魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
ある日、気付いた時から空しかった。
俺は自分が満ち足りた人間だと六歳の時に知った。
由緒正しき昔からの財閥の当主でとても頼りになるパパ、元映画女優で惜しみない愛を注いでくれた美人のママ。
欲しいものはよほどおかしなものでもない限り、湯水のように与えられた。漫画も玩具もゲームも一言欲しいと言えば、次の日には当然のように部屋に置いてあった。
有名人やスポーツ選手に会いたいと言えば、数日も経たずに本人が会いに来てくれた。
行きたい場所を言えば、長期の休みには必ず連れて行ってくれた。
客観的に言えば、俺ほど物質的、精神的双方において恵まれた人間は居ないとさえ思う。
――だから。
だから、俺は人生に空しさを覚えた。
俺は何かを願った瞬間にはそれが意図も容易く叶ってしまう。
これは無理だろうと、思ったことは一度もなかった。
許され、認められ、与えられた。
俺の中で「願いごと」とは単なる頼みのようなもので、「夢」とは親に言えば叶ってしまう用件でしかなかった。
俺はずっと飽き飽きしていた。世界のつまらなさに。
空っぽで、薄っぺらくて、軽い、俺の満たされ過ぎた日常に。
そんな時に一人の少年と話をした。名前はよく覚えていない。……確か、ゆうきまことだか、ゆうたまさおだか地味な名前をしていた。
幼稚園次第からの知り合いだったが、母親が亡くなっていたことが原因で虐められていた。階段から突き落とされたり、虫の死骸を給食に入れられていたところを何度目撃したことがあった。
他のクラスメイトも問題を表沙汰にしたくない日和見な教師にも見放され、鬱屈とした生活を送っていた彼だが、ある時驚くほど楽しそうな顔をして学校に来た。
気になった俺がそれを尋ねると、彼は仲良くなった子猫のことをとても嬉しそうに話してくれた。
それを聞いた俺は、少し考えた後にそのことをイジめっ子たちに教え、唆して、殺させた。
黒いビニール袋に詰め込まれて、サッカーボールのように蹴られ、|なぶり殺させたのを覚えている。
理由はなかった。強いて挙げるなら、大切なものを奪われた彼の顔が見たいという欲求くらいだ。
『大切なもの』が存在しない俺に、失うことでその価値の重さを見せてもらいたかった。
殺して顔中に画鋲を突き刺した子猫を彼の靴箱に詰め込んだ後、イジめっ子たちと隠れて彼がそれを確認するまで待った。
彼は靴箱に入ったそれを見て、彼はとびっきりの絶望に満ちた表情を見せてくれた。
俺はその時初めて心の底から笑った。
生まれて初めて『楽しさ』を知った。
飽き飽きした世界に光が満ちた。
希望が見えた。
彼は絶叫を上げて、傍に居たイジめっ子の一人に飛びかかり、拳で滅多打ちにした。俺と一緒に笑っていたそいつが涙と鼻血を垂らしながら助けを求めるのもまた最高に笑えた。
他人を絶望に突き落とすのも、苦悶に歪んで命乞いをする顔を見るのも楽しくて楽しくて仕方がなかった。
それが俺の原体験。最初に味わった幸福の記憶。
その時に俺は自分の幸せがどこにあるのかを知ったのだ。
俺に幸せを教えてくれた彼はその後引っ越してしまったので、今どこで生きているのか知らないが、もしも出会えたら感謝の言葉を述べたい。
彼が居なかったら俺は空虚な人生を歩んでいただろうから。
その後、小学校、中学校に上がりながら、仲良くなった友達を精神的に追い詰めて死なせて行った。
しかし、あの時ほど興奮は何人死なせても得られなかった。俺は無駄に人を死なせる度にまた飽きていった。
親にわざと自分のやったことをバラしたのも、隠れて人を死に追いやることに飽きていたからだ。
あすなろ市に来たのも言わば暇潰しの一環だった。世界に対して何の期待もしていなかった。
