魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
重税に苦しむ寂れた村に生まれ育った少女剣士アイリは帝都軍の兵士となって出世し村を潤そうと、親友の少女ユウリと共に帝都への旅に出るが、道中、三人は夜盗の襲撃によって離れ離れになる。
辛くも一人で帝都に辿り着いたあいりだったが、その日のうちに童顔の少年サブロウによって路銀を全て騙し取られてしまう。有り金の全てを騙し取られて途方に暮れるアイリだったが、通りすがりの貴族の少女カズミに助けられる。
帝都でカズミの護衛として働くことになったアイリは、同僚の護衛より、現在の帝国が腐敗していること、帝都の治安が乱れていたり自分の村に課せられた重税がその一端であること、そしてその原因が大臣であることを知らされると共に、帝都の富裕層や重役を狙う殺し屋集団『トラペジウム』の存在を知る。
ある日の夜半、ただならぬ殺気で目を覚ましたアイリは、窓の向こうに殺し屋集団トラペジウムを見る。アイリが「同僚の護衛に加勢してトラペウムと戦うか」「それとも家人の元に駆けつけて彼らを守るべきか」と悩んだ一瞬の間に、同僚の護衛はトラペジウムによって全て始末されてしまう。きびすを返し、急ぎカズミの元に駆けつけたアイリの前に立ちはだかったのはトラペジウムの剣客アキラと、帝都に辿り着いたその日に彼から路銀を騙し取った童顔の少年サブロウだった。
カズミを斬ろうとするアキラに対し「罪もない女の子を殺すのか」と立ちはだかり、刃を交えるアイリ。アキラはそんなアイリ諸共に標的を斬ろうとするが、サブロウはそんなアキラを「その少年には借りがある」と静止し、アイリに残酷な真実を突きつける。
カズミとその家族の正体は、夢を見て帝都にやってきたものの路頭に迷った田舎者たちに善意を施す素振りの裏で、実はそんな田舎者たちを相手に残虐な実験や拷問を繰り返して嬲り殺すことを楽しんでいるサディスト一家だったのだ。
そしてその犠牲者の中には、道中で離れ離れになったアイリの親友ユウリの姿も。
帝都の影に潜む真実を知って忘我するアイリ。そんな彼を他所にアキラがその刃をカズミに斬りつけようとするが、その寸前アイリは自らの剣をカズミに振るい、彼女を一刀両断にしてみせる。
憎い相手とは言え一遍の迷いもなくカズミを斬り殺したアイリを気に入ったサブロウは、彼をトラペジウムのアジトに強引に連れ帰る。
かくしてアイリは帝都の腐敗を正すため、その原因たる帝都の要人暗殺を掲げる殺し屋集団トラペジウムの一員となった。
アキラ「特に意味もなく、葬る。有無を言わさず、葬る。善人だろうと構わず葬る」
アイリ「こいつもう嫌……」
昨日の夜、ユウリちゃんと別れて自宅に帰った俺は寝る前にある重要なことに気が付いてしまった。
俺は昨日も一昨日も学校に行っていない。初日以外、二日連続で自主休校をしている訳だ。
二日間の間、俺は学校に通うことも、バイトに精を出すこともなく、女の子たちと楽しく遊び呆けていた。
その姿はまさに遊び人。プー太郎。ニート。非生産者にして消費者……ハイパー社会不適合者。
つまり、このままだと――俺は駄目人間になってしまう!
