魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
「海香ちゃーん。昼飯食おうぜ」
四時限目の授業が終わり昼休みが来ると俺はいつも同じように海香ちゃんを誘って昼食を取る。これが一週間前からのお互いの約束事のようになっていた。
彼女は俺がそういうと顔を
片方はもちろん、海香ちゃんの分、そして、もう片方は俺の分の弁当だ。
「ええ。また屋上でいいかしら」
「OK」
親指を立てて元気に答えた後、仲良く俺たちは校舎の屋上に上がる。
それから屋上にあるベンチに座ってからランチタイムだ。澄み渡る青空にはほわほわと綿飴のような浮き雲が漂っていた。
包みをほどき、弁当箱をご開帳すると、俺の好物のローストビーフが顔を出す。
「わー。俺、海香ちゃんが作ってくれたローストビーフ好きなんだよね。マジで嬉しいぜ」
「そう言ってくれると思っていれたのよ」
俺の言葉に海香ちゃんは無邪気に喜んでくれる。彼女は本当にこの一週間で完全に俺に依存するようになっていた。
仲間を失ってから辛うじて残っていた芯のようなものが折れて、かずみちゃんのことを探すどころか俺にべったりと付き従っている。おまけに和沙ミチルがどう死んだのか、かずみちゃんをどう『製造』したかについてのこともみらいちゃんよりも詳細に教えてくれた。
大切な友達だの、プレイアデスの絆だのはもはや海香ちゃんの中ではもはや俺という存在以下のものに成り下がっているようだ。
ある意味において御崎海香という魔法少女は度重なる仲間の喪失……いや、共犯者の消滅により、壊れてしまったのだろう。一週間傍で過ごして分かったことだが、元々、そんなに強い心を持っていた少女ではないのだ。
ただ和沙ミチルに対する恩とプレイアデス聖団という共犯者が居たからこそ、辛うじて体裁を保っていたものが一気に瓦解したに過ぎない。
恐らくは彼女一人ならば、和沙ミチルを生き返らせようなどとは考えても、実行しようとは思わなかったとすら思う。いや、魔女になるという現実を逃避するためにかずみちゃんを造り出したと考える方が自然だな。
それくらいに海香ちゃんは弱い子だった。
そうでなければ、今子犬のように俺に懐き、甘えていられるはずがない。
賢いけれど、心の弱い女の子。それが海香ちゃん。
俺は笑った。
「あははっ」
表に出すのは優しく明るい爽やかな笑顔。だが、内心では嘲りの哄笑が溢れ返っていた。
なんて脆い絆なんだ。俺の作った即席のトラぺジウム征団とどっこいどっこいじゃねぇか。
そういや、イーブルナッツをくれてやったリッキーを最近見かけないが、暴走して死んだのかな?
ローストビーフを齧りながら、飽きていた玩具の一人を思い出す。俺としてはもしそうであっても、さほど思うところはない。
元は気まぐれで作った下僕だ。死のうが、消えようが俺の心は一向に痛まない。
だが、暴走して死んだにしては街での事件になってないのが気になった。もしかすると、誰かに倒されたのだろうか。
そうだとすれば、一体誰に?
