魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第二部始めました。
大火がメインのお話です。


〈第二章 大火の章〉
プロローグ 孤独の始まり


このあすなろ市に降臨した絶望の化身・『オリオンの黎明』は獰猛な巨眼を細め、(いや)らしく(わら)った。

 

『さようなら。絶望しながら、死んで行け』

 

 金色の巨竜が笑いながら、光の息吹を解き放つ。

 鏡の如き光沢を持つ盾で俺はそれを背後に立つかずみを守ろうとするが、それを掴んだ俺の身体は金色の光に呑まれ、跡形もなく消滅させていった。

 消える。俺という存在を形成するそのすべてが破壊の光に塗り潰されていく。

 かずみだけは守りたい。それだけが我を忘れて多くの命を奪ってしまった俺に残された最後の希望なのだ。

 それだけが俺の願い。俺の祈り。

 俺の全て……。

 光の中に融ける最期の一瞬まで俺はそれを願い続けた。

 

 

 *******

 

 

 音が聞こえてくる。

 聞き覚えのある懐かしい音。これは……そうだ。これは大勢の人たちの声や足音、それに乗用車のエンジン音。

 日常の騒めきと呼べるような街の生活音の数々が耳に響いてくる。

 そこでぼんにりと不確かだった意識が覚醒し、俺ははっと目蓋を開いた。

 まず視界に飛び込んできたのは夕陽の光。それから目の左右両脇に屹立している路地の壁。

 映像が目に入った瞬間、現実感のある硬いコンクリートの感触が背中で伝わった。

 その感触で俺は自分が仰向けの状態になっていると理解した。

 

「空……いや、あすなろ市の街が……」

 

 思い切り、上半身を起こして見回す。

 すると、狭く小汚い路地の壁と蓋が開き、中の生ゴミが露出した青のポリバケツが見えた。

 (こぼ)れて地面に散乱したゴミを一羽のカラスがカツカツと(ついば)んでいる。

 あり得ない。この街はオリオンの黎明によって破壊されたはずだ。まともに建っている建造物も動ける動物も人も死に絶えた地獄だったのだ。

 

「そうだ。俺も、あいつに殺されたはず……」

 

 自分の両手に目を落とす。ちゃんと腕が付いている。魔物形態にはなっていない普通の腕だ。

 指先で握り拳を作り、開く動作を数回した後、俺は地面に手を突いて立ち上がる。

 どこにも異常がない。だが、それこそが最大の異常に思えた。

 薄暗い路地裏から一歩一歩恐れるように歩き出すと生ゴミを食べていたカラスが驚いて飛び去っていった。

 曲がり角まで来るとそこから交通道路が見え、車が走っている光景が目に入る。

 路地から顔を出して、視線を彷徨(さまよ)わせれば、歩道を歩く人たちの姿までもが確認できた。

 紛れもなく、そこには平和な夕暮れ時のあすなろ市が存在している。

 俺は自分の頬を強く抓った。痛かった。力加減を間違ったせいか、涙腺から涙が溢れ出す。

 いや、きっともう二度と帰ってくることのないと思えた日常が目の前にあるせいだろう。

 路地裏から一歩出て、俺は歩き出した。

 足は段々早歩きになり、最後には駆け出していた。歩道を通りかかる人は怪訝そうに走る俺を眺めている。

 しかし、そんなことすら気にならないほど俺は歓喜していた。

 どうして壊れたはずの街が平然と元に戻っているのか、死んだはずの自分がこうして生きているのかなど疑問はあったが、今はどうでもよかった。

 抑えきれない安らぎと嬉しさが俺の頭を支配していた。

 興奮に身を任せて、夕日に照らされる歩道を走っていた俺の視界に見慣れたけれど、今は懐かしささえ感じられる横顔が映る。

 ……お袋だ。親父が小学校の時に死んで以来、女で一つで俺を育ててくれたお袋だ!

 横断歩道を渡った先にスーパーのビニール袋を両手に下げて歩いている。

 生きている! あの毒蛾の魔物に襲われた時に死んだお袋が生きているのだ!

