魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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また、投稿してしまいました。
やはり筆が乗っている時には書いてしまうものですね……。


第三十七話 彷徨える魔法少女

~かずみ視点~

 

 

 

 私は誰? 私は何?

 和沙ミチルなんて知らない。私はかずみだ!

 作り物なんかじゃない。私は人間だ!

 だって、だって、だって。

 それを認めたら、私独りぼっちじゃないか。

 身体が震える。涙が止まらない。どこへ行けばいいのか分からないのに、歩き続ける。

 行く当てもない逃避行。どこに行けば逃げ切れるのか。どこに行けば救われるのか。

 助けてよ。誰か、助けて。――私を助けて。

 でも、その言葉は声にならない。言ったところで、誰が私を助けてくれると言うのだろう。

 みらいを殺してしまった私を助けてくれる人なんて、どこにも居ない。

 人ですらない。ヒトモドキの受け入れてくれる人なんて誰も居ない。

 

「でも、悲しいよ……辛いよ……」

 

 泣き言が漏れ、私は道端にしゃがみ込む。足元を見れば、私は裸足だった。

 アスファルトの破片が突き刺さり、足の皮が剥がれて血が垂れている。人間ではないのに流れる血は赤いのかと下らない事を思った。

 ポツリと冷たい雫が私の頬に当たる。

 見上げればいつの間にか、空は曇り、すぐに雨が降り出してきた。

 私の心を表しているような空に悲しくなって、涙がまた染み出してくる。

 ――誰か、私を助けて。

 心が割れそうなくらいに強い想いと共に泣き出してしまう。

 

「おい、そこの君」

 

「……え?」

 

 声を掛けられて振り返ると、そこには高校生くらいの男の子が立っていた。傘も持たずに雨に濡れている。

 顔立ちは凛々しく、堂々とした佇まいの彼は私に尋ねてきた。

 

「大丈夫か? 蹲って泣いているようだが……何か困り事か?」

 

 しゃがみ込んでいる私に向かって、手を差し伸べてきた彼は事もなく、こう言った。

 

「俺で良ければ、助けになるぞ?」

 

 当たり前のように、気負う事なく、私にそう言ったのだ。

 目頭が熱くなり、また涙が頬を伝う。さっきまでの涙とは違う、温かな涙だった。

 

「さらに泣いてしまった。俺のせいか? 顔が怖かったか、態度が威圧的だったのか。とにかく、すまん」

 

 頭を下げた彼に今度はおかしさが込み上げて、少しだけ気分が軽くなった。

 泣きながら笑う私にその人は困惑した風に謝罪を繰り返す。雨に濡れるのも気にせず、私を落ち着かせようと悩んだ挙句、いきなり私を持ち上げた。

 

「わっ……」

 

 膝の後ろと背中に手を回すお姫様抱っこだ。中学生くらいの私を意図も容易く抱き上げた彼は、赤ん坊をあやす様に揺する。

 

「こうすると俺は小さい頃泣き止んだとお袋は言っていた。だが、そうだな。雨の中でやるべきではなかったと今確信した」

 

「お兄さん……ひょっとした馬鹿なの?」

 

 真面目な顔でおかしな事をする彼に私は失礼な発言をしてしまう。けれど、気分を害した様子も見せず、彼はこう返した。

 

「よく言われる。俺は頭が悪い」

 

「でも、優しい人だね」

 

「それもよく言われる」

 

「……正直だね」

 

 悪い人じゃない。そう直感で思った。

 あきらと違って表情が硬いし、少し言葉足らずな部分があるけど、この人は優しい人なのだろう。

 その時、「ぐう」と小さな音がした。私のお腹がなる音だった。

 

「何だ腹が減って泣いていたのか」

 

「いや、それだけじゃないけど……」

 

「俺の家は洋食屋だ。飯くらい出してもらえる」

 

「えっと……それどういう意味?」

 

 いまいち要領を得ない彼は私をお姫様抱っこしたまま、スタスタと歩き出した。

 同時に私の問いに彼は答える。

 

