魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
~獅子村三郎視点~
一樹あきら。
色々な場所を旅していたオレだったが、あそこまでめちゃくちゃな事を言う人間には初めて会った。
ちょうど、オレの一つ年上の十四歳で、話術や演技力に長けた中学生。
何より、あの伝説的ハリウッド女優、川島理恵の一人息子なのだと本人は言っていた。
一目合った時の感想は邪悪そのものが人の皮を被って日常に顕在しているような、ドラマの中の登場人物のように思えた。
無邪気に虫の脚をちぎって喜ぶような幼児をそのまま、大きくしたような制御されていない邪悪。それはまるで黒々と輝く宝石のようにオレの目には映ってしまった。
その結果が、不思議な力を与えられ、顔も知らない仲間と合流しろという荒唐無稽な今の状況……正直に言って興奮していた。
あきらさんと出会ってから、世界全体が彼を中心とした巨大な劇のように感じられていた。その舞台でオレは端役の役割をもらい、こうしてその役割をこなす為に動いている。
不思議で、わくわくするこの感覚は多分今のオレの知っている語彙では到底表しきれない。
そんな想いを胸に言われた通りのノルマをこなすべく、オレは街中を歩き回っていた。
あきらさんからはイーブルナッツの波長を追えとしか言われてないため、どこに仲間が居るのかすら分からない。無茶振りもいいとこだ。
だが、このままオレがその人たちに合えないままだと確実にあきらさんに殺されかねない。
あの人はマジでやる。短い付き合いだがオレには分かる。あきらさんは人を殺せる種類の人間だ。しかも、まともな理由もなく、サクッとやるタイプだ。
仕方がないので駄目元で自分の中にあるイーブルナッツとかいう人を怪物に変える物体に意識を集中させる。
こんなので絶対成功するはずないだろと思いつつも、それ以外にヒントがない。
適当な建物の壁に寄りかかって目を瞑り、じっとしていると不意に何かの反応を捉えた。
「うっそ!? マジで?」
潜水艦のソナーになったような気分でその反応の場所を特定する。
すると、思ったよりも大分近い位置からその反応が出ている事に気付いた。
案外、あきらさんの言った事は的を得ていたのかもと思い、すぐにその場所へと走っていく。
三分もしないで付いた場所は路地裏だった。薄暗く、狭いその路地裏に誰かが立っているのが薄っすらと見える。
銀色の髪のポニーテールの女の子の後ろ姿だ。あの人があきらさんの言っていた仲間に違いない。
そう思って近付いていくと、急激に鉄錆びの臭いがオレの鼻に飛び込んでくる。
血だ。よくよく見ればあたり一面の壁は、ジャムかケチャップでも撒き散らされたかのように赤い。
「貴方――誰?」
周りに一瞬気を取られていたオレの首元に折り畳みナイフが突きつけられていた。
同時に知らない間に急接近していた銀髪の女の子が鋭い眼光を向けている。
猛禽類を思わせる彼女の瞳はとても正常な人間とは思えなかった。
「えっと……あなたの仲間、です」
「仲間……?」
オレが答えると眼光は鋭さを押さえ、不思議そうに首を傾げる。あ、ちょっと可愛いかも。
「ほら、事前に何か伝えられてませんでしたか?」
流石のあきらさんも向こうに何の告知もしてない訳はないはずだ。
そう思って尋ねると、銀髪の女の子は少し考え込むような顔をした後、何か思い出したみたいでしきりに頷いた。
「ああ、そう言えばピックジェムのために新しい駒を捜すとか言ってたような……」
「それですそれ。その駒がオレです!」
駒というのがあきらさんらしいなと思いつつ、早く仲間だと認定してもらわないと殺されそうなので急いで肯定した。
『ピックジェム』という単語はさっぱり分からなかったが、きっと碌でもない事だろう。
とにかく、首筋に突き付けられたナイフの刃を収めてもらうと、オレは自己紹介をした。
