魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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あきら君「前回までのあらすじぃ! 死にかけの蠍野郎を助けたユウリちゃんは、かつて自分の友達が助けた幼女に出会う。友達が命を懸けて助けた存在を知り、プレイアデス聖団の魔法少女たちへの復讐心に迷いが生じてしまうのだった」


第七話 迷いの果てに

〜ユウリ視点〜

 

 

 何でアタシはあいつを助けた?

 プレイアデスを潰すのに障害になるかもしれないのに、『ユウリ』の仇を討てなくなるかもしれないのに。

 それなのにアタシは……。

 自分で自分のやりたい事が分からない。

 それはみくに、『ユウリ』が命を助けたという女の子にあいつを殺すところを見せたくなった事かもしれない。

 今はもうどこにも居ない『ユウリ』の偶像を守りたかった。あの優しくて、格好いい『ユウリ』の姿を。

 ……いや、本当にそれだけか?

 あいつが言った「助けてほしいのか」という言葉にアタシは……。

 胸の中でぐるぐる回る自分の感情に整理をつけようと、自問自答していたところに誰かの声がかかる。

 

「やあ、カワイコちゃん。俺とお茶でもどぉう?」

 

 妙に馴れ馴れしい軽薄な口調と共に現れたのは中学生くらいの黒髪の男。

 男にしては艶のある髪に大きく形のいい瞳は美形と言っても十分だったが、浮かべた面がどうにも気に入らない。

 人懐こい笑みを浮かべたそいつは気安くアタシの肩に手を回そうとしてくる。

 ナンパか。それ自体は別初めてじゃないが、こうまで絵に描いたナンパは今時そうそう見ない。

 手首を掴んで捻りあげてやろうとすると、予想していたようにすっと腕を戻し、掴もうとしていたアタシの手を引いた。

 

「可愛いお手てだ。握手握手」

 

 へらへらした笑みでふざけた事を(のたま)う男。

 殴り倒してやろうかと思ったが、男の手の内側にあったものに触れて思い留まる。

 卵くらいの大きさで硬質で冷たい感触。そして、指先に当たるだけで胸の中に嫌な気分にさせられる奇妙な物体。

 ……悪意の実(イーブルナッツ)だ。

 

「お前……」

 

「デートしようぜ? ユ・ウ・リ・ちゃん!」

 

 男の薄く開いた瞳にどろりとした澱んだ輝きが宿る。

 間違いない。アタシの名前を知っている事も含めて、こいつはただのナンパ男なんかじゃない。イーブルナッツをくれたあのフードの奴の仲間だ。

 

「何の用?」

 

 理由ぐらい分かっている。

 フードの奴の仲間がアタシに接触してくる理由なんて一つしかない。

 男はアメリカ人のように大袈裟に肩を竦めてみせた。

 

「おいおい。理由が分からないほどお馬鹿さんなのかい? 道具はくれてやったのにまーだ何の収穫もないんで進捗見に来たんだよ。アンタの雇い主はもうカンカン」

 

 やっぱりそれか。

 プレイアデスを始末できずにいるアタシを急かしに来たって訳だ。

 逆らって倒すか? いや、そんな事をする必要はない。こいつらは少なくともプレイアデスに敵対しているのは明らかだ。

 仮にもイーブルナッツをもらったのはプレイアデスの始末とかずみの身柄の引き渡しが条件だった。

 何の成果も上げられなかったのはこっちのミスだ。最低限、もらった道具分は協力しておくか。

 

「ちっ。どこまで着いて行けばいい?」

 

「そう来なくっちゃな。俺はあきら。アッキーでもあきあきでも好きに呼んでくれ」

 

 あきらと名乗った男はアタシにそう言って肩に手を回した。

 視線だけでその汚い手で触れるなと伝えたが、何を勘違いしたのか「ふっ。照れなくていいんだぜ、ハニー」と寝言を抜かすものだから我慢をせずに思い切り捻り上げてやった。

 

「ああ、痛い。痛いって。もうツンデレさんめ!」

 

「誰がツンデレだ。この勘違い野郎が」

 

