魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
黒い竜の魔物、ドラ―ゴへと変身すると休む間もなく一樹あきらは翼を広げ、俺目掛け一直線に飛び掛かって来た。
『オラオラ、どうしたどうした!』
五指から生えた黒い鉤爪が交互に空を切り裂き、俺目掛けて休みなく振るわれる。
俺は両腕の鋏でそれを受けるが、一撃一撃が徐々に速さと重さを増しているため、どこまで耐えきれるかは分からない。
だが……。
『ふんっ、せやあぁ!』
――前に戦った時の奴よりは弱い! 威力も速さも鋭さも未来でのドラ―ゴに劣る。
俺はドラ―ゴの右腕の鉤爪と左腕の鉤爪の斬撃が切り替わるその一瞬の隙。
それを狙って防戦から一気に攻勢に転じる。身体を屈め、開いた懐へと踏み込んだ。
右腕の鋏を開き、黒い鱗が覆う胸元へ刃を突き立てる。
狙うは心臓。魔物とて、急所の位置は人間体とそう変わらない場所にあるはず。
『っうぐ……やるじゃ、ねぇの!』
『ぐ……』
鱗ごとドラ―ゴの肉を削ぐが、それでも筋肉と骨に阻まれ致命傷には至らず、奴は俺の腕を両手で掴み、捻じり上げる。
刺さった場所から黒い体液が滲んでいるが、ドラ―ゴはそれすら気にも留めずに俺の右腕をがっちりと掴んで固定している。
不味い。この距離は奴はきっと……。
『褒美に熱いのくれてやるよ!』
鋭い牙が並んだ大きな口が俺のすぐ前で開かれ、その奥からは紅蓮の色が顔を出す。
想像の通りに灼熱の火炎が回避不能の俺に吹きかけられた。この近距離での火炎は容赦なく、外殻を炙る。
装甲の内側の魔物化した筋肉までも過熱され、何もかも焼き尽くさんとする熱波。それでも、やはり。
『未来でのドラ―ゴほどはない!』
火炎に焼かれる身体を無視しして、片足を上げ、奴の腹を力の限り蹴り飛ばす。
『げはっ』
炎が止み、奴の巨体が僅かに後退する。
黒く焦げた己の上半身を見回せば、装甲の表面が僅かに炭化していたが、それでも戦闘不能が出来なくなるほどではない。
戦えている。未来では手も足もでなかったが違う。奴と互角の戦いができる。
こいつが今よりも強くなる前に止めを刺せば、絶望の未来は替えられるのだ。
我ながら現金なもので希望が見えてきた途端、身体に力が漲ってくる。両の腕を構え、ドラ―ゴへと相対する。
奴は嗤っている。俺の実力が自らと拮抗している事実を知りながらそれを悦ぶかのように。
『いいなァ、お前。強くて、そして何より俺を憎んでる。今まで居なかったタイプの奴だ。ドラ―ゴとか呼んだが未来ではこの姿の俺はそう呼ばれてたのか?』
『ああ、そうだ。その魔物化した姿はドラ―ゴ。魔法少女たちはそう呼んでいた』
どうやら、あの攻防の中で俺の言葉に耳を傾けていたようだ。戦闘力こそ互角だが、奴の注意力や知能はどこまでも侮れない。
『なるほどなるほど。ドラ―ゴねェ。イタリア語で竜か。イタリア語で技名付けるのが流行ってるかずみちゃんたちらしいな。そんじゃ、お前はさしずめ、「スコルピオーネ」ってとこか?』
『さあ、知らん。ただ、お前はここで俺が倒す。お前が名を呼ばれることも、俺の名を呼ぶこともない』
『つれないねェ。せっかく、未来から俺を殺しに来たってのに。もうちょっと遊ぼうぜ?』
下らない戯言に付き合う気は毛頭ない。
俺はドラ―ゴを仕留めるべく、後方に一度跳躍して距離を取る。
狙いを定め、必殺の右足に魔力を溜めていく。下水道の天井擦れ擦れまで跳ねてから右足を突き出す。
腰から伸びる尻尾が足に螺旋状に巻き付き、魔力の方向が収束。
己が持てる最大の破壊力を注ぎ込んだ一撃をドラ―ゴへと
『これで終わりだっ!』
『いいや。終わらせねェよォ‼』
ドラ―ゴは再び、口を開き、火炎の息吹を噴射する。
だが、その炎程度では俺の蹴りの威力は削がれることはない。尻尾が絡み付いた右足は火炎を掘削するように直進する。
火炎の息吹を突き付け、今まさに奴の頭蓋を貫かんと飛んだ。
その直前。
『何っ!?』
燃え盛る炎が収束していく光景が視界に映った。
放射していた炎がより集まり一筋の赤い光となって俺の蹴りを押し返そうとしている。
それはもう火炎ではなく、熱線。かずみの魔法と同等の、否、それ以上の威力を持った紅蓮の光のスパイラルキックを弾き返そうと吐き出され続けていた。
俺の螺旋状に絡んだ尾から流れ出す魔力と、奴の熱線となって噴射する魔力が拮抗し、空中で動きが止まる。
熱線を抉り、掘削せんとする右足と尾に凄まじい熱が押し当てられ、外殻が溶け始めていた。
あたかも硫酸でできたプールに素足を浸しているかのような激痛が走る。
掻き分けられ、四方に散った熱線が下水道の壁や天井に触れ、ライターで炙った発泡スチロールのように溶解していくのが見えた。
