魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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前回のあらすじ
群馬市立あすなろ中学校に通う一樹あきらは、性根が腐っていることと友達がいないこと以外は高スペックな中学二年生だが、中学入学時に交通事故に遭ったせいもあり中学でも友達が出来ず、その結果友達を作ることを諦めて「ぼっち」を極めようとしていた。妙な屁理屈をこねて、ぼっちな中学生活を謳歌しつつリア充を嫌い呪っていたあきらだったが、生活指導担当の教師・立花宗一郎に目をつけられ、「奉仕部」に無理矢理入部させられる。「奉仕部」は、生徒の問題を解決する手助けをする部であり、宗一郎による紹介によって生徒が送り込まれて来るところだった。そこであきらは、校内一の才女として知られる御崎海香と出会う。


第十六話 ゲスドラ

 かずみちゃんの脳天に風穴を開ける軌道で放たれた弾丸は、彼女を傷付けることはなかった。

 と言っても、弾丸が「俺は可愛い女の子は傷付けない主義なのさ」とハードボイルド気味に逸れてくれた訳では当然ない。

 イーブルキッチンへのボール状の魔力がサキちゃんが突っ込んできた結界の穴から現れ、かずみちゃんへ迫る弾丸を横から消し飛ばしたからだ。

 

「かずみ、サキ!」

 

「二人とも無事なの!?」

 

 少しして二人の魔法少女がイーブルキッチンに踏み込んで来た。

 一人は両目に包帯を巻いた修道女のような衣装を着た黒髪眼鏡の少女と、もう一人は片足が脹脛(ふくらはぎ)の辺りから消失した松葉杖を突いているオレンジボブカットの少女。

 自宅で安静中のはずの海香ちゃんに、カオルちゃんだ。

 二人の様子から見て、まだ完治していないにも関わらず、ここ――あすなろドームまでやって来たらしい。

 大人しく寝てればいいのに、なかなかどうして友達思いの子たちだな。

 今の魔法は、前にビルの上からこっそりと覗いていた時に使っていた……確か『パラ・ディ・キャノーネ』とかいう恥ずかしい技名の合体魔法だ。

 あれは海香ちゃんが作り出したボール状の魔力をカオルちゃんが蹴り飛ばす技だったが、今回は片足のハンデを松葉杖で補って放ったようだ。そう言えば、以前に見た時よりも威力は弱く見える。

 

「チッ……! 仲良くズタボロにされに来るのが好きなんだな、プレイアデス!」

 

 舌打ちをした後、ユウリちゃんは憎々しげにカオルちゃんたちを睨み付ける。

 対峙するカオルちゃんはユウリちゃんの顔を見て、サキちゃんと同じく、昔殺した魔法少女と瓜二つだということに気付いたようで、目を見開いて驚いている。

 

「そんな……だってあの子は……あの時にあすなろドームの裏で……」

 

 そのカオルちゃんの言葉で盲目状態の海香ちゃんも誰だか気付いたようで、表情を強張らせる。

 何気に意外と覚えてもらえていたようで、本物の飛鳥ユウリちゃんとしても嬉しいんじゃないか、多分。

 かずみちゃんを殺せずに苛立っていたユウリちゃんだったが、二人の顔色に気分がよくなったみたいで、また意地の悪い笑みを浮かべ、かずみちゃんへ饒舌に話し出す。

 

「教えてやる、かずみ。こいつらはね」

 

 硬直したカオルちゃんたちに指し示すように銃口を突き付けながら喋るユウリちゃん。

 

「だま、れ……」

 

 かずみちゃんをかき抱くようにしているサキちゃんはその話を止めさせようと制止を訴える。

 しかし、そう言われて素直に黙る道理はなく、ユウリちゃんは笑みの黒さを濃くさせて唇を動かす。

 

「一度私を……」

 

「黙れえぇぇぇぇぇ!!」

 

 サキちゃんの叫びを掻き消すように一際大きく言った。

 

「殺したんだッ!!」

 

 それは罪の糾弾。被害者が加害者に向けて放つ、言葉の暴力。

 ユウリちゃんの言葉の意味を脳が理解を阻んでいるのか、かずみちゃんは顔を引きつらせて「え…・・・?」と疑問を漏らした。

 サキちゃんを含んだプレイアデスの三人はもはや止めることもせずに、俯いて唇を噛んだり、虚ろな視線を宙に撒く。

 

