魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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前回までの『fate/stay nanoka』

日本のとある地方都市「あすなろ市」に数十年に一度現れるとされる、持ち主のあらゆる願いを叶える「聖杯」。七人の魔術師(マスター)は七騎の魔法少女(サーヴァント)と契約し、聖杯を巡る抗争「聖杯戦争」に臨む。聖杯を手にできるのはただ一組、ゆえに彼らは最後の一組となるまで互いに殺し合う。

十年前に起きたあすなろ大災害の生き残りにして、半人前の魔術師として暮らしてきた少年・一樹あきらは偶然にもサーヴァント戦を目撃したことから、聖杯戦争に巻き込まれ、そのさなかサーヴァントの一人・ユウリを召喚する。亡き養父・一樹敏也のような「悪の権化」になりたいと願うあきらは、無関係な一般人の犠牲者を増やすために聖杯戦争に参加することを決意する。

あきら「俺は悪の権化になりたいんだ……。皆を気まぐれで皆殺しにするような、そういう奴になりたいんだよ」

ユウリ「……自害したい」



第二十三話 信じる心

「ていう訳でー、サブは他トラペジウム団員二名と合流して自己紹介くれや」

 

 今日はサブを他のメンバーに紹介してやる日だったのだが、やっぱり面倒になったので一人で勝手に行ってもらうことに予定を変更した。サブ君ももう十三歳、そのくらい一人でできるだろう。

 ぶっちゃけるとマジ面倒くさい。

 

『ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。ていう訳とか言われても、オレはその人たちがどこに居るのか知らないんですが……』

 

「聞かれなかったからな」

 

 何を当たり前なことを言っているんだこいつは。

 携帯電話を耳に当てた方とは逆の手で反対側の耳穴を穿(ほじ)る。

 サブの困り声が俺の鼓膜を打つ。

 

『いや、聞かれなかったからって……。大体、トラペジウム征団って何なんですか? オレ、それすら聞いてないですけど』

 

「聞かれなかったからな」

 

 再度、同じ台詞を放つと、サブは黙り込んだ。げんなりとした雰囲気が電話越しでも伝わってくる。

 

『……もういいですよ。じゃあ、どこにその人たちが居るのか教えてください』

 

「イーブルナッツの波長を追え。体内にイーブルナッツが入った奴同士なら集中すれば相手の位置くらいは大体分かるだろ」

 

『それすら自分で調べろと!?』

 

 何なんだこの人ー!?、と悲痛な叫びをあげるサブだったが、俺の視界にある女の子の姿が飛び込んできたために興味は電話からそちらに向いていた。

 オレンジ色のボブカットの活発スポーツ魔法少女、カオルちゃんである。

 少し前まで右膝がしたがなくなっていたが、トカゲの尻尾の如くにょきにょき生えてきたようで今では完治していた。本当に魔法少女って人間じゃないなぁ。

 眺めている俺を向こうも発見してくれたらしく、こちらに手を振って近付いて来る。

 

「んじゃ、切るわ」

 

『え、ちょっ、ま……』

 

 電話の向こうで何か言おうとしたサブに俺は無常にも通話を一方的に切った。慈悲はない。

 この程度のことをしてくれないようなら奴に価値はない。今日中に合流できていないようなら明日の朝にカルパッチョにして、食べてしまおう。

 ちなみに、サブへは俺が非通知で通話しているため、俺の連絡先は向こうは知らない。

 俺は携帯電話を上着のポケットに仕舞うと、元気よくカオルちゃんに挨拶する。

 

「おっはよう! カオルちゃん。奇遇だな、街中で会うなんて」

 

「おはよう、あきら。電話してたみたいだけど切っちゃっていいの?」

 

「いいのいいの。超どうでもいい内容の電話だから。カオルちゃんとの会話に比べたら、ゴミみたいな内容だよ」

 

 調子の良い事言うなーとカオルちゃんは呆れつつも、そう言われて悪い気はしないようで喜んでいる。

 俺としても男と話しているよりも可愛い女の子と話している方が楽しいので、幸せな気分がいい。

 

「そんでどこに行こうとしてたんだ? 俺も一緒に行って良い?」

 

「いいけど、向かってるとこ精神病院だよ? それでも来たい?」

 

「行く行く。カオルちゃんと一緒なら病院でもホテルでもドンと来いだぜ」

 

