魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第五話 苦悩と野望

 何が、起きた……?

 確か、そう。俺の蹴りとドラ―ゴの熱線の衝突により飽和した魔力の光に呑み込まれたのだ。

 爆音と閃光で塗り潰された五感の中、浮遊感に包まれ、そこから思考が途切れた。

 奴はどうなった。倒せたのか?

 正常に働き始めた視界には飴細工のように融けて歪んだ金属製の屋根と、そこに開けられた楕円状の巨大な穴から見える青空。周囲にはコンクリートが砕け、粉末状になって漂っていた。

 知らぬ間に仰向けになっていた身体を起こそうとして、ずるりとまた引力に呼び戻された。

 

『っ……!?』

 

 見れば脚部を覆っている外殻が融解して変形していた。左足はまだ辛うじて原形を留めているが、右足は膝下から捻じれ爪先は開花寸前の蕾のように裂けている。

 尾に至っては中間から跡形もなく、消失していた。

 自分の損傷を目の当たりにし、麻痺していた痛みがようやく頭をもたげ始めた。

 

『あ……っがぁぁ!』

 

 今まで感じたことのない種類の痛みだった。言葉で表現することのできない悪夢じみた狂ったような激痛。

 火に炙られた蝋燭に痛覚があれば感じることのできるだろう。肉体が熱で融け落ちた痛み。

 焼けたのでも、焦げたのでもなく、「融け」た痛み。

 狂気じみた、残酷な童話に出て来るような現実味のない、けれどどうしようもなく痛覚に訴える響きを奥歯を噛み締め耐えた。

 もはや足と呼べるか分からない形状の脚部を激痛を黙殺して、地面に着ける。

 周囲にはおよそ形を留めていないものが、いくつか転がっているが、それでも立ち上がることはできた。

 地面……建物の床だったらしき足元は今や巨大な抉れたような亀裂が走り、いつ崩れてその亀裂に滑り落ちてもおかしくないほどに傾いで見える。

 ここは恐らくはあの下水道の遥か頭上にあった何かの建築物だろう。俺とドラ―ゴが放った一撃は共にぶつかり合い、狭い地下で行き場を失って上方へ跳ね上がって地上まで噴き上がった。そう考える以外に想像の余地のない状況だ。

 壁や天井はほとんど融けてなくなり、どんな施設だったのかも検討が付かない。

 人が。一般人が居たのかもしれない。

 考えた途端、さあっと思考が恐れで染められた。

 すぐに周囲を見回すと、最初に目に付いたのは蠢いている大きな赤い何か。

 タコの魔物だ。触手を動かし、懸命にもがいているそれは、どうみても衰弱していた。

 身体の表面は荒く焼け焦げ、力なく触手を揺らす動作は波に揺れる海藻のように緩慢だ。

 だが、その触手には黒い髪の少女が絡め取られていた。

 

『!』

 

 ……かずみだ!

 魔女帽を被った少女は魔法少女に変身したかずみ。そして、目を凝らせばそのすぐ近くにオレンジ髪の少女と、かずみとは違う黒髪の少女が倒れている。

 魔法少女の衣装はところどころ破れ、剥き出しの額や手足には火傷のような跡が散見できたが、致命傷になるほど大きな外傷は見当たらない。

 意識がないのか、目を閉じてぐったりとしているが、魔法少女の衣装が消えていないのなら、三人とも生きているとみていいだろう。

 ここでは彼女たちと魔物が戦っていたのか。しかし、俺たちの戦いの余波が真下から地面を突き破って噴き出し、この惨状を引き起こしてしまった。

 

『おお、いてェいてェ……酷い目にあったぜ』

 

 タコの魔物を挟んでちょうど俺と対角線上になる位置の瓦礫が動き、黒い魔竜が姿を現す。

 片方の翼は半ばちぎれ、開いた口からはへし折れた牙と黒い重油のような血を垂れ流していた。

 身体のあちこちから鱗がばらばらと剥がれ、落ちていっている。口調こそ呑気に聞こえるが、その実俺以上にダメージを負っていることが一目で認められた。

 

『ドラ―ゴ……』

 

『おいおい、スコルピオーネ。これ以上の戦いはお互いにとって不利益だろ?』

 

 ちらりと目線でかずみを一瞥して、奴は笑う。

 細めた眼球が無言で語った。お前の大切な奴の窮地を無視していいのか。そう眼差しで尋ねてくる。

 

『くっ……』

 

 ここでこいつを逃がす。その選択肢を自分で選ばなければならないことが歯がゆかった。

 しかし、ここでかずみを見捨てることは本末転倒でしかない。

 俺はタコの魔物へと突き進む。

 

『あばよ。次、またやろうぜ』

 

 片翼がちぎれて短くなっているというのにドラ―ゴは危なげもなく、飛翔し、屋根に開いた大穴から空へと飛び立つ。

 まるでゲームか何かの約束を取り付けるように軽薄に言うと、羽ばたきながら、飛び去った。

 俺はやるせない気持ちを堪え、タコの魔女へと腕の先端にある鋏を振るう。

 

