魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第一話 魔法少女と正義の蠍

~あきら視点~

 

 

 

 カマキリと蠍の化け物が急に同士討ちを始めたかと思うと、何かエロい格好になったかずみちゃんが十字架の型の杖から放たれてたビームでカマキリの方を一撃で仕留めた。

 蠍の方も倒せないまでも無傷とはいかず、文字通り尻尾を巻いて庭から逃げ出して行く。

 

「あ、待て! 蠍の化け物ッ!」

 

 杖を抱えて追い掛けようとするかずみちゃんを、俺は腕を掴んで止めた。

 

「いや、逃げてくれんなら放っとけよ。大体、この転がってる刑事さんもどうにかしないと」

 

「ああ。そうだね、忘れてた」

 

 顎で仰向けに寝っ転がった女刑事を指し示すと、かずみちゃんは追うのを諦めてこの場に留まってくれた。

 ちょっと前までカマキリの化け物になって俺やかずみちゃんに襲い掛かってきた未知の怪物だった奴だ。

 目を覚ましたらまたカマキリになって俺たちを殺しに来るかもしれない。今の内にサクッと()っちまって置きたいところだが……。

 視線を女刑事に落としていると、そのすぐ近くに鈍く光る小さなものがあることに気付いた。

 かずみちゃんから一旦手を離すと、近付いてそれを拾い上げた。

 手に取ってみると、下から曲がった針の生えた楕円形の物体だった。植物の種子を模した変わったデザインの装飾品にも見える。

 髪飾り……には見えないな。ひょっとするとあの怪物に変身するアイテムとかなのか?

 何気なく顔に寄せてまじまじと眺める。臭いを嗅いだり、軽く舐めたりするが無味無臭だった。

 皆目見当が付かなかったため、特に意味もなく俺がそれを額に当てて遊んでいたところ、するりと抵抗なくその物体は俺の頭の中に吸い込まれるように消えた。

 

「おおう!?」

 

「かずみー!」

 

 異物があっさりと自分の中に入って消えたことにびっくりしていると、門の方からかずみを呼ぶ声が聞こえてくる。

 そっちの方を向いてみれば、出かけていたカオルちゃんと海香ちゃんが走って戻って来る姿が見えた。

 かずみちゃんは彼女たちの方に嬉しそうに走り出すと、自分が身に付けている衣装を見せ付けて、「私、魔法が使えるみたい」と若干はしゃいだ様子で話している。

 俺も呑気で享楽的な方だとは思ってるが、かずみちゃんの方もなかなか肝っ玉が据わってるというか、死にかけたこと方はどうでもいいらしい。

 その時、俺は自分の右腕に違和感を感じて、視線を向ける。

 そこにはびっしりと黒い鱗に覆われ、黒く鋭い鉤爪を伸ばした爬虫類じみた異形の腕が俺の右肩から生えていた。

 少し驚きはしたものの恐怖や嫌悪の感情は懐かなかった。

 代わりに芽生えたのは歓喜。

 面白い玩具を手に入れた時の(よろこ)びだけ。

 これがあの化け物どもが持っていた力か。嬉しいね、楽しくなってきやがった。

 軽く念じてみると、すうっと異形の腕は一瞬で元の何の変哲もない人間のそれに戻った。

それを確認しつつ、手を開いたり閉じたりしていると、かずみちゃんが俺を呼んだ。

 

「あきらー。何やってるの? ひょっとして怪我でもした?」 

 

「いやいや大丈夫。かずみちゃんのおかげで俺は無事だよ。それより腹減ったな、ビーフストロガノフまだ残ってた?」

 

 何事もなかったように俺はかずみちゃんたちの方へ歩いていく。

 色々とこの街は俺を楽しませてくれるみたいだ。最高だ。堪らない。

 彼女たちと化け物に襲われた話をしながら、俺は内心でうっとりと新しく手に入れた玩具(ちから)()で、確信する。

 ああ、やっぱこの俺、一樹あきらがこの世の主役なんだなって。

 

 

 

 *******

 

 

 