 二つ返事で俺はカオルちゃんに付いて行くことにした。あやせちゃんにユウリちゃんが狙われかねない危険な状況とか、早くトラペジム征団を再編するとかそんなことはどうだっていい。

 十四歳の男子中学生としては女の子とのデートの方が大事。これは鉄則である。

 

「ちょっとあきら、手を繋がないでよ」

 

「ええー? いいじゃんいいじゃん」

 

 強引にカオルちゃんの手を取り、指先を絡め合う。男ならば、少しくらい押しの強いコミュニケーションを取るべし。肉食系男子としては押して駄目でも押し倒すのが流儀である。

 しなやかでいて柔らかい指の間に自分の指を捻じ込み、手を握る。彼女の体温の温かさが僅かに俺の手のひらを伝わってくる。

 

「もう……強引だな」

 

「へへへ。役得役得」

 

 道中何気なく、カオルちゃんに精神病院へ行く理由を聞くと、同じサッカー部の部員が入院しているのでお見舞いしに来たらしい。

 聞けばその子は、前にカオルちゃんに選手生命を奪いかけるほどの怪我を負わせてしまって、それが原因で部内で虐めに合い、自殺未遂をしてしまった部員なのだそうだ。

 名前は三波(みなみ)つかさちゃん。自殺未遂のせいで意識不明になったそうなのだが、カオルちゃんが魔法少女になる契約時の願いで一命を取り留めた。

 だが、心の方までは完治はしておらず、今は精神病院で療養中とのこと。

 それを聞き、俺は感想を彼女に漏らした。

 

「優しいな、カオルちゃんは」

 

「え?」

 

「だって、自分に怪我させた奴のためにここまで献身的になれる奴、そうはいないぜ?」

 

「……そうでもないよ。私がこうやって病院に通うのも自分の心を埋めるためだと思ってる。みらいが話したって言ってたから言うけど、サキが死んだから逃げたいだけなんだよ。だから……」

 

 だから私はそんなに良い奴じゃない。俯いてカオルちゃんはそう言う。

 

「……えい」

 

 俺は一旦歩みを止めると、繋いでいた手を離してカオルちゃんの右足の太ももを撫でた。

 

「ひゃあっ! な、何すんのさ、あきら」

 

 可愛らしい声を上げて、足を引っ込めるカオルちゃん。これがもしユウリちゃんだったら間違いなく切れの良い蹴りが俺の顔面を抉ったことだろう。

 

「今見舞いに行くのは現実逃避、みたいに言うけどそれは違うだろ? かずみちゃんの記憶喪失の件とか、訳わかんない魔物のせいで足怪我してるから行けなかったんじゃねーの?」

 

 自分のせいで足を怪我させてしまったと罪悪感を抱いている相手の見舞いに、足を負傷したまま行くわけにもいかないだろうし、サキちゃんが死んだこととは今以外にタイミングがなかったという話だろう。

 

「それもあるけどさ、でもやっぱり私はつかさの事を利用してるだけのような気がして」

 

「いいじゃん、利用しても。それが相手のためにもなってるならWIN-WINな関係だろ? だったらどーんと構えてなって」

 

 立ち上がった俺はカオルちゃんの背に手を回して、気安く叩いた。

 最初は暗かった彼女の表情も俺があっけらかんと笑いかけるとつられるように微笑む。

 本来、明るい女の子なのもあるが、こうやって他人に肯定の言葉をかけてもらえることを内心ずっと待っていたのだろう。

 元気溌剌な瞳が戻ってくると、悪戯っぽく頬の端を上げた。

 

「それはそうと私の生足触るなんてスケベだね、あきらは」

 

「そうだぜ? 俺はドスケベだからな、お尻とか胸も触っちまうぜ~」

 

 そんな感じで元気になったカオルちゃんとイチャコラしながら病院まで歩いて行った。

 今度はカオルちゃんの方から俺の手を握ってきてくれる。やはり俺の持てっぷりは留まるところを知らないらしい。

 

 ***

 

「あれ? 何か病院、おかしくない?」

 

「ですなぁ」

 

 現在時刻は午前十時。土曜ということで前に来た時よりも人が居るはずなのだが、病院一階の中は閑散としている。

 というより、患者はまだしも受付の人まで居ないというのは流石におかしい。この状況は異常と言わざるを得ない。

 そう言えば、この病院には美羽ちゃんが入院していたなと思い出したところで、俺は天井に違和感を覚えた。

 天井の壁が蠢いているように見える。いや、蠢いているのは天井に張り付いた同色の何かだ。

 それに気が付いた瞬間、ぼたりといくつかの物体が落ちてきた。

 

