魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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前回までの『一樹あきらは魔物である』

時は神世紀300年。一樹あきらはあすなろ中学校に通う中学2年生。所属する部活の「魔物部」で、大親友の氷室悠、魔物部部長の旭たいち、力道鬼太郎の4人で人々の役に立つため、さまざまな校外活動に励む毎日を送っていた。しかしそんな平穏な日常は、携帯電話から突如発せられたアラームとともに唐突に終わりを告げる。魔女が作る結界の中で、たいちから魔物部設立の真実と魔女に迫る危機を聞いたあきらたちは、魔女を、そして人類を守るため、魔女の魔物として未知なる敵・魔法少女に立ち向かう。


第二十話 歪む未来と優しい少年

~若葉みらい視点~

 

 

「お前のせいだ! お前のせいでボクのサキが! サキがぁ!!」

 

 目の前でうな垂れるかずみの胸倉をボクは掴んで締め上げた。

 ボクらプレイアデス聖団は火の手の上がるあすなろドームから脱出し、海香の家まで命からがら逃げ延びた。……たった一人の魔法少女を除いて。

 サキは、死んだ。死んでしまった。こいつを、かずみを助けようとしたせいで……!

 かずみはボクから顔を背けて、暗く沈んだ顔で俯いてぼそりと呟く。

 

「ごめんなさい……」

 

「ふさけるな! 謝ったってサキは帰って来ないんだよ!!」

 

「ごめんなさい……」

 

 かずみはボクに目を合わせようともせず、ただ謝罪を繰り返す。

 まるでテディベアに向けて怒っているようなそんな手応えのない会話。

 それがさらにボクの怒りを加速させていく。

 

「さっきから、ずっとそればっかり……! 本当にサキに対して申し訳ないと思ってないんだろ!?」

 

 怒りに任せて、かずみを後ろの壁に叩きつける。背中に壁が当たり、咳き込みながらもかずみはもう一度同じ言葉を繰り返した。

 

「ごめ、んな、さい……」

 

 その台詞を聞いた時、自分の中の何かが切れた。こいつは絶対にサキを死なせた責任を軽く考えている。

 

「お前がぁ!!」

 

 ボクは感情に従って拳を振り上げて、かずみの顔を殴り飛ばそうとして――。

 

「もう、やめなよ。みらい」

 

 後ろに居たニコにその手を掴まれた。

 いつもふざけているニコが真面目な顔でボクを見つめている。

 その雰囲気に気圧されて、血の昇っていた頭が冷えた。けれど、ボクの中の荒れ狂う感情は決して消えた訳ではなかった。

 

「放せ!!」

 

 ニコの手を振り払って叫んだ。

 ボクの手首をすぐに手放したニコは諭すように語り掛けてくる。

 

「みらい。サキはかずみを守って死んだ。でも、それはかずみのせいじゃない。私ら全員の責任だ」

 

「そうよ。かずみにだけ背負わせるのはおかしいわ」

 

 その言葉を海香が追随した。その海香に身体を支えられているカオルも頷いた。

 

「アタシもそこに居たのに何もできなかった……責めるのなら、アタシを責めてよ」

 

「ああ、そうだ。お前らが居たのにあの竜の魔物に騙されて」

 

 かずみの胸倉から手を外して、海香とカオルに詰め寄って責めようとした時、ボクの一番近くに居た里美が大声を上げた。

 

「もう! やめてよ!!」

 

 驚いて、皆が里美の方に顔を一斉に向ける。

 里美は泣いていた。顔を押さえ、声を上げて泣き喚いていた。

 

「皆で仲違いなんてやめましょうよ!? 今はそんな事を言い合ったって……」

 

「そんな事……? 里美、今そんな事って言った? サキが死んだのをそんな事って言ったのか!?」

 

 鎮火されかけた怒りが再び、里美の無神経な言い方によって呼び起こされる。

 里美はようやくそれで自分の最低な失言をした事に気付いて口を押さえたが、もう遅かった。

 こいつらはサキの死を軽く思っている。これ以上、会話をしていると本当に誰か殺してしまいそうになる。

 ボクは海香たちを置いて、一人で海香の家の玄関から飛び出した。

 後ろから呼び止める声が掛かったが、そんな事は構っていられない。

 限界だった。サキがボクを置いて死んだ事実も、それに傷付いた素振りを見せない薄情な仲間にも――そして何よりサキを犠牲にして生き残ったかずみに耐えられそうになかった。

 ビルからビルへと飛び移り、少しでも海香の家から遠ざかろうとボクは足掻く。

 そんな事をしても、サキが居ないという過去は変わりはしないのに。

 それでも、身体を動かしていないと悔しくて、悲しくて、泣き出してしまいそうになる。

 サキ……ああ、サキ……どうして、どうして、かずみなんかのために命を落としてしまったんだ。身体ごと食われてしまったら、もうどうにもならない。元に戻せない!

