魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
追記
最期の部分を少し修正しました。
『燃ーえろよ、燃えろー! 校舎ーよ、燃えろー! 真っ赤な炎を上げてェー!』
速攻で作った歌を歌いながら、俺はあすなろ中学校を燃やしながら、海香ちゃんを追いかける。誰かが鳴らしたか分からない非常ベルの音をBGMにして俺は楽しげにメロディーと共に炎の息吹を吐いた。
一応、彼女の背中を見失わない程度の距離を保ちながら、ありとあらゆる障害物に炎を振りかけて、四階建ての校舎を駆け下りて行く。
「くっ……」
一般人が焼き焦げて死んでいくのは魔法少女としては見過ごせないのか、同じ学校の生徒の命が奪われていくのが精神的に来るのか、それともその両方なのか、海香ちゃんは辛そうな顔で俺から逃げ続けている。
それまた一興という感じで俺は大勢の生徒を虐殺を繰り返す。時たま、うまく外まで逃げ出した生徒を窓から見つけては白い鱗に変化させ、稲妻の息吹を飛ばして殺人数を増やしていった。
この学校に居る人間は一人も外に逃がすつもりはない。消防車が駆けつけるまでにはすべてを完膚なきまでに燃やしておきたいところだ。
一階まで来ると校長らしき年老いたおっさんが居たので宣言通りに直接鉤爪で臓物を繰り付いて殺した。
「おっばぁ……」
喉から凄まじい量の血を流し、眼球が零れんばかりに見開き、床を転がる。
溜飲が下がったせいで、その間隙に海香ちゃんが熱で割れた窓から飛び出したことに一瞬、気が付かなかった。
遊び過ぎたと後悔して、窓の外を見るが魔法少女である彼女の足は速く、校門のすぐ傍まで突き進んでいる。
だが、彼女はそこで蹲り、修道服に似た魔法少女の姿からあすなろ中の制服に戻った。
どういう考えかと思ったが、すぐに理解したソウルジェムの限界が来たのだ。
俺は窓の付いた壁を燃やして崩すと、そこを破壊しながら中学校から這い出した。
翼を羽ばたかせて、倒れた海香ちゃんに近付くとそのすぐ傍に外側の上澄みが剥がれて、黒く濁った様相を呈した彼女のソウルジェムが落ちていた。
「ど、どうして!? ジェムの浄化が……」
『それはだなァ、ジュゥべえのジェム浄化システムが』
親切にも説明しようとしてあげた時、件のジュゥべえがひらりとやって来て、俺の台詞を遮った。
『海香、ジェムを浄化させるぞ!』
「お願い、ジュゥべえ……」
このシステム浄化が不完全であることを既に知っている俺からすれば、凄まじく無駄な行為と言わざると得なかった。
空中で回転してソウルジェムの穢れを吸い出そうとしたジュゥべえはいつものように浄化をしようとして、異常を来たしたように止まった。
『!?』
「どうしたの、ジュゥべえ!?」
浄化をせずに地面に着地したジュゥべえはその身体をグズグズと崩壊させていく。その様子は砂で作った城が何かの拍子で崩れて落ちていくのによく似ていた。
『分かんねえ……オイラニモ、ヨ……ク、ワカラ……ナ』
片言になった言葉を吐きながら、徐々にその体積を削っていくジュゥべえ。
海香ちゃんはそいつの名前を大声で呼んだ。
「ジュゥべえ!?」
対するジュゥべえの返答は意外にもあっさりしたものだった。
『海、香……チャオ……』
別れの台詞を最後に、ジュゥべえが完全に消滅するとそこに残されたのはボロボロに壊れたグリーフシードが二つほど残っていた。
多少なりともソウルジェムを浄化できていたのはそのグリーフシードのおかげだったようだ。
現状をまったく把握できていない海香ちゃんを哀れに思い、俺は丁寧な説明を再開してあげた。
