魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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前回のあらすじ

地味な高校生の一樹あきらは、ある日連続一家殺人事件に巻き込まれて殺されてしまうが、その直前に出会ったネクロマンサーの少女・ユウリの力によりゾンビとして蘇ったうえ、魔法の世界から来たというかずみからは魔装少女に任命される。さらにそこへ現れた吸血忍者のサキも加わり、彼女たち3人と同居することになった。


第十五話 プレイアデス聖団VSトラペジウム征団

~旭たいち視点~

 

 

 ああ。本当に腹立たしい。

 目の前をチョロチョロと動き回る『魔法少女』への苛立ちが収まらない。

 飛行機乗りが付けるような飛空帽子にゴーグルをつけたやる気のなさそうな無表情の女。

 名前はあきら君から聞いて知っている。確か神那(かんな)ニコとか言う奴だ。あきら君曰く一番油断のならない魔法少女なのだそうだ。

 

「ほっ……! はっ……!」

 

 僕が背中から撃ち出す大針を身体を捻り、軽快にかわしつつ、攻撃を仕掛けてくる。

 

「プロルン・ガーレ」

 

 親指を除いた計八本の指が小型のミサイルへと変化して僕目掛けて飛来する。向こうは自分の身体の一部を別の物質に変化させる魔法を使うようだ。

 すぐになくなった指を再び生やして、次々に飛ばしてくるので厄介だ。

 魔物化して皮膚が頑強になった今の僕には大したダメージにはならないものの小賢しい事この上ない。

 何より、一方的に攻撃される度にクラスメイトに殴られていた事を思い出し、不快な気持ちにさせられる。

 平然として、焦り一つ滲ませない顔が堪らなく許せない。

 そう女子はいつもそうやって、僕が苦しんでいる時も素知らぬ顔で居る。

 蔑まれるよりも、笑われるよりも、その無関心が一番憎らしい。惨めに虐めれていた僕をまるで路傍の石ころのように扱うその無関心が――殺したいほど目障りだ。

 僕は射出する針の矢の量をさらに増やして、指ミサイルを撃ち落としながら、神那ニコへの攻撃を続ける。

 しかし、僕の背中から撃ち出される針の矢が止まる。

 魔力を使って大針を補充せずに飛ばしていたから、全ての針を撃ち尽くしてしまったのだ。

 

「隙が、できたね」

 

 それを見計らったように手のバールのような杖を召喚し、針の鎧がなくなった僕へと振り下ろす。

 僕を守る針の生成には後数十秒は必要だ。とてもこの攻撃には間に合わない。

 さらに魔物化しているせいで図体の大きくなった針鼠の僕の身体は鈍重で、それを避ける事はできない。

 このままなら、剥き出しの脆弱な皮膚をバールのような杖は鋭く抉り取るだろう。

 

『しまっ……!』

 

 僅かだが、神那ニコの無気力そうな顔にダウナー系の笑みが浮かぶ。

 

『と――言うと思ったよねぇ!』

 

 己の勝利を確信した神那ニコの身体に突如、大量の針の矢が突き刺さる。

 

「っ……!?」

 

 神那ニコの背後から飛んで来た一回り小さな針は、狙い済ましたように彼女を四方八方から刺し貫いた。

 何が起きたか理解していない馬鹿面を拝みながら、僕はにんまりと笑った。

 僕だって、考えなしに針の矢を撃っていた訳じゃない。途中から大針の中に一回り小さな針を仕込んで飛ばしておいた。

 あすなろドームの床や壁に突き刺さったその大針の中から、逆方向に一回り小さな針の矢を射出させるためだ。

 背中の大針を補充しなかったのもそのため。素早いこいつに確実に針を当てる布石。

 針の矢の角度と発射するタイミングを計算して、見事に攻撃を食らわせてやれた。

 学校の勉強で数学だけが得意だったけど、まさかこんな形で役に立つとは思わなかった。

 

『……避けるのが得意なだけで大した事なかったね』

 

 こんな奴が一番手強そうなんて、あきら君の買い被りだ。いや、僕の方が一枚上手だったのかな?

