魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第三十五話 博物館と少女の記憶

 大きな博物館『アンジェリカベアーズ』。

 あすなろ市の工業地帯にひっそりと佇む、テディベア専門の博物館。誰が得するんだと言いたくなるこの博物館はプレイアデス聖団の一人、若葉みらいちゃんが所有している施設だ。

 個人で持っていていいものなのかは知らないが、客を呼び込むための場所でないことは確かだろう。

 俺はその館の前まで来ると、海香ちゃんとみらいちゃん、それからかずみちゃんが待っているのが見えた。

 ニコちゃんの姿が見えないのが少し気に掛かったので、挨拶をしながら尋ねた。

 

「よう。三人とも可愛いねぇ。ニコちゃんたちは今日は来ないの?」

 

 『たち』と付けたのは、俺がカオルちゃんと里美ちゃんが既に死んだことを知らない設定だからだ。俺と別れた後、カオルちゃんはユウリちゃんが化けていたことを明かしたので俺は見事に騙されていたことになっている。

 里美ちゃんが魔女化して死んだことも俺は誰にも聞かされていないので、同じく知らない扱いになっていた。

 カオルちゃんは俺の家に泊まっていたという話で通していたので、ある程度は問い詰められるかと思ったが、彼女たちはそれについては触れずに軽く挨拶を返した。

 

「こんにちは、あきら」

 

「随分と元気そうだね、かずみから聞いた話じゃ、魔物らしき奴からかずみたちを逃がしたって話だったのに」

 

「あの後は大丈夫だったの?」

 

 そういや、そんなこともあったな。俺はかずみちゃんたちを逃がすために、あやせちゃんたちに喧嘩を売った後、サブに追いかけられた。

 普通にさっくり息の根止めてから、三時のオヤツにしてやったせいで忘れていた。

 ここはそれなりに話でも合わせておくべきだろうな。

 

「そうなんだよ。俺はあの後、あの男の方を引き付けてから下水道に降りて逃げきったんだけど、そのせいで服が汚れて臭くなっちまってさ。そっちの方は大丈夫だったのか?」

 

 さもあり得そうな展開を言うと、海香ちゃんやみらいちゃんは感心したように目を見開き、かずみちゃんは複雑そうに俯いた。

 

「魔法少女と鷹の魔物の二人に追われて、そこにドラ―ゴも加わって……色々あったよ。それにカオルはユウリが化けていた偽物だった」

 

「マジかよ。じゃあ、本物のカオルちゃんは……?」

 

「まだ見つかってないけど……」

 

 口篭(くちご)もってしまったかずみちゃんの後を海香ちゃんが代わりに次いで言う。

 

「ユウリやドラ―ゴの手に掛かった、という可能性が高いわ。無事なら姿を現しているはずだもの……」

 

 暗い目をしているが、諦めや達観した様子が散見された。里美ちゃんが魔女化して死んだこともあって、それほど落ち込んではいられないのだろう。

 そこで俺は白々しく、他の魔法少女たちのことも聞く。

 

「じゃあ、まさか……ニコちゃんたちが居ないのも?」

 

「ニコは無事だよ。今は出掛けている。里美の方は……」

 

「そう、だったのか。でも、他の皆が無事でよかった」

 

 改めて彼女たちの方を見て、俺は安堵したように穏やかな表情を見せる。それに応じて三人の子たちも小さく笑みを返してくれた。

 ここでだらだら安い悲しみを見せつけられても時間の無駄だ。さっくり本題に入らせてもらおう。

 

「それで、今日は俺を何で呼んだんだ? 何か聞いてほしいこととか?」

 

「それは……私も知らない。ただ、海香とみらいがあきらと私に知ってもらいたい事があるって」

 

 海香ちゃんとみらいちゃんの方に視線のみで尋ねるが、二人はここで話をする気はないらしく、博物館の中に入るよう促した。

 

「詳しい事は中で話すわ。かずみにはもちろん、あきらにも知ってほしい事だから」

 

「ボクもそう思う。あきらは……もう部外者じゃないし」

 

「お、友達だって言ってくれるんだな、嬉しいぞ。みらいちゃん」

 

「う、うるさい! 早く行くよ」

 

 若干、みらいちゃんが照れてスタスタと先に行ってしまう。それを見て、海香ちゃんやかずみちゃんは少しだけおかしそうに笑った。

 

