魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第一話 食べ物を粗末にしない悪人

「いや~、それにしても酷いもんだね。いくら大規模な事故(・・)が起きたからつって、裸の女の子がトランクに詰め直されて運ばれているというのに誰も気が付かないとは……。どうなっちゃうんだろうね、日本の明日は」

 

 目の前の俺に警戒心()き出しの少女に向けてそう問いかける。

 

「……わたしを誘拐しておいてよくそんな事が言えるね」

 

 裸ではなく、俺が渡したジャージを着ていた。受け取るのに大分躊躇したが全裸でいるよりはマシという結論に至ったようだ。

 あれから俺は投げ飛ばされて気絶していたこの黒髪の少女を再び、トランクに詰め込んでその場を後にした。血液で靴が濡れている大きなトランクを抱えた俺は結構目立つはずなのだが、それ以上にあの駅前の横断歩道の近くは騒ぎが大きかったせいで誰も俺に目を留めるものは居なかった。

 公園を探して、そこで靴を可能な限り血を落とすとパパが借りたマンションへと向かった。

 管理人に挨拶をして部屋の鍵をもらうと、先に届けて入れてもらっていたダンボール箱がごったがいしている自室にようやく到着できた。

 俺はやかんとインスタントコーヒーの袋をダンボール箱から取り出すと、インスタントコーヒーの粉を直接やかんにぶっち込んでお湯を沸かしていた。

 そして、マグカップをダンボール箱から探し始めた時にようやくトランクのことを思い出し、今に至るという訳だ。

 

「コーヒー飲む? ブラックだけど」

 

「いらない!」

 

 マグカップにコーヒーを注ぎながら尋ねると、少女はぷいっと顔を背けて断った。

 しかし、直後に「グ~」という腹の虫の鳴き声が少女の方から聞こえてくる。

 

「インスタント麺か、カップ麺でいいなら作れるよ。ほら、ちょうど熱々のお湯もある」

 

「それで作ったらコーヒーの味になっちゃうでしょ!?」

 

 コーヒーの入ったやかんを揺らすと、少女は俺に切れのいい突っ込みを入れる。

 なかなか堂に入った突っ込みだった。もう少し鍛えればM1も夢じゃないな。

 俺はそう思いながら、カップ麺『マキシマム鶏がら醤油ラーメン』を食料品が入っているダンボールから出してコーヒーを注ぐ。

 

「……わたし、絶対に食べないからね!」

 

「俺が食うから腹減ったんだよ」

 

 三分後、コーヒーフレーバーに包まれた『マキシマム鶏がら醤油ラーメン』をほうばる哀れな少女が居た。

 所詮、何を言っても食欲には勝てない浅ましい少女である。同じ人間として恥ずかしいぜ。

 

「おいしい?」

 

「うう……まずいよぉ」

 

 まあ、そうだろうな。俺だったら絶対に食べたくないもん、そんなコーヒー臭いラーメン。

 涙目になりながらも麺を(すす)り、挙句の果てにコーヒーのスープまで飲み干した。

 

「ご、ご馳走様……」

 

「よくそんなもの最後まで食えるね。頭おかしいんじゃないの?」

 

 俺は気持ちの悪いものを見る目で少女を見ると、むっとした目付きで俺を睨む。

 

「食べ物を粗末に扱ったやつは本当の悪人なんだよ。生きてエンドマークは迎えられないの!」

 

「ほーう。じゃあ、俺はやっぱり善人だわ」

 

 背中に背負っていたナップザックから牛めし弁当を取り出して、パクパクと食べ始める。家に帰ってから食べようと思って駅の中で買ったものだ。

 うめえ。まったりとしたタレに漬け込まれた牛肉とご飯とが絵も言われぬハーモニーを醸し出す。

 うーん。人の惨めな死に様を見た後の飯はなおさら旨い。やっぱ、最高のスパイスは他人の不幸だな。

 

「あ~~!! ず、ずるい。自分だけそんな美味しそうなの食べて」

 

「知らねぇよ。アンタが聞かなかったのが悪い。あー、牛飯うまいんじゃ~」

 

「ちょ、ちょっと分けてくれない?」

 

 少女は意地汚くも俺の牛飯弁当に手を伸ばそうとしてくるので、箸で迎撃する。

 そして、冷めた目で見つめながら、弁当を持って後退した。

 

「息がコーヒー臭いんで近寄らないでください。飯がまずくなる」

 

「あなたが食べさせたんでしょ!?」

 

「俺は作っただけで、別にアンタに食べてくれとは言ってないぞ」

 

「ひどい。ひどすぎる……」

 