「あ、アリ……?」

 

 それは巨大なアリだった。クリーム色の姿に執事服の上だけを纏ったデフォルメした見た目のアリ。

 魔女の使い魔をすぐに連想するが、だとするならここは既に結界内になっていなければおかしい。

 だが、ここは人こそ居ないまでも病院の中の様相は変わっていない。前に見たような突拍子もないような場所には見えない。

 俺の冷静な分析を余所に降ってきた執事服のアリたちは俺に襲い掛かってくる。

 

「ってこれまずっ……」

 

「あきら、退いて! 『カピターノ・ポテンザ』!」

 

 俺を庇うように躍り出たカオルちゃんは魔法少女の衣装に変わっていた。フードの付いたぴったりの上着に太ももがばっちり見えるオレンジ色のタイツに似た格好だ。

 彼女は魔法で銀色に硬質化させた右足で飛び蹴りを執事服のアリに食らわせた。

 大顎が砕かれ、黒い体液を流しながら吹き飛んでいくアリたち。その様子から一体一体はさほど強くないことが分かる。

 しかし、問題はその数だ。一匹二匹どころの話ではない皆天井に張り付いて動き回っていたから目に付かなかったが、一階のこのフロアだけでも四、五十匹は居るだろう。

 さらに病院という広大な空間を考えると、膨大な数のアリの使い魔がひしめいていることは想像に難くない。

 すぐさま、入ってきた自動ドアを見やるが、まるで出口を塞ぐかのようにアリが落ちてきている。どうやら逃がしてくれる気はないらしい。

 カオルちゃんに襲ってくるアリを撃退してもらいつつ、俺は周囲の様子を探る。

 すると、俺は執事服のアリに混じってメイド服を着ているアリが居ることに気が付いた。

 執事服のアリはメイド服のアリに寄ると、その手足を急にもぎ始める。最初は仲間割れかと思ったが、そうではなかった。執事服のアリはメイド服のアリの手足を全てちぎるといきなり交尾をし始めた。

 その様はレイプを比喩している戯画のように思えてちょっとだけ興奮した。本来、アリや蜂の兵隊には生殖能力はないはずなのだが、こいつらにはちゃんとあるようだ。

 だが、そんな余裕はすぐに霧散する。

 メイド服のアリが尻の先からボロボロと卵を産み落としていったからだ。

 数秒でその卵は孵り、成体へと成長した幼虫は執事服のアリへと姿を変える。まさにあっと言う間に数を増やし、正面玄関を占領した。

 

「カオルちゃん。こいつら、繁殖力があるぞ!」

 

「分かってる。ちっ……ごめん。あきらだけでも逃がそうと思ったけど無理みたい」

 

「気にすんなって」

 

 険しい顔でカオルちゃんは唇を噛む。彼女の魔法ではこの状況では打破は難しいようだ。

 前に戦った限りではカオルちゃん単体では身体を硬化させて戦うタイプのようだし、制圧力は期待するだけ無駄だろう。

 俺が竜になって焼き払えば、こんな雑魚など瞬殺できるが状況が状況のため変身できない。

 

「とりあえず、上の階に上がって窓からでも逃げよう!」

 

「それしかないか。分かった、あきらは私から離れないようにして」

 

 一階で増え続けるアリの使い魔をあとに、俺たちは階段を駆け上がる。階段にも執事服のアリが何匹か這っていたがそれはカオルちゃんが蹴散らして上に進んだ。

 

「ねえ、カオルちゃん。カオルちゃんの友達のつかさって子大丈夫なのか?」

 

「…………」

 

「まずはその子の病室に行こうぜ? もしかしたらまだ助けを求めてるかもしれないし」

 

 浮かない顔をするカオルちゃんに俺は提案しながら付いていく。この惨状から望みは薄いと考えているのだろう。

 まあ、十中八九死んでいると見ていい。だが、カオルちゃんがそれを確認して絶望してくれるなら少々危険を冒してでも、お友達の死体を突きつけてやりたい。

 

「ちょっと脱出が遅れちゃうけど、それでもいい?」

 