 何にせよ、これで僕も少しはあきら君の仲間としての役目を果たせて良かった。後はこいつのソウルジェムを砕けば完全に息の根を止められる。

 背中の針を生成して補充しながら、針のムシロになった神那ニコを見ていると、その身体が見る見る内に崩れ落ちた。

 

『なっ……?』

 

「そーんな事だろうと思った」

 

 泥で作った人形のように崩れて原型をなくした神那ニコに驚愕する僕の背後から、飄々とした声が聞こえた。

 すぐさま、大量の針の矢撃ち出し、身体を回して振り返るが、そこにあったのも崩れた泥人形。

 

『まさか、途中で入れ替わって……』

 

 罠に嵌っていたのは僕の方だったと気付いた時には奴の魔法が僕の頭上から響く。

 

「レンデレ・オ・ロンペルロ」

 

 見上げたそこにはあの憎たらしい無気力な神那ニコの顔があった。

 直後、垂直に振る黄緑色の光が僕の視界を覆った。

 

 

~氷室悠視点~

 

 

 参ったね……。

 本当に……本当にイイ。凄くイイ! 凄く凄くイイ!!

 ボクは蝙蝠(こうもり)の魔物と化した身体で低空飛行しながら、標的を追い回している。

 標的の名はあきら君によると宇佐木里美(うさぎさとみ)というらしい。赤いパーマの掛かった髪に猫耳を生やしている魔法少女だ。

 

「ひっ……や、やめて、来ないで!」

 

 彼女の恐れを隠さない泣き顔に僕は興奮していた。ボクが付けてあげた傷跡から血を流しながら少しでも距離を取ろうとしている。

 やはり泣き顔はイイ。実に素晴らしいものだ。前に皆で襲撃した時の魔法少女の二人は気丈すぎてつまらなかった。

 こういう怯えて泣き喚く女の子は傷付け甲斐がある。まるで心の壊れる前のボクの妹のようだ。

 あきら君に着いて来て本当によかった。か弱い女の子を堂々と鳴かせて、痛めつけて、あげられるなんて夢のようだ。

 

『イイよ、君。その泣き顔、凄くボク好みだ。すぐにその身体を君の髪と同じ真っ赤に染め上げてあげるから、ねぇぇぇ!?』

 

 ボクは翼を一旦閉じ、再び大きく開いてそこから小さな蝙蝠を複数生み出した。そして、その蝙蝠たちに彼女を襲わせる。

 さらに怯えて悲鳴をあげてくれるかと期待してのプレゼントだったが、それを見るとキッと表情を固めて足を止め、猫の頭の付いたステッキを突き出す。

 

「ファ、ファンタズマ・ビービリオ!」

 

 その呪文が聞こえると、ボクの作り出した蝙蝠たちは動きを一度止め、反転してボクへと向かって飛んで来た。

 そして、あろう事か産みの親であるボクに鋭い牙で噛み付いて、吸血を始めた。

 

『え!? ど、どういう事!?』

 

「やっちゃって、コウモリさん」

 

 ボクの命令を無視し、叛逆してきた蝙蝠たちに混乱するが、蝙蝠たちが宇佐木里美の猫のステッキに合わせて動いている事に気付いた。

 そうか、この子の魔法は敵を操る能力があるのか。

 

『じゃあ、もういいや。役立たずの君らは戻って』

 

 ボクは身体に纏わりつき、血を吸ってくる親不孝な蝙蝠たちを吸収する。

 蝙蝠たちは生まれた時と同じように翼の皮膚に帰っていった。

 血を吸うのは好きだけど、吸われるのは嫌いだ。

 

「あ、ああ……」

 

 他には攻撃に使える魔法はないのか、ボクが蝙蝠たちを回収すると宇佐木里美は逃げ腰に戻ってしまう。

 

「みらいちゃん! ニコちゃん! 助けて!!」

 

『お友達の二人もボクの仲間と交戦中だよ? 君は周りの状況も分からないほど馬鹿なの?』

 

 立ち止まった宇佐木里美と距離を詰め、囁くように教えてあげる。

 ステッキを振り回して、ボクに当てようとするがあまりにも腰が入っていないため、楽々と避けられた。

 相手がこの子でよかった。きっと、この子はプレイアデス聖団の中で一番弱いのだろう。

 トラペジウム征団の中で一番弱いこのボクが、まさかここまで攻勢に出る事ができるとは思っていなかった。

 

