魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第四十七話 最後に残った希望

~かずみ視点~

 

 

 

 こんなの勝てない。どうしようもないよ……。

 頭上に広がる黄金の竜に絶望の思考が広がる。焼け焦げた身体から力が抜け落ちた。

 

「かずみ! しっかりしろ!」

 

 タイカがとっさに私を抱き留めてくれるが、それでも心を蝕む圧倒的な絶望は強まるばかりだ。

 オリオンの黎明は空から私たちを見下ろしている。その金色に光る目には加虐の色が浮かんでいた。どう私たちを殺そうか楽しそうに考えているのが分かる。

 まるで神のように、気分次第で人の生き死にを定めているようだった。きっと生き残っているこの街のすべての人間はこの魔王の存在に心折られている事だろう。

 

『かずみ、このままだとあすなろ市はオリオンの黎明に破壊されるだろう。けれど、君にはチャンスがある。ボクと契約して魔法少女となるチャンスがね』

 

 キュゥべえのその言葉に私はまだ自分のソウルジェムが生まれてもいない事を思い出す。

 私が持っているこのジェムはプレイアデスの皆が作ったものであり、私自身の魂ではないのだ。

 

「そう、か。私がキュゥべえと契約すれば」

 

『君は本当の意味で魔法少女となれる。魂――心さえあれば契約は可能だからね』

 

 契約して魔法少女になれば、私はあの魔王、オリオンの黎明になったあきらに勝てるのだろうか。

 悩む私を支えるタイカは悔しそうに言葉を吐き出した。

 

「クソッ、俺には何もできないのか!」

 

『タイカ。君にはこれがあるだろう』

 

 尻尾を使って、何かをタイカの方に放り投げた。

 私を支えたまま、彼は手を伸ばしてそれを掴み取った。

 

「これは……イーブルナッツ……」

 

『君の身体から出た時に他の二つのイーブルナッツは壊れて消えてしまったけれど、何故かその一つだけは原形を留めていた。ひょっとしたら聖カンナが魔力で特別なコーティングでもしていたんじゃないかな?』

 

 カンナは、タイカに特別な思いを懐いていた。だから、きっと最初にイーブルナッツを渡した時に何かしらの祈りを籠めていたのかもしれない。

 もう本人に聞く事はできないけれど、絶対にそうだと私には思えた。

 

「だが、俺は……。いや、そうだな。俺にはこれしかないのだろう」

 

「大丈夫なの、タイカ? またおかしくなっちゃうんじゃ……」

 

 あの巨大な蠍の化け物に変わってしまったらと思うと不安になる。

 だけど、そんな私の不安を払拭(ふっしょく)するために、タイカは力強く口元を吊り上げて答えた。

 

「ああ。もうあんな失態は冒さない。これ一つだけなら抑え込める……火力不足は否めないがな」

 

 タイカがそういうのなら大丈夫なのだろう。

 それよりも、オリオンの黎明が慢心している間に早く契約して魔法少女にならないと。

 私はタイカの腕から離れて、まっすぐ自分の足で立つとキュゥべえにお願いした。

 

「私と契約して、キュゥべえ」

 

『魔女になるのを知りながらボクと契約しようと言うんだね』

 

 その脅すような言葉は私には聞かない。どうせ、このままでも魔女化の危険性は孕んでいる。

 何より、空で笑いながら私たちを見下すあの魔王に面白半分で命を奪われるくらいなら魔女になった方がずっとましだ。

 

「なるよ。私を魔法少女にして!」

 

『かずみ――君はどんな祈りでソウルジェムを輝かせるのかい?』

 

 魔法少女の願い事。私の祈り。それはたった一つだ。

 タイカと暮らした時から思ってた、心から叶えたかった願い。

 

「私を――本物の人間にして」

 

「かずみ、それは……!」

 

 タイカの考えている事は分かる。私が作られた存在だろうと、本物の人間だろうと関係ないと思っているはずだ。

 でも、違う。私の願いはこの身体に劣等感を懐いているからじゃない。

 キュゥべえもまた、私の思いを理解できずに質問をしてくる。

 

『人間になっても、その直後に君は魔法少女として、その肉体から切り離されるだけだよ? あまりにも無意味な願いだ』

 

 それに首を横に振って私は答える。

 これは決して無意味な願いなんかじゃない。

 

「皆の魔法や魔女の力を借りずに、自分の足で明日を踏み出すために、私は私だけの身体が必要なの!」

 

 この願いは私に取ってのけじめだ。死んでいったプレイアデス聖団の皆とカンナへのけじめ。

 和沙ミチルのクローンじゃなく、たった一人のかずみとして生きると言う宣言なのだ。

 