「学校行かなきゃ!」
かくして、社会を担う次世代の若者の使命として、俺は中学校に登校することを決めたのだった。
次の日の朝、携帯の目覚ましアラームによって起床した俺はシャワーを浴び、浴室でビブラートで歌声を奏でた。
「オウ、イエス! オウ、イエス! ルァーッラララ~!!」
シャワーで身体を綺麗にして脱衣所に出るとタオルで身体を拭き、全裸の格好のままで引っ越す前に買い溜めして置いたカップ麺を啜った後、南あすなろ中学指定の制服に身を包んで我が新たな校舎へと通学する。
爽やかな風が吹き、洗い立ての髪を撫でる。日の光が鮮やかに俺を照らす。
そんな中、コンビニで買った週刊少年チャンピオンを読み
「お! 今回のグラビアの子、良い尻してんなぁ!! 畜生! ムラムラしてきたぜ!」
その雄姿はどこに出しても恥ずかしくない勤勉な学生そのものだった。
まじまじと水着姿を観察して、チャンピオンのついでに買ったからファミチキに齧り付く。
ふと、そう言えばノートと教科書と筆記用具の入った鞄を家に置いてきてしまったことを思い出したが、取りに戻るのがあまりにもかったるかったので諦めた。
勉強に必要なのは意欲であり、勉強用具など必要ないのだ。
ああ。俺はなんて真面目な中学生なんだろう。全国の不良や不登校児にこの勤勉さを分けてやりたいくらいだぜ。
*
学校に着き、何気なく校庭を見回すと前に燃やした格技場の建物が見るも無残に焼け残っていた。あれから二日も立っているせいか、それに注目する生徒はほとんど居らず、皆靴箱に向かって歩いている。
相撲部がほぼ全員、焼け死んだのだから昨日くらいには黙祷式でもやったのだろうが、この無関心さが現代の中学生らしい。
俺は靴を上履きに履き替えると自分の教室へと向かう。
相変わらず、ガラス張りの教室は腹の立つくらい透けていた。どうせなら、女子の制服を透けさせればいいものを、と思わずには居られない。
教室内に入ると、クラスの女子たちが公園の鳩のように俺に群がってきた。
「一樹君、転校初日からずっと休んでたけど、何かあったの?」
「身体の具合が悪くなったせい?」
「何か保健委員の氷室君も居ないみたいだから、困った事があったら遠慮なく私たちに言ってね」
それぞれ皆、俺に心配の台詞を掛けてくれる。これはこの子たちが心優しい女の子だからではなく、単に顔の良い俺に下心を持っているからだ。
この手の手合には慣れているので、そつなくお礼を言って切り抜ける。
「ありがとう。でも、平気だから気にしないで」
学校ではクールなキャラで通っているので、その設定を壊さない程度にさらりとそう言って自分の席に座った。
それを見た彼女たちは格好良いだのクールだのと黄色い声を上げて俺を眺めてくる。
うむうむ。女の子からの好意を向けられるのはなかなか気持ちがいい。もっと俺を褒めろ、称えろ、崇め奉れ。
無表情を貫きながら、内心で調子に乗り、チャンピオンのページを捲る。
すると、こちらを見ている女子たちがこそこそと小声で会話をし始めた。
「あ、一樹君漫画雑誌読んでる」
「どんな漫画だろうね? 私も読めば共通の話題ができるのに」
「一樹君、物静かだから漫画読んでても絵になるよね」
「透明な教室の中で他人の目も気にせず黙々と漫画雑誌を読む。なかなかできる事じゃないよ」
耳だけで聞いていると明らかに最後の女子、俺のことを馬鹿にしているように聞こえるが気のせいか。
俺は試しに制服のポケットから缶コーヒーを取り出してプルタブを上げる。
「缶コーヒー好きなのかな? 苦いの嫌いだけどあたしもあとで同じ種類の奴の飲んでみよ」
「あれはBOSSの微糖だから、英子でも飲める奴だと思うよ」
「ホームルームまで数分なのにコーヒーを飲む。なかなかできる事じゃないよ」
やっぱり最後の奴、俺のこと馬鹿にしてやがる。ていうか、気に入ってるのかそのフレーズ。
