魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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前回までのアキラノ・ワールド

群馬県にある市立あすなろ中学校に通う少年旭たいちは、不健康なくたびれた顔と内向的な性格から、幼少期の頃よりいじめや嘲りの対象となり、辛い日々を送っていた。
いじめは中学に入学してからも収まらず、たいちはままならない現実を呪いながら学内ローカルネットの片隅に設置されているスカッシュゲームのスコアを伸ばすだけの日々を送っていた。
そんなある日、たいちは副生徒会長を務め周囲から羨望の眼差しを受ける美貌の下級生下衆雪姫・一樹あきらから謎めいた言葉を告げられる。

「もっと先へ――『邪悪』したくはないか、先輩」

戸惑いながらも下衆雪姫の誘いに応じたたいちは、有線直結通信で謎のアプリケーションソフト「ブレイン・バースト」をインストールされる。それはニューロリンカーの量子接続に作用し、思考を一千倍に邪悪にするという驚くべきアプリケーションだった。

こうして、ブレイン・バーストのプレイヤー「バーストリンカー」になったハルユキは、デュエルアバター「オーカー・ヘッジホッグ」を操り、もう一つの世界である「邪悪世界(アキラノ・ワールド)」で繰り広げられる戦いに身を投じてゆく。


第十話 最高のスパイス

 日が落ちて数刻、街灯が点き始めた夜の街を見下ろして俺は風を全身で浴びていた。

 実に清々しい気分だ。溜めていた精液を盛大にオナニーしながら、人通りのある通行路へぶち撒けたような爽快感がある。

 実際に試したことはないが、きっとそれと同じぐらい気持ちいいはずだ、多分。

 黒い竜の姿になった俺は翼をはためかせて、かずみちゃんたちが三人で暮らしている目的地の御崎邸の上空へとやって来ていた。背中にはユウリちゃんとサヒさんが乗っている。

 傍には紺碧の蝙蝠になったひむひむが後ろ脚でリッキーを掴んで俺と同じように飛んでいた。

 余談だが、俺が格技場ごと着替えの制服を燃やしてしまったせいで、リッキーは今までマワシだけしか身に着けていなかった。とんだ変態露出野郎である。

 今は俺の服を貸してあげているので、ようやく露出狂の汚名を返上できていた。

 

『準備はいいですか? サヒさん、いや……ポルコスピーノ』

 

 これから魔物態になった時は、かずみちゃんたちの前で本名で呼び合う訳にもいかなくなるからトラペジウム征団の皆にはコードネームを付けてもらっていた。

 サヒさんはイタリア語で針鼠という意味の『ポルコスピーノ』。

 ひむひむは吸血蝙蝠という意味の『ヴァンピーロ』。

 リッキーは熊という意味の『オルソ』。

 そして、俺が竜という意味の『ドラーゴ』。

 何でイタリア語なのかと問われれば、カオルちゃんと海香ちゃんが技名をイタリア語で付けていたのでそれに合わせてみた。まあ、あえて言うなら彼女たちに対する皮肉みたいなものだ。

 

「うん、いいよ。ちょっと怖いけど……ワクワクするね。あき……じゃなかった、ドラーゴ」

 

 首だけ曲げた俺の横目には不健康そうな顔には生気に満ちた笑顔が見えた。

 サヒさんは今から行う襲撃に対して興奮しているようだ。結構結構。真っ当に人としての道を踏み外してくれているようで俺としては大変嬉しい。

 俺の背からぴょんと飛び降りて、真下にある御崎邸へと急速に落下していく。

 風圧に身を委ね、身体を大の字に広げたサヒさんは急降下しながら黄土色の針鼠の魔物へと変化していった。

 

『ヴァンピーロ、そろそろ……』

 

『任せて、ドラーゴ君。―――――――――――――――。』

 

 俺の合図の声に合わせてひむひむは顎を大きく開いて、喉を振るわせる。その瞬間、周囲から一切の音が消失した。

 無音の中、サヒさんは空中でくるりと身体を丸めて棘だらけの球体へとなると、そのまま位置エネルギーをその身に宿し、真下に広がる豪邸の屋根に大きな風穴を開けた。

 屋根をぶち破った穴からは屋根の破片と共に凶悪な剣山の球体が突入していくのがありありと見えた。

 しかし、その際に聞こえるはずの轟音はまったくと言っていいほど聞こえなかった。これはひむひむのおかげだ。

 蝙蝠になった彼が発する超音波は一時的に音を消すことができるのだと言う便利なもの。

 サヒさんが落下する直前に放った超音波はその衝撃音を完全にシャットアウトしていた。

 もしも周りに隣家があるならば、巨大な物体が落下した時点で警察に通報が通るのだが、御崎邸は住宅街から離れた位置にあるため、隣接する民家はない。

 豪邸なんぞに住んでいるからこういう目に合うのだ。三人とも、もっと地域の人たちとコミュニケーションを取るべきだったな。

 御崎邸では音もなく、屋根を破壊してきた針鼠の襲来にてんやわんやしていることだろう。ようやく聞こえ始めてきた声に耳を済ませてそう言った。

 サヒさんが無事、突入し終えたのを見ていると、ひむひむに肩を掴んでもらっているリッキーが不敵な表情で言った。

 

