魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第二十六話 道端会議

 信じる。信用する。信頼する。

 いい言葉だ。感動的だ。だが、ほとんどの人間はその言葉の意味を履き違えていると、俺は思う。

 信じるということは、数ある情報の中から自分が知識と知恵で選択し、確信することだ。

 ところが、大多数の人間は自分の身近な人が言ったことを無条件で受け入れて、それを信じることだと勘違いしている。

 親が、教師が、友達が、好きな人がこういったからそうなんだと確かめもせずに飲み込んでしまう。

 まさにアホ。ど阿呆。出されたものをそのまま、口にする幼児。いや、赤ん坊以下だ。

 でも、同時に騙す側からしたら非常に都合がいいことでもある。

 

 俺は海香ちゃんの家に向かっていた。これから、一つペテンに掛けてあげようと思ったからだ。

 隣を歩く一人の少女に俺は声を掛ける。

 

「準備はいいか? 『カオル』ちゃん」

 

「……言われなくとも分かってる」

 

 顔を横に向けた先には、昨日俺が骨も残さず完食したはずのオレンジ色のショートカット少女の顔があった。

 表情はやや嫌そうだが、それは紛れもなく牧カオルそっくりだった。

 

「そんな顔すんなよ。可愛い顔が台無しだゾ☆」

 

 ぶりっ子スマイルでウインクする俺に『カオル』ちゃんは不愉快だとでも言いたげに棘のある視線を寄越した。

 

「プレイアデスの奴の顔している今、褒められても嬉しくない」

 

 そう。この『カオル』ちゃんは当然ながら本物ではない。死んだ人間が蘇るなんてことはありえない。……まあ、本物に似せたクローンなら作れるらしいがそれは置いておく。

 

「ふーん。じゃあ、いつもなら俺に褒められると嬉しくなるんだ。ユウリちゃんったら、キャッワイイー! 好きになっちゃいそう!」

 

「ば、馬鹿! そういう意味で言ったんじゃ……」

 

 からかうと頬を赤くしてぷんすこ怒り出すカオルちゃんフェイスのユウリちゃん。字面にすると何だかややこしいな。ひとまずは、『カオル』ちゃんとでもしておこう。

 俺が本物のカオルちゃんを食い殺して、精神病院をまるまる一棟焼き払った後、俺はふとこのことを利用できないかと考えた。

 かずみちゃんたちは確実にカオルちゃんが死亡したことを知らない。そして、こちらには都合よく変装の魔法を持った魔法少女が居る。

 これはスパイとして潜入させざるを得ないだろう。

 特にそれで何をしたいという訳でもないが、寝込みを襲わせるも良し、ここぞと言う時に裏切らせて良しとくればそうしない理由はない。

 題して、『信じていたカオルちゃんが偽者だったなんて作戦』。

 とっても面白うそうでわくわくする作戦なのだが、当の『カオル』ちゃんは乗り気じゃない様子だった。

 

「でもさ、何でそんな嫌がるんだよ。相手の懐に入れば()りたい放題じゃん?」

 

「あんなクズどもと輪の中に入るだなんて考えただけでも虫唾が走るんだよ。プレイアデスはユウリを殺したことさえも覚えていない人殺しの魔法少女どもだ……」

 

 『カオル』ちゃんは飛鳥ユウリ……普段、顔借りている死んだ親友の命を奪ったプレイアデス聖団に深い憎しみを吐き出す。

 その時の状況を聞いた俺からすれば、正直残当な処置だと思うが、それでも感情的に許せないようだ。さっぱり理解できない。

 この子もプレイアデス聖団の皆も、トラペジウム征団の仲間も――たかだか友達が死んだくらいでよくもまあ感情的になるのか訳が分からん。

 その友達は別に自分の生まれ変わりでもなんでもないのに、どうしてそこまで拘れるんだ?