『じゃあ、君の血を飲ませてもらうね』

 

「い、いやぁ!?」

 

 薄紫色のワンピースのような衣装の襟元にボクは躊躇なく齧り付く。尖った牙を突き立てて、ジュースをストローで啜るように味見をする。

 牙を通して、流れ込むのは鉄臭いとろみのある真っ赤な液体。

 剥き出しになっている白い肩に噛み口から、たらりと血が流れ出るのが視覚的もボクを興奮させる。

 

『んんーー!! さ、さいっこおおおおおおおおおー! イイよ! 凄くイイ! 君は最高にイイ魔法少女だよおおおおおおおおおお!!』

 

「ひいっ、痛いぃ! 血を吸わないでぇ!!」

 

 宇佐木里美の涙と苦悶の叫びがボクの精神を更なる高みへと導いてくれる。

 視覚も、聴覚も、味覚も共にボクの求めていたものを最高品質で流し込んでくれる。

 まさに絶頂! エクスタシー!! 至上の悦楽!!! 

 脳みそが蕩けるくらいの快楽に見舞われ、有頂天へと舞い上がる。

 だから、聞き逃してしまった。

 その呪文が呟かれるのを。

 

「ファンタズマ……ビービリオ」

 

 身体の自由が一瞬にして奪われる。

 意識はあるのに身体だけが勝手に動き出し、宇佐木里美を噛んでいた牙を引き抜いてしまう。

 

『あ、あれ?』

 

 涙を流している宇佐木里美は恐怖に震えているものの、その瞳だけは暗い輝きに満ちていた。

 ボクはこの光景に見覚えがあった。それは壊れる前の妹がボクの暴力に対して泣き喚いた後に切れて反撃してきた時の光景だ。

 

「ゆ、許さない……アナタ、なんか。アナタなんかぁ!」

 

 ステッキの上部に付いているデフォルメされていた猫の顔が凶悪な形相に変わり、その口を大きく開いた。

 それに合わせて、ボクの顎が自分の腕に突如齧り付いた。

 

『んぐっ!?』

 

 当然、腕には強烈な痛みが広がり、赤ではなく黒い血液が漏れ出す。

 だが、ボクの顎は力を弱めるどころか、その牙をさらに深く突きたてる。

 味覚にはドブ水のような吐き気を催す味が広がった。

 ああ、痛い。まずい。臭い。どうせなら、ボクの血も美味しければよかったのに。

 激痛には耐えられても、この臭みのある魔物化した自分の血だけは耐えられない。

 せっかく、胃に送り込んだ芳醇(ほうじゅん)な血液まで嘔吐してしまいそうだ。

 魔法少女を……侮りすぎた。

 喉奥から競りあがってくる酸味のある胃液を舌の上に感じながら、ボクは自分の迂闊さに後悔をした。

 

 

~力道鬼太郎視点~

 

 

『オッラ! どうしたよぉ、チビガキ! もうこれで終いか?』

 

 俺は魔法少女のチビ……確か、若葉みらいとかいう名前の奴をボコっていた。

 ご大層な物言いのわりに俺にコテンパンにやられて、反撃さえもできやしない。

 

「くっ……お前なんか相手にしてる暇なんかないのにぃぃぃ!」

 