「かずみ。お前のお仲間の魔法少女は揃いも揃って、同じ魔法少女を殺す悪魔の集団なんだよ。そいつも……」

 

 サキちゃんを銃口で指す。

 

「そいつも……」

 

 反対側の拳銃でカオルちゃんを指す。

 

「そいつも……」

 

 スライドさせて、海香ちゃんを指す。

 そして、顎をしゃくって後ろを指し示した。

 

「下で戦っているお前の仲間は全員救いようのない人殺しの屑共だ!」

 

「魔法少女を……人を、殺……」

 

 呆然として呟きを漏らすかずみちゃんにユウリちゃんは声高に語る。

 

「こいつらはアタシの一番大切なものを……奪った! だからね、アタシはこいつらの一番大事なモノを……あんたを! 殺すの!!」

 

 ばっと拳銃をかずみちゃんに向ける。

 硬直から返ったカオルちゃんたちがそれを阻もうとするが、彼女たちを俺は尻尾を思い切り振り殴り、かずみちゃんたちとは十分離れた位置まで弾き飛ばした。

 

「くッ……!」

 

「きゃあッ!!」

 

『追加で来た魔法少女は俺に任せて、ユウリちゃんはその黒髪ショートと死に損ないを料理しなよ』

 

 ユウリちゃんにウインクを一つして、そう言うと彼女を頷いた。

 俺は弾き飛ばした二人に接近しようとした移動した時、背中に小さな言葉が掛かった。

 

「……ありがとう」

 

『どういたしまして』

 

 俺はそれに返事を返して、カオルちゃんたちの方へと飛んだ。

 アンタも、アンタで十分チョロいね、ユウリちゃん……いや、あいりちゃん。会って間もない俺をそこまで信用しちまうなんて愚の極みだぜ? まあ、まだ裏切る予定はないけどな。

 

「クソッ、またお前か!?」

 

『ああ、また俺だ。よろしくな、二人とも』

 

 悪態を吐くカオルちゃんの前に降り立つと、皮肉を込めた挨拶を送り、にやりと笑う。

 とっさに海香ちゃんが魔法でバリアを張ったのか、さほどダメージは食らっていない様子だ。失明している状態で俺の攻撃に合わせるなんて、驚くべき危機察知能力だと言える。

 だが、前の戦闘の疲労やダメージは完全には回復できていないせいか、俺の火炎の息を防ぐほどだったバリアは弱体化していて、もう既に砕けていた。

 

『それじゃあ、前の遊びの続きをしようぜ?』

 

「遊びなら一人でやっていてほしいものね」

 

「……同感」

 

『そんな邪険にすんなよ。鳴いちゃうぜ……こんな風になァ!』

 

 喉奥から燃え盛る火炎を二人に噴きかける。

 流石にまたバリアを張り直すほどの余力はなかったようで、カオルちゃんが海香ちゃんを抱き締めながら、真横に跳んで回避する。

 見上げた反応速度だが、その結果カオルちゃんの手放した松葉杖は跡形もなく燃え尽きてしまった。

 視界ゼロの海香ちゃんに、機動力ゼロのカオルちゃん。

 お互いにお互いを守り合ったのが原因でどんどん劣勢に追い込まれている。友情パワーなんてものはフィクションの中だけの産物だ。ここぞと言う時には足枷にしかなりゃしない。

 このまま、炎で燃やし尽くすのも可能と言えば、可能だが、それじゃあいくらなんでも芸がなさ過ぎる。

 ここはエンターテイメント性を重視した方針を採らないと。

 得物の前で舌なめずりもできないような臆病者は、エンターテイナー失格だぜ。

 

「クソッ……何なんだよ、お前は!?」

 

『あれ? 昨日、自己紹介しなかったっけ? まあ、いいや。俺はドラーゴ。トラペジウム征団の魔物の一体だ。今は義理と人情に従ってユウリちゃんの味方をやってる。ヨロピクゥ~☆』

 

 あきら君特製のエンジェルスマイルで可愛さアピールをしつつ、挨拶をする。

 しかし、海香ちゃんはシリアスな雰囲気を保って、重々しく表情のままだ。

 

「貴方たちの目的は……私たちプレイアデス聖団を殺す事?」

 

