魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第十一話 二個目の名前

『ドラーゴ!』

 

 俺の宿敵、厄災の元凶。一樹あきらの魔物態、ドラーゴがそこに現れた。

 奴は俺を見ると責めるように鍵爪の付いた指を突き付ける。

 

『ダァメじゃないかァ~、正義の味方ァ。何敵を助けようとしてんだよ。ちゃんと殺せよな。まったく甘ちゃんはこれだから困る。やっぱ、俺のようなダークヒーローが居ないと平和って奴は守れないんだよなァ~』

 

 ニタリと笑って注意するドラーゴはどこまでもふざけた調子で戯言を吐きながら、男の焼死体を長い尾で叩いて砕く。

 仲間を殺す事に何の躊躇もないどころか、気にも留めていない。

 こいつこそ真の邪悪。悪意を塗り固めて形成されたような人格だ。

 だが、ドラーゴが来たのは好都合だ。

 あいりの魔法を得て、強化された今の俺なら今度こそ奴を倒せるはず……。

 無論消耗はあるが、この好機を逃す手はない。

 奴に向けて鋏から競り出した銃口を向ける。

 

『今日こそ、お前を倒す……!』

 

『おいおい。パワーアップしたからって、そんなにはしゃぐなよ。面白いモン見せてやるからさ……お、あったあった。あちち』

 

 燃え盛る炎の中にドラーゴは手を突っ込み、何かを拾い上げる。

 成人男性一人が炭化する熱量の炎で炙られていたというのに燃えた形跡のない小さな卵のようなオブジェ、イーブルナッツ。

 

『イーブルナッツは使うだけで人間を怪物に変化させるくらいの魔力を内包してる。だけど、既にイーブルナッツを使用している人間にさらにもう一つ使うとどうなるか……知ってるか?』

 

『まさか、イーブルナッツの複数使用!?』

 

『あ、やっぱもう知ってんのね。ってことは未来じゃ何らかの成果は出たって感じィ?』

 

 俺はイーブルナッツの魔力で暴走し、街を壊し、数多くの人々を殺した記憶が克明に甦る。

 あの時使ったイーブルナッツは二つではなく、三つだった。

 しかし、その力が爆発的に上昇する事は間違いない。

 

『止めろぉぉぉ!』

 

 魔力の弾丸をドラーゴへ向けて連射する。

 ピンク色の魔力弾が炎ごと打ち払うように次々に放たれた。

 ここで倒し切れなければ、俺は負ける。

 大技を出すほどの余力はない。

 だからこそ、残っている魔力を全て出し切ってでも倒す!

 炎も傍にあった遊具さえも粉砕し、地面を抉ってなお魔力弾を放ち続ける。

 砕けた地面から砂煙が巻き上がり、視界を阻む。奴が動いた音はない。翼を使って空へ逃げたなら、砂埃は払われる。

 ならば、これで……決まる。

 魔力を絞り出し、腕の銃口から魔力の残りが煙のように立ち昇る。

 緩やかに砂煙のカーテンが開かれ、ドラーゴが居た場所が露わになった。

 黒い塊がそこにはあった。

 殻に包まれた卵のようにも、植物の(つぼみ)にも似た黒い塊。

 それはゆっくりと(めく)れ上がり、正体を現す。

 

『初披露(ひろう)だっていうのに随分な歓迎だなァ……』

 

 殻のように見えたのは身体に巻き付けた翼の外側だった。

 広げられた蝙蝠のような翼は、四枚。明らかに前よりも遥かに巨大で強固にものに変化している。

 肉体そのものも一回り大きくなり、必然的に四肢、頭、尾に至るまで成長していた。

 極め付けは頭部に生えた角。鼻角と二本の捻れ角に加え、額からは稲妻のようにジグザグな刃状の角が屹立している。

 俺の二倍以上の巨体から、禍々しい黒い魔力の奔流が漏れ出し、背景が霞んでいく。

 

『どうだい? 全体像は自分じゃ見られないが、なかなかイカした見た目だろ。名前はそうさなァ〜、特に捻らず〈第二形態(セコンダ・フォルマ)〉とでもしておくか』

 

 更なる進化を遂げたドラーゴは事もなさげにそう言うと、牙を剥いて笑った。

 ……最悪の展開だ。

 奴は新たな力を得て、俺は力をほぼ使い果たしている。

 形勢は完全に逆転し、圧倒的窮地に立たされた。

 こちらにはもう魔物化を辛うじて維持する程度の魔力しか残っていない。

 

『さあ、お互いパワーアップしたところで一丁再戦と行こうぜ?』

 

『くっ……来い!』

 

 勝敗は既に見えている。しかし、俺には立ち向かう以外に選択肢はない。

 せめて、一撃でもドラーゴに入れ、死んでみせる。

 悲壮な覚悟を決め、構えを取る。

 だが、奴は何かに気付いた様に視線を俺の後ろにずらした。

 

『と、言いたいとこなんだが、どうやらここらで時間切れみたいだな。残念ザンネン』

 

『時間切れ……? 何を言って』

 

 そう言い掛けた時、公園の中に四つの人影が俺とドラーゴを囲むように飛び込んでくる。

 反応する前に人影の一つが俺に向けて長い紐状のものを絡め伸ばし、絡めて取った。これは――鞭!?

