魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第九話 正義の魔法少女

~あきら視点~

 

 

 俺は蠍野郎が大急ぎで『バアル・ゼブル』から出ていくのを見送ってから、冗談抜きであいつに感心する。

 いくら人通りの少ない立地だからって、まだ日も高い内にあれだけどんちゃん騒ぎして、外部からの干渉がないのおかしいだろ。

 不審に思えよ、まだ午前中だぞ? カフェの中がぐちゃくちゃになるほど暴れてんだから、普通だったら通報ものよ。通報もの。

 パトカーさん、ピーポーピーポー。参上ポリスおじさんの巻きィ!だよ、マジで。

 

「真性のアホって居るんだなぁー。あきら君もびっくりですわ。アンタもそう思うっしょ? ひじりん(・・・・)

 

 天井の方に声を掛けると一体どこに隠れていたのか分からないが、フードを被った少女が一人降りて来る。

 マジでどこに居たんだ? 魔法少女っていうかニンジャだ。漢字で書くタイプじゃなくカタカナで書く怪しげな方。

 

「お前は頭がイカれてるがな」

 

イカしてん(・・・・・)のさ、俺は。それより人払いのありがとさん。にしても魔法っていいなぁ、色んな事ができて。俺なんか『そらをとぶ』と『かえんほうしゃ』と『かみくだく』と『きりさく』くらいしかできねーのに」

 

「私の魔法は万能でもない。それより、あきら」

 

 あ、そこはポケモンかよって突っ込んでくれねーのか。ボケ甲斐ないなぁ……。

 という冗談はここまでにして、こいつの魔法で何ができるかある程度明らかになれば、裏切る時に楽だったんだが、そう簡単には話してくれねーか。

 謀反を虎視眈々と狙っている俺に気を止めることなく、ひじりんは続けた。

 

「何で私が加勢するのを拒んだ? あの場で奴を倒す事もできただろうに」

 

「分かってないなぁ、ひじりんは。馬鹿でそれなりに強いあいつには引っ掻き回してもらった方がいいんだよ」

 

 あいつはかずみちゃんたちに魔女モドキとして認識されてる。そいつを上手く利用すれば、この街で起きる悪事を擦り付けるのも容易い。

 体のいいスケープゴートにするには打って付けの相手だ。

 何より、そういうイレギュラーがあった方が面白い。俺は想定通りに物事が進まないのにはイラつくが、想定通りになり過ぎると飽きて自分から計画をぶち壊す悪癖がある。

 つまるとこ、適度に上手く行かないくらいが丁度いいんだわ。

 更に付け足すなら、あの蠍野郎は俺の邪魔をするためにわざわざ時間遡行までしてやって来たということ。

 『お前にこの街は壊させない』。奴の発言から考えるに、俺は未来でこのあすなろ市を破壊しているらしい。

 当然、あの蠍野郎は未来の情報を元に、俺の行動を邪魔し、この街を守ろうとするって訳だ。

 何だそりゃ? 強くてニューゲーム? ループ系主人公?

 あいつの時間遡行が任意で行えるものなのか、それとも死んだりしたら自動でなるものなのか調べとかないと安易には殺せねー。

 特に後者だった場合は、殺さずに行動不能にするか、もしくは精神をぶっ壊して廃人にするしかない。

 ちと面倒だが、そのくらいの方がやりがいがある。普通にやってたら俺の思うがままに街を蹂躙できてたつーことだからな。

 難易度はイージーより、ハード。ベリーが付けばなお良し!

 対戦型ゲームのがNPCイジめるよか捗るってモンよ。

 

「ぱぱっぱっぱっーぱーぱぱー!」

 

 (ふところ)から某猫型ロボットが未来のアイテムを出すテンションで食べかけだったフルーツケーキを取り出してパク付く。

 うむ。ちょっと潰れちまったけど、まだ食えるな。

 

「…………」

 

 フードの下から、無言で俺に視線を送ってくるひじりん。

 

「何見てんの? あー! ちゃんとひじりんの分もあるって。このいやしん坊さんめー」

 

 ユウリちゃんが残したケーキが乗ったお皿を懐からさっと取り出す。

 これが欲しかったんだな? まったく困ったな子猫ちゃんだぜ。

 

「要るか馬鹿! それ蛆が詰まってたケーキだろ!?」

 

「ダイジョウビ、ダイジョウビ。もう全部蠅に羽化して飛んでったさ」

 

 ひじりんの方にケーキを突き出すと、苺の乗った上部がもこっと動いてデカめの蠅がブーンと羽音を立てて、テイクオフした。

 