 突っ込みはなしか。寂しいなぁ……。

 

『俺としては殺して楽しいなら殺すし。生かして玩具した方が楽しそうなら生かすぜ?』

 

「完全にあのユウリって魔法少女の手下って訳じゃないのね?」

 

『まぁな。でも、一応ユウリちゃんには借りがあるから協力してるけど』

 

 とは言え、ユウリちゃんもここいらが華だしな。後はつまらなく朽ちていくだけだろうし、あそこまで心を許してくれたユウリちゃんを背中から斬りかかるってのも案外オツだ。

 海香ちゃんはカオルちゃんを支えながら、そんな俺に言う。

 

「だったら、あの子を救うためにも協力しなさい。これだけ魔力を行使している彼女のソウルジェムは限界が近いわ」

 

『ためにも(・・)って言ったな。じゃあ、アンタらの本当の狙いは何だ? まさか、自分たちを殺そうとしてる奴に塩を送ろうって訳じゃあないだろ?』

 

「…………」

 

 聞いてはみたものの何となく察しは付いたが、確証を得るためにカマを掛ける。

 

『ユウリちゃんがまた魔女になられたら困るもんなァ?』

 

「……知っていて、アンタ……!」

 

 短慮なカオルが馬鹿正直に乗ってくれた。激昂して睨む彼女の顔を見て確信する。

 思った通り、イーブルナッツから作られるモドキとは違う、『天然』の魔女とは魔法少女のなれの果てだった。

 本物の飛鳥ユウリが魔女になり、プレイアデス聖団に狩られたのはむしろ当然という訳だ。

 だって、魔法少女とは結果的に共食いをする存在なんだから。

 魔法少女は魔女になり、他の魔法少女は魔女を狩る。そして、その別の魔法少女も魔女になればまた別の魔法少女に狩られる。

 なかなかどうして、愉快な関係じゃないか、おい。

 

『笑える存在だな。魔法少女って奴は』

 

「く、言わせておけば!」

 

『うん。よし、協力しよう。どうすればいい?』

 

「え!?」

 

「……本気なの?」

 

 魔法少女を嘲笑う俺が協力してくれるとは思っていなかったらしく、二人とも驚愕した声を漏らす。

 そんな彼女たちに俺は大きく手を広げてオーバーなリアクションをした。

 

『おいおい。持ちかけたのはそっちだろ? こっちとしてもユウリちゃんが魔女になられるのは嫌だしな』

 

「それは……」

 

 躊躇いがちに悩む海香ちゃんにカオルちゃんが信じられないものを見る目で叫ぶ。

 

「海香! まさかコイツを信用する気!? 私たちの家に強襲した奴なんだよ!?」

 

 まったくもってその通りだ。特にカオルちゃんは俺に足を食いちぎられている。素直に信用するにはどう考えたって溝が深すぎる。

 だが、海香ちゃんは決断した声で俺に言い放った。

 

「分かったわ。なら、ここは一時的に協力関係を結びましょう」

 

「海香っ!?」

 

「カオル。今は手段を選んでいる場合じゃないわ。それとも……かずみにも見せるつもりなの?」

 

「っ!?」

 

『まあ、そういうことだな。カオルちゃんだっけ? これからは仲間だ。気安くドラちゃんって呼んでくれや!』

 

 ダンディかつセクシーにウィンクを一つ決める。

 カオルちゃんは心底嫌そうな顔を俺に向けた。可愛いなぁ。チューしてやりたい。

 

「……なら、これから私が言う事をよく聞いて」

 

『イエスマム』

 

 

 ***

 

~ユウリ視点~

 

 身体が重い。意識が遮断されそうだ。

 きっと魔力を使いすぎたせいだろう。自分のソウルジェムが濁ってるのが見なくても分かった。

 けれど、構わない。ここでかずみを殺せば、プレイアデスに復讐できる。ユウリの仇を討てる。

 それだけが目的だった。それ以外の事なんか考えた事もなかった。

 両手に握った銃口をかずみに向ける。

 プレイアデスの真実を知ったかずみは呆然とした顔で倒れている。

 

「や、めろ……」

 

 頭の割れたサキがかずみを覆うように庇うが、それでも関係ない。

 私の魔法『イル・トリアンゴロ』なら床ごと足元の二人を纏めて爆殺できる。

 

「イル……」

 