 そいつが死んだら自分の心臓が強制的に止まるとかなら分かるが、別に死んだところで結局のところ何一つ変わりはしないだろうに。

 友達が必要なら、またいくらでも作ればいい。にも関わらず、死んでからも固執するなんてアホとしかいいようがないね。

 

「まあ、飛鳥ユウリちゃんの復讐を果たしたいなら、きっちり演じきってよ。どうやるかは散々打ち合わせしただろ?」

 

「……本当にやるのか。わかったよ。やってやる!」

 

「ようし。その意気その意気」

 

 流石の俺もぶっつけ本番でかずみちゃんの中に放り込むほど鬼ではない。ある程度はカオルちゃんの所作や好きな物を俺の知る限り叩き込んでおいた。

 そのせいで、みうきちのことはリッキーやサヒさんに押し付ける形になってしまったが、その甲斐あって『カオル』ちゃんは及第点くらいの真似はこなせるようにはなった。

 後は俺がそれとなく誤魔化しつつ、自然な感じで昨日から連絡しなかった理由などを話してやれば、どうにかなるだろう。

 そんな感じでふわふわした計画を楽観的に考えながら海香ちゃん宅を目指していた俺たちだったが、その途中の道でばったりとかずみちゃんに出くわした。彼女の後ろにはニコちゃんも居る。

 

「あきら……と、カオル!! 昨日から帰って来なかったから心配してたんだよ!?」

 

 『カオル』ちゃんを視界に収めると、かずみちゃんは主人を見つけた仔犬のように彼女の胸にタックルをかます勢いで飛び込んでくる。

 とっさのことで避け切れなかった『カオル』ちゃんはすっ転びながらかずみちゃんに押し倒された。

 

「わっ、つぅ!? いった……何、するんだ!?」

 

 若干、素が出掛かっている『カオル』ちゃんは本物よりも柄悪く切れ掛かるが、かずみちゃんは気にした風もなく、泣きそうな顔で頬を擦り付けてくる。

 

「心配した……本当に心配したんだから!」

 

 彼女に対しては悪感情しか持っていない『カオル』ちゃんだが、その反応には少しばかり罪悪感が刺激されたのか意外にも素直に謝った。

 

「わる……ごめん。心配掛けて」

 

 居心地の悪そうな顔を見るに親友とのやりとりでも思い出しているのかもしれない。その程度では憎悪は揺らがないだろうが、復讐者を語るわりにはなんとも甘っちょろい。

 まあ、こんなつまらないところでボロを出されるなんて御免なので助け舟を出すか。

 

「まあまあ。そう怒らないでやってよ。かずみちゃん。『カオル』ちゃんにも事情があったんだからさ」

 

「どういう理由か聞かせてもらってもいいかな?」

 

 かずみちゃんではなく、傍らに立っていたニコちゃんの方が先に俺の言葉に反応した。

 彼女の方もかずみちゃんに付き合って、『カオル』ちゃんを探してたと見てまず間違いない様子だ。

 

「ああ。実は昨日、精神病院に『カオル』ちゃんのサッカークラブの友達のお見舞いに付き合ったんだけど……」

 

 そこから話したのは適度に嘘と事実を織り交ぜた、巧妙な作り話だった。

 まず、カオルちゃんに付き合ってサッカークラブの子のお見舞いをしに行ったという部分は、家を出る時に本物が話していた可能性があったため、そのまま改変せずに伝えた。

 

「その病院で黒い竜の魔物に襲われたんだ……。そこで俺は『カオル』ちゃんに守ってもらったんだけど病院が全焼して……『カオル』ちゃんの友達はその時に」

 

 患者も病院スタッフも全員アリの魔物となって死んだが、俺が病院ごと燃やしたおかげで証拠となるものは全て隠滅した。何よりニュースや新聞記事にもなったので証言としては申し分ないだろう。

 それに加えて……。

 

「それ、……本当なの……カオル」

 

「そうだよ。私の大事な親友はもうどうやっても帰って来ない……何をどうやっても! あいつに全部奪われた!」

 