「それじゃ、次は俺だな。ヴァンピーロ頼むぞ」

 

 変態マワシ男、もとい、リッキーはひむひむにそう頼む。

 それを受けて、ひむひむはこくりと頷いた。

 

『分かった。ちょうどポルコスピーノさんの真上に落とせばいいんだね?』

 

「俺が串刺しになるだろ!?」

 

『駄目なのかい!?』

 

「何驚いてんだよ、お前!? 当たり前だろッ!」

 

 ボケとツッコミの応酬を繰り広げていたひむひむとリッキーだったが、俺の背中に居るユウリちゃんが早くしろと冷めた目で睨んでいたため、茶番を終了させた。

 ひむひむもリッキーの弄り方が分かってきたようだ。あとで花丸をあげよう。

 ひむひむは掴んでいたリッキーを離すと、サヒさんと同じように重力に従って落下して行った。

 朱色の熊に変貌して、サヒさんが落ちた地点より少しずれて、屋根を突き破る。その際にひむひむの発した超音波でまた周囲が無音になった。

 音が回復すると俺はユウリちゃんを背に乗せたまま、ひむひむと一緒に下へとゆっくりと降りて行く。

 

『さーて、それじゃ、俺らも楽しむとしますか』

 

『乙女の血をこの目で見られると思うと……ボクもう想像しただけで果てちゃいそうだよ』

 

 にやにやと牙を剥き出して笑う俺と、気色の悪い舌なめずりをするひむひむに呆れたように溜め息を吐いた後、低い声でユウリちゃんが言った。

 

「言っとくけど、かずみはアタシの獲物だからね。……邪魔したらお前らでも容赦しないよ」

 

『分かってるよ、そんくらい。なー、ヴァンピーロ』

 

『うんうん。ボクたちだって理性のない獣じゃないんだから。ねー、ドラーゴ君』

 

 信用できないと言わんばかりのじっとりした目を向けられながらも、トラペジウム征団社交性ある組の俺らは愛想笑いを浮かべた。

 納得はできていないが仕方ないといった風に俺の背から降りたユウリちゃんは窓の方から家の中へと侵入して行った。

 かずみちゃんの部屋に向かったのだろう。騒ぎに乗じてまた攫っていくつもりらしい。どんだけあの子に執着しているのやら。

 まあ、そんなことは置いておいて、俺らは俺らで楽しむとしますかね。

 俺はサヒさんが空けた穴から、ひむひむはリッキーが空けた穴からそれぞれ中へと入って行った。

 穴は双方ともに二階はもちろん、一階の床にまで続いていて、滅茶苦茶になったリビングがその無残な様を見せていた。

 そこでは魔法少女になった海香ちゃんがサヒさんと、カオルちゃんがリッキーと対峙していた。

 ちょうど海香ちゃんとカオルちゃんは背中合わせに二人、いや二体に挟まれている。

 

「どういう事!? 魔女が二体も……私たちを狙って来たっていうの!?」

 

「しかもこの前に取り逃した奴でもかずみを殺そうとした女刑事さんでもない……はっ!? 海香! ここは私に任せてかずみの方に行って!!」

 

 カオルちゃんは海香ちゃんに中高生なら人生で一度は言いたくなる台詞、『ここは自分に任せて先に行け』を言っていた。

 友達を安否を確認するために一人で敵を迎え撃つ。何と熱い展開。胸が沸き立つぅ!