 俺の挑発で激昂した若葉みらいは、さっき突き飛ばした巨大なテディベアを再び動かして、差し向けてくる。

 また、それかと思いながらも俺は巨大テディベアの突進を真正面から腰を落として受け止めた。

 衝撃が身体に伝わり、踏み締めた脚が勢いで後退させられる。

 だが、熊の魔物になった俺はそんな下手くそなブチカマシじゃ倒れない。

 ……なんせ、もっとひどい扱きにあっていたからな。

 唸り声を上げて襲い掛かるデカブツの腰に両手で掴み、重心を一気に脇へと持って行き、上手に投げ飛ばす。

 投げ飛ばされた巨大テディベアは綺麗に弧を描き、俺の真横へと転がった。

 昔からずっとやって見たかった、決まり手――上手投げ。

 四つ相撲の王道とするこの技を俺は今まで決めた事が一度もなかった。

 筋力のないひ弱な身体では投げ技すらもできずに、いいように突き飛ばされるだけだったが、今では違う。

 あきらからもらったこの力のおかげで俺は強くなった。

 もう惨めなサンドバッグ、力道鬼太郎なんかじゃない。

 オルソ。あきらが付けてくれた強者としての俺の名前……暴れ熊のオルソだ。

 ――『悟飯! オメエの出番だ!』

 馬鹿馬鹿しい事だとは自分でも分かる。でも、あいつは……あきらは俺を頼りにしてくれた。

 親にも失望されていた俺にふざけてでも出番だと言ってくれた。

 それが嬉しくて堪らない。

 俺は初めて、誰かに必要とされたんだ。

 だったら……その期待に応えなくちゃないらないだろ!

 起き上がろうとする巨大テディベアを思い切り踏み付けて、若葉みらいを睨む。

 

『てめえはドラーゴたちの元には行かせねぇ。俺がここで始末してやるよっ!』

 

 右腕に力を込め、それを握る。

 手のひらの先に自分の中のエネルギーが集まっていくのが感じられた。

 このエネルギー……あきらは魔力とか言っていたものは俺たちの意識によってある程度、自由に扱えるものらしい。

 なら、それを球体状にして飛ばして、目の前のチビを消し去ってやる。

 対する若葉みらいも手に持っていた杖を大剣に変化させて構えた。

 あの大剣の強度はどのくらいかはさっき砕いた時に分かっている。どのくらいの力を加えれば折る事ができるか知っている。

 今、手に握られた魔力の塊なら、あの大剣ごと若葉みらいをゴミに変えられるはずだ。

 

「ボクの邪魔を……するなあああああああああ!!」

 

 大きく振りかぶりながら、若葉みらいは飛び上がる。

 その重くて巨大な武器で俺を真っ二つに切り裂くつもりのようだ。

 こいつで決めてやる!

 俺は魔力の球を空中に居る若葉みらいに食らわせてやろうと、振り上げた瞬間――。

 

『ぬぁあ!?』

 

 足の下で踏み潰されていた巨大なテディベアが、小さなテディベアに分裂して、俺の身体に貼り付いてきた。

 

『クソッ、この! 放しやがれ!!』

 

 身体中に貼り付いたテディベアの群れに埋め尽くされて、動きが阻まれる。

 あすなろドーム内のライトに照らされた中で若葉みらいのピンク色の大剣が(きらめ)いた。

 

「消え失せろおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッ!!」

 

 キンキンに響くその叫び声と共に避けられない斬撃が纏わり付いたテディベアごと俺の身体を切り裂く。

 右肩の辺りから左脇腹まで刃が深く食い込み、黒い血液が宙に舞った。

 かなりの深手……いや、これは致命傷か……?

 痛みや苦しみの前に、ただ淡々と脳裏に死の一文字が過ぎった。

 だが、それがどうした。

 

『それがぁ、どおしたああああああああああああぁぁぁぁッ!!』

 

 あきらは俺にこいつを任せてくれた。こいつを倒すのは俺の役目だ。

 たかだか、身体を斬られたくらいで揺らいでいいもんじゃない!

 叫ぶと同時に、俺は額に生えた二本の角を一瞬の長く伸ばした。

 

「かはっ……」

 

 大剣を振り下ろした若葉みらいの胸を俺の真っ赤な角が抉った。

 口元から血を吐き出す若葉みらいを見て、俺はにやりと薄く笑った。

 これなら例え、俺がこのまま朽ち果てたとしてもあきらの邪魔できないはずだ。。

 なあ、あきら……。

 俺はお前の期待に応えられたか?