 クソッ。どうして、俺はもっと上手くできなかったんだ。

 人間の姿に戻って夜道を駆けながら、自分の迂闊さに怒りを覚える。

 一樹あきらの姿を確認した時、俺の思考は奴への憎しみで支配されていた。俺の大切なものを奪い去ったあの外道を抹殺することを、かずみを守ることや魔物を倒すことよりも優先してしまったのだ。

 そして、かずみに敵だと、そう思われた。

 

「俺は……俺は……」

 

「何なんだ、お前」

 

 不意に上から声を掛けられて俺は顔を上げる。

 俺の進行方向に立つ一本の電柱に、人影があった。

 金髪をツインテールヘアに束ね、かずみと似た濃い桃色の衣装と魔女帽。

 一樹あきらと組んでいた魔法少女――ユウリ。俺の家を焼き、お袋を殺した女だ。

 沸き立ちそうな感情を俺は抑え込み、静かに彼女を睨み返す。

 ユウリは俺の眼差しなど気にした様子もなく、尋ねた。

 

「何でお前は魔女モドキの力を持っているんだ? アタシと同じようにイーブルナッツをあいつからもらったのか?」

 

 あいつ、と言われた時に思い浮かべたのはカンナの顔だった。

 確か、イーブルナッツはカンナが他の魔法少女の持つ魔法を利用して生み出し、かずみを手に入れるためにプレイアデスとかいう魔法少女の集団と敵対する魔法少女に流したと語っていた。

 だから彼女の言うあいつとはカンナのことで間違いないだろう。

 

「そうだとも言えるが、違うとも言える」

 

「……アタシをおちょくってるのか?」

 

「いや、そういうつもりではない。ただ……」

 

 俺のイーブルナッツはカンナからもらったものだが、この世界のカンナとは出会っていないから、どう答えたらいいものやら。

 取りあえず、嘘を吐くことは俺の信念が許さなかったので答えられそうな部分だけは答えるとしよう。

 

「俺が変身できるのはイーブルナッツの力だ。一応はもらったものだ」

 

「そうか。やっぱりあいつからもらったんだな。あいつの手駒ならプレイアデスの敵って事でいいんだな? だったら、もうアタシの邪魔をするな。かずみを攫うように言ったのはあいつなんだから」

 

 ユウリは何か勘違いしているようで、俺に吐き捨てるように言った。だが、俺がイーブルナッツをもらったのはこの世界のカンナではなく、前の世界の……。

 いや、待て。『この世界』とはそもそも何なんなんだ?

 そこまで考えて頭の中で乱雑に掻き混ぜられていた情報が一つに纏まっていく。

 破壊されていない街並み。死んだはずの人が生きている。俺ではない俺。

 この世界はもしかして――過去の世界なのではないのか。

 自分の立てた仮説が真実なのか確かめるために俺はユウリに質問を投げかけた。

 

「一つだけ教えてくれ。今は何月何日なんだ?」

 

「はあ? 何を聞いてるんだ?」

 

「頼む。教えてほしいんだ」

 

 怪訝そうな顔をしながらもユウリは答えてくれた。

 彼女の口から出た日付は、俺の仮説を肯定するものだった。

 ようやくここで俺は理解する。原因は分からないが、俺は過去にやって来たのだと。

 それならかずみが俺のことを知らないことや、一樹あきらが魔物に変身しなかったことにも納得が行く。

 つまり、ここではまだ奴は魔物としての力、イーブルナッツを手に入れていないはず。確か、カンナは『馬鹿な魔法少女に使わせた』とは言っていたから一樹あきらに直接イーブルナッツを渡していなかったと見ていい。

 とすれば、奴は今俺の目の前に居る魔法少女のユウリを経由してイーブルナッツを得たに違いない!