 ジョッキーが使うような乗馬鞭がゴムのように柔らかく伸縮し、俺の身体に巻き付いている。

 拘束されたと理解し、藻掻こうとした瞬間。両腕ごと身体を捕縛した乗馬鞭から電流が(ほとばし)った。

 

『ぐ、あああああああああああ!?』

 

 腐食弾の雨に打たれ、ただでさえ弱っていた装甲は電撃によってボロボロと剥がれ落ちる。

 視界がチカチカと点滅し、身体から力が抜けていく。堪らず、俺は地面に膝を突いて崩れた。

 

「魔女が二体……それも結界を張らずに現れるとは……。こいつらが海香たちが言っていた『魔女モドキ』という奴なのか?」

 

 顔を上げると俺を縛り上げた乗馬鞭を握る少女が映る。

 恐らくはプレイアデス聖団に属する魔法少女なのだろうが、見覚えはない。

 白いショートカットにベレー帽を被った眼鏡の魔法少女。

 かずみよりも少し年上だろうか。身長が高いせいで大人びて見える。

 

「サキ。ボクもちゃんと捕まえたよ! 褒めて!」

 

 彼女を呼ぶ別の少女の声。振り向けば、眩む視界で薄ピンク色の長い巻き毛の髪の魔法少女の姿があった。

 こちらはサキと呼ばれた魔法少女と逆で、とても背が低く、顔立ちも幼い。

 その手前にドラーゴが数百体はいるテディベアに群がられて埋まっている光景が見えた。

 捕まえたと言っている事から、あの大量のテディベアは巻き毛の魔法少女の魔法と断定していいだろう。

 二つ目のイーブルナッツで強化されたドラーゴを確保する魔法はビジュアルも相まって圧巻だった。

 

「みらいちゃん。まだ安心するのは危険よ。普通の魔女と違って何をしてくるか分からないんだから」

 

 猫耳を生やした薄紫のふわふわした髪型の魔法少女が巻き毛の魔法少女……みらいを(たしな)める。

 彼女は胸が大きく、サキとはまた別の意味で大人っぽい体付きをしている。

 デフォルメされた猫の頭が付いたステッキを握り、不安そうな目で俺を見つめていた。

 

「里美の言う通りだぞ。サキに褒められたいからって油断し過ぎだ、みらい」

 

 そう言って一歩前に出て来たのは……あまりに見覚えのある黄緑色の髪の少女だった。

 ゴーグルを付け、飛行帽を被っていたが、見間違えるはずがない。

 

『……カンナ!?』

 

 愛おしい少女の姿を目にした俺は彼女の名を叫んでいた。

 名前を呼ばれた彼女はぎょっとした表情で俺を凝視する。他三人の魔法少女も驚愕した様子で騒めいた。

 ―—しまった。俺とカンナにこの時点で面識はない。つい懐かしさを感じて呼んでしまったが、彼女からすれば得体の知れない魔女モドキが自分の名前を知っているなど恐怖でしかない。

 自分の不用意さに嫌悪していると、サキが怪訝そうな顔でカンナへと声を掛ける。

 

「……ニコ。何で、この魔女モドキはお前の苗字を知っているんだ?」

 

 ニコ……? 『ニコ』だと!?

 その名前は知っている。タイムスリップ前のあすなろ市でカンナが語っていた彼女の過去。

 カンナが心底憎む少女にして、カンナを魔法で生み出した魔法少女。

 そして、オリジナルという意味において本物の『聖カンナ』とも呼べる少女。

 俺がカンナと出会った時には既に故人だったが、そうか。彼女が『ニコ』か……。

 そもそも彼女が俺の知るカンナであれば、プレイアデス聖団と共に行動しているのはあり得ない。

 ますます以って、俺は愚かだ。自分の頭の悪さに泣きたくなる。

 

「……私にも分からん。何でこいつが私の苗字を知っているのか、さっぱりさっぱり」

 

「ふざけるな! サキが聞いてるだから真面目に答えろ」

 

 ダウナーな表情で誤魔化すように喋るニコに、みらいが突っかかる。

 ふざけている様に見えるが、実際に彼女は何も知らないのだからどうしようもない。

 俺としても、まさかこんな事態になろうとは考えもしなかった。

 ニコが答えれば答えるほど、疑惑の波紋が大きくなっていく。

 とにかく、ここで何もしなければプレイアデス聖団が仲違いして、関係に溝ができてしまう。

 意を決して俺は魔物化を解き、彼女たちの口論に割り込んだ。

 

「待ってくれ。俺の勘違いだった。その子と似た知り合いが居たもので見間違えたんだ」

 

「うわっ、本当に人間の姿になった。ああもう! これはどういう事!」

 

 人間に戻った俺に驚き、みらいが声を裏返らせる。

 

「落ち着け、みらい。海香たちの報告通りだ。こいつら魔女モドキは人間の……男だと!? 魔女モドキなのに男!?」

 

