魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第二話 空腹絶倒

 夜の川原で一人水面を見つめる俺は空腹に呻いていた。

 

「腹が減ったなぁ……」

 

 あれから一時間ほどかけて、あすなろ市にある大きな川沿いの道までやってきた俺は取りあえずそこで力尽き、倒れ込んだ。

 せめてベンチなどがある公園辺りで夜を明かしたかったが、ユウリとの戦いで爆発が起きたせいで警官が夜の街を巡回している可能性があり、少しでも人気のない場所に行く必要があった。

 少し休むと体内のイーブルナッツのおかげか、外傷は治癒していったが、空腹だけはどうにもならなかった。

 コンビニで惣菜パンでもと思い、服の中を探ったが財布は見つからなかった。ここに来て、無一文という事態を知ることとなった。

 家なし、金なし、頼れる人なしと見事に詰んでいた。

 魔法少女を助ける前に、自分が助けを乞う側になっていたのだ。我ながら情けない……。

 川に入って魚でもとも考えて、川に潜ったが、この暗さの中で魚を手掴みで取ることは至難で服を濡らしただけに終わった。

 お袋の作ってくれた料理が酷く恋しい。街を守ると豪語しておいて、どれだけ社会に甘えて生きて来たのかを痛いほど思い知らされた。

 俺はどれだけ力を手に入れても、所詮は子供なのだ。金を稼ぎ、雨風を凌げる場所すら自分だけで確保できない。

 惨めここに極まれり。

 雑草の生えた土手に転がり、明日の活動するために眠ろうと努力するが、如何(いかん)せん腹が減り過ぎて眠れない。

 ……雑草は食べられるのだろうか?

 じいっと食い入るような横目で川原の野草を見る。

 おもむろに一本手近な草を引きちぎり、口元に持っていく。

 臭いを嗅ぐと雑草特有の青臭さが鼻を突いた。

 意を決して口に入れて噛んだ。じわりと苦い味が口一杯に広がる。

 

「まずっ」

 

 吐き出して、唾を飛ばすも口の中に残った苦味はなかなか消えてくれない。

 口をゆすぎたいが川の水を飲んで腹を下した場合、体力まで持っていかれ兼ねない。まして、病院に行く金も保険証もない俺には選べない選択だ。

 雑草の味に苦しめられながら、俺は土手に横たわり、空腹に耐える。

 比較的雲がない星空は俺のことを嘲笑っているように思えるくらい美しかった。

 特にオリオン座は忌々しいほどに輝いている。俺はその星座を指で隠すように手を広げてかざす。

 お前の企みは必ず阻止してみせる。首を洗って待っていろ、一樹あきら。

 

 *******

 

 次の日、朝の日差しによって起こされた俺は身体の疲れも取れないまま、土手を登って街の方へ歩き出す。

 起きると空腹はさらに酷くなり、気分も優れなかったが、川原で寝ていても体調がよくなる訳もない。ユウリを見つけて説得し、イーブルナッツを破棄させることが第一の目的だ。

 カンナのことも聞きたいが、十中八九詳しい情報は出て来ないだろう。ただ、ユウリにイーブルナッツを手放させることができれば、それに気付いたカンナが接触を取ってくる可能性は十分にある。

 ユウリを改心させることがかずみたちを救うことに繋がるのだ。

 問題は彼女がどこに居るかだが、街中をうろつく以外にいい方法が思い付かない。この辺りが俺の頭の限界だ。

 

 とにかく、探すなら人通りが少ない場所を重点的に見回るとしよう。

 しばらく狭い路地や、ビルとビルの隙間などを見つけてはユウリは居ないかと歩き回った。

 飲食店の裏手の道を通った時に、残飯が捨てられているポリバケツを見つけたが、それを漁れば自分は尊厳を失うと空きっ腹に言い聞かせて堪えた。

 そうした地道な探索が功を奏したのか、俺の体内にあるイーブルナッツが魔物の反応を感知する。

 魔物を作れるのはイーブルナッツのみ。そして、それを持っているのはカンナか……ユウリだ。

 反応を捉えた地点はちょうどすぐ近くのビルとビルの間にある細い空間だった。

 

