魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第三十話 針鼠の意地

~旭たいち視点~

 

 

 何が……何が起きたんだ。

 分からない。ただ、急に苦しくなり、意識が(おぼろ)げになった。魔物形態にも関わらず、高熱でも出したかのように身体中が痛くて堪らない。

 ふらふらする頭でとにかく現状を把握しようと視界を見回す。

 すると、粉が。黄色い輝く粉がパラパラと光に反射して上から落ちてくるのが見えた。

 これだ。この粉がボクを苦しめている原因だ。その粉が落ちてくる方、つまりは上空を見上げる。

 そこには虹色の羽、いや翅を持つ巨大な毒蛾が飛び回っていた。なぜだか一目でその毒蛾の正体が分かる。

 あれは美羽さんだ。彼女が魔物になった姿なんだ。

 口の端から垂れる唾液交じりの血を吐き出し、隣に居た力道君を探すと彼も血を吐き倒れ伏していた。

 前方にはあの三人の魔法少女たちも同じように地面に横たわっているのが映る。

 今起きている状況を完全にボクは把握する。魔物になった美羽さんがボクたちまで巻き込んだ範囲攻撃により、両陣営共々大打撃を受けたようだった。

 美羽さんに少しばかり思うところはあるが、彼女は最愛の兄、氷室君の仇を討ちたかったと考えればこの行動も許す事ができる。

 そう、まずはボクたちを庇って死んだ氷室悠君の無念を晴らす事が先決だ。

 彼の命を奪った最も憎い魔法少女、宇佐木里美を殺す。

 奴の姿を捉えると、ボクは背中の無数の針を射出するべく狙いを付ける。本来ならこんな事をせずとも照準が合うのだが、今は美羽さんの毒鱗粉のせいで身体のバランスがうまく取れないために、時間が掛かってしまう。

 ようやく、狙いが定まった瞬間、宇佐木里美の身体が浮き上がった。

 意識を取り戻したのかとも思ったが、どうにもそういう訳ではない様子だった。

 奴の薄紫色のソウルジェムが身体のさらに上まで昇っていく。

 やがて数メートル上がったところで静止すると、外皮が剥げ落ちるように色の付いた部分が砕け、中からどす黒い溝川のような色を見せた。

 外観はイーブルナッツに似ていたが、装飾はより複雑で気味の悪さを周囲に漏れ出させるような形状をしている。

 その黒いイーブルナッツモドキから、ホイッスルのような頭で胴体は檻になっているような化け物が生まれた。

 昔、テレビで見た猛獣使いを戯画したような、不可思議な見た目をしている。

 その怪物が出現したと同時にボクたちが居る空間が変化して、あすなろ市の一角だった場所は不思議な、悪夢じみた空間と化す。

 

『これは……?』

 

 ホイッスルの音が響き渡り、怪物が鞭を振るう。そうすると、歪な空間からどこからともなく、デフォルメされた猫に似た怪物が這い出てくる。

 それは次第に数を増し、視界の端からどんとんと近付いて来た。

 ……これはきっと、ボクたち魔物に似たけれど、決定的に違う何かだ。

 即座にボクは背中の針を飛ばして一匹一匹撃退していく。幸いな事にそれほどこの猫の怪物は強くはなかった。

 

『う、くっ、離れろ。私に近付よらないで!』

 

 美羽さんの声が聞こえ、射撃を中断し、ボクは上を見上げた。宙空では蛾の魔物になった美羽さんが空間の天井から這い出た猫の怪物に襲われていた。

 その美しい虹色の羽を爪で引き裂かれて、苦しんでいる。

 

『美羽さん! 離れろ、猫ども!』

 

 美羽さんを攻撃する猫の怪物に向け、無数の針を飛ばし、彼女に組み付く奴らを打ち落とす。猫の怪物は身体や額を針で撃ち抜かれ、ぼとぼとと地面に落ちていった。

 傷付けられた美羽さんは蛾から女の子の姿に戻り、空中から落下する。

 いけない! でも、針鼠の魔物のボクでは彼女を無事に受け止める事は不可能だ。

 隣で倒れている力道君に叫ぶ。

 

『力道君! 起きて! 美羽さんを‼』

 

