魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
第十八話 ライオン劇場 前編
……どうしたもんかなぁ。
俺は内心でぼやきながら学校をサボり、街の中を徘徊していた。
理由は失われたトラペジウムの四つ星の一つ、征団の欠番を埋めるための人材探しだ。
学校を休んだのは、向こうで探すと俺も繋がりが見えてしまうし、何よりバリエーションが少なすぎるからだ。カオルちゃんたちも流石にサキちゃんが死んだ次の日に登校できるほどイカした精神構造していないだろうから、学校に行く意味合いがほとんどない。
あすなろ市をぶらついて、見込みのありそうな奴を捕まえたいところだが、平日の昼間ということもあって、街には会社員ぐらいしか目に付かない。
補導されたらどうしよう言い訳しようかと小心者の俺は青空を見上げて歩く。
それにしても、何て綺麗な青空なんだ。まるで俺の澄んだ心のようじゃないか! ああ、世界は美しい!!
テンションを上げるために、無理やり空の青さに感動する。
大変頭の悪い元気の上げ方をしながら俺は曲がり角を曲がった。すると、そこで誰かとぶつかる。
「あうっ……」
幸い、俺の方が身体が大きかったので、ぶつかった相手はコンクリートの地面に尻餅を突く。
これで相手がトーストを加えた美少女転校生なら、恋愛フラグはビンビン丸なのだが、残念ながら転んだ相手は男だった。
俺よりも一つか、二つくらい年下の童顔の少年。隣には手荷物と
旅行か何かの帰りかだろうか、少なくとも学校を早退してきた訳ではなさそうだ。
「おっと。悪かったな。余所見してた」
座り込んだままの少年に俺は笑顔で手を差し伸べた。
だが、少年は俺の顔を引きつった表情で見つめ、固まっている。よく観察すると頬に冷や汗も掻いていた。
どうかしたんだ? 俺の顔に何か付いているのか? ……いや、そういう反応じゃあない。これは気付いた時の反応だ。
自分には到底理解できないものが存在していることを知ってしまった時の反応。
「……凄い」
ぽつりと少年は俺に見惚れたように呟きを漏らす。
その瞳は金銀財宝を意図せずに掘り当ててしまったような、そんな眼差しを俺へ投げ掛けていた。
「ドス黒い闇……それなのにとても生き生きとしてる。邪悪そのものだ」
恍惚の表情で中二病テイストの暴言を俺に放ってくる。何、この子。ぶっ飛ばしても
この全世界のエンジェルたる俺に向かって邪悪とか、バチカン市国が黙っちゃいないよ? 法王サマ大激怒だよ?
「あのっ、貴方の名前を教えてもらってもいいですか?」
「名前……ワールド・オブ・エンジェルこと一樹あきらだけど」
「あきらさんって言うんですね!? オレは
「はあ」
何だこいつ。何の脈絡もなく、自己紹介を始めてきやがった。
ホモか? ホモガキなのか? ひょっとして俺のキュートなお尻は今狙われているのか!?
貞操の危機に内心でガタガタ震えていると俺の差し出した手を取って、少年改め獅子村は起き上がる。
恐怖心を振り払って、俺に獅子村と対峙する。
「オレは将来、最高の舞台を作るために演技を磨く旅をしているんですけど、あきらさんみたいな本物の邪悪を体現している人初めて見ました! ぜひとも、オレに邪悪の演技を指導してくれませんか!?」
獅子村はキラキラした目で俺にそう捲くし立ててくる。
無駄に熱い情熱に圧倒されつつも、俺はそれに答えた。
「獅子村君って言ったっけ? 俺は邪悪なんかじゃなく、心清らかな男だからそんな指導はできないよ」
「またまた~。そんな事言って邪険にしないで下さいよ。オレには分かるんです! あきらさんが生粋の悪だという事が!! 今まで旅をしながら色んな人を見てきたオレが言うんだから間違いありませんって」
朗らかな笑みの癖に言ってくることが酷すぎる。誰が生粋の悪だ。俺の半分は優しさでできているというのに。……自分への。
「大体、演技の指導っていうけど、演技は他人に指導されて得るんじゃなくて、見て覚えるモンなんだよ。技は盗むくらいじゃないと」
俺だってママから直接習った訳じゃなく、映像媒体から表情、声の抑揚を見て自然と覚えていったのだ。
指導なんて一度たりとも受けたことすらない。
「はい! だから、しばらく近くで観察させてほしいんです」
その辺は獅子村も理解しているようで、直接的な指導は期待していない様子だった。
だが、俺のことを誤解している相手に付きまとわれているのも、嫌気が差す。ここはサクっと断ろう。