海香ちゃんは俺とずっと一緒に居るから除外できる。最近、あまり御崎邸に顔を出さないニコちゃんだろうか。それともあやせちゃんみたいに他所からやって来た新手の魔法少女か。
もしくは……とうとう表舞台に出てきた『黒幕』だろうか。
俺の見立てではその可能性が一番高いと見ていた。ユウリちゃんやあやせちゃんにイーブルナッツを与えた張本人にして、ある意味で大きな企みをしている第三者。
食べたソウルジェムから引き出したあやせちゃんの記憶では、フードを目深に被っていて顔は分からなかったが、声と身体つきでその人物が少女であることだけは確認できた。
暫定的だが、イーブルナッツを生み出せる魔法を持つ、魔法少女として考えていいだろう。
魔法少女の魔法は妖精に願ったことに応じたものが与えられるという話だが、一体どんな願いをすればイーブルナッツの製造の魔法になるんだが。
一通り弁当の中身を食べ終えて、最後に残しておいた串刺しのウズラの卵を見つめて、思考を巡らす。
魔女の卵、グリーフシード。イーブルナッツはこれを参考にして……。
そこまで考えてから、俺は一つの疑問が芽生えた。
「海香ちゃん。魔女ってさ。ソウルジェムが濁ってなるものなんだよな?」
唐突な暗い話題を振られた彼女は露骨に嫌な表情を見せたが、頷いて答えてくれた。
「……ええ。そうよ。魔女はソウルジェム……魔法少女の魂の成れの果て」
「だよな。それじゃあ、魔女になったってことは魔法少女だったってことになるよな?」
「そう、なるけれど……あきら、何が言いたいの?」
怪訝そうな海香ちゃんに返事を返さず、俺の中で高速に思考が収束していく。
ラビーランドでの一戦で最初に居た方のニコちゃんはソウルジェムが砕け、魔女になった。後から出てきた方のニコちゃんは彼女を魔法少女の願いで作ったコピーだと言って、倒れている彼女の顔を消した。
だから、普通に最初の方が偽物だと思っていたのだが、その考え方がそもそも間違っていたのではないか。
何を思ってコピーの自分を願ったかは知らないが、コピーが魔法少女としての力を得ているだけならまだ納得できるが、魔女にまでなるのは流石におかしい。そこまでいけば本物と偽物違いは何かという話になる。
だが、最初のニコちゃんが偽物という訳ではなく、後から出てきた方と別個体の魔法少女だったとしたら、
大体、そうでなければいつから入れ替わっていたという話だしな。
最初のニコちゃんが、今までの俺が知っている『神那ニコ』であり、後から現れた方は別の魔法少女……つまるところ、偽物だったのだ。
ユウリちゃんと同じように姿を変える魔法か、はたまた別の魔法なのかは分からないが、ともかくラビーランド戦以降のニコちゃんは偽りの存在、ニコちゃんならぬニセちゃんだと考えていい。
確証はないが、ほぼ間違いないと思う。
なら、今度はニセちゃんとは何者なのかという新たな疑問が生まれる訳だが……。
「そうか。ニセちゃんが黒幕なのか」
「え、あきら? 話が全然見えないのだけれど……」
俺の漏らした言葉の意味を理解できずに首を傾げる海香ちゃん。それを無視してウズラの卵に齧り付く。
堕落した海香ちゃんに対して、仲間として何のアプローチをして来ない点でおかしいと思うべきだった。
彼女こそがイーブルナッツを作り、ユウリちゃんやあやせちゃんに流した人物だ。
凄まじい勢いで俺の頭脳は回転し、疑問の答えを弾き出していった。
彼女が介入してきた理由とは何か。イーブルナッツによる『魔物・魔女モドキ製造』の実験?
違う。恐らくそれは手段だ。実験だけならリスクを冒して表舞台に出る必要はない。
プレイアデス聖団の壊滅? 確かにそれはあるだろう。ユウリちゃんたちはいずれもプレイアデスのメンバーを襲った点から見て、間違いはない。
ただそれだとやはり表舞台に出てきた理由には……。
そこまで考えて、最初にニセちゃんが最初に現れてきた時の状況を思い出した。
あの時、俺はかずみちゃんを殺そうとした時、颯爽とニセちゃんは登場した。