 捻られた手首をこれ見よがしにぶらぶらと揺らした奴は、楽しそうに笑った後、急に何かに気付いたように表情をすとんと落とした。

 流石に気分を害したのかと一瞬だけ気にしたが、あきらはいきなりアタシを抱えると近くの路地へと引きずり込んだ。

 

「おいッ。何を……」

 

「ストーキングされてんなら早めに言えよ」

 

 文句を言おうとすると指先でそれを押し留められた。

 ストーキング? 意味が分からず、あきらが見ている路地の外に目を向ける。

 そこから見えたのは背の高い精悍そうな高校生くらいの男、大火だ。アタシを追い掛けてきたようで忙しなく周囲をきょろきょろと見回している。

 何で追って来たのかは分からない。

 

「あんたにゾッコンみたいだな。ケツを追いかけ回される気分はどうだよ、ユウリちゃん」

 

「……どこに行けばいい?」

 

「話が早くて助かるぜ。そんじゃ、あっちのカフェでデートと洒落込もう」

 

 あきらが指差したのは、路地の向こうに見える人気の少ない通りに面した一軒のカフェテリア。

 『バアル・ゼブル』という看板のその店は、外装が汚れている訳でもないのに、立地が悪いせいで寂れているように見えた。

 アタシはあきらに頷いて応じると、馴れ馴れしく手を握って、店先へと歩いていく。

 

「おデート、おデート。楽しいな~と」

 

 頭の悪そうな歌を口ずさんで入店したあきらは店長らしき眼鏡の男に「二名ですぅ、カップル割り引き、ヨロピコ!」と伝え、返答すら聞かずに一番奥のテーブル席を陣取る。

 連れられて入店したアタシの耳に大きめのクラシック音楽が雪崩れ込む。

 BGMにしては大き過ぎだ。またスピーカーの調子も悪いのかカリカリとノイズのような音が断続的にしていた。

 他の客どころか店員らしき人物も見当たらなかったが、案内もされずに席に着くこいつの傍若無人さに眩暈(めまい)を覚えた。

 何なんだ、こいつ。幼稚園児だってもっと慎みを持って行動するぞ……。

 テーブルの端にあったメニュー表を掴むと、アタシの方に広げて見せた。

 

「俺が奢っちゃる。……好きに決めていいぜ、ハニー」

 

 腹の立つくらい真っ白いを歯を見せて、渋い口調で古い洋画じみた決め台詞を吐く。

 

「誰がハニーだ。誰が」

 

「あ、痛ぁ! もう、ユウリちゃんったら暴力系ツンデレヒロインなんだから!」

 

 メニュー表を引ったくり、あきらの頭を強めに叩いてやったが、おどけた調子で痛がる素振りをするだけでまるで堪えた様子がない。

 出会ってから数分間で凄まじい速度で距離を縮めてくる。こいつの馴れ馴れしさは留まる事を知らないらしい。

 ペースを乱されている事を自覚しながら、仕方なく適当にメニューに目を通す。

 子供向けの甘味はない。コーヒーが数種類と軽食の類が並んでいるだけの面白みもない品揃えだ。せいぜい、目を引くのはケーキくらいのものだが、どれもあまりピンと来ない。

 奢ってやると向こうが言っているのだから、好き勝手に頼んでやってもいいのだが、食べ物を残すのは『ユウリ』の主義に反する。

 

「……なあ、どうするか決まった?」

 

「うるさい。まだ注文は決まってない!」

 

「いや、そっちじゃなくて――プレイアデス聖団をどう潰すかの方だよ」

 

 メニュー表を眺めていた目が止まった。

 不意打ち気味で投げられた問いに答えられない。

 どうするか、だと。そんなもの決まってる。一人残らず、皆殺しだ。

 脳裏には浮かぶ。だが、声には出なかった。

 まさか迷ってるのか、アタシ……?