「お、二人ともいい笑顔。辛いことがあってもその笑顔、忘れちゃ駄目だぜ?」

 

 二人を勇気付けて、俺はみらいちゃんを追いかけて館内に入っていく。

 中に入ると案外薄暗く、ますます持って人呼ぶ場所ではないと感じた。その中でずらりと並んだテディベアは可愛いというより、不気味でちょっとホラー映画のセットのようにも映る。

 奥まで一人で進むみらいちゃんを俺たちは追いつつ、通路を進むと開けた一際場所に出た。

 そこにみらいちゃんが自分のソウルジェムをかざすと、魔法陣が浮かび上がる。

 

「取りあえず、この魔法陣に乗って」

 

「何なに? 悪魔でも呼び出すの? デビルサマナーみらいちゃんなの?」

 

「大丈夫よ。そんなに危ないものじゃないから」

 

 海香ちゃんが俺のジョークに真面目に返した。ネタにそういう風に返されるとちょっと悲しい。

 仕方なく、俺は魔法陣に乗ると残る二人も同じようにその場所を踏む。

 周囲の光景が一瞬にして変わり、エレベーターで下に降りるような僅かな浮遊感を感じた後、さっきのテディベアが並ぶ博物館から奇妙な空間へと出た。

 

「おおう。ここはどこだ?」

 

 本当は既に知っている。喰ったサキちゃんとカオルちゃんのソウルジェムから記憶を掘り起こし、この場所に関する情報を手に入れていた。

 

「ここは『レイトウコ』。魔法少女の眠る場所……」

 

 左右の壁際にはぷかぷか裸の女の子が浮いている円筒形の水槽が並んでいる。その中央には台座が設置しており、複数のソウルジェムが置かれていた。

 記憶で見たと同じ光景なので特筆する点はない。強いて言うなら、どのソウルジェムもやや濁っているからあやせちゃんが生きていたら不満を言うだろうなと思った。

 

「これは……」

 

 ショックを受けたようにかずみちゃんが言葉を失う。

 あすなろドームでユウリちゃんが言っていたことを思い出しているのか。その顔は蒼白になっている。

 俺はかずみちゃんの疑問を代わりに海香ちゃんに尋ねてあげた。

 

「死んでるのかよ? この子たち」

 

「生きてる、って言っていい状態なのかしらね? 彼女たちは、私たちがソウルジェムを取り上げ機能を停止させた魔法少女たちの抜け殻」

 

 早い話が魔法少女狩りだ。魔女を増やさないためとはいえ、よくもまあ、こうまで続けたなと感心する話だ。

 俺としては既に知っていた話だが、かずみちゃんにはそこそこ衝撃の真実だったらしく、言葉をなくして聞いていたがやがてか細く呟く。

 

「本当に魔法少女を狩っていたの……? 目的は……目的は何!?」

 

「矛盾に満ちた魔法少女システムの否定」

 

 そこから彼女が語り出したプレイアデス聖団の活動についてだ。

 魔法少女が魔法を使い続ければソウルジェムはやがて濁り、魔女を産む。だから、そうなる前に魔法少女とソウルジェムを分離させ、一時的に凍結させる。

 知っている話に飽き飽きしてあくびが出そうになるのを堪え、俺はシリアスな表情を保ち、そのまま黙って聞いている。

 唐突にかずみちゃんが叫ぶ。

 

「ソウルジェムって何なの!? 何で、ソウルジェムが魔女を産むの!?」

 

「それは……」

 

『魔法少女の本体さ』

 

 海香ちゃんの代わりにジュゥべえがふらりと物陰から現れて答えた。

 ギザギザした歯を見せて笑ったような顔を見せるジュゥべえは説明役を彼女から奪い、そのまま話を続ける。

 曰く、ソウルジェムは魔力の源たる『魂』だそうだ。それを効率的に運用するために身体から抜き、ジェムという形に結晶させる。

 

『それがオイラの役目って訳だ』

 

「じゃあ……魂を抜かれた身体は」

 

 抜け殻だろうなぁ。それか戦うための道具ってところだ。

 それから、身体の方はソウルジェムを破壊されない限りは何度でも修復できるとか、ソウルジェムが肉体を制御できるのは百メートルが限界とかも話されたが、特に目新しい話ではなかったので聞き流した。