理解した。ニセちゃんが表舞台に出てきた目的、それは――。
「狙いはかずみちゃんだったのか」
弁当の中身を米粒一つ残さず平らげた俺は箸を置いて、空を仰いだ。
完全にニセちゃんの目論見を俺は看破した。気分はなかなかに爽快で歌でも歌いたい気分になった。
「さっきから何の事を言っているの?」
海香ちゃんがとうとう俺に問いかけてくる。もはや、この子には何の価値も感じない。
俺の意のままに操作してかずみちゃんを殺させようかと思ったが、それももう飽きた。そろそろかずみちゃんを探させているユウリちゃんとも合流したいし、ここらが潮時だ。
プレイアデスの魔法少女の皆さんの役割は終わった。既に事件の中心から外れた海香ちゃんはさっさと退場してもらおう。
俺は海香ちゃんの顔を覗き込んで、何気ない調子で話し出す。
「海香ちゃん。俺さ、実は隠してたことあるんだけど聞いてくんない?」
「隠していた事……?」
「うん、そう。実はサキちゃん殺したの、俺なんだ。てへっ」
舌を出してお茶目にカミングアウトする。
理解が及ばないという風に彼女の表情が凍り付き、呆然と俺への視線を垂れ流す。
何を言っているの、あきら――そう海香ちゃんは心底思っていることだろう。
「それからね、カオルちゃんを殺したのも、みらいちゃんにかずみちゃんを殺させようとしたのも俺だよ」
「あき……ら……何、を……言っているの?」
「嫌だな、海香ちゃん。ここまで言ってもまだ分からないの? それとも分からない振りしてるだけかな?」
海香ちゃんは俺が甘やかしすぎたせいでとことんお馬鹿さんになってしまったご様子。出会った頃はまだ賢さがあったのだが、恋と言うのは恐ろしいな。
愚かな少女に俺はこれ以上にないほど分かりやすく、一言ですべてを伝えた。
『俺がドラ―ゴだよ』
一瞬にして俺は魔物状態へ肉体を変化させ、黒い竜となり、海香ちゃんの眼の前にその姿を惜しげもなく晒した。
「い、や……いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁー‼」
常に落ち着き払った海香ちゃんとは思えないほどの絶叫が彼女の口から
絹を裂くような悲鳴とはまさにこのこと。この悲鳴を聞くためだけに必要以上に優しく振る舞っていたのだ。
ああ、最高だ! 高く積み上がった積み木をこの手で壊すような、地面に張っている凍った大きな水溜まりを踏み砕くようなそんなカタルシスが俺の魂を震えさせる。
『きんもぢいいいィィィィー‼ 極上の絶望の悲鳴、どうもありがとーございまァす』
これだよな、やっぱ。思い切り人の心を踏みにじった時、心底俺は幸せを体感できる。
最後まで大事に取っておいてよかった。本当にそう思わせる
「許さない……私たちをどこまでも愚弄した貴方を、私は絶対に許さない!」
涙を頬から流して怒気を露わにする海香ちゃんは指に嵌った指輪をソウルジェムに変えて、魔法少女に変身する。
中央に十字架のある、白いシスター服喪のような衣装。眼鏡をかけたその顔の額には菱形になった海色のソウルジェムが光った。
俺は彼女の台詞を聞き、弾けるような嘲笑を送った。
『あははははははははは。「私たち」? 私たちと来たモンだ。仲間のことなんざ早々に忘れて色ボケしてたアンタが。あはははははは。どこまで笑わせてくれれば気が済むんだよ』
「だ、黙れぇぇ!」
手に持っていた魔導書のような分厚い本を開くと、読むこともできないような文字が掛かれたページを見せた。
光の球がいくつも現れて俺目掛けて飛んで来る。前に見たカオルちゃんとの合体技『パラ・ディ・キャノーネ』の時に使った光球だ。
ただ、カオルちゃんが蹴ったものではないからか、速度は簡単に見切れてしまう程度のものだった。
羽ばたいて、避けると光球は俺にかすることさえなく、屋上から飛んで行ってしまう。
『一人じゃ何もできないのかよ? 海香ちゃん、情けないなァ』
俺が馬鹿にすると、いつぞやのサキちゃんのように逆上し、さらなる魔法を叩き込んでくる。
