魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第四十八話 朝が終わり夜が来る

~赤司大火視点~

 

 

 

 先の雷の熱で融解して歪み、絶対零度の氷に冷却され、酷く(いびつ)に固まった俺の肉体は思うように動いてはくれない。

 足腰の関節は潰れている箇所があり、胸や首回りは抉れるように細まって、正常な呼吸さえも阻んでいる。

 だが、それを無視して俺は駆ける。そうでなければ、奴に……黄金の竜となった一樹あきらにかずみの命を奪われるからだ。

 真っ直ぐに走る事も困難だったが、時間に猶予はなく、片足を引きずるように必死で進む。

 ようやく、かずみが飛ばされた辺りまで辿り着くと、俺は大きな声で彼女の名前を呼んだ。

 

『かずみ! どこだ、どこに居る!?』

 

「タイ、カ……無事だったん、だね?」

 

 かずみはビルの破片を枕にして、息も絶え絶えに俺に返答をする。

 瓦礫に埋もれながらも、額から流れた血で顔を汚して、健気に俺に微笑みかけるかずみに俺は悔しさを覚えた。

 何故、俺はこの子にここまでの怪我を許したのだ。守ると誓っておきながらこの体たらく、お袋が生きていれば張り倒されても文句は言えない。

 剣と盾を放り出し、駆け寄ってすぐに抱きしめる。包帯でもあれば今すぐ巻いてあげたいが、現状はそれどころではない。急いでここから離れなければ、あの魔王によってこの場所ごと消し飛ばされてしまう。

 

『早くここから逃げるぞ。奴の一撃が来る前に……』

 

 かずみを抱きかかえて、逃げようとするその瞬間無情にも、時間切れを伝える嘲笑の声が耳に届く。

 

『残念、三分経過でーす。さあ、塵に帰る準備はできたかな? まあ、できてなくても殺すけどな』

 

 振り返り、見上げた空にはオリオンの黎明の大きく開いた口からは黄金色の光の粒子が漏れ出している。

 牙から漏れて宙を舞うその僅かな粒子すら、莫大な魔力を秘めている事が一目瞭然だ。あの金色の魔力の光が直撃すれば文字通り、影も残らず、この世から消滅するだろう。

 とっさに俺が取った行動は、落とした円状の盾を拾い、かずみを背にそれを構える事だった。

 何があろうとかずみだけは守り抜きたいという、俺の意志が高速で身体を動かす。

 

『さようなら。絶望しながら、死んで行け』

 

 金色の目も眩むような巨大な閃光が俺へと迫り、空を裂いて、降って来る。それはまるで太陽の光を一本の槍にしたような一撃だった。

 世界が光で塗り潰され、俺は白一色に染まる視界の中で盾を構える手を強く握る。例え、俺という存在がこの世から消えようともこの盾だけは手放さないと心に誓った。

 光に焼かれた眼球の裏でカンナの顔が浮かぶ。

 ……カンナ、助けてやれずに済まなかった。だから、かずみだけは絶対に守り通してみせる。勝手な事を承知で頼む。――俺に力を貸してくれ!

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ‼』

 

 盾だけでは覆う事のできなかった肉体を金色の光は侵食し、その形を奪い去っていく。

 足が消え、肘を失い、膝が無くなり、顔さえも光の中に融けていく感覚が分かった。

 しかし、それでも盾を構える腕だけは放さない。

 俺が死のうともかずみだけは、俺の家族だけは救ってみせる。

 教科書に載っていたニーチェの言葉で一番俺が共感した一文が脳裏に浮かんだ。

 曰く『人間は、もはや誇りをもって生きることができないときには、誇らしげに死ぬべきである』。

 その通りだと思う。

 多くの罪なき命を奪ってしまった俺は誇りを持って生きる事は不可能だ。だからこそ、俺は大切な家族を守って、誇らしげに死のう。

 きっと、それだけが俺に残ったすべてなのだから……。

 

 

 *****

 

 