 自分の中でそんな疑問が湧いてくる事に驚愕する。

 あり得ない。あり得る訳がない。だって、おかしい。

 あいつらは『ユウリ』を殺した。『ユウリ』を奪った。

 殺されて当然のクズ共だ……。

 なのに、アタシは即答する事ができない。

 無言になったアタシへメニュー表の反対側からあきらが言葉を投げつけてくる。

 

「あれれー? どうしたんだよ、ユウリちゃん。やっぱりやめたい? 魔法少女同士で争うのは嫌? そーだよなぁ。魔法少女は助け合いだもんなぁ。仲良くしたいよなぁー」

 

「ふざっけんな――!」

 

 頭の中で何かが弾けた。頭に血が昇るのを嫌でも感じる。

 テーブルへ身を乗り出して、反対側に座るあきらの胸倉を掴み上げた。

 あきらの黒曜石のような目を睨み付け、アタシは吐き捨てる。

 

「あいつらは殺す……アタシが、このユウリが、必ずな」

 

「オーケイオーケイ。ハニー、落ち着けよ。軽いジョークだろ? マジになんなっての」

 

 へらへら笑って受け流すあきらにイラついている自分が馬鹿らしくなり、掴んでいた手を放して、乱暴にメニュー表を再び取った。 

 そうだ。アタシの目的は変わらない。アタシの憎しみは消えたりなんかしない。

 結局、ありきたりな季節のフルーツが乗ったケーキとブレンドコーヒーに決めたとあきらに伝えると、あきらは眼鏡の店長を呼びつけ、同じものを注文した。

 店長がオーダーを受けて、店の奥へ引っ込むとあきらは喋り始めた。

 

「まあ、どういう作戦にするかって聞いたつもりだったんだが、やる気があるようならそれでいいや。俺の方でも一つ進めたい作戦があるんだ」

 

 こいつ、今さらっとアタシの事、馬鹿にしなかったか?

 だが、残念ながらアタシには少し……ほんのちょっとだけ抜けたところがあるのは事実だ。今回は見逃してやる。

 

「言ってみろ」

 

「聞いた話じゃ、魔法少女ってのは魔法を使う度にソウルジェムっつーエネルギー源が穢れて魔法が使い辛くなるんだろ? あと、精神的な負荷を感じると同じようにソウルジェムが穢れるとか」

 

「誰から聞いたか知らないが、間違ってはないな」

 

「じゃあ、魔力をうんと使わせてソウルジェムを穢してやればいい。そいつが精神的に負荷のかかる内容なら効果倍増だぁ」

 

「何をするつもりだ、お前……」

 

 嫌な予感がする。

 あきらはきらきらした瞳で楽しそうに語る。

 悪戯を考えた子供がそれを仲間内で共有するかのように……。

 

「イーブルナッツで作った魔物でここら周辺住んでいる一般人を襲う。周囲の人間への被害を防ぐために魔法少女は魔力を余計に使うはずだ。そうだなぁ、できれば巻き込む一般人は年齢はプレイアデス聖団の魔法少女よりも年下で、女の子ならさらにグッド! 何でかっつーと、魔法少女が一番共感しやすいから」

 

 頭の中でみくの顔が浮かぶ。

 あの子が、巻き込まれる。『ユウリ』が救ったあの小さな女の子が……。

 駄目だ。それだけは絶対に防がないとならない。

 

「待てよ! 狙いはプレイアデスの魔法少女共のはずだ。何で無関係な一般人まで巻き込むっ!?」

 

「無関係だからこそに決まってんだろ? 自分のせいで無関係な女の子が酷い目に合うんだ。清く正しい魔法少女ちゃんがそれに気に病めばベスト!」

 

「あいつらはクズだ! 人の皮を被った外道だ! 無関係な奴が死んだところで共感もしなければ、気に病む事もない!」

 

「それならそれでいい。大体的に魔物で傷付く人間が居れば、それと戦うあいつらも表舞台に引きずり出せる。そうなれば情報隠蔽に魔法を使うだろ? 結果的にソウルジェムは穢せる。お、ユウリちゃん。そろそろ頼んだもの来るぞ」

 