チャンピオンから視線をずらして、その女子グループへと目をやる。そこには銀髪のくすんだ青色の目をした女子がこちらを見ていた。
黙っていれば神聖な雰囲気さえ感じられる彫の深い顔立ちは日本人には見えない。幼稚園の時から飽きるほどヨーロッパ諸国に海外旅行をしている俺には分かる。あれは美羽ちゃんとは違ってハーフではなく、完全に純血の外人だ。
女の子にしては背が高く、周りの女子に比べて骨格がしっかりして見える。それらはゲルマン系特有の身体付き、恐らくはドイツ人だ。
女子グループは俺は自分たちに目を向けたことに気付いて、恥ずかしげに頬を染めたが、その少女だけは無表情な顔で俺を見返していた。
他の女子と違い、俺に異性としての魅力を感じていない顔だったが、興味自体は持っているようで不思議そうに見つめてくる。
「そこの銀髪の子。アンタ、名前は?」
「私の名前はフランツィスカ。フランツィスカ・コルネリア。フランでいいよ」
抑揚を欠いたトーンの声は棒読みのように耳に届いた。
どこかミステリアスさを醸し出すその少女に俺はほんの少し興味が湧いた。
「よろしく、フランちゃん。俺は一樹あきらだ」
「ん。よろしく、一樹君。こんなに女子が居るのに、私だけに自己紹介するなんてなかなかできる事じゃないよ」
その後、フランちゃんは彼女が予想した通りに周りに居た女子に「なぜフランだけ」と文句を言われていた。しかし、本人はそれに対して何も感じていないように振る舞っていた。
そうかと言って、無視する訳でもなく、他の女子と会話をしている辺り、コミュニケーション能力はそれなりにあるようだ。
俺はホームルームチャイムが鳴るまでカオルちゃんたちがもしかしたら来るかもと僅かに期待していたが、どちらもとうとう登校して来なかった。
怪我が完治していないままで来ても無駄に質問責めにされるだけ出し、何よりサキちゃんが死んだばかりなので学校に来る気力がないのだろう。
ちょっと虐め過ぎたなぁ、と若干後悔した。
**
退屈過ぎる午後の授業が終わり、昼飯時になる。
三時限目の数学の時間、俺を目の敵にした担当教師が散々問題を俺一人に出してきたせいで疲れた。全部問いに答えて、なおかつ、教師の問題の式が微妙に間違っているところを指摘してやると仕舞いにはに向こうも心が折れたようで何も言わなくなった。
購買部で惣菜パンを買った後、俺は屋上でサヒさんやリッキーに非通知で電話をかけた。
一応、面相が割れたことは理解しているようで二人とも一昨日から学校には来ておらず、家に篭っているらしい。
両親が何も言わないのかと聞いたところ、既に二人とも殺して死体をちゃんと跡形も残さず処理したと帰ってきた。
「で? 親は旨かったか?」
『クソ不味かった。人肉なんて食えたもんじゃないな』
「だよなー。豚とか牛ってマジ偉大だわー」
順調に人としての倫理観を捨てつつあるリッキー。サヒさんもそうらしいのだが、元々両親とは不仲だったために殺害を
両親を愛する心優しい俺には到底できない諸行だ。ていうか、二人とも今後の生活どうするつもりなんだ。もっと上手に親を使い潰せよと思わずにはいられなかった。
「ああ、それとサヒさんにはもう言ったけど、ひむひむの代わり見つけたから、今度紹介するわ」
『はあっ!? 聞いてないぞ! 俺はあいつの変わりなんて認めないからな!? 氷室は俺たちのために命を張ってくれたんだ! そう簡単に新しいメンバーなんて認められるか!』
いや、お前ひむひむと出会って三日も経ってないだろ。ぶっちゃけ、大した仲じゃない。
完璧に自分の命を守ってくれたひむひむのことを美化している。親を食い殺すような非人間のくせにこういうところで自己陶酔に浸るのだからお笑い沙汰だ。
だが、俺は人身掌握のプロ。駄々を捏ねる同級生の扱いなんてちょちょいのちょいである。
「……なあ、リッキー。聞いてくれ」
『何だよ。急に改まって』
「俺さ、ひむひむの双子の妹に会ったよ」
『!?』
電話の向こうで息を飲む声が聞こえた。
