魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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前回までの『IA-インフィニット・アキラトス-』

女性にしか反応しない世界最強の兵器「インフィニット・アキラトス(IA)」の出現後、男女の社会的パワーバランスが一変し、女尊男卑が当たり前になってしまった時代。
主人公の一樹あきらは自身が受ける高校の試験会場と間違ってIA操縦者育成学校「IA学園」の試験会場のIAを起動させてしまい、IS学園に入学させられる。
「世界で唯一IAを使える男」である彼はIS学園の生徒たちにとっては興味の的。さまざまな出会いや再会を通し、あきらの前途多難な日常が始まる。

あきら「もう持て過ぎて困るわー。女の子食べ放題!」

サキ「おい、一樹。カオルたちが居ないんだがどこかに心辺りはないか?」

あきら「ひあないへ……もぐもぐ」



第二十四話 裸の女王様

 カオルちゃんの身体をモグモグした後、俺は病院の探索を再開する。別に特別、彼女を殺す必要はこれっぽっちもなかったのだが、ノリで裏切って殺しちまった。アキルドは嬉しくなると、つい()っちゃうんだ。らんらんるー!

 しかしまあ、邪魔者が居なくなったことで遠慮なく魔物態で闊歩できるので楽といえば楽だ。しばらくは炎でアリを「汚物は消毒だー」と焼き払っていたが、この病院が魔女の結界内でないことを思い出し、火炎放射の乱発は止めた。

 このままだと普通に病院を全焼しかねない。それはそれでありだが、この惨状を引き起こした奴の顔を拝んでおきたいところだ。

 飽きるまで眺めた後、病院と一緒に大炎上させてやろう。これから毎日、病院を焼こうぜってな感じで。

 

『じゃあ、早速試させてもらいますかね』

 

 手に入れたばかりのカオルちゃんの力を顕現する。黒かった鱗は鮮やかなオレンジ色へと代わり、さらにそれを鋼のように硬化させた。

 カオルちゃんが使っていた肉体硬化の魔法。俺はそれを全身にかけて、じっと立ち止まる。

 群がるアリたちは大顎で噛み付いてこようとするが、硬化した鱗に立てられた顎は逆に砕ける結果に終わった。

 それを横目に俺は意識を集中させて、病院内でイーブルナッツの波長を探す。

 ――見つけた。やはりこれは魔女モドキの仕業だったようだ。

 このフロアのずっと上……恐らくは屋上。ラスボスは大体地下か、屋上に居るものだとドラクエで学んだ俺に死角はなかった。

 波長の先に向けて身体を屈ませて、硬質化した翼を鎧のように巻きつけた。

 そして、コマのように身体を回転させ始める。纏わり付いてきたアリたちは吹き飛ばされ、壁に激突して床に転がった。

 

『食らえ! ダイナミック……ショートカットォォォ!!』

 

 鋼と化した自らの身体をドリルの如く回し、跳び上がって天井をぶち抜く。

 回転しながら突き進む俺はさながら、ロケットのように上へ上へと上がって行った。

 病院に穴を開けつつ、ひたすらに魔女モドキへと邁進し続ける俺だったが、数十回ほど天井をぶち抜いていると唐突に天井がなくなった。

 代わりに青い空と白い雲が目の前に広がっている。どうやらミスター・ドリラーになりきっている間に屋上まで到達できたらしい。

 

『はあー、何と清々しい空なんだー』

 

 さっきまでアリがごった返す狭苦しい病棟の中に居たから余計に開けた場所が心地よく感じられた。

 俺は硬化した身体を解き、鱗の色を元の黒に戻して一息吐いた。やはりデフォルトのこの状態が一番落ち着く。それに何よりオレンジという色があまり好きではない。そう言えば、小学校一年の頃のお友達はオレンジ色のハンカチを持っていたなとふと思い出した。

 そんな空の美しさと過去に想いを馳せる詩人の俺に誰かが声をかけてきた。

 

「あら、あなたは……」

 

『ん?』

 