「とにかく、家へ来い。ここだと雨で濡れるからな」

 

 不思議な人だなと思う反面、この人ちょっと大丈夫かなと不安になる。悪い人ではないけれど、かなり不器用な人なんだろう。

 彼が私を連れてくれた場所は小さめの洋食店で看板には『洋食店・アンタレス』と書かれていた。

 そのお店の玄関を足を使って器用に開けると、彼は私を抱えたままお店に入って行く。

 

「お袋、今帰った」

 

「この馬鹿たれ大火!」

 

 店の奥恰幅(かっぷく)のよい割烹着を着た中年の女性が現れたかと思うと、お玉で彼の頭をパカンと叩いた。

 叩かれた彼は微動だせず、女性に文句を言う。

 

「お袋よ。帰って来た息子にお帰りの声もなく、罵声と共に調理用具で頭部を叩くのは如何なものだろうか」

 

 しかし、女性というか、彼のお母さんらしい人は怒りを鎮めず、再び彼の頭をお玉で叩く。

 

「何言ってんだい! 高校もサボった上に店の手伝いもせずにブラブラ遊び呆けた馬鹿息子が……ってその子、どうしたんだい?」

 

 抱き上げられている私にようやく気が付いた彼のお母さんは驚いた顔をした後、すぐに疑わしい目を彼に向けた。

 

「攫ってきたんじゃなかろうね?」

 

「お袋は俺をそんな人間に育てたのか?」

 

「質問には、はいか、いいえで答えなって躾けたつもりなんだけど」

 

「答えはいいえだ」

 

「なら良し」

 

 ……凄い親子だな。

 会話の受け答えなんか聞いていておかしい気がしたけれど、それにどう突っ込めばいいのか分からないかったので黙って事の成り行きを見ていた。

 タイカという名前らしい彼は私の事を話そうとしたのか、口を開くがすぐに何かに気が付き、私の顔を覗き込む。

 

「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかったな。というか俺の自己紹介もまだだった。俺は赤司大火という、君は?」

 

「かずみ。私はかずみ」

 

 私も私でタイミングが掴めず、名乗れなかったのでそこで初めてお互いに自己紹介をかわす。

 タイカのお母さんは怪訝そうな目でタイカを睨む。

 

「大火。あんた、名前も知らない子を抱きかかえて来たのかい?」

 

「そうなるな」

 

「一人息子が犯罪者になるなんて、死んだ旦那に合わす顔がないよ……」

 

「待て待て、お袋。自然な動作で警察に通報しようとするのは止めろ! 俺はただ、腹を空かせて泣いていたこの子を抱えて来ただけで何もやましい事はないぞ!」

 

「犯罪者は皆そう言うんだよ」

 

 奥にある固定電話から通報しようとするお母さんを急いで止めようとするタイカ。このまま放っておくと本気で通報しかねないので、私も彼を擁護する。

 

「えっと、タイカの言ってることは本当です。私、道端で泣いているのをタイカが助けてくれて」

 

「おやまあ、そうなのかい」

 

 私がそういうと110のダイアルを押しかけていた手が止まり、タイカのお母さんはこちらを見る。

 タイカは「明らかに対応が違う……」と渋い顔をしていたが、誘拐犯にされずに済んだ事を安心している様子だった。

 私がお腹を空かせていると知ると、タイカのお母さんは今すぐ何か作ってあげるからと厨房の方に向かった。

 そこでタイカはようやく、私を座席の一つに降ろして、自分も向かい側に座る。

 

「お袋、俺にも何か作ってくれ」

 

「自分でやんなー!」

 

「扱いが違うぞ、お袋よ……」

 

 しょんぼりとしたタイカは溜息を吐いた後、私の方に向き直った。

 母親と話していた時とは違う、間の抜けた感じのする表情ではなく、最初に合った時のような引き締まった顔をしていた。

 無言で私の事を眺めていた彼だったが、やがて口を開いた。

 

「なあ、かずみ」

 