 

「おふく……」

 

 俺は向こう側の歩道を歩くお袋に声を掛けようとして、言葉を失った。

 その少し後ろから制服姿の俺と瓜二つの顔の男が駆けてきたのを目撃したからだ。

 

「お袋ー。店の食材の買い出しか?」

 

「おや、大火。ちょうどいいところに帰って来てくれたね。持つべきものは力持ちの息子だね。ほら、持ちな」

 

「息子使いが荒いな。まあ、いいけどな」

 

 『そいつ』はお袋に大火と呼ばれ、『そいつ』もまた俺のお袋と「お袋」と呼んでいた。

 少しだけ呆れたようにお袋と話しながら、食材の詰め込まれたビニール袋を受け取る『そいつ』は紛れもなく、赤司大火(おれ)だった。

 それならば。

 それならば……ここに居る『俺』は何者なのだろう……。

 声すら出せず、和気あいあいと帰路に着く親子を俺はただただ呆然と見ていることしかできなかった。

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 俺は歩道の真ん中で黙って立ち尽くしていた。時折、俺を邪魔だというように不機嫌に睨んで脇を抜ける通行人が何人か居たが、気にもならなかった。

 振り返れば、服屋のショウウィンドウに自分の姿が映る。

 多少、汚れているが俺の姿ははっきりとガラスに反射していた。

 すっと近付いてショウウィンドウに触れてみると、僅かにひんやりとした冷たさと硬いガラスの感触が手のひらに伝わる。

 密着していた手を離せば、ガラスにはしっかりと俺の指紋が付いていた。

 それは俺が別に幽霊になった訳でもなく、ここに存在していることの証だった。

 だが、この世界には既に『赤司大火(おれ)』が居る。

 俺は誰だ? 一体俺は……。

 いや、違う。そうじゃない。

 ドツボに嵌りかけた思考が正常に復帰する。

 俺が何者なのかなど、この際どうでもいい。

 俺が守りたかったものがここにあるのなら、居場所なんてなくたって構わない。

 元より、イーブルナッツの過剰吸収によって、大勢の人の命を奪ってしまった俺に平穏に帰る資格はないのだ。

 かずみ。

 カンナ。

 二人の顔が脳裏に浮かぶ。

 彼女たちはこの世界では無事なのか……。それだけは確かめなければならない。

 揺らぎかけた覚悟を持ち直し、すっかり暗くなった夜空を見上げた。

 自分の身に何が起きたのかは分からないが、何があろうとも彼女たち二人を救ってみせる。

 無言で夜空に誓いを立てたその時、頭の中でノイズが走るようなような感覚が起こった。

 この感覚を俺は知っている。

 これはイーブルナッツの共鳴。イーブルナッツを使って魔物になった人間の反応だ。

 不快な反応が伝わって来た方向へぐるりと首を回す。イーブルナッツの反応が指し示した方角は商店街とは逆方向。

 俺はその反応に導かれるまま、走り出す。

 例え、この先にかずみやカンナが居なくても、魔物が出現した反応を見過ごす訳にはいかない。

 歩道を走るのは少しばかり他の通行人の迷惑かとも思ったが、誰かが襲われている可能性がある以上悠長にもしていられず、全速疾走で反応が強くなる方へ駆け抜けた。

 周囲の景色が店が立ち並ぶ商店街から住宅地に変わってきた頃、一際不快なノイズが濃くなる場所を発見した。

 そこは大きな門構えの豪邸。少なく見積もっても俺の家の五倍はある。

 表札には「御崎」と書かれていた。

 反応はこの邸宅の中からなのだが、流石に無断で門や塀を乗り越えて侵入するのは(はばか)られる。

 さりとて悠長にインターフォンを押してから許可を取るのは馬鹿のやることだ。

 僅かに躊躇をした時、ガラスの割れる音が聞こえ、少女の叫びが鼓膜を叩いた。

 その瞬間、俺の逡巡は消し飛んだ。

 頭の中にあるイーブルナッツの力を全身へと巡らせ、肉体を人ならざる姿に変える。

 

「変身っ……!」

 