「獅子村君が言う邪悪っていうのはさ、実は俺の演技なんだよ。アンタが俺の演技に騙されて本質を見えていないだけなんだ」
「いや、そんな訳ないですよ。ずっと人を観察してきたオレが……」
あり得ないと首を振る獅子村に説得力のある一言を放り渡す。
「だって、俺はあの『川村理恵』の息子だから」
「!? 川村理恵って十数年くらい前にアカデミー賞主演女優賞を受賞した初の日本人女優の……」
ママの名前を出すのは些か反則かもしれなかったが、演技の道をかじっていたものには絶大な効果を及ぼすはずだ。
ちゃんとした場所で学んでいる奴はもちろん、こいつのように独学で学んでいる奴にだって効く。
「まあ、あれだ。血統のなせる業って奴だ。アンタの言う邪悪さって言うのは天才にしかできない演技な訳だ。だから、諦めてくれ」
ひらひらと手を振って、その場から立ち去ろうとするが後ろから強い力で肩を掴まれた。
顔だけで一瞥すると、獅子村がもの凄い形相で俺を見つめている。その目は怒りに満ちていた。
「雑種には雑種なりの意地があるんです……」
何気なく言った一言がどうやら地雷踏んでしまったらしい。
すうっと一呼吸した後、獅子村は敵愾心全開で俺に宣言する。
「あきらさん! オレと演技で勝負してください!!」
こうして、なぜか俺と獅子村の勝負の火蓋が切って落とされた。
まあ、面白そうなので付き合ってやろう。
*
獅子村の提案で俺たちは近くの駅の前まで移動した。何でもギャラリーは多ければ多いほどいいだとか。そういう発想がにわか臭いんだけどな。
指定された場所に着くと獅子村は俺に言った。
「それじゃあ、あきらさん。まずあなたがお題を決めてください。オレはそのお題に従って演技します」
ルールとしては、互いにお題に沿って演技をして、どちらの演技が上かを決める形式のようだ。シンプルで味気がないようにも思えるが、取りあえずはそれでいいか。
「それはいいんだけど演技の評価もお互いに付けんの?」
「演技の程はここに居る通行人たちに決めてもらいます。演技というのはやはり他人を信じ込ませるものですから、どちらがより多くの人を騙せたかで勝敗を決めましょう」
なるほどなるほど。それが理由で駅前まで連れて来たということか。……まあ、それ以外にギャラリーを気にする理由もないけど。
それじゃ、獅子村に適当なお題でもやらせるかね。
「じゃあ、ちょうどあそこに銀行もあることだし、強盗の演技でもしてくれ」
「見くびってもらっちゃ困りますよ、あきらさん。オレはね、犯罪者の演技のためにいくつか犯罪に手を染めた事もあるんです。銀行強盗なんて楽勝ですよ!」
自信そうな顔で獅子村はダッフルバッグから銃と覆面を取り出して、悠々と駅前の大きな銀行の中へと足を踏み入れていった。
「おい! テメエら、強盗だぁ! 銀行にある有り金全部このバッグに入れろ! さもなきゃ撃ち殺すぞぉ!!」
ガラス張りの壁から中をその様を眺めていると、獅子村が侵入して叫んだ。
すると、ほんの数十秒くらいで二人の警備員が出てきて奴の両方の腕を掴み、グレイ型の宇宙人風に取り押さえられた後、足を引きずりながら奥の部屋に連行されて行く。
その間獅子村は俺に向けてずっとドヤ顔を超然と晒していた。……真性のアホの子だな、あいつ。
お腹が空いてきたので、俺は駅の裏手にあったラーメン屋に入り、『極上とんこつタンタン麺』を注文して席に座った。
しばらくして注文した極上とんこつタンタン麺が来たので、俺はそれを静かに
「や、やりましたよ、オレ……」
「ちょっとラーメン食ってるから待って」
極上とんこつタンタン麺の麺を啜り、スープを飲む。旨い。辛いだけではなく、豚骨のこってりとした味が……。
「というか、何でこんなとこでラーメン食ってんですか!?」
お店に迷惑な絶叫を撒き散らした獅子村はラーメン屋の兄ちゃんに睨まれるが、気にした様子もなく、俺の方に近寄って来る。止めてくれ、知り合いだと思われるだろうが。
しばらく、完全に無視していたらラーメン屋の兄ちゃんが入り口の外に追い出してくれた。
兄ちゃんに感謝しながら、二十分くらい時間を掛けて完食をした後、金を支払って店を出る。
「何で勝手に帰ったんですか!? あの後、オレ凄い追いかけられたんですよ」
店の脇で待っていた獅子村が待っていた。恨みがましい目で俺を睨んでいる。
「あれ、逃げ切れたのかよ。意外に凄いな」