 申し訳なさそうに言うカオルちゃんの背中を俺は頷く代わりに叩いた。

 ありがとうとお礼を言った後、四階まで二人で駆け上がり、つかさちゃんの病室まで向かう。道中のアリを蹴散らすカオルちゃんのすぐ傍で俺は違和感を感じ取っていた。

 おかしい。ここには何かが足りない。あるべきはずの何かが致命的に欠けているのだ。

 それが分からないまま、つかさちゃんの病室まで来てしまう。

 病室のドアを蹴破り、侵入していくカオルちゃんの後ろから俺は続け様に入っていくとそこで違和感の正体に気が付いた。

 ――血だ。血液の臭いがこの病院からしないのだ。

 あんな化け物が跋扈(ばっこ)しているにも関わらず、死体はおろか血痕すら一つも見当たらない。 

 どう考えてもおかしい。アリの顎の形状からして人間を丸呑みは不可能だ。母体のような存在の元に捕まえて運んでいる可能性も否めないが抵抗して死んだ人間の形跡がなさ過ぎる。

 

「つかさ! どこに居るの!! 私よ、カオルよ?」

 

 カオルちゃんは病室の中でそう叫ぶ。

 すると、その声に反応したように一匹のメイド服を着たアリがベッドの上から降りてきた。

 

『カ……ル……』

 

「っ……こんなところにまで」

 

 珍しく手足のちぎれられていないメイド服のアリの頭蓋にカオルちゃんは硬化した足で踵落しを叩き込む。

 頭部が砕けて、黒い液体を垂らしながらも、よろよろとした足取りでメイド服のアリはカオルちゃんへと近付いていく。

 

『……オ……ル……カ、オ……』

 

「つかさをどこへやった! この使い魔!」

 

 硬化した足の裏をスパイク状にして、反対側の足を軸足にし、華麗に回し蹴りをメイド服のアリの腹部に入れる。

 メイド服の下の甲殻が割れて、そこから真っ二つに砕けたアリの上半身が床に転がった。

 

「カオルちゃん。俺の推測が正しければ、そのアリの使い魔――つかさちゃんだよ」

 

 カオルちゃんがきっちり止めを刺すところまで見終えた後、俺は無常にそう言い放った。

 振り向いた彼女の顔が信じられないものを見るように変わる。

 

「……は? 何を言ってるの、あきら……人間が使い魔になる訳が……」

 

「絶対にないって訳じゃないんだろ? 大体、この状況がおかしいってことにカオルちゃんだって気が付いてんじゃねーの?」

 

 大量に使い魔だけが溢れ返る病院。結界を作っていない魔女。人も死体も悲鳴すらもないこの状況。

 そして、さっきの攻撃しなかった使い魔。

 

「カオルちゃんの名前を呼ぼうとしてたんじゃね? 『それ』」

 

 俺が顎で指し示すその先には生臭い体液で床を汚すアリの使い魔が転がっている。

 

「そんな訳だって……人間は使い魔にはならない……」

 

 引きつった笑みに震える声。それはもはや否定ではなく、そうであってほしいという願望だった。

 感情は拒絶しつつも、理性ではその可能性を受け入れようとしている証でもある。

 そこに俺は追い討ちをかけるべく、さらに喋る。

 

「でも、この病室、ちゃんと鍵掛かってただろ? 外からこじ開けられた形跡ないぞ? 女の子の食われた形跡もない。なのに、一匹だけ居る使い魔」

 

「そんな……」

 

「認めろよ、カオルちゃん。じゃなきゃ、逆に説明が付かないぜ? そいつはアンタのお友達だったものだよ」

 

 この病院に居る使い魔のほとんどはこの病院の患者だろう。つまりはさっきまでカオルちゃんが殺して回っていたのも人間という訳だ。

 もちろん、全部が全部そうだとは言わない。ある程度は交尾によって生まれた奴も居るだろう。

 

「これが……つかさ?」

 

「まあ、多分だけどな」

 

 目を見開いて、カオルちゃんが震える手でメイド服のアリの死骸を拾おうとすると、ぼろりと乾燥した土塊のように崩れ落ちる。

 俺はそれをにやにやとした笑みで見守る。

 イイね。友達を殺してしまったことに衝撃を覚える女の子ってのは。

 魔法少女を狩ってまで、魔女にさせないようにしているカオルちゃんには結構辛いんじゃないのかな。

 