「さあ、私の願いを叶えてよ! キュゥべえ‼」

 

 私の胸にキュゥべえの耳から伸びた触腕が深く差し込まれる。身体の中に差し込まれたそれは私の心を引きずり出して、形にした。

 ソウルジェムという宝石の形に。

 私の魂の結晶であるそれは眩い輝きを放ち、私の手元に現れる。

 

『契約は成立だ。君の祈りはエントロピーを凌駕した。さあ、その新しい力を解き放ってごらん――魔法少女かずみ』

 

 キュゥべえに言われなくてもそのつもりだ。

 ソウルジェムの魔力を解き放つと、私の身体をその温かな光が包み込む。

 魔法少女の衣装が黒から白に。露出が多かった服は、肌を見せないような可愛らしい服に変わる。

 短かった髪は、前の私のように、足首まで長く伸びた。代わりに帽子は小さくなり、マントは消え失せる。

 黒の十字架のような杖は、四方向に突起が突き出た白い杖になっていた。

 

『凄い力を感じる。この魔法少女はアタリ(・・・)だ』

 

 キュゥべえが言うように前とは比べものにならないほどの魔力が身体を流れている。

 これが私の、魂の力……。

 杖を持つ手に力を込め、反対の手を開閉させて自分の感覚を掴む。魂と肉体は切り離されたというのは感覚的は伝わって来ない。

 今の私なら、オリオンの黎明と戦えるはずだ。

 

「俺も一緒に戦うぞ、かずみ!」

 

 タイカがイーブルナッツを額に押し込んで、人の姿から魔物へと変身する。

 だが、タイカが変身した姿は、前に広場で見た蠍の怪人のような姿ではなかった。

 

『‼ これはどういう事だ……?』

 

 全身は銀色に彩られ、蠍の意匠を残しつつも前よりも遥かに騎士のような鎧に変わっている。両手は鋏ではなく、手甲を付けた五本指になっていた。

 腰から生えていた節のある尻尾は消滅し、代わりに彼の右手には縦に引き延ばした蠍を模した一振りの大剣と鏡のような光を反射する円形の盾が握られている。

 まさに誰が見ても分かる、正義の騎士を具現化したような格好だった。前の悪の怪人みたいな姿よりも、ヒーローらしくて彼に似合っている。

 

『かずみの魔法の力で、君の中のイーブルナッツもバージョンアップしたんだ』

 

『言われてみれば、身体に漲る力が段違いだ』

 

 キュゥべえの言う通り、タイカもまたパワーアップを果たしたようだ。嬉しい誤算だけれど、これでオリオンの黎明と十分に戦える。

 上空を見上げるとオリオンの黎明はその十二枚の翼から、金色の光の竜を生み出しているところだった。

 

『ようやく、死ぬ準備は整ったのか? あんまり暇だったからちょっと分身を作って遊んでたところだ』

 

 行け、とオリオンの黎明が命じると、夜空から光の竜たちが群れを成して飛んで来る。

 星のような輝きを放つ、光の竜の群れは本体のように嘲りに満ちた笑い声を飛ばして、私たちへと襲い掛かってきた。

 一体一体が、とても強い魔力を持った存在だと一目見るだけで分かる。

 

『かずみ、今度こそ俺はお前を守る!』

 

 高く飛び上がったタイカは蠍の大剣を振りかざし、光の竜たちを迎え討つ。

 輝く鉤爪を振るう光の竜よりも早く振るわれた彼の刃は、一撃で三体もの竜を切り裂き、光る粒子へと帰した。

 頼りになる騎士に私は自分の役割を果たそうと魔法を使って、空への道を作り出す。

 

「『スカーラ・ア・パラディーゾ』!」

 

 オリオンの黎明が浮かぶ夜空への架け橋を生み出し、私はその魔法の橋を杖を携え、駆けあがって行く。

 私を襲おうと光の竜が寄って来るが、それをタイカが大剣で一体一体斬り伏せていった。

 護衛のタイカに守られながら、私は最悪の魔法の元へと突き進む。走る私に合わせて常に伸び続ける魔法の橋はオリオンの黎明の眼前まで届いていた。

 光の竜はタイカの剣に散らされて、前方に障害はない。今、このチャンスに乗じて、私は最大級の魔法を勢いを消さずに撃ち出す。

 

「『メテオーラ・アッサルト』!」

 

 魔法の力を身に纏い、オリオンの黎明へと流星のような突撃を浴びせ掛かった。

 これで……これでオリオンの黎明を、あきらを――倒せる!

