魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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今回、新キャラ登場回です。


正義の魔物登場編
第三十二話 蠍の騎士


~赤司大火視点~

 

 

 物心ついてからまず最初に感じたのは、怒りだった。

 幼き頃より、俺はずっと思っていた。この世界は総じて汚な過ぎる。

 私利私欲のため、他者を踏みにじる存在の何と多い事。己の一時の快楽のため、弱者をなぶる輩の何と多い事。

 赦せない。断じて赦してはならない。

 この世にはそのような悪を裁く正義がなくてはならないのだ。

 

 しかし、次に感じたのは無力感。

 どれだけこの世に憤りを感じようとも俺にできる事は高が知れている。

 所詮は子供戯言に過ぎない。せいぜい、自分の目の前で行われている暴力を止めるくらいが限界だ。

 だが、それすらも力がなければ成り立たない事だった。

 故に俺は必死になって格闘技を習い、心身を鍛え上げ、ひたすらに眼前に怒る暴虐を止めるために己を研磨し続けた。

 そうして、数年過ごし、できあがったのが赤司(あかし)大火(たいか)という人間だった。

 

 母校、あすなろ中学での格技場の放火による相撲部員の焼失死。同場所で校舎で上空で目撃されたという巨大な竜と鷹の化け物。二条院精神病院での大火災。そして、二日前に起きた大通りの謎の大量死。

 異常だった。いくら何でもこの街でおかしな事が起こり過ぎている。

 高校生の俺ですら、このあすなろ市で起きている異常に気が付いているというのに警察が何も反応しないのはいくら何でもあり得ない。

 こんなにも何の罪もないの人間が不自然に死んでいるというのに……。

 警察に憤りを感じながらも俺もまた街が何かに襲われている事に何もできずにいた。

 

 高校を自主的に休み、俺は今起きている事を少しでも知ろうと街中を練り歩く。すると、近くで井戸端会議のように、大通りで起きた話をしている主婦らしき中年女性たちを見かけた。

 盗み聞きをしようとした訳ではないが、大きな声で噂話をしているため、傍を歩けば嫌でも耳に届いてくる。

 

「怖いわねぇ、あの大通りの事件」「何でも有毒ガス漏れ出てとかいう話だったわね」

 

「それがね、あのすぐ後に大通りに言った人が言うにはあの事件のすぐ後に大きな赤い角の生えた熊みたいな化け物を見たとか」

「ええ? そんな映画じゃあるまいし、そんな怪物が居たら警察だって黙ってないでしょ?」

 

「それもそうね。でも、私の息子も空を飛ぶ、大きな竜を見たとか」

 

 熊の化け物……? それに竜や鷹の化け物の他にも同じような怪物が何体も存在しているというのか。

 話を聞かせてもらおうと俺は主婦たちに軽く挨拶を交わしてから、知っている情報を聞かせてもらった。

 彼女らの話によれば、空を飛ぶ竜や鷹などが度々、あすなろ市上空で目撃されているとの事だった。どうして、それを警察などに報告しないのかと尋ねれば、信用してもらえず、また見つけてもすぐに見失ってしまうとの事だった。

 顔には出さなかったが、内心で市民の通報をまともに取り合わない警察に怒りを感じた。

 その時、奥の通りでフードを目深に被った人影が俺を見ているのに気が付く。俺がその人物へ焦点を合わせると、フードの人物は通り方へ走り去った。

 

「待て!」

 

 思わず、声を上げてその人物を追う。話を聞かせてもらっていた主婦たちは驚いたように俺を見たが、今はそんな事は気にしてはいられなかった。

 何故、逃げたのかは理由は定かではない。しかし、俺には奴がこの一連の事件を何か知っているのではないかという根拠のない確信があった。

 フードの人物は俺をどこかに誘導しているように一定の間隔を取りつつ、逃げて行く。

 それを理解しても、俺は奴を追う以上の選択肢はなかった。

 ただ、ひたすらに生まれ育ったこの街で起きている異常を知りたい。そして、できる事なら無辜の人々をこれ以上死なせたくはないという意志だけが俺を突き動かしていた。

 走り、走り、息が切れるまで走り続けた俺の前でフードの人物は足を止めた。

 俺も相手に習い、足を止めると荒くなった呼吸を整えた。

 この人物はどれだけ体力があるのだろう。普段走り込みを日課にしている俺ですら息が上がってしまうほどの距離を駆け抜けておいて呼吸をまったく乱した様子がない。

 背を向けていたフードの人物は俺の方に向き直ると、ゆっくりと話しかけて来た。

 

「お前はどうして、この街で起きている事を調べている?」

 

 低い声をしていたが、それは女の声だった。こうやって相対してみれば、背格好も俺より小さく中学生くらい見える。

 しかし、その声音に乗った意思やフードの奥の暗がりから見える眼光は決して馬鹿にできる類ではなかった。

 武道を嗜む俺には分かる。舐めて掛かれば痛い目を見る。そういう相手だ。

 恥かしいが、本心からの言葉を口にする。

 

「……この街を守りたい。訳の分からない化け物が理由で人が死ぬのを防ぎたい」

 