 勝手に食べておいて何を言ってるんだ、こいつは。まったく(しつけ)がなってない。親の顔が見てみたいところだ。

 弁当を食べ終えて、マグカップのコーヒー啜り、一息吐くと少女の方に向き直る。

 いい加減、名前も分からないと不便極まりないので、少女に俺は尋ねた。

 

「で、アンタの名前は?」

 

 すると、今まで普通に会話をしていたのに途端に思い出したように表情を硬くした。

 

「誘拐犯に教える名前はないよ」

 

「誘拐犯は俺じゃねぇよ。アンタを(さら)って来た奴は死んだ。第一身代金目的なら名前を知らない訳ないし、外国に売り飛ばす気ならわざわざこんなところに連れてきたりする理由ないだろ?」

 

 まあ、あの電話の相手の話もトランクにこの少女が入っていることを知らない様子だったから、あの立花って奴がどこかで爆弾の入ったトランクと間違えてしまったというところだろう。

 なら、こいつを攫おうとした奴も別に居ると考えるのが無難だ。

 身の潔癖を証明した俺だったが、目の前の少女は俺への疑念はまだ晴れていないようだった。

 

「あなた、目が濁ってる……すごく嫌な感じがする」

 

「おいおい。目がどうとか言って文句付けるとかどこのヤクザだよ。ほら、食べ物を粗末に扱うのは悪人なんだろ?」

 

 俺は空になった弁当箱を見せびらかす。

 

「この通り、飯粒一つ綺麗に食ってる。こんなに飯を大切に扱える俺が善人じゃないとでも?」

 

「…………かずみ。苗字は分からない記憶喪失みたい」

 

 しばらく、俺の顔を睨んでいたものの自分の理論のせいか、結局は名前を教えてくれた。

 けれど、記憶喪失だって? 嘘臭いことこの上ないな。

 さっきに悪人は食べ物を粗末にする理論とかは記憶じゃないのか?

 何ともまあ、都合の良い設定だが、どうも嘘を吐いている様子はない。少なくとも表情筋の変化や瞳孔の動き具合では読み取れない。

 これ以上は今問いただしても無駄な気がしたので記憶喪失についての言及はしなかった。

 

「ほお。かずみちゃんか……ありきたりな名前だね。面白みがない」

 

「なら、そういうあなたの名前は!?」

 

 名前を馬鹿にされて憤慨するかずみちゃんは膨れっ面で俺の名前を聞いてくる。

 

「俺? 俺はあきら。一樹あきらだ。あきらたん。アッキー。またはあきあきって呼んでくれ」

 

「あきらの方がありきたりな名前じゃない!」

 

「人の名前、馬鹿にするとか……最っ低だな、かずみちゃん。そういうの人としてどうかと思うわ」

 

「あきらが最初に馬鹿にしたんでしょ!?」」

 

 アホなやり取りを交わしていると、ポケットに入っている携帯電話が鳴り響く。俺のではなく、立花の方の携帯電話だった。

 一指し指を口元に当てて、かずみちゃんに黙ってくれるようにジェスチャーで伝えて、俺は電話に出た。

 

『オマエノ持ッテイッタトランクヲ渡セ。30分後BUY‐LOTノベンチマデ持ッテコイ。コナケレバ警察ニオマエガ人ヲ殺シタコトヲバラス』

 

 そう言った後、一方的に通話が切れた。最初のボイスチェンジャーとは違い、今流行のボーカロイドの音声を繋ぎ合わせたような音声だった。

 どうやら、最初の奴とはまた違う相手のようだ。とすると、立花にトランクを取り違えられた間抜けな奴だろうな。

 だが、それにしても……。

 

「身に覚えがあり過ぎて分かんないなぁ」

 

 まあ、直接的にやった訳じゃないから法では裁けないと思うし、俺まだ十四だから少年法も余裕で適応されるので、正直警察はそこまで怖くない。

 俺の自殺強要をこんな形で告発する根性のある人間はもう『居なくなって』いるので、この『人を殺した』という部分は多分立花のことだ。

 だとしたら、あの時に足を引っ掛けていたことを見たということだろう。

 なんだ。あんなの偶然、足を出したら立花がすっ転んで飛び出しただけだと言えば、それでお終いだ。例え、映像があっても殺意の証拠とするには難しい。

 ますます、電話の奴の言うとおりにする理由がなくなった。

 でも、取りあえずはかずみちゃんにも伝えておくか。

 

「何か、かずみちゃんを誘拐した人がBUY‐LOTって場所にかずみちゃんを入れたトランクを持って来いってさ」

 

「……全部、聞こえてた……あきらが人を殺したっていうのも……」

 

 すっとさっきとはまったく違う冷徹な視線を俺に向ける。今までの馬鹿な雰囲気とは一変して硬質な空気を纏っている。

 まるで人間ではない。もっと別な「何か」のような寒々しい瞳。

 俺はそれを見て――平然と流した。

 

