魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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前回までのあらすじ

色々あって、トラペジウム征団は逃げました。
 



第十七話 グッバイ マイフレンド

 プレイアデス聖団から辛くも逃れてきた我らトラペジウム征団及び魔法少女ユウリちゃんは俺のマンションへと返って来た。

 段ボール箱のいくつか残るリビングの中でひむひむたちをコルさんからの背中から降ろして寝かせる。ちなみに俺もドラゴンの姿から人の姿に戻っていた。

 ユウリちゃんはダルそうにソファに寄り掛かって、恨みがましい目で俺を見ている。

 

「せっかく、あと少しでプレイアデスの連中を皆殺しにできるチャンスだったのに……」

 

「まーだそんなこと言ってる。一度で簡単に終わらせようとするのは悪い癖だぜ、ユウリちゃん」

 

 あと少しだったのはアンタの魔女化だけだって話だ。後先考えずに突っ走るのはこの子の頭の足りなさを如実に表している。

 クールに見えて、熱くなり易いアホの子だ。まあ、そんなところが愚かで裏切り甲斐があるってモンだけど。

 

「復讐ったって、結局のところ自分がスッキリして気持ち良くなるための手段なんだから、もっと丁寧にやらないと。あのまま、皆殺しにしても誰もユウリちゃんを殺したことを後悔しちゃくれないぜ?」

 

「むう……」

 

 反論はないようで、ユウリちゃんはむくれてそっぽを向く。

 初対面に比べると態度が驚くほど軟化しているのが分かる。もう俺に対して全幅の信頼を置いているらしい。

 どうして、俺みたいな人間を信用しちゃうのかさっぱり分からない。理解者ぶって近付けばこの手の悲劇のヒロインちゃんはほいほい言うことを聞いてくれることは経験上よく知ってはいるんだけども。

 さて、脳みそ足りないお姫サマは一旦置いておいて、ばんたんきゅーしてるトラペジウムの皆様の方を見る。

 プレイアデス聖団の魔法少女にやられた彼らは表情に苦悶こそ残しているが、身体的外傷は特にない。

 カマキリの魔女モドキになった女刑事もかずみちゃんの攻撃を受けた後は人間の姿に戻るだけで、身体に怪我のようなものはなかった。多分、魔女モドキや魔物の状態で負った傷は人間態の時には残らないみたいだ。

 三人の身体を触ったり、関節の可動範囲を調べたりして遊んでいると、ひむひむが目を覚ました。

 

「ん……ここは?」

 

「気が付いたみたいだな、ひむひむ」

 

 軽く挨拶すると状況を確認できたひむひむは上半身を起こして、俺に話しかける。

 

「ああ、あきら君。……そうか、確かボクは宇佐木里美にやられて……」

 

「顔を見られちまった?」

 

 そう聞くとひむひむはこくり重々しい顔で頷く。普段、明るく笑っている奴だから深刻そうな表情をすると殊更暗く見えた。

 どういう風に負けたのか、何が敗因だったのかを聞くと、何のことはない。全てひむひむが趣味に走りすぎた結果、油断して返り討ちにあっただけという間抜けな話だった。

 

「あははは。そりゃ、ひむひむが悪いって。弱そうに見えても向こうの方がずっと戦闘経験豊富なんだから」

 

「もう! 笑い事じゃないよ。自分のクソ不味い血を飲まされて悶絶したんだよ?」

 

 俺の反応に憤慨するひむひむは自分が噛んだ腕の部分を服を捲って見せてくる。

 そこには歯形らしき痕跡はなく、そこらの女の子以上に色白の美しい肌が広がっていた。

 ひむひむの話によると、里美ちゃんは動物を操る魔法を使うのだと言う。案外、誰よりも厄介な魔法かもしれない。ただ聞いた限りだと射程距離が短いようなので、遠距離からの攻撃ならそこまで苦戦はしないはずだ。

 そこで、俺は話を急に変えてひむひむに家族のことを聞いた。

 