 ぞっとするほど冷酷な思考回路に私は蒼ざめた。

 こいつは本当に他人の命を何とも思っていない。いや、魔法少女のソウルジェムを穢すための道具か何かだと思っているんだ。

 眼鏡の店長がラズベリーや苺の乗ったケーキとブレンドコーヒーをテーブルに並べていく。

 気のせいかもしれないが、あきらの前に置かれたケーキより、アタシのケーキの方が形が崩れているように感じた。

 あきらはお構いなしで綺麗な方のケーキをフォークでを切り分け、口に運びながら話を続ける。

 

「もきゅもきゅ。それにな、プレイアデス聖団の魔法少女ちゃんズが一般人の事を何とも思わなくても、見ただけで精神に負荷が掛かるような方法を取れば問題はねーの。そう……例えば、強姦(レイプ)とかなぁ」

 

「おい、お前……」

 

 話の内容もさることながら、外部の人間がすぐ脇に居るにも関わらず、犯罪行為の相談をを何の躊躇もなく話している。

 |迂闊《うかつ)どころの話じゃない。これでは通報してくれと言っているようなものだ。

 

「幼女を怪物が強姦する。これを視界に入れて、気が滅入らない女の子は居ないよなぁ? 宿利さん(・・・・)

 

 アタシではなく、給仕を終えた眼鏡の店長へと軽蔑すべき内容の話題を振る。

 気が狂っているのか、お前と叫び出しそうになる瞬間……今まで真顔で沈黙を保っていた店長の顔がいやらしく歪んだ。

 

「はい。その通りです、あきら様。幼い女の子への性的暴行は被害者だけではなく、目撃者の心も壊します。それが年端もいかない少女ならなおの事……」

 

 ぎょっとして、眼鏡の店長を見つめて硬直する。

 この男は……何を言っている?

 眼鏡の店長は恭しい一礼をして、私に自己紹介を始めた。

 

「お初にお目に掛かります。ユウリ様。(ワタクシ)宿利(やどり)映児(えいじ)と申します。イーブルナッツをあきら様より戴き、忠実な下僕となりました。不束者ですが、何卒よろしくお願い致します」

 

「聞いて驚け、ユウリちゃん! 宿利さんはな、生粋の幼女大好き野郎(ロリータ・コンプレックス)って奴なんだ。今まで何人もの幼女に婦女暴行を繰り返してきているんだと」

 

「恐縮です」

 

 宿利と名乗った男は眼鏡のブリッジを指で押し上げ、照れたように答えた。

 あきらは、さっきたまたまこの店を見つけたような様子だった。だが、違った。

 初めから……最初からアタシは、この場所に来るよう誘導されていたんだ。

 

「ちなみにこの辺で目を付けている幼女(ロリ)は?」

 

「そうですね。近所のパン家の一人娘のみくちゃん、でしょうか。彼女は、とても可愛くて素直な子なので……無理やり押さえつけたらどんな声で泣いてくれるのか、私楽しみで仕方ありません!」

 

 この下衆野郎……!

 みくをどんな目で見ている!

 アタシは今、自分が何をしないといけないのか理解した。

 ――殺す。

 プレイアデスの魔法少女よりもさらに外道なこいつらをぶち殺す。

 ソウルジェムを握り、魔法少女へ変身しようとしたその時、あきらの顔がこちらを向いた。

 

「でも、そのみくちゃんは……ユウリちゃんと仲良しさんだから反対するよなぁ?」

 

「お前……」

 

 あきらの表情が邪悪に歪んだ。

 頬の端が限界まで外側に引き延ばされ、犬歯まで見えるくらい大きく開いた。

 

「全部、見てたぜ? ユウリちゃんがあの蠍野郎を背負って助けるところもな。つっても、利用価値がありそうなら使うつもりだったんだが、やっぱアンタ、要らねぇわ」

 

「この野郎……!」

 

 座席から思い切り立ち上がり、魔法少女へと変身。

 アタシはあきらと宿利の二人へと向けてそれぞれ二丁拳銃・リベンジャーを作り出す。

 その衝撃でカップが倒れ、アタシが頼んだブレンドコーヒーがテーブルへ広がった。

 零れた黒い液体の中で小さく蠢く数個の白いものが視界に映る。

 

「……? うっっ!」

 

 それは(うじ)だった。

 白い蛆がコーヒーの中に混入していた。

 強烈な生理的嫌悪感が吐き気となって、競り上がってくる。

 ……いや、コーヒーだけじゃない!?

