魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第三十四話 暴れ熊の咆哮 後編

~力道鬼太郎視点~

 

 

 何だ。この野郎は……。

 真っ白い西洋の鎧にも見える姿。両手に蟹みたいな鋏と背中に長い鋭く尖った長い尻尾を持っている魔物。赤く光るその二つの眼光はまるで俺を恐れていない。

 動きは俊敏でかつ、精確に俺の急所を狙い、蹴りや鋏の拳を見舞ってくる。

 強い。純粋に強い。魔物としての強さだけじゃない、武道を極めたかのような空手の技がこいつの強さを裏打ちしている。

 最初の内こそ、相撲の技で翻弄できたが次第に俺の手数を読み切り、攻撃を当てる事さえ難しくなってきた。

 そして、何よりも厄介なのがこの蠍の騎士の攻撃だ。数か所、最初に打ち込んだ打撃点を外す事なく、同じ場所へと追撃をかましてくる。

 頑強が取り柄の俺の魔物形態だが、同じ場所を狙い、ダメージを蓄積させられれば、それすらも意味がなくなっていく。

 

『動きが鈍くなってきたな。もうお(しま)いか』

 

 魔物化してなお、凛と澄んだ色を響かせる蠍の騎士の声。俺とは違う、明確な覚悟と信念を持っているのが聞いているだけで分かる。

 

『クソがッ! 殺してやる、殺してやる!』

 

 悔しい。腹立たしい。許せない。脳味噌が煮立つような劣等感が俺の心に広がっていく。

 俺たちを外から客観視すれば、でかい事をほざいていた敵役が正義のヒーローに押されている姿に見えると思った。

 ああ、俺たちはトラぺジウム征団は確かに正しくねえよ。己の快楽のために弱い奴らを踏みにじって傷付けている。

 だけど、それがどうした。暴力の何が悪い。弱い者虐めの何がいけないんだ。

 俺はそれを甘んじてきた。弱いから、劣っているから虐められても仕方ないんだって考えていた。

 だからこそ、強くなった今は俺が暴力を振るう番だとそう思ったんだ。

 それがどうだ?

 ようやく戦った奴らには一勝もできず、自分を信じてくれる仲間は俺を庇って先に死に、渡された力にビビッて逃げ、挙句がムカつく正義のヒーローに劣勢を強いられている。

 どれだけ情けない醜態さらせば、済むんだ俺は。

 自分への怒りを溜め込みながら、それでも俺は身体を低くし、潜り込んでくる蠍の騎士へと前に出ながら掴みかかる。

 相手の前に行こうとする力を利用して相手の腕や肩を正面から手前に引き、相手を倒す『引き落とし』だ。

 こいつで押し倒してしまえば、体重差で勝る俺の勝ち!

 だが、奴は自分の腰から生えた尻尾を俺の顔面を穿とうと、突き刺してきた。

 飛んで来るその尾に意識を取られて、無様に顔を庇おうとした俺の手からするりと逃げ(おお)せる蠍の騎士。

 あれはフェイントだと理解した時には最初に当てられた首元に回し蹴りが放たれる。

 

『ぐへぇッ……!』

 

 何度めかのその蹴りは俺の身体をついに地面へと沈めた。

 意識はあった。だが、立ち上がったとしても蓄積されたダメージにより、また膝を突く事になるのは目に見えていた。

 何より、この蠍の騎士に勝つ自分を想像する事ができなかった。

 負けている。何もかもが、敗北している。

 

『お前の負けだ。選べ、トドメを刺されて死ぬか。それとも魔物化を止めてイーブルナッツを差し出すか』

 

 俺を見下ろす蠍の騎士。そこに弱者を(なじ)(いや)らしさはない。

 高潔に降伏を促すその姿を見れば、俺が素直にイーブルナッツを渡せば命だけは助けてくれるかもしれない。

 だが、そうするくらいなら……。

 氷室の楽しげな顔が浮かんだ。

 そうするくらいなら……。

 旭先輩の頼りない笑みが浮かんだ。

 そう、するくらい、なら……。

 最後にあきらの俺をからかう顔が浮かんだ。

 俺は――俺である事を喜んで捨てる!