「…………」

 

「…………」

 

 両者、沈黙の中、蠅だけが元気に飛び回っている。

 俺は右腕だけを魔物化させて、さり気なくプチっと握り潰した。

 ぐいっと皿をひじりんに押し付ける。

 

「ほら」

 

「ほら……っじゃないだろ!? 今、蠅出たよな? 何事もなかった振りしても無駄だからな!?」

 

 首を大きく振って嫌がるひじりんに俺はさらに皿を差し出した。

 

「食べなよ。食べものを残すような子は、かずみちゃんに嫌われちゃうよ~?」

 

「……そこでどうしてかずみの名が出てくる?」

 

 そこで露骨に拒否していたひじりんの声が剣呑な色を帯びる。

 顔を見せないくせに眼光だけが鋭くなったことは確かに感じられた。

 ああ、やっぱりか。

 こいつの狙いはかずみちゃん一人。

 ユウリちゃんに攫わせようとしたのは、プレイアデス聖団の魔法少女を減らしたいのかと思ったが、この反応は違う。

 好意にしろ、嫌悪にしろ、感じられるのは明確な個人に対する執着。

 ひじりんにとって、かずみちゃんは特別だということ。これはかなり重要なポイントだ。

 俺は内心を隠し、へらへらした軽薄な表情で会話を続ける。

 

「食べ物を粗末に扱う人間はかずみちゃん曰く、『悪人』なんだとさ。だから、食べ物はたーいせつに食べないといけないんだよぉーう」

 

「ふん。そんな事か。それよりも話を戻せ。あの魔女モドキがユウリに加勢に行って、もしあの蠅の魔女モドキが負けたらどうするつもりだ? あの様子じゃユウリにはもうプレイアデス聖団への復讐心は残ってない。奴らにお前や私の情報がバレるぞ」

 

 あ、露骨に話題逸らしやがったな。そうまでして触れられたくない話題なのか。

 こりゃ相当ひじりんの中で大切なモンみたいだ。かずみちゃんが記憶喪失だって話だったが、それ以前に友達だったとか?

 まあ、何にせよ、かずみちゃんの存在がひじりんの弱点ってことが分かったんだから、これ以上突くのは止めた方が賢明だな。

 

「それなら心配ナッシング。あの蠅公の役目はもう終わってる。ユウリちゃんのソウルジェムはもう、真っ黒黒助状態。アンタが教えてくれたことだぜ? ソウルジェムが濁り切るとどうなるかをな」

 

「……なるほどな。死人……いや、魔女に口なしと言ったところか」

 

「そゆこと」

 

 ケーキ部分を平らげて、舌の上で乗っかっていた苺を転がす。

 元から、あのロリペドは戦力には数えていない。

 一般人に被害を与えてプレイアデス聖団を情報隠蔽で足止めすることと、ユウリちゃんへ過度なストレスを与えてソウルジェムが濁るプロセスを観察すること。それが終わってるからもう魔女に殺されようが、魔物にやられようがマジどうでもいい。てか死ね。蠅とか蛆とか生理的にキモいんじゃーボケ。

 

 

~ユウリ視点~

 

 

 生温い、何かが身体に貼り付いている。何だ、これ。すごく気持ち悪い……。

 べた付く粘性の液体が背面に広がり、服と肌を濡らしていた。

 アタシは……どうなった……?

 ぼんやりとした思考の中、記憶の糸を手繰り寄せ、朧気ながら思い出す。

 何だったか……そう。蠅の魔女モドキ……いや、蠅の魔物に弾丸を何発も食らわせて……でも魔法が消えて、魔力が切れて……ソウルジェムが濁ってて……ああ、そっか。

 落ちたんだ。アタシは、空中から落下した。そうだ、背中から地面へと墜落した。

 じゃあ、これは血か。アタシの血。ウォーターベッドならぬブラッドベッド……はは。悪趣味すぎて笑えてくるな……。

 痛みはない。代わりにどんよりとした倦怠感が身体中に充満している。

 ――ブゥーン。

 羽音が聞こえる。

 ――ブゥーンブゥンブゥンブゥンブゥン。

 羽音が増えた。次から次へと新しい羽音が生まれ、その内、音同士が重なり、絶え間なく周囲に響き渡る。

 ――ブゥーンブゥンブゥンブゥンブゥンブゥンブゥンブゥンブゥンブゥンブゥブブブブブブブブ。

 煩い。本当に煩い。

 どこに居るんだ。この羽虫共は……。

 目を開けているのに何も見えない。夜中のように真っ暗だ。

 ぐずりと目の奥で何かが蠢いた。

 その途端……。

 ――ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ。

 音の波が(せき)を切ったように、流れ出した。

 その発生源は……アタシの眼球からだった。

 

