魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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長引いてしまうので前編と後編に分けます。


第三十三話 暴れ熊の咆哮 前編

~力道鬼太郎視点~

 

 

 俺は弱い。どうしようもないくらい弱過ぎる。

 二日前のあの戦闘でも俺は、ただ旭先輩に言われるがまま逃げただけだった。

 あれから、自分の家に戻る事もできないほどボロボロだった俺は美羽と一緒にあきらの家の一室に泊めてもらっている。

 魔法少女のユウリの魔力を受けて、肉体の傷は大分完治したが、へし折れた心の方は簡単には戻らない。

 氷室の時も、今回も俺は何もできずに見殺しにしてしまったんだ。

 ……俺はどうしてこんなにも弱いんだ。イーブルナッツを握り締めて、わざわざ二人で相談に乗ってくれているあきらに弱音を吐く。

 

「あきら……俺は弱い。どうしようもなく」

 

「うん。知ってる。リッキーが弱いのはもう分かってるから」

 

 俺の泣き言を聞いたあきらはそれをにべもなく一蹴した。

 何を当たり前の事を言っているんだと言いたげな声に、酷い虚脱感が広がった。

 そうか。俺は期待なんかされてなかったんだな。

 魔物としての力をもらい、トラぺジウム征団に一員だと言われ、舞い上がっていた。

 俺はあの相撲部に居た時と何一つ変わらない。ただの……ただの『サンドバッグ』だ。

 俺の心を見透かしたようにあきらは意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「強くなりたいか? 自分がどうなろうとも。ひむひむやサヒさんのためにも」

 

「当たり前だろっ! 何だってする。今更、戸惑う理由なんてねえよ‼」

 

 もう俺にはトラぺジウム征団として、戦う以外に何も要らない。ここだけが俺が、俺であれる場所なんだ。

 それが俺を仲間と呼んでくれたあいつらへの恩返しだ。

 親だって殺した。魔法少女だって今度こそ止めを刺してみせる。他にも命令があれば何十人だって殺す。

 強く叫び、あきらへと己の持てる限りの思いを乗せた視線を向けた。

 

「リッキーならそう言ってくれると思ってたぜ。流石は恐れを知らぬトラぺジウムの暴れ熊」

 

 満足そうに目を細めて、近くにあったテーブルの上にイーブルナッツを二つ置いた。

 あきらはそれらを指で弾いて、話し出す。

 

「このイーブルナッツは一つで、人間の肉体を魔物に変質させるほどのエネルギーを秘めている。そこで二つ、三つと身体にイーブルナッツを取り込めば、体内への当然エネルギーは増える。早い話が強くなれる訳だ。……ただし」

 

 一旦、言葉を区切り、俺を見ながらトントンと俺の額を叩いてくる。

 

「イーブルナッツ一つ分で精神にも影響が出る。負の感情が増幅されたり、隠していた思いが暴発したりする。三つも入れれば精神が壊れるかもな」

 

 それでもいいのかと言外にあきらは俺に告げた。

 馬鹿な事だ。そんな事、俺が怯えるとでも思ったのかよ。

 俺が怖いのは、氷室や旭先輩の意志を継げなくなる事だけだ。誰かに殴られるだけのサンドバッグに戻る事だ。

 無言でテーブルの上の二つのイーブルナッツを掴み取る。

 だが、俺の意志に反してイーブルナッツを掴んだ両手は震えていた。今ある自分がなくなる事を怖がっているかのように。 

 

「……今すぐ使えとは言わないぜ。おかしくなる前にやっておきたい事の一つもあるだろ? よーく、外で考えて来いよ」

 

 それを見られて、おまけに気まで遣われて、俺は俺が恥ずかしくなった。

 居た堪れず、逃げ出すようにあきらの家から出て行こうとする。

 その際に廊下に居た美羽と衝突してしまった。俺よりも体重の軽い、美羽はそのせいで尻餅を突く。

 

「……力道」

 

 生気のない無表情の顔は何を考えているか分からない。だが、今の俺には美羽が俺を憐れんでいる氷室の顔がダブって見え、返事もできずに走り去った。

 その後ろに居たユウリにも何も言わず、俺は靴も履かずに玄関の外へと逃げるように這い出た。

 

 

~氷室美羽視点~

 

 

 何なんの、あれ。いきなり、ぶつかっておいて、謝りもせず出て行くなんて。

 僅かにむっとしたが、走って追いかけてまで文句を言う気は起きなかった。廊下の先のリビングに入るとあきらが漫画をソファーの上で寝っ転がっている。

 