 

『ドラ―ゴ。俺は……俺はああああ‼』

 

 手の甲に隠し持っていた二つのイーブルナッツを頭部に押し込んだ。

 

『身体に取り込んだイーブルナッツの他に二つも持っていたのか!?』

 

 仮面のような顔の蠍の騎士が驚いた声を上げた。少しだけざまあみろと溜飲が降りた。

 それが力道鬼太郎としての最後の思考だった。

 身体中から凄まじい力が溢れ出すのが分かる。次第に意識は黒くなり、自分の意識が遠退いてくる。

 ああ、これで……これ、デ。

 こロせルはず、ダ。

 黒い光が凡てを包んだ。

 

 

~赤司大火視点~

 

 

 目の前で二つのイーブルナッツを取り込んだ鬼熊はその巨体を覆い尽くすほどの黒い光で包まれた。

 見えない風圧が俺の身体を押し退けて、奴から遠ざける。思わず両手で顔を覆うがそれでも風圧と光は鬼熊を中心に発生し続けている。

 一体、何が起きたというのだ。

 急にぴたりと風圧と黒い光が止み、俺は庇っていた目をそちらに向ける。

 そこには鬼熊が俺の方を向いて立っていた。

 いや、もはや鬼熊という呼称は奴には合わないだろう。

 眼前に立つ、その魔物は蝙蝠(こうもり)のような両翼を生やし、身体中を太く大きな針で覆っていた。

 絵画に出てくる悪魔のような、それ以外には例えられない醜悪な外観。鬼熊よりも二回り近く巨大な姿。

 

『赤い、悪魔……』

 

『――――――――――――!』

 

 そう俺が呼ぶと赤い悪魔は口を広げ、喉を鳴らした。

 世界から音が消えた。平衡感覚すらも異常をきたし膝を突く。

 鼓膜がおかしくなったのかと思ったが、それは違うと俺の直感が囁いた。

 無音の中、赤い悪魔は蝙蝠のような翼を羽ばたかせ、飛び上がる。

 何をするつもりだと見え上げた時、奴の狙いを理解した。

 身体から飛び出している無数の針が俺に向けて放たれる。数十、下手をすれば数百かもしれない針は俺の装甲を破り、身体を抉るように突き刺さる。

 衝撃に受け身も取れずに吹き飛ばされ、俺は路地沿い壁にめり込んだ。

 呻き声をあげるが、それすらも音とならずに消え失せる。

 明らかに強くなっている。これほどの力を隠し持っていたのかと顔を上げるが、赤い悪魔は優勢による喜びは認められない。

 獣のように口の端からは涎を垂らし、白目を向いてこちらを睨むその姿に知性は微塵も感じられなかった。

 理性……いや、人格を犠牲に力を得たのか……。

 愚かだと思う反面、自分もああなっていたかと思うと僅かな憐れみを抱く。

 だが、奴は何としてでも俺が始末しなければならない。もう、降伏など勧めたりはしない。

 心まで魔物に落ちたのならば殺す。倒すのではなく――殺す。

 奴が空を飛んだ以上、目撃されるのは確実。それだけならいいが、奴を見に人が集まれば先ほどの比ではない人が命を落としてしまう。

 早めに決着を着けなければ……。

 先の一撃で大きな傷害を受けたが、それでも魔物形態は解除されていない。

 壁にめり込んだ身体を引き抜くと、即座に身体を構える。空を羽ばたく赤い悪魔は俺を睨み、第二射の針の弾丸を向けていた。今度は狙いを定めて確実に俺をサボテンに変えるつもりなのだろう。