 俺の身体は吐き出した言葉と共に蠍を模した意匠の人型の魔物へと変化した。

 両腕は甲殻類を想起させる鋏。腰からは蛇腹状の尾は伸び、その先にはラッキョウ型の節から大きな針が飛び出している。

 やはりあの時、かずみの魔法で進化した姿ではなく、一番最初の魔物形態だ。

 だが、今はこれで十分だ。俺は長い尾を地面に叩き付けて跳躍する。

 魔物の姿になったことで劇的に身体能力が上昇し、二メートルはある塀を難なく飛び越すと、広い庭へと降り立った。

 そこには大きなカマキリの魔物が、長い黒髪の少女目掛けて振るうために鎌を振り上げている光景があった。

 大まかな六節のある輪郭こそカマキリのそれだが、頭部には人間だった時の面影が残っており一層不気味さを際立たせている。

 即座にカマキリの魔物へと攻撃を繰り出そうとした俺だったが、襲われている少女の顔に目が行った時、身体の動きが止まってしまう。

 その少女はかずみだった。

 出会った時のショートヘアから想像できないほど長い髪を垂らしているが、紛れもなく俺の守ると誓った家族に相違なかった。

 しかし、その戸惑いが致命的な隙を生んでしまう。

 ……しまった。これでは間に合わない……!

 俺はすぐさまにそちらまで走り寄るが、無情にもカマキリの魔物の鎌はかずみに振り下ろされる――。

 

「主役は俺だぞ! この虫けらが!!」

 

 寸前、割れている一階の大窓から一人の少年がカマキリの魔物へと飛び蹴りを食らわせた。

 その少年の顔もまた俺が知るものだった。

 一樹あきら。俺の全てを奪い、あすなろ市を崩壊させた憎き仇だ。

 背後からの突然の一撃に反応が遅れたカマキリの魔物はかずみへと降ろそうとした鎌を外す。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おらあっ!!」 

 

『ぐ、邪魔だああああ!!』

 

 不快な雑音の混じったような声を上げて、背中を蹴った一樹あきらを鎌で切りかかるが、鎌の刃が長いせいで当たることはなかった。

 蹴った反動を利用し、後転して後ろへと逃げた奴は距離を取りつつ、倒れたかずみへと近付く。

 

「大丈夫? 生きてる? 生命保険入ってる? ……ていうか、何だよ。もう一匹バルタン星人みたいなの居るし」

 

 一樹あきらは俺の姿に気が付くと、軽く舌打ちをしてかずみを揺さぶった。

 奴が何故かずみを助けようとしているのかは理由は分からない。しかし、彼女に奴の手が触れた時、どうしようもなく怒りが噴き上がる。

 俺の家族に薄汚い手で触るな! 邪悪で下劣なお前がどの面を下げて善人のような真似をしている!

 

『かずみから手を離せ! 一樹あきらぁ!』

 

 かずみから奴を引き離そうと速度を落とさぬまま、右腕の爪を突き出す。

 

『な、何だ。お前は……!?』

 

 カマキリの魔物が俺の存在に気付き、困惑した様子を見せていたが、一樹あきらへの憎悪が爆発した俺の眼中にはもう入って来ない。

 

『邪魔だ! 退けぇ‼』

 

 無造作に蛇腹状の尾を振るい、カマキリの魔物の身体を()ね付ける。

 鎌の下をくぐった蠍の尾は鞭のように(しな)ると一撃で塀まで数メートル吹き飛ばした。

 背中を塀に叩き付けたようで視界の外でカマキリの魔物の呻く声が微かにした。

 

「は? 仲間割れ!? いや、それよりも何で俺たちの名前を……」

 

 混乱した様子の一樹あきらに俺は硬質な鋏で殴りかかろうとした。

 黒い竜の姿になっていないこいつならば、この殴打で死ぬはずだ。網膜にこの男の顔が映るだけで、次から次へと怒りと憎しみが止め処なく溢れ出す。

 顔面を捉えた俺の鋏の腕が奴の皮膚に触れる直前、リンと鈴の音が響いた。

 鈴の音色と一緒に一樹あきらが触れているかずみに異変が起こる。

 同時に衝撃を感じたと思った頃には俺の身体は弾かれ、後退していた。

 