「そう言えば、ひむひむって家族構成どうなってんの? 家で一緒に住んでる?」

 

「え? 急に家族の話? 母親と双子の妹が居るけど今は二人とも精神病院だよ。まあ、原因はボクが虐め過ぎたからなんだけど」

 

 怪訝そうな顔をしつつも、ひむひむは少し照れたように頭を掻きながら俺にそう話した。

 そうかそうか。家族は二人とも精神病院に居るのか。と、なるとひむひむは今、一人暮らしをしている訳ね。

 

「あ、ひょっとしてボクの住所が割れてるかもしれないって話? 確かにそうなると家族が狙われるのは必然だよね……」

 

 腕組みをして、そう漏らすひむひむは思考を俺から外して考え込む。弄くり回して精神ぶち壊したらしい癖にそれなりに家族に愛着を持っているようだ。

 だが、俺の懸念事項はちょっとそれとは違う。

 俺が知りたかったのはひむひむの家族が俺の存在を知っているかどうかだ。家族と暮らしているのなら、俺のことを話していても不思議じゃないが、離れてくらしているなら話は別だ。

 

「ひむひむぅ~」

 

 俺は使い慣れてきた彼の渾名を気軽に呼んだ。

 

「え? 何? あきらく……」

 

 何気なく、俺の方を向いたひむひむは最後まで俺を呼ぶことができなかった。

 なぜなら部分的に魔物化させた俺の右手が彼の胸に深々と突き刺さっているからだ。

 言葉の代わりにごぽりと血の塊を吐き出すひむひむ。その両目は信じられないものを見るかのように大きく見開かれていた。

 「どうしてこんなことをするの?」という疑問が視線だけで伝わってくる。

 

「ひむひむはさー、俺のクラスメイトだから面がバレちまったからには、俺にまで繋がる危険性があるんだわ。だから、悪いけどさっさと死んでくれ、な?」

 

 理由を丁寧に教えてあげたにも関わらず、ひむひむの形相は鬼のように怒りに満ちたものに変貌する。

 彼の瞳に含まれた色は真っ黒の憎悪。裏切られた怒りを俺に真っ直ぐ突き刺す。

 せめて、リッキーと同じく違うクラスだったらまだ誤魔化しは聞いたのだが、同じクラスで且つ仲良く話しているのをカオルちゃんたちに見られてしまっている以上はこのまま生きてもらっているのはまずい。

 まあ、でもそこそこ信頼していたのにポカしたペナルティも含んでいる訳だから、全てが全て理不尽でもない。

 

「あ゛ぎ……らぁ……」

 

「里美ちゃんの情報ありがとな、ひむひむ。例え、死んでも仲間だ。トラペジウム征団の絆は永久に不滅なんだぜ☆」

 

 可愛くウィンクすると刺し貫いた手の先をグッと握り締める。

 柔らかく弾力のある何がぐちゃりと潰れた感触がして、拳の間から液体とちぎれた一部がはみ出すのを感じた。

 実のところ、一番俺に近いものを感じていたから期待はそれなりに掛けていたのだが、こうなってしまっては仕方ない。

 ひむひむは糸の切れた操り人形の如く、俺の胸に倒れ込んで来る。おう……駄目だぜ、ひむひむ。俺たち男同士じゃないかぁ。

 ぐったりと俺に寄りかかるひむひむは人間ではなく、肉でできたオブジェと化していた。血液大好きっ子のひむひむには最高のラストだったと言えるだろう。

 きっと生きていたら「ありがとう、あきら君! 君は最高の友達だよ!!」と高らかに宣言してくれること間違いナッシングだ。

 盟友ひむひむと抱き合いながら男同士の友情を感じあっていたが、ソファからの熱い眼差しに気が付いて、振り返る。

 

「何? ユウリちゃん? ひょっとしてこういうの見てホモとか騒ぎ出す女子なの? 女の子って男が互いに友情を感じ合ってるだけで、ホモネタに走りたがるから困るんだよね~」