「オレは獅子村三郎。あの人にはサブとかいう渾名で呼ばれてます」
「ふーん。そんなダサい渾名で満足するなんてなかなかできる事じゃないよ。私はフランツィスカ・コルネリア。フランでいいよ」
何か無表情でディスられたが取りあえずは仲間と認識されたようだ。
フランさんはオレから視線を離すとさっさと路地裏から出ていて行ってしまう。
あまりのマイペースさにあきらさん似たものを覚え、辟易しつつも、仕方ないのでそれに着いて行く。
二、三人後ろで事切れた死体が転がっていたが、面倒なので無視した。殺したのオレじゃないし。
適当に殺人現場から遠ざかった後にオレはフランさんに話しかける。
「何であそこで人殺してたんですか?」
「サブは呼吸する人に『何で息をするの』と聞くの?」
「聞きませんね」
「それと同じ。そうしないと私は生きていけないからするの。分かった?」
「はあ、何となくは」
フランさんは相当頭がおかしいという事だけは分かった。人を殺す事が呼吸と同じなんて、狂ってる……狂人の演技のためにメモっとこ。
メモ帳に『狂人を演じる上で参考になりそうな事』という項目を作り、そこにフランさんの事を書き込んでいると、今度はフランさんの方から質問してきた。
「サブはどうしてあの子の勧誘に乗ったの?」
あやせ、という名前にさっぱり覚えがなかったが、ニュアンス的にはオレを仲間に誘った人のようなのであきらさんの事だろう。あの人、偽名とか普通に名乗りそうだし。
「こう、半ば成り行きですかね。あの人、自分の都合しか考えないんで無理やり仲間にされたというか」
「あの子は結構強引だからその気持ちは分かる。私も最初は似たようなものだったから」
「フランさんもですか。ムチャクチャな事言い出す人ですもんね」
フランさんもあきらさんには大分、困らせられているらしい。一気に彼女との心の距離が縮まった気がする。
でも、とフランさんは付け加えた。
「そこが良いところでもあるんだけど……」
頬を僅かに朱に染めてそう呟く。
うげ、この人、あの邪悪そのもののあきらさんに気があるのかよ……。確かに演技の先輩としては尊敬できるけど、オレが女でもあきらさんだけは絶対に嫌だ。
シリアルキラーと邪悪生命体、ある意味お似合いと言えばお似合いだな。
「まあ、サブもアジトに案内するよ」
「お願いします」
オレはフランさんに連れられて、アジトなる場所へと足を運んだ。
~力道鬼太郎視点~
遅い。どれだけ時間掛けてんだ、新入りの奴は。
俺は流石にイライラとしてきて、机を指でトントン叩いていた。
彼これ、三時間以上もファミレスで旭さんと一緒に待っているのだが一向に来る気配がない。
来たらまずはそいつの顔に張り手を入れてやらなきゃ気が済まない。
「力道君……ちょっとイライラしすぎじゃないかな?」
「旭さんが気が長いだけっすよ。三時間っすよ、三時間! これがイライラせずに居られますか!?」
旭さんは俺を宥めようとするが、俺はついつい声を荒げてしまう。
時間にルーズな奴は昔から大嫌いだ。相撲をやっていたせいか、手段行動を乱すような人間がどうにも許せなかった。
「ああ! もう!! 何で俺たちがこんな待たされなきゃいけねぇんだ!!」
グラスの底を思い切り、テーブルに叩き付けて叫ぶ。
すると、後ろの座席の奴らが敷居から顔を出して、俺たちに文句を付けて来た。
「お前、公共の場で大騒ぎするなよ! マナーも守れないのか?」
「あ、すまね……お前!」
非は俺にあるのでここは謝るべきだが、それよりもその文句を付けて来た奴の顔に見覚えがあった。
そいつはピンク色のふわふわとした髪の幼い顔の少女。忘れもしないこの間の一戦で命を取り合った魔法少女、若葉みらいだった。
硬直して目を見開くが、向こうは魔物化が解けた俺の顔を見ていなかったのか、まったく気付いた素振りは見せない。