「あきら」

 

「何、みうキチ」

 

 ヘンテコな渾名で呼ばれたが、もう何を言っても基本的に無駄だと知っているので無視して続ける。

 

「力道、出て行けど何かあったの?」

 

 あきらは読んでいる漫画の単行本から、顔を上げる事なく、わたしに答えた。

 

「力がほしいって言うから、イーブルナッツ追加で二個上げたら、ビビッて逃げた」

 

 要領を得ない返しにわたしは首を傾げた。

 イーブルナッツの事は知っている。愛子ちゃんや旭さん、あきら……そしてわたしの頭の中にも埋まっている人間を化け物に返る力を持った魔法の道具だ。

 事実、わたしもそれで蛾の化け物になり、旭さんたちや魔法少女と呼ばれる連中ごと大通りに居た人間を殺し尽した。

 あの時の得も言われぬ感覚は今も心に残っている。血を吐き、もがき苦しみ、死んでいく人たちを空から見下ろすのは絶景だった。

 これこそ、わたしが望む『破滅のあるべき姿』だと思った。

 魔法少女の一人が化け物になったせいで台無しになったが、それでもあの一瞬だけは我を忘れるくらいに楽しかった。

 そのせいで旭さんが死んだけれど、それはどうでもいい。わたしが望むのは世界の破滅だ。

 誰が死のうと興味なんてない。わたしは世界が滅びる瞬間を見るためだけにあきらに着いて来たのだから。

 

 思考が深みにはまり、会話をそっちのけでぼうっとし出した頃、リビングの扉から少し遅れてユウリが来る。

 声が聞こえていたのか、ユウリはあきらに尋ねた。

 

「イーブルナッツを二つも与えたって……そこまであいつに期待してるのか?」

 

「いや、全然」

 

 漫画のページを捲りながら、あきらは首を横に振った。

 声からしてもまるで興味が無さそうに聞こえるあたり、本気で言っているのだと思う。

 

「もうイーブルナッツも、新しい手下も要らなくなったから、くれてやったんだ。リッキーが使わずにいても、魔法少女に回収されても、使って発狂しても良し」

 

「どこまでも酷いな……」

 

 ユウリが呆れた風にあきらを見たが、それを平然と流すユウリもまた外道だ。わたしもそれに何か思うところがないので人の事は言えないけど。

 わたしはリビングの扉を見る。気にする訳ではないが、助けてくれた力道にお礼の一つでも言ってあげればよかったかと思った。

 

「お、そろそろ時間だな」

 

 声に反応して振り返るとあきらが漫画をテーブルの上に置いて、ソファーから降りて立ち上がった。

 その様子からどこかに出かけようとしているらしい。

 ユウリもそれに気付いて、あきらに聞いた。

 

「ん? あきら、どこかに行くの?」

 

「ああ。ちょっと女の子に誘われてテディベア博物館にな。まあ、所謂デートって奴だ」

 

 あきらの台詞を聞いて、不機嫌そうな顔をしかめるユウリ。まさかこの人、あきらにそういう感情抱いているのだろうか。だとしたら、信じられないくらいに趣味が悪い。

 ユウリに対してあきらはにやりと笑うと、軽く頭を叩いてからかう。

 

「あー、ユウリちゃん。ひょっとして嫉妬してるのかなー?」

 

「馬鹿か。……そこはプレイアデスの『レイトウコ』とかいうのがある場所なんだろ?」

 

「よく覚えてたね。まあ、そういうのも含めてお話、してくれんじゃねぇの? 取りあえず、段々と俺みたいな部外者にもガードが緩くなってるっぽくてな」

 

 よく分からないが、あきらが何かを企んでいる事は分かった。恐らく、今日はまた魔法少女が死ぬのだろう。

 見に行きたいが、誘われない以上着いて行かせてはくれないだろう。

 そんなわたしの様子を察してか、あきらはわたしに言った。

 

「美羽ちゃん。今日はお留守番してろよ。ユウリお姉ちゃんに遊んでもらえ。そんじゃな」

 

 一方的にそう言ってからリビングから出て行ってしまった。

 残されたわたしは奴隷らしく、あきらの言うとおりにユウリに聞いた。

 

「……らしいので今日、よろしく。ユウリお姉ちゃん」

 

「その呼び方止めろ」

 

