魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第四十四話 力への渇望

『そういう訳で死ねやあああああああ!』

 

 サクッとニセちゃんを始末するべく、火炎を浴びせかけようとする。

 だが、それを邪魔しようとバルタン野郎が走って割り込み、彼女の代わりに俺の炎をその身に浴びた。

 

『ぐっ……』

 

 火炎をその両腕の鋏で炎を切り裂き、火の粉を散らす。さっきも同じことをしていたが、近距離で見てその方法を知った。

 このバルタン野郎は二つの鋏を高速で振り、力任せで火炎を払い除けているのだ。

 耐熱性のある肉体はもちろん、それ以上に炎と炎の隙間に空気の溝が生まれるほどの速さで鋏を振らなければ、この現象は起こせないだろう。

 

『オイ、このバルタン野郎。人類を滅ぼそうとしている奴に手を貸そうってか?』

 

『そんな事は俺がさせない。それに今の炎が当たればかずみまでもが危険だった』

 

 火炎の息吹を一旦止めて非難してやると、バルタン野郎は俺の言葉を否定した。

 確かに今の攻撃なら水槽の中のかずみちゃんをも巻き込んで燃え上がっていたと思う。

 だが、そこに何の問題があるんだ?

 俺からすれば、かずみちゃんを生かしておく理由がない。

 こいつだって、かずみちゃんの一緒に居た時間なんぞどう多めに見積もっても一週間程度、そこまで必死に庇うような間柄になるには時間が足りな過ぎる。

 

『ああ、頭が悪いんだな、お前』

 

『何とでも言え』

 

 嘲笑う俺にバルタン野郎は素っ気なく答える。

 本当に頭が悪い。少なくても今のニセちゃんに背を向けるなんて愚行をするのは愚かとしか言いようがない。

 

「タイカ。本当にありがとう。お前にイーブルナッツを与えてよかった。『コネクト』」

 

 ニセちゃんの手元から鎖にも似た長い線が生まれて、バルタン野郎の背中に突き刺さる。

 

『カンナ!? 何を……』

 

「私のコネクトはただ相手の心を覗き見るためだけの魔法じゃない。繋いだモノを操る事だってできる。こんな風にね!」

 

 まるでそれは糸で吊られた操り人形のようだった。コネクトの線で繋がれたバルタン野郎は、恐らく自分の意志とは別に俺へと襲い掛かかってくる。

 その証拠に戸惑いの声が奴から漏れていた。

 

『何だ!? 身体が勝手にっ……』

 

 心底愚かな奴だ。あの場合でも背中なんか見せないでおけばよかったものを。

 まあ、雑魚魔物が一匹増えたところで俺の()るべきことは変わらない。

 

『出しゃばりアホ野郎はさっさと退場しろ』

 

 振り上げた鉤爪を、バルタン野郎の目掛けて袈裟斬りに振り下ろす。五本の刃は鈍い光を放ち、風切り音を奏でた。

 しかし、俺の鉤爪は奴を切り裂くことなく、途中で停止する。

 バルタン野郎がその両の鋏を交差させ、それを受け止めたからだ。

 

『……カンナ。例え、君に身体を操られなくとも俺はこうしていただろう』

 

 奴は俺ではなく、自分の背後に居るニセちゃんに語り掛けた。

 

『何故なら、俺は……俺は正義のヒーローだからだ!』

 

 そう叫んだバルタン野郎の肩越しから見えるニセちゃんの顔は歪んだ。

 辛そうであり、悲しげであり、そして、何かを抑え付けるようなそういう表情。

 

「……っ!」

 

『カンナの過去を知って、何をしようとしているのかは分かった。だがな、俺にはカンナの本心が未だに分からない。君は今はそれで幸せなのか?』

 

 悲劇のヒロインのような顔を浮かべたニセちゃんは一瞬だけ何か言いたげに口を開いたが、すぐに唇を噛み締めて黙る。

 ……何だこの茶番。クソだな。

 寒々しいヒロイックなやり取りに俺は気分が悪くなる。

 

『ユウリちゃん。このバルタン野郎は俺が潰すことにするから、ニセちゃんを攻撃して』

 

「言われなくとも、やってやる!」

 

 俺の背後に居たユウリちゃんに命令して、ニセちゃんを先に攻撃させる。

 二丁拳銃を構えた彼女は俺の肩を蹴って上空に跳ぶと、弾丸の雨をニセちゃんへと降らせた。

 

「……しまっ……、『コネクト』」

 