 アタシの頼んだケーキからも白い蛆虫が内側を食い破って現れた。

 

「残念です。一口でも食べて頂ければ、簡単だったのですが……」

 

 困ったように眉根を寄せる宿利にアタシは引き金を引こうとして――。

 伸ばした腕の上を蛆が進んでいるのを目撃する。

 

「ひッ……」

 

 気色の悪さからとっさに振り払おうとし、腕を動かす。

 しかし、蛆は離れるどころか、アタシの皮膚に噛み付いた。食い込んだ歯が皮膚を突き破り、針のような激痛と共にやって来る。

 

「っう! ……この虫がぁあ!」

 

 反対側の手に握ったアベンジャーのグリップで叩き潰した。

 潰れた蛆は鼻に突く刺激臭の汁を飛ばし、死んだ。

 だが、安心したのも束の間。今度はほぼ同時に全身を隈なく激痛が走った。

 まさか、全身に蛆が貼り付いていたのか。

 肉を抉り、小さな生き物が侵入してくる恐怖を感じる。

 

「おえー、この店異物混入しまくりじゃーん。宿利さん、衛生管理法違反で潰されちまうぜ?」

 

「そうですね。もし私が本物の店長でしたら首を括っています」

 

「宿利さん、数時間に押し入った不法侵入者だもんなー。あっはっは。で、その本物の店長どこ?」

 

「店の奥で私の子供たちの苗床になっていますよ」

 

「あら、やだ! もう死んでる!?」

 

 アタシの存在を忘れたかのようにあきらたちは、寛いだ様子で冗談を交わしている。

 尋常ではない。こいつらは人間が持つ倫理観を一切持っていないんだ。

 下衆や外道の類ですらない。

 狂人。サイコパス。

 こんな奴らにみくを襲わせる訳にはいかない。

 身体の中に入って来る蛆への恐怖と痛みを無理やり呑み込み、アタシは再度リベンジャーの銃口を奴らへ向けた。

 腕が震える。銃口が定まらない。

 無理だ……無視できない……。

 皮膚の下で蠢く感触に気が触れそうになる。

 

「ユウリちゃん。入った時におかしいと思わなかったのかよ? 店員が一人も居ないこととか、BGMがデカすぎだとか……このカリカリした音なんだろうとかさ」

 

「……まさか!?」

 

 この音の正体は……!

 脳裏にこの断続的に鳴る奇妙な音が何か分かった。

 蛆だ! 肉を喰らっている蛆共の咀嚼音!

 気付いた時には、答え合わせとばかりに店内の至る所から膨大な蛆の群れが津波となって押し寄せる。

 どれもアタシの身体に潜り込んだものとは比べ物にならない大きさに成長していた。

 下手をすればアタシの身体よりも大きな蛆すら居る。

 

「うわっ、気持ちワルッ!」

 

「あきら様、ご安心を。私の子供たちはあきら様には一切害を及ぼしません」

 

「いや、見た目だけで十分害及ぼしてるんすけどー。不快害虫って言葉知ってますぅ?」

 

「……存じ上げません」

 

「おい!」

 

 コントじみた談笑を余所にアタシへと群がった蛆共が遠慮くなく、肌を噛みちぎり、肉を貪り喰う。

 呼吸をする度に肺や胃の中へと小さな蛆は入っていく。リベンジャーで何匹かは潰れるものの、勢いは一向に収まる気配はない。

 苦し紛れに宿利へ向けて発砲するが、狙いが定まらず、反動で床へと転がり落ちる。

 ……痛い! ……苦しい! ……辛い!

 鼻の穴や耳の穴まで蛆が潜り込んで、アタシを蹂躙していく。

 目玉を抉られる恐怖から目蓋も開ける事ができない。魔法による治癒もこの数の蛆に一斉に食われては地獄を長引かせるスパイスにしかなりゃしない!