 花丸くれとは言わないから、せめて三角くらいは寄越してくれよな。

 

 

 *****

 

 

『あーあー。脳みそ、からし明太子みたいになってんぞ? 大丈夫か、これ』

 

 俺は頭蓋骨をかち割られたサキちゃんを見て、客観的描写を口に出した。

 被っていたベレー帽は既にどこかに飛んでいき、かずみちゃんの十字架を模した杖にべっどりと赤い血を付着させていた。

 正直生きているとは到底思えない状態だが、魔法少女はソウルジェムさえ無事ならば不死身なそうなのでこんなんでも生きてるらしい。まあ、グロさ的に女の子としては終わっている気はするが。

 

『ぎ、ぐ、がああああああぁぁ!!』

 

 そして、サキちゃんの頭をジャストミートしてくださった名誉あるかち割りガールのかずみちゃんはイーブルナッツの影響で絶賛暴走中で何やら意味不明な叫び声をあげている模様。

 うんうん、元気があって大変よろしい。女の子はそのくらい活発な方が男の子に持てるよ!

 竜の姿で腕組みをして、俺は頷いているとこちらを視認したお目々がアレなかずみちゃんは有無を言わさず、飛びかかってきた。

 ……やだ。この子怖い。これだから最近の中学生はキレやすいって言われるんだよ。

 袈裟懸けに振るわれた十字架を模した杖が俺にも到達しようという時、俺とかずみちゃんの間に一人の少女が割って入る。

 

「お前の相手はアタシだよ!」

 

 颯爽と出てきたその少女は片手に持った拳銃の側面でかずみちゃんの杖を受け止める。

 

『俺の嫁ユウリたんキターーーーーーーー!』

 

 金髪ツインテールのいかにもテンプレツンデレっぽい容姿をした少女の名前はユウリちゃん。本名杏里(あんり)あいりちゃん。

 かずみちゃんの十字架を模した杖を拳銃で弾いて振り払うと、俺に振り返って怒り出した。

 

「だ、れ、が、お前の嫁だ! ボケが!」

 

 衝撃の事実! ユウリたんは俺の嫁ではなかったらしい! 凄くどうでもいい!

 

『ほら、馬鹿なこと言って余所見してると足元救われるよ?』

 

 何一々反応してるのこいつ的な冷めた眼差しを向けると、かなり釈然としない表情をしながらも無言でかずみちゃんに向き直る。

 かずみちゃんは、ぎゃおぎゃお言いながら、無鉄砲に突っ込んで来た。

 俺はというと戦いの方はユウリちゃんに任せて、イーブルキッチンの舞台の上で転がっているサキちゃんを掴んで拾っていた。

 

『おーい。大丈夫ー? 起きないとその明太子みたいになってる脳みそをパスタと()えて食べちまうぞ?』

 

「…………」

 

『え? マジでいいの!? 無言の肯定として受け取るよ?』

 

「…………」

 

 再三、サキちゃんに尋ねるが、彼女は俺に何も言わず青白い顔で虚空を見上げている。

 その胡乱な瞳を眺め、俺は彼女の意思を汲むべく優しく頷いた。

 

『よっし! ユウリちゃん、パスタどこにある?』

 

「ある訳ないだろっ!? 馬鹿か、お前は!?」

 

 かずみちゃんの攻撃をかわしつつ、俺の方に振り向いて叫ぶ。

 ……何だよ。イーブルキッチンとか自分で言っていたくせにパスタもないのかよ。ガッカリだな。

 

『キッチン名乗るなら、パスタの一袋くらい置いとけよ。マジガッカリだわ』

 

「皮肉で名付けただけで別に本気で料理作る気なんてないんだよ! ……クッ」

 

 一々俺とアホなやり取りをしていたせいで地味に苦戦し始めたユウリちゃん。

 さらに茶々を入れて楽しもうとした俺だったが、手に持ってぶらぶらさせていたサキちゃんの身体がぴくりと動いたことに気付き、悪ふざけを止める。

 よくよく見れば、かき混ぜられた納豆のようにグチャグチャになっていた頭蓋の内容物が次第に原型を整え始めていた。

 魔法少女って凄い……俺は本当にそう思った。

 

『ぎゃん!?』

 

 俺が魔法少女の生態に寺生まれのTさんストーリーに登場する語り部並みのトーンで驚いていると、暴走したかずみちゃんがいつの間に這い蹲っていた。

 ユウリちゃんが強いのか、かずみちゃんが弱いのか、あるいは両方か分からないが決着は着いたようだ。

 