 確信に近いその想いを胸に掲げる私を、金色の眼光は捉える。

 突如、その瞳は嘲るように細まった。

 ――その程度が全力なのか、と言うように。

 

「……っ!」

 

 金色の、狩人の名を冠する魔王は羽虫でも払うようにその腕を横に振るう。敵意も何もない、本当に宙に浮かぶゴミでも遠ざけるような緩慢な動作。

 黄金に輝く鱗で覆われた竜の巨腕は魔力の矢となった私と衝突する。

 たったそれだけで、私の必殺の魔法は軽々と敗れ去った。

 

「……ぁ……」

 

 視界が真っ白になる。身体に受けた衝撃はあまりにも桁違いで、思い上がっていた私の希望を打ち砕く。

 タイカが私の名前を叫ぶように呼んだ気がしたが、それすらも朧になって遠ざかっていった。

 吹き飛ばされたと理解した時には、また視界が暗転する。再び、気が付いた時には私は硬い場所に横たわっていた。

 生暖かい液体が額からゆっくりとと垂れてくる。

 ……何だろう、これ。雨、かな? でも、温かいし、ぬるぬるしてる。

 鼻の辺りまで流れてきた液体は真っ赤な色をしていた。混濁した意識が、その垂れてくる液体の正体を理解させる。

 赤く、どろりとしたそれは、私の血だった。

 

 

 *****

 

 

 強い。強すぎるぞ、俺。まさに神。まさしく、ゴッド。なおかつグッド!

 前とは違い、今度こそ正真正銘、神と言わざるを得ない強さを獲得した。

 魔力を纏って突撃してきたかずみちゃんを、軽く小突いただけで、数百メートルもすっ飛ばしてしまった。

 そのまま、ビルを一つ二つ突き抜けて、ドーナッツタワーを作った後、ようやく勢いを止めて瓦礫の上でバタンキューと伸びている。

 かずみちゃんの方もピンクローターと契約して強くなったように見えたが、それでも俺に傷を付けるには至らなかったらしい。

 もっとも、俺もあえて、かずみちゃんがパワーアップするのを待っていた訳ではない。

 理由は当然に別にある。

 俺はこのあすなろ市全体に半球状のバリアを張っていたのだ。

 手に入れた魔法を複合させて、『このあすなろ市から誰も出られない。そして、外からは侵入できない』という認識を刷り込み、なおかつ外部からはこの街が平和であるように錯覚させ、完全に外部からの介入をシャットアウトした。

 人工衛星でさえもこの街の異変を察知することはできない。完璧なクローズドサークルという訳だ。

 じっくりとこの街を破壊し尽したかったのと、かずみちゃんが街から逃げるのを阻止するためだが、結果としてはあまり必要あるものではなかった気がする。

 

『貴様! よくもかずみをおおおおおぉぉぉ‼』  

 

『ん? ああ、お前も居たなァ、そういや』

 

 アホみたいに叫びながら、歯向かってくる銀色の騎士に目を留める。

 名前は赤司大火とか言ったが、こいつには「バルタン野郎」で十分だ。両手が鋏ではなくなったせいでバルタン星人らしさは皆無だが、何となく名前で呼ぶ気にはなれない。

 かずみちゃんの契約のおこぼれで、多少見た目が変わった様子だが、パピルサグだった時に比べればどう見ても弱体化していた。

 しかし、せっかくここまで這い上がって来てくれたのだから、遊んでやるのが筋だろう。

 銀色の西洋騎士のようになったバルタン野郎は、蠍の尾を引き延ばしたような奇妙な形の大剣を俺に向けて振り下ろしてくる。

 どこまでも愚かな奴め。光の竜を倒して、自分が強くなったと勘違いしている。

 あれは元々、簡単に倒せるように弱く作ったものだ。そこらの魔女と比べれば遥かに上とはいえ、一体一体がソウルジェムを吸収する前の素体の俺と同程度の強さでしかない。

 

『今や天使を超え、神と化したこの俺に剣を向けるとは……裁きの雷をプレゼントしてやるぜ』

 

 十二の翼から、その翼の数と同じだけ極大の雷を生成して、奴に飛ばす。

 白い矛にも見えるその雷は的となったバルタン野郎に、突き刺さると眩い電気を散らした。

 受けた稲妻のあまりの電流に耐え切れず、身体の端から火花を散らし、奴は絶叫を上げながら、地上へと落ちて行く。

 

『ぁ、があああああああぁぁぁっ‼』

 