 こんなにも大きな声が出るのかと思うほどの叫びが喉から出た。びくりと赤い角の生えた熊の姿の力道君はどうにか気付き、何も言わずに落ちていく美羽さんに駆けていく。

 四足歩行の全力疾走する彼は驚くほどの速度で落下予測地点まで来ると美羽さんを難なく抱き留めた。

 よかった。

 そう安心したのも束の間、猫の怪物たちは彼ら目掛けて押し寄せる。

 ボクはそれを防ぐべく、彼らの周りの猫の怪物を優先的に針の弾丸で穿つ。

 

『力道君、美羽さんを連れてここから逃げるんだ!』

 

 叫んだボクの後方から新たな猫の怪物が爪を振るい、針の抜け落ちた背中を抉った。久しく感じる鋭い痛みが身体に走る。

 美羽さんが散布した毒の鱗粉はボクの針の再生速度までも妨げているようで、撃てば撃つほど身体を守る針は減っていく。

 

『馬鹿野郎! 旭先輩を置いて逃げられるかよ! 氷室だって俺は……』

 

 馬鹿だな、力動君は。でも、自分を本気で心配してくれる人が居るのは心から嬉しかった。

 いつも虐められ、嫌われ、疎まれ続けたボクの事など今まで誰一人気に掛けてくれる人なんて居なかったから。

 だからこそ、彼を助けたいと思う。

 短い間だったが、生まれて初めてできた気を許せる友達にボクは言う。

 

『先輩命令だよ、力動君。ここで君まで戦えば、誰が美羽さんを守るの? 誰がドラ―ゴに今の状況を伝えるの?』

 

『旭先輩……』

 

 魔法少女の一人が魔物のような姿になった事も含め、ドラ―ゴ……あきら君に報告する必要がある。それに……。

 魔物化した力道君の腕の中に居る美羽さんに目を向ける。

 氷室君の忘れ形見である彼女を守らなくてはいけない。ボクを命懸けで助けてくれた彼に報いるためにも、ここはボク一人で解決する場面だ。

 身体を猫の怪物に刻まれながら、人間の姿に戻らないように意識を強く保ち、力道君が逃げるための血路を開く。

 

『行け! 行くんだ、「オルソ」‼ トラぺジウム征団のオルソ‼』

 

 

『分かった……アンタの事は絶対に忘れねえよ、トラぺジウム征団の「ポルコスピーノ」』

 

 お互いにあきら君が付けてくれた魔物としての名前で呼び合い、そして、別れを告げた。

 ポルコスピーノ。全てを傷付け、串刺しにする針鼠。誰も逃がしはしない、針の山。

 にやりとボクらしくない不敵な笑みを浮かべ、残り全部の針の弾丸を猛獣使いの怪物に向けて、射出する。

 虐められっ子の旭たいちとして死ぬんじゃない。ボクは仲間を守る誇り高いポルコスピーノとして死ぬんだ。

 恐怖はない。胸にあるのは覚悟と誇り。

 命を籠めた無数の針は、猛獣使いの怪物の中心にある檻のような部分が壊れる。中に居たウサギのような生き物が怯えた表情でボクを見ている。

 ――お前が本体か。

 

『死ね。これがボクの……トラぺジウム征団、針のポルコスピーノの一撃だ!』

 

 最後に口の中に隠し持っていた血に塗れた太い針を飛ばした。

 逃げ出そうとするウサギの頭部を外す事なく、捉えた針は奴の頭蓋を打ち砕く。

 同時に周囲の変な空間は掻き消える。いつの間にか、身体を刻む猫の怪物もさっきの余波で消し飛んでいた。

 身体から力が抜けていくのが分かる。毒の鱗粉のせいか、それとも猫の怪物の攻撃か……あるいは両方か。

 どちらにせよ、ボクは死ぬ。もう助からない。

 霞んだ目に映るのは、死んだ宇佐木里美の死体だった。

 仇は討ったよ……氷室君。これで君に報いる事はできただろうか?

 そして、ごめん。あきら君、力をくれたのに最後まで役に立つ事ができなかった。

 力道君、君に後のすべてを託す。駄目な先輩で申し訳ないけど……許してほしい。

 頭がぼうっとする。視界が暗くなり、意識が遠退く。けれど、ボクの心はどこか温く感じた。

 

 

 ***

 

 

~御崎海香視点~

 

 