「そこか!」

 

 その空間へと身を俺は飛び込むように乗り出す。

 すると、そこにはユウリとその傍らに蠢く一匹の魔物が居た。

 

「ああ。お前生きてたのか。……ちょうどいい。こいつの力を試すにはお前くらい歯応えのある奴がほしかったところだ。味見役を頼むよ」

 

 それは一見すると真っ赤な風船のように見えた。赤く膨らんだ頭部とその真下から生えた八本の触手。小さく形の悪い眼球が俺を眺めている。

 タコ、というには些か形状が非現実的だった。幼子が地面にチョークで書いたような稚拙が故のおぞましさがそこにはあった。

 

「もっとも、お前の方が喰われちまうかもな」

 

『待て。ユウリ! 俺の話を聞け!』

 

「……何でお前、その名前……。まあ、別にいいか。じゃあな、魔女モドキ男」

 

 名前を呼ばれたことに驚きはしたがすぐにどうでもよくなったのか、ユウリはビルの側面を蹴って高く跳び上がり、屋上に向かって逃げて行く。

 離れて行く彼女を止める暇もなく、タコの魔物が長い触手を俺へと伸ばして襲い来る。

 俺は仕方なく、それに応戦。代わりにようやく見つけたユウリを見す見す見逃してしまう。

 さっさとこいつを倒してから、彼女を追わなければ……。

 触手を鋏で斬りおとそうと足掻くが、身体に何本も貼り付く吸盤がそれをさせまいと動きを阻害する。

 

『つっ、この……!』

 

 その時、後ろから誰かが来るのを俺は気配で察した。

 不味い。一般人か!? この魔物との闘いに巻き込まれでもしたら、危険だ。

 

「あれ、昨日と同じ蠍の化け物だよ、あきら!? 別のも居るけど!」

 

「おいおい。あすなろ市ってこういう化け物よく出る場所なのかよ? 楽し過ぎるだろ」

 

 横目で一瞥すれば、見えたのはかずみと一樹あきら。

 その背後には見たことのない黒髪の少女とオレンジ色のショートカットヘアの女の子が立っていた。

 このタイミングでのかずみとの再会。正直に言えば、望んではいたが今ではない。

 

『来るな! 早くどこかに行け!』

 

「また化け物同士で仲間割れしてやがるな。あれか、共食いでもしてんのか?」

 

 一樹あきらが呆れた調子で呟く。

 畜生! こんな状況でもなければすぐにあいつを倒せるというのに……。

 かずみが魔法少女へと変身して、後ろに居る三人を下がらせる。

 

「あきら、海香、カオル。後ろで見てて。私の魔法で二体とも倒してみせるから」

 

 二体とも……やはりかずみの中では俺は倒すべき化け物でしかないのか。

 悲しむのはお門違いだが、それでも胸がじくりと痛んだ。

 だが、それよりもかずみの後ろに居た二人の少女の行動に俺は驚く。

 ずいと身を乗り出した二人はかずみの両隣に並ぶと、笑みを浮かべた。

 

「かずみ。心配しないで」

 

 黒髪の少女がそう言う。

 オレンジ髪の少女がそれに続く。

 

「アタシたちだって戦えるから」

 

 二人は卵状の宝石を手のひらに載せて、突き出すようにかざす。

 その宝石はソウルジェム。そして、それを持つ二人は魔法少女へと姿を変えた。黒髪の少女は白い修道女染みた衣装、オレンジ髪の少女はオレンジ色のフード付きのタイツのような衣装となる。

 かずみの仲間の魔法少女――あれがプレイアデスと呼ばれる少女たちか!?