「黙れ黙れ黙れっ、『ピエトラディ・トゥオーノ』」
本から浮かび上がった万年筆を円状に並べたような魔法陣が宙に浮かび上がり、そこから雷撃が落ちてくる。
雷の魔法……サキちゃんのものか。一瞬にしてこちらもサキちゃんの力を使い、白い鱗へと身体を変化させた。
『……なるほど。他人の魔法をその本に記憶させて使えるのか』
多少はダメージは受けたが、サキちゃんの力を使ったおかげでその雷の魔法に対する耐性があがったようで、大した痛手にはならなかった。
「なっ……、そうか、サキのソウルジェムを食べたから」
『ご明察。その魔法は俺にはほとんど聞かないぜ?』
そして今度はこっちの手番だ。
俺は口から雷の奔流を吐き出し、海香ちゃんを襲わせる。
流れ出した稲妻の閃光はまっすぐに彼女目掛けて飛んで行った。
「くっ……」
即座に魔法で自分を半球状のバリアを張り、攻撃を防ぐがすぐにそれは砕け散った。
直撃は免れたようだが、雷対決では俺の方に軍配が上がったようだ。
『さて、どうする? 今度は誰の技を使ってくるんだい、海香ちゃ~ん?』
「……『ロッソ・ファンタズマ』!」
再び、万年筆ようなの魔法陣が現れて、彼女がそれを潜ると七人に分身して、それぞれが俺から
自分の分身を出した時は挑発に乗るかと思いきや、そのまま俺を翻弄しつつ、この場から逃げ出す算段の様子だ。腐ってもプレイアデス聖団の参謀、引き時を弁えている。
だが、フェンスを乗り越えて屋上から逃げようとした三人を雷撃の息吹で一掃し、俺の脇をすり抜けようとしたニ人をそれぞれ両手の鉤爪で串刺しにし、尻尾を振るって一人の頭部を弾き飛ばした。
攻撃を喰らった海香ちゃんはどれも幻影だったらしく、煙のように消えてしまう。どれも外れだったようだ。
最後に残った本物は屋上の扉まで辿り着き、そこからまんまと逃げられた。
『やるねェ、だ・け・ど俺にはこれがあるんだぜ?』
最近知ったサキちゃんの魔法の一つ、『瞬間移動』。
俺は屋上の真ん中から、屋上に続く階段の踊り場までその力を使って移動する。
一瞬で階段を駆け下りていた海香ちゃんにご対面すると彼女は恐怖に引きつった表情を見せてくれた。
そのまま、柔らかそうな身体に噛り付いてやろうと顔を伸ばすが、寸でのところでガクンのその場に縫い付けられたように身体が進まなかった。
足元を見れば、両足が踊り場の床にめり込んでいた。瞬間移動した時に座標位置が悪かったらしく、足が床に埋もれてしまったらしい。
『チッ、意外に使い勝手悪いな。この魔法、なんか疲れるし』
この瞬間移動の魔法は体力を削るというデメリットがあるようだった。これなら飛んで追いかけた方が早かったかもしれない。
俺のこの間抜けなミスを見逃さず、海香ちゃんは脇を通り抜けて走って行った。
この中学校から脱出して、ニセちゃんと合流するつもりだろう。そうなったら、そうなったで海香ちゃん的には助からない気がするが、ニセちゃんがニコちゃんの偽物なのを彼女はまだ知らない。
床を壊して、すぐに海香ちゃんを追いかけるがその途中に生徒と遭遇した。
「うわあああああああ、ド、ドラゴン!?」
『うるさい。死ね』
身体を黒の鱗に戻して、火炎を吐いて炭へと変えた。
こうしてはいられないが、学校内だと騒ぎや何やらが起きて面倒だ。俺は火炎を振り撒きながら、海香ちゃんを追いかけて下へ下へと降りて行く。
途中で途中で、教室や廊下に居る生徒や教師ごと燃やし尽して、進んで行った。
悲鳴を上げる暇さえも与えず、無力な彼らは炭へとジョブチェンジを果たしていく。
そういえば、ここの校長はいつか必ず殺すと誓ったことを思い出す。理由はもう忘れたが、海香ちゃんのついでに殺さないと。
市立あすなろ中学校の校舎は俺がきっちりと灰燼に帰してやろう。そう思いながら、俺は窓や壁をことごとく燃やし続けた。
名探偵あきらにより、物語の謎が解決されていきます。物凄い速さで。
ちなみにかずみはこの時間帯は、まだ大火やおばちゃんとの幸福な時間を育んでいる頃です。