 何であんな――『ミチル(・・・)』の偽者なんかのためなんかに。

 

 *

 

 住宅街を飛び越し郊外にまで着いた頃には既に、夜は明けていた。

 絶望のせいか、それともまだ魔物どもとの戦いの傷が癒えていないせいか、酷く頭がぼうっとする。

 身体が重い。気持ちが悪い。ああ、サキ辛いよ。助けてよ。

 どこに行けば会える。離れたくないよ。どうすれば、サキは戻ってきてくれる? ……ボクのサキ。サキサキサキサキサキ。

 そうだ。あそこだ。あそこに行けば、サキは居る。ボクを待っていてくれている。

 鉛のように重い足を引きずりながら、ボクは歩き出す。そこにサキが居る事を信じて、ひたすらに歩んだ。

 歩いて、歩いて、ずっと歩き通して、辿り着いた場所はあすなろ市の海浜。

 そこにある浜辺の東屋。

 ボクとサキだけの思い出の場所。

 綺麗な景色のわりに人気のないそこはサキが読書をする時に使っていた。そして、ボクはそんなサキの隣で彼女の横顔を見つめるのは大好きだった。

 太陽は真上に昇り、あの時と同じように辺りを照らしている。砂浜に足を踏み入れたボクは東屋を目指して進む。

 サキの姿を探して、ただただ進む。

 親からはぐれた子供のようにひたすら、前へと――。

 その時、ボクの瞳に東屋のベンチに一人で座っている人影が飛び込んできた。

 

「サキ! サキィっ!!」

 

 サキだ。やっぱり、サキはここに居た。ボクを待っていてくれたんだ。

 すぐ行くから、今すぐ傍に行くから、どこにも行かないで!

 身体の重さが嘘のように消え、ボクは駆けた。愛しいサキの元へと走り寄る。

 ベンチに座るサキに後ろから抱き締めた。

 もう二度と離さないように強く、強く抱き着く。

 

「おおう。随分と情熱的だなぁ。渚のビーナスかな?」

 

 声がした。サキとは似ても似つかない男の声。

 くるりと振り向いたそいつは昨日の夜、海香の家で見た奴だった。

 

「って、みらいちゃんじゃん。どうしたの? 海水浴にでも来たのか?」

 

 確か、名前は一樹あきらとか言っていた気がする。

 けれど、そんな事はどうでもいい。『サキじゃなかった』、それだけが重要だ。

 一度に湧き上がった希望が再び萎えた。膝から崩れ落ちたボクはそのまま東屋の床に涙をこぼす。

 

「うっ……ううっ……」

 

「え? 何で泣いてんの!? ワッツ?」

 

 あきらは膝を突いて泣いているボクを抱き上げて、ベンチに座らせた。

 もしも、これが普段だったのなら、「ボクに触れるな」と跳ね除けていたけれど、今のボクにはその程度の元気さえなかった。

 

「ほ~ら、泣かない泣かない。女の子は笑顔が一番だって」

 

 幼い子供をあやすようにあきらはボクの頭を撫でる。本来ならサキ以外に髪を触られるのは嫌で堪らないはずなのに、ボクは素直にされるがままになっていた。

 理由はそのあきらの手付きがどことなく、サキに似ていたからだ。

 しばらく、そうやって慰められていると少しずつ心に冷静さが戻ってくる。

 そうして、自分が男に密着しているという状況を自覚できるまで思考が回復すると、ボクはあきらを突き飛ばした。

 

「い、いつまでボクの髪に触れているつもりだ!」

 

「おうふ! 何すんの? せっかく、優しくしてあげてるのに……」

 

 突き飛ばされたあきらはベンチの上からずり落ちて、背中を床に打ち付けて文句を言う。

 若干、悪い事をしたなと思ったが、あまりに平然と立ち上がってベンチに座り直す挙動を見て、謝罪のタイミングを失った。

 代わりに出たのは、減らず口だった。

 

「泣いているからってベタベタしてくるお前が悪い!」

 

「えー? そりゃ、横暴じゃなーい?」

 

「横暴じゃなーい!」

 

 ふざけたような軽薄な返しにボクは声をあげてそう答えた。

 すると、あきらは怒るどころか、楽しそうに笑った。

 

