魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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ユウリ編
第六話 希望の兆し


〜ユウリ視点〜

 

 

 何なんだ、あの男。

 かずみ、プレイアデスを守っているのに、誰もあいつを仲間と認識していない。それどころか敵として見なしている。

 本当に意味が解らない。一体、何故イーブルナッツを持っているのかもそうだが、何よりどうしてそんな目に合ってまでかずみたちを守ろうとするのか。

 ……まあ、邪魔をするなら消すだけだ。『ユウリ』のための復讐を阻む奴は誰であろうと潰す。

 そう思っていた。あの言葉を聞くまでは。

 

『お前もひょっとして、助けてほしいのか?』

 

 あいつはそう言った。アタシに。このユウリ様(アタシ)に。

 何だ何だあいつは。あいつは何を考えてる?

 解らない。本当に解らない。あいつのあの言葉の意味も――今アタシの胸の中がこんなにも苦しいのも。

 思考がぐちゃぐちゃになる。苦しい……苦しいよ、『ユウリ』。

 あいつだ。こんなに訳の分からない苦しみを味わうのはあの男のせいだ。

 殺さないと。早く殺さないといけない。じゃないと、アタシはもっと解らなくなる(・・・・・・)

 アタシは上着のポケットの中をまさぐる。指にこつんと当たる硬い金属質の感触がした。

 イーブルナッツ。人を魔女……いや魔女モドキに変える魔法の道具。

 こいつの効果は二回の実験で十分確認できた。これなら魔法少女も魔女に変えられるはずだ。

 必ず「ユウリ」の仇はアタシが取ってやる。待っていろ、プレイアデス。

 夜の街を歩きながら、復讐に燃えているとすぐ近くの足元にあるマンホールの蓋が小さな音を立てた。

 

「うん?」

 

 視線をそこに注いでみれば、蓋が急に持ち上がりその下から何か白いものが顔を覗かせた。

 西洋の兜を思わせる角ばった顔、赤い二つの複眼。紛れもなく、それは蠍の魔女モドキだった。

 

「お前……そうか」

 

 こいつはアタシを追い掛けてここまで現れたのか。下水道を使って最短距離で追跡、なるほど侮れない奴だ。

 ならいい。ここで決着をつけてやる。

 アタシはすぐにソウルジェムを取り出して、魔法少女になれる臨戦態勢を整えようとした時、蠍の魔女モドキはマンホールから這い出したまま、うつ伏せで動きを停止した。

 油断を誘うためかと思ったが、それにしては隙だらけだ。

 

「お、おい……」

 

 奴の姿は魔女モドキから人間へと戻り、力尽きたように微動だしない。

 死んだ、のか?

 そう思い、近寄ってみるといかにも下水から漂ってくるような強烈な異臭が鼻を突く。

 首筋にそっと手を当てると脈は正常に動いているものの、大分弱々しい。体温も随分と低くなっている。

 どうみても弱っている。やるなら今がチャンスだ。

 一瞬で魔法少女に変身すると、魔法で生み出した拳銃・リベンジャーを奴のこめかみに当てた。

 後は引き金を引けば、それだけで邪魔者は一人消える。

 

「お前に直接の恨みはないけど、ここで……」

 

 止めを刺そうと引き金にかけた指に力を入れようとした瞬間。

 

「あ、あの時の魔法少女のおねえちゃん!」

 

 小さな女の子の声が聞こえた。

 振り向けば、七、八歳くらいの女の子がアタシに向かって嬉しそうに手を振りながら駆け出して来る姿が見えた。

 ……誰だ、こいつ。アタシには見覚えはない。だけど、向こうはアタシの事を知っている様子だった。

 不味いと思いとっさにリベンジャーをしまい、元の服装に戻す。

 近付いて来た女の子は体力がないのか大した距離でもないのに少し息を切らせていた。

 

「やっぱりわたしを助けてくれたおねえちゃんだ! わたしのこと、覚えてる?」

 

「いや……覚えてない」

 

 アタシが魔法少女になったのは少し前の話だ。つまり、この子のいう「魔法少女のおねえちゃん」というのは――本物のユウリの事だろう。

 女の子はアタシの返答に少しだけがっかりした様子を見せたが、すぐに表情を明るくして話し出す。

 

「そうだよね。おねえちゃんはわたしみたいに病気で苦しんでいた人をたくさん助けてたから、みんなの顔全員覚えてる訳ないよね。でも、わたしはおねえちゃんのおかげでこうやってお日様の下で歩けるようになったの」