いきなり、遺族の話をされるとは思わなかったようだ。
俺はその反応を聞き、してやったりの顔で続ける。もちろん、声には哀愁を漂わせるのを忘れない。
「名前は氷室美羽って言うんだけど……精神病院に入院してた。心の病気を患ってたらしい」
『…………それで』
「ひむひむの方は美羽ちゃんのこと大切にしてたらしく、毎日とは言えなくても頻繁に花持って見舞いに来ていたんだってさ。自分のことさえ嫌ってヒステリックに喚く妹のために、わざわざ精神病院まで通ってな」
ちなみにこれは本当の話だ。美羽ちゃんの病室に行く前に愛子ちゃんが話してくれた。
もっとも、美羽ちゃんの方はそれを拒んでいたのは至極当然だ。
何せ、自分の心を虐めて傷つけたのは他ならないひむひむなのだから嫌われていない方がおかしい。
「もう、美羽ちゃんの病室にひむひむが持ってきた花は飾られない。妹想いのお兄ちゃんは……居ないからな」
『あいつ……。そんな事抱えて』
湿った声が受話口から聞こえる。
うんうん。扱いやすくて楽だわ、この子。
「一刻も早く、戦力整えて仇取ってやるのがせめてもの
『…………分かった。あきら。俺が間違ってた。その新しい奴と一緒に氷室の仇を討とう!』
「分かってくれたか! ありがとうな、リッキー」
『よせよ。礼なんてお前らしくもない。俺たち、トラペジウム征団は――仲間なんだから』
少し照れた声でリッキーはそう言った。感極まるようなその台詞に俺は満足そうに肯定する。
「ああ。そうだな、じゃあ、詳しいことは後で話す。じゃあ、切るぞ」
通話を切ると、携帯電話をポケットしまって一息吐く。
ホンマモンのアホですわ。どうして、あんな安っぽい台詞に
まあ、扱い易いので俺としては便利でいいが、本人はもう少しくらい頭を使って考えて方がいいと思う。
屋上のベンチの上に寝転がって、伸びをしていると俺の耳に階段を上る足音が聞こえてきた。一歩一歩、まるで自らを自己主張するように響く上履きの音は次第に大きくなっていく。
そして、その足音の主は屋上のドアを開こうとドアノブを回す。
俺は即座に両手でブリッヂの姿勢を取ると、ベンチからバク宙してドアの前まで飛んだ。ピタリとドアの数センチ前で華麗な着地を決めるとドアノブを掴み、回りかけた方の反対方向に回した。
悠々とドアを開こうとした足音の主は、ドアが開かないことに若干焦ったようで何度も向こう側でノブを弄るが俺がそれを阻む。
そこでようやく、ドアノブを逆側に回されていることに気付いた相手は静かな怒りの混じった声で言う。
「……開けて」
「やだピー」
「…………」
「嘘だよ。開けるよ」
嫌がらせは俺のライフワークだが、膠着状態で話が進まないのも詰まらないので仕方なく、ドアノブから手を離す。
屋上のドアから出てきたのはさっきのフランちゃんだった。実は声で気付いていたが、どんな反応を示すか気になったので気付いていない振りをしていた。
「……何であんな事したの?」
「意味なんてある訳ないだろ。アリの巣に水を注ぐのと同じで、何となくでするようなもんだ」
相手のペースを乱して、遊ぶために俺は無意味にフランちゃんを挑発する。
もう散々からかいまくったので、その相貌から湧き上がる神聖な雰囲気はとうの昔に霧散していた。
無表情を浮かべているがじとっとした恨みがましい目でフランちゃんは俺を睨んだ。
それを無視して俺はベンチに座ると、自分の隣の場所を軽く手で叩く。
「苦しゅうない、近こう寄れ」
「…………」
公家風の喋り方で隣に座るように言うと、フランちゃんは無言でそれに従った。
何かこの喋り方が気に入ったので俺はそのままの口調で話す。気分的には白粉を塗りたくった白い顔に丸っこいマロ眉毛を描いた顔になっていた。
「して、この度は何用でおじゃるか?」
「……ひょっとして、私喧嘩売られてる?」
そろそろ本格的にフランちゃんが切れそうだったので、普通の口調に戻した。