驚いた俺を怪訝そうな顔で見ているだけだった。
だが、俺の方は奴の顔を見ただけで怒りが込み上げてきた。
――こいつらが俺たちを庇った氷室を殺しやがった。
「おい! 聞いてるのか? 大きな声で叫ぶな」
「……殺し…・・・!」
脳に血が上り、ここで魔物化してやろうと拳を振り上げるが、それが途中で止まる。
目だけ後ろに向けると、旭さんが俺の手首をぐっと掴んでいた。
旭さんは無言で首を横に振る。ここは戦うべきじゃないというように強い視線を向ける。
よく見れば若葉みらいの肩から見える向かい席には宇佐美里美が居た。そして、その隣には御崎海香も座っている。
そして、この三人が居るという事は残りの魔法少女三人も居る可能性が高い。
二対六なら悔しいが俺たちに勝ち目はないだろう。正体がばれる前に早くここから逃げる方が正しい。
「……すまなかった。申し訳ねえ」
他の魔法少女に顔を見られないよう、すばやく頭を下げ、謝罪した。
本来なら今すぐにでも殺してやりたいところだが、あきらも新入りもいない今争うのは馬鹿だ。
「それでいいんだよ。次からもうするなよ」
唇を噛み締め、俺は煮えたぎる怒りを喉の奥へと呑み込んだ。
いずれ、この手で殺してやると胸に誓い、席から旭さんと一緒に逃げるように立ち上がり、会計を済ませた後店から出た。
こちらを見ていたのが、若葉みらいだけだったので向こうには気付かれなかったようだ。
ファミレスから遠ざかり、公園まで来ると俺たちは黙ってベンチに座り込んだ。
悔しさに耐え切れず、俺は旭さんに皮肉混じりの台詞を吐いた。
「それにしても旭さんは冷静っすね。流石は先輩……」
隣へ顔を向けた俺は途中で言葉を
旭さんの拳は握り締められすぎて真っ白にうっ血していた。唇は噛みすぎて血が滴っている。
「……冷静なんかじゃないよ」
激情を無理やり押さえ込んだその声は胸に響いた。
「僕だってあいつらが憎かったよ……今すぐあの店に戻って串刺しにしたいくらいさ……でも、それじゃきっとあいつらには勝てない……」
俺は勘違いしていた。旭さんは俺以上に怒り狂っていながら、それを堪えていたのだ。
前に少し話を聞いた時、旭さんは友達が一人もおらず、ずっと昔から虐められて過ごしてきたのだと言っていた。
自分を仲間と呼んでくれるトラペジウム征団の皆に感謝しているとも。
「僕があの時、力に魅せられて好き勝手に暴れずにいたら氷室君は助かったかもしれない……だから、もう僕は間違えない……征団の皆は絶対に死なせない!」
そうか。ずっとこの人は自責の念に囚われていたのか。
だから、氷室の代わりのメンバーを受け入れた。氷室の死を無駄にしないために。
「僕はこんなでも、君らより年上で、先輩だから……」
「旭さん、俺が間違ってたっす。すいませんでした」
頭を下げて、旭さんに謝った。この人は俺なんかよりもずっと強い。
悔しさを押し殺して、行動できる人だ。
手のひらを旭さんにぐっと突き出した。
「絶対にあいつらに勝ちましょう! 氷室の分まで」
「力道君……。うん、勝とう、絶対!」
旭さんはそれに驚いた顔を見せたが、すぐに俺の手を握ってくれた。
俺よりも細く、小さな手のひら。けれど、紛れもなくそれは『先輩』の手だった。
この日、俺たちは改めて仲間としての想いを強めのだった。
~獅子村三郎~
やっべえ、この人。多分、あきらさんの言ってた仲間の人じゃない。
俺は心の奥で冷や汗を垂らしながら、命の危機をひしひしと感じていた。
アジトと言う名の廃ビルの一室でフランさんと会話を繰り返す内に、向こうのトップがあきらさんじゃない事に気が付いてしまった。
時折、フランさんが口に出す『あやせ』という名前や、『彼女』という三人称からして絶対にあきらさんの事じゃない。