 

 そういえば、アタシを魔法少女にした妖精(・・)が言っていた。

 ユウリはアタシの病気を治すために魔法少女になった後も、医者が匙を投げるような難病に蝕まれた人を魔法で治して回っていたと。

 この子もまた、アタシと同じようにユウリに助けられた人間の一人だ。

 女の子はぺこりと大きくお辞儀して、感謝の言葉を述べた。

 

「わたし、ずっと自分は死んじゃうんだって思ってて毎日が怖かった。でも、おねえちゃんのおかげで病気治してもらったから今の生きてられる。本当にありがとう」

 

「…………」

 

 無邪気なお礼の言葉がアタシの胸を裂いた。

 なんて答えればいいのかまるで分からない。

 この子の事は何も知らないけれど、この子が感じる思いは痛いくらいに共感できた。

 救われたんだ。アタシもユウリが願った奇跡に。

 だからこそそのユウリを奪ったプレイアデスに復讐をするんだ。

 

「おねえちゃん?」

 

 そう、アタシやこの子が知るユウリの姿で。

 

「アタシは……」

 

 その時空気を壊すような動物の鳴き声にも似たキュルルーという音が鳴り響く。

 あまりに大きいから一瞬何の音か分からなかったが、音の発生源を見て、理解できた。

 音の主は上半身だけマンホールから出してうつ伏せで倒れる魔女モドキ男。

 ……これは多分、腹の鳴る音だ。

 

「このお兄ちゃん、おねえちゃんのお友達? お腹空いてるの?」

 

 呆れた目で眺めていたアタシと違い、女の子は心配そうに魔女モドキ男に近寄る。

 友達どころかさっきまで殺そうとしていた相手だが、今はもうそんな気分は霧散してしまった。

 

「違う。こんな奴知らない。ただの行き倒れだ」

 

 すると女の子は何を思ったのか納得したように手をぽんと打った。

 

「そっか。おねえちゃんは正義の魔法少女だもんね。困ってるこのおにいちゃんを助けようとしてたんだね」

 

 全然違うと叫びたい衝動に駆られたが、キラキラした憧憬の籠った目で見られると言い出せず、アタシは口を(つぐ)んだ。

 女の子はじゃあと前置きした後、アタシの手を握った。

 

「わたしの家に来てよ。わたしのおとうさん、パン屋さんなの。おにいちゃんにおとうさんが作ったパン食べさせてあげる!」

 

「え、いや、ちょっと待て……」

 

 何でアタシがこの魔女モドキ男を助けなきゃならないんだ。敵だぞ、敵。

 むしろここで餓死してくれるならそれに越した事はない。

 だが、幼気(いたい)な少女の目にアタシは嫌だとはつい口に出せなかった。

 すごく不本意だが、女の子の前でマンホールに中途半端に身体の半分を突っ込んでいる馬鹿男を引き擦りだして担ぐ。

 下水から這い出してきただけあって悪臭が鼻突。その上、汚れた水が担いだ拍子にアタシの服をじっとりと湿らせた。

 凄まじい不快感。かなり本気で近くのゴミ捨て場あたりに放り投げてやりたい。

 一方女の子はアタシが自分よりも大きな男をあっさり担いだ事に驚き、すごいすごいと無邪気に手を叩いて喜んでいる。

 

「じゃあ、案内するね」

 

「おい、待て」

 

 先導しようと歩き出した女の子を呼び止めると、不思議そうに小首を傾げて振り返った。

 

「なに、おねえちゃん?」

 

「お前の名前は?」

 

 アタシはまだこの子の名前さえ知らない。聞く必要もないかもしれないが、分からないままにするのも気持ちが悪い。

 

「あ。まだ言ってなかったね。わたしの名前は愛里(あいり)みく」

 

「あいり……?」

 

 その名前を聞いてつい復唱してしまう。

 アタシの本当の名前と同じ、読み方。

 

「みくでいいよ。おねえちゃんは?」

 

 内心で動揺しているが、それを悟られないようにアタシは強く言い放った。

 

「ユウリ様だ。覚えて置け」

 

 

 *******

 

 

 香ばしい匂いが鼻を掠める。

 この臭いは嗅いだことがある。そうだ、パンが焼ける香り。

 パン? なぜにパン?