 ……どうしてあそこで泣いていたのか、聞かれる。

 そう思った私は返せる答えを持たず、俯くがタイカが言った事はまったく別の事だった。

 

「髪が濡れて寒いだろう?」

 

「……え?」

 

 思いがけない言葉に呆然とした。だけど、彼は勝手に何かを納得してから席を立ち、店の奥から大きめのタオルを持ってきてくれた。

 そして、それを私に向けて差し出す。

 なぜこの人は、私について聞かないのだろうかと疑問を覚えていると、いつまでもタオルを受け取ろうとしない私に(ごう)を煮やしたようで勝手に私の頭を拭き始めた。

 

「ちょっと……タイカ」

 

「髪は女の命だと聞く。ショートカットだからと言って、油断しているとすぐに痛むぞ」

 

 ごしごしと力強く濡れた髪を拭いてくれるタイカに私は、カオルの事を思い出す。彼女はお風呂上がりの私の髪を乾かしてくれた。

 でも、居なくなってしまった。もう帰って来ない。そして、私も海香の家には帰れない。

 

「タイカ……」

 

「何だ?」

 

 髪を拭き終えた彼は湿ったタオルを剥がし、テーブルの小脇に置いた。

 私を見て、ちょっと自分の仕事に満足げな顔をしている。

 

「私の事、聞かないの? どこから来たとか、何で泣いていたのかとか」

 

「聞いてほしいのなら聞く。だが、話したくない事を詮索する趣味はない」

 

 きっぱりと男らしく言い切るその姿に私は、強い憧れと格好良さを感じた。まるで、テレビに出てくる正義のヒーローのような、そういう心に強さを持った人だ。

 掴みどころのないあきらとは違う、明け透けでどこまでも真っ直ぐな男の子。

 彼をただぼんやりと眺めていると、タイカのお母さんが料理を作って持って来てくれた。

 

「はい。かずみちゃんだったっけ。お待ちどう様」

 

「ありがとう。タイカのお母さん」

 

「おばちゃんでいいよ、おばちゃんで」

 

 優しく微笑むとおばちゃんは優しげな顔で私を撫でた。

 温かくて、優しい手のひらが頭に触れる。もしも、私が本当の人間だったなら、こんな風なお母さんが居たのかもしれない。

 

「おばちゃん、俺の分は?」

 

「ぶっ飛ばされたいか、クソガキ」

 

 タイカがおばちゃんをそう呼ぶと鬼神のような顔で彼を睨んだ。

 面白い人だ。タイカもおばちゃんもこんなに温かい人たちが同じ街に住んでいるなんて、今まで知らなかった。

 魔法少女として、街を守るために戦おうと思っていた癖に私はこの街に住む人たちの事を全然知ろうとしなかったんだ。

 

「ほら、かずみちゃん。冷めちゃう前に召し上がれ」

 

「うん、頂きます!」

 

 出て来た料理はチキンのトマト煮とスパニッシュオムレツ、それにカルボナーラのパスタがお皿に乗っていた。

 どれも美味しくて、空腹だった私のお腹を満たして幸せにしてくれる。

 

「美味しい」

 

「そうかい。そりゃ、よかった」

 

「お袋、俺には……」

 

「学校と店の手伝いをサボって遊んでたアンタに食わせるもんはないよ」

 

「おう……」

 

 おばちゃんが厨房に戻っていた後、料理を食べている私をタイカはじっと見ていた。

 口の端からは(よだれ)が垂れている。精悍(せいかん)な顔つきに似合わない、はしたなさにちょっと苦笑する。

 私がお皿を一つ差し出して、彼に聞いた。

 

「タイカも食べる?」

 

「いや、確かにお袋の言った事も一理ある。理由があったとはいえ、無断で高校を休み、店の手伝いをサボった俺は罰せられるべきだろう」

 

 タイカは人に優しいのに自分には厳しいらしい。でも、口元から涎を流して私の料理を凝視しているので、やはり身体までは律しきれていない様子だった。

 お腹を空かせているのに、おばちゃんもちょっと酷い気がする。

 そう思っていた時に店の奥から、料理の乗ったお盆を持っておばちゃんが現れた。

 