それが一昨日までの話。
けれど、昨日からは違う。なぜなら愉快なこの街で面白そうな出来事に巻き込まれたからだ。
浴びていたシャワーを止めて、俺は浴室から出た。
爽やかな朝のシャワーが俺の心に溜まった汚れを洗い流してくれた。新鮮な気持ちで今日が送れそうだ。
髪の毛をバスタオルで拭いていると、リビングに置いてある携帯電話が鳴り響いた。
俺はパンツも
「もしもし。一樹ですけど? ちなみに今ノーパンです」
『聞きたくないわよ! そんな事!? ……あきら、昨日急に居なくなったって、かずみが言ってたけどどうしたの?』
電話の相手はカオルちゃんだった。
昨日、刑事から情報を聞き出すために、勝手に帰ったことで心配させてしまったようだ。
「ああ。何かあの刑事さんが目を覚まして、逃げ出しやがってさ。俺は急いでそれを追いかけたんだけど、途中で逃げられちまった……」
『その刑事さん、化け物に変わって襲い掛かってきたんでしょ? あきらも危ないことするなー』
かずみちゃんから詳しい説明を聞いたようでカオルちゃんは大体のことは把握しているようだ。
しかし、人が化け物に変わるなんて突拍子もないことをよく信じられたな。かずみちゃんが魔法を使えることから信憑性を得たのか?
……それとも最初から『知っていた』のか?
「何で見てもない化け物の話を簡単に信じてくれんの? 普通だったら笑い話になると思うんだけど。まさか、魔法を使ったかずみちゃんのことといい、何か詳しいこと知ってたりする?」
『……あきらには言っちゃってもいいか、信用できるし。実は私や海香も魔法少女なんだ』
カオルちゃんが教えてくれたのは摩訶不思議ファンタジーな話だった。
この世界には魔法少女をスカウトする妖精が居て、その妖精と契約した少女は魔法少女は魔力の源、『ソウルジェム』を生み出す。
妖精との契約というのは、一つだけ何でも願いを叶えてくれる代わりに魔女という化け物と戦う使命を果たすこと。
魔女は呪いの力で人を絶望に追い込み、人を食らうことで成長していく恐ろしい化け物。余談だが時折、
呪いを
正義の魔法少女は日夜人々のために悪の魔女と戦い続ける。
何ともまあ日曜の幼児向けアニメの設定のような話だ。スーパーヒーロータイムの後番組かな?
ともあれ、何となくは分かった。
ソウルジェムというのはかずみちゃんのあの鈴のイヤリングのようなもので、魔女というのはあのカマキリの化け物みたいなものらしい。
そして、俺が手に入れたあの装飾品がグリーフシードという訳か。
その理論で行くと俺ももう魔女に当たる訳なのだが、男なのに魔女っていうのは流石にないだろう。『魔物』とでも言った方がいいな。
「ふーん。魔法少女っていうのは必ずしも正義の味方な訳?」
俺は屋根の上に立っていた金髪のツインテール少女を思い出す。あれは魔女ではなく、かずみちゃんと同じような『魔法少女』だと思う。
『願い事だけ叶えてもらって好き勝手に生きてる奴も居るとは思うけど、大体の連中は魔女と戦ってるよ』
「ほう。カオルちゃんや海香ちゃんも?」
『当たり前でしょ!』
元気よく答えが返ってくる。
自信と誇りに満ち溢れている声だ。
「なら、――記憶を失う前のかずみちゃんも?」
『……当たり前でしょ』
さっきと同じ言葉なのに後ろ暗いものが含まれているように感じ取った。
答える前に僅かに時間が掛かったこともあり、何やら隠しことがあるようだ。
「そっか。じゃあ頑張れ、正義の魔法少女! まだかずみちゃんも記憶戻ってないんだろ? 無理しないようサポートしてやりなよ」
俺はあえて明るくそう言って、それ以上は何も聞かなかった。
これ以上は何か答えてくれないだろうし、ここで踏み込み過ぎて機嫌を悪くさせるのも得策ではない。