 俺の開いた口から光に変えた魔力の奔流が迸る。すべてを終わらせる破滅の息吹を撃た撃ち放った先には俺に舐めた態度を取っていた、ヒーロー気取りの雑魚バルタン。

 奴は盾を拾い上げて、それを構えて無謀にも防ごうとする。無駄な足掻きだ。滑稽にも程がある。

 円状の鏡のような盾には光を吐き出す、偉大で神々しい俺が映っていた。六枚の翼を広げ、黄金に輝く閃光を放つ姿はまさに神そのもの。

 見とれてしまうくらいに格好いい。ビバ俺! ナイス俺! ビューティフル俺‼

 ちんけなその手鏡みたいな盾に映すには物足りないほどの豪奢さを誇っている。

 そう感じた瞬間、冷や水を掛けられたように思考が冷まされる感覚がした。

 待て。

 待て待て待て……鏡だと?

 金色に輝く破滅の光にあのバルタン野郎は鏡面のような盾を向けている。その事実に、最悪の可能性を懐き、俺は体温が下がるのを感じた。

 そして、その最悪の予想は的中する。

 盾に当たった金色の光が反射をし、一部俺に向かって跳ね返って来たのだ。

 

『ギッ……グギャアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァーッ‼』

 

 大絶叫が喉の奥から噴き上がる。自分が作り上げた最強の技を受ければ、無敵の鱗と言えども簡単に貫通してしまう。

 俺に跳ね返った破滅の光は斜めに曲がり、俺の胸の付近を鱗ごと肉を消し飛ばす。削れた部位からは黒い血液と一緒に魔力の染み出して、大地にぶち撒けられた。

 光の放射を止め、俺は天から落ちて、地面に這い蹲る。落下の衝撃で辛うじて残っていた建物がすべて倒壊したがそんなことはどうでもいい。

 

『クソが……何もできない無能な蠍の分際で……』

 

 口からも魔力の混じった血が垂れて止まらない。だが、それ以上に思考を染め上げるのは怒りと憎しみだった。

 瀕死のボロ屑にも関わらず、この俺に一矢報いるとは許せない。この手で直接捻り潰してやる……。

 即座に立ち上がり、足元を転がる建物の残骸を蹴散らしながら、バルタン野郎の元に向かった。

 だが、既に奴が居た場所には、熱による蒸発らしき焦げ跡と融けてなくなった小さな歪な盾だけしか残っていない。その盾を掴むと、ボロボロと崩れて消滅する。

 いくらか、俺に反射させることができたものの、受けた熱量まではどうにもできずにそのまま融け落ちた様子だった。

 

『この、ゴミがッ……』

 

 怒りをぶつける標的が既に消滅してしまったせいで俺の中には、不完全燃焼な憎悪だけが残る。

 せめてもの仕返しに、あのバルタン野郎が居た場所を重点的に踏みにじるが、到底それだけでは怒りが収まるはずもなく、口惜しさがだけが胸に広がった。

 しかし、そこで俺はバルタン野郎の後ろの瓦礫だけが消し飛んでいないことに気付く。

 辺り周辺は完全に焦土と化しているのに、奴が盾を構えて、背を向けていた空間は物の見事に、守られていた。

 ……かずみちゃんだけは守ろうとしたのか。ゴミの癖に俺の一撃を防ぎ切ったのか、益々持って不愉快だぜ。

 

『ん? あれ……かずみちゃんが?』

 

 その瓦礫の上にはかずみちゃんの姿はなかった。俺がダメージを負っている間に逃げたのかと思ったが、その場所にもう一つだけあるはずの物が消えている。

 バルタン野郎が残した蠍の尾を模した大剣。確かにあの時は後ろに置きっ放しになっていたはずなのに、今は影も形もない。

 この場所が無事ということは溶けて消えたという線はない。なら、あんな大きなものをどこにやったのだろうか。

 まさか……かずみちゃんが持って逃げたのか? 

 この俺にそれを叩き込むために……? 