 落下したバルタン野郎は銀色の鎧を黒焦げにして、糸の切れた操り人形のようにおかしな体勢で崩れ落ちた。

 ブスブスと煙を立てて転がるバルタン野郎は、よくよく見ると、稲妻の熱のせいで肩や膝などの部分が一部溶けてして変形までしている。

 軟弱な奴だ。せめて啖呵を切ったなら、この雷もご自慢の剣で斬り裂いてみせろ。

 

『熱かったか? そいつは悪いことをしたなァ。じゃあ、お詫びに冷ましてやろう』

 

 今度は翼から冷気を放つ氷柱を生成して、地上に次々と打ち込んでいく。

 氷柱が接した場所から、地面が凍結を始め、十秒後には辺り一面氷河期のように凍り付いた。生き残っていた人間たちも、逃げ惑うその姿のまま、氷の人形となって床に縫い留められている。

 ボロ雑巾の親戚となっていたバルタン野郎は、不自然な形に倒れた状態でその身を氷の中に閉じ込められて、愉快なオブジェと化していた。

 あまりにも無様な姿はこのまま、大英博物館に寄贈してやりたいくらいに笑える。

 だが、こいつには散々怯えさせられた。まだまだ、この程度で俺の溜飲は下がらない。

 

『オイオイ。眠っちまったのか。駄目だぜ、授業中に居眠りとは……先生は悲しいぞ、バルタン君』

 

 十二の翼から魔力を固めた刃を何本も生み出して、凍ったバルタン野郎に向けて一斉射する。

 一撃で魔女の首を容易く()ねる威力の鋭い刃は、冬眠している季節外れのお馬鹿さんを氷ごと刻んでいった。

 刃が氷を削り、抉り、切り落として、氷の大地を解体していく。マグロのように冷凍したまま、バラバラにしてなれば少しは俺の気も済むというものだ。

 しかし、威力は低いとは言うものの、奴もまた頑強な装甲を持っているようで周りの氷は粉々になるが、バルタン野郎まで一緒に砕けるということはなく、その身を削りならも原形を残していた。

 

『お、耐えるじゃないか、バルタン君。先生は嬉しいぞ』

 

『だ、まれ……悪党』

 

『お? 意識が戻ったのか。なかなか打たれ強いじゃん』

 

 ふざけて言った独り言のつもりだったのだが、バルタン野郎はそれに返す。

 声は震えているが、それは寒さによるもので、奴自身からは怯えは感じ取れなかった。兜の隙間からは闘気に満ちた赤い目が俺を睨んでいる。

 ……この状況でまだ心が折れていねぇのか。

 勇気というより力の差を理解してない、蛮勇にしか見えなかった。電撃と凍結で脳が駄目になったと考えた方がまだ自然だ。

 だが、俺には分かった。

 ――こいつはまだ俺に勝つ気でいやがる。

 これだけ追い詰められて、攻撃を当てることすら叶わないにも関わらずに。

 気に食わない。心底、このこいつの存在が気に食わない。

 この野郎はただ殺すだけでは足りない。絶望の果てに殺し尽さないと俺の気が晴れない。

 どうすればいいのか、と僅かに悩み、俺はにやりと笑って思い付く。この野郎の心を完膚なきまでに折る方法を。

 

『よし、よし。うん、分かった。お前には分からせてやる必要があるな』

 

『なに、を……言って……』

 

 俺の言葉の意味を理解していないバルタン野郎に俺は丁寧に説明をしてやった。

 

『お前の大好きなかずみちゃんをこの世から一瞬で消してやるよ。でも、俺は優しいからな。三分だけ時間をくれてやる。かずみちゃんを守りたいならちゃんと守ってみせろよ?』

 

 口を大きく開いて、魔力をそこに溜め始める。

 十二枚の翼に流れる力をすべてを集結させ、最大の息吹を放つ準備をしていく。

 

『まさ、か……貴様……くっ、かずみっ!』

 

 俺がこれから行おうとしていることが分かったらしく、バルタン野郎は満身創痍の身体を必死で動かして、吹き飛んでいったかずみちゃんの方へ駆けて行く。

 それでいい。必死になって、何よりも大切なものを守れ。その上で何もできずに眺めることしかできない己の無力さを噛み締めろ。

 圧倒的な力の差による絶望と後悔に打ちひしがれたお前を、笑いながら食い殺してやろう。

 引きずるような足取りで、かずみちゃんの方へ向かうバルタン野郎を見つめて、俺はほくそ笑んだ。

 




とうとうここまで来ました。
最悪の魔王に立ち向かう魔法少女と騎士。
だが、圧倒的な力の前には為す術はなく、魔法少女かずみは絶体絶命の窮地に陥る。
赤司は彼女を守り抜く事ができるのか。
次回『朝が終わり夜が来る』

次で最終回です。


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