ここはあくまでも優しく聞かずに応援してやるのがベストだ。
『ありがとね、あきら』
「あきら、何でお礼言われてるのか分かんなーい!」
『あはは。……また時々電話してもいい?』
「寝てる時じゃなければいつでも大歓迎。というか、時間ができたらまた遊びに行かせてもらうよ」
『良かった。あんなことがあったからもう関わりたくないって言われるかと思った』
心に人に言えないものを抱えている女の子は付け入るのは容易い。欲しいものを欲しいだけ与えてやれば、発情した雌犬のように尻尾を振って懐いてくる。
明るく振舞っていたカオルちゃんはどこかそこに空元気感を感じた。海香ちゃんもそうまるであえてクールな自分を演じているように見えた。
『明るく元気な女の子』、『冷静で知的な女の子』、一見真逆に見える二人だが、根本的には何かを押し隠し、自分を誤魔化して、気取られぬよう分かり易い個性を演じている。
隠している相手はかずみちゃんだろう。彼女の記憶喪失のことも恐らく何か知っているはずだ。
「何かあったら、遠慮なく相談しなよ。部外者だから話せるってこと、結構あるぜ?」
『アンタ、私の事
「ちっ、ばれたか。もう少しで『あきら、素敵! 抱いて!』ってなったのに」
『なるか馬鹿!』
そんな話をした後、俺は通話を終えて携帯電話をテーブルに置いた。
パンツを穿きながら、俺は今後のことを思案する。
カオルちゃんは俺に完全に心を許してる。海香ちゃんはもうちょっと踏み込む必要があるが、あと一歩と言ったところだ。
秘密を抱えた人間は、人に飢えている。自分を許してくれる人を。
他人精神依存するような脆弱な女の子たち。可愛くって堪らないぜ。弄び甲斐があるってもんだ。
ユーズドのジーンズに荒らしく『Fack me』と書かれたTシャツを着て、チャック式のパーカーを羽織る。
ポケットに財布と自分の携帯電話、そして、立花の携帯電話を入れると俺は外へ出かけた。
街を適当にぶらつくと、ふいに奇妙な感覚に襲われた。
頭の中でノイズが走るようなような感覚。
これは何だ?
まるで古いラジオの電波のチューニングが合わずに雑音ばかり垂れ流しているようだ。
「電波……チューニング……」
ひょっとして俺の中のグリーフシードが何かの波長を受信しかけているのか。だとしたら、頭の中で波長を合わせれば、どこかに繋がるのかもしれない。
目を瞑り、意識を集中させる。
次第に頭の中のノイズが少しずつ、明瞭な音声に変わっていく。
『……キタナイ』
まず最初に聞こえたのはそんな言葉だった。
『キタナイ……イタイ……ナイテル……』
歪で不快なこの声にものを俺は知っている。あの時のカマキリの化け物になった刑事の声だ。
間違いない。これは魔女の声だ。しかも、そう遠くではない。
俺はその声が大きくなるように足早に走り出す。
頭の中の声が大きくなればなるほど、肌にも不穏な気配が纏わり付いてくる。
そして、路地裏へと誘い込まれるように俺が入って行くと、頭の中で聞こえていた魔女の声が肉声で聞こえてきた。
薄暗い路地裏の床にぐったりと人が数人、うつ伏せで倒れている。その誰もが身なりからして中高生くらいの女性だった。
「何じゃ、こりゃ?」
俺の声に反応してなのか、むくりと生気のない動きで女性たちは立ち上がる。
その顔には真っ黒い半透明の液体がべったりと貼り付けられていた。
魔女ではない。それほど強い力はこいつらからは感じられなかった。
魔女の
それらが一斉に俺に向かって襲い掛かってくる。その数、五人。話にならない人数だ。
俺は一番近くに接近してきた女性の手を掴んで捻り上げ、向かってきた勢いを殺さず、傍のもう一人に投げつける。
知能が低いようでかわすことも受け止めることもせずに、傍の一人は飛ばされた奴と正面衝突。
折り重なるように倒れて、動かなくなった。二人撃破。