 ぼんやりしていた意識がはっきりしてきて目を開いて、身体を起こす。

 

「あ、起きた。おにいちゃんが起きたよ、おねえちゃん」

 

 一番最初に目に飛び込んできたのは小さな女の子がベッドの縁に両肘を突いて俺を眺めている光景だった。

 そこで俺は自分がベッドに横たわっていることに気が付く。よく見れば、服も前に来ていた汚れたパーカーではなく、青い縦じまのパジャマ姿に変わっていた。

 

「ここは一体……?」

 

 その疑問に思考を巡らす暇もなく、金髪のツインテールの少女が部屋の扉を開けて現れる。

 ユウリだ。だが、彼女は苛立ったような表情を隠そうともぜずに俺を睨んで来る。

 

「やっと起きたか。お前のせいで……」

 

「おねえちゃん、ちゃんとパン持って来てくれた?」

 

 文句を最後まで言い切る前に女の子が遮る。それに対して面倒そうにしながらも、片方の手で持っていた紙袋をわざわざ屈んで女の子に手渡した。

 正直、今一つ状況が掴めないが、あのユウリが小さな女の子相手に優しく接している姿に驚きを隠せない。

 そんな俺の視線が気になったのか、彼女は不愉快そうに根目を吊り上げた。

 

「何だ、その目は。何か言いたい事でもあるのか?」

 

「いや、何でもない」

 

 女の子は受け取った紙袋を開くとさっきまで薄っすらだった香りがより濃くなり、口の中に唾液が溜まる。

 そういえば、昨日から何も食べていなかった。疲れと戦いのせいでそれどころではなかったが、自分が酷い空腹を感じていることを思い出す。

 

「はい。おにいちゃん」

 

 紙袋から取り出されたのはクロワッサンだった。

 それを見た途端、無我夢中で手を伸ばして、受け取ろうとする直前で思い留まる。

 

「いや、すまないが、俺は金を持っていない。無一文だ。受け取ることはできない」

 

「いいよ。これ、朝焼いたパンの売れ残りだし」

 

「いいのか?」

 

「うん」

 

 円らな瞳でそう答える女の子に俺は深い感謝を籠めて、クロワッサンを受け取る。

 

「ありがとう。この恩は忘れない」

 

 口に持っていき、一口齧る。売れ残りと言っていたから時間が経って多少硬くなっているのだろうが、それを感じさせない旨味が口内に広がる。

 さっくりした生地とほんのり聞いたバターの味が俺の食欲を増幅させる。

 しばらく時間を掛けて味わいたかったが、ものの数秒で平らげてしまった。

 

「まだあるから、そんな悲し気な顔しないで」

 

 紙袋からまた女の子がパンを取り出しくれる。今度はカレーパン、それにクリームパンだ。

 それもまた俺の渡されるや否や、口の中に消えていく。美味しいと感じるが、それ以上に食べ物を身体に入れたいという欲求が強い。

 連戦に次ぐ連戦で魔力のほとんどを消費したせいか、尋常ではない食欲が今の俺を突き動かしていた。

 紙袋が空になった頃、ようやく俺にまともに考える能力が戻って来る。

 

「俺は確か、下水に逃げて……いや、そもそもここはどこだ? 何でここに居る?」

 

「ここはみくの家だよ。おにいちゃんはおねえちゃんが運んで来てくれたの」

 

「おねえちゃん?」

 

 ユウリの顔を見上げる。

 嫌そうな顔をした彼女は不服そうに言う。

 

「成り行きだよ。アタシはユウリ。そこのちびはみくだ」

 

 自己紹介をされているというのに気付くの少しかかった。そういえば、まだここでは名前を聞いてもいなかった。

 俺はベッドから降りて、二人に対して自分の名前を名乗る。

 

「俺の名前は大火だ。二人とも俺を助けくれてありがとう。おかげで腹も満たされた」

 

「ううん。いいよ。おねえちゃんに恩返しがしたかっただけだし。ね、おねえちゃん」

 

 ユウリはふんと小さく鼻を鳴らした後、部屋から去って行く。みくもまたおとうさんにも伝えてくると言って彼女に着いて行く。

 二人が消えた後、傍にある窓を見ると下の方にパン屋というのぼりがあるのが見えた。ここは二階で下はパン屋になっているらしい。

 何故だか全く分からないが、俺はユウリに助けてもらったようだ。

 かずみたちを付け狙う彼女だが、一樹あきらと違い、まだやり直しが利くのではないだろうか。

 俺も一度下に降りて、ユウリからもっと詳しい事情を聞くべきかもしれない。そうすれば、少なくとも彼女は救うことができるはずだ。

 俺体力が回復してきた身体を動かし、扉へと足を動かした。

 




忙しいのについ書いてしまいました。

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