魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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何故こうも更新してしまうのでしょう。私にも分かりません。


第三十九話 守れぬ誓い

~氷室美羽視点~

 

 

 

 一週間くらい前、あきらの家で『大乱闘スマッシュブラザーズ』でユウリと一緒に遊んでいた時、ユウリに携帯電話に一通が届いた。

 ユウリがメールを読んでいる隙に彼女の使っていたリンクをわたしが操るネスで倒すと、急に彼女は立ち上がってわたしを見た。

 ゲーム画面を止めずに放置してメールを読み始めたユウリに非があると思ったが、現実で大乱闘されるとまずわたしが負けるので許しを請う。

 

「ごめんなさい。メール読んでる間に倒しました」

 

「そんな事はどうでもいい。あきらから朗報が入った」

 

 朗報と首を傾げたわたしにユウリは話し出した。

 話を要約すると、あきらとユウリが敵対している『プレイアデス聖団』という魔法少女の集団が内部で分裂して、かずみという名前の魔法少女が、一人行方を眩ませたらしい。

 そして、その捜索をユウリに一任するとの事。かずみの処遇はユウリに任せると書いてあったのだという。

 正直、どうでもいい話だと感じたが、やけにユウリが楽しそうなので多分わたしも駆り出されるのだと理解した。

 

「美羽。今日はお前、わたしの言う事を聞けとあきらに命令されていたよな?」

 

 ほら、来た。これだ。何だかんだで人遣いが荒い、女の子だと思う。

 さっきまでゲームをしていたのも、ユウリがやりたがっていたからだったし、何かとわがままなところがある。

 あきらに振り回される事が、多かったから同じ事をわたしにして鬱憤を晴らしているのだろう。

 でも、仕方ない。あきらが世界を壊してくれると約束した限り、わたしは彼の命令を何でも聞く。わがままな魔法少女に従えと命令されたならばそうするだけだ。

 

「わかってるよ、ユウリ。それでわたしは何をすればいいの?」

 

「そうだな……お前の兄は確か、自分の分身を使い魔として、情報を集める事ができた気がする。お前もそれ、できる?」

 

 兄の話題が出た瞬間にわたしの顔が強張る。その単語はできれば一生聞きたくない言葉だった。

 だけど、ここでできないと言えば、『アレ』より自分が劣っているように思えて殊更不愉快だったので、蛾の魔物の姿になって試してみる。

 意識を集中させ、虹色の羽から、自分の分身である小さな蛾を生まれさせた。

 やってみると意外に簡単で、数十匹の蛾たちはわたしの意志に従って、視界や音などを共有する事ができた。

 どこで手に入れたのか、かずみの写真を携帯電話から見せてもらい、その子を探すためにわたしの分身たちを街に放った。

 

 そして、一週間後の今日。

 ようやく、探していたかずみを見つけた。

 分身を通して、初めて彼女を見た時、わたしの中で憎悪が芽生えた。

 見えた光景は仲睦まじい兄と妹のような、吐き気を催す光景だったからだ。

 兄を慕う妹のようなかずみと、それに優しく接する兄のような少年の姿。思わず、毒の鱗粉を窓から流し込んでしまうほどに憎しみが燃え上がった。

 あんなものは存在しない。優しい兄など居ないのだ。

 『兄』という存在は理不尽で、不条理で、危害しか加えて来ないおぞましい生き物なのだ。

 わたしは知っている『兄』は、愛と称してわたしを殴り、刃物で何度も傷付けてきた。やめてとどれだけ嫌がっても暴力をひたすらに与えてきた。

 笑いながら、とても楽しそうに……。

 それが『兄』だ。妹に優しさだと与える存在が、妹を甘やかそうとする存在が『兄』な訳がない。

 だからこそ、わたしは目の前に立つこの蠍の騎士のような魔物が許せない。

 殺したいほど憎い。

 

『散々、苦しんだ末に殺してあげる』

 