「何だ、元気出てきたみたいだな」

 

「え?」

 

 言われて、頭の中をひしめいていた暗く濁った感情が大分すっきりしている事に気が付いた。

 サキが死んだ事にあれだけ絶望していたというのに、今ではそれが表に出てきていなかった。悲しさがなくなった訳じゃないのに、不思議と涙は出て来ない。

 身体の鉛のような重さも今では感じ取れなくなっていた。

 

「あははは。みらいちゃんって面白いな。まるで愉快が歩いているみたいだ」

 

 ボクを見て、陽気に笑うあきら。

 そのあきらの台詞にボクは聞き覚えがあった。『愉快が歩いているよう』、サキもかつてボクの事をそう評していた。

 

「みらいちゃんって友達多いだろ? 何か分かるよ」

 

「そんな事ない! ボクには友達は居なかった。サキたちと出会うまでは……」

 

 首を振って答えたボクの心の中には懐かしさが込み上げている。これと似た会話を前にここでサキとしたからだ。

 

「学校の皆はボクが『ボク』って言うのが気持ち悪いって、避けてた」

 

 そう。昔はボクは友達が一人も居ない根暗な女の子で、テディベアを作ってそんな自分を慰めていた。

 でも、サキが言ってくれた言葉のおかげで自分の一人称が好きになれた。

 それと同じ言葉を期待しているのか、あきらにも同じ問いかけをしてしまう。

 

「あきらだって……変だと思うだろ?」

 

「ああ、変だな。そんなことを変だと思うなんて変だ!」

 

 あきらの言葉に胸の中に得体の知れない温かさが駆け抜けた。

 同じだ! やっぱり、サキと同じ答えだ!

 もしかして、あきらも――。

 震えそうになるのをぐっと堪えて、ボクはあきらに尋ねる。

 

「ひょっとして……ひょっとしてあきらも子供の頃、『ボク』だった?」

 

 あきらはびっくりしたような顔でボクの顔を見ると、恥ずかしそうに片手で頭の後ろを掻いた。

 

「何で分かったんだ? ……まあ、色々あって今は『俺』にしてるけど、時々無性に『ボク』って言いたくなる時があったりするんだ。だから、みらいちゃんが『ボク』って言っているのを聞いていると――」

 

「昔の自分を見ているようで、嬉しくなる……」

 

「スゲェ。大当たり。ひょっとしてみらいちゃんの魔法で俺の心を読んだ?」

 

 あきらが言い終わる前にボクは彼の言葉の先を言い当てた。

 本当にサキと同じだ。細かいところは違うけれど、サキがボクに言ってくれた事と同じ。

 また、涙が目に滲む。でも、今回の涙は前に流れたものと違ってとても温かかった。

 

「えー? また泣いてるの!? もしかして花粉症!?」

 

 あきらがボクの頭を撫で回して慌てた風に聞いてくる。今度は前と違って、それが嫌ではなくなっていた。

 嬉しい。本当に嬉しい。どうしてこんなにも嬉しいのかボクにも分からなかったけれど、おかしな事に絶望は知らない内に掻き消えていた。

 泣きやんだ後、ボクはあきらにあった事をすべて話していた。

 そうする事が正しいと何故か確信めいたものを感じていた。

 黙ってボクが話し終えるのを待っていたあきらは、ボクに言う。

 

「そっか。サキちゃん、殺されちまったのか……そりゃ、みらいちゃん辛いな。大切な友達だったんだろ?」

 

「……うん。誰よりも仲がよかったのはサキだけだった」

 

 薄情な仲間よりもよっぽどボクの心情を理解してくれるあきらにボクはこくりと頷いた。

 やっぱり、あきらはサキと同じでボクの味方をしてくれた。あきらに話してよかった。

 

「それにしても、いくら何でも皆酷いな。涙の一つも見せないなんて」

 

「うん。あいつらは薄情なんだ……」

 

「特にかずみちゃんが酷い。本当にサキちゃんの事を思っていたらもっとちゃんとした言葉を返してくれるはずだろうに」

 

「そう! そうなんだよ!」

 

 本当にあきらはボクの思っている事にピンポイントで同意してくれる。それが心地よくて、会話が弾んだ。

 

「話を聞いた限りじゃ、記憶喪失のかずみちゃんにとっては知らない人が勝手に庇って勝手に死んだぐらいにしか思ってなさそうだな。かずみちゃんにはどうでもよかったんじゃないか、サキちゃんのことが」

 