『海香ちゃん。そのジュゥべえによるソウルジェムの浄化方法は正攻法じゃないらしいんだわ。アンタらが浄化してくれたユウリちゃんのソウルジェムもそういう風に外側しか綺麗になってなかった。ちゃんと綺麗にするには……』
「グリー、フシード……」
俺の言葉の後を引き継ぐように彼女はぽつりと回答を口にする。
正解を知っている、というよりも、たった今思い出したような口ぶりに俺は首を傾げた。
『まるでちょうど今思い出したみたいな言い方だな。忘れてたのか?』
「……そうね。今まで忘れていたわ。何もかもを……」
上を向いて憎々しげに語る海香ちゃんにつられて何気なく、空を見上げるとさっきまではなかったあまりにも巨大な海香ちゃんの魔法陣が浮かんでいた。
ところどころに罅が入っているその魔法陣は俺が視認したとほぼ同時に砕け散って消えてしまった。
「そうよ。全部、思い出した。私たちを魔法少女にしたのは妖精なんかじゃない……地球を食い物にする生命体――インキュベーター!」
インキュベーターだか、ピンクローターだかの名前を呼んだ瞬間、トンと軽い音がして俺たちの傍に白いジュゥべえが降り立っていた。
ジュゥべえよりもシンプルなそれはトコトコと近寄ってくると海香ちゃんに話しかけた。
『久しぶりだね、御崎海香』
「キュゥべえ……!」
その呼び方は前にあやせちゃんから聞いていた。魔法少女と契約する白いマスコット。
これがそのキュゥべえと言われる生き物なのだろう。
『えい』
何気なく、面構えが気に食わなかったので、尻尾で思い切り潰した。猫耳の付いた饅頭のようなその頭はひしゃげて、中から赤い血を流して死んだ。
思わせぶりな登場しやがって、俺がまるでおまけみたいになっちまっただろうが。
念入りにビタンビタンと潰してペースト状にしてから海香ちゃんとの会話に戻る。
『ごめんね。横入りが入っちまって』
『代わりはいくらでもあるけど、無意味に潰されるのは困るんだよね』
殺したはずのキュゥべえがさも当たり前のように俺に話しかけた。
見れば、当たり前のようにどこからともなくやって来た別のキュゥべえが白いペースト状のキュゥべえの死骸をはぐはぐと食べていた。
『こ、こいつ……自分の仲間を食べていやがる。なんて酷い生き物なんだ……』
『それは君が言える台詞じゃないと思うよ。一樹あきら』
俺のことを知っているような言葉に俺は聞き返す。
『俺を知ってんのか? ストーカーなのか?』
『ボクはずっとこの街に居たからね。君たちはそれに気が付かなかっただけで、実はすぐ傍で観察していたんだよ』
『やっぱり、ストーカーじゃねぇか。謝れよ、人のプライバシーを侵害しやがって』
『御崎海香。記憶を思い出した君なら、ボクの言っている意味が分かるだろう』
切れ気味で返すと途端にキュゥべえは俺から、海香ちゃんへと会話の相手を変更した。この変態マスコット野郎め……。俺のちょっとエッチな行為に興奮していたに違いない。
話題を振られた海香ちゃんは俺以上の憎しみの視線をキュゥべえに向けた。
「誰もお前を完全に認識できないようにこの街に魔法を掛けた……これ以上、魔法少女を生まないために……。そして、私たちもお前を記憶から完全に消した」
『そう。そして、神那ニコはグリーフシードをプログラム化し、手に入れたボクたちの肉体と掛け合わせることで浄化システムを作った』
ジュゥべえが残したボロボロのグリーフシードの残骸を弄りながら饒舌に変態マスコットは語る。
可愛さアピールのつもりなんだろうか。俺の百倍可愛いわ、ボケが。