 

「でも、それじゃカオルが……」

 

 カオルちゃんを気遣う海香ちゃんに、彼女はウインクを一つした。

 

「心配しないでよ。私が頑丈なの知ってるでしょ?」

 

 痺れる台詞だ。実に格好がいい。だが、無意味だ。

 なぜなら、敵は二体ではなく、四体に増えるから。

 

『浸ってるところ悪いんだけど、俺らも混ぜてくんない?』

 

『仲間外れは悲しいからね』

 

 ドラマチックなやり取りをしている二人の前に俺とひむひむはぬらりと姿を現す。そして、すぐに四方から囲むように陣形を組み、二人を逃がさないように構えた。

 

「なっ、魔女が四体に!」

 

「これじゃ、かずみのところに行けない……!」

 

『俺たちを倒してから行けばいいだろ? お姫様の元に向かうにはいつだって魔物を倒さないといけないもんだぜ?』

 

 からかい混じりの口調でそう言うと、好戦的なカオルちゃんはそれに乗って来てくれた。

 怒りのこもった笑みを浮かべて俺の方を獰猛な視線を投げ掛ける。

 

「ああ、そう。じゃあ、遠慮なく……海香!」

 

 俺に向かって飛びかかって来るかと思いきや、海香ちゃんに声を掛けた。

 海香ちゃんは手に持っていた分厚い魔導書のような本を開いて掲げる。

 そうすると、カオルちゃんの頭上に万年筆を数本円を描くように並べたような模様の魔法陣が浮き上がった。

 前に見た魔法とは違うようで俺は警戒しながら、サヒさんに号令を飛ばす。

 

『ポルコスピーノ! 奴の動きを止めろ!』

 

 声に合わせてすぐさま、大針がカオルちゃんを串刺しにしようとサヒさんの背中から放たれる。しかし、それも間に合わない。

 

「ロッソ……」

 

 跳んで魔法陣を潜り抜けたカオルちゃんは――。

 

「ファンタズマッ!!」

 

 ――何と四人に分身した。

 またもイタリア語と共にそれぞれ四方に別れて俺たちに飛び蹴りを放つ。流線型の見事なフォームでなおかつキレのある蹴りだ。

 事実、ひむひむとリッキー、避けることもできずに腹部に直撃した。この中では一番体重の軽いひむひむは吹き飛ばされて壁に激突する。リッキーの方は身体を仰け反らしただけで済んだがかなりモロに食らったようだ。

 針で覆われている針鼠のサヒさんは身体ではなく、顔面を蹴り付けられて(ひる)んでいる。

 俺はと言うと、即座に尻尾を俺の方に飛んでくるカオルちゃんの足に巻きつけて地面に叩き付けた。その際に表情を僅かに歪めたことから、このカオルちゃんが本体だと気付いた。

 当たりか。きっと俺の日頃の行いがいいからだろう。

 その隙に海香ちゃんがひむひむが抜けたところから、するりと抜け出す。上手い連携だ。ちゃんとカオルちゃんとの意思疎通が取れている。

 だが、まだ甘い。

 俺は尻尾で絡め取ったカオルちゃんを離脱しようとする海香ちゃんに投げ付ける。

 

「!? 海香、避けて!!」

 

「え!?」

 

 脇目を振らずに走り出したせいでとっさの判断が追い着かず、カオルちゃんとぶつかり床を転がる海香ちゃん。

 駄目だねぇ。お友達なんだからちゃんと受け止めてあげないと。

 体勢を立て直す前の二人に向かって、火炎の息吹を吹き付ける。

 

「くッ……」

 

 小さく海香ちゃんの声が聞こえた。

 炎を吐きながら、横目でカオルちゃんの分身がどうなった確認する。

 リッキーはその強靭な両腕で分身の一人を握り潰している。

 

『こんの、クソ女がぁ!!』

 

 腹を蹴られたのがよほど頭に来たようで目を見開いて強暴な顔を見せていた。元の優しい森のクマさんに戻ってほしいところだ。

 

『…………』

 

 サヒさんの方も無言ながら、静かにキレているようで床に倒れ込んだ分身に針を降り注いでいる。

 吹き飛ばされたひむひむは無事復帰して自分を蹴り飛ばした分身の肩に噛み付いている。だが、分身は血液を流してくれないので不満そうに顔を(しか)めていた。

 皆、それぞれ分身を倒して消滅させると、俺は炎を吐くのを止め、魔法少女の二人が上手にこんがり焼けているのか確かめる。

 

「はあはあ……」

 

 火炎が収まるとそこには周囲を光のバリアのようなもので覆っている海香ちゃんが見えた。その右手には魔導書が掲げられている。

 彼女の後ろにはカオルちゃんが肩膝を突いて座っていた。

 丸焦げになる前に海香ちゃんが炎を防ぐ魔法を使ったらしい。

 

『やるじゃない』

 

 それでこそ、殺し甲斐があるというもの。これで燃え尽きてたらそれこそ興醒めだ。

 にんまりと笑う俺の脇にひむひむたちが立つ。

 

『ドラーゴ。ここは俺にやらせてくれよ! あのオレンジ髪の女、サンドバックにしてやる……』

 