 魔法少女はその気になれば、痛覚も消して戦うことができるらしいが、プレイアデス聖団の子たちはあえて痛みを消さずに戦っているらしい。マゾである。魔法少女ならぬ、マゾ少女だった模様。

 

「この魔法陣はソウルジェムと肉体を分離し、彼女たちを魔女にさせないように……人間であり続けるために」

 

「そして、ジェムを完全に浄化して、ボクたち魔法少女を人間に戻す方法を見つけるために」

 

『それがこのお嬢さんたちの魔法少女に対する否定って奴さ』

 

 話を聞き終えた俺は魔法少女も大変で可哀想な存在だなと心底感じた。あんまりにも可哀想だから、魔女になる前にぶち殺してあげないとならない。

 哀れな化け物になる運命の女の子に死の救済を与える俺はなんて慈悲深いんだろう。自分の優しさに泣けて来た。

 

「辛かったな……二人とも」

 

「ちょ、あきら! そういうのはいいって」

 

「……強引ね。でも、貴方ならそう言ってくれると思った」

 

 ひしっと海香ちゃんとみらいちゃんをぎゅっと抱きしめてあげる。

 みらいちゃんは照れて怒るが、二人とも満更でもない様子だった。

 理由は分かる。こいつらは自分の境遇を誰かに知ってもらいたかったのだ。

 こういう風に優しい言葉をかけて、少しでも慰めてほしかったのだ。

 それを互いに抑えていたのが、人数が減って歯止めが利かなくなり、その結果が俺のような部外者まで情報を漏洩してしまったということ。

 サキちゃんあたりが居たら、俺に教えようとは思わなかっただろう。ニコちゃんは止めなかったのだろうか。

 ひたすら、哀れで愚かで可愛い子たちだ。魔女になる前に美味しく頂いてやるからな。

 俺たちが絆を深め合うハグをしていると、空気の読めないかずみちゃんは深刻な表情で尋ねてくる。

 

「魔法少女と魔女の関係、皆はいつ知ったの……?」

 

 その質問に二人の顔に影が差す。もう、空気の読めない子だ。そんなどうだっていいじゃないか。

 皆まとめて俺が皆殺しにしてやれば、魔女にならずにプレイアデスの魔法少女はハッピー。俺も気持ちよく虐殺ができてハッピー。win-winな関係になれるというのに。

 再度、空気の読めない子ことかずみちゃんは問いかける。

 

「魔女になるのが分かってて契約する子なんていないよね? 一体何が……」

 

 海香ちゃんが俺から離れてかずみちゃんの前に立つ。そして、お互いの額をくっつけ合わせた。

 驚くかずみちゃんに彼女は答える。

 

「それを伝えるために貴女の記憶を取り戻す。……それからあきらにも同じ記憶を見てほしいの」

 

 海香ちゃんが俺も同じように額に付けるように促した。サキちゃんとカオルちゃんの記憶からある程度のことは引き出していたので、正直な話どっちでもよかったが素直に応じた。

 俺が顔を近付けるとかずみちゃんと海香ちゃんは頬を赤らめた。みらいちゃんはそんな俺の尻を抓る。モテる男は辛いぜ。

 そんなこんなで俺はかずみちゃんの記憶の世界に意識を飛ばすこととなった。

 

 ***

 

 目の前が一瞬、ちかちかと点滅し、かずみちゃん以外が自殺をしようとしている場面が視界に映る。

 まあ、大体見知った内容なのである程度は流し見で意識を飛ばしていく。

 海香ちゃんは小説を売り込みに行って、アイドルのゴーストライターにされたり、カオルちゃんはサッカークラブで足を怪我させた子がそのせいで自殺未遂をしたりと、しばし面白みに欠ける内容が分かった。

 ちなみにどうでもいいのだが、その自殺未遂をしようとした女の子は、前に二条院精神病院でアリの魔物になって死んだ子だった。

 他にも里美ちゃんが自分の飼っていた猫が管理不行き届きで死んだり、みらいちゃんがボッチで嫌われ者だったり、幼いニコちゃんが拳銃で遊んでいて友達を撃ち殺してしまったり、サキちゃんの友達が車の衝突事故で死んだりとかずみちゃんの記憶なのに他の子の絶望シーンが織り込まれている。

 皆、絶望して魔女の結界に誘い込まれたという展開なのだろうが、明らかに絶望の理由に差があり過ぎるだろ、これ。みらいちゃんに至ってはしょうもなさ過ぎて逆に言葉を失ったわ。