 いつになく冴え渡っている俺の思考は希望を与えてくれた。

 何故なら、今ここでユウリが持っているイーブルナッツを破壊できれば、一樹あきらがドラ―ゴ、ひいてはオリオンの黎明なる機会を潰せることに思い至ったからだ。

 

「おい。どうしたんだ? 急に黙り込んだりして」

 

「いや、済まない。ちょっとした考え事だ」

 

 俺が黙って考え込んでいたせいか、少し不審げな目でユウリは眺めている。

 軽く謝罪を述べると、俺は彼女に向けて、ある頼みをした。

 

「折り入って君に頼みがあるんだが、聞き入れてくれるだろうか?」

 

「……今度は今の時刻でも教えてほしいのか」

 

「いや、それは別にいい。ただ、君が持っているイーブルナッツを全て俺に譲ってくれないか? それとかずみを攫うのもやめてほしい」

 

「は?」

 

 酷く冷淡な、感情の籠らない声が彼女の口から発せられる。

 上から流れてくる視線には怒気が含まれていることを俺は肌で実感した。

 

「お前、自分が何を言ってるのか、分かってるのか?」

 

「ああ。無論承知だ」

 

「そうか、アタシに喧嘩を売っているんだな……?」

 

 薄暗い闇の中で街灯の光に照らされたユウリの表情は凍えるような絶対零度の殺意に彩られていた。

 帽子の陰からでも表情や眼差しで感じる、どうしようもない敵意。俺を見る目が先ほどまでとは明らかに違う。

 だが、譲る訳にはいかない。せっかく、未来を変えられるかもしれないチャンスを得たのだ。こんなところで足踏みしていられない。

 

「聞き入れてはもらえないか?」

 

「死んだってお断りだ。アタシの邪魔は誰にもさせない……お前も殺してやるよ。プレイアデスの前の前菜代わりだ」

 

 会話は成立せず、交渉は決裂した。

 無駄だとは思っていたが、それでも可能ならば戦闘は避けたかった。

 ここは街中。戦えば、周囲の被害は確実に出る。何より俺はもう一樹あきら以外の人間を手に掛けたくなかった。

 

「死ねよ。魔女モドキ男! 『コルノ・フォルテ』!」

 

 ユウリが魔力で赤いトナカイや鹿のような角を持つ闘牛を作り出し、俺へと襲わせる。

 鈍重そうな巨体に似合わない、敏捷さで鳴き声を上げ突き進んで来る。

 

「変身!」

 

 蠍の魔物へと姿を変え、俺はそれを迎え撃つ。

 鋭く尖った闘牛の角が眼前に迫る寸前、俺はその二本の角を両腕の鋏で押し留めた。

 激突時に起きた衝撃が腕を通し、押し負けて後退、足裏がアスファルトの地面を擦過する。踏ん張ったはずなのに踵が宙に浮いた。

 

「ブモォオオォ‼」

 

 唸りを上げて角を振るい、掴んでいる俺の鋏を取り払おうとする闘牛。だが、その際に力の方向が微かに逸れた。

 本当にごく僅かな隙。されど、俺はそれを見逃さない。

 

『はあっ!』

 

 顎を狙って膝を()り込ませる。両の鋏で角を掴んでいるためにその衝撃は余所に分散することなく、闘牛の頭に集中した。

 魔法で作られたものとはいえ、頭部に受けたダメージはその巨体を怯ませた。勢いが削がれ、減速するその身体を捻って斜め後ろへ投げ飛ばす。

 

「少しはやるのか。でも、これなら……どうだ!?」

 

 俺が闘牛を投げ飛ばした瞬間を狙い、無防備になった隙を二挺拳銃を構えたユウリが笑う。

 両腕で身を守ることもできずに俺は弾丸の雨をその身に受けた。

 

『ぐあああぁ!?』

 

 回避も、防御もままならない連射の嵐。せめて、先ほどかずみの魔法を受けなければ、もう少し余裕があったのだが、弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂。

 だが、俺にも守らなければならないものがある。そのために俺は今、この場所に立っているのだ!