 わたしは羽ばたき、鱗粉を蠍の騎士に振り撒いた。

 今度は緑の鱗粉が周囲を覆った。

 

『緑の粉? だが、関係ない』

 

 振り降ろされたのは蠍の騎士による鋏の拳。大きな甲殻類にも似たその鋏が直撃すれば、魔物状態でも頑丈な装甲を持たないわたしは簡単にやられてしまう。

 けれど、わたしを狙った彼の鋏はわたしには当たらず、空を切る。

 

『なっ、当たらない!?』

 

 それどころか、無様にも勢いを殺せずに庭を転がった。白い美しいその鎧のような身体を土で汚す。

 緑の鱗粉は生き物の感覚を狂わせる惑わしの粉だ。五感だけでなく、平衡感覚も、距離感も掴めなくなる。

 感覚が狂った蠍の騎士はまるでシャドーボクシングをするように何もない空間を殴っては、道化のようにこけては倒れてを繰り返す。

 そこにわたしは黒い鱗粉を飛ばす。

 馬鹿みたいに虚空に殴りかかろうとする蠍の騎士に黒い鱗粉が付着すると、一瞬にして爆発を起こす。

 

『がっ、く……』

 

 爆風で吹き飛び、庭を囲う塀に打つかって、苦悶の声を漏らした。

 いい気味だ。惨めで見っともない。情けなさの塊。

 

『ばっかみたい』

 

 しばらく振りに自分が笑っているのを感じた。楽しい。この都合のいい妹が見た妄想のような『兄』を壊せばもっと気分が良くなるだろう。

 今度は黄色の鱗粉をパラパラと撒いてあげる。

 吹き飛んだ蠍の騎士にそれが掛かると、縦に割れた仮面の口元のような部分から赤い血を吐き出した。

 

『ごはっ、ごほっ……がっ……』

 

 やはり毒の鱗粉がわたしには合っている。他の鱗粉も嫌いではないが、この粉が一番わたしの思い描く『破滅』を体現してくれるのだ。

 魔物状態である彼には即死はしないだろうが、今はそれが返ってよかった。

 

『兄なんてものはこんな風に無様に苦しんで死んでいくものなの。優しくなんてない。温かくなんかない。ただただ、惨めに死んでいくのが正しいの』

 

 ああ。大嫌いな『アレ』もこうやって殺してやればよかった。そうすれば今よりも晴れ晴れしい気分になったのに。

 まあ、いいよ。これでこいつももう終わり……。

 

『……それが、お前の言う兄なのか』

 

 ゆらりと蠍の騎士が立ち上がる。

 口から血を吐き、今も息絶え絶えにも関わらず、ボロボロの身体で起き上がってきた。

 

『この後の及んで、まだ悪足掻きするの?』

 

 鬱陶しい。もう風前の(ともしび)なのに、未だに格好付けようとするその姿に苛立ちを覚えた。

 ごみはごみらしく、さっさと散ってほしい。不快で不快で堪らない。

 

『……言わせて、もら……えれば、お前の、いう……それは、兄など、では……ない。兄、とは……妹を……』

 

 今にも崩れ落ちそうな蠍の騎士は私に向かって吠える。

 

『妹を、守る存在だ!』

 

 

~赤司大火視点~

 

 

 

 叫びと共に俺は蛾の魔物へと走り出す。

 だが、緑の鱗粉を散らし、奴はまた俺を惑わそうとしている。

 ならば、庭に巻かれた粉を吹き飛ばして、除去すればいい!