『モ……ットォォ……』

 

 弱々しい鳴き声を上げる魔物は触手を絡めようとしてくるものの、前に比べて精彩を欠いた動きは簡単に読み取れた。

 一本、また一本と触手を斬り落として、距離を詰める。表面が焼け、柔軟性が落ちた触手はもはや障害にすらならなかった。

 

『もらった』

 

 劣勢になり、追い詰められた奴は苦し紛れにかずみをずいっと突き出して、盾代わりにする。

 両目を閉じた彼女の顔はこんな状況だというのに懐かしくて、胸が締め付けられた。

 しかし、戸惑いはなかった。

 大きく足を踏み込んで、かずみを掴んでいる触手へと飛んで鋏を突き出す。

 

『……すまないな。髪まで守れそうにない』

 

 触手が絡んでいる彼女の腰まで伸びた長い黒髪を切る。

 見上げられていた彼女の身体が床へと落ちかけるが、倒れる前にもう片方の腕で支えるように受け止めた。

 切り取られた髪が、小さな音を立て床に落ち、地面に散らばった。

 その勢いで伸ばした閉じた鋏をタコの魔物の頭部へ抉り込むように突き刺す。

 柔らかなゴム製の水袋のようなそれは鋏の尖った先端が沈み込み、貫通。

 直後、タコの魔物の目が大きく見開かれたかと思うと、急激に膨らみ、空気を詰め込み過ぎた風船のように弾け飛んだ。

 次の瞬間にはタコの魔物は跡形もなく、消え失せ、代わりに酷くやつれた女性が地面にうつ伏せで倒れ込んでいる。

 これがあの魔物の正体か。想像もしていなかった人物像だったが、どんな姿になるかなど分からないのがイーブルナッツだ。

 女性の呼吸を確認するために口元を見ると、すべての歯がぼろぼろに傷んでいた。

 シンナー……あるいは別の薬物によるものかと思ったが、息の臭いで違うと判断できた。

 この酸っぱい臭いは胃液の臭いだ。

 昔テレビで見たことがある。拒食症の人間はすぐに食べたものを吐き出してしまうため、胃液で歯のエナメル質が溶けてしまうらしい。

 この女性が拒食症なのかまでは分からない。だが、歯が削れてしまうほど何度も何度も嘔吐を繰り返したことくらいは考え付く。

 だが、本当は吐かずに食べたかったのかもしれない。

 

『……誰が魔物に変じてもおかしくない、か』

 

 足元に転がったイーブルナッツをぐしゃりと踏み潰す。黒い瘴気をあげ、ひしゃげたそれは瓦礫にめり込んだ。

 俺は腕で支えていたかずみを膝関節を曲げて、ゆっくりと地面に降ろした。こういう時に手が鋏になっていることが悔やまれる。

 その際にかずみは薄っすらと目を見開き、俺の手を振り払って距離を取る。警戒した瞳で俺を見つめた。

 

「蠍の魔女!?」

 

『かずみ。俺はお前の敵じゃ……』

 

 弁明をしようとした時、背後で二人の魔法少女が目を覚ます。

 

「う……何が。っ、かずみ!」

 

「急に床が光ったと思ったら、爆発するなんて。あれはそいつの仕業?」

 

 敵意を露わにそれぞれが武器を持って、俺を囲むように立ち上がる。

 とてもではないが、こちらの話を聞いてくれるようには見えなかった。

 ドラ―ゴとの一戦で魔力のほとんどを使い果たしてしまった。何より、かずみたちと戦う訳にはいかない。

 俺はちぎれた床に開いた亀裂へと飛び込んで逃げ出す。

 

「待て! お前」

 

「かずみ。今はまだ追っちゃダメ。それに壊れた倉庫もどうにかしないと」

 

 背中に掛かる言葉を無視し、俺はひたすら薄暗い下水道へと降りて行く。

 暗く、汚れた地下は居場所のない蠍にはお似合いだった。

 ただ、かずみが無事ならそれでいい。かつて、家族と呼んだ彼女が守れるのなら、俺はそれだけで十分だ。

 

 

 *******

 

 

『かはっあァ……随分ともらっちまったな』

 

 

 どうにかこうにか空を飛んで、あの場から退場した俺だが、実のところ結構な重傷だった。

 攻撃力なら俺の方がリードしているが、防御性能なら俺の鱗よりも奴の外殻の方が強度は上だ。戦っていたら、勝率はほぼ五分五分だっただろう。

 負けるとは思わないが、勝てるとも言えない。

 木々の生えたちょっとした森のような場所に着陸すると、俺は人間の姿に戻った。

 傷の方は人間になっても引きずるかと思ったが、体力が削られただけで人間に戻れば、竜の時に負った肉体的損傷はなくなるらしい。非常に便利であきら君的にもグッドです!