「あきら、無事?」

 

「あ……ああ、何とかな」

 

 露出の多い黒と白の衣装に本の挿絵に出てくるような魔女の帽子を被った姿でかずみは立っていた。

 知っている。魔法少女としての彼女の格好だ。

 その手に握られた十字架のような杖も見たことがある。

 けれど、明確な俺へ敵意を宿らせたその眼差しは初めて見た。

 

『かずみ……俺だ。大火だ……分からないか?』

 

 家族から向けられた敵意ある視線に俺は咄嗟(とっさ)に自分の名を名乗る。

 かずみにその目で睨まれることはどうにも耐えられなかった。

 

「え? 色々と混乱がマックスなんだが……何このバルタン、かずみちゃんの知り合い?」

 

「知らないよ! こんな怪物、全然知らない」

 

 一樹あきらの問いにこちらへの警戒を解かないで答えた台詞に俺は愕然とした。

 短い間だったが、それでも俺たちは本当の家族のように過ごした。そんな彼女に知らないと言われ、敵意と拒絶を露わにされているこの状況に俺は絶望を感じていた。

 

『かずみ……俺は。俺は……お前の……』

 

 力が身体から抜けていくのが分かる。だが、ふら付く足取りをどうにか上手く動かして、彼女の方に近付く。

 魔法少女になったかずみは背後に一樹あきらを庇うように立つと、両手で十字の杖の先端を俺へと向けて構えた。

 やめろ……やめてくれ……。

 俺はお前の家族だ。味方なんだ。

 敵意を向けないでくれ!

 

『よくもやってくれたなぁ‼』

 

『がっ……!?』

 

 唸るような叫び声と強烈な激痛が背中に突き刺さる。

 首を捻って振り返れば、そこには眼球を血走らせたカマキリの魔物が俺の背中に二本の鎌を突き立てているところだった。

 油断した……。一樹あきらへの怒りのせいでこいつのことを忘れていた。

 すぐに尾を鎌に絡ませて引き抜こうと足掻くが、存外深く刺さったらしい鎌の刃はなかなか抜けそうにない。

 外殻が分厚いおかげで致命傷にこそなっていないが、損傷は決して無視できる大きさではなかった。

 

「今だッ!」

 

 注意が後方にいっていた間にかずみが俺ごとカマキリの魔物を魔法で吹き飛ばす。

 十字の杖の先から放たれた極大の光の線は俺を含めて、強烈な光で焼き尽くさんと降り注いだ。

 

『ぐがあぁぁ!?』

 

 当然、直撃した俺の方が背後に居るカマキリの魔物よりも激しい痛みと激しい熱波に襲われる。

 何とか逃れようと身体を捻り、光の線の中から転がるように飛び出した。

 かずみの攻撃を受けた時にカマキリの魔物の鎌も弛んだのか、背中から奴の刃は既に外れていた。

 

『ぎゃああああ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!』

 

 凄まじい絶叫を上げて迸る閃光に呑まれたカマキリの魔物は庭の上で跳ねて転がる。

 煙がその身から湧き上ったかと思うと、金髪のスーツ姿の女性に変わり、仰向けに倒れ伏した。

 

「かずみちゃん! 一匹まだ残ってるんだけど!」

 

 一樹あきらが俺を見て、指を差す。かずみもまた杖をもう一度構え直した。

 駄目だ。今、何を言ったとしても信じてもらえそうにない。何より俺自身状況を理解していないせいで説明のしようがない。

 悔しいが、ここは逃げる以外に選択肢はない。

 俺は涙を呑んで、この場から退却すべく尾で跳ね飛び、塀の向こうへ逃げ出した。

 

「あ、待て! 蠍の化け物ッ!」

 

 かずみの言葉が俺に突き刺さる。

 肉体の痛みには慣れていたが、心の痛みだけはどうにもできず、俺は悲しみを堪える。

 少しでもかずみが居た屋敷から離れるために人間に戻ってもひたすらまでに街を駆けた。

 




孤独な彼の戦いが今始まりました。
序盤のあきら君は外側から見ると普通の主人公に見えるあたりが最悪ですね。

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