魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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またもや連日投稿。一応、これでしばらくは打ち止めのつもりです。


第三十八話 兄妹の絆

~赤司大火視点~

 

 

 

 かずみという少女が家に来て一週間が過ぎた。

 名前以外何も分からないが、取り合えず、いい子だという事はこの一週間で分かったので良しとしている。

 何故、彼女を拾ってきたのかと問われれば、彼女が困っていたからとしか言いようがない。

 ならば、浮浪者は何故同じように施しをしないのかと返されるかもしれないが、それについては自分よりも幼い相手だったからと答えさせてもらう。

 かずみは元々、人懐っこい性格をしていて、料理にも造詣があり、俺よりも店の役に立っている。すっかりこの店の看板娘として馴染んでしまい、彼女目当てで来る客もいるほどだ。

 俺としても先輩風を吹かせるつもりはなかったが、流石に仕事のほとんどが後から来たかずみの方が上となると恥ずかしい限りだ。

 家でも洗濯、掃除といった家事も俺よりも上手いので立つ瀬がない。

 

「タイカー、お風呂沸いたよー」

 

「ああ。いや、かずみが先に入っていいぞ」

 

 俺は日課のランニングと称して、ドラ―ゴやその部下の魔物が現れないか、見回りをしていたのでそれなりに汗を掻いている。少なくても俺の後に入れば湯船が汚れる事請け合いだ。

 正確な年齢は知らないが、年頃の女子ならばそういった事には敏感だろう。

 しかし、かずみは俺の配慮を知ってか知らずか、首を横に振った。

 

「私、居候なんだから、一番風呂なんて駄目だよ」

 

「ならお袋に……」

 

「おばちゃんは後でいいってさ」

 

 それはお袋も最初にかずみが入らせようと思ったのではなかろうか。

 ただ、どれだけ彼女に言っても『居候』という点だけは主張するため、話が平行線になる。

 この一週間どれだけ俺とお袋が言おうともそこだけはかずみは頑として譲ろうとはしなかった。

 俺たちとかずみの間に張られた見えない壁があるようで、少しだけ悲しく感じていた。

 

「なあ、かずみ。俺はお前の事をもう家族だと思っている。お袋だって同じだ。期間は短いがそれだけ俺たちはお前の事をそう思っている」

 

「家族……」

 

 彼女はそれを聞いて、複雑そうに俯いた。

 かずみは身の上を隠している事が負い目になっているのかもしれない。

 だが、それは俺たちが聞く事ではなく、彼女が自分から話そうとしない限りは始まらないだろう。

 故に俺は聞かない。お袋も聞かない。今はそれでいい。

 まだ俯くかずみに力強く、俺は宣言する

 

「かずみ、俺たちは家族だ。お前はそう思ってなかったのかもしれないが、俺とお袋は勝手にそう思っている。馬鹿だからな」

 

「くす……何それ。じゃあ、タイカは私のお兄ちゃんなの?」

 

 彼女の顔がいつものように人懐っこい笑顔に戻る。

 俺はそれを見て大真面目に言った。

 

「ああ。兄貴でも兄上でも好きに呼べ」

 

「そっか。うん、分かった」

 

 かずみはようやく変な遠慮を止めて俺たちの輪の中に入って来てくれたのだろう。

 お互いにお互いが(かしこ)まっていても返って、不和をもたらしてしまう事もあるのだ。

 うんうんと頷いていると、凄まじい発言が彼女の口から飛び出した。

 

「じゃあ、タイカ。一緒にお風呂入ろう」

 

「……何故、その結論に至ったんだ。プロセスを教えてくれ」

 

「タイカは家族。家族なら、お風呂に一緒に入っても問題ない」

 

「いや、異性の家族と一緒に入浴するのはある一定の年齢までだぞ?」

 

「お兄ちゃんなら平気平気。背中を流してあげるよ」

 

 「問題ナッシーング」とかずみは危ない精神回路のスイッチでも入ってしまったように、俺を風呂場まで引っ張って行こうとする。

 断ろうと思ったが、それでは直前までの言動に矛盾が生じる。家族だと言ったのは俺の方なのだ。ここで異性として見ているという発言は頂けないだろう。

 

「お風呂、お風呂、おっふっろ!」

 

 無邪気に喜んでいるかずみにやはり無理だとは言えず、かつてないほどに追い詰められた俺はそのまま、脱衣所にまで連れて来られてしまった。

 

「流石にここで着替えるのはやめろ」

 

「なんで? 中では結局、裸なんだよ?」

 

「バスタオルを巻いてくれ。それが一緒に入浴する条件だ」

 

 渋々とした様子だったが、素直に要求を受け入れてくれたかずみは俺の後ろで服を脱いで、バスタオルを巻いているようだった。絹ヅレの音が耳に響き、少しだけやましい感情が顔をもたげたが、それを意志の力で捻じ伏せる。