 そうだ。あいつはサキの犠牲の上にのうのうと生きているくせに、その事に責任を感じていない。最低の存在。あんなの魔法少女じゃない、ただの魔女だ。人の形をした化け物。

 

「何か、かずみちゃんって人間っぽくないところあるよな。そういう思いやりに欠けてるとことか。そこがちょっと、怖いわ」

 

「そうなんだ……かずみは実は人間じゃないんだ! あいつは……」

 

 ボクがあきらにかずみの秘密を話そうとしたその瞬間、鋭い声がボクらに飛んできた。

 

「――みらい!!」

 

 振り返れば、そこにはニコが立っていた。

 タレ目気味な瞳を吊り上げて、これ以上にないくらい怒気を湛えた彼女はボクに静かに聞いてくる。

 

「……部外者に何を教えようとした?」

 

「ボクは」

 

「何を言おうとした!?」

 

「ひっ……」

 

 掴みかかろうとするようににじり寄って来たニコから、ボクを守るようにしてあきらが立ち塞がる。

 初めて見るあきらの背中はとても頼り甲斐があって、気圧されたボクはその背に張り付いた。

 あきらはニコに軽く微笑みかけてながら、落ち着いた口調で喋り出す。

 

「ニコちゃんさ、みらいちゃんを迎えに来たのはいいけど、怒鳴って脅かすのは駄目だろ? 色々、込み合った話に首を突っ込んだのは俺だ。文句は俺に言ってくれよ。みらいちゃんは俺の質問に答えてくれてただけなんだから」

 

「部外者にボロボロ話すのはみらいの……」

 

「おいおい。俺はただの人間だけど、部外者じゃない。少なくともみらいちゃんの友達な訳」

 

「……詭弁だね」

 

「そうか? 俺はこの世の真理だと思うぜ。世の中、友達より深い関係は……ごめん。ちょっとあるわ」

 

 緊迫した雰囲気があきらのその冗談のせいでぶち壊しになる。対峙しているニコも呆れ気味な表情でこっちを見ている。

 あきらは恥ずかしげに頭を掻いた後、急に真面目な顔になってニコに視線を投げ掛ける。

 

「まあ、何にせよ、みらいちゃんを怒んないでくれよ。大切な友達が死んで心が参ってたんだ。口の一つも軽くなるさ」

 

「分かったよ。じゃあ、みらいは連れて返らせてもらうけどそれはいい?」

 

「そりゃ、俺じゃなくて、みらいちゃんに聞くべきだろ? ……みらいちゃん、どうする? このまま、ニコちゃんと浜辺で追いかけっこするってのでもいいけど」

 

 ボクの方を向いてこのまま、一緒に逃げてもいいと遠回しに言ってくる。

 そのおかげで逆に勇気が湧いてきて、ボクはその嬉しい申し出に首を横に振った。

 

「ううん。大丈夫。ボクはニコと一緒に戻るよ。話聞いてくれてありがとう、あきら」

 

「それでいいなら、俺はいいけど……何かあったらまた話してよ。メアドと番号教えとくから」

 

 あきらは携帯電話の番号とメールアドレスを交換してくれた。ニコはそんなボクらを複雑そな顔で見ていたが、それについては文句は言えないようで口を(つぐ)んでいた。

 帰り際に手を振った後、ボクはニコに連れられてあきらと別れた。

 一抹の寂しさが滲んだが、それを顔には出さず、胸にひっそりと仕舞い込んだ。

 

「随分とあきらに心を許していたようだけどどういう心境の変化? みらいは男嫌いだっただろう?」

 

「……ニコには関係ないだろ」

 

「まあ、それはいいけど。かずみの秘密を気安くばらそうとするなら、みらいでも容赦しないよ?」

 

「分かってる」

 

 お互いに顔を合わせず、言葉をそれだけ交わして、海香の家まで帰って行く。

 さっきの事を謝りもせず、小言ばかり言うこいつらとあきらのどちらがボクの仲間なのか分からなくなってくる。

 ボクの心の中には既に親切に話を聞いてくれたあきらの事が占めていてた。

 

 ****

 

 