 青臭く、幼稚な内容だと自分でも思う。けれど、それが偽りなき、俺の本心だった。

 俺の言葉を聞いたフードの人物は数瞬だけ無言になり、その後堪え切れないという風に笑い声を漏らした。

 

「あははは。本気だ。本気で言っているんだね、お前」 

 

 分かってはいたが、流石に面と向かって笑われると羞恥の情が広がり、かあっと頬が熱くなるのを感じた。

 だが、嘘と詰られず、信じられた事は俺にとって意外だった。

 

「信じてくれるのか?」

 

「ああ、うん。まあ、ね。それでこの街で起きてる事……時折目撃されている怪物について知りたいんだったか?」

 

「やはり知っているんだな」

 

 フードの人物は頷き、語り出した。

 曰く、このあすなろ市で暴れている化け物は『魔女モドキ』あるいは『魔物』と呼ばれる存在なのだと言う。

 『魔物』は人間がイーブルナッツという不可思議な魔法の道具で異形化した姿であり、中でも取り分けて、危険で多くの人の命を奪っているのが黒の竜の魔物『ドラ―ゴ』。そいつは気まぐれで人を殺しては喰らい、殺戮を楽しんでいるらしい。

 そういう魔物と見えないところで戦っているのが魔法少女という存在なのだが、ドラ―ゴは手下の魔物や奴に協力する裏切り者の魔法少女のせいで惨敗を期し、街を守護する事ができずにいる。

 それがこのところ、街で起きている事件の真相だと彼女は言った。

 下らない冗談のような話だったが、本気で騙すつもりならば、もっとまともな嘘を吐くだろう。それに竜や角の生えた熊の化け物のような非日常的な存在が居るのだ。魔法少女くらい居てもそれほどおかしいとは思わない。

 

「何故、お前はそんな事を知っている? そして、それを俺に話すんだ?」

 

「そうだね……私も『魔法少女』だからと言ったら?」

 

 フードの人物を俺は()めつ(すが)めつ見る。そして、一言。

 

「地味なんだな。魔法少女って言うからにはもっとこう……ひらひらでふわふわしたファンシーな格好しているものだと思っていた」

 

 真面目な感想を述べると、またもフードの人物改め『魔法少女』はおかしそうに笑った。

 意外と彼女は笑い上戸なのかもしれない。

 とにもかくにも、情報をくれたのだから、感謝を述べねばならない。

 

「ありがとう。君のおかげで事件の事が分かった。感謝する」

 

 深々とお辞儀をすると彼女は笑うのを止めて、俺の下げた頭へと見下ろしている様子だった。

 身体を九十度折り曲げた状態で顔だけ上げると、フードの奥の瞳は冷たく光っている。

 

「……私の言った事を信じるのか?」

 

「嘘を吐くならもっと信憑性(しんぴょうせい)のある物言いをするだろう? 先ほどの話は意図的に情報を省いたような言い回しだった」

 

 嘘は言っていないが、知っている真実をまだまだ隠している気がする。あくまで勘ではあるが、俺の勘はこういう時大抵当たるのだ。

 『魔法少女』は少し驚いたような雰囲気を出したが、元の冷徹さを取り戻し、静かに問いただしてきた。

 

「それが分かるなら、何でここで引き下がった。もっと情報を引き出すようにするのが普通だろう?」

 

「……俺が知りたい事は大体聞けた。それに言いたくない事を無理やり、聞き出すのは俺の主義に反する」

 

 教えてくれるなら聞きたいとは思うが、隠している事を暴き出すのは、嫌いなのだ。隠しているという事は人に聞かれたくない事だ。無理強いをしてまで、それを聞く出すのは俺が目指すべき正しさではない。

 ましてや、女子にそれを強いるなど言語道断だ。

 

「それに俺は口下手でな、そういった話術は得意ではない。女子と話すのもクラスの連絡事項くらいだ」

 

「く、くく……あはははは。本当にお前、素直だね」

 

「あー、嘘が嫌いな性分なんだ。放っておけ」

 

 散々、大笑いした後、『魔法少女』はフードの奥の目尻を拭って、ようやく笑みを止めた。

 そして、俺に尋ねた。

 

「お前、名前は?」

 

赤司(あかし)大火(たいか)。『赤』を『司』る『大』きな『火』と書いて赤司大火と読む」

 

「じゃあ、タイカ。笑わせてくれたお礼にこれをあげる」

 

 無造作に彼女から手渡されたそれは黒い装飾のある手のひらに乗る程度のオブジェだった。

 それを顔に近付けて眺めるが、何に使うものなのかさっぱり分からない。ただ、どこか嫌な雰囲気を醸し出している事だけが感じ取れた。

 

「何だ、これは」

 

「イーブルナッツ」

 

「話に出てきた魔物に変身するアイテムじゃないか!?」

 

 何気なく、答える『魔法少女』に俺は突っ込みを入れた。平然ととんでもないものを手渡すなと言いたい。

 恐る恐る、端の方を爪で摘まみ、じっと様子を見るが持っているだけでは危険はないようだった。

 