『これはボクの仮定だけど君たちの誤算はインキュベーターの肉体を利用した事にあるんじゃないかな? 故にソウルジェムは浄化されず、表面処理を施されるに留まった。ボクらインキュベーターは「希望が絶望に相転移する際に発生するエネルギーを回収する」ために存在していると言っても過言じゃない。その本能が「グリーフシードなしのジェム浄化」を許す訳が……』
最後まで言わせずに苛立った俺はキュゥべえ……いや、ピンクローターを燃やした。
『次出たらお前の心が折れるまで殲滅するからな。取りあえず、今はどっか行っとけ』
『訳が分からないよ、一樹あき……』
即座に次が現れたが、即座に燃やすと流石に俺に何を言っても無駄と理解したようで一旦現れなくなった。
それでいい。弁えろ、変態マスコット。お前の出番はない。
咳払いをしてから海香ちゃんに向き直り、俺は話を始めた。
『海香ちゃん……それでどうする? このままだと魔女になっちまうぜ?』
「あなたに関係ないわ。インキュベーターを喜ばすのは
忌々しそうに言う海香ちゃんは俺よりもあの珍獣の方が許せないらしい。何と言えばいいのかよく分からないが、この立場を持っていかれた感覚は非常に切なく感じる。
おかげで色んな謎が一気に解明されたが、その代わりに俺のテンションは若干下がった。
しかし、俺はめげない男。ここから巻き返していく所存だ!
『じゃーん。これグリーフシードォ!』
クラゲの魔女のグリーフシードはユウリちゃんにあげてしまったが、魔女になったニコちゃんが落としたグリーフシードはまだ手元に置いていた。
それをこれ見よがしに海香ちゃんに見せつける。
『ねぇ、欲しい? これ、欲しい? 欲しいに決まってんだ。ねえ、海香ちゃん?』
口は真一文字に引き締められているが、彼女の瞳は雄弁に訴えていた。「それ」が欲しいと、魔女になどなりたくないと。
だが、俺がそれを渡す訳がないと確信しているから、そう口には出さない。
口にすれば、俺を喜ばせるだけだから。
だからこそ――。
『うんうん、言わなくても分かるぜ。 欲しいんだな。それじゃあ、海香ちゃんのソウルジェムを浄化してあげまーす』
落ちている濁ったソウルジェムを拾うと、俺はそれに手持ちのグリーフシードを押し当てる。
ほとんど黒になりかけていた彼女のソウルジェムから、濁りがグリーフシードに吸い込まれていき、綺麗だった海色の宝石が輝きを取り戻す。
俺の行動の理由が分からないと言った具合に両目を見開き、俺を見つめた。
「どう、して……貴方が……?」
「決まっているだろ? 海香ちゃん」
俺は姿を黒い竜から人間の姿へと戻して、手の上に乗せた彼女のソウルジェムを見せる。
笑顔を浮かべて、俺は海香ちゃんに優しい眼差しを向けた。
「あきら……もしかして、イーブルナッツの影響でおかしくなっていただけで、本当は……」
『海香ちゃんの絶望に満ちた顔が見たいからでーす』
再び、人間の姿から魔物形態に移行し、侮蔑の滲んだ嘲笑を彼女へと見せつける。
彼女の表情が大きく歪んだ。
海香ちゃんに差し込んでいた希望の光が、より強大な絶望に包まれる。
『そうだぜ、海香ちゃん。――その顔が見たかったんだ』
俺は彼女の浄化されたソウルジェムを口の中に入れると噛み砕いた。
それはそれは甘美な味わいだった。絶望の表情を俺に向けたまま、海香ちゃんの瞳から光が消える。
今も火の手を上げて燃え盛る校舎を背景に俺は高らかに笑った後、もはや用途のなくなったグリーフシードを指で弾いた。
『せっかく、希望が絶望に相転移する瞬間だったのに君の行動は理解できないよ。一樹あきら』
『だって、魔女になったらお前が喜ぶんだろ? なら絶対にさせねぇよ』