「かず、み……ぃ」

 

 未だに脳チラをかましてくれているサキちゃんがか細い声でかずみちゃんの名前を呼んだ。

 流石の俺もゴキブリ以上の生命力に気持ち悪さを覚えて、かずみちゃんが倒れている方にぶん投げる。

 

『うわ、マジで生きてるのかよ……まるでゾンビだな。アンブレラ社呼んで来い』

 

 オリンピックのアイススケートの選手もかくやというレベルの空中スピンを見せ付けながら、サキちゃんはイーブルキッチンの舞台の上で投げ出された。

 そんなボロ雑巾以下の扱いを受けてなお、サキちゃんは這いながら健気にもかずみちゃんの傍に寄り添う。

 

「か、ずみぃ……」

 

「うッ……、あなたは、誰?」

 

 サキちゃんに手を添えられたかずみちゃんは痛め付けられたショックのおかげか、正気を取り戻して彼女に問いかけた。

 かずみちゃんは記憶喪失だから、サキちゃんのことは当然覚えていないようで、感動の名場面にはならなかった。もっとも、本当に記憶を失う前のかずみちゃんがサキちゃんと面識があったのかは俺は知らないが。

 何にせよ一つ確実な関係性があるとしたら、「今さっき、頭かち割られた被害者」ってことくらいだ。

 しかし、サキちゃんはそんなことに気にした様子はなく、ただ優しくかずみちゃんを抱き締める。

 

「だい、じょう……ぶ。君がわた、しの事を忘れ……ても私、は忘れない……から……」

 

『その子ね、アンタを助けに来てくれた仲間の魔法少女らしいよ?』

 

 少し不憫に思えてきたので、俺はサキちゃんに助け舟を出してあげる。

 何て優しいんだ、俺。やはり天使か。いや、もはや大天使! 大天使アキラエル降臨!!

 

「私の、仲間?」

 

『イエース』

 

 意識が朦朧としているのか、かずみちゃんは明らかに敵側の俺に尋ねてくる。無下にする理由もないので頷きながら肯定した。

 

「そっか。もう覚えてないけど、あなたも海香やカオルみたいに私の仲間なんだね。助けに来てくれてありがとう」

 

「かず、みぃ……」

 

 感極まってサキちゃんは涙を流してかずみちゃんに縋り付く。かずみちゃんもそれに対して抱擁を返した。

 良かったね。あれだけ気が触れたように「かずみかずみ」と連呼していたのが報われたな。

 二人が組んず解れつの桃色ガチレズフィールドを展開しつつあった時、それを見ていたユウリちゃんが唐突に弾けたみたいに笑い声を上げた。

 

「仲間? 仲間だって? あはっ、あははははははははははははははっはははははははははは!!」

 

 『仲間』というフレーズが大変つぼったようでユウリちゃんは徹夜三日目くらいのハイテンションで大爆笑をする。お笑いバラエティのサクラとしてやっていけそうなほどの見事な笑い声だった。

 

「お前ら、本当に都合がいいな! アタシの事は……このユウリの事は簡単に殺したくせに!」

 

 狂気の笑みから一転、激情に満ちた形相で地べたに横たわる二人に二挺の拳銃をかざす。

 そこでようやく、サキちゃんはユウリちゃんの顔を視認して、驚きに満ちた表情を浮かべた。

 

「その、顔……そん、な馬鹿な……」

 

「殺した奴が出てきて驚いたって顔してるな……そうだよ。アタシはお前たちに復讐するために帰ってきたんだ! プレイアデス!!」

 

 女の子がしてはいけない領域の顔芸を晒して、ユウリちゃんはかずみちゃんの頭へ目掛けて弾丸を放つ。

 俺はそれを「この子、テンションたっかいなぁ。頭おかしいんじゃないの?」とぼんやり思いながら見届けていた。

 




随分期間が空いてしまいました。
今回はあきら君以外のトラペジウム征団の面々を書いてみました。
魔法少女側も強いんだよという事を描くために最終的に負けているのはご愛嬌。
これで普通に勝ってしまったら、物語が終わってしまうので……。
でも、書いていて一番楽しいのはあきら君でした。

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