 同情した素振りで尋ねるかずみちゃんに『カオル』ちゃんは暗く、濁った憤りを言葉に滲ませた。

 実際に親友を奪われた経験のある『カオル』ちゃんに演技をしやすいようなシナリオにしてあげることで、上手いこと誤魔化すことができる。

 あまり言及されたくない事柄故にかずみちゃんたちもおいそれと深く聞き出すことはしないだろうし、何よりいつものカオルちゃんと雰囲気が違うことの説明にもなる。

 ていうか、『カオル』ちゃんたら演技じゃなくて素で発言している気もするが、今はそれでも大丈夫なので放っておく。

 

「てな訳でさ、色々あって『カオル』ちゃんは家に泊ったんだ。サキちゃんの件もあったし、ちょっと本格的に精神が参っちゃってたし、そのまま家に帰せる状態じゃなかったからな」

 

「カオルが病院にお見舞いに行ったら、あのドラゴンに遭遇する……ちょっと出来すぎな気もするけど」

 

 なかなかに鋭い発言をニコちゃんは呟くが、流石に仲間を疑うような真似はしないようでそれ以上は口にしなかった。

 かずみちゃんも『カオル』ちゃんを気遣うために何か言おうとするが、言葉が見つからないようで結局無言で見つめるだけに留まっていた。

 当の『カオル』ちゃんは辛気臭い表情を崩さず、足元を睨むように視線を落としている。

 予想通りの反応で俺としては少々物足りなく感じていた。一応、ありとあらゆる質問についての返答を考えていたのだが、使う機会がなさそうで残念だ。

 俺は場を切り替えるように、あえて軽い調子で手を叩きながら喋り出す。

 

「ほらほら。あんま暗い顔しなさんなって、三人とも。道端で美少女が雁首揃えてお通夜面してたって何にもならないだろ? 取り合えず、海香ちゃん家行こうぜ」

 

「あ、海香や里美もカオルを探し回ってたんだった。見つかったって教えてあげないと」

 

 俺の言葉でかずみちゃんが携帯電話をポケットから取り出そうとする。

 

「その必要はないよ。ちゃんと私が連絡しといた」

 

 手に持ったスマートフォンを軽く揺らしてニコちゃんがそう応えた。

 多分、話を聞きながらもメールで連絡をしていたのだろう。報・連・相をきっちり押さえているあたり有能さが伺える。抜け目ない子だわ。

 

「まあ、とにかくカオルの無事も確認できたし、一先ずは帰ろうか」

 

「賛成ー。何か、お腹空いちゃったから、ちょっと早いけど昼飯作ってよ。かずみちゃん」

 

「あきらまで来る必要はないと思うんだけど……」

 

「まあまあ、固いこと言わずにさあ」

 

 ニコちゃんの提案に従って、俺たちは動き出そうとしたその時、傍で聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

 

「あら、噂のプレイアデスさんたちに会いに来たらまたあなたに会うなんて」

 

 黒いポニーテールの薄ら笑いを浮かべた少女、あやせちゃんが俺の後ろから現れた。

 正直、いつかはかち合うとは思っていたものの、これはあまりよくないタイミングだ。

 おまけに彼女の後ろには――。

 

「こうも出会うなんてなかなか起こる事じゃないよ」

 

 ドイツからいらっしゃった変な口癖の殺人中毒者、そして――。

 

「……これは行幸、かなぁ?」

 

 リッキーたちから聞いていた『結局来なかったトラペジウム追加メンバー』だったサブが何故かそこに居た。

 取り合えずは俺が今脳裏に思い浮かんだことは、ピンチとか俺の正体がばれるとかではなく、この裏切り者だけはどうにかして抹殺しようという算段だった。

 何故なら、わざわざこのライオンくんは刺身になりに出向いてくれたのだから。

 




今回はちょっと忙しかったので比較的短めです。というか、次回へ続く形になりました。

何と言うか、本当に前作とは真逆の思考をしている主人公ですね。

政夫「友達は庇護者」

あきら「友達は玩具」

語感だけなら似てなくもないですが。

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