「つかさは普通の、普通の女の子だった……あり得ないよ。だって普通の女の子だったんだ」

 

 魔女になった魔法少女を殺したりしているのだから、今更そこまで気にしなくてもいいんじゃないと思うが、だからこそ、ただの人間だった相手まで手に掛けるのは返ってダメージがあるのかもしれない。

 

「カオルちゃん……」

 

 俺はそんな彼女の後ろから抱き締めた。

 優しく、慈しむように、慰めの抱擁で包んでやる。

 

「普通の人間でも化け物になることだったあるさ」

 

「あきら……でも」

 

『――こんな風になァ』

 

「……え?」

 

 振り返った彼女は俺の顔を見て硬直する。

 俺の顔は既に人間のそれではなく、首から上を竜に変貌させ、楽しそうに笑っていた。

 

『トッコ・デル・マーレ(物理)』

 

 かつて、カオルちゃんがユウリちゃんにやって見せたソウルジェムを抜き取る魔法。

 俺はそれを物理的にやってみた。

 要するに身体に身に付いているソウルジェムを周りに付いている肉ごと抉り取ったのだ。

 左足の膝の数センチ上に付いているオレンジの宝石を魔物化した手で躊躇なく引きちぎる。

 

「がっ……!?」

 

 とっさに俺を突き飛ばすが、驚き戸惑っているせいでバランスを崩し、床に尻餅を突く。

 あまりにも驚きすぎて、顔からは血の気が引き、真っ白くなっている。カオルちゃんは魔法少女の格好から女の子らしいパーカーとホットパンツの姿へと変わった。

 顔だけではなく、身体全体を黒い竜に変えた俺は両手を広げて、カオルちゃんを見下ろした。

 見開きすぎた両目は皿のようになっており、瞳孔までが小刻みに揺れている。意識的なのか無意識的なのか、嫌々をするようにカオルちゃんは首を横に振っていた。

 

「え、ど、どうして……お前が!?」

 

『ん?』

 

 あっさりと正体を現してあげたのにも関わらず、カオルちゃんは意味の分からないことを言う。

 

「あきらといつから入れ返った!? 本物のあきらは、どこへやった!?」

 

 致命的なまでに勘違いをしている様子だ。奪われたソウルジェムよりも俺の心配をしているあたり、冷静な判断力を失っている。

 

『カオルちゃん。俺だよ、俺が一樹あきらなの』

 

「う、嘘を吐くな! お前があきらな訳ないだろ!? あきらは馬鹿だけど良い奴で、魔法少女の事も受け入れてくれて……」

 

 どうして俺に裏切られる人間というのはどいつもこいつもここまで妄信的なのだろうか。

 呆れを通り越して、軽く感動さえ覚えそうだ。

 

『それがおかしいってまず思えよ。アンタら普通の人間から見たら“化け物”だぜ? 当たり前に受け入れる奴なんかいねーよ』

 

 信じるというのは、疑った上でようやく可能になるものだ。疑いもせず信じるというのはただのアホのやることだ。

 

「じゃあ、全部……全部嘘だったの!?」

 

『そうだよ。アンタみたいに何かを隠している奴は、無償の優しさに飢えてるからな。ちょっと優しくすれば子犬のように懐いてくる。いやぁ、簡単だったぜ? 間抜けな魔法少女ちゃんたちを懐柔するのは』

 

「うそ、だ……」

 

『そうそう。み~んな、嘘。ありがとうな、馬鹿で居てくれて』

 

 呆然とした瞳の死んだ顔を浮かべ、カオルちゃんは俺を見上げている。

 その瞳に映るのはとても愉快そうに笑う竜の姿だった。

 俺は手に持ったオレンジ色のソウルジェムを口の中に投げ入れる。

 飴玉を噛み砕くような感触を少し繰り返した後、ごくりと砕いたジェムを嚥下(えんげ)した。

 その瞬間、目の前のカオルちゃんの身体がゴムでできた人形のように不自然な動きで崩れ落ちる。

 ガラスのようになった彼女の瞳は涙で濡れて、部屋に差し込む光を反射してオレンジ色に輝いていた。

 




時間もなく、それほど元気もないですが、気合を入れるために合えて更新してみました。
裏切りシーンが思ったよりも盛り上がらず残念ですが、そろそろ魔法少女を減らしていかないと収拾が付かなくなるので、カオルちゃんには退場してもらいました。

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