 全裸になり、腰に手拭いを巻き付けた俺は振り返らずに「先に入るぞ」と言ってから、風呂場に入っていった。

 身体に冷水を掛けて、雑念を振り払う。かずみは家族だ。例え、肌を露出していようとも邪な思いを感じる道理がない。

 

「入るよー」

 

 軽い声と共に入ってきたかずみは辛うじて、胸や足の付け根などの際どい部分は隠れていたものの、肩から鎖骨にかけての線やしなやかな太腿(ふともも)が惜しげもなく露わになっていた。

 俺は蛇口を捻り、無言で頭から冷水を被る。その飛沫がかずみにも跳ね、彼女は小さく驚いた声を上げた。

 

「わあっ! 冷たいよ、タイカ。何でお湯使わないの?」

 

「ああ……間違えた。そう、間違えたのだ」

 

 動揺するな俺。これは修行だ。己を律する修行に他ならない。

 内心で心を無にするために般若心経を読経し始めたが、かずみはそんな事はお構いなしに俺に湯船のお湯を掛けると、濡らした手拭いにボディソープを塗り込み、泡立てていく。

 十分に泡立つとそれで俺の背中を擦り始める。手拭い越しに小さな手で俺の背中を感触が伝わってくる。

 ――ああ。これはやばい。何かがやばい。

 ひたすらに心の奥で般若心経の読経を続ける。無心になれ、邪心を懐くな。

 そこで不意にかずみが手を休めずに、俺へ尋ねた。

 

「タイカはさ。何で私に優しくしてくるの?」

 

 読経を止め、俺はその問いに少し悩んだ後、こう答えた。

 

「それはかずみが良い奴だからだ」

 

「じゃあ、……私が悪い奴なら助けなかった?」

 

 難しい質問だ。俺は確かに悪い奴は嫌いだ。

 だが、そういう人間が困っていても手を貸さないかと言われれば、答えは否だ。

 

「場合による。そいつが改心できそうな奴ならば俺は助ける」

 

「タイカは正義のヒーローみたいなんだね」

 

 どこか羨むようなその声に俺は首を横に振った。

 俺はそんな格好いい人間ではない。単なるわがままな子供なだけだ。

 

「俺はな、かずみ。昔、親父を強盗に殺されたんだ」

 

「え?」

 

 あれはまだ俺が小学生だった頃の事。

 夜遅くに物音がして、俺は目が覚めた。

 物音が方に歩いていけば、厨房で食材の仕込みをしていた親父が倒れていた。

 その横には刃物を持った男が血走った目でこちらを見ていた。その男は強盗だった。

 男は俺にも刃物を向けて走ってきたが、起きてきたお袋が物を投げて助けてくれた。

 厨房の窓から男は逃げたが、その後、警察に捕まったと聞かされた。

 悲しさよりも、不条理を感じた。

 親父の葬式の日、いつも気丈にしていたお袋の涙を初めて見た。

 それを目の当たりにして、俺の中に怒りの炎が灯った。

 その時に思ったのだ。

 もしも正義のヒーローが居たならば、親父は死ななかったのではないかと。

 もしも正義のヒーローが居たならば、お袋は葬式で涙を流す事などなかったのではないかと。

 だが、そんな都合のいい存在は居なかった。

 ならばこそ、俺が守ればいい。俺が救えばいい。正義のヒーローが居ないのならば代わりに俺がそれを為せばいい。

 その時に誰にも涙など流させるものかと心に決めたのだ。

 

「だから、俺は正義のヒーローではない。そういう存在が居てほしいと願うただのわがままな子供なんだ」

 

 そこまで語り終えた時、下手糞な昔話を聞かせてしまったと己の失態に気付き、後ろを見るとかずみは泣いていた。俺の背に抱き着くようにして、涙を零している。

 女の涙は見たくない。泣いている女を見ると、いつも心が締め付けられるような痛みを感じる。

 

「すまん。少し過去など語るべきではなかった」

 

「ううん。そんな事ないよ。やっぱりタイカは凄い……正義のヒーローだよ」

 

「いや、俺は」

 

「私の事、助けてくれたよね」

 

 だから、正義のヒーローだとかずみは言った。

 特別な力のあるなしではなく、誰かのために何かできる人間がヒーローなのだと。

 俺の中にその言葉は深く染み込んでいった。

 

 

 ***

 

 

 色々あったが、無事二人での入浴が終わると、お互いに背を向けて着替えの服を身に纏い、居間へと行く。

 犬か猫のように首を振るだけで、ちゃんと髪を乾かさないかずみをバスタオルで拭いてやる。

 

「くすぐったいよ、タイカ」

 

「物臭な妹の髪を拭いてやるのも兄の務めだ」

 