 怒気を隠さずに俺に頼むリッキーに俺は少し考えた後、許可を出した。

 本当は俺が可愛がってあげたかったのだが、ここは素直に譲ってあげるのが大人だ。

 

『分かった。じゃあ、あのオレンジ髪の魔法少女はオルソとヴァンピーロが、あっちの紺色の髪の魔法少女は俺とポルコスピーノが担当ってことで』

 

 頷くや否や、各々が目の前の獲物に飛びかかる。

 リッキーがその大きな腕を振るい、張られたバリアをガラス細工のように砕くと海香ちゃんは悲鳴を上げた。

 こうまであっさりとバリアを突破されるとは思っていなかったようで、瞬時の反応が遅れたカオルちゃんの頭を掴み、壁際に投げ飛ばす。

 

『さっきの蹴りは痛かったぞ、この(アマ)!』

 

「うるさい。この熊公め」

 

 身体を捻って空中で体勢を変え、壁を蹴ってカオルちゃんは逆にリッキーの元へと跳ね返ってくる。

 飛んで火に入る夏の虫とばかりに拳を弓のように引き絞るリッキーだったが、それを予想しないほど魔法少女は甘くはなかった。

 

「カピターノ・ポテンザ!」

 

 両腕をクロスさせるようにリッキーへ向けるとその腕を肘から鋼のグローブに変化させる。

 リッキーの拳に付いた頑強なカギ爪と鋼のグローブが衝突して、鈍い衝撃音が響いた。

 ダメージがより大きかったのは……。

 

『ぐおおお……俺の爪がぁ!!』

 

 リッキーの方だった。

 カギ爪がへし折れて、黒い体液をだらだらと流している。硬度の高さならカオルちゃんの方が上だったようだ。

 しかし、カオルちゃんの方も全力の拳を受けて、今度こそ壁に叩き付けられた。勢いが強すぎたせいか、背中が壁にめり込んでいる。

 

「がふっ……」

 

 床に膝を突いて咳き込んだ後、何ごともなかったかのように立ち上がり、挑発的にリッキーを睨み付けて、鼻で笑った。

 

「力自慢のわりにはそこまで大した事ないんだね、あんた」

 

 だが、カオルちゃんは一つ失念している。相手はリッキーだけだはないことを。

 リッキーがカオルちゃんを投げ飛ばすのと同時に天井に張り付いて、機会を(うかが)っていたひむひむが致命的に油断したその背中へと飛びか掛かった。

 

「なっ……!」

 

『ボクをお忘れかな、お嬢さん』

 

 絡み付くように抱き突いて、首筋にその長い牙を突き立てる。深々と皮膚を突き破って牙は陶器のように白い肌から赤い血を流させる。

 

『う~ん。乙女の血はやはり美しく……そして何より(かぐわ)しい。これだよ、ボクが求めていたものは!』

 

 血液を吸い出しながら、器用にも喋るひむひむ。ちゅぱちゅぱと微妙に汚い音を立てながら実にご満悦の様子だった。

 クラスメイトの血を啜って興奮する変態男子中学生とは業が深い。こいつが日本の明日を背負っていくと思うと未来はお先真っ暗だ。

 

「カオル!!」

 

 お友達の大ピンチに駆け寄ろうとする海香ちゃんの行く手を俺とサヒさんが阻む。

 

『おっと、お嬢ちゃんの相手は俺たちだ。無視しちゃ嫌だぜ?』

 

 歯噛みしつつも、海香ちゃんは魔導書を開いて応戦しようとする。流石は魔法少女、戦意は衰えていないようで安心した。

 サヒさんは針を飛ばすことだけでは倒せないと悟り、今度は身体を丸めて、針の大玉となり、まっすぐに転がって行く。

 

「今度は押し潰す気? ……お生憎様(あいにくさま)、私だって後方支援しかできない訳じゃないのよ」 

 

 海香ちゃんは攻撃方法が変わったことに戸惑うが、すぐに魔導書を槍状に変化させ、転がる剣山の塊を受け止める。

 しかし、それは悪手だ。素直に避けるか、またはその槍で往なせばよかったものを。

 

『ポルコスピーノ、……フィナーレだ』

 

 俺の合図に従い、丸めた背中に生やした針を全て前方に向けた。海香ちゃんは何が起ころうとしているのか察して、急激に青ざめ、離脱を試みるがもう致命的に遅すぎた。

 サヒさんは超近距離で大針の一斉射撃を撃ち出す。

 苦痛の針の弾丸は修道服に似た海香ちゃんの衣装を抉り、その下の肉すらも削り取っていった。

 彼女たち風に言うのなら、差し詰め『最後の針(アクーレオ・フィナーレ)』とでも言ったところか。

 