 ここはどこだろうか。飛びかける思考を纏め、私は記憶を手繰り寄せる。

 羽。虹色の羽。黄色の鱗粉。蛾の魔物。

 断続的ながら単語を組み合わせ、何が起きたのかを思い出した。私は確か、あの毒蛾の魔物の鱗粉で意識を飛ばしてしまったのだ。

 そこまで思い出して、私は自分の身体が何かに運ばれている事に気が付く。

 目を向ければ、私を大量のテディベアが持ち上げて、運んでくれている。このテディベアはみらいの魔法「ラ・ベスディア」だ。

 とすれば、私を助けてくれたのは……。

 首を動かして、隣を見れば同じようにテディベアに持ち上げられているみらいの姿が映る。

 

「あ……海香……気が付いた?」

 

 顔色が悪く、運ばれるみらいは私の目が覚めた事を認め、話しかけてくる。

 

「私たちは、一体どうなったの?」

 

「どうもこうもないよ。……あの変な蛾の粉でボクらはやられて、里美は……」

 

 そこで口ごもるみらいに、私は里美の姿がない事に気付く。

 最悪の想像が脳裏を過るが、それでも聞かない訳にはいかない。私は恐る恐る、みらいに問う。

 

「……里美はどうなったの?」

 

「魔女に、なった……。それでトラぺジムの奴らを襲ってる隙にボクはどうにか魔法で海香だけ連れて……」

 

 想定していた最悪のさらに上の、最悪に眩暈がした。だが、弱音を吐く前にここではみらいに感謝を言う方が先だ。

 

「そう。……とにかく、みらい、助かったわ。ありがとう」

 

「うん」

 

 力なく頷く彼女に掛ける言葉は見つからない。こういう時、カオルかニコなんかが居てくれたら少しは気の利いた事を言ってくれるのに。

 今は彼女たちと合流して、魔女になった里美とトラぺジムの魔物を倒さないといけない。

 気を強く持ち、みらいに聞いた。

 

「どこに向かってるの?」

 

「アンジェリカベアーズ博物館」

 

 彼女はそれに短く、答える。

 『アンジェリカベアーズ博物館』。それはみらいが所有しているテディベアの博物館だ。そして、そこにはもう一つの、プレイアデス聖団にとって欠かせない場所でもある。

 そこで一旦、身を落ち着けて身体をジュゥべえにソウルジェムを回復させるのがベストだ。

 そうこうしている間に博物館が見えてくると、門の前にジュゥべえの姿があった。

 

『手ひどくやられたみてえだな。それじゃあ、さっそくソウルジェムを浄化してやるよ』

 

「お願いね、ジュゥべえ」

 

『おうよ。任せな』

 

 そう言ってくるりと身体を回し、円を描くと私たちのソウルジェムの穢れを吸い込んでくれる。まるでブラックホールのようになったジュゥべえはいつものように穢れを浄化する。

 ソウルジェムは当然のように濁り一つなく、綺麗に浄化された。

 カオルと合流したと言っていたニコたちに電話を掛けようとしたところ、それをみらいに遮られた。

 自分のソウルジェムを持つと、みらいは何かを悩んだようにしてから、覚悟を決めたように私に言う。

 

「海香には言っておかないといけない事がある……」

 

「何の事?」

 

 問い返すと彼女は少し言いづらそうにしてから答えた。

 

「サキがボクらに隠そうとしていたものが、この博物館の『レイトウコ』の近くに隠してある」

 

「『レイトウコ』に?」

 

 行こうと彼女に促され、疑問を抱えながらも私は彼女の後ろを歩いて行く。

 博物館の中央の部屋。そこにある魔法陣にソウルジェムをかざすと、私たちはこの建物の地下、『レイトウコ』に行く。

 ずらりと並んだ水槽に入っているモノを横目で見た後、みらいの背を追った。

 

「ここだよ」

 

 何もない部屋の壁を指差したみらいはソウルジェムを向ける。そこを魔法少女となり、無理やり、大剣で壁を砕く。

 

「ちょっと、みらい!」

 

 何をしているのと、問う前にそこに居た少女たちの姿を見て、絶句した。

 なぜ、彼女たちがここに居る。確か、彼女たちはサキが……。

 そこまで考えてから、みらいの言っていた意味を理解する。サキの隠していた事、それは彼女たちの事だったのだ。

 私の知る少女と瓜二つの顔をした少女がずらりと十二人並んで私とみらいを見つめている。

 かずみと同じ、『彼女』そっくりの少女たち。

 傍らのみらいの瞳が私に無言で問いかける。

 ――この子たちをどうするのか、と。

 




次回はまたあきら視点に戻ります。話が同時並行なので少し、読むのが大変かも知れませんがご容赦ください。

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