 俺は後ろから生えた尻尾を振り上げ、円を描くように高速で回し始めた。

 遠心力を得て、さらなる加速を付けた俺の尻尾は空気と共に緑の鱗粉を吹き飛ばしていく。

 要するに換気をすれば空気乗っている鱗粉は俺には届かずに、周囲から取り除かれる。

 もっと早くにこの方法に気が付けば、よかったのだろうが如何せん俺は頭が悪く、知恵が回らない。ここまで追い詰められなければ考え付かなかった。

 身体は毒の鱗粉による手傷が残っており、もう魔物状態を保っていられるのは二分程度が限界だ。

 この反撃を逃せば、俺は奴に殺され、死ぬ事になるだろう。

 ――だが、かずみを、お袋を、家族を守るなら、この一撃に賭ける他ない。

 

『くっ……まだ余力があったなんて』

 

 羽ばたき、空へと逃げようとする蛾の魔物。この状況で空に逃げられれば俺に為す術はない。

 

『おおぉぉぉ! ……ぜりゃあぁぁ‼』

 

 尾を振るのを止め、足と尾の三本をバネにして飛び上がりつつある奴に、最後の力を振り絞って一撃を放つ。

 跳ねた右足を高く上げ、そこに螺旋状に尻尾を絡ませる『螺旋蹴り(スパイラル・キック)』を蛾の中心部に撃ち出した。

 赤い悪魔さえも倒した俺の蹴りは見事に蛾の腹に差し込まれるように突き刺さる。

 

『がぁっ、そんな、まだ……』

 

 すべての力を使い切った俺は蠍の魔物から人の姿へと戻り、血反吐を吐きながら地面に叩き付けられた。

 俺と同じく、人間に戻った蛾の魔物は白髪混じりの金髪の中学生くらいの少女へと姿を変えている。

 地面に落ちた衝撃で身体の骨を何本か折ってしまったのだろう。歪な形で仰向けに倒れた状態で、頭の端から血を垂らして俺を睨んでいた。

 血の味がする口内を感じながら、力の入らぬ身体に鞭を打ち、どうにかして立ち上がる。

 すると、血の混じった咳を交えながら、怨嗟に濡れる眼差しで少女は俺に言った。

 

「あなた、は確かに、強い……でも、それだけ……あなたには……何にも守れない」

 

 眼光だけ人が殺せそうなほどの呪いを籠めた目を閉じた。そして、残念そうに呟きを漏らす。

 

「世界の、破滅……見たかったな……でも、あいつ、なら……やってくれ、る」

 

 そう最後に言い残して、彼女は目を閉じた。

 恐るべき、強敵だった。鬼熊と違い、(から)め手に徹したその戦い方は一歩間違えれば確実に負けていた。

 その少女が言った『世界の破滅』という単語だけが妙に意識が遠退きそうになる思考にこびり付く。もしかするとドラ―ゴの狙いは俺の想像を遥かに凌駕するものなのかもしれない。

 俺は彼女の足元に落ちているイーブルナッツを取りあえず回収すると、急いで店側の方に回るために走り出した。

 一刻も早く家族の元に駆けつけなければ――。

 家の外壁を伝い、どうにかこうにか歩き出すと、小さく火花が弾ける音が耳に響いた。

 目を凝らせば、店側の方から火の手が上がっている。

 しばし呆然とし掛けたが、状況を把握する。洋食屋『アンタレス』が燃えているのだ。

 

「かずみ! お袋! どこだ、どこに居る‼」

 

 血を吐きながらも、気合と根気で走り出し、ようやく店の方まで回ると先ほど見た魔法少女がかずみの首を掴み、持ち上げていた。彼女の足元にはお袋が転がるように倒れている。

 

「ああ。お前、美羽を倒したのか……あいつが言ってた通り、トラぺジウムの奴は使えないな」

 

「お前ぇぇ! かずみをはなせ‼」

 

 威勢よく叫んだはいいが、身体に限界が来て、とうとう膝から崩れ落ちる。それでも視線だけは魔法少女を捉えて離さない。

 

「一応、言っておくとこの店を燃やしたのはアタシじゃなくて、こいつだからな」

 

「かずみにそんな力がある訳……」

 

 そう言いかけた瞬間、魔法少女に首を捕まれているかずみの姿が歪み、魔女のような帽子を被り、瞳孔が太極図のように割れた異形の顔となった。

 牙を剥き出しにして、魔法少女の手を喰らい付き、拘束から逃れた。

 

「ちっ、魔女め。メールで教えられたとおり、人間じゃないんだってな!」

 

 魔法少女が反対側の手で持っていた銃で、かずみを穿つ。

 

「かずみ!」

 

 だが、撃たれた部分は僅かに黒い液体を垂らした程度で再び、塞がると手足を鉤爪状に変形させてかずみは魔法少女へと飛び掛かる。

 見ているものが信じられなかった。かずみが……人間ではない?