 頭に浮かぶ、その推測に俺は警戒して後ろを振り向く。

 そこに居たのは蠍の大剣と杖を融合させた巨大な槍を構えて、こちらに向かってくるかずみちゃんの姿だった。

 

『かずみちゃん!?』

 

「最大、魔法……『アンターレス・フィナーレ』!」

 

 巨大な槍の穂先からは赤い魔力が噴き出し、空を走るかずみちゃんを覆い、俺へと真っ直ぐに突っ込んで来る。

 その一撃を避けるにはあまりにも時間も、距離も、魔力も足りない。だったら、話は単純明快。そのまま、迎え撃つのみだ。

 赤い一本の矢のようになったかずみちゃんを叩き落とそうと金色の腕を振り下ろす。

 だが、腕と接触する前に、彼女はさらに加速をし、俺の攻撃を掻い潜った。

 

『なっ、さっきよりも早い……!?』

 

「行っけええええええええええええぇぇぇぇ‼」

 

 かずみちゃんは俺の鱗が剥がれたその胸に飛び込むように突き進む。痛みを感じるより先に、背中から何かが飛び出した奇妙な感覚を受けた。

 首を捻ってそちらを向けば、かずみちゃんが俺を見下ろすように見つめている。杖の上部に付いた大剣は今の一撃に耐え切れなかったのか、罅が入り、砕け散った。

 次に自分の身体を見ると、ちょうど左胸……人間であれば心臓がある位置にぽっかりと風穴が空いているのが目に映る。

 致命傷。中核を完全に捉えたその穴に――。

 

『がはっ……かずみちゃん、やるじゃん……』

 

 素直に賞賛の言葉が口から出た。

 彼女は何も言わない。ただ、肩で息を吐き、敵意を籠めた眼差しを向けるのみだった。

 胸に空いた風穴から濁流のように血と魔力が噴き出して、地面に流れていく。コネクトの力で纏め上げていた魔力が俺の中で暴走するのが分かる。

 数秒後、黄金の竜となった俺は膨れ上がり、その力を抑え切れずに破裂する。

 膨大な魔力がその身をぶち破り、外界に溢れ出す。

 

 爆発を起こす寸前、溜め込んだ魔力をすべて切り離し、俺は元の三メートルくらいの黒い鱗の竜となって逃げだした。

 魔力の波に身を隠して、空を飛び、かずみちゃんの目を誤魔化して逃げる算段だ。

 助かるためとはいえ、大幅に弱体化した今の俺ではかずみちゃんとやり合って勝てるとは思えない。

 しかし、この街を自分で封鎖してしまったので、黒い鱗の俺ではあすなろ市から脱出することもできない。

 俺ができるのは、逃げ隠れて、魔力を大分使い果たしたかずみちゃんが魔女化して自滅するのを待つことだけだ。

 かあ~、慢心し過ぎたぜ。調子に乗って出した最強の一撃を反射されさえしなければ、こうはならなかった。

 まさかあんな隠し玉があったとは思っていなかった。悔しいが今回は完敗だ。

 魔女になったかずみちゃんが俺の張ったバリアを打ち壊してくれるのを待って、あすなろ市を出よう。

 一から出直しだ。あやせちゃんという事例もあるし、この街以外にも魔法少女は居るはずだ。そいつらのソウルジェムを食べて、また力を蓄えるとしよう。

 そっと地面に着陸すると、俺の耳に誰かの声が届く。

 

「……待ってたよ。あきら」

 

 そこにはかずみちゃんが杖を構えて待っていた。

 俺が身体を切り離して、逃げるのも全部見越していたような口ぶりに溜息が出る。

 

『……執念深いねェ、かずみちゃん。そんな俺のことが大好きなのかよ?』

 

「私は……ううん。このあすなろ市に住んでいた人は皆、あなたにすべてを奪われた。それなのに、罰も受けずに逃げる気なんだね」

 