 とはいえ、大分疲労感は溜まっている。前の学校で陸上部のエースを百メートル走で負かしてやった時でさえ、ここまで疲れたことはなかった。

 だが、まあ、色んなことが解ったので、苦労した価値はあった。

 

「ははは……イーブルナッツに魔物ね。楽しいわ、マジで」

 

 寝っ転がって、しばし疲れを癒そうと思ったが、俺の耳は近付いてくる足音を捉えた。

 人間の、それも足音の間隔から考えて、大体中高生くらいの歩幅。それもこの踏み込む時の音の軽さは女の子。

 確実にあの蠍野郎じゃあない。考えられるとしたら、俺が飛ぶ姿を偶然に目撃したUMA好きの少女か、バードウォッチング中の女の子、または……あの三人娘以外にも存在した魔法少女とか?

 あらやだ。そこそこピンチじゃないですか、奥さん!

 あれこれ考えている内に寝転んだ俺の前にフード付きパーカーを来た少女が木々の隙間から現れる。

 フードを目深に被っているが、体型からみて女子だ。骨盤の形が男と女で随分違うから歩き方で分かる。

 

「……イーブルナッツを使いこなせる人間はそう多くない。普通は自分の増幅された悪意に支配され、暴走する……だが、お前は違うみたいだな」

 

 フード子ちゃんは如何にも「自分、何でもお見通しっス」的な発言をかましながら登場した。明らかに場の主導権取る気満々の台詞は軽ーくイラッと来る。男だったら、ハンドスプリングで跳び起きてからの、反動ドロップキックコースだったが、まあ、女の子なら仕方ない。

 俺は紳士だ。……後々イジメて殺そう。

 

「ヘイ、フード子ちゃん。ナンパの仕方がなってないよ。そこは『そこのセクシーなお兄さん。男性フェロモン……落としましたよ』くらいのインパクトのある台詞で決めないと。第一印象、薄くて忘れられちゃうぞ☆」

 

「狂っている振りをして、相手のペースに嵌らないようにする……種が解ってる相手には効かない話術だ」

 

「おい、そんなことよりパンツ見せなよ。パンツ。ズボンなんか穿くな。女の子はスカート! ミニなら尚よし! 寝っ転がっている男子にパンツが見えるくらいの位置まで来るのがベストです」

 

「……話がある。取引だ」

 

「え? トリッピー? やだよ、俺はしまじろうなら断然ラムリン派なんだ」

 

 ボケ倒してあと小一時間くらいおちょくってやろうと思ったが、フード子ちゃんの次の言葉で俺の気は変わった。

 

「イーブルナッツをお前にやる。その代わり、この街の魔法少女たちをいたぶって、絶望させて、殺してくれ」

 

「何で? アンタも魔法少女なんでしょ?」

 

「…………」

 

 そこで黙っちゃう辺りがまだまだ未熟だわ。カマ掛けに反応しないように見えて、無言の方が挙動に出るモンなのに。

 十中八九、こいつは魔法少女。またはそれに類するものだ。

 まあ、悪くない。悪くないでござるよ。その提案。

 

「その前に聞かせてほしいことがいくつか。アンタの名前は? あとスリーサイズと、初潮はいつ来たか教えてくれる?」

 

 またも無言の沈黙で俺の発言を流そうとする。

 だけど、ここで重要なのは譲歩しつつ、しつこく迫ること。

 

「じゃあ、スリーサイズは諦めよう。他の二つを聞かせて」

 

「……お前に話す義理はない」

 

「よし、じゃあ、名前はもういいや。取りあえず、初ちょ……?」

 

「カンナ。(ひじり)カンナだ。……これで満足か?」

 

 諦めたらしく、吐き捨てるように言った。

 本名だろうか。偽名にしても、いますぐ考えたという割りに中二臭いので今考えたばかりのものとは考えにくい。

 そういう場合は苗字か、名前のどちらかがアナグラムだったり、文字ったりしてる訳だが……ここはこれでいい。

 これ以上、駄々をこねても機嫌を損ねる以外の効果は持たないだろう。ごねる時は引き際を見誤らないことだ。

 

「オッケー。じゃあ、ひじりんって呼ぶね」

 

「…………」

 

「あ、今。ひじりん。『こいつ、演技じゃなくて本気で頭おかしい奴なんじゃないか』って思ったでしょー? いや、演技だから。バリバリ演技だから。俺、普段めちゃクールだから。深夜アニメが大体1クールだとすると、俺は12クールくらいクールだから。……あー、うそうそ、冗談もう言わないから行かないで。待って、ほら」

 

 すっとそっぽを向いて、何事もなかったように俺から去ろうとするので、本気で引き留める。

 ひじりんは露骨に溜息を吐いて、フードのポケットから数個ほどイーブルナッツを寝ている俺へ乱雑に放り投げた。

 それを寝たままの状態でキャッチすると、俺はもう一つ聞きたかったことを尋ねる。

 

「そうだ。『魔法少女』って結局何なんだ?」

 

 意外にもそれに応えてくれたひじりんは饒舌で、聞いてもいないことまで教えてくれた。

 なるほど。こいつは面白い。やはり俺は主役になる星の元生まれて来たらしい。

 待ってろ。蠍野郎。お前の希望、俺が完膚なきまでに踏みにじってやるからな。

 


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