。
中央には筒状のカプセル。
天井から床までを突き抜けるように生えたそのカプセルには半透明の液体と――。
高校生くらいの背格好の少年が服ごと一緒に封入されている。
「あー……それで昨日の話の続きを聞かせてもらえるか。——『赤司大火』さん」
カプセルの中身の半透明液体は私の“創造の魔法”で作り出した特別製で呼吸はもちろん、音の伝導してくれる。
液体に全身を浸されている彼は私の言葉に反応して、突如声を荒げた。
「一樹あきらは、お前たちの敵だ……奴こそあの黒い竜の魔物なんだ! 信じてくれ!!」
「またそれか……」
昨日も聞いた文言を飽きる事なく繰り返す彼に私は辟易した。
私が研究室に赤司大火を搬入して、分析用のカプセルに入れてから既に一日半が経過していた。
彼の意識が回復するまで無力化も兼ねて彼の生体を機材を使って調べていたが、昨夜意識が戻ったところで切り上げて、尋問にシフトしていた。
「あきらの事を知っているようだが、君よりもよっぽど信用できる奴だ」
「それが奴の罠なんだ! 奴は邪悪な本心を隠し、人の心をコントロールする。奴こそこの騒動の元凶! 俺はそれを止めるために未来からタイムスリップして来たんだ!」
「…………」
「本当だ! 信じてくれ、頼む!」
迫真の演説は昨日に続き、私に言葉を失わせた。
妄言もここまで来ると一種の迫力がある。
この男の脳内ではそれが真っ当な理屈なのかもしれないが、聞いてる側からすれば色々と支離滅裂に聞こえる。
最初に聞いたのは、あきらが超巨大な怪獣になってこのあすなろ市を破壊し尽くし、魔法少女を殲滅するという内容の与太話だった。
どういう道筋のストーリーだか知らないが、あまりも馬鹿げている。苦し紛れの嘘にしても出来が悪い。
「それで……君は未来から来た光の国からやって来た蠍の巨人って訳?」
「冗談を言っている場合じゃない! 刻一刻とこの街は
「ああ、もういいよ。分かった分かった。取りあえず、私が質問するからそれに対して答えて」
正直、この男が正気なのか分からないが、『聖カンナ』について知っている。それだけはどんな手段を使っても聞き出せなくてはならない。
初対面の時に既に賢くはない相手だと思っていたが、自分の妄想を真実だと思っているのなら、事実を話させるのは難しいだろう。
最初の一手は慎重に。この男の興味を引く内容から攻めた方が得策か。
私は質問の内容を少し考えてから相手に投げる。
「君はどうやってタイムスリップした? そういう魔法が使えるのか?」
形式上尋ねてはいるものの、私はこの男が未来から来たという話は信じていない。
時間を操る魔法なんて魔法少女でもまだ出会っていない。もし仮に居たとしてもこの男にそれができるとは思えなかった。
「それは……実は俺にも分からない。超巨大の魔物になったあきら……『オリオンの黎明』の吐き出した光線を受けて、身体が崩壊したと思った時、気が付けば俺は過去に……少し前のあすなろ市に戻っていた」
案の定、赤司大火は質問に対して、言葉を濁す。
なんだ、それは……。この男の話によれば、あきらとは敵対していたはず。そのあきらがわざわざ過去に送ってくれた事になる。
膨大な魔力の収束により、偶発的に時間遡行が起きたとでも言う気なのか。そんな現象が天文学的確率で起きたとしても肉体が耐えられるはずがない。
大体、魔女モドキは一定量のダメージを受ければ、イーブルナッツは肉体から排出されると言っていたのは赤司大火本人だ。
生身の身体が荒れ狂う魔力の奔流に晒されれば、その身を完全に粉砕されるだろう。
過去に戻ったしても到底生存は不可能。魔女モドキだろうと魔物だろうと影形も残りはしない。
気を取り直して本命の質問をする。
「ああ、そう。なら次。君は『聖カンナ』とどうやって知り合った?」
「俺が街で起きる謎の化け物や行方不明事件を調べていた時に出会った。カンナはそう……俺をドラーゴに対するカウンターにするためにイーブルナッツを寄こした」
彼は次々に語り出す。
人間を魔力によって変質させる“
それを作り出した『聖カンナ』という合成魔法少女について。
彼女がプレイアデス聖団を憎む経緯とかずみを執着する理由について。
背中に冷や水を掛けられたような感覚に襲われる。
「君……何でかずみの事まで知っている!?」
「だから言っただろう。俺は未来から来たんだ。短い間だが、かずみと一緒に暮らした事もある。カンナと心を通わせ合った事も。俺の発言に嘘は何もないんだ……」
悲痛に表情を歪めて、吐き出すように呟いた。
初めて、赤司大火の話が真実味を帯びた。
嘘や妄想では到達する事のない事実がいくつも含まれている。
私が『聖カンナ』を魔法で造った事、そしてかずみも同じように造り出された存在だという事。これは私たちプレイアデス聖団だけの秘密を知る事など不可能だ。
未来から来たというのも満更嘘ではないのかもと思わせた。
それならあきらがあの竜の魔女モドキというのも真実なのか?
傷付き、疲れ果てたプレイアデス聖団に安らぎをくれたあのあきらが……私たちの敵なのか?
私たちは、“また”騙されたのか?
心を打ちのめされて、視界がぐらつく。数歩後退り、後ろにあった机に脚をぶつけた。
その拍子に乗せてあった改造ノートパソコンが床に落ちる。
黒い画面には解析完了の緑色の文字が表示されていた。
「はは……」
解析結果を見て、口元から乾いた笑みが零れた。
この男もまた、同じなのか。
なるほど。もしもそうなら膨大な魔力の収束に耐えられるかもしれない。
私の心中を勝手に推測し、カプセルの中の赤司大火は気遣うように言葉を掛けてきた。
「……ニコ。お前が今、奴に裏切られたと嘆くのも無理はない。だが、今からでも間に合う。俺と共にあきらを倒すんだ」
そうか。こいつも知らないのか。
自分の事実を。
その正体を。
だったら、教えてやる。情報をくれたせめてもの礼だ。
「赤司大火……君は人間じゃない」
私はノートパソコンの解析結果を彼に見せつけた。
その肉体を形成している物質は……魔力。かずみや『聖カンナ』と同じ。
「合成人間。いや、そんな上等なものじゃないな。そう言うなれば……意志を持ったイーブルナッツ。それが君の正体だよ」
彼の目が大きく見開かれる。
驚愕。否、衝撃とも言える感情が彼の内心に広がっているのが見て取れた。
「何を言って、いる? 俺は人間だ!」
「いや、本当の赤司大火は魔力の収束を受けた時に消滅したんだろうね。時を超えてやって来たのはイーブルナッツだけ」
「じゃあ、今の俺は……」
「イーブルナッツに焼き付いた人格と肉体のデータが魔力によって再現されているに過ぎない」
これなら偶発的にでも時間遡行が成功した理由に説明が付く。
あきらが起こしたという、魔力の収束を受け、次元が断裂した。その中に崩壊した彼の肉体からイーブルナッツが排出され、過去に辿り着いた。
最後に私は、駄目押しの一言を彼に伝えた。
「人間だった君はここに来る前に死んだんだよ、赤司大火」
取りあえず、脳内プロットで書きたいなと思っていたところまでアウトプットできました。
追記
当初の予定では普通にタイムスリップした設定でしたが、こちらの方がより、かずみマギカらしい設定だったので変更しました。
感想欄での返信と一部相違がありますがご了承下さい。