狭い空間の中で俺とドラ―ゴの魔力が飽和し、激突する力が互いに行き場を失う。
次の瞬間、カッと眩い光が視界を覆ったかと思うと、音もなく周囲の全てが爆ぜた。その数秒後に激しい爆発音が響き渡る。
舞い上がった爆風が俺の身体を吹き飛ばし、浮遊感が全身を包み込んだ。
*******
~かずみ視点~
「見つけた! あそこ!」
タコの魔女を追って街を奔走していた私たちはようやく、その足取りを掴む事ができた。
風船のように宙に浮いていたタコの魔女は建物の壁に貼り付くと、そのすぐ脇にあった窓の隙間に触手を伸ばし、するりと身体を滑り込ませる。
ぐにゃぐにゃと柔らかい身体を潰して枠内に押し込み、ほんの僅かに開いた小さな窓の隙間からあっという間に侵入してしまった。
「海香、カオル。あの魔女、建物の中に入っちゃった!?」
驚いて隣を走っていた二人の顔を覗き込むと、彼女たちは少しだけ安心したように息を吐く。
「不幸中の幸いね。あそこは食料品店の倉庫よ」
「最悪もっと人目に付く場所で暴れると思ってたから、まあ、少しはマシって感じ」
もっとも近くに大型スーパーがあるからあんまり楽観はできないけどと海香が付け足す。
確かによくよく見ればすぐ近くに大型スーパーのロゴが建物の表面に書いてある。そう言えばもっと食べたいとか魔女が吼えていたのを思い出す。
すぐに追い掛けて入ろうとするが、建物の前には電子ロックの鍵が掛けられており、簡単には開きそうもない。
付いている窓も高い位置にある上に、小さすぎてタコの魔女と同じように身体でも潰さない限りは入れそうになかった。
私たちはそれを一瞬だけ顔を見合わせると。
「えい!」
鍵を壊して中に入ることに決めた。お店の人、本当にごめんなさい。
後で魔法で直そうと思いつつ、正面の扉を壊して倉庫内に入ると乱暴に引きちぎられた段ボールや砕けた木箱がいくつも転がっている。
その奥でばりばりと激しい咀嚼音を立てて、タコの魔女は狂ったように食事を始めていた。
大きく開かれた口から封を開けた大量の食料は零れ、ペットボトルの飲料は床や壁を濡らしている。
汚い。あまりにも食べ物に対して礼儀のなっていない食べ方に私はむっとなり、タコの魔女を見るが、その怒りも魔女の様子に一瞬で霧散した。
『アウ……ァゥウウゥゥゥ……』
泣いていた。
黒い瞳からぽろぽろと零れて落ちている。
あまりの様子の変わりように私は目を大きく見開いていると、カオルが言う。
「なんだか分からないけど、食事に意識が行ってアタシたちの事、見えていないみたい」
それに海香が頷く。
「叩くなら今ね。行くわよ、かずみ」
そう海香から振られても、私は素直に答える事ができなかった。
カマキリの魔女になった刑事さんを思い出す。あの人は明らかに人を害そうとする意志があった。
でも、目の前の魔女はどこか辛そうな、苦しげなそんな風に映る。
「かずみ!」
「!」
カオルの声で意識を内から外に戻す。すると、タコの魔女が食料品を口に詰め込む手を止め、私を凝視し、――そして長い触手を伸ばしていた光景が視界に飛び込んできた。
考え込んでいた数秒にも満たない間、タコの魔女の注意は食事から私に移っていたのだ。
「あ……」
避けられない。
そう思った時には、触手は私の身体を絡め取り、髪を引っ張るように掴み上げていた。
タコの魔女は捕まえた私をその黒い目で眺めている。
私の目よりも何倍も大きな眼球からは感情がまるで読み取れない。さっきまで涙を流したものとは思えないほど、無感情に私を映している。
「かずみっ!」
海香もカオルも絡め取られた私を助けようと、こちらに走るが何本もの触手が二人の接近を邪魔するように振るわれる。
私は十字の杖を構え、魔法を撃とうとするがすぐに杖を取り上げられてしまった。
『モット……』
「え? 何、もしかして私に何か伝えたい事があるの?」
攻撃の意図はなく、ただ私に何かを伝えようとしているのかもしれない。
もしかしたら、誰かに助けを求めていたのではないか。
そんな思考が頭に浮かぶ。
けれど、魔女の次の言葉は私の思いを否定するものだった。
『モット、タァァベタアァァアィィイィィィ‼』
ぱっくりと開いた口の中に広がる暗闇。
その縁にはノコギリのような鋭く細かい牙が並んでいるのが目に入る。
「やめっ……」
「かずみぃい!」
開いた暗闇は躊躇なく、私を呑み込もうとした。
だが、次の瞬間、何の脈絡もなく激しい爆音が響いた。同時に倉庫内にいくつもの亀裂が走り、床を砕いて光が溢れ出す。
タイルを剥がし、コンクリートを砕きながら光に包まれた二つの影が飛び出してくる。
片方は見覚えがあり、もう片方は初めて見る怪物だった。
白い蠍の魔女と、黒い竜の魔女。それらはお互いに弾き合うように光を放っていた。
何かあまり書く時間が取れないので今回、短めですが更新させて頂きました。