「そんで、何で屋上にまで来たの?」
「貴方が似てると思ったからよ」
「ジョニー・〇ップに?」
「違う」
「じゃあ、トム・ク〇ーズ?」
「……違う」
「あ、分かった。キアヌ・リー……」
「…………」
「……すんません。調子扱きました」
殺意のこもった眼差しを受け、俺はようやく自重する。
フランちゃんは脱線した話を戻すべく、真面目な顔になり、シリアスな空気を作り始めた。
そういう、「真面目なお話します」的な雰囲気が嫌いな俺はここで唐突に全裸になり、裸踊りを始めてやろうかと半ば本気で思ったが流石にフランちゃんが色んな意味で可哀想なので止めた。
「私は人を殺した事がある」
「うわー、犯罪経歴自慢厨がいますよー! お回りさーん」
「殺人が社会で許されない事は知っている。でも、私はそれが我慢できなかった」
「とうとう無視ですか。そうですか」
「人が呼吸しなければ生きていけないように、私には
「アンタ、あれだろ。昨日の夜『月姫』の漫画でも読んだだろ。もしくは初期の西尾作品を」
明らかに中二病を発症された方の発言に俺は呆れた。
いや、確かに俺たちは中学二年生だけど、でもそういうのはせめて黒歴史用のノートでも作って自分一人で楽しんでくださいな。そして、数年後それを読んでクッションに顔を埋めて足をバタバタさせるといい。少しはマシな人間になれるだろう。
しかし、フランちゃんはそんな俺ににんまりと頬を引いて笑った。
「私、生まれも育ちもドイツだったんだけど、何故で今日本に居ると思う?」
「普通に留学しに来たんだろ?」
「正解は、人を殺す幸せを平和な日本人に教えるため」
「フランちゃん、あすなろ精神病院って知ってる? 俺そこの院長の娘さんと知り合いだから紹介してあげようか? 二条院愛子っていう、おっぱいの大きな両手両足が義肢の子なんだけど」
可哀想な子を見るまで、昨日知り合ったばかりの精神病院と愛子ちゃんの話をし始めた俺だが、その瞬間第六感が囁き、その場から後ろに飛び退く。
一瞬前まで俺の首があったところに銀色の一閃が弧を描いた。
それは折り畳みナイフの刃が光に反射した光の線だった。
「オイオイ。学校に勉強と関係ないもの持ってきちゃいけないってママに教えてもらわなかったのかよ?」
「やっぱり、貴方は私と同じ人種の人間。恐怖がなく、狂気に満ちている」
気の触れたようなマジキチスマイルを浮かべ、折り畳みナイフを開閉させながらフランちゃんは喋った。
マックで可愛い店員を見つけると思わずスマイルを注文してしまう俺だが、イカれた笑顔は頼まれたって要らない。
あの時、ドアノブを放さなければよかった。恋愛シュミレーションゲームで選択肢をミスった気分だ。
「ふふふ。でも、貴方にはこんなチンケな得物じゃ駄目。あやせからプレゼントしてもらったものを使うね」
あやせ……? 人名か?
フランちゃんが口に出した名前が妙に気にかかった。
だが、そんなものは彼女がポケットから取り出した物体を見て、消し飛ぶ。
鈍く黒光りするそれは――イーブルナッツだった。
「なっ!? それ、どこで!」
「あれ? これ、知ってるんだ。……なかなかできる事じゃないね」
手に持ったイーブルナッツをフランちゃんは自分の額に押し込んだ。
彼女の身体がグニャグニャと歪み、粘土のように変形していく。俺は自分たち以外にイーブルナッツを持つ存在に出会ったことで気が動転して防げなかった。
見る間に変わっていくフランちゃんの姿は少女の原型を僅かも残していない異形に変わった。
それは鷹だった。刃物の羽根を持つ、鋼で作られたかのようなくすんだ銀色の大鷹。頭部に残っているポニーテールが辛うじてフランちゃんの面影を保っている。
『うん。あやせの言ってたとおり、力が
フランちゃんは翼をはためかせて、屋上でホバリングするように羽ばたいている。
「よかったぜ……」
俺はそう呟いた。
もしこの学校にカオルちゃんや海香ちゃんが居たら、俺は魔物の姿になるのを躊躇していただろう。