「とにかく、これでオレの番は終わりましたよ。次はあきらさんの番です」
そう言って、人さし指を俺に向ける。
生意気な子だな。よほど自分の演技に自信があるようだ。
しょうがないので、俺はその自信を圧し折ってあげることにする。
「で、俺も銀行強盗やればいいのか?」
「いえ、強盗なんて邪悪なあきらさんには簡単すぎます。そうですね……」
獅子村は俯いて少しの間考え込み、そして何か思い付いたように顔を上げた。
「あきらさんにはヒーローを演じてもらいます!」
「ヒーロー?」
「そうです。あきらさんの滲み出る邪悪さが演技だと言うのなら、格好いいヒーローを演じてみてください」
俺が聞き返すと獅子村は鷹揚に頷く。
随分とまあ抽象的なお題だ。銀行強盗よりも難しい。
怪人役でも出てきてくれれば話は別なんだが、リアルでヒーローって言われてもいまいちピンと来ない。
「あれあれ? できないんですか?」
獅子村は助走をつけて殴り飛ばしたくなる嫌らしい笑みを浮かべている。これも演技なら大したものだろうが、多分これは素だ。
俺はそんな奴に内心殺意を込めて見ていると、視界の端で何か鈍く点滅して光るものが突き刺さっているのを発見した。
一見イーブルナッツかと思ったが、遠目から見ても若干形状が違う。
上下の両端から棘が生えた幾何学的な模様の付いた黒い球体。まるで発芽した球根のようにも見える。
いや、逆だ。これがイーブルナッツと違う天然もの。グリーフシードだ。
「何、余所見してるんですか?」
獅子村も俺の目線が明らかに自分からずれているを見て、気になったみたいだ。
「あれ? 何か刺さってますね」
獅子村はすすっと喋りながら移動して、鈍く点滅する何かが突き刺さる壁の前に行く。
その壁はシャッターの閉まった空き店舗らしき店のものだった。外装からして元飲食店だったのが何となく感じ取れた。
俺もその壁の前に立つと、点滅する速度が次第に速くなっていることに気付いた。
これはやばくないかと思った瞬間にそれは大きく鈍い暗色の光りを放つ。
「うわっ……!」
「くっ……」
周囲に光と共に大きく空間が展開され、一瞬にして世界を俺たちから切り離した。
次の瞬間、俺たちが居たのは空き店舗の壁の前ではなく、薄闇色の背景に彩られた不思議な場所だった。
摩訶不思議な展開過ぎるおかげで、俺は逆に冷静になれて、すぐにこれがカオルちゃんたちから聞いた魔女の結界だということを察する。
獅子村の方も根は相当図太いらしく、訳の分からないことが起きたというのにそれほど取り乱してはいなかった。
むしろ、興味津々といった具合に周囲を見回している。この子は意外に見込みはありそうだ。
ただ、ここが魔女の結界内だとするなら、確か使い魔とかいう奴が居るとか言う話だったはずだ。
そう考えた俺の期待に応えるように床や上から何やら形容詞しずらい幼女の落書きのような生き物がたくさん這い出てくる。強いて言うならデフォルメされたクラゲだ
「うわ、何かよく分からないもの出て来た! 凄い!」
驚いているのか感心しているのか分からない叫びを上げた獅子村へとそれらは襲い掛かる。
流石に自分に危害が加えられそうになるのは怖いようで、さっきまでの余裕を消して顔を覆う。
「うわあああ! く、来るな!!」
ちょうどよく敵が現れてくれたので、俺は先ほどのお題をこなすため、ヒーローらしく無駄なポーズを取る。
そして、お決まりの台詞を上げた。
「変……身!!」
台詞と共に姿を竜の姿に変貌させて、間髪入れずにクラゲの使い魔を火炎で焼き払う。
妙に甲高い断末魔を上げて、一ダース近い使い魔の群れは消し炭へと変わっていった。本来なら焦げ臭さがしてもおかしくないのだが、魔力でできた存在だからか臭いはまったくしない。
『無事か!? 少年!』
昭和の変身ヒーローみたいな口調で獅子村に安否を尋ねる。
「黒い、ドラゴン……? 本当にあきらさんなんですか? あと少年って……」
『こっちの方がヒーローっぽいだろ?』
「いや、見た目とか声とかモロ悪役なんですが」
助けてあげたと言うのに礼の一つもしないどころか、真顔で突っ込みを入れてきやがった。
……ラーメンのチャーシューの演技を死ぬまでやらせてやろうか、このガキめ。
今回、登場した獅子村三郎君はぶらっくまんさんの考えてくれたオリジナルキャラクターです。
さて、彼は次回まで生き残っているのか。答えは後編で。
※魔法少女が出ていないというタイトル詐欺が発生しました。申し訳ございません。