 肉体へのダメージはもはや無視し、俺は両足と尾をバネのように屈めて、電柱の上のユウリまで跳躍する。

 

「なっ!?」

 

 捨て身の攻撃を予想していなかったか、それとも俺の耐久力に驚いたのか定かではないが、この一瞬で決めなければ、もう魔物状態を維持することもできない。

 空中で驚愕の表情を見せているユウリへ向け、俺は右足を伸ばす。

 長い蛇腹状の尻尾がその足に螺旋を描くように巻き付き、必殺の一撃を放つ武器と化した。

 

『おおぉぉぉ! ……ぜりゃあぁぁ‼』

 

 螺旋状の槍となった俺の右足は魔力を纏って、ユウリの懐を穿たんと突き進む。

 俺が持つ最大威力の攻撃、『螺旋蹴り(スパイラルキック)』。これさえ、決まれば逆転は可能なのだが……。

 

「くっ……」

 

 ユウリは二丁の拳銃を盾へと変化させ、俺の螺旋蹴りを防ごうと守りを固めた。

 接触した瞬間、魔力と魔力がぶつかり激しい火花に似た魔力が弾けた。しかし、押し負けたのはユウリの方だった。

 勢いで吹き飛ばされた彼女は電柱の上に立っていられるはずもなく、アスファルトの地面に叩き落とされる。

 急所だけは避けたものの脇腹から血を流しながら、ぜいぜいと息を切らして立ちあがると肉が抉れた傷を押さえて、俺を睨んだ。

 

「クソが……魔女モドキ男のくせに……これじゃあ、仇を……討てない」

 

 

『仇? ……誰のことだ? それがかずみを狙うお前の目的なのか?』

 

「うるさい、黙れ! お前も、かずみも含めたプレイアデスの魔法少女共も! ……皆殺しにしてやる……あの子のためにもアタシは負けない!」

 

 ユウリの狂気にも似た怒りには、間違いなく義憤が混ざっていることをこの時初めて理解した。

 彼女は誰かのために闘っている。仇と言っている点から、恐らくは故人。それは誰かまでは分からないし、知ったところで俺には何も言えないだろう。

 憎かった仇の彼女もまた、誰か大切な人の死に報いるために闘っている。それを知っただけで、ユウリへの印象が俺の中で変化していた。

 

『お前も……か?』

 

「何が、だっ……?」

 

『お前もひょっとして、助けてほしいのか?』

 

 ほんの微かな変化だった。彼女の表情に悲痛の色がちらりと見え、そして、消えていった。

 

「ふっざけるなああああああ! 『イル・トリアンゴロ』‼」

 

 激情に任せた強烈な魔力が俺の足元に魔方陣となって浮かび上がる。

 輝く魔方陣は一際、大きく光を発すると凄まじい爆発をして、俺の身体を弾き飛ばす。

 アスファルトの地面はもちろん、近くにあった電柱やガードレール、民家の塀、車道までが砕けて捲り上がった。

 悲鳴すら上げられないほどの大爆発に俺の身体は魔物の姿を保っていられなくなり、人間に戻った身体が罅割れた地面へと転がる。

 三半規管がやられたようで脳がくらくらと酩酊していた。途切れそうな視界の中で泣きそうな顔で空に逃げていくユウリの横顔が目に入る。

 ああ。そうか。やはりお前も誰かに助けてほしいのだな……?

 ズタボロになった身体で焼け焦げてひしゃげたガードレールに掴まって、身体をどうにか起こす。

 煙の湧き上がる地面を背にパトカーのサイレンを耳にした。あの爆発を聞いて誰かが通報したようだ。

 早くこの場から離れなければならない。もしも警察に見つかれば、俺の身元が調べられ、この世界の俺やお袋に迷惑がかかってしまう。

 途切れそうな意識を繋ぎ止め、千鳥足を急かしながら、俺は人気のない場所を探して彷徨った。

 かずみやカンナだけではない。他の魔法少女も一樹あきらに食い物にされる前に助けなくてはいけない。

 

「ユウリ……」

 

 彼女もまた助けを求める魔法少女の一人なのだと、俺は知った。

 

「ならば、助けてやらねばな……」

 

 俺はもう誰も見捨てはしない。

 それが二度目のチャンスを手に入れた俺の使命だ。

 




あきら君が倒されたカマキリの魔女モドキからイーブルナッツを入手する可能性を考え付かない辺り、大火の限界です。
けれど、それでも誰かを助けたいと思えるのは彼ならでは強さだと思うので、その辺を描いていきたいですね。

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