次にやって来た二人は俺を挟み撃ちにしようと両脇から同時に向かってくる。だが、甘すぎる。
ほぼ同時に左右から伸ばされたそいつらの腕の片方を俺はそれぞれ交差させた自分の手で掴み取る。
俺の右手が左から来た女性の腕を掴み、俺の左手が右から来た女性の手を掴んで、掴んだ相手方の腕を引き寄せつつ、俺は僅かに後ろに下がった。
引き寄せられた女性たちはお互いの頭を勢いよくぶつけ合い、両者ノックアウト。さらに二人撃破。
残った最後の一人はその間隙を突いて、飛び掛かって来ってくる。
なかなか良い線言っているが、雑すぎる戦法だ。もうちょっと捻りを加えてもらいたい。
俺は身体を逸らして飛び掛かる女性の手首を難なく掴むと、もう反対側の腕で顔面に肘鉄を食らわせた。
手を離した後、見る間に女性は崩れ落ちた。最後の一人撃破。
全員が倒れると、女性たちの顔面に貼り付いた液体がこぼれ落ちるようにして取れた。
どうやら、貼り付いていた液体が魔女の手のもので、素体は普通の人間だったようだ。
肘鉄を食らった女性は鼻血を垂らし、頭突きし合った二人はタンコブ、正面衝突した二人は身体に
俺はそいつらを放っておいて、路地裏の奥に進むとやはりというか魔女が居た。
頭部だけが異常に肥大化した芋虫の上に巨大な手のひらだけを持った人間が突き刺さっているような不細工な見た目だ。
『キタナイ……イタイ……ナイテル……ガングロ……』
「い……いや……」
見れば、逃げ場のない壁際に一人の女の子が襲われている。
ガングロメイクのあまり可愛くない少女だ。タイプじゃない上に、恩を売っても得がなさそうなので無視を決め込んだ。
魔女が居るということはあのツインテールの魔法少女が傍に居るかもしれない。
俺はガングロ少女の悲鳴を聞きながら、周囲を注意深く見回した。
――居た!
あのツインテールの魔法少女が路地裏に面したビルの屋上から、魔女を上から眺めている。
会いたかったぜ、ハニー!
俺は身体を異形化させて、黒い竜の姿に変貌すると翼を羽ばたかせ、ビルの屋上へと飛び上がった。
ビルの屋上に着くと目立つと面倒なので、人間の姿に戻り、ツインテールの魔法少女に近付いた。
「お前は……確か、かずみたちと一緒にいた……」
「俺はあきら。一樹あきら。生まれながらのエンターテイナーさ。また会えたな、お嬢さん」
対峙した彼女は臆することもなく、俺をまじまじと見つめる。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「魔女モドキか? どこでその力を手に入れた? アタシはお前なんかに
魔女モドキ? 確かに俺は女ではないから『魔女』と表現するのは変だが、「モドキ」と表現するのはおかしい。
それに『イーブルナッツ』っていうのは何だ? 俺の身体を変化させたものを言っているならグリーフシードと言うはずだ。
ふーむ、俺の知らない情報をこいつは知っているようだ。
「この力はあのポンコツ刑事から奪ったもんだ。あいつにこの力をあげたのはやっぱりアンタで正解みたいだな。てことは、俺を
「仕返しにでも来たのか? ふっ、ならいい。返り討ちに……」
二挺の銃をその手に出現させ、臨戦態勢を取るツインテールの少女を俺は手で制した。
「待て待て。俺はそんなことをするともりでアンタに会いに来た訳じゃない。過去のことはもう水に流そう」
「……なら、何が目的なんだ?」
銃口こそ向けてはいないが、俺が変な行動に出たらいつでも攻撃できるように僅かも気を弛めてはいない。
「何簡単なことさ。俺と友達になってよ」
「…………は?」
呆気に取られたその表情はそこらに居る女子中学生と大して変わらないものだった。
昨日の敵は今日の友。それが一樹あきらの生き方。
一番の邪悪な敵は彼なのですけど。