魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第五十六話 デウス・エクス・アキラ

 最悪とは常に更新され続けるものなのだと、俺はここに来たようやく実感した。

 今、目の前に立つ存在は、ヘスペリデスの宵の中で感じた絶望感を過去のものに変えた。

 神の領域にまで昇華したあきら。奴こそ真の最悪だ。

 剥き出しのイーブルナッツになった俺には、その恐ろしさが一層理解できた。

 大きさであればヘスペリデスの宵とは比べ物にならない程に小さい。だが、放っている魔力の総量はあれの比ではない。

 もしも人としての肉体があったなら、目視した段階で膝を突いてしまっていた事だろう。

 

「どうした? もう攻撃しねーのか?」

 

 概念化したあきらは不思議そうな顔で尋ねてくる。

 挑発ではない。純粋な疑問を投げかけて来ているだけだ。

 かずみの怯えが俺に流れ込んでくる。こんなものを見せられて恐怖を覚えない存在は居ないだろう。

 だが、立ち止まる訳にはいかない。これ程の力を得た奴が、それを振るわずに居る事は不可能だ。

 

『かずみ。あの頭上に浮いている輪を狙うんだ! そこが奴のソウルジェムだ!』

 

「う、うん! 分かった!」

 

 背中のケーブルに連なるジェムたちから魔力を最大限に引き出し、クレーターの中央付近に居るあきらの元へ加速。

 空間に縫い留められた十字の杖を再び掴み取り、ヘスペリデスの宵を打ち破った最強の魔法を顕現させる。

 

「マギーア……」『フィナーレッ!!』

 

 三十のソウルジェムから集めた魔力で大鎌の刃を形成し、棒立ちしている奴の輪へと振り下ろす。

 筋力増強、速度加速。ソウルジェムの持ち主が持っていたあらゆる身体強化の魔法をかずみに発動している。

 ヘスペリデスの宵を撃破した時以上に威力を上げた必殺の一撃。

 玉虫色に輝く光の刃の尖端は、あきらの輪を穿つように接触し……。

 ——砕け散った。

 千々に砕けた魔力の欠片は、宙を舞って空へと消えていく。

 砕けたのは天使の輪(やつ)、ではない。

 大鎌の刃(おれたち)の方だった。

 

『なッ……』

 

「そんな……」

 

 超弩級の戦艦並みの巨体を切り裂き、雨雲さえ二つに割ったその一撃は、微動だしていないあきらに掠り傷一つ付ける事もできずに終わった。

 奴が何らかの魔法で防いだか、あるいは肉体を動かし止めていたなら、納得もできただろう。

 しかし、奴は文字通り指一本動かす事はなかった。

 ただのんびりと見ていただけだ。

 単純に奴の輪の強度が、大鎌の刃を遥かに上回っていた。それだけに過ぎない。

 杖を振り下ろした姿勢で硬直していた俺たちを、奴は呆れたように眺めて言う。

 

「俺の『天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)』は魔法少女共の()()()()()()()()()()ソウルジェムとは違うぜ? その硬度は地殻やマントルよりも更に上だ。地球を輪切りにできる程度の威力がなきゃまず削れもしねーよ」

 

 残った鎌の柄、十字の杖を人差し指でそっとなぞる。

 それだけで、杖は粉々に分解され、奴の天使の輪へと吸収されていった。

 かずみは咄嗟(とっさ)に後退して、追撃を避けるが、奴はそれ以上何もして来なかった。

 ただ少しだけつまらなそうに溜め息を吐く。

 

「こんなモンか。まあ、確かに魔法少女レベルじゃあ強い方だな。本来の未来でインキュベーターと契約したかずみちゃんよりも上等だ。流石に三十人分も集めれりゃ、強い因果を持つ魔法少女も越えられて当然だろうけどな」

 

 俺は圧倒的な天使の輪の強度よりも、その言葉に違和感を持つ。

 本来の未来、だと? かずみは俺のオリジナルが生きていた未来ではキュゥべえと契約を果たし、自分自身のソウルジェムを得て、本当の意味で魔法少女となった。

 だが……それを奴が知るはずがない。あれを知っているのは俺とその記憶を読んだカンナだけなのだ。

 

『お前、その事実をどうやって知った!?』

 

「ん? ああ、そっか。俺が何で本来の未来を知ったのか気になんだな? 簡単だ。今の俺はこの世界以外の並行する世界をすべて観測できる。正しく表現するならアンタが居た未来は、上書きされたこの時間軸の裏側に残存する時間軸だから並行世界にはカウントされないんだが……あー、馬鹿だから分かんないか。ま。俺が全知全能になったからとだけ言っとく」

 

 途中で説明を放棄したあきらは己を全知全能と豪語する。

 嘘だと思いたいが、そうでなければ、今では俺以外に知る者の居ない未来を言い当てる事はできない。

 概念化を果たした奴は、本当に神へとなったのか……。

 あまりにも格が違い過ぎて、かえってその実感が湧いて来ない。

 だが、奴の次の言葉を聞き、俺は跳び上がりそうな衝撃を受けた。

 

「そうだ。蠍野郎……いや、残火か。アンタには感謝してるぜ。アンタのおかげで俺は神へとなれたんだ。結局、そいつも()()()が弄った運命なんだけどよ」

 

『何を、言っている……?』

 

「決まってんだろ? この概念化した俺が、イーブルナッツになったアンタをこの時間軸に送り込んだ。鶏が先か卵が先かみてーな話だが、こりゃマジだ。考えてもみろよ、『オリオンの黎明』の破壊光線がいくら強力でも時間を逆行させる性質なんざある訳ねぇだろ?」

