魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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昨日に引き続き、続けてもう一話投稿です。


第二十八話 美しい羽

~旭たいち視点~

 

 

 僕には苦手なものがたくさんある。単語だけでも上げれば原稿用紙を百枚用意しても足りないくらいだ。

 その中でも最たるものは……女の子だ。

 この世で一番憎んでいるものと言い換えてもいい。それくらいに苦手で、嫌いなものだ。

 あの、時折こちらをちらちら見てさもクスクスと漏らす女子特有の陰湿で不快な笑い声や、人目を憚らず大きな声で下らない話を仲間内で話す声。

 思い出しただけで胃の中がむかむかしてきそうになる。

 そんな僕が、だ。何の因果か分からないけれど、女の子と一緒に洋服店で服を選んでいた。

 

「……えっと、あのー……氷室さん?」

 

「美羽でいいですよ、旭さん。あなた、私の一個上でしょ?」

 

 素っ気なく、視線さえ振り返らずに言う病院服を着た少女の名前は氷室美羽。あの氷室君の双子の妹らしい。

 言われてみれば目元や口元なんかは彼とそっくりだが、僕にも友好的で気さくな氷室君と違い彼女は他人に無関心な雰囲気を放っているため、受ける印象が大分違った。

 

「あー、じゃあ、美羽……さん」

 

 流石に呼び捨てにはできなかったので敬称を付ける。

 

「はい。何でしょうか?」

 

「これって、僕たち居るの……?」

 

「あきらからあなたたちと一緒に居るよう命令されましたので。旭さんもあきらにそう命令されたんじゃないんですか?」

 

 さも当然のようにそう言われ、僕は頭を抱える。

 彼女の言うとおり、僕と力道君はほんの一時間ほど前に美羽さんを紹介され、彼女の面倒を見るように頼まれていた。

 最初こそ僕は難色を示したものの、命の恩人である氷室君の妹ということもあって渋々ながら了承するはめになった。

 と言うのも彼女が長らく入院していた病院が炎上、おまけに保護者はおらず、唯一の肉親だった氷室くんは死亡済みという状況なのでそのままでは暮らしていくのは無理だと僕も思ったからだ。

 厳正なる審査(ジャンケン)の結果、美羽さんは力道君の家に居候してもらう事になっているので僕としては非常に楽だが、生理用品や服などの購入に付き合わされている。

 その力道君はトイレに行ってしまったので、僕はこの気まずい空間に一人取り残されていた。

 

「まあね。……できれば早く決めてほしいんだけど」

 

 女物の洋服売り場に一人佇むこの状況は苦痛以外の何者でもないし、何より店員がいちいち声を掛けてくるのが不快で堪らない。

 お金の方は僕があきら君から預かっているので僕に負担が来る事がないというのが唯一の救いだが、支払いと荷物持ちをしなきればならないから帰る訳にもいかない。

 

「はいはい。じゃあ、これとこれにしましょう。せっかくなので着て帰りますね」

 

「……早くしてね」

 

 洋服を何着か持って、美羽さんは更衣室へと向かって行った。

入れ違いにトイレから力道君が戻って来る。ちょっとばかり遅かったのを見るに大きい方だったのかもしれない。

 

「いや、旭先輩すんません。美羽の相手、任せきりで」

 

「生理現象なんだから仕方ないよ。それより、君はあの子とよく一緒に暮らす気になれるね。ボクだったら一日も持たないよ」

 

 ため息交じりでそう伝えると、力道君も苦笑いを浮かべて答えた。

 

「いや、まあ、俺も同年代の女子と一緒に暮らすとか無理だと思ったんですけど、あいつは俺にも基本的には無関心で、何ていうかある意味女子らしくないんで何とか」

 

 女子嫌いのボクにはよく分からない思考だ。ボクなら、無関心だろうとどうしても意識してしまうだろう。

 過去の嫌な記憶がどうしても女子を意識させてしまう。どれだけ嫌いでも無視なんかできそうにない。

 視線を彼から外し、ガラス張りになっている店の外に目を向ける。

 すると、その先にも別の女子が目に留まった。それは見覚えのある顔。

 プレイアデス聖団の魔法少女たちの……若葉みらいと宇佐木里美、それにもう一人、確か名前は御崎海香とかいう女だ。

 何をしているんだ、一体?