 そこに居たのは見覚えのある黒髪ポニーテールの女の子、双樹あやせちゃんだった。

 床から屋上に来るなんてなかなかできる事じゃないよ、とか言ってきそうなあのドイツ人は今回は居なかった。

 代わりに十数メートル離れた先には手足のないピンク色の髪の少女が大きなベッドに鎮座するように存在している。

 二条院愛子ちゃん、この病院の院長の一人娘だ。付けていた義肢はなく、服の袖だけが風に揺られている。

 そのソファを支えているのは執事服の数匹のアリの使い魔。下の階に居た奴らとは違い身体が大きく至るところが角ばって鎧のように見える。何より、その背中には(はね)が付いている。

 その様は正にお嬢様に(かしず)く、執事然としていた。

 そして、愛子ちゃんが座るベッドにもう一人の少女が蹲っている。ひむひむの妹の美羽ちゃんだ。

 悠然と微笑を浮かべている愛子に比べて、美羽ちゃんの方は怯えるようにベッドにしがみ付き震えていた。

 表情も病室で出会った時と違い、恐怖で顔を歪ませている。

 

「もう……もう何が起きてるっていうの!? 愛子! どうして……?」

 

 悲痛な顔で愛子ちゃんに話しかけるが、彼女はベッドを支えているアリたちを慈しむような目で見つめるだけで美羽ちゃんの方を向こうともしない。

 俺は取り合えず、今ある情報を元に現在一番会話の成り立ちそうなあやせちゃんに訪ねた。

 

『えっと、見た感じ愛子ちゃん……あのピンク色髪のの手足のない子が魔女モドキってことでOK?』

 

「うんうん。そうだよ」

 

 のんびりとした口調であやせちゃんはそう答える。

 明確な目的があってこの惨状を作り出したというよりは偶然こうなったといった様子だ。

 

『何かすっごいどうでも良さそうっすね』

 

「私はただ手駒作りのために闇を抱えてそうな女の子にイーブルナッツを使ってるだけだから」

 

 顎に人差し指を当ててふと思い出したように目線を上に向けた。

 

「それにしても人間を使い魔にできるなんて驚きだったよ。魔女モドキには普通の魔女にない特性をもってるみたいね」

 

 魔法少女が来るかなって待ってたけど来たのは君じゃしょうがないね、と言うとあやせちゃんは病院のフェンスの上に立った。

 そして、軽く俺に手を振ってそこから飛び降りて返ろうとする。

 

『ちょっと待って。まだいくつか質問にさせてくれよ』

 

「ん? 何かな?」

 

 彼女を呼び止めて俺は気になっていることを尋ねた。

 

『あやせちゃんてこの街の外の魔法少女なんだよね?』

 

「そうだけど、それがどうしたの?」

 

『じゃあ、これって何に使うか、分かる?』

 

 俺はグリーフシードを取り出し、あやせちゃんに見せる。

 すると、彼女は当たり前のように答えた。

 

「グリーフシード……? そんなのソウルジェムを浄化する以外に使い道ないでしょ」

 

 当然のようなその口ぶりは俺はある一つの確信を抱いかせるのには十分なものだった。

 ならば、もう一つの質問を続けて投げかける。

 

『ふーん、そうなのか。でも、ソウルジェムの浄化っていうのは魔法少女と契約した妖精がやってくれるものじゃないのか?』

 

「魔法少女と契約した妖精って、『キュゥべえ』の事でしょ? あいつらにはそんな事できないよ」

 

 その言い方は複数居る魔法少女と契約した妖精に個々の名前が付いているというよりも、妖精そのものが『キュゥべえ』というように聞こえる。

 それを確かめるためにもう一つだけあやせちゃんに尋ねた。 

 

『キュゥべえって妖精の名前? この街にはジュゥべえって言う名前の奴しか居ないみたいだけど』

 

「ジュゥべえ? 何それ? 魔法少女と契約するのはキュゥべえっていう白いマスコットだけじゃないの?」

 