 バルタン野郎の言葉に揺れ動かされていた彼女だが、即座に帽子の中に入れてあるソウルジェムに片手から魔力の線を伸ばして魔法の盾を生み出す。

 ユウリちゃんの時といい、バルタン野郎の時といい、あの『コネクト』という魔法には繋がった魔物を操ったり、繋げたソウルジェムが持つ固有の魔法を使うことができるようだ。

 確かに便利だが、それは自分自身では大した攻撃手段は持っていないということの裏返し。なら、俺の魔法少女には勝てないだろう。

 

「まだまだぁ!」

 

 ユウリちゃんがリング状のアクセサリを四つほど投げると、そのアクセサリがアサルトライフル変えて一斉掃射する。

 さっきの比ではない速度と速さの弾丸がニセちゃんを襲う。生み出された魔法の盾はその猛撃に耐え切れず、砕けた。

 

「クソッ……」

 

 とっさに後ろへ跳んで避けるが、その時に水槽に弾丸が当たり、ガラスが割れて、中のかずみが外気に触れる。

 

「かずみ!?」

 

 外に出たかずみちゃんは元の大きさに戻って、ぶち撒かれた液体と共に石畳に転がった。

 彼女の身体には不可思議な蔦のような紋様が浮かび上がっている。

 ……あの不思議な紋様は何だ?

 俺のその疑問にピンクローターが興味深そうに彼女に近付き、言った。

 

『かずみは魔女の肉を詰め込んだ合成魔法少女。厳密には魔法少女ではないから、魔女化のプロセスが普通の魔法少女とは違うようだね』

 

 そういえば、かずみちゃんはピンクローターの作った魔法少女システムとは起源が違ったプレイアデス聖団製の魔法少女だった。

 だから、その身体も抜け殻ではなく、魔女化による影響を受ける訳か。

 

『かずみ……っ!?』

 

『おっと、向かって来ておいて、どこに行くつもりだよ』

 

 構えを解き、かずみちゃんの方へ駆け寄ろうとしたバルタン野郎を尻尾で打ち付ける。

 この雑魚は俺が始末してやる。こういう自分に酔った正義感馬鹿というのは俺が一番嫌いな人種だ。

 己の分というのを弁えていない。端役の分際で自分は凄い存在だと勘違いしてやがる、救いようのない屑。

 

『楽に死ねると思うなよ、脇役くん』

 

 俺は身体の鱗を黒から、オレンジに変える。呼び出す魔法は、カオルちゃんの肉体硬化の魔法。

 瞬時に肉体を鋼の如き強度にすると、バルタン野郎に鉤爪ではなく、パンチをお見舞いした。

 

『ちょっとだけ本気出してやるよ。……ちょっとだけ、だけどな!』

 

『ごほっ……!』

 

 鋏のガードを越え、白い鎧のような腹に俺の右拳が抉り込む。強度で勝る一撃は奴の身体に吸い込まれるように食い込んで、その堅牢な外殻に罅を入れた。

 揺れる奴の身体に追撃の尻尾が遠心力を得て振るわれる。それを向こうも蠍の尾で防ごうとしたが、勢いの乗った俺の尻尾は受け止められず、防いだ蠍の尾ごと腹部に叩き付けられた。

 

『がぁ……!』

 

 崩れ落ちるその直前に屈み、残しておいた左拳が奴の顎を捉えた。

 メキリ、と低い音が聞こえ、地面に落ちかけていた身体が再び、舞い上がる。

 

『こいつがホントの昇龍拳、なんつって』

 

 悲鳴も発することもできず、浮かんだバルタン野郎は無様に落下し、仰向けで間抜けなその脆弱さを周囲に見せ付けた。

 格好付けた弱者を倒すのはどうしてこんなにも気持ちがいいのだろう。誰か、この感情を研究して発表してくれないだろうか。

 

「タイカ!?」

 

 名を呼んだのはかずみちゃんか、ニセちゃんか、それとも両者か。どれにしても、無様に伸びて、天を仰いでいるこの雑魚には届かない。

 倒れたバルタン野郎を何度も何度も踏み付けながら、ユウリちゃんに命じる。

 

『俺の方はもう終わる。そっちも早めに終わらせてよ』

 

「任せろ。すぐに二人とも消し炭に……」

 

 そこでユウリちゃんは何かに気が付いたように言葉を止め、周囲を見回す。

 

『どしたー?』

 

「魔女の気配がする。 ……! あきら、あそこを見ろ!」

 