 その後は自殺しようとしたところをかずみちゃんに助けられ、結構スパルタな叱咤を受けて、魔女から助けてもらう件はサキちゃんの記憶とほぼ同じだった。

 

 何だかんだで皆仲良くなり、今度こそかずみちゃんが魔法少女になった光景がようやく見られた。

 省略すれば、留学中にかずみちゃんのババアが危篤になり帰って来たところを魔女に襲われるが金髪ドリル頭のボインの魔法少女に命を助けられる。家に帰るが既にババアは時既に遅く意識不明、なんか口調の違うジュゥべえと「ババアが死ぬ前に意識を取り戻させる」という願いと引き換えに魔法少女になるというエピソードだった。

 それで皆傷を舐め合って仲良しこよしになって、深く考えもせずに六人ともジュゥべえと契約して魔法少女になり、プレイアデス聖団を結成。

 ウキウキ気分だったプレイアデスの皆さんは、ユウリちゃんのお友達……飛鳥ユウリが魔女になるのを目撃して、魔法少女の秘密を知る。そして、切れた海香ちゃんがその口調の変なジュゥべえの記憶を魔法で改変して、現在のジュゥべえとこの『レイトウコ』を作った。

 

 ***

 

 そこで俺の意識が戻り、同時にかずみちゃんも現実の世界に帰ってきた。

 微妙なラインだが、収穫はあった。この記憶を知ったことでサキちゃんやカオルちゃんの記憶からさらなる情報を得ることができるかもしれない。

 だが、一つ前に見たサキちゃんの記憶と食い違う点があった。

 ――和沙ミチル。

 サキちゃんの記憶ではかずみちゃんのことを皆呼んでいたが、今見せられた映像ではかずみちゃんと誰もが呼んでいた。

 この記憶は果たして本物なのか。それともサキちゃんの記憶が間違っていたのか。

 思考の中に入りかけた俺を呼び戻したのはかずみちゃんの声だった。

 

「思い出した……魔法少女狩りはユウリのことがあったからなんだね。ウッ……!」

 

「かずみ!」

 

 急に苦しみだしたかずみちゃんに俺たちは目を向けると、一瞬彼女の瞳孔が太極図のように変わる。

 魔女化するのかと身構えたが、彼女はふらりと倒れそうになるだけでそうはならなかった。

 海香ちゃんは、かずみちゃんを受け止めると俺とみらいちゃんに言った。

 

「かずみは疲れてるみたいだから、先に帰るわね」

 

 かずみちゃんに肩を貸して帰ろうとする海香ちゃん。俺は彼女の背中に声を掛ける。

 

「海香ちゃん」

 

「何かしら、あきら」

 

 振り向かずに返事をする彼女に俺は一つだけ問いを投げかけた。

 

「俺にこの秘密を聞かせてよかったのか?」

 

「……ニコは怒るかもしれないわね。でも、それでも聞いてほしかった。プレイアデス(わたしたちじゃない)誰かに……例え、嫌われることになっても」

 

「嫌わねぇよ。もっと早く話してくれればよかったとすら思ってる」

 

「……ありがとう、あきら」

 

 感謝を述べた海香ちゃんの頬からは透明な雫が流れたように見えた。

 そのまま、二人が出て行くのを見送った後、俺はみらいちゃんの方に顔を向ける。

 

「みらいちゃんもありがとな。俺にこう言う秘密明かすのって結構勇気があっただろ? よく決心してくれたな」

 

 そう笑いかけて言うとみらいちゃんはそっぽを向いてぶっきら棒に返した。

 

「あきらは……ボクの友達、だから」

 

「え? 何だって? 聞こえない。もっと大きな声で」

 

「何でもないよ!」

 

「あきらはボクの友達の後が聞こえなかった」

 

「全部聞いてるじゃないか!?」

 

 からかって遊ぶとみらいちゃんは元気に怒る。そうだ、それでいい。

 魔女になってから殺してもつまらない。こういう風に幸せを感じる可愛い女の子を踏みにじって殺すのが楽しいのだから。

 




ようやく、出した情報を回収し始めることが出来てきました。
次回ももちろん、和沙ミチルの謎を追う展開で進みます。赤司は当分お休みであきら君パートが書けるので楽しいです。

もっとも忙しいのであまり執筆時間は取れないのですが……。

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