魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
夜空を背景に飛ぶ俺はユウリちゃんの手足を縛る拘束を鉤爪で壊しながら、下の広場に居るニセちゃんに尋ねる。
『答え合わせと行こうか。ニセちゃん』
「その呼び方は止めろ!」
クールなニコちゃんと違い、案外熱くなりやすいタイプらしいニセちゃんは『コルノ・フォルテ』の魔法で生み出した飛行能力を持つ赤い牛を俺へと差し向けた。
鳴き声を轟かせ、地面から浮かび、俺に目掛けて突撃してくるコルノ・フォルテ。
『こんな魔法で俺に何かできるとでも思ってた?』
尻尾で襲い来るそれを巻き付けて捕縛すると、その状態で締め上げる。魔力でできた存在にも関わらず、苦しそうな声をあげた。
『ふん』
尻尾が巻き付いた部分が食い込み、スレンダーなくびれを作るとアルミ缶のように潰れて、粒子状の魔力になって消えた。
『クソみたいな魔法だな』
「それはアタシに喧嘩を売ったって認識でいいんだな、あきら」
拘束から解放されたユウリちゃんが俺の顎に拳銃を押し当てて、目の笑ってない笑顔で言う。
そういや、元々この魔法はユウリちゃんのものだった。適当に謝って許してもらい、俺は再度ニセちゃんに尋ねる。
『で、ニセちゃん。アンタの狙いはかずみちゃんだってのは分かったんだが、何でかずみちゃんに固執するのかは分からなかった。そこんとこ、教えてくれや』
「それは私がかずみと同じ、合成魔法少女だからだよ」
ニセちゃんの口から語られたのは俺も知らない新情報だった。
彼女が言うには、アメリカのカリフォルニア州で起きたとある事故がすべての発端だったそうだ。
銃社会のアメリカでは時々ある、銃の暴発事故。カウボーイごっこをしていた子供たちのちょっとした過失。
「死者二名、負傷者一名。生き残った娘の名は
――カンナは幼いながらに罪を背負い、笑顔を捨てた。贖罪の祈りを捧げ続けた。
――彼女はもしも……と考えた。あの時の事故がなければ、自分はどんなに幸せで、楽しい人生があったのか。
――カンナは『if』の自分を作り出し、その世界を夢見た。現実の自分と、空想の自分。二人合わせて一人の子、『ニコ』となった。
――そして、彼女は魔法少女の対価として、ニコは架空の自分を現実のモノに変え、『聖カンナ』の名を譲った。
そこまで語り終えると目を伏せるように、ニセちゃんは薄く笑った。
「聖、カンナ……それがお前か?」
ユウリちゃんがそう聞くとニセちゃんは軽く頷いた。
「日本に引っ越していた私は幸せに暮らしていた。友達も居た。家族も居た。でも、ある日気付いちゃった――それが作り物だと」
プレイアデス聖団として魔女と戦っていたニコちゃんの姿を見つけて、すべてを知ったのだと言う。
そこから芋蔓式に、両親が過去の事から遠ざけるためにカリフォルニアから家族が逃げるように日本に来た事や魔法少女の事に関しても知ったのだと。
『どうやってそこまで知ったんだ? 魔法少女のことまでは知りようがないだろ?』
「それは聞いたからね」
『誰に?』
俺の質問にニセちゃんが答える間もなく、広場へ現れた闖入者がそれに回答する。
『ボクがそれを彼女に伝えたからね』
すべてを知ってましたとばかりに話に割り込み、図々しくも存在感をアピールするその無作法な闖入者はピンクローター。
そして、初めて見る高校生くらいの男だった。
「今の話がカンナ、お前の過去なのか?」
ニセちゃんの知り合いらしきその男は彼女の顔を見てそう言った後、その腕に抱える水槽の中身に気が付いたように叫ぶ。
「その水槽の中に居るのは……かずみ!?」
どうやらかずみちゃんとも面識があるらしい。
誰なんだ、こいつ。というか、いつから聞いてたんだよ。