「あ……あ……あああああああああああああ」

 

 蠅だ……。

 数えきれないほどの蠅が眼窩(がんか)から一斉に這い出してくる。

 痛みはないのに脳を蝕むような不快感が蔓延(まんえん)している。

 その振動する羽が。

 その小刻みに動く脚が。

 自分の中身を食い破って孵化したのだと思うと――。

 (おぞ)ましい。

 オゾマシイオゾマシイオゾマシイ。

 倒れているアタシの身体がどうなってしまったかなど想像もしたくない。

 思考を破壊するような爆音に紛れて、蠅男の声がする。

 

『……よくもやってくれたな、この売女(ばいた)がッ……』

 

 礼儀正しい言葉遣いは微塵も残ってない。卑しさが滲み出る汚い罵声。

 きっと、こちらの方が奴の本性なのだろう。メッキが剥がれて、剥き出しになった小物じみた性格が露わになったのだ。

 

『フッ、でも、テメエのおかげで今まで一番大きな蛆共が羽化したぜ。まるまる太った蠅……ああ、堪らねえ』

 

 羽音の後にくちゃくちゃと咀嚼(そしゃく)する音……。子供たちとか(のたま)っていた癖に、成虫になった蠅を喰っているのか? どこまでも薄っぺらい男なんだ。

 

『あー……うめえ。うめええな。傷が治っていきやがる……ひひ。いひひひひ……いい! こいつはいい! 最高の気分だぁ! この調子で蛆の苗床にしてやるよぉ!!』

 

 羽音が消えた後、それと同じくらい不快な笑い声を上げ、蠅男は叫んだ。

 

『テメエが守ろうとしたガキは俺が犯してやる。身体中、蛆の詰まった精液でハラワタまで満たして満たして満たし尽くしてやるぜぇ! いひひひひひひひひひ。ざまあみろ! テメエは何にもできずに蛆の餌だぁ!』

 

 みくがこの屑に好きなようにされる……。

 駄目だ。それだけは絶対にさせない。でも、身体は言う事を聞かない。

 

「はあ……はあ……」

 

 ソウルジェムが濁っていてもう身体を動かす魔力も残っていないんだ。

 でも、それならば……魔女になってしまえばいい。

 そうだ。最初からアタシに失うものなんて何一つない。ユウリと同じになるのなら、望むところだ。

 すぐにでも、この屑諸共(もろとも)破滅してやる……。

 だが、そこで蠅男はアタシが予想だにしない発言をする。

 

『だが、メインディッシュの前にオードブルを楽しむとするか。……ここに居るガキ共でなぁ?』

 

 ……何を言っている? ここに子供が居るのか? いや、そもそもアタシたちが落ちたこの場所は?

 待て。羽音のせいで麻痺していた鼓膜に、蠅男の声以外にも何か入ってくる……。

 

「嫌ぁ、虫が……虫が……貼り付いてくるよぉ!」「お母さん! お母さん! 助けてぇ!」「誰かぁ……誰か、居ないのぉ!? 白い芋虫で何も見えないよぉ……」「いだいいだいいだいいだいよっ……」「うわあああああああああああああああぁぁぁぁ!」

 

 幼い悲鳴と悲痛な絶叫。

 子供がこんなにも居て、街中にある場所。学校やアミューズメント施設? いや、建物だとしたらアタシの身体は屋根を突き破っている。身体にその破片が刺さってるはずだ。

 それならば空き地、いや……公園か?

 だとしたら、ここで魔女になってしまえば、ここに居る子供たちまで結界の中に取り込んでしまう……。

 そうなったら最後、魔女化したアタシは蠅男を殺すだけじゃ止まらない。

 ……一切の区別なく、結界内に居るものを虐殺するだろう。

 畜生。結局、アタシはこうなるのか……。

 大火からやり直すためのチャンスをもらったのに……こうなってしまうのか……。

 確かにアタシは魔女になっても仕方ないくらいの奴だ。八つ当たりで復讐を企てる魔法少女失格の女だ。

 だけど、それでも……最期くらいは魔法少女で居たい。

 ユウリと同じような……誰かのために戦う魔法少女になりたい。

 頼むよ。神様……。

 もしもそんな都合の良い存在が居るのなら、今だけでいい。

 アタシに……立ち上がるための力を下さい。

 魔法少女として、子供たちを守るための力を下さい!