「ああ、うん。そうなんだ。で、どうする? BUY‐LOTっていうとこ行く? 俺は今日越してきたばかりだから場所知らんけど、記憶喪失ならかずみちゃんも分からないんじゃね?」

 

 しかし、かずみちゃんの口から出たのは俺の疑問への返答ではなく、その前の話の続きだった。

 

「やっぱり、あきらは悪い人だったんだね」

 

「は? 何言ってるの? 穢れなき天使の俺に向かって。大体、死んだは立花って奴で、そのおかげでかずみちゃんは助かったんだよ?」

 

 俺が居なかったらあの立花という男に連れ去られていたのだ。誘拐目的ではないとしても時限爆弾を運ぶような危険人物に裸の少女がお持ち帰りされればどうなったかなんて考えるまでもない。

 組んず解れつのガチレイプ劇場が開幕されていたはずだ。……何それ、超見たい。どっかのAVでそういうのないかな? 

 脳内で出てきたエロい妄想に想いを馳せていると、かずみちゃんは同情を滲ませた声で吐き捨てる。

 

「違う。悪いとかそういうんじゃなくて、あきらは壊れてる。……人の命を奪ったりしても何も感じてないのがその証拠だよ」

 

「ていうか、そんなことより行くのかどうするのかは決めたの?」

 

 非常にどうでもいい些末(さまつ)事をまた流して、結論を促すがかずみちゃんは悲しそうな表情を浮かべただけで答えない。

 

「…………コーヒーのカップ麺、食べさせてくれてありがとう。まずかったけどお腹空いてたのは治まった」

 

 すっと立ち上がるとかずみちゃんはそう言って空のトランクを持って、出て行こうとする。

 

「一人で行くつもりなの? 水臭いな、俺とかずみちゃんの仲じゃん。どーんと頼りなよ」

 

 時間にして一時間もない間だったが、無意味になれなれしくそう言って笑いかける。

 かずみちゃんはそれに対して、拒絶の意思を込めた表情で俺を睨み付けた。

 

「……ごめん。もうあきらとは一緒に居たくない。あ、でもこの服……」

 

 ドアを開けて出て行こうとした途中でかずみちゃんは、自分が俺のジャージを着ていることに気が付いて足を止める。そのまま脱ごうとチャックに手を掛けたので、俺はそれを止めて、手をひらひらと横に振った。

 

「いいよ。持ってきなって。たかだか、ジャージの一枚くらい餞別代わりにやるよ。あと、素足で外出るのはきついだろ? サンダルもおまけで付けてやる」

 

 靴類が詰め込まれたダンボール箱を見つけて、中からサンダルを探し出して、それをかずみちゃんへ放り投げた。

 大きさは合わないだろうが、靴よりはまだマシなはずだ。

 

「……。あきらって頭はおかしいけど、時々優しくもあるんだね」

 

「優しいよ、そりゃ。だって俺、天使だもん」

 

 にっこりと笑顔を浮かべてやると、かずみちゃんは複雑そうな表情で眉を下げた。

 色んな感情が渦巻いているようで最後に何か俺に言おうとしたが、躊躇った後に部屋のドアを開けて出て行った。

 

「じゃあね。さよなら、あきら」

 

 ドア越しで別れの挨拶が小さく聞こえた。

 その後に閉まる玄関のドアの音がして、サンダルのペタペタと軽快な足音が遠退いていく。

 行ってしまったか。

 どうにも嫌われてしまったようだ。気難しい年頃なんだろうな。

 俺は携帯電話を操作してあすなろ市のBUY‐LOTを検索する。

 

「とか言いつつも俺も行く気満々なのでした。あー、ショッピングモールのことだったのか。場所もわりと近くだし」

 

 わざわざ俺が行く理由はぶっちゃけるとあまりないのだが、せっかくここまで来て、俺だけ除け者とか許されない。

 俺が主役。俺こそが世界の要。この世は俺を中心に回っているのだ。

 玩具専用のダンボール箱からスケートボードを取り出す。黒い板に銀色で『Crazy』と達筆気味の書体で描かれている。俺の相棒、クレイジー・(アキラ)・スペシャルちゃんだ。ちなみに文字は俺がペイントした。

 こいつで行こう。この街での一番最初の『お祭り』にはそれなりに楽しみたいからな。

 俺はクレイジー・A・スペシャルを担いで玄関から飛び出して、外へ出る。当然、鍵は掛けておく。泥棒に入られると困るからね!

 

「さて、そんじゃ……はしゃぎますか!!」

 




一話目ですがまだ全然話が進みません。次の話まで待っていて下さい。

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