 足元に三角形を繋げ合わせた魔方陣が発現する。

 これでこいつらをあの世に送り、ユウリのための復讐を完遂させられる。

 

「トリア……」

 

『おーっと、そいつは待ってくれ、ユウリちゃん』

 

 いきなり、アタシの身体が宙に浮かんだ。何が起きたのかと見回すとアタシを竜の姿になったあきらが後ろから抱きかかえて飛んでいる。

 その背中には海香とカオルが張り付くように掴まっていた

 それを見た瞬間、自分の心の中が急激にざわめくのを感じる。

 

「なっ、何のつもりだ、お前!? まさか、ここまで来て……!」

 

 復讐を邪魔する気なのか。

 さっき、アタシの敵討ちを肯定してくれたあきらが舌の根も乾かない内に裏切るのか。

 怒りではなく、失望が心に過ぎった。

 あんなに信じていたのに……。そう思った自分にあきらに対してどれだけ信頼を抱いていたのか思い知る。

 誰も信じず、ただ復讐のみに生きていたはずなのに、出会って三日も経っていないこんな奴に心を許していた自分に気付かされた。

 

『俺はただユウリちゃんには魔女になって死んでほしくないだけだよ』

 

「何を言って……」

 

 あきらはアタシの言葉を無視しして、後ろのカオルの名前を呼んだ。

 

『カオルちゃん! 早く!』

 

「アンタが命令しないで! ……トッコ・デル・マーレ!」

 

 カオルがアタシの身体に手を伸ばして肌に触れると、指先が体内に侵入してくる。

 痛みにもがこうとするがあきらに取り押さえられて動きが制限されているアタシには何もできない。

 ようやくカオルが手を引き抜くとその手にはアタシのソウルジェムが握られていた。

 

「そ、それは……アタシの」

 

「ジュゥべえ、浄化をお願い!」

 

『わかってらい!!』

 

 海香がそう叫ぶと修道女の帽子からするりと契約の妖精・ジュゥべえが飛び出す。

 空中に躍り出ると前転をするように回転を始め、黒い渦へと姿を変えて、アタシのソウルジェムから穢れを吸い出していく。

 

「やめろぉ!」

 

 魔法で生み出した銃・リベンジャーでジュゥべえを撃ち抜こうとするが、それはあきらの尻尾が阻まれた。

 

「この、裏切り者がぁ!」

 

『まあ、そう喚くなって』

 

 あきらはジュゥべえによって浄化されたソウルジェムを尻尾を動かし、すぐさまジュゥべえを弾き飛ばして奪い取る。

 

『ぎゃん!』

 

「ジュゥべえ!」

 

『アンタらももうご苦労様』

 

「なっ……!」

 

 長い首で海香たちに振り返ったあきらは灼熱の炎を二人に吹き掛ける。

 海香はバリアを張りつつ、カオルが海香を抱いて床に飛び降りたおかげで致命傷は免れたが、二人とも焼け焦げた跡があった。

 

「やっぱり、アンタ協力するつもりなんかなかったんじゃない」

 

『何言ってんだよ。協力しただろ? だから、ユウリちゃんの魔女化は防げた。そして、一時休戦は目的を達成できた時点で既に終了。これからはまた敵同士って訳だ。……何か、おかしいとこある?』

 

 悪びれたところもなく、そう言うとあきらは手に入れたソウルジェムをアタシに返した。その表面には穢れが消えていた。身体はまだダルいままだったがこれで穢れは浄化されたみたいだ。

 何だ。アタシを裏切った訳じゃなかったんだ……。

 知らない内に安堵感が込み上げてきた自分を振り払うためにぶんぶんと首を振る。しっかりしろ、こんなふざけた奴をどれだけ信用する気なんだアタシは。

 だが、アタシを抱えたあきらはそんな様子には目もくれず、翼をはためかせた状態で視線を倒れているかずみに向けていた。

 そして、アタシを抱き締めている腕伸ばし、かずみに覆い被さっているサキを掴み上げる。

 

『そうだな。今日はそこそこ暴れたからこれくらいで許してやるか』

 

「な、にを」

 

 サキの言葉は最後まで告げられる事はなかった。

 大きく開いたあきらの口の中に本人ごと飲み込まれて行ったからだ。

 

「サ……サキ?」

 