 言われてユウリちゃんの目線の先に首を動かせば、そこにはグリーフシード数本が突き立てられていた。そのどれもが孵化寸前の明滅している状態になっている。

 その場所はさっきまでニセちゃんが居た場所。

 ――そういうことか。理解ができた。

 俺は踏み付けているバルタン野郎を睨む。この雑魚はただの眼眩ましで、魔女の孵化を待つための時間稼ぎに過ぎなかった。

 俺が調子に乗って、こいつと戯れている隙に濁りの多かったソウルジェムをグリーフシードに変えたのだ。

 やられたと思ったその時には、夜の広場は魔女の結界に包まれる。

 (きら)びやかで幻想的な、歪な世界が俺たちを囲うように発生した。

 その変わりゆく景色の中で僅かに見える天井に、辛うじて差し込む外へかずみちゃんを抱いたニセちゃんが飛んで逃げて行くのが見えた。

 黒い蔦の紋様はさっきよりも彼女の身体を覆っており、刻々と取り返しの付かなくなる様子が見て取れる。

 

『ユウリちゃん! 俺たちも行くぞ‼』

 

「ったく、逃げ足の速い奴らだ!」

 

 俺の背に素早くユウリちゃんが飛び乗ったのを確認すると、俺もまた結界の隙間から闇夜へと飛び立った。

 結界の中に仰向けで転がるバルタン野郎は放って置いても、この結界の中で生まれた魔女どもに食い殺されて死ぬだろう。

 どの道、多少頑丈なのが取り柄の雑魚でしかない。あの程度の魔物ならダース単位で現れても脅威にすらならない。

 それよりも、目的はニセちゃんだ。俺を出し抜くとはなかなかの狡猾さ。相手に取って不足ない。

 夜空を飛び、先に逃げた彼女たちを俺は追った。

 

 

 

~赤司大火視点~

 

 

 ……完敗だった。

 圧倒的な速さと、硬度と、威力を持った連撃は魔物状態の俺の肉体を完膚なきまでに叩き伏せた。

 強盗事件から空手を習っていたが、こうまで敗北を味わったのは今日が初めてだった。

 自惚れがあったのは事実だ。

 鬼熊や蛾の魔物を倒し、俺は自分が強くなったと勘違いしていた。

 己と比べものにならないほどの力量差を持った相手のことを考えていなかったのだ。

 努力や創意工夫で、どうにかなるなどお笑いだ。一樹あきらという黒竜の魔物、奴は恐らくまだ力の片鱗しか見せていない。

 それでこの様だ。話にならない。これで正義のヒーローなどよくも恥ずかしげもなく名乗れたものだ。

 自嘲する俺の身体に力が入らなかった。毒を受けた時とは違う、心が折れた故の脱力。

 

『dlnfvlvlgvljnlljeurv』

 

『x,fvsrjvk/s;ogititig』

 

『kk.k;;vvr;o;oteugnb;』

 

 倒れた俺を囲うように化け物が現れた。

 巨大なティーポットとティーカップを合わせたようなもの、首から黒い靄を出しているドレスのようなもの、腕のないぬいぐるみのようなもの。

 どれもが今まで見た魔物と違い、完全に人間らしさを持たない、幼児の落書きのような様相を呈していた。

 

『あれは君が戦って来た魔女モドキとは違う。正真正銘の魔女だよ』

 

 少し離れたところにいるキュゥべえがそう言った。

 そうか。あれがあきらやカンナが話していた魔女という存在なのか。

 魔法少女がなってしまうという、魔女。言われてみれば彼女たちが、どこか悲しい存在に映った。

 正体が分かったところで、俺は動けない。肉体もだが、それよりも心がへし折れているからだ。

 何も言わない俺にキュゥべえは何かを咥えて、持ってきた。

 それはイーブルナッツ。恐らくはカンナが握っていたものだろう。

 

『赤司大火。君はこのままだと魔女に食べられて死んでしまうよ?』

 

『……だろうな』

 

 お袋との約束を忘れた訳ではない。かずみを助けたいとも思う。カンナの行動も俺には疑問が残ったままだ。

 だが、俺があの黒い魔物に勝利する光景が想像できない。

 頭の中で響くのはあの少女の『あなたには何も守れない』という言葉だけ。

 そう、俺には何も……。

 

『一樹あきらなら、きっとかずみたちを倒し、筆舌に尽くし難い惨たらしい方法で彼女たちを殺すだろうね』

 

『…………』

 