「それを使えば、魔物と戦う戦闘能力を得られるよ」

 

「だが、魔物になってしまうのだろう?」

 

「怖いの?」

 

「ああ。怖い」

 

 首肯すると「正直だ」と言い、『魔法少女』は口元を弛めた。

 顔の下半分だけしか見えないが、彼女の顔立ちはなかなかに整っているのが分かった。

 

「でも、それなしでドラ―ゴと相対してお前に何かできる?」

 

 正論だ。敵はどう軽く見積もっても、生身のままで勝てる相手ではない。

 しかし、同時に倫理の教科書の何ページかに乗っていたニーチェというドイツの哲学者の言葉を思い出す。

 『怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返すのだ』。

 俺は今、深淵の一端を覗こうとしている。ならば、深淵もまた俺を見返すだろう。だが、ニーチェは同じページでこうも言っていた『一段深く考える人は、自分がどんな行動をしどんな判断をしようと、いつも間違っているということを知っている』。

 ここで考えていても恐らく、どのような行動を取ろうとも正解は見つからない。考え過ぎても、何も為せなくなるだけだ。

 俺は覚悟を決めて、『魔法少女』に言う。

 

「俺はこのイーブルナッツを使おうと思う。そこで君に頼みたい。もし、俺が身も心も魔物になってしまったら、誰かを傷付ける前に殺してほしい」

 

 彼女は『魔法少女』だ。魔物と戦う存在の一員だと言うのなら、それなりに力を持っているだろう。

 ならば、最悪俺が化け物になってしまった時は彼女に倒してもらえばいい。

 

「頼まれてくれるか?」

 

「……お前は本当にどうしようもないくらい愚直なんだね。自分がそんな事をする必要がどこにある、お前に力があるならお前が魔物を倒せ――そう言ってもいいだろうに」

 

「誰かに何かを望むのは、自分で行動してからだろう」

 

 自分で何もしようとしない奴が、誰かに文句を言う権利など在りはしない。

 それに加え、俺は俺の手でこの街を脅かす存在を退治したいと思っている。こちらはただの我がままだ。

 子供のような幼稚な我がまま。

 だが、俺を支えている信念めいた感情。

 

「いいよ。聞いてあげる。約束しよう」

 

 『魔法少女』は俺にそう答えた。

 有り難い。これで最悪の場合はどうにかなるだろう。

 この少女は俺にすべての真実を伝えてはいない。しかし、この言葉だけは嘘偽りのない本心からの言葉のような響きを持っていた。

 

「感謝する。それで、どう使うんだ?」

 

「額に近付ければ勝手にイーブルナッツが身体に吸収される。それでお前は魔物になれるよ」

 

「了解した」

 

「……何で使い方を知っているのか聞かないの?」

 

「聞かない。約束してくれたからな」

 

「調子狂うな……」

 

 フードの奥の顔を押えた後に『魔法少女』は俺に答えた。

 そのイーブルナッツというものを作り出したのは自分であると、この状況の元凶は自分であると、素直に俺に話してくれた。

 ドラ―ゴという強大過ぎる存在が生まれたのは予想外だったが、魔物を生み出したのは自分だと。

 言ってから、失敗したという風に頭を押さえる。

 それを見て、俺は確信する。彼女は確かに間違った事をしたかもしれない。ひょっとすれば現在も間違った事を続けているのかもしれない。

 だが、決して邪悪という訳ではない。

 

「名前を教えてくれないか?」

 

「ここでまで話してしまったら、隠す意味もないか。……カンナ。私の名前はカンナ」

 

「そうか。カンナか。女性の名前の良し悪しは分からないが、綺麗な名前だな」

 

「……………」

 

「じゃあ、カンナ。約束は守ってくれ」

 

「なっ、タイカ……」

 

 俺は自分の額にイーブルナッツを近付けた。額からするりとそれが頭の中に入っていく。

 異物感がして、不快さが込み上げるが、どうにかそれを堪える。

 身体の奥で何かが揺れた。中心から末端に掛けて、その何かは広がっていった。

 気が付けば、俺の身体が白い鎧の如き、甲殻に包まれている。世界史の教科書で見た西洋の甲冑に似ていた。

 両手は甲殻類のような強靭な見た目の鋏に変わっている。

 最初は海老(エビ)か、(カニ)の魔物になったのかと思ったが、違う。

 これは……。

 

(サソリ)……」

 

 カンナの声に首肯する。

 腰のすぐ上からは長く巨大な蛇腹のように節のある尾が付いており、その先には棘状になっている。

 そう、彼女の言う通り、これは蠍だ。

 俺は蠍を無理やり、人型に変形させたような姿になっていた。

 意識ははっきりとしている。これであすなろ市で人を襲う魔物と戦う事ができる。

 

 ――ドラ―ゴ。これ以上、このあすなろ市をお前の好きにはさせない。

 

 




明らかにこの小説に場違いなキャラが現れました。
赤司大火。彼は今までの魔物と違い、正義と信念を持って魔物へと姿を変えました。
見た目的にも、性質的にも仮面ライダーに近い、存在です。

……主人公って誰でしたっけ?

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