 床にうつ伏せの姿勢で這い蹲るかずみ。それを横目にバキボキと木の枝が何本もへし折れる音と柔らかい何かが潰れるような音が交互にした後、あきらは長い舌の先を見せる。

 その上にはサキのものだと思われるソウルジェムが乗っかっていた。

 

「やめろぉ! やめろよ!」

 

「カオルっ! サキに何が起きたの!? ねぇ」

 

 カオルは焦った顔で立ち上がろうとするが片足がないせいで無様にこける。目の見えない海香はとっさに何が起きたのか分からないようでカオルに尋ねている。

 あきらはそれに視線すら向けずにかずみだけを見つめ、舌の上で飴玉のようにサキのソウルジェムを弄んだ。

 事態をまだ呑み込めていないかずみの前で粉々に噛み砕く。ソウルジェムの欠片すら食べ終えたあきらは口の周りを舐めた。

 

『いやァ、旨かったぜ、アンタのお友達』

 

「うそ、うそ……こん、なのうそだよおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 絶望に嘆くかずみを見て、アタシの欲望が少しだけ満たされたのを感じた。

 空気を震わす哄笑が唇から流れ出す。

 

「あはははははははははははははは! ざまあみろ! 何が友達だ! 人殺しには御似合いの末路じゃないか」

 

 何もできずに無力に喚くかずみ、そして海香とカオルもだ。

 御互いに惨めに地面に転がったまま、指を咥えて見ている事しかできなかった。

 最高だ。最高に笑える。こいつらにはぴったりだ。

 だが、そんなアタシに水を差すようにあきらが落ち着いた声で言う。

 

『ご満悦なとこ悪いんだけど、そろそろ晩餐会は御開きだ』

 

「はあ!? ちょっと楽しいのはこれからだって……」

 

『まあまあ。生きてればまた、もう一回遊べるドン!」

 

 筐体(きょうたい)の太鼓ゲームのリトライ時のような台詞を吐いたあきらは翼をはためかせて、結界の割れ目から外に飛びだした。

 

『あー、やっぱひむひむたち負けてるかー。流石に一筋縄ではいかないか』

 

 あきらと同じように下を見るとトラペジウム征団の奴らは皆、魔物の姿から人の姿へと戻っていた。

 対するプレイアデスの連中は多少傷付いているが、まだ戦意が残っている。

 

『ユウリちゃん。あいつらとイーブルナッツの回収頼める?』

 

「あきら、アタシはまだ……」

 

『お・ね・が・い』

 

 甘えるような声に低い声に背筋がぞくりとさせられる。

 何だが馬鹿馬鹿しくなり、殺意や狂気が削がれていくのが分かった。

 しかも、こいつはそれを多分分かった上でやっているのだから性質が悪い。

 

「気持ち悪い声だすな。……分かったよ。『コルノ・フォルテ』!」

 

 赤い牡牛が空中に召喚されると、下に倒れているトラペジウムの面子を回収に向かわせた。

 それを見送ったあきらはプレイアデスの意識を逸らすためにドーム全体に炎を撒き散らす。

 ニコや宇佐美は燃え盛る客席に気を取られている内に、炎に紛れたコルが三人を背中に背負って戻ってきた。

 口には三つそれぞれのイーブルナッツが咥えられている。

 

『おー。コルさんさっすがー』

 

「ぶも!」

 

「アタシを褒めろ、アタシを」

 

 何故かアタシよりもコルを褒めるあきらに、それを喜んでいるコルに怒りが湧いた。

 下らない事で(いさか)いをするのはユウリが生きていた頃以来だ。

 そう思うとユウリに申し訳なく思う反面、あきらとのやり取りが楽しくなっている自分が居た。

 

『まあ、とにかく逃げるぞ。三人も人背負ってるけど、コルさんももっとスピード出せる?』

 

「ぶも!」

 

 楽勝だと言うかのようにあきらに頷くコル。いつになく、感情豊かなのはアタシがあきらと居る事に楽しさを感じているせいだろうか。

 ……そう言えば、男の人に抱き締められるのは人生で初めてかもしれない。もっとも、竜の姿じゃ色気も何もないけれど。

 




これにて、プレイアデスとの全面対決は一旦終わりです。
サキを失ったプレイアデス聖団、そして、敗北を味わったトラペジウム征団。お互いに痛み分けといった様子で次の話へと移行していきます。

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