 みらいを宥めようとしたサキも発言の途中ですっとんきょうな声を上げる。

 何なんだ、この子たちは……。落ち着きが無さすぎる。こういうところを見るとやはり彼女たちは少女なのだと実感する。

 

「あー。誰か俺の話を冷静に聞いてくれる子は居ないのか?」

 

 里美と呼ばれた少女へと視線を向けるが、あからさまに怯えた目でステッキを構えられてしまう。

 サキとみらいは俺に対し、敵意を隠さず、睨み付けている。

 駄目か。異形の姿から人間に戻ったところで、普通の人間とは認識してもらえない様子だ。

 無理もない。彼女たちからすればただの俺は素性も知れない存在。話を聞いてもらう事など最初から不可能だったのだ。

 肩を落として、口を閉ざそうとした俺だが、思いもよらぬところから助け船がやって来る。

 

「話してみて。私は君の話を聞いてみたい」

 

 俺に名前を呼ばれたせいであらぬ嫌疑を掛けられたニコがそう言ってくれた。

 彼女が一番俺に不信感を持っているだろうに、それでも話を促してくる。

 ありがたい。内心で感謝しつつ、俺は語り始めた。

 

「俺は赤司大火。訳あって、イーブルナッツという怪物に変身する力を持つ道具を手に入れた。そこは今は割愛する。そこのニコって子をカンナと呼んだのは……聖カンナという知り合いに顔がそっくりだったからだ。つまり、その……」

 

 いかん。どんどん言い訳じみてきた。

 未来からタイムスリップしてやって来たと伝えるよりマシかと思ったが、弁舌の能力が低すぎて逆に怪しくなってしまった。

 名前をカンナに明け渡したニコの立場からすれば、カンナの存在はプレイアデス聖団にも隠したい事だろうが、話せる範囲で彼女の嫌疑を晴らすにはこう言うより他ない。

 ニコ自身はカンナの存在を認知しているだろうから、少なくとも彼女は納得するはずだ。

 

「つまり、アレだ。人違いという奴だ! 何か誤解させてしまったようで済まなかった!」

 

 ごり押した。

 もう上手い事誤魔化すのは無理だと悟った俺は「人違い」の一点張りで押し通す事に決めた。

 ニコ以外の三人は何も答えず、視線を俺ではなく、ニコへと向けている。

 三人は俺の話より、それを聞いたニコの反応の方で判断するつもりのようだ。

 

「ニコちゃん……」

 

 里美が不信の籠った目で名前を呼ぶ。

 彼女は、俺の説明では納得がいかなかったらしい。

 どうしたものかと思案していると、大量のテディベアに埋もれていたドラーゴの声が響く。

 

『はァ……面白い話が聞けるかと我慢していたが、下手くそな説明だけで終いかよ』

 

 魔法少女の乱入からずっと沈黙していたせいで、こいつの存在を失念していた。

 ドラーゴは翼をはためかせ、泥でも払うように密着していたテディベアの群れを弾き飛ばすと空へと舞い上がる。

 

「ちっ。『プルロンガーレ』!」

 

 ニコが親指を除いた自身の指四本を小型ミサイルに変え、打ち飛ばす。

 しかし、それを受けてなお、ビクともせずに公園の上空へと飛び去っていく。

 最初からテディベアの拘束など奴にとっては何の重石にもなっていなかったのだ。

 わざと捕縛された振りをして、俺やプレイアデス聖団の四人から情報を聞くのが目的だったのだろう。

 抜け目のない奴だ。

 狂っているが、その実、冷静沈着に物事を把握している。

 カンナの事を少し話してしまったが、大丈夫だっただろうか。

 

「一匹は逃げられたが、仲間が残っているならいずれ助けに来るかもしれない」

 

 小さくなって見えなくなるまでドラーゴを見つめていたサキは、苦々しく唇を噛んだ。

 俺はその発言に頭に血が昇る。

 

「仲間だと!? 俺が奴の仲間な訳がないだろうが! 俺は、奴の……」

 

 敵だ! 

 そう詰め寄って叫ぼうとしたが、その前にみらいのテディベアたちが俺に纏わり付いてくる。

 一体一体が数十キロはあるテディベアの群れは、俺の身体へ昇り、押し潰してきた。

 重みに耐えきれず、頭を上げている事も困難になり、顔面を地面に押し付けられる。

 

「……うっ、このっ」

 

「ボクのサキに近付くな! この魔女モドキが!」

 

 顔を上げる事もできず苦しむ俺に、みらいの甲高い声が飛ぶ。

 重い。背中の上で土嚢(どのう)でも乗せられている気分だ。呼吸も上手くできず、目の前が暗くなっていく。

 クソッ、俺はまだ……何も()してないのに。

 こんな、ところで……。

 倒れている、場合、じゃ……。

 窒息して、途切れかける意識の中。

 

「コレの身柄は私に任せてくれない?」

 

 最後に聞いたのは、ニコの声だった。

 




これでユウリ編が終わりました。
ようやく一区切りとなります。

次回からはニコ編。
プレイアデス聖団が本格的に話に絡んでくるようになると思います。
……魔法少女が多すぎて一度に出すと扱いに困ります。

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