 何かを探しているように三人ともきょろきょろと顔を動かしているのが見える。誰か探しているのか?

 それからすぐに御崎海香に電話がかかって来たらしく、携帯を取り出して耳に当てて二、三言会話をしてから他二人に何かを言っている。

 どことなくほっと胸を撫で下ろしている事から誰かを探していてそれが見つかった、とかだろうか。

 まあ、何にせよ、あいつらがここに居るというのはボクらにとって危険だ。

 

「……力道君。プレイアデスのメンバーが外に居る。美羽さんを連れて鉢合わせしないように出て行こう」

 

 美羽さんにとっては兄の命を奪った奴らだ。できるだけ合わせなようにしないと。

 力道君もボクと同じような事を思ってくれたようで頷いて、更衣室で着替えている美羽さんを呼びに行く。

 本当に女子と言うのは忌々しい。嫌でも目に留まる。ただ、今回だけはそれが役になったけど。

 

 ***

 

~御崎海香視点~

 

 

「ニコから電話があったわ。カオル、見つかったって」

 

 昨日家に帰って来なかったから心配して、プレイアデス聖団全員で探していたけれど、まさかあきらの家に泊めてもらっていたなんて、せめて私には一言連絡してほしかった。

 それを二人に伝えるとみらいは怒気を隠さずに言った。

 

「……別にボクは心配なんてしてなかったけど、カオルはあきらのところで遊んでたの!?」

 

「まあまあ、みらいちゃん。そう怒らないで。カオルが無事でよかったじゃない」

 

 里美が宥めるが、怒りは収まらないようで、ふんとそっぽを向いた。

 何だかんだでみらいはカオルの事を一番心配していたのは彼女だ。サキの事もあり、また仲間が死んでしまうのを恐れているのだろう。

 私はちらりと脇にある店を見てから、みらいに優しく話しかける。

 

「じゃあ、みらい。洋服でも買ってあげるから機嫌治してくれないかしら?」

 

「……服?」

 

「そう、ちょっとオシャレすればむしゃくしゃした気分もどこかに飛んでっちゃうわ、きっと」

 

 ちょうど、すぐ傍に洋服屋もある事なので、私は彼女に服を買う事を促す。里美もそれに賛成して微笑んだ。

 みらいも考えるようなそぶりをした後、頷いて同意してくれる。

 

「そう、だね。なら、お言葉に甘えようかな」

 

 私たちは連れ立ってその服屋に足を踏み入れようとした。

 そこで、男の子二人に連れられて、店から出て来る女の子の顔が目に入る。金髪の髪に、青い目の西洋人形のような顔立ちの少女。

 

 

【挿絵表示】

 

 どこか見覚えのある気がした。覇気がなく、暗い表情をしているが、どこかで彼女に似た誰かを……。

 ――氷室君だ。

 私たちのクラスメイトで保健委員をしていた男の子。そして……私たちを襲ったコウモリの魔物の正体だった少年。あの時、私は目を潰されていたから、直接見た訳ではないが、カオルから聞いた情報ではドラーゴと名乗る黒い竜の魔物の配下……トラぺジウム征団の一体。

 その彼と顔立ちがそっくりなのだ。

 脇に居る二人の男の子と共にこの場から去って行こうとする彼女を私は呼び止めた。

 

「待って。そこの金髪の貴女」

 

「わたしに、何か用ですか?」

 

 彼女が振り返る。ぼんやりとした無関心そうな碧眼が私に向いた。

 隣に居た男の子は何やら慌てた様子で、彼女に早く行くように促したが、足を止めて私をじっと見返している。

 そんな彼女に私は一つ端的に尋ねた。

 

「貴女、ひょっとして氷室悠さんのご家族?」

 

「それは、生物学上わたしの兄にあたる人物です」

 

「お、おい!?」

 

「美羽さん!」

 

 慌てる二人とは対照的に、美羽と呼ばれた少女はつまらなそうな視線を私に向けてそう言う。

 その二人の少年も、よくよく見れば、ニコから聞いていた魔物の正体の少年たちの特徴と合致する。

 少女に比べれば、目立たなかったが、こうやってじっくりと顔を合わせれば、間違いなく話に聞いたトラぺジウムの一員だと分かった。

 

「二人とも。少なくともこの二人……トラぺジウム征団の、魔物よ!」

 