内心で突っ込みを入れるが、話が途中で止まってしまったのはちょっと頂けない。
石畳の上に着陸すると、抱きかかえていたユウリちゃんを降ろして、男を睨む。
『オイ、ぽっと出のアンタ。少し黙ってろ』
「お前は……そうか。お前がドラ―ゴ――一樹あきらか!」
俺のことまで知っているようだが、まったく以って見覚えのないので返答に困る。マジで誰なんだよ……。
困惑する俺を余所にニセちゃんはその男の名前を呼んだ。
「来たんだ、タイカ……かずみを取り返しに」
『マジでそいつ誰だよ? 俺たちの空間に入って来ないでくれますかね、新キャラさん』
ニセちゃんとしてはその男のことを知っているからいいだろうが、俺からすればポカンとするしかない。
急に湧き出しとして、重要人物っぽい言動をされても困るだけだ。
俺に尋ねられてか、その男は名乗りを上げる。
「俺の名は赤司大火。お前の悪行を知り、打倒すべく追っていた者だ!」
『はあ……そうなんだ』
だから何としか思えないような、自己紹介だった。
何と言うか、凄く白けてしまった。あまりにも空気の読めない赤司とかいうアホのせいで、俺のテンションはガタ落ちする。
『じゃ、死ね!』
広場の入口に届くほどの火炎の息吹を口から吐き出す。
灼熱の炎はお寒い邪魔者を燃やし尽くす――はずだった。
だが、その炎を切り裂き、現れたのは蠍をモチーフにした怪人のような『魔物』だった。
多少焼け焦げたように黒く
夜の広場に赤く光る二つの眼光が俺を射抜くように睨む。
『……いきなり、炎を吐いてくるとは思わなかったぞ』
『チッ、お前も魔物か』
よく考えればニセちゃんがイーブルナッツを作り出したのだから、魔物としての力を得ていても何らおかしくない。
鬱陶しい。非常に鬱陶しい。こういう奴、俺は嫌いなんだよな。ついつい、殺したくなる。
『じゃあ、ちょっと黙ってろ。ニセちゃん、続けて続けて』
横目でニセちゃんを見て、話の続きを促す。せっかく、すべてが明らかになろうとしているっていうのに無駄な横槍が入ってしまった。
「……ああ。私はキュゥべえからすべてを聞き、自分がニコの魔法少女の対価だと知った」
話をまた始め出したニセちゃんの話で、俺の推理が一部外れていたことを知った。ニセちゃんが魔法少女の契約による対価だということは嘘ではなかったようだ。
少し恥ずかしい気分になったが、ニセちゃんが黒幕だという部分は外れていなかったので良しとする。
「ふざけていると思った。自分があの子の作った『設定』で生かされている人形で、なおかつそれを私が幸せだと感じていただなんて……だからキュゥべえに『相手に気付かれず、接続する力』を願って契約したんだよ。……ニコを観察して破滅の瞬間をこの目に焼き付けるために」
『人の心があれば契約できるからね、
ニセちゃんの話にピンクローターが補足するようにそう付け加えた。
聞いた限りは、俺が思った以上に魔法少女というシステムは雑にできているようだ。……人の心って抽象的にも程があるだろ。
「おかげでニコの記憶も苦しみも、プレイアデスの計画も全部分かった。
言葉の通り、嬉しそうに水槽に入ったかずみちゃんに頬擦りした。小さくなって中に入っているかずみちゃんはさっきまで気絶したように動かなかったが、意識を取り戻したかのように目を開けている。
それに気付いているのかいないのか、ニセちゃんはすぐに憎しみの籠った無表情に変わった。
「でも同時に、身勝手なプレイアデスへの憎悪も生まれた。だから、これを作ったのさ」
イーブルナッツを軽く上に放って、俺たちに見せつける。
「海香の分析魔法と、ニコの生成の魔法に接続してね。簡単に作れたよ。後は馬鹿な魔法少女に使わせた」