 ……罰? 何を言っているんだ、この子は。

 罰とは、悪いことをした人間がその罪を償うためにする行いであり、何一つ悪いことをしてない俺が受ける理由がない。

 

『罪なき、俺のどこに罰を受ける理由があるんだよ?』

 

 心の底からの疑問を聞き、かずみちゃんはどこか納得したように顔して、俺を神妙な面持ちで見つめる。

 

「やっぱり、あきらは悪人じゃなかったんだね。あきらは狂人だよ、狂ってる。今までやったことに心の底から悪気を感じてないのが分かるよ」

 

『狂人、ね。まあ、カエルが人間の複雑な思考回路を理解できないように、知能の次元が低いと俺みたいな高次元の思考を持つ人間がそう見えるんだろうな。可哀想に……』

 

 憐れみを籠めてかずみちゃんを見ると、彼女もまた同じような眼差しを俺に向けた。

 失礼な子だ。親の顔が見てみたい。いや、かずみちゃんの親はプレイアデス聖団の皆なので、よく考えれば全員知っているな。

 なるほど。あんな馬鹿で愚かな魔法少女が作ったなら、この程度の頭の出来になるだろう。

 同情する俺にかずみちゃんは杖を向ける。その顔には明確な敵意が戻っていた。

 

「あきら。あなたの負けだよ」

 

『いや、今のソウルジェムがかなり濁ったかずみちゃんとなら、それなりにいい勝負できると思うぜ?』

 

 彼女の胸元にあるブローチ型のソウルジェムはもう元の白色が分からないくらいに濁っている。魔法を次に一度でも使えば即魔女化もあり得る危険域だ。

 だから、魔法は使えない。せいぜい、その杖での格闘術が限界というところだ。

 俺の言葉を裏付けるように彼女の顔が曇る。それはグリーフシードは持っていないということを暗に示していた。 

 

『なあ、かずみちゃん。取引しよう、俺を見逃すんだ。そうしたら、別の街に行ってグリーフシードの一つでも持って来てやるよ。どうだァ? 魔女にはなりたくねぇだろ?』

 

 俺の提案にかずみちゃんは僅かに目を伏せ、そして、杖を振り上げて、飛び掛かってくる。

 

「要らない! そんなもの、私は要らない!」

 

『そうか。魔女になりたいのか。あのバルタン野郎みたいに理性なくして、人を殺しまくりたいってか? いい趣味してるなァ、オイ』

 

 その杖による殴打を身体を捻って避け、尻尾で巻き取る。

 ここで一旦、手を放しておけばいいものを、向きになって取り返そうとかずみちゃんは引っ張った。

 やっぱり、魔法になれた小娘でしかない。獲物よりも自分の身を大事にすることがまるで染みついていない。

 絡め取られた杖を引き抜こうとする彼女のがら空きな脇腹を、鉤爪で切り付けた。

 

「あう……」

 

 真っ赤な血が宙に飛沫となって飛ぶ。

 更なる追撃を撃とうしたが、彼女の蹴りが俺の顔面を捉えた。

 

『がぅっ……』

 

 一撃で脳天を揺らし、右の眼球がひしゃげる。今で喰らった中でも取り分けでかいダメージだった。

 感じたものは悔しさでも、怒りでもなく、楽しさだった。この真っ向勝負に俺は悦楽を感じている。

 俺と今まで対等にやり合えるような奴は存在しなかった。仮に居ても謀略で簡単に潰せた。

 かずみちゃんこそ、心の奥で俺が追い求めていた存在だったのかもしれない。

 思えば、彼女と出会った時がすべての始まりだった。胸にあった退屈が消えたあの時からだ。

 俺は尻尾を杖から離し、代わりに懐に入って口を開き、牙で噛み付く。

 かずみちゃんはそれを杖で受け止め、受け流した。即座に反転、杖による突きが俺の翼を貫いた。

 

『楽しいなァ、かずみちゃん!』

 

 翼を犠牲にして、尻尾で彼女を打ち付ける。杖ごと彼女は地面に転倒し、すぐに起き上がった。

 