「あっっぐうっ……!!」

 

 掛けていた眼鏡が砕けて、床にぽとりと落ちた。

 海香ちゃんの左目には深々と針が突き刺さっていて、非常に痛ましい様を露呈していた。

 俺はあまりにもそれが可哀想なので……。

 

『うりゃ!』

 

 カギ爪を突っ込んで、もう片方の目も抉り取ってあげた。

 

「あ゛あ゛――!!」

 

 今まで聞いたことのない濁った声で叫びをあげて、自身の血で汚れた床を転げて悶える。

 その度に身体に突き刺さった針がさらに深く皮膚へ沈んでいく。

 何という悪循環。これぞ、悪循環の理。

 

『喧しい!』

 

 比較的針の刺さっていない頭を踏みつけて黙らせる。

 女の子がそんなにはしたない声を出してはいけません。レディたるもの悲鳴もお上品にいかないと。

 

「海香からその汚い足を退けろぉぉ!」

 

 カオルちゃんが怒り狂って、背中に貼り付いたひむひむに肘鉄を食らわせてこちらに駆けて来る。顔に見事に肘が入り、牙を折られてぐらりと身体を揺らす。その顔には「これはこれで」というマゾヒズムが見え隠れしていて、実はあまりダメージにはなっていないようだ。

 しかし、怒りに燃える彼女の脇腹を長く伸びた二本の何かが刺し貫いた。

 

『何、シカトしてんだよ! お前ぇ!!』

 

 それはリッキーの額から伸びた二本の角だった。脇腹に刺さったそれは明らかに内臓までも届いていた。

 

「クソっ、お前に構って――られないんだよ!」

 

 脇腹を貫いている角を掴み、カオルちゃんは力を込めて握り締める。手が震えるほどの力で握られた角はミシミシと音を立て、握り潰された。

 いくら魔法少女とはいえ、女の子の握力で握り潰されると思わなかったリッキーはしばし唖然とする。

 そこがリッキーの最大のミスだった。

 意識の間隙を突かれたリッキーにカオルちゃんの渾身の蹴りが炸裂する。

 

『うごぉぉ!?』

 

 その巨体をくの字に曲げ、壁を壊しながら後ろへと倒れ込む。

 でかい図体して情けないと言いたいところだが、俺もカオルちゃんの頑張りにはびっくりしたので彼のことをとやかくは言えない。

 俺は動かなくなった海香ちゃんをもう一度踏み付けてから、それをサヒさんに任せて、カオルちゃんの方へ飛びかかる。

 

『いいねぇ、お友達の危機に友情パワーでも目覚めちまったのかなぁ!?』

 

「お前ぇ!!」

 

 地面を踏み切って加速したカオルちゃんは俺にも飛び蹴りをかまそうとする。

 タイミング、角度、スピード、技のキレ、何を取っても今まで最高の蹴りだが、如何せんワンパターンだ。

 予測できた攻撃に脅威はない。

 俺はそれを大口を開けて待ち構える。

 衝撃と共に口内へと押し入り、激痛を味わいながら、文字通り蹴りを食らわせられた。

 

『良い蹴りだわ、本当に』

 

 歯の幾本かは欠けてしまったが、しっかりと挟み込んだ下顎と上顎で彼女の足を噛み締める。

 

「あっづ!! 離せぇ!」

 

 自分からプレゼントしておいて離せとは酷い話だ。俺はもらったものは大抵壊して返すと決めている。今回もそのスタンスを通させてもらう。

 引き抜こうとするカオルちゃんの足を骨ごとチョコスティックのように食いちぎる。

 形容できない悲鳴をあげて床へ落ちたカオルちゃんの右足は、膝から下が歯型と共に消失していた。

 涙をこぼす彼女の顔には痛み以上に絶望の色が濃く出ている。もう大好きなサッカーができなくなってしまったからだ。

 小説家の海香ちゃんは目玉を失い、サッカー少女のカオルちゃんは利き足を失う。

 なんて可哀想な二人なんだ。

 哀れ極まりない。

 こんな救いのないことがあっていいのか。

 俺は彼女たちに同情の目を向けて、口の中のお肉を噛み締める。

 いやー、本当に悲鳴と苦痛の嘆きは最高のスパイスだぜ。

 




今回はちょっとバトルを書きました。一人称だと周りの俯瞰が難しいです。
ウチの下衆雪姫の人間性は本当に最悪の人間ですね。

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