 嫌そうにユウリは眉を(ひそ)めた。

 

 

~赤司大火視点~

 

 

 俺は魔物姿を再び、人の姿に戻すとカンナと別れ、ドラ―ゴの所在を探す。

 この街で何が起きたのかも知り、それに対抗する手段も得た。後は己の為すべき事を行うだけだ。

 最後にイーブルナッツを取り込んで、魔物としての力を得た人間は同じように体内にイーブルナッツを入れた人間を反応を捉える事ができると教えてくれた。

 つまりは俺がドラ―ゴや奴の部下の傍に近付けば見つけられるという事らしい。

 つくづく、このイーブルナッツというものは便利にできている。

 とは言え、そこまで簡単に発見できるほど近付くにはそれなりに難しいだろう。

 再び、街中を捜索し、反応があれば接触するしかない。迂遠(うえん)的だが俺がこうやっているだけで理不尽な殺戮を防げるなら安い話だ。

 

 人通りの多い場所から、路地裏に掛けて俺は街を歩き回る。

 予想通り、そう簡単には見つからず、ニ、三時間の時間が過ぎようとしていていた。

 落胆はない。むしろ、あれから二日でまた新たな犠牲者が出る事の方が恐ろしい。もう少し見回りをしてから、今日は一旦帰るべきか。

 そう決めた直後、俺の身体の中で反応が起きる。不快で、俺の知る言葉では表せないようなそんな反応。

 これがイーブルナッツの反応かと思った瞬間、近くの人通りの無さそうな路地裏から物音を鈍い響いた。

 その物音には聞き覚えがある。殴られた人間が壁に叩き付けられた音だ。

 喧嘩の仲裁や暴力沙汰を何度か止めた事のある俺には聞きなじみのある衝撃音。耳を澄ませば、押し殺した悲鳴のようなものまで聞こえてくる。

 ……不良同士の喧嘩でも起きているのか。

 急いで俺は音がした方へと駆け寄る。

 近寄ると、そこには倒れた男が数人、壁に寄りかかっている様子が見えた。顔が抉られた者、身体が逆方向にへし折られた者、あるいは人の形を保っていないほど潰された者……。

 一目で死んでいるのが分かるほどの損壊状態だった。

 その奥で一人の男性の頭を壁に何度も叩き付けている赤い熊の化け物の姿が認められた。

 額から日本の角を生やし、両の目を血走らせて執拗なまでに男性の頭を壁にぶつけるその様は昔話に出てくるような『鬼』のようだった。

 魔物だ。こいつが二日前の事件に関わった赤い熊の魔物。

 

「やめろ! その人から手を放せ!」

 

 俺は死体の立て掛けられた壁の前を通り、赤熊の魔物の前に躍り出た。

 赤熊の魔物、『鬼熊』とでも呼称すべき存在は俺の言葉に反応してか動きを一旦止めて、こちらを睨む。

 低重な息を吐き出すと、掴んでいた男性を放り投げた。急いでそれを抱き留めるが、頭部が(ひしゃ)げて肉が削れた後頭部からは骨が見えている。

 力なく、ゴム人形のように俺の腕の中で垂れ下がる男性は既に息絶えていた。

 

 ――怒りを、感じた。

 

 半開きになり、血で汚された彼の目をそっと閉ざして、壁際に寝かせる。

 そして、鬼熊の方へ向き直ると静かに問いを投げた。

 

「……何故、こんな酷い事をしている?」

 

『ああ? ……イーブルナッツの反応、お前も魔物か。誰にイーブルナッツをもら……』

 

「質問をしているのは俺だ!」

 

 怒気を抑えられず、鬼熊を睨み付け叫んだ。

 それに鬼熊は押し黙った後、つまらなそうに歪な声で吐き捨てた。

 

『肩がぶつかったから謝れとか文句付けてきやがったから、サンドバッグにしてやったんだよ。何だよ、お前。まさか、こいつらの知り合いか?』

 

「いや、知らない。この人たちが誰なのか、どういう人間だったのかも俺は知らない。ただな……どういう人間だろうとここでこんな風に殺されていいはずがない」

 

 俺は思う。

 この殺された人たちは善良な人間ではなかったのかもしれない。

 だが、彼らがこんな方法で殺されるほどの悪人だったとも思わなかった。

 こんなにも理不尽で、一方的な虐殺など誰であろうとも受けていい訳がないのだ。

 目の前の鬼熊は笑う。心底馬鹿馬鹿しそうに声を上げて、醜く笑う。

 