近くの電柱からこっそり電気を拝借しているらしく、持ち込まれたテレビを見ているフランさんの横で借りてきた猫のように俺は大人しく正座をしていた。
液晶画面の中には速報ニュースが流れ、あすなろ市の精神病院がまるまる全焼したとかいう話題が出ていたがそんな事は頭に入ってこなかった。
今、頭にあるのはどうやってばれずにこの場所から逃げるかに尽きる。しかしこの体験も重要な経験になるなと妙に冷静な役者としての思考が顔を出してきて、思考を遮ってくるのが鬱陶しい。
そんなこんなで二、三時間が経過していた頃、ふいにビルの窓の外に何かが跳ねるように電柱の上を飛んで近付いてくるのが見えた。
次第に大きくなるシルエットはどうも女の子の形をしている。数十秒後、オレのすぐ前の開いた窓からダイナミックに侵入してきてきたそれは想像通り女の子だった。髪は黒髪のポニーテールで、ドレスを纏って優雅に微笑んでいる。
「あやせ。お帰り」
フランさんはそれに一切動じる事なく、出迎えたの挨拶を送る。
この女の子がフランさんを従える件のあやせさんらしい。
「ただいま、フラン。あら、こっちはどなた?」
あやせさんがオレを指差し、フランさんに尋ねる。
フランさんはそれを聞いて、オレの話と食い違いに首を傾げた。
「え? あやせがスカウトしてきた新しい駒じゃないの?」
「違うけど? っていうか、基本的に私は女の子しかスカウトしないし」
「じゃあ、こいつ――誰?」
二人は冷酷な視線をオレに集中させた。急激に部屋の温度が低下したかのように感じ、身体の芯から震えそうになる。
発言や行動をミスすれば間違いなく、オレはここで殺されてしまうだろう。
しかし、ここが正念場だ。ここを切り抜けてこそ、本物の役者と言える。
小さく息を吐き出すと、一瞬で心を切り替えて演技に移る。
オレはいかにも大物そうな大仰な仕草をしながら、あやせさんに話しかけた。
「あやせさん。オレはあなたをサポートするようにある御方から命を受けてやってきた者です」
言っている事はもちろん、デタラメ。内心、自分でもある御方ってどの方だよと突込みが抑えられない。
「ある方? ひょっとして……イーブルナッツを私にくれたあいつ?」
居るのかよ、ある御方。超ラッキーだよ、オレ。きっと演技の神様が「ここで死ぬべき定めではない」と囁いているに違いない。
「そう! その通り!! あの方です。フランさんには説明が難しいので
ぺこりとお辞儀をした後、さらに話を続ける。
「ですが、オレはあなた方の味方だ。あの方があやせさんの味方をする限りはオレは忠実な下僕になりますよ?」
姿を人からライオンに変えると、足を折り曲げて座り、
実力のありそうだが、あえて従うという意思を見せている演出だ。
フランさんは騙してしまったせいか、あまり好意的ではない目で見ていたが、あやせさんの方はオレを見る目が良い方に変わっていた。
「ふふ、ならこれからは馬車馬のように使ってあげる」
『お任せあれ、マドモアゼル。喜んであなたの馬車を引きましょう。ただし、馬ではなくライオンですが』
不敵な笑みを浮かべてオレはあやせさんに頭を垂れた。
我ながら圧巻の演技力と言えるだろう。今までで最高の演技だとさえ思う。
これでどうにか、あやせさんに取り入り、一旦はピンチを凌げた。
でも、あきらさんに知られたら間違いなく、殺されるだろうなぁ……。いや、もうこうなればあやせさんたちにあきらさんを倒してもらおう。
それがいい。最善の策だ。だが、もし失敗したらその時は………………死ぬしかないじゃない!!
時間がないというのに、サークルでのオリジナル小説が思いつかなかったので気晴らしで書いてしまいました。
せっかく、応募してもらったオリキャラにもスポットを当てようと思い、今回の話にしました。
これである程度、各陣営の戦力がバラけたとも思います。
流石に次の話はしばらく後です。気長にお待ちください。