 

 やれやれと言った風に俺がそう言うが、ユウリちゃんは引きつった顔で俺を見るばかりだ。

 数秒後、ようやく言葉が出てきたらしく震える唇で俺に喋りかける。

 

「殺したのか……仲間だったんじゃない、のか?」

 

「仲間だよ? トラペジムの四つ星に懸けて俺たちは仲間さ」

 

「じゃあ、何で?」

 

「いや、さっき言ってたじゃん? 聞いてなかったのか? こいつが顔バレしちまったから生きてると俺も危ないって」

 

「それ、だけで殺したのか?」

 

 愕然とした表情でユウリちゃんは馬鹿みたいに何度も俺へ尋ねる。

 『それだけって』、割りと重要な気がするんですがそれは。まあ、バレたらバレたで面白どうなんだけど、正体は自分で明かしたいものだしな。

 

「……お前、正気じゃないぞ」

 

「ほい。鏡」

 

 特大ブーメラン発言をかましてくれるユウリちゃんに段ボールから血で汚れていない方の手で、手鏡を取り出して見せてあげる。

 というより、今の今までこの子は自分のことをまともだと認識していたのか? もしそうなら、厚顔無恥ってレベルじゃねぇ。

 ユウリちゃんとコントを繰り広げていると、サヒさんやリッキーも気が付いたようでもぞもぞと起き上がって来た。

 それと同時に俺は両目から涙を流し始める。

 

「うっ……くっう……何でなんだよ、畜生!」

 

「はぁ!?」

 

 突然の涙に驚き、奇声を上げるユウリちゃんだったが今はアンタには構ってられない。

 泣き喚きながら、血に濡れたひむひむに気付いた二人は慌てて俺に問いかける。

 

「どうしたんだ、それ!」

 

「ひ、氷室君が……血に塗れて……」

 

 涙と鼻水で汚れた顔で二人の方を向くと俺は喉から搾り出すような声で答えた。

 

「……ひむひむはプレイアデス聖団に殺されちまった」

 

「!?」

 

 声にならない声を上げてユウリちゃんは硬直する。俺は彼女を華麗にスルーしてサヒさんたちに情報を伝えた。

 

「俺たちはプレイアデス聖団に負けて、敗走している途中、後ろから魔法を受けたんだ……俺もユウリちゃんもボロボロで、サヒさんたちは気絶しててもう駄目だって思った時……ひむひむが俺たちを庇って……」

 

「そんな……氷室君が僕たちを」

 

「馬鹿野郎……! 一人で無駄に格好付けやがって」

 

 サヒさんは悲痛な目で顔を押さえ、リッキーは床に拳を打ち付けた。あ、床痛むんでそれやめてください。

 二秒ほどで捻り出した感動のストーリーを二人に如何にも辛そうに聞かせると、一ミリも疑うことなく信じてくれた。

 

「……プレイアデスのクソ女どもぉ!! 氷室の命を奪いやがって……絶対に許せねぇ!」

 

「氷室君の仇は必ず取ろう……」

 

「サヒさん……リッキー……。ああ、もちろんだぜ! ひむひむの分も戦い抜こう」

 

 心臓を抉られたひむひむの手を掴み、三人はプレイアデス聖団への再戦を誓い合った。

 感動に目を潤ませて円陣を組む俺たちを信じられないものを眺める目でユウリちゃんは見ている。やっぱ、こういう熱い男の友情は女の子には分かんないもんかね?