 その想像は容易だった。あの邪悪をもっとも最悪な形で固めたような存在なら、キュゥべえの言う通り彼女たちを残酷に殺すはずだ。

 

『君はそれでもいいのかい? 何も為せないまま、ここで死んでも。かずみたちが一樹あきらに殺されても』

 

『良い訳がない……! だが、俺に何ができる!?』

 

 魔女たちが俺を囲む輪を縮めた。距離が近付く。彼女たちが俺の傍まで訪れた時が俺の死だ。

 しかし、俺は動かない。立ち上がれない。

 あの時の俺は手も足も出せなかった。全力で挑んで、手を抜かれた相手に負けたのだ。

 

『君は強くなる方法を知っているはずだよ、赤司大火』

 

 キュゥべえの言葉に俺は鬼熊の事を思い出す。

 彼は自分のイーブルナッツの他に二つのイーブルナッツを取り込み、新たな力を獲得していた。

 今、俺は既に取り込んでいるものの他に蛾の魔物から手に入れたイーブルナッツを一つ持っている。

 そして、キュゥべえが加えているイーブルナッツを合わせれば、三つになる。

 だが、それをすればあの時の鬼熊のように心が消滅し、文字通りただの化け物に成り下がるだろう。

 

『暴走するのが怖いのかい?』

 

 確実に化け物になるとなれば、当然忌避感はある。

 それに人の心を失った俺が、かずみやカンナに会ったとしても彼女を傷付けない保証がない。

 意味はあるのか。心を代償に得た、その力に……。

 魔女たちが俺とキュゥべえに差し迫る。もはや、逃げる事は叶わない。

 

『君はかずみの――ヒーローではなかったのかい?』

 

 そうだ……。かずみは言っていた。特別な力のあるなしではなく、誰かのために何かできる人間がヒーローなのだと。

 ――では、誰かを守るために何もしない俺は何者なのか?

 ――どうせ勝てないと戦う事さえ放棄した俺は何者なのか?

 魔女たちの攻撃が俺たちに飛ぶ。

 ――俺は……俺は……。

 キュゥべえからイーブルナッツをむしり取るように引ったくり、持っていたもう一つのイーブルナッツと纏めて額に己の押し込んだ。

 自分の中で凄まじい悪意の暴風が吹き荒れる。俺の心が削れ、砕かれ、消滅していくのが分かる。

 かずみは俺はお前の――。

 

 

 

~キュゥべえ視点~

 

 

 イーブルナッツ。悪意の実。

 聖カンナによって造られたグリーフシードをモデルにした道具。人をその魔力で変質させ、魔女に似た存在を作り出すもの。

 

『これがその力か……何度見ても興味深いね』

 

 赤司大火という少年はそれを三つ、自分の肉体に取り込んだ。その魔力は並みの魔女の持つそれを超えるだろう。

 かつて、力道鬼太郎という少年も同じ行動を取ったが、彼はその膨大な魔力に耐え切れず、赤司大火の攻撃で暴発する結果に終わった。

 だが、赤司大火の場合はどうだろう。

 巨大な蠍のような下半身から、西洋の騎士のような上半身が生えるその巨体は十メートルを優に越している。

 濁ったソウルジェムのように黒くなった装甲は魔女の攻撃を受けても、傷一つ付かなかった。

 下半身の蠍の巨大な鋏で、魔女を捕捉し、上半身の鋏で細かく引きちぎってその肉を()む。

 

『アギイイイイイィィィィーー‼』

 

 真っ赤に光る二つの複眼はもはや、正気を保っていないのだろう。

 魔女を喰らうその姿はまさに醜悪な魔物そのものだった。

 複数居た魔女は彼に平らげれて、最後の一匹となっていた。その最後の魔女もたった今、彼の体内へと消えていく。

 結界は晴れて、夜のあすなろ市が顔を出した。

 複数の節のある足を動かし、赤司大火だった魔物は広場の入口を破壊しながら、外へと出て行く。

 かずみの事さえ、覚えているか分からないが、食欲を満たすために同じ魔物である一樹あきらを追うだろう。

 

『もう人の心は残っていないようだけど、邪魔な一樹あきらを殺してくれるならボクに関係のない事だ』

 

 蠍の魔物を見送ると、ボクもまたこの街で起きる魔法少女たちの結末を見に広場から去った。

 




主人公ならば覚醒していたかもしれませんが、ここがサブキャラたる赤司の限界なのでしょうか……。
やはり主役はあきら君で決まりですね!

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