「タイカ。あんたは泣いてたかずみちゃんをここまで連れて来たんだったね」

 

「ああ、そうだが」

 

「じゃあ、そのご褒美に特別に今日の店の手伝いをサボった事許してあげるよ」

 

 おばちゃんはそのお盆をタイカの前に置いてくれた。乗っていた料理は私よりもかなり量が多かった。

 何だかんだで、おばちゃんもタイカの事を大切に思っているのだろう。

 

「お袋、ありがとう! では、早速頂かせてもらう」

 

 テーブルに乗っていたフォークを手に取ると、豪快に料理を掻き込み始めた。私なんかよりもよっぽどお腹が空いていたようで、五分も経たずにぺろりと平らげてしまった。

 

「旨かったぞ」

 

「なら、皿は自分で洗いな。かずみちゃんはもちろん、いいからね」

 

 そう言っておばちゃんはまた厨房へと引っ込んでいく。

 タイカもお盆を持って、それに続いた。私に向けて、振り返るとゆっくり食べろと言って、去った。

 私も料理を綺麗に残さず、食べ終えるとお皿の乗ったお盆を持って、厨房に行く。

 おばちゃんとタイカだけでお店を切り盛りしているのか、それとも他の従業員は今日は来ないだけなのか分からなかったが、そこには二人しかいなかった。

 

「お、いい食べっぷりだね。かずみちゃん。お皿はそこに置いてくれればいいから」

 

「いえ、私もお皿洗い手伝わせてください」

 

 頭を下げて頼み込むとおばちゃんは困った風に私を見た後、それじゃあ自分のお皿だけと言って、やらせてくれた。

 タイカの隣に並んで皿を洗い始めると、彼は私の方を見て、優しく笑った。

 硬い表情のタイカが浮かべた笑顔はおばちゃんのものによく似ている。やっぱり、親子なんだなと改めて思った。

 その後、おばちゃんにお願いして、お客さんが使った食器もタイカと一緒に洗うのを手伝わせてもらった。

 

「ありがとね、かずみちゃん。店の手伝いなんてさせちゃって」

 

「いいんです。ご飯、食べさせてもらったし……それに」

 

 優しさをもらった。この二人が居なかったら、私の心は今も凍てついたようになっていた。

 魔女に、化け物になる前に、こんな幸せな体験をさせてもらった事は感謝しても、し足りない。

 早く、ここから出て行かないと。

 私はまたいつ魔女になってもおかしくないんだから。

 

「……ありがとうございました」

 

 そう言いながら、私は店の玄関から立ち去ろうとする。

 

「そういえば、お袋」

 

 すると、突然タイカが何かを思い出したようにおばちゃんに話し出した。

 

「確か、住み込みで店の手伝いのバイトを探していたな」

 

「……ああ、そうだったねぇ。すっかり忘れていたよ。誰か居ないもんかね、皿洗いが上手で元気のいい子」

 

 おばちゃんもそれに合わせてとぼけた調子でそんな事を言い出す。

 じわりと目頭が熱くなる。あれだけ泣いたのにまだ零れる涙があるなんて。

 

「住み込みで働いてくれる子なんて今時なかなか居ないだろう?」

 

「すぐに現れてくれるといいんだけどねぇ」

 

 二人は同時に私の方へ顔を向けた。

 もう、堪えられない。抑えられない想いが雫になって瞳を濡らした。

 

「……私、ここに居ていいんですか?」

 

 震える声で尋ねた私に二人は同時に頷いた。

 優しい顔で私を見ながら。

 

「かずみ、これからよろしく頼む」

 

 私には居場所ができた。

 ミチルの代わりとしてじゃない、『かずみ』としての初めての居場所が。

 




赤司とかずみが出会い、物語に幅ができてきたように感じます。
しかし、我らが邪悪な主人公の魔の手から逃げ切れるのか。
それでは次回に期待してください。

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