 

【挿絵表示】

 

 *

 

 サヒさんたちに回収したイーブルナッツを再び返した後、ユウリちゃんの警護の下に二人を自宅まで送り届けた。俺はその間、ひむひむの死体はモグモグして処理してカーペットに染みてしまった血液を通販で買った『クリーニングパワーZ』という怪しげな洗剤で擦って綺麗にしていた。

 まったくもう、ひむひむったらいくら血が大好きだからって俺の家まで汚さないで欲しいぜ。

 最悪、新しいカーペットに取り替えようかなと思っていたが、思いの外『クリーニングパワーZ』の洗浄力が高く、それほど時間も経っていないことが幸いして見事汚れを撃滅できた。

 手に付いたひむひむの返り血をシャワーで洗い落として、一息吐いてソファに転がっていると、ユウリちゃんが帰って来た。

 

「おっす。お疲れ」

 

「……お前、本当にとんでもない奴だな。さっきの演技を見て確信した」

 

「母親は元ハリウッド女優でね。演技の程はプロ級だよん」

 

 適当に返しながら、指先でひむひむのものだったイーブルナッツを弄ぶ。

 トラペジム征団には新しいメンバーが必要だ。ひむひむは趣味に走りすぎたから、今度はそれなりに節度を保てる奴がいい。加えて、俺と接点がないなら、なお良しだ。

 そんなことを考えながら、イーブルナッツを上へ軽く投げると、ユウリちゃんがそれを掻っ攫った。

 

「何すんの、ユウリちゃん?」

 

 手を伸ばして『返してくれ』とジェスチャーするが、ユウリちゃんは顔を俯かせてイーブルナッツを握り締めるだけで返却してくれそうにない。

 

「……アタシに優しくしてくれたのも……」

 

 もの凄い聞き取りづらい小声でぼそりとユウリちゃんは呟いた。

 

「え? 何、聞こえないよ? 最後まできっちり言って」

 

 聞き返すと、今度はめちゃくちゃ大きな声で俺に叫ぶ。

 

「アタシに優しくしたのも演技かって聞いてるんだ!!」

 

「うぐぅ」

 

 あまりの声量に耳を押さえて身体を丸まった。指で突付かれた団子虫如く、間接を折り畳み、縮こまる。

 しかし、そんな様子は意にも解さず、ソファに仰向けで丸まる俺にユウリちゃんは乗りかかる。

 

「どうなんだ? 答えろ、あきら。答えによっては……」

 

 瞳が剣呑に光る。答えによっては俺を殺すつもりだ。

 それでいい。飼い犬は少しくらい乱暴にじゃれ付いてくるのがちょうどいい。

 耳から離した手でユウリちゃんの頬に当てる。それから、ゆっくりとした手付きで俺の顔に静かに近付けていく。

 唇の先をタコ型宇宙人のように尖らせて、

 

「むちゅ~」

 

「ぎゃああああ!」

 

「おぶっ……!?」

 

 フックの利いた拳で頬を殴られる。

 いいパンチ持ってやがる。俺と一緒に世界目指そうぜ。

 ユウリちゃんは俺から飛び退いて、警戒した猫の耳のようにツインテール逆立たせる。

 

「何するんだ、お前は!?」

 

「いや、ちゅーして俺の気持ちを伝えようかって」

 

 揉み上げの髪を人差し指に絡めて、もじもじと流し目を送る。足も地味に女の子座りをする。

 

「い、要るか、ばか!」

 

 ユウリちゃんは俺にイーブルナッツを投げ付けると、そそくさと家から去って行く。

 初心な子だ。男を知らないに違いない。……ちなみに俺も女を知らない。

 殺人経験があるって意味で言えば、とうの昔に童貞捨ててるんだがな。

 それはさて置き、新たな仲間はどんな奴にしようか。

 笑みを浮かべて、ぺろりと手の中のイーブルナッツを舐める。

 

「うげっ……!」

 

 格好つけて舐めたものの、あまりの不味さに即行で口をゆすぎに流しへと走った。

 




大事な仲間の一人氷室悠を失って傷心のあきら。
そんな彼の前に旅の獅子村三郎が現れる。
彼はあきらが元ハリウッド女優、川村理恵の息子だと知ると、自分と演技の技量で勝負したいと言い出すが……。

次回『ライオン劇場』

お楽しみに。

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