 

「この街の女子中学生って魔法少女って変身できるようになる通信教育でも受けてるの? 魔法少女ゼミでやったとこが出たの?」

 

 驚いているというより、ふざけたような様子でそれを見る一樹あきら。

 どうやら二人が魔法少女だとはまだ知らない様子から、彼女たちに接近してからまだ間もないのだろう。

 信頼関係はまだ強固になっていないのなら、彼女たち二人を説得すればかずみを奴から引き離せるかもしれない。

 希望が見えたと思ったその時、タコの魔物が()えた。

 耳をつんざくような轟音に何事かと見れば、巨大なフラフープのような口を広げ、俺をその中へと引きずり込もうとしている。本物のタコとは違い、人間の顔のように付いた口はあくびでもするように口の中を見せびらかす。

 円状にギザギザとした牙らしきものがびっしりと生え揃っていた口内に呑み込まれれば、如何に魔物化している俺の肉体とて無事では済まない。

 さりとて、この距離では満足に蹴りすら撃てはしない……万事休すという奴か。

 

「お、何かガチで共食い始めやがったぞ。何だかよく分からんが今がチャンスだ、かずみちゃんたち!」

 

 一樹あきらの言葉を号令代わりにしたのかは定かではないが、黒髪の魔法少女が手に持っていた分厚い本のようなものを開き、そこから光の球を作り出す。

 

「行くわよ、カオル」

 

 光の球はふわりと浮き上がったかと思うと、カオルと呼ばれた方のオレンジ髪の魔法少女が跳ねて宙で一回転。

 

「ナイスパス! 海香」

 

 サッカーでいうオーバーヘッドキックを華麗に決める。

 

「『パラ・ディ・キャノーネ』」

 

 ブーツを履いた彼女の右足が鞭の如く(しな)り、光の球を砲弾のように弾き出した。

 タコの魔物の頭部に目掛けて飛んだそれは直線を描いて激突。魔物は奇声を上げて俺を手放し、もんどり打ってひっくり返る。

 好機とばかりに俺は触手の拘束が弛んだ瞬間を狙い、貼り付いていた触手を数本鋏で斬り落とした。

 次いでさらに接近して跳躍。すかさず頭部へと鋏を金槌のように振り下ろす。

 --これで決まりだ!

 だが、俺の背後からかずみの声が響く。

 

「『リーミティ・エステールニ』!」

 

 振り返らずとも激しい光線が一直線に俺を襲うのが分かる。狭いビルの隙間に逃げ場などなく、俺は背中にかずみの魔法を浴びざるを得なかった。

 

『がはっ……!』

 

 吹き飛んだ俺はビルの側面の壁と激突。勢いは止まったが、叩き付けられた衝撃で目を回す。

 壁に当たって弾かれた身体が重力に引かれ、地面へ落下する。

 装甲に変化している皮膚が熱くて堪らない。ジュウジュウと何かが焼ける音からして、恐らくは身体のところどころが焦げている。

 

「見て見て、あきら! 私、一体倒したよ!」

 

 俺を攻撃したかずみは傷付く姿を見て無邪気に喜び、それを一樹あきらに自慢げに報告していた。

 

「すっげーな。かずみちゃん。あ、カオルちゃんと海香ちゃんもナイスだったぜ?」

 

 あの外道はそれを褒め称え、かずみもまたその反応に満更でもないように頷いた。

 死ぬほど憎い相手が自分の大切な家族と笑い合っている。見たくない光景を見せられ、胸の奥が締め付けられた。

 どうしてだ?  どうしてこうなる……? 俺はただ、守りたいだけなのに。

 悔しいさと悲しさがない交ぜになって、頭の中で渦巻く。

 かずみ。お前はその男の本性を知らないのだ。邪悪で下劣で、どこまでも身勝手なその悪党のことを分かっていないのだ。

 

『かずみ……俺はお前を……』

 

 彼女に向けて言葉を発しようとしたが、それよりも早くタコの魔物が大口を開ける。

 

『タベ、タイ。モット、モット、モットオォォォ!』

 

 その円形の穴から吐き出されたのは耳を塞ぎたくなるような、歪に加工されたような声。そして、どす黒い粘性の液体だった。

 

「かずみ!」

 

「あきら!」

 