 これを喰らえば、次こそは致命傷に至る。しかし、俺には空を飛ぶ能力はない。

 万事休すとはまさにこの事だ。

 身体や周囲の壁に刺さった十数センチはある針の弾丸。容易く俺の装甲すら貫くこの針は先ほどの一撃でコンクリートさえも穿ち、地面にも転がっている。

 それを見て、俺はひらめく。だが、頭に描いたそれは策とも言えない無謀なものだった。

 ……一か八かに掛けてみるか。

 落ちていた針の一本を鋏で拾うと、掴んだまま身体を捻り、渾身の力で赤い悪魔の左翼目掛けて投げ飛ばす。

 遠心力を乗せた針はその勢いを殺さずに真っ直ぐに飛び、奴の左翼に突き刺さった。

 その衝撃で重心がブレて俺に狙いを定めていた針の弾丸がずれ、俺の傍の壁を砕き、穿つ。

 場所を移動するのならば今だ!

 即座に壁沿いの十五メートルくらいの建造物に跳び乗り、突起を足場にして再び跳ね上がる。音がなく、三半規管がおかしいせいで平衡能力に異常もあったが、どうにか屋上まで上った。

 対峙する赤い悪魔との距離が縮まった。向こうは攻撃手段を変え、身体中を針で覆い尽くすと今度は飛ばすのではなく、その状態で突撃をしてくる。

 空を舞う剣山は俺を串刺しにしようと、下降して重力と位置エネルギーを乗せた突進を見舞おうとした。

 知性による行動ではなく、野性の本能めいた戦い方だ。それ故に直線的過ぎる。

 俺は尻尾で屋上を床を叩き、跳ね上がり、上にかわす。

 そして、これは避けの一手であり、攻めの一手でもあった。

 空中で重心を取り、右足に尻尾を撒き付けて、槍の如く変貌させる。

 俺の真下を飛行する赤い悪魔の針と針の隙間。その間隙に俺は一撃を打ち込む。

 ――砕け散れ、赤い悪魔!

 落下する俺の位置エネルギーを籠め、尾の先の針が赤い悪魔に放たれた。

 

『ギッ、ガアアアアアアアアアアアアアアアア‼』

 

 無音の空間を切り裂くような叫びが周囲に轟く。

 突き刺さった尾の巻かれた右足から、黒い光が流れ出し、膨れ上がった赤い悪魔はその身を破裂させた。

 消し飛んだ光の中で三つのイーブルナッツが転がり落ちる。

 後に残ったのは三つのイーブルナッツと、うつ伏せになった中学生らしき少年。まだ幼いその少年に近付くと彼は泡立つ音と共に血の塊を吐いて、瞳孔の開いた眼をしている事が分かった。

 

 ……死んだのか。

 

 俺は魔物の姿のまま、落ちたイーブルナッツを鋏で摘まみ上げる。

 恐らくは三つのイーブルナッツが彼に必要以上の負荷を掛けていた事が原因だろう。俺の蹴りにより、彼の中のイーブルナッツのエネルギーが暴発……そして。

 

 ――いや、言い訳などするべきではない。俺が殺したのだ。

 

 後悔はない。手加減などして勝てる相手ではなかった。

 もし同じ事がもう一度起こったとしても俺は再び、同じ行動を取るだろう。

 己の鋏で三つのイーブルナッツを思い切り握り潰す。中から染み出す黒い靄はまるで狼煙のように上がるとやがて消えた。

 魔物の姿から人に戻ると、倒れている少年を静かに抱き起こす。

 俺よりも年下であろう彼は虚空を見上げたまま、その一生を終えていた。

 胸の中でまた怒りの炎が燃えた。

 最後に彼を突き動かしたのは何なのかは分からない。

 

 ただそれがドラ―ゴという存在なのだとしたら、俺は奴を絶対に許しはしない。

 ――必ず、奴をこの手で討つ。




これでトラぺジウム征団初期メンバーはあきら君を除いて散りました。残るあきら君は何を思うのか。
きっと、全然気にしてませんね……。

ちなみにハイパーオルソことリッキー最終形態は、ひむひむの魔物形態である蝙蝠の羽とサヒさんの魔物形態である針鼠の針が生えています。
これは、リッキーが二人の力を貸してほしいと念じて、イーブルナッツを取り込んだからだったりします。

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