 きょとんとした顔で逆にこっちが聞き返されてしまう。

 そこで俺はこの街の魔法少女だけがおかしいのだと理解した。

 あすなろ市限定で魔法少女内で情報操作が行われている。ジュゥべえという妖精もあやせちゃんの話からこの街にしかいないということだろう。

 

『最後に質問。イーブルナッツをあやせちゃんにくれたのはどんな奴?』

 

「よくは知らない。顔はフードを付けてたからよく分からなかったけど、身体つきや声からしてあれは女の子ね」

 

 それじゃあ情報代としてあの魔女モドキの後片付けお願いね、とだけ言うとあやせちゃんは病院の屋上から飛んでさっさと飛び去ってしまった。

 俺以上に自由人だ。もしも、俺が魔法少女のソウルジェムをついさっき噛み砕いたところだと言ったらどんな顔をしていただろうか。

 まあ、そんなことはひとまず置いておくとして、魔女モドキの処理を俺に任せたということは愛子ちゃんはあやせじゃんの手駒としては落第したようだ。

 個人の趣味というより、制御するのが面倒な能力だから捨てたというのが正解だろう。

 俺はあやせちゃんが去っていたフェンスから、愛子ちゃんと美羽ちゃんの方に視線を移す。

 

『おーい。愛子ちゃーん?』

 

 人語を喋る黒い竜にようやく気付いた二人の少女の反応は正反対だった。

 美羽ちゃんの方はヒッと怯えた声を出し、さらに恐怖の感情を強めた。世界がどうなってもいいとか(うそぶ)いていたのはどうやら口だけだったらしい。美羽ちゃんにはぜひ『口だけ番長』の称号を進呈しよう。

 対する愛子ちゃんの方は少し驚いたように目を僅かに大きくすると、ごく自然な調子で俺に問いかけた。

 

「どなたでしょうか? わたくし、爬虫類に知り合いは居なかったと思いますが」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 それを見て、まともそうに見える人間こそ一番まともじゃないなと心底思った。俺? 俺はまともだよ? まともと言う名の天使だよ?

 まあ、そんなことはどうでもいいとして、愛子ちゃんの前で人間の姿へと戻った。

 

「ほら、俺だよ俺」

 

 いつものハンサムな俺に戻った俺を見て、愛子ちゃんはほんの僅かに視線の温度を下げた。

 

「……ああ。吉田さん、でしたっけ?」

 

「そうそう。吉田かずき――ってのは実は偽名で本名は一樹あきらって言うんだ。ヨロピク」

 

 改めて本名を名乗り、自己紹介をする。

 理由は特にないが、しいて言うなら、相手が死に際に偽名を叫んで絶命すると気分が萎えるからだ。

 

「それでは一樹さんとお呼びした方がいいですね。それであなたは何しに当病院に? ……もしかして、また氷室さんに面会にいらっしゃったのですか?」

 

「いや、今回は友達の付き添いで……」

 

「やはり氷室さん目的でいらっしゃったのですね」

 

「え、何言って……」

 

「氷室さんを陵辱して、犯して、そして、わたくしのように子供を産ませるために訪れたのですね」

 

 何を言ってるんだこの子。頭がイカれているのか? イーブルナッツの影響か、それとも元来壊れていたのか、今にしてみればどちらでも同じなので関係ないと言えばそれまでだが。

 表情は笑っていながら、その瞳だけは怒りに満ちたように輝いている。

 口から垂れ流される言葉は会話ではなく、ただの独り言でしかなかった。

 

「ああ、駄目です。それは駄目です。氷室さんはずっと子供でなくてはいけません。母親に何かさせませんよ? だって、理不尽じゃないですか? わたくしは子供を産めないのに彼女だけ赤ちゃんを産むなんて」

 

「アンタ、精神病院行った方がいいんじゃね? あ、ここが精神病院か」

 

 俺の切れの良いノリ突っ込みすら無視して、愛子ちゃんは病んだ独り言を延々と吐き出し続ける。

 

「でも、わたくしには今はこんなに子供がいます。可愛い可愛いわたくしの子供たち。ずっと母親になる事が夢だったんです。手足をもがれて、子宮を駄目にされたあの日から」

 