『あはははは。何だよそりゃあ、正義の味方にでもなったつもりか? 馬っ鹿じゃねえの?』

 

「そうだな、その正義の味方にしては遅すぎた」

 

 周囲に倒れた数人の男性たちの死体。俺がもっと早くここに来ていれば全員救えたのかもしれないと思うと、己の未熟さに腹が立つ。

 しかし、ならばこれ以上、こいつの暴虐を赦すつもりは毛頭ない。

 

「ここでお前は俺が倒す」

 

 宣言する。ここで殺された人たちのためにも俺はこの鬼熊を倒すと。

 

『……俺に勝てるとでも思ってるのか、お前……いくら何でも舐めてんじゃねえよ!』

 

 堪忍袋の緒が切れたように、鬼熊は俺を目掛けて鋭く、強靭な腕を振り下ろす。

 成人男性の何倍もの太さを誇る腕に付いた、長い爪が大気を切り裂いて、俺へと迫った。

 俺は頭の中に埋め込まれたイーブルナッツの力で肉体を変貌させ、その爪を受け止めた。

 鋏上になった左手は爪を挟んで横に捻じるように受け流し、その勢いを殺さずに身体を直進。

 下段から上段に振り上げた右足を標的の顎の下を目掛けて振り上げる。

 

『ガゥッ!? ッてめえ!』

 

 完全にカウンターの蹴りが人体の急所の一つである喉元に決まるが、鬼熊はよろけた程度に留まっている。

 耐久力は見た目以上にあるようだ。侮っていた訳ではないが、恐らく人間の状態のままなら確実に聞かなかっただろう。

 

『弱い者虐めをしているから見掛け倒しかと思ったら、想像以上に手強いな』

 

 白い蠍の魔物の姿になった俺は距離を取るべく、後ろへと跳ぶ。

 身体能力は上がり、軽く跳ねたつもりだが二メートルほど跳ねてしまった。

 

『クソがッ! 次で潰してやる』

 

 首を軽く振った鬼熊は俺へと突進してくると今度は爪ではなく、手のひらを向けて打ち込んでくる。中国拳法の『発勁(はっけい)』かと思ったが違う。

 一撃で仕留めに掛からず、もう反対の手も同じように手のひらを同じように繰り出そうと予備動作をしている。

 これは――相撲の『突っ張り』か。

 気付いた俺に連続の張り手が津波のように押し寄せる。手を広げて指を下に向けた形で下からやや上向きに胸を突き飛ばすように突いてくる。

 両手を使い、下から上に回すように繰り出すその突っ張りの連打は俺の身体を押し上げ、弾き飛ばした。

 

『ぐッ……!』

 

 背中から地面に落下するが、受け身を取って転がりつつ、立ち上がる。数秒前に俺が倒れた場所には巨大な足が踏み下ろされていた。

 即座に避けなければ、あの巨体による踏み付けを喰らっていただろう。

 

『驚いたな』

 

『俺の強さにか?』

 

『ああ。それもだが、武道を使ってくるは思っていなかった』

 

 魔物というくらいだから、その異形化した肉体による特性で攻めてくると思えば、鬼熊は相撲の技で攻めてきた。力押しに見えるものの、先ほどの突っ張りは素人めに見ても付け焼刃ではなく、しっかりとした基礎ができている。

 間違いなく、相撲経験者と見ていい。そう結論付けて、俺はあすなろ中学校で格技場全焼事件を思い出す。

 あの突然に焼け落ちた格技場にて焼け死んだのは、相撲部の人間だったと聞いた。

 もしやと思い、俺は鬼熊へと尋ねた。

 

『ひょっとして、お前はあすなろ中の相撲部の関係者だったのか?』

 

『な、それをどこで知った!?』

 

 別段カマを掛けたつもりで言ったのではないが、あからさまに動揺する鬼熊に俺は確信する。こいつは相撲部関係者……恐らくは部員。ならば、中学生か。 

 

『それならば、なおさら、お前の蛮行を止めねばならないな』

 

 ――母校の出身の先輩として。そして、ほんの一、二年だけだが人生の先輩として。

 俺は再び、構えて鬼熊に向き直った。

 




次回、赤司君とリッキーの熱いバトル回です。
蠍の騎士と鬼熊の魔物……魔法少女が出て来ないですね。
そして、赤司君の主人公力が高すぎて困ります。

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