なぜなら、折角隠してきた正体がつまらないところで暴露しかねないからだ。
丹精込めて騙しているのが、水の泡になっていたからだ。
俺は己の身体を黒い竜に変えて、銀の鷹と化したフランちゃんの前に立ち向かう。
それを見たフランちゃんは器用に瞳を大きくさせ、そして、嘴の端を歪めて笑った。
『一樹君、やっぱり私と貴方は同じ瞳をしている。同じ思想を持った存在……』
『いいや、違うね』
俺はフランちゃんの台詞を遮って否定した。
『俺は殺すのが好きなんじゃない――命を踏み躙るのが好きなんだ!』
中二病患者の妄言と聞き流していれば、ふざけたことを言いやがって。
こいつと俺は全然違う。何もかもが違う。どれくらい違うかというとちくわとチクワブくらい違う。
『いいか? よく聞け、ギンピカ。「殺す」、なんてのは物事のおまけみたいなもんだ。肝心なのはそこじゃない。必死で生きていた人間の思いや感情……それらを台無しにする時にカタルシスってのが生まれるんだ。
人が呼吸しなければ生きていけないように、私には
楽しいから殺すんだ。嬉しいから殺すんだ。気分がよくなるから殺すんだ。やらくてもこまらないけどやるんだ。それがいいんだよ』
フランちゃんのその性分を扱き下ろして、嘲笑った。
殺人なんてものは所詮は嗜好品。何となく、気分が乗った時にするものだ。
それを呼吸のようにしなくてはならないのは単なる中毒。肉体が強要されてやっているだけ。
やらされている行為からは真の愉悦は生まれない。そこに悦びはないからだ。
余分であるが故に楽しいのだ。必要不可欠ではないからこそ、
『だからな、一緒にすんなよ。中毒者』
冷めた目でそう言い放つと、フランちゃんは空へと舞い上がり、俺に目掛けて鋭い刃の集合体のような鋼の翼を振るう。
『そう……分かった。貴方は同族なんかじゃない。私の……敵だ!』
空気を引き裂き、凄まじい速度共に突っ込んで来る。
その速さは俺を容易く超えるだろう。このまま、避けきることさえ難しい。
もしも、直撃を受ければ魔物化した俺の強固な皮膚を両断するかもしれない。
だが、その速さは――光の速さほどではない。
鱗の色を黒から白に変え、俺は口から白い雷を解き放つ。
こちらへと近付くよりも早く、俺の電撃の波がフランちゃんを襲った。
『アグゥァ――ッ!』
結果として、雷撃へと飛び込んだ聞くに堪えない甲高い叫び声を上げ、フランちゃんは翼の軌道を曲げてしまう。
『場所変えようか? なぁっ!?』
未だ電気が残留しているフランちゃんの尾羽を掴み、学校の裏にある林へと投げ飛ばす。
その際に尖った羽根が何本が手に突き刺さるが、やむを得なかった。
投げ飛ばされたフランちゃんは木々をその刃の翼で切り落としながら、落ちていく。
俺もそちらへと飛んでいくと、木々の切れ間からダーツのように刃の羽根が俺へと放たれた。
『クガァア――!!』
想像以上に頑強な肉体をしているようで林の中で体勢を立て直していたようだ。
それを片翼にモロにくらい、今度は俺の方が体勢を崩すはめになる。
即座に跳ね上がるように林から飛び出して来たフランちゃんは俺の首を切り落とそうと刃の翼を広げて接近する。
今度はさっきのような小細工を許さない真下からの軌道。
多少揺らいでも確実に俺の首を斬り落とす構えだ。
ならば、俺も違う手を講じなくてはならない。
振り上げられるギロチンの如き刃に俺は噛み付いた。
牙が幾本も砕け、黒い体液が林へと流れ落ちる。おかげで減速してきたが、フランちゃんは俺の顎を上下に切り分けようとさらに鋼の翼を押し込んできた。
口の端が切れて、鋭い刃が頬肉を切り落とそうと食い込んでくる。このままなら俺の頭で顎のラインから横に真っ二つだ。
しかし、俺だって無策でこんな暴挙に出た訳ではない。
鱗の色を白から黒へと戻し、鋼の翼を噛んだ状態で炎の吐息を噴き付ける。