 

「……やはり中学生くらいになるとそそりませんね。女性というのものの賞味期限は小学生を卒業すると切れてしまうものなのです。腐ってしまったユウリ様は、蛆の相手がお似合いですよ」

 

「ひー! 色んな意味でキモイよー。……実際のところ、プレイアデス聖団の魔法少女に味方するあの蠍野郎を助けた時点でユウリちゃんは九割くらい殺すと決めてたんだ。せいぜい、生理的嫌悪感でどのくらいソウルジェムが濁るのか実験台になってくれや」

 

 あいつらの好き勝手な台詞が暗闇の中、蛆の咀嚼音(そしゃくおん)に混じって聞こえてくる。

 クソックソックソォ!

 こんな死に方をするのか、アタシは……。

 狂人たちに馬鹿にされ、蛆の海で身体を喰いちぎられて。

 惨めな死体になって、アタシは死ぬのかな……?

 アタシは結局、『ユウリ』にはなれなかった。

 死ぬ間際になってようやく気付いた。アタシは『ユウリ』が死んだ事をプレイアデスの魔法少女のせいにしただけ。

 魔女になった『ユウリ』を殺したあいつらを責める事で、何もできなかった自分をなかった事にしたかっただけ……。

 惨めだな……本当に、惨め。

 ごめんね、『ユウリ』。本当にごめんなさい。

 アタシは……アンタみたいな本物の魔法少女にはなれなかったよ……。

 思考がままならない。どこが痛いのかも分からない。

 ……誰でもいい。

 誰でもいいから……どうか、お願いします。

 プレイアデスの魔法少女でも、あの大火とかいう馬鹿でもいい。

 どうか、みくを……『ユウリ』が命を削って救ったあの女の子を守ってください。

 おねがい、します……。

 蛆で溢れた口から、か細い声が零れ落ちた。

 

「た、す…………けて……」

 

 蛆の咀嚼音に紛れてしまうような、か細い、小さなアタシの言葉。

 

 

 

 

「……(おう)!」

 

 誰かの声が聞こえた気がした。

 耳の穴から入り込んだ蛆の動く音だろうか……。それとも幻聴……?

 何かが割れるような激しい音。くぐもったあきらたちの声。

 何か言っている……? 何が起きたっていうの……?

 アタシの腕が何かに掴まれ、暗闇から引きずり出される。

 蛍光灯の光。新鮮な空気。

 そして、見覚えのある少年の顔。

 

「げほッ、がふッ、大、火……ど、う……して……」

 

 蛆の混ざった唾液を吐き出しながら、尋ねるアタシをその馬鹿は抱きかかえている。

 群がる蛆共は新たな獲物へと噛み付いていた。魔法少女よりもずっと脆い奴のシャツは破れ、布地を赤く染め上げる。

 痛いだろうに、気持ち悪いだろうに、大火はアタシの目を見つめて、こう言った。

 

「お前を助けに来た」

 

 真顔で何を言っているんだと言おうとして、口から出たのは蛆と咳のみ。

 逃げろ。お前も蛆に喰われるぞ。

 その吐く前に、蛆の波が大火へと押し寄せる。

 だが、奴の身体へ蛆の歯が届く事はなかった。

 瞬時に魔力が奴の肉体を変貌させ、真っ白い外殻で覆う。

 針の付いた蛇腹状の長い尾。二股に別れた鋏のような手。

 蠍のような意匠の、怪人がアタシを抱えて立っていた。

 

『あきらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!』

 

「この距離で、でかい声出すんじゃねぇよ。聞こえてるわ、ボケ……。まあ、そろそろ来るんじゃねぇかと思ってたぜ」

 

 宿利の隣でうるさそうに耳を押えていたあきらの輪郭が歪む。

 黒く塗りつぶされるように引き伸ばされた輪郭は、翼のある黒い竜へと変わった。

 爬虫類のような相貌で酷く人間じみた笑みを浮かべた。

 

『遊ぼうぜ、大火ちゃんよぉ!』

 




取りあえず、ぼちぼちこちらも更新していけたらと思っています。

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