「そう。でも、私は全然楽しくない!」

 

『そいつは残念! でも、俺が楽しければそれでいいよな?』

 

 鉤爪と杖が何度も激突を繰り返し、お互いに相手の身体へと攻撃を打ち込んでいく。

 与えて、与えられて、また与えてを繰り返す。あたかもそれは恋人同士の口づけのようにも感じられた。

 相手を自分の力で捻じ伏せて、殺そうと思うこの感情は倒錯した愛なのかもしれない。

 だとしたら、これこそ俺の初恋だ。

 

『愛してるぜ、かずみちゃん!』

 

「私は大嫌いだよ、あきらっ‼」

 

 両者の一撃が交差する。

 数十分に及ぶ俺たちの戦いはそこで終了した。

 俺の鉤爪は彼女の右肩に突き刺さり、彼女の杖が俺の腹を鱗ごと貫いていた。

 臓腑を抉り抜き、背中にまで届いた一撃は彼女の勝利を表している。

 

「……私の勝ち、だよ」

 

 全身から力が抜けて行き、こつんとかずみちゃんの額に俺の額がぶつかった。身体は竜から人間の姿に戻って行く。

 視界一杯に広がる、勝利を確信した彼女の顔が、途切れ途切れにそう宣言する。

 俺はそれに血を吐きながら答えた。

 

「そう、だな。俺の……負けだ。……戦いは、な……」

 

 俺の額からイーブルナッツが排出された。そして、それは当然、密着していた彼女の額へと吸い込まれた。

 彼女の顔が一気に絶望が広がる。その表情に愛おしさを感じて、俺はキスをした。

 鉄さびのような味は俺が人生最期に感じる、恋の味。彼女の唇が赤く染まってルージュのように見えた。

 イーブルナッツが体内に潜り込んだせいで、胸元のかずみちゃんのソウルジェムが完全に黒に染まって砕ける。

 中から、転がったのはグリーフシード。

 即ち、魔女の卵。

 俺のイーブルナッツを受けた、彼女のソウルジェムが変化したもの。つまり、俺とかずみちゃんの愛の結晶に他ならない。

 魔女は嫌いだが、自分と愛しい少女の子供と言える存在である『この子』は別だ。

 霞んでいく視界の中で、あすなろ市に零していた魔力の濁流がグリーフシード目掛けて殺到する。

 一瞬でグリーフシードから孵ったその魔女は巨大な逆さまになったピエロのようにも見える。

 紺色のドレスを着て、スカートの中で回る大きな歯車がちらりと露出した。ママに似て、露出する癖があるエッチな子に育ってしまったようだ。娘がはしたない子に育ってパパは悲しいです……。

 

『キャハハハハハハハハ。キャハハハハハハハハハハハハハ!』

 

 元気な産声を上げて、空を浮かぶ俺の娘は身体を揺らすと、それだけで俺が張ったバリアを打ち砕いた。

 流石は俺とかずみちゃんの子。元気があって大変よろしい。

 パパはもうそろそろ死んじゃうけど、ママと一緒にお前の活躍を見守ってるからな。

 ただ、名前を付けずに死んでしまうのが少し心残りだ。親として素敵な名を付けてやりたかった。

 後悔する俺の近くに一番見たくない淫獣が姿を現す。

 

『凄いね。久しぶりに見たよ。伝説の魔女――ワルプルギスの夜。多くの魔法少女のソウルジェムを食べて、君が溜め込んでいた負の感情エネルギーを吸って育ったんだろうね』

 

 ワルプルギスの夜。確か、それは北欧の魔女の宴の名だったか。

 ピンクローターにしてはなかなかいいネーミングセンスだ。それを採用してやろう。

 さあ、たくさんの人間を殺して、幸せになれよ。我が娘、ワルプルギスの夜。

 そう願って俺は目を閉じ、かずみちゃんの死体と共に寝転んだ。

 

 

~キュゥべえ視点~

 