急激に当てられた高熱で鋼の翼はその形状を歪めていく。フランちゃんは翼が溶け始めたことで俺ごと林へと落ちていった。
口を閉じたまま、炎を吐いた代償はでかかった。口内に逆流した熱のダメージが思いの他大きく、俺は竜の姿から人の姿へと戻っていた。
だが、それはフランちゃんも同様で炎の熱を近距離で浴び、翼を溶かした彼女も銀色の大鷹から少女になっていた。
「がっふ……お互い、人間に戻っちまったがこのままやるかい?」
「ぐぅづぅっ……あ、当たり前。貴方は殺、す……」
ふらふらの身体を引きずりながら、折り畳みナイフを取り出して俺へと向ける。
俺も林に落ちていた大き目の石を拾って構えた。
『ナイフVS石』という見た目的に恐ろしいほどショボい激戦の火蓋が切り落とされようとしていた。
「待って待って、お二人さん」
そんな俺たちの戦いを邪魔するように、甘ったるい声と共に女の子が降ってくる。
ブラウンのポニーテールに真っ白いドレスを着た少女だった。両手で小さめのジュエルケースのような箱を持っている。
「あやせ……邪魔、しないで。これは私の戦い……だから」
「そうもいかないわ。あなたに何のためにイーブルナッツをあげたと思ってるの? フラン。あなたの仕事は私の手伝いでしょう?」
フランちゃんが呼んだことから見て、この子が件のあやせのようだ。
その見た目からしてまず間違いなく、魔法少女だと思われる。
「そうだけど、今は……」
「フラン……私、そういうワガママ、スキくないなあ?」
にこやかに笑っているが、それは恫喝だった。
逆らえばどうなるか分かっているのかという言外の脅し以外の何物でもない。
フランちゃんは渋々といった素振りでナイフを仕舞う。俺はまだ何も言われていないのでこのまま、石で殴りつけることは可能だが、その場合確実にあやせちゃんに殺されるので諦めた。
俺も石を放ると、あやせちゃんは満足げに頷く。
「よかった。こんなところで『
その言葉に俺はぴくりと反応をする。
「ピック・ジェム? それはまさか……」
「ああ。あなたもイーブルナッツで変身したってことはあいつからもらったんだと思うけど、それなら魔法少女のことくらい知ってるでしょう? 私が集めているのはこーれ」
そう言って持っていた小箱の蓋をずらすと、そこには無数のソウルジェムが詰まっていた。
やはりそういうことか。つまり、あやせちゃんの言うピック・ジェムとはソウルジェムを集めること。
即ち、――魔法少女狩り。
「集めてるんだあ、ソウルジェム。こんなキレイな宝石他にないよね。だって、生命の輝きなんだもん! ……まあ、魔女モドキのあなたには関係ないけれど、私たちの邪魔はしないようにね」
小箱の蓋を閉めると、あやせちゃんはフランちゃんに着いて来るように言って、俺の前から消えた。
「私をここまで怒らせるなんて、なかなかできる事じゃないよ」
フランちゃんは俺を悔しそうに睨んだ後、そう一言だけ言い残してあやせちゃんの元へと歩いていった。
ひとまず、命の危機が去ったことを実感する。
あの状況下、やろうと思えばあやせちゃんは俺を殺せた。
だが、そうしなかった。
確証はないが、恐らくその答えは俺の後ろに付いている存在を勘違いしたからだと思う。
あやせちゃんが言っていた『あいつ』。それは多分ユウリちゃんのことではない。断言できる。あの子はそんなことできるほど賢くない。
となると、ユウリちゃんもまたもらったのだ。そのイーブルナッツを作る黒幕から。
なかなか、複雑になってきたな、オイ。もう、プレイアデス聖団だけに構ってる場合じゃないかもしれない。
取り合えずはユウリちゃんがあやせちゃんに狙われなければいいのだが。
俺は彼女のピンク色に輝くソウルジェムを思い出す。
昨日ユウリちゃんのソウルジェム綺麗になったばかりなんだよなぁ……。
これが今年最初の話です。(本当は去年最後の話にする予定でした……)
今回出たフランツィスカ・コルネリアは有栖さんが応募してくださったキャラです。