海香ちゃんと会話が終わった途端に、またもやどこからかピンクローターが現れて、表情の変わらないマスコット顔で俺に非難の声を浴びせた。
こいつが何で絶望が希望に変わった時のエネルギーとやら求めてるかは知らないが、俺がこいつの思い通りになってやる理由が存在しない。
『全ては、この宇宙の寿命を伸ばすためなんだ。あきら、君はエントロピーっていう言葉を知ってるかい?』
『知らん』
『簡単に例えると、焚き火で得られる熱エネルギーは、木を育てる労力と釣り合わないってことさ』
『うるさい。俺に講釈を垂れるな、ゴミが』
炎の息吹で焼失させると、次に現れたピンクローターは俺に説明をするのを諦めて、捨て台詞を逃げて行った。
『君に何を言っても無駄なようだね。これ以上、無意味に潰される前に帰るとする……』
言い終える前に燃やすと、もう目の前に現れなくなった。ようやく、俺の目の前に出てくることの意味を理解したようだ。学習能力のない奴め、個の概念がなかろうとこれだけ無駄に殺されないと分からないのか。
『愚かな生き物だな、ピンクローターとやらは』
そう吐き捨てると、俺は消防の人間が来る前に校舎の前に飛び上がり、口を大きく開く。
ほぼないだろうが、生き残りが居ると不愉快なので、この校舎を完全に消滅させようと決めていた。
まだ試したことのない、あやせちゃんとルカちゃんの魔法を見てみる機会だと思い、彼女たちのソウルジェムの力を引き出す。まずはルカちゃんの力をと、鱗の色を変えようとした。
だが、鱗の色は白と赤のマーブル模様となる。浮かぶ力は二つ、ルカちゃんだけでなく、あやせちゃんの魔法が俺の中で浮上してくるのが分かった。
『なるほどな、俺の中でソウルジェムが一つに混ざったのか。こりゃあ、いい』
あの時は見ることなく、トドメを刺したが、あやせちゃんたちが使おうとした奥の手。
彼女たちの記憶をサルベージした俺はその技を知っている。
俺の開いた口から湧き出すのは灼熱の炎と冷凍の息吹。超高熱と絶対冷度が渦を巻いて吹き荒れる。
流れ出したその相反する息吹は合わせ技は、校舎を触れた場所から消滅させていく。
後に残ったのは抉れたような荒れ地と、原形を留めていない建物の残骸のみ。
『あははははははははははは。こいつは想像以上だぜ』
あらゆるものを消し飛ばす熱と冷気の息吹は想定していたよりも遥かに凶悪な威力を俺に見せてくれた。
もう怖いものなど存在しない。この力なら、ニセちゃんやかずみちゃんでも簡単に消し飛ばしてしまえる。
次第に近くなる消防車のサイレンを聞いた俺は、今度は海香ちゃんの魔法を行使することにした。
即ち、記憶操作の魔法。
鱗の色を海色に変えると、青空に巨大な魔法陣を描き出す。
この街に植え付けるものは二つ、『市立あすなろ中学校の校舎は地下にあった戦時中の不発弾の暴発により、数年前に消し飛んだ』という記憶と『あすなろ中学校の校舎に類する資料を認識をできなる』という現象。
これで少なくともこの街の住人はたった今起きたあすなろ中学校の校舎の消滅は誰にも認識できなくなる。
やって来た消防団の人間は、自分がなぜこの場所に来てしまったのかさえ、分からないだろう。
最強の攻撃力と、記憶と認識を操作する能力。
俺は洒落や冗談ではなく、もう名実ともに神と呼べる存在になった。
だったら、後にやることは一つだ。
神たる俺はやがて魔女になる哀れな魔法少女たちに……天罰を与えてやろう。
これで今まで出されていたうやむやな事は全部出し終えました。
後は山場であるバトルとドラマパートだけです。
魔法少女は残り三名、魔物は残り二名。
これで正義の魔物登場編は終わりです。
次回からは『絶望の宴編』が始まります。お楽しみに。