 

 ワルプルギスの夜がこの街で生まれるとは思わなかった。

 暁美ほむらや政夫が少し前から言っていたけれど、まさか見滝原市の近くで誕生するなんて……。

 ただ、これで一樹あきらが殺した魔法少女の分の収支が付く。そして、このままワルプルギスの夜が見滝原市を目指して進んでくれれば、まどかも魔法少女になり、さらに感情エネルギーを回収できる。

 政夫も何か企んでいるのかもしれないが、あの伝説の魔女を滅ぼせる方法があるとは思えない。

 一樹あきら、そして、かずみ……君たちには感謝してもしたりないよ。

 政夫の絶望する顔が目に浮かぶ。きっと、彼も追い詰められれば、まどかに頼らざるを得ない。

 暁美ほむらたちが必死で対抗しようとするだろうが、彼女たちでは束になってもあれに勝つ事は不可能だ。

 そこまで考えてから、自分の思考に疑問を懐いた。

 ……ボクは何を考えているんだ。まるで、これではインキュベーターであるボクらに感情があるみたいじゃないか。

 あのニュゥべえとかいう、精神疾患になった欠陥品とは違うのだ。ボクらには感情などない。

 だからこそ、この惑星にまでやってきたのだ。

 思考を切り替えて、見滝原市の方へ飛んで行くワルプルギスの夜をボクは見送った。

 それにしても、政夫といい、一樹あきらといい、魔法少女に関わる少年は常軌を逸した人間が多い。

 魔法少女に協力し、彼女たちの命を救う夕田政夫。魔法少女を騙し、彼女たちのその命を奪う一樹あきら。

 真逆の性質を持つ、彼ら二人のイレギュラー。

 魔法少女と邂逅した人間は他にもいたが、彼らほどボクらに影響を及ぼした人間は居ない。赤司大火も予想よりも大局に影響することはなかった。結局のところ、その程度の人間でしかなかったのだろう。

 もしも、彼ではなく、政夫があすなろ市の魔法少女と関わっていたならば、別の結果になっていたのかもしれない。

 

『さあ、夕田政夫。君に何ができるのか。ボクら、インキュベーターに見せてくれ』

 

 もっとも、ただの一般人である政夫にワルプルギスの夜に物理的な干渉はできないだろうけれど、彼の最後の足掻きを観察するのも興味深いだろう。

 

 

 




はい。これにてこの物語は完結です。
この物語とまどか?ナノカのほむらルートは同じ時間軸なので、この後、見滝原市に行ったワルプルギスの夜は政夫とニュゥべえに倒されて終わります。
ある意味、あきら君の最後の悪足掻きが政夫によって、挫かれるといった流れになりますね。

魔女かずみ=ワルプルギスの夜は実は中盤くらいに思い付いていたので、このラストにする事は決まっていました。
赤司に期待していた人には申し訳ありませんが、彼は何も守れないキャラとして描いていたので、結局あきら君の悪意を止めるには事は最後までできませんでした。
一応は、一矢報いたけれど、結局守ったかずみはワルプルギスの夜になり、最終的には無駄になってしまいました。

あきら君に関しては、最強に強い無邪気なラスボスという感じで作っていたので、目的を果たせて、嬉しかったです。
最悪の存在が魔法少女に負けて、カタルシスが生まれたところで、さらに逆転の流れがしたかったので、基本的には負けなしで書いていました。
ワンサイドゲームでしかないという意見も多々受けましたが、私としては「どうしようもないほど強い邪悪」を書きたくて始めたシリーズなので、そもそもそれが目的だったとしか言えません。
終盤で赤司を登場させたのも、彼の強さを改めて描くことが理由の一つでした。言わば、主人公っぽいかませ犬です。

最後に、ここまで読んで頂いて、ありがとうございました。
お気に入りに入れて下さった方や、感想を書いて下さった方々に感謝致します。あなた方のおかげで無事完走する事ができました。
本当にありがとうございます。

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