 後ろに居た二人にそう言ってから、私は魔法少女の姿へと変身する。

 二人も私の言葉に驚きの顔を見せた後、同じように変身し臨戦態勢を取った。

 氷室美羽の両隣に居た二人も、一瞬だけ歯噛みをした後に赤い角の生えた熊の魔物と、黄土色の巨大な針鼠の魔物へと変貌した。

 

『チッ、こうなりゃヤケだ。ここで氷室の弔い合戦してやるよ!』

 

『数の上では不利だけど、やるしかないようだね』

 

 少女を守るように背にして魔物二体が前に出る。

 弔い合戦……氷室君は確かこの二人と一緒にドラ―ゴに回収されて、結局は逃げ延びたはず。

 あの戦いの後に死んだ? 彼らの言う弔いの意味合いが掴めなかった。

 しかし、仲間を奪われたのはこちらも同じだ。

 大剣を生み出し大声でみらいが叫ぶ。

 

「サキの命を奪ったお前らがどの口で‼」

 

 大きく跳躍して、熊の魔物へと振りかぶった大剣を振り下した。

 しかし、熊の魔物はその剣を両腕で白刃取りで受け止める。

 

『知るかよ! そんな事ぉ!』

 

 針鼠の魔物は無防備になったみらいに針の弾丸を飛ばした。

 

「しまっ……」

 

「任せて」

 

 私は手に持った魔導書を開くと、みらいと針の弾丸の対角線上に立ち、バリアの魔法を使う。

 針の弾丸はその壁に弾かれ、四方に散った。そして、近くにあった店のガラスを砕き、その中に居る一般人に刺さった。

 騒ぎを聞きつけて、近寄くに来ていた人たちに被弾する。

 阿鼻叫喚が鼓膜を叩いた。

 失念していた。ここは平日の街中なのだ。人が居て、当然だ。

 ここで戦えば、それに巻き込んでしまう事は考えればすぐに分かる事。

 

「大丈夫よ、海香ちゃん。『ファンタズマ・ビスビーリオ』。皆、早くここから離れて」

 

 里美が人を操る魔法で、集まってきた人たちや周囲のお店に居た人たちを支配し、この場から強制的に立ち退かせる。

 この場に里美が居てくれてよかった。もしも、このままなら多くの人が巻き込まれて命を落としていたかもしれない。

 早く、この魔物を倒してしまわないと。

 魔導書を開き、解析の魔法で奴らの弱点を調べようとしたその時。

 いつの間にか黄色の、細かい粉状の何かが周囲を漂っている事に目が行った。

 これは、何だ――その疑問を持つ前に肺に激痛が走った。

 急激にやって来た苦しさに耐え切れず、私は膝を突く。見れば、みらいや魔物たちまでも同じようにもがき苦しんでいる。

 一体、何が起きたというのか。

 上を見上げると大きな何かがまた羽ばたいているのが視界に映る。

 それは大きな『()』だった。

 美しい虹色の羽を持つその蛾は、黄色の鱗粉を雪のように降らせていた。

 

「新手の、魔……物……?」

 

 黄色の鱗粉は強い毒性を持っているのか、身体の中身が溶け出すような酷い激痛が私を蝕む。

 一体、あの蛾の魔物はどこから現れたというのか。

 そこで私はようやく、先ほどまで近くにいた氷室美羽の姿がない事に気付く。

 里美の魔法で居なくなったのかと思ったが、恐らくそうではないのだろう。

 今、宙を舞い、毒の鱗粉をまき散らしているあの蛾の魔物こそが彼女なのだ。

 生臭い赤い液体が口の端から零れた。

 この毒の鱗粉を解析して、解毒しなければ、私たちはここで死ぬ。

 それが分かっているのに、身体が痺れ、指先がうまく動かない。

 意識が遠退きそうになる。視界が揺れ、世界が横に映る。

 重心が取れずに倒れ伏したのだと理解するのに数秒かかった。

 真上では美しい羽が光に反射して輝くのが見える。

 

「だれ、か……」

 

 虹色の羽は羽ばたき、鱗粉を落とし続ける。

 美しく、そして、恐ろしい羽が……。

 




美羽ちゃんの魔物形態は蛾になりました。
何か、女の子の魔物形態って虫系ばかりですね。逆に男の子は哺乳類ばかり。
一人何故か、爬虫類がおりますが。

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