 

「がぼっ……」

 

 片手に残った魔力を回す。

 手の中に慣れ親しんだ感触が(よみがえ)

 生み出すのは拳銃。名前はリベンジャー。

 復讐の名を冠するその銃はアタシの見っともない逆恨みを象徴するもの。

 でも、この一瞬だけは――。

 正義の魔法少女の武器として、悪を穿つ!

 

「ぐっ、……がぁあああああああああああ!」

 

 全霊を込めて、リベンジャーの引き金を引いた。

 狙うは奴の声が聞こえた位置。

 調子に乗って近付いてくれたあの蠅男のその頭。

 孵化して出て行った蠅を残らずアタシの傍から回収してくれたおかげで、声の聞こえる場所は正確に狙えた。

 アタシを無力化したと油断しているからこそ、その弾丸は奴へと届く。

 目は見えなくても分かる。この音は……被弾した音!

 

『グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!』

 

 直後、奴の悲鳴が周囲に轟いた。

 だが……この音は。

 

『このクソアマがぁ……よくも俺の顔に弾くれやがったなぁぁぁぁあ! ちっ、クソぉ! 俺の蛆共がッ』

 

 浅い……。倒し切るには威力が足りなかった。

 手の中の銃の感触は撃ったすぐ後に消えている。

 もう新しく作る余力は残っていない。

 

「あ、れ、居ない!? 居ないよ? 虫消えた……」「顔が痛い……血が出てるよ」「お、お、おがーざぁーん!、おがーざぁーん!!」

 

 しめた! それでも奴の蛆共を消すくらいには効いてくれたようだ。

 少し離れた場所から聞こえていた叫んでいる子供たちへと声を上げる。

 

「逃げろ! 早くここから離れるんだ!」

 

 蛆に襲われて何も見えていなかったのか、ようやく死にかけのアタシや蠅男の存在に気付いた子供たちが思い思いの悲鳴を上げなら、次第に声が遠ざかっていく。

 逃げきれたのか……? それなら……よかった。

 安心したアタシを蔑むように蠅男の下卑た声が響く。

 

『……オードブルは止めだ。ガキ共は後で捕まえて殺す。まずは、テメエの身体を(なぶ)って、弄って、弄って、弄り殺しにしてやる……!』

 

 耳元で聞こえた言葉。

 何か言い返す前にアタシの身体は衝撃を受け、弾き飛ばされた。

 痛みはなかったが、衝撃と浮遊感を味わった後、硬い地面へと叩き付けられた。

 これでいい。こいつがアタシへ怒りをぶつけている間に、子供たちは逃げられる。

 そうすれば、ここに居るのはアタシのこの蠅男だけ。

 もう時間はない。

 あと、数分もしない内にアタシのソウルジェムは魔女を生む卵へとなる。

 

「はは……」

 

『何を笑ってやがんだテメエ!?』

 

「アタシの勝ちだから、だ……」

 

 もういい。みくも、子供たちも助けられた。

 魔法少女として、最低限の働きはやり遂げられた。

 ユウリとは比べ物にならないほど、ちっぽけで、かっこ悪いけれど、それでも。

 魔法少女としての役目は果たせたと思う。

 

『何だとぉ……!』

 

 腹部を何かが貫いた。口から生温かい液体が垂れる。

 そのまま、上に引っ張られる感覚……こいつの腕に突き刺された状態で持ち上げられたのか。

 

『俺が勝ったんだ! テメエは負けたんだよ!? オラッ、言えよ。誰が勝ったのか。ちゃんと言ってみろ!』

 

「がふ、げほッげほッ……はあ、はあ……勝ったのは……アタシ、だ……」

 

『まだ言うのかああああああ! 勝ったのはどう見ても俺だろうがッ』

 

「いいや……勝ったのはユウリだ」

 

 アタシでも蠅男でもない声が会話に混ざる。

 この聞き覚えのある、低めの声は……。

 

『テメエは……』

 

「その汚い手をユウリから離せ。蠅野郎」

 

 アタシの知る中で最も暑苦しくて、最もお節介で、最も馬鹿な男の声だった。

 

「どうしても離さないというなら……」

 

 言葉の途中、声がくぐもったような独特の響きに変わる。

 

『お前を倒して奪い取る』

 




もう少し先まで進めるつもりだったのですが、書いている内に延びてしまいました。

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