 もうこいつは完膚なきまでに壊れていた。人と会話をする最低限のコミュニケーション能力すら持ち合わせていない。

 本物の気違いと化した愛子ちゃんは傍でベッドにしがみ付く美羽ちゃんに頬を擦り付ける。

 とても愛しそうに、そして同時にとても妬ましげに。

 

「氷室さん。わたくしは出会った頃からあなたが羨ましかった。親しげに話しかける時もずっと内心煮えくり返るほど嫉妬していました」

 

「愛子……? 嘘でしょ? 分からないよ、もう」

 

「でも、同時に安心していた。この子は壊れたまま母にならないまま、『女』にならないまま、ずっと子供でいてくれるんだと」

 

「そんな、だって愛子だけはわたしに優しくしてくれたのに……」

 

「子供でいてくれれば、優しくしていましたよ。けれど、一樹さんが病室であなたの胸を触った時、『女』としての声を上げた。あの時、分かったんです。この子もいずれ、男に抱かれ、子供を産むのだと。それが悔しくて堪らなかった。妬ましくて壊れてしまいそうになるほどに」

 

「いや、アンタもう壊れてるじゃん」

 

 美羽ちゃんと二人だけの世界に入り込み、俺を無視してごちゃごちゃ喋り出したので、自己主張を兼ねて突っ込みを入れた。

 もう何か、愛子ちゃんが真性の気違いだというのはよく分かったので、ここらで始末させてもらおう。俺が好きなのは真面目に頑張っている奴の生き様を台無しにすることであって、頭のおかしい馬鹿と戯れていても楽しくも何ともない。

 身体を黒い竜へと変貌させると、向こうもこっちの戦闘準備に気が付いたようで肉体を魔女モドキへと変えていく。

 それはピンク色のデフォルメされた女王アリのようだった。ただし、背中の(はね)は引き千切れてボロボロになっており、手足は一本残らず生えていなかった。大よそ、身動きの取れるような姿ではない。

 

『何じゃそら? 手足もないし、飛べそうもない。そんなに殺してほしいのかよ?』

 

 俺はベッドごと火炎の息吹を噴き付ける。美羽ちゃんもまとめてこんがり肉になるが、しょうがない。必要な犠牲だ。美羽は犠牲になったのだ。犠牲の犠牲にな。

 

『わたくしたちを守りなさい、我が子たち!』

 

 ベッドを支えていた翅付きの執事アリが俺の炎から愛子ちゃんを守るように這い出てくる。

 騎士の如くその身を盾にして愛子ちゃん、その後ろに居る美羽ちゃんを守り抜く。身体を赤銅色に変え、炎に焼かれながらも母を守るその姿は大変心に来るものがあった。

 だが、十数匹居た翅付きアリはその半数を消し炭にし、残った七匹も翅や脚を焼かれている。

 

『子供を盾にするなんて酷いママだな。児童虐待だせっ!』

 

 弱ったアリどもを尻尾で一掃すると、どこからともなく女王を守るように次のアリが湧いてきた。

 見れば、俺が開けた穴から下にしたアリたちが這い上がって来ている。

 

『鬱陶しいなァ。やられ役の戦闘員はさっさと燃えとけ!』

 

 一度空へと舞い上がり、宙から穴の周辺ごと最大火力の炎でアリを焼き払い、使い魔を処理をする。

 もがきながら、焚き火にくべられた紙くずみたいに火の海に沈んでいく執事服やメイド服のアリたち。

 化け物となってしまった人間を聖なる炎で浄化する様はまさに天使の所業と言えるだろう。きっとこんな心優しい俺に殺されるアリたちもさぞ本望に違いない。

 自分の慈悲深さにうっとりと自画自賛していた俺の耳に無数の羽音が届いた。

 状況を理解する前に火の海から翅の付いたアリが数十匹飛び出してくる。今度は執事服ではなく、黄色の甲冑のような姿をしていた。

 また焼き払ってやろうと火炎放射をするが、アリたちの身体は燃えることなく、俺に向かって突き進んでくる。もはやアリというよりもクワガタに近い顔をした騎士アリたちは大顎を開き、俺を噛み千切ろうとする。