 海香とカオルがそれぞれ名を呼んだ相手を抱き締めるように掴み、液体の範囲外まで上昇して避けた。その場に倒れ込んでいた俺だけが黒い津波に押し流される。

 視界が黒く染まる。鎧にべっとりとこびり付くような不快感が広がった。

 ビルの谷間は一瞬で黒い液体で覆い尽された。だが、次第に液体が薄まっていくとそこにはタコの魔物の姿はもう既に影も形も見えない。

 手足に貼り付いた黒い液体を眺めると、液体は気化するように急激に薄まっていくのが確認できた。

 痛みはない。臭いも特には漂って来ない。となれば、この黒い液体は逃げるための煙幕のようなものだったのか。 

 不意に奴がタコを模した存在であることを思い出し、一つ納得する。

 そうか、これはタコの墨か。周囲の敵の視界を奪い、その隙に逃げるための手段。

 

「あのタコの化け物、墨吐いて逃げやがったぜ? どうするよ、カオルちゃんたち。早く追わないとヤバくないか? あいつ、もっと食べたいとかほざいてたぜ。そこらの食い物屋襲うならまだしも、下手すりゃ人間食い放題始めるかもよ?」

 

 俺が気付いたことに一樹あきらも気付いていたらしく、カオルに抱かれた格好でタコの魔物を追うよう進言する。三人の魔法少女は黒い水溜まりの残るビルの狭間に軽やかに着地すると、お互い目を合わせた。

 海香に抱かれたままのかずみがちらりと転がる俺を一瞥する。

 

「あの蠍の化け物はどうする? このまま、すぐにやっつけちゃった方がいいんじゃない? 今なら弱ってるみたいだし」

 

「そうね。どこに逃げたか分からない敵より、近くで倒れている敵を潰した方が賢明ね」

 

「じゃ、ぱっぱと終わらせて、次に逃げたタコ追いますか」

 

 かずみの提案に海香とカオルが乗る。

 俺は急いでその場から逃げようと立ち上がるが、昨日から蓄積され続けていたダメージが一気に押し寄せた。

 足は鉛のように重くなり、立っているだけで辛い。空腹も相まって、随分と身体が弱っているようだった。

 これでは逃げられない。ならば、魔物化を解いて、彼女たちに一から自分の境遇を説明してみるか。

 未来でそこの一樹あきらがこのあすなろ市を滅ぼすので、それを阻止するために過去にやって来た、と?

 誰が信じるそんな戯言。まして、俺は彼女たちから見れば未知の異形の化け物。加えて、一樹あきらは彼女たちと一定の信頼関係を築いている。

 無理だ。話を聞いてもらえる訳がない。仮にしたとしても俺の言葉には何一つ裏付けがないのだ。

 絶体絶命の窮地に追い込まれた俺は項垂れて地面に視線を落とす。

 その時、視界には黒い液体が残った水溜まりが映る。液体は緩やかに動き、流れていく。その近くにあるマンホールに向かって。

 マンホール、即ち……下水道へと繋がる場所。

 そこで俺は閃いた。

 そうだ。地下に、下水道に逃げ込めば!

 思い立ったら即行動。俺は両腕の鋏を叩き付け、マンホールを弾き飛ばした。

 突然の俺の行動に魔法少女たちは持てる魔力を俺へと向けようとする。しかし、逃げに徹した俺は砕けた地面の隙間が地下の空間に繋がった瞬間に身体を素早く潜り込ませる。

 なるべく縁に身体が詰まらないように身体を捻りながら飛び込むと、どうにか俺の身体は下水道へと真っ逆さまに落ちて行く。

 数秒の間の後、臭気のする水へと着水し、水飛沫を上げた。濁った水の中に潜った俺は水面に浮き上がらないように重心を傾け、尻尾を上手くくねらせて流れに沿うように泳いだ。

 息が苦しくなるまでそうやって、下水道を潜水した後、俺は足場になりそうな場所を見つけて、這い上がる。

 水流は思いの外早かったおかげか、それとも下水道に逃げ込んだ時点で諦めたのか、かずみたちは追って来なかった。

 追跡を撒けたと安堵した俺は、急激に睡魔に襲われる。

 ただでさえ、満身創痍だった身体を酷使した代償だろう。これ以上一歩動けそうにない。

 下水道の通路の脇でうつ伏せの態勢で崩れ落ちると、俺の意識はすぐに途切れた。

 ――かずみ……俺は一体どうしたらいいんだ?

 眠りに落ちる寸前、俺は彼女に問いかけるように呟いた。

 

 


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