 いやー。魔法少女ってこんなチョロい奴らばかりなのか。

 あまりにも楽勝過ぎて笑えてくる。もう本当に『プレイアデス聖団の絆(笑)』だな。

 障子よりも薄い女の子の友情に俺はさっきから込み上げてくる笑いを噛み殺していた。

 みらいちゃんは予想通り、見た目も中身もお子様過ぎて話していて背徳感が感じられる有様だ。

 ちょっと、サルベージできたサキちゃんの記憶から台詞を引用してやれば、意図も容易く懐いてくれた。

 こうもあっさり、思い通りのなると返ってつまらなさえ感じてくる。

 サキちゃんに懐いてたみらいちゃんがこの思い出の場所に来るのは想定していたとは言え、本当に来ると笑えてきてしょうがない。

 どこまで単純な思考構造しているのだか。首から上に付いているのはオツムじゃなくて、オムツなんじゃないのか。

 とはいえ、ニコちゃんの邪魔が入ったのはちょっと残念だった。

 俺は確かにサキちゃんのソウルジェムを食ったことで、サキちゃんの記憶を手に入れたが、閲覧できる内容は表層上のものばかりで『和沙ミチル』のような重要なものはまだ見ることができなかった。

 恐らくは、サキちゃんにとって思い出したくない記憶、もしくはそう簡単に引き出すことが躊躇(ためら)われるほど大事な記憶なのだろう。

 悔しいが、それをサルベージするには記憶を思い出させる切欠が必要だ。

 そのためにみらいちゃんから情報を搾り出そうとここで待っていた。仮に来なくてもサキちゃんにとって大切な場所だったこの浜辺の東屋に居れば何らかの刺激になるだろうと踏んだのだ。

 せめて、後一言くらい引き出せれば良かったのだが……。

 

「凄いですね。流石は天下の元大女優・『川村理恵』の息子。普段の邪悪さを欠片も見せない優しく頼り甲斐のある少年の演技でした。思わず、見惚れてしまいました」

 

 浜辺の岩陰に隠れていた獅子村三郎ことサブがひょっこりと顔を出す。

 感激したように瞳をキラキラさせて近付いてきたが、俺はそれを雑に追い払う。

 

「まだ俺に付き纏ってたのかよ。連絡先はさっき聞いたから、こっちが呼び出すまでどっかに行ってろ。しっしっ。ハウスハウス」

 

「そう、冷たい事言わないでくださいよ。オレ、流れ者なので今晩泊まるところもないんですから」

 

「俺んちには泊めないぞ。そうだ、この東屋で寝れば? 取り合えず、屋根はあるし」

 

 名案とばかりにサブに言ったが、手を振って拒否された。

 流石に東屋は嫌なのかと思いきや、却下した理由は他にあった。

 

「ぜひ、あきらさんの傍に置いて演技を見せてくださいよ」

 

 サブは俺の手を握って、爽やかに笑う。正直、男にベタベタされるのは嫌なので即行で振り払った。

 

「嫌だよ。キモいなぁ。俺の魅惑のボディに触れていいのは可愛い女の子だけって相場が決まってるの! 憲法にも『一樹あきらの身体に密着していいのは美少女のみ』と記載されてるの! よって、お前は触んな!」

 

「じゃあ、女の子の演技しますから! うふ、あたし、サブ子。優しくしてね……ごふぁ!」

 

 躊躇なく放たれた俺の右ストレートにより、サブの身体は砂浜を転がった。

 寝転がるサブに蹴りを入れて、海の方へと寄せていく。

 

「やめて。波が、波が顔に、うぶふ……」

 

「『サブ、海へ帰るの巻』」

 

「本か何かのタイトルっぽくしないで! 顔に潮がぁ……おぶっ」

 

 年下虐めも飽きたので適当なところで許してやると、口に入った海水を吐き出した。

 やっぱり虐めるのなら美少女だよな。こんなガキを弄ったところで俺の繊細なハートの琴線には触れやしない。

 

「それで、あきらさん」

 

「あ? 家なら泊めないぜ?」

 

「いや、本当に子供の時、一人称『ボク』だったんですか?」

 

「んな訳ないじゃん。俺は昔から『俺』だよ。俺イズ俺だよ? 一人称ボクとかぶりっ子過ぎだろ」

 

「やっぱ、この人酷いなぁ。流石邪悪」

 

 そこで非難するどころか、岩陰に戻ってバッグからメモ帳に嬉々として書き込むあたり、こいつの倫理観は死んでる。

 うむ、気に入った。海香ちゃんの家に行って、みらいちゃんをファックして来ていいぞ。俺は責任を一切取らないが。

 

 




故・サキ「みらいぃ! そいつの言葉に耳を傾けちゃ駄目だぁ!!」

あきら「大丈夫大丈夫。みらいちゃんは俺がちゃんと面倒見てあげるから☆
あははははははは」

死人すらもきっちり利用するそれがあきらクォリティー。
この物語に魔法少女を導く少年は居ない。居るのは玩具のように魔法少女で遊ぶ最悪の下衆のみである。

サヒさん「今何かディスられて気がする……」


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