 居間で椅子に座ったかずみを後ろから、タオルとドライヤーで乾かしてやると、彼女は振り向いてまた微笑んだ。

 共に風呂に入ったおかげか、前と違ってかなり甘えてくるようになっていた。

 いい傾向だと思う。お袋にもこの事を話してやろう。いや、流石に一緒に入浴した事は咎められるだろう。

 そんな事を考えていると、居間の窓の外に蛾が一匹留まっていた。

 虹色の羽を持つ、この辺りでは見た事ない種類の蛾だった。

 その時、蛾から声が聞こえた気がした。

 ――『見つけた』、と。

 同時に頭の中で強い反応が響いた。これはあの前に鬼熊が暴れているのを察知した時と同じもの。

 即ち、魔物が接近したという反応だ。

 危機感を感じる前に黄色の粉が窓の外を舞った。

 

「がはっ……」

 

 強烈な苦しみが喉の奥から湧き上る。気が付けば、既に部屋の中にも黄色の粉が入ってきていた。

 体内を焼くような激痛に耐えられずに、膝を突いた。

 これは――毒か!

 気が遠くなりそうな苦痛の中で、俺はかずみを見る。

 彼女もまた苦しそうにしているが、よろめいている程度で俺よりも軽度に映った。

 個人差があるのかもしれない。ならば、彼女の方が軽度なのは行幸だった。

 

「か、ずみ……息を止め、逃げ、ろ……」

 

 声と共に鉄臭い液体が喉から這い上がる。それを吐き出して、彼女に逃げるように伝えた。

 かずみは首を横に振って俺を背負おうとするが、それを睨んで止めさせる。

 ここで二人とも死ぬくらいなら、俺はかずみを殴ってでも逃がすつもりだった。

 その想いが通じたようでかずみは泣きそうな顔をしながら、扉を開けて走っていく。

 ……そうだ。それでいい。

 俺は意識が飛びそうになるのを堪えて、イーブルナッツの力を使い、辛うじて蠍の魔物へと姿を変えた。

 苦しい事には変わりないが、それでも人間の時よりは多少軽くなる。

 ……お袋の事も心配だ。

 窓から這い出て、庭の方へ回るとと屋根の上には虹色の羽を持つ蛾の魔物が黄色の粉を撒き散らしながら羽ばたいている。その隣には赤い牛に乗ったかずみと同じくらいの女子が宙に浮いていた。

 

『お前らは……!』

 

『ああ、あなた魔物だったんだ。どうするユウリ?』

 

「そっちは好きにしなよ。アタシはかずみを殺す」

 

 こいつらはカンナが言っていたドラ―ゴの部下の魔物と奴に協力する魔法少女だろう。

 何故、かずみの命を狙っているのかは知らないが、こいつらの好きにさせるつもりはない。

 

『ふざけるな。お前らの好きにさせるつもりはない』

 

「勝手に言ってろ。美羽、ここは任せる」

 

 そう言って魔法少女は中空に浮かぶ牛ごと、店側の方へと向かって行く。

 俺もそちらに向かおうとするが、それを蛾の魔物が阻もうと屋根から降りてきた。

 

『あなたは通さない』

 

 女のような口調をする蛾の魔物は俺にそう言って虹色の羽から今度は黒い鱗粉を飛ばす。

 黒い鱗粉が俺の身体に接触した瞬間、激しい爆発が起こり、後方へ吹き飛ばされた。

 

『がっ、これは……』

 

 毒だけはなく、爆薬のような鱗粉も放てるようだ。黄色い粉は毒で、黒い粉が爆薬。複数の鱗粉を使い分ける事でこの魔物は攻撃するようだ。

 

『退け! 今はお前に構っている暇はない』

 

『あなたになくても、わたしにはある』

 

『何?』

 

 蛾の魔物は命令されたからという理由では説明ができないほどの憎悪を俺に向けている。

 人間の面影のある顔からは堪え切れないという具合に黄色の複眼が点滅をしていた。

 

『わたしは妹に優しい兄なんて認めない。そんな都合のいい存在なんて居る訳ない。だから、あなたが殺したいほど許せない』

 

 理屈はほとんど理解できなかったが、どうにも蛾の魔物は「兄」という存在を憎悪しているよう俺にはに思えた。俺とかずみのやり取りを見て抱えていた感情を爆発させてしまったのかもしれない。

 恐らく奴にも兄が居て、何か鬱屈とする背景が奴にもあったのだろう。だが、それを慮っている暇はない。

 かずみやお袋を助けにいくためにも速攻で倒す必要がある。

 

『そうか。だが、今の俺は優しい兄ではない。……怒りに満ちた蠍だ』

 

 怒りを感じているのは相手だけではないのだ。

 俺の大切な家族を危険に晒す敵を許すほど、俺は甘い男ではない。

 




今まで蔑ろだった美羽ちゃんにようやくスポットライトが当たります。多分。

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