 すぐさま、これは不味いと判断し、俺は鱗の色をオレンジに変え、身体を硬化させる。

 寸でのところで、騎士アリたちの攻撃を弾くことに成功するが、空中でバランスを崩し、旋回して体勢を立て直す。

 強度を増したおかげでほとんどダメージを負わなかったものの、このアーマーモードでなければ鎧ごと食いちぎられた可能性が高い。

 

『その子たちには炎は効きませんよ。新しく産んだ優秀な子供たちですから』

 

 下を一瞥するとベッドに寝そべる愛子ちゃんが新たに卵を産んでいる。女の子が産卵していると聞くと大変卑猥だが、見た目がアリでは興奮もできやしない。擬人化しろや、オイ。

 だが、良いことを教えてもらった。

 再び、俺に突撃を仕掛けてくる騎士アリたちに向けて大きな口を開く。

 

『だから、炎は効かないと言ったでしょう? 馬鹿の一つ覚えですね』

 

『い~や。今度は炎じゃないぜ? 親思いの可愛い子供たちはビリビリ君をあげよう』

 

 鱗の色をオレンジから白へと変える。

 そして、近距離まで近付いてきた騎士アリの大群に雷のプレゼントを受け渡した。

 俺の喉を通して吐き出された真っ白い電撃の大津波は容易く、騎士アリたちを一匹一匹と撃ち落していく。

 頑強な鎧は稲妻の槍に突き刺され、砕け散り、屋上にその無残な死骸を晒す。

 

『そ、んな……なら、電気も通さない子供たちを……』

 

 炎に耐性のあるアリの次は電気に耐性のあるアリを産もうと愛子ちゃんは産卵の準備に入る。

 しかし、もう遅い。さっき、新しいアリを産む余裕があったのは、俺が下から湧き出てくるアリに構っていたからだ。

 今の愛子ちゃんには時間稼ぎをしてくれる下僕も、自らを守ってくれる騎士もいない。

 まさに丸裸。裸の王様ならぬ、裸の女王様と言ったところだな。

 さらに俺の雷は光の速さで飛ぶ。愛子ちゃんに次の一手を打つ暇など与えない。

 収束され、範囲を抑えた代わりに威力を底上げした一筋の光が愛子ちゃんを穿つ。

 

『あ、ああああああああああああああ――』

 

 ベッドの上から転がり落ちて、屋上の床を抉りながらふき飛ばされる愛子ちゃん。ジュール熱で溶かされた金網にめり込み、その姿を少女へと変えていた。

 アリの死骸の燃えカス塗れの屋上に俺は降り立つと、愛子ちゃんの前に落ちているイーブルナッツを拾う。

 

「せっか、く……子供を産めるようになった、のに……」

 

「知らんがな」

 

 ぼそりと呟かれた台詞に律儀に答えた後、視線をベッドの方へ向けた。

 愛子ちゃんが居た辺りは溶けて、変形していたが、範囲を一点に収束したおかげでその他の部分は以外にも綺麗だった。

 そこに乗っていた美羽ちゃんもまた無傷でこちらを呆然と見つめている。

 

「おいで、美羽ちゃん」

 

 俺が手招きすると、正気と狂気の中間あたりにいるような無表情の彼女は言うとおりに歩いていてきた。炭化したまだ熱の残るアリの死骸を踏み鳴らして近付いてくる。あまりにも現実離れした状況に思考が麻痺して痛覚が正常に働いていないのだろう。

 美羽ちゃんが隣まで来ると、俺は愛子ちゃんを指差して言う。

 

「ねえ、美羽ちゃん。この愛子ちゃん――どうしたい?」

 

「な、にを……」

 

「愛子ちゃんには話しかけてないから黙ってろ」

 

「うぐっ……!」

 