 今まで見てきたドラ―ゴの手下のようにイーブルナッツで操られているのか?

 

「かずみ! 俺だ、大火だ! 俺が分かるか、かずみ‼」

 

 声を張り上げ、彼女に叫ぶとかずみは異形の瞳から、いつもの愛らしい瞳に戻る。

 俺の方を向いて、驚いたように目を見開いていた。

 

「タイカ? ……嘘、嘘嘘嘘、私……私、見られた。こんな醜い姿を、タイカに……」

 

 俺が何かを口にするよりも早く、かずみは脱兎の如く、後ろを向いてこの場から飛び上がって逃げて行く。

 それを見て、魔法少女も舌打ちをして、銃弾をかずみに向けて撃ちながら、赤い牛の背に乗って追いかけて行った。

 取り残された俺は、今はお袋の安否を確認しようと這い蹲りながら、お袋の元に近付いて行く。

 

「お袋! 一体何が……」

 

 そこまで口に出して、俺は思わず口を(つぐ)んだ。胸から血を流している。

 呼吸を辛うじてしているものの、一目で重傷だと分かる出血量だった。

 俺が来た事に気が付くと、お袋は弱弱しく笑った。

 

「大火、お前は無事みたいだね……よかった」

 

「良くないだろう! お袋が、こんな……」

 

 蛾の魔物の少女の声が俺の中で再び反響する。

 『あなたには何も守れない』。その通りだ。俺は守りたかった家族を守り切る事ができなかった。

 魔物としての力を手に入れてからも、勝つ事はできても誰も守れていなかった。

 俺は正義のヒーローなどではなかったのだ。

 己の不甲斐なさに言葉を詰まらせて、泣きそうになる俺をお袋は叱咤する。

 

「馬鹿たれ。男が簡単に泣くんじゃないよ、まったく……」

 

 いつもと変わらない強気なお袋に俺は、さらに辛くなり、涙腺から雫を流した。

 それをお袋は指先で優しく拭ってくれる。

 

「かずみちゃん……厄介な事情持ってるみたいだね……」

 

 そうだ。かずみだ。

 かずみの事をお袋に伝えないと。

 

「お袋、かずみは……」

 

「大火……」

 

 俺の台詞を遮り、お袋は言った。

 

「あの子、守っておやり……お前は、お兄ちゃんなんだろ……」

 

「お袋……」

 

 あの時、話していた事をお袋は陰から聞いていたのだろうか。それとも俺とまったく同じ事をずっと思っていたのだろうか。

 どちらにしても同じだ。俺はその言葉に頷いた。

 

「ああ。勿論(もちろん)だ」

 

「それなら、こんなババアに構ってんじゃないよ」

 

 弱弱しい身体でどこにそんな力を隠してと思うほどの力で額を叩かれた。

 お袋らしい激励の仕方だ。俺はこくりとそれに頷いて答えた。

 満足げな顔でお袋は笑い、やがて目を閉じた。

 誰かが呼んでくれた消防車がサイレンを鳴らしながら、近付いてくる。

 こうしては居られない。ここでグズグズしている事こそ、お袋への侮辱だ。

 俺は行く。家族を助けるために。

 




これで一旦は赤司サイドの話は終わります。
次はお待ちかね、あきらサイドのお話です。さあ、いよいよ持って登場キャラが減ってきました。
邪悪なドラゴンは何を起こすのか。次回をお楽しみに!

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