ユウリちゃんをイーブルナッツの先で指して、思い切り馬鹿にした視線を送る。
彼女はそれに怒り、ニセちゃんに飛び掛かろうとするが、俺はそれを睨み付けて制した。今、邪魔をしたらこの事件の真相が最後まで聞けなくなってしまう。
「あきら。お前には感謝してる。まさかプレイアデスを皆殺しにしてくれるとは思わなかった。けど、かずみまで殺そうとするお前はもう危険な障害物でしかない」
『それで、俺にもイーブルナッツを……』
「強い義憤と正義感を持ったタイカはあきらにぶつけるには丁度よかった……かずみを拾って仲良くなるとまでは想像しなかったけどね」
ようやく、このバルタン星人モドキがニセちゃんやかずみちゃんと面識があったことに納得がいった。それと最初にユウリちゃんがかずみちゃんを強奪したのことにも。
多分、本当は後からニセちゃんが回収しようと思ってのことだったのだろう。それがこのドジッ子魔法少女は俺の鞄と間違えたといった具合で失敗に終わったのだ。
俺のことを知っているのも、彼女の魔法で気付かない内に接続して見ていたと考えるのが自然だ。
『それでかずみちゃんを手に入れて何がしたいんだよ?』
俺の問いに待ってましたとばかりに、楽しそうな笑みを作り、かずみちゃんの入った水槽を眺めて、言った。
「私はね。『ホンモノ』になりたい。人間がホンモノで、合成魔法少女がニセモノだというのなら、人間が滅んで私たちが新人類になればいい」
着ていたパーカーが、黒い帽子と肩口と首元の見える同色の特殊の衣装に変わる。
これがニセちゃんの魔法少女としての衣装なのだろう。ニコちゃんとは似ても似つかないその格好だった。
「
『いや、新人類って無理だろ。アンタら魔法少女はいつかは魔女になるんだからあっという間に歴史が終わるぞ』
ピンクローターも俺の意見に同意して、ニセちゃんに突っ込む。
『一樹あきらの言う通りだよ、カンナ。合成魔法少女とはいえ、魔女になるのは変わらない』
このストーキングマスコットと同じ意見だというのは嫌な気持ちになったが、こいつが生み出したシステムである以上はこいつの方がニセちゃんより正しいはずだ。
だが、彼女はその言葉を予想していたようで、不敵な表情で帽子を取るとそこに詰まったソウルジェムが擦れ合い音を立てた。
「そのための魔女なら、魔法少女の数だけある。プレイアデスは最後にいい土産を残してくれた」
その大量のソウルジェムを見て、ピンと来る。『レイトウコ』にあったジェムを全部持ってきたのだ。
確かにそれだけあれば、多少は持つかもしれないが……。
『それでも、人間が居なくなったら、魔法少女が生まれくなって、最終的にグリーフシード足りなくならね?』
容赦のなく、追撃を掛けるとニセちゃんは笑みを止めて俺を睨んだ。
それ以上のことを言わないということはつまり、俺の発言は図星を突いたご様子。
オイオイ、それじゃあ、ユウリちゃんのこと笑えないだろ。
「一樹あきら。お前にはもう退場してもらうよ」
『なあ、誤魔化してんだろ? 新人類とか言いながら、後のない自分を誤魔化してんだろ? なあなあなあなあ?』
追い打ちを掛けてあげるとニセちゃんの不敵な笑みは破れ、内側にあった激情は簡単に露わになる。
裏から隠れてこそこそしていただけで、こいつもこいつで黒幕というには器が小さかったようだ。
まあ、それもいい。知りたいことは全部分かった。
ヒュアデス? 新人類? いいじゃないか。実に結構。
人類を守るために立ち塞がる俺はやっぱり神だ。慈悲深く、愛と優しさに溢れている。
『全人類は俺の玩具だ。俺が全力で守り切ってやるぜェ!』
高らかに俺の叫びが夜の広場に響き渡った。
ようやく、全員集結して、バトルが始まる一歩手前まで来ました。
次回からはバトル多めになりそうです。