 話に入ってこようとする愛子ちゃんに蹴りを入れて黙らせると、再び美羽ちゃんに尋ねる。

 

「話聞いた限りじゃさ、この子、美羽ちゃんを騙して弄んでたみたいじゃん? ムカつかない? まるでペットみたいに可愛がって、それでこんな仕打ちをしたんだぜ? ……殺してやりたいとは思わないか?」

 

 開かれた瞳はぼんやりと愛子ちゃんを眺めていた。何を考えているのか、外からは一切分からない。

 だが、やがて美羽ちゃんは愛子ちゃんへと近付いた。すぐ目の前まで来ると彼女の目をじっと覗き込む。

 

「氷室、さん……わたくし、たち、と、友達よね……? ほら、看護士さんも、お医者さんも、誰もが見離していたあなたを、ここまで元気にしたのはわたくしだった、でしょう……? 氷室さんだけ子供にしなかったのは友情を感じていたから、なの」

 

 力を持っていた時は女王のように振る舞っていたくせに、いざそれを剥ぎ取れると見苦しくも命乞いを始める。まったく持って度し難い女の子だ。

 美羽ちゃんは愛子ちゃんの頬へ無言で手を伸ばす。

 

「わ、分かってくれると、思ってたわ」

 

 差し出された手が許しの証だと思って安心していた愛子ちゃんは笑顔を浮かべる。

 

「仲直りしましょう、氷室さ……ぐっ」

 

 しかし、次の瞬間にはその手は愛子ちゃんの首をきゅっと掴んだ。

 もう片方の手も使い、両手でその首を締め上げる。

 美羽ちゃんの目には煮えるような怒りも、氷のような冷酷さもなく、何の温度も感じられない無感動だけがあった。

 むしろ、首を絞められた愛子ちゃんの方が憎悪に満ちた瞳を美羽ちゃんに向けて叫ぶ。

 

「ぐぇ……わだぐじがいながったら……だれにもあいでにじてもらえながっだぐぜに……」

 

「そうね」

 

 そこでようやく美羽ちゃんが口を利いた。

 

「どうでもいいながら、あなたの事は大切な友達だと思ってた。内心で優しくされる事に癒されていた。でも、分かった。――やっぱり世界は滅ぶべきだったのよ」

 

 首を振り、涎と涙を垂らしながら、もがいていた愛子ちゃんだがすぐに動かなくなった。

 美羽ちゃんは左胸に手をやって完全に生命活動を停止したことを確認すると、まるで下らないものを見るような視線を愛子ちゃんだったものに向けた。

 

「ありがとう、愛子。あなたのおかげで理解できた。こんな世界、何もかも壊してあげなきゃ駄目だって事に」

 

 俺はそのできの良い友情の物語をにやつきながら見ていた。随分と思い切りがいい子だ。兄貴よりも筋がいい。

 美羽ちゃんは俺の方に振り向き、そして、尋ねた。

 

「あなたなら、こんな世界を滅ぼしてくれる?」

 

「さあな。けど、遊び飽きたら、何だって俺は壊してきた。物も人も、な」

 

「もし、何もかも壊してくれるっていうなら、わたしはあなたの奴隷になる。何だって言う事を聞く」

 

 ――だから、この世界を滅ぼして。

 病室で自分の世界に浸り、この世をどうでもいいと言っていたあの惰弱な女の子はそこにはいなかった。

 居るのは、この世の全てを滅ぼしたいと心から願う小さな破壊者。

 俺はそれに笑ってこう答えた。

 

「なら、これから敬語くらい使えるようにしとけよ。みうきち」

 

 手の中にあったイーブルナッツを美羽ちゃん、改め俺の奴隷みうきちの額に押し込んだ。

 




あきら君に奴隷ができました。本当にハーレム俺TUEEE系主人公ですね。
次回は同時刻にトラペジウム征団が合流できたのかを書きます。あきら君はちょっとお休みですね。

次回『魔法少女だせよ、ゴラ! タイトル詐欺か? 調子くれってと低評価付けっぞ、あ゛~ん(仮)』にご期待ください。

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