 

 こいつが……このあきらが……俺を過去へと戻したのか。

 だとすれば、俺はずっとあきらの手のひらの上で転がされていたという事になる。

 やっと奴の出鱈目さが実感として認識できた。これはもう俺たちの手に負える話ではない。

 神となったあきらは、時間という概念すら容易く操れるという事だ。

 

「そんな、じゃあ、ザンカが今までやって来た事は全部……」

 

「そういう事。この俺を神の座に押し上げるための布石だ。運命という名の俺の計画だった訳だ。しっかし、妙な感覚だぜ。これから及ぼす事が今の俺を作り上げたなんてのは、因果の流れは平面じゃなく、立体的なものらしい」

 

 かずみが戦意を喪失し、地面に膝を落とした。

 彼女もまた奴の強大を感覚的に理解してしまったのだ。

 魔女や魔竜とは戦えても、神には勝てない。その彼我の差を味合わされた。

 

「よし。そんじゃあ、ご褒美をやる。こいつが正真正銘、『神の奇跡』って奴だ」

 

 純白のガウンの袖から突き出した手を広げて、大きく掲げた。

 俺が見たどの魔力の光よりも強い輝きが荒廃した街全体を覆い尽くす。

 空間が歪むほどの凄まじいエネルギーが飽和し、弾けて、掻き混ざる。

 

「う……」

 

『ぬうっ』

 

 突風のような風が渦巻き、かずみは両腕で顔を庇う。

 しかし、俺は見た。それをその輝きが起こす奇跡の神髄を。

 言葉を発する事さえできなくなる衝撃の光景が辺りに拡大している。

 輝きが薄まった時、かずみもまた目を開いて、その景色を視界に収めた。

 

「え……?」

 

 あすなろ市が戻っていた。

 折れたタワーも、消えたビルも、溶けた住宅街も全て元に戻っていた。

 足元にあった巨大なクレーターはなくなり、しっかりと整備されたアスファルトの大地が復活している。

 けれども、それ以上に驚くべきはその街を練り歩く者たちだ。

 

「人が……街の人たちが生き返った!?」

 

 そう、あすなろ市の住民が俺たちの傍で当たり前のように闊歩(かっぽ)しているのだ。

 彼らは一様に俺たちの存在には気付いている様子はないが、間違いなく生きた人間だという事が感じられた。

 

「認識阻害もついでに掛けといたから、生き返った奴らは俺らを認識できないが、無意識にぶつかる事もない。どうだ、すげぇだろ? 俺がこの街に初めて来た時から今までに死んだ一般人を全員生き返らせてやった」

 

 胸を張ってそう宣言するあきら。

 幻覚かと思わせるほどの大規模な奇跡。だが、五感全てを魔力による認識に切り替えた俺には、この景色が全て本物であると判別できた。

 間違いなく、あきらはこの街の消滅した人々を復活させた。

 凄まじい魔法に度肝を抜かれていた俺とかずみだったが、それより遥かにこの状況に驚愕した者が居た。

 

『……死者の蘇生? あり得ない。こんな事、ボクらの奇跡だって不可能だ。因果律を完全に無視している。まどかにだってこんな奇跡は起こせない……。一樹あきら、君は、一体……何なんだ!?』

 

 感動という生温いものを超え、明らかに畏怖の感情を持ったキュゥべえはあきらを怯えた様子で眺めている。

 あきらが言った感情を持っているという表現もまた事実だったようだ。

 

「そう驚くなよ。今、魔法少女共も生き返らせてやるから」

 

「何が、狙いなの?」

 

「うん?」

 

 戦意を失ったかずみがあきらを見上げる。

 角度的に見辛いがその瞳には明確に不信感が宿っていた。

 それについては俺も彼女と同意見だった。

 あの邪悪を人型に塗り固めた様な、あきらが人の命を蘇生したなど誰が信じようものか。

 何らかの目的があるに違いない。常軌を逸した狂人としての目的が……。

 当の本人はその質問を聞いて、人が変わったような穏やかな表情を浮かべた。

 

「いや、何。俺は思ったんだ。このまま、人が居ない街は寂しいなって」

 

「……本当なの? 本当に心からそう思っているの?」

 

「本当だぜ。だから、全ての一般人を生き返らせた。そして、死んだ魔法少女たちもまた生き返らせてやろうって思ってる。かずみちゃん、アンタの友達やその仲間、俺が全員生き返らせてやってもいいか?」

 

 正しく天使のような笑みでかずみにそう聞いてくた。

 純粋無垢な彼女はぱあっと華のように顔を輝かせて、俺に言う。

 

「ザンカ! あきらもようやく分かったんだよ。人の命の尊さが! 改心して正しい人間に生まれ変わったんだよ! ねえ、あきらに皆生き返らせてもらうよ。それで皆仲良く生きよう!」

 

 かずみの気持ちは分かる。そう思いたいと感じるのは至って自然な事だ。

 この数週間の間に消えていった命が戻ってくればいい。俺も何度となく、そう願って来た。

 だが、俺は知っている。

 一樹あきらという人間の本質を、この世界で最も深く知っているのはこの俺だ。

 

『……あきら』

 

「おう。どうした、残火。ああ、ひじりん……カンナも生き返らせてやるよ。あいりも魔女になって死んだあの子も皆蘇らせてやるから安心しろ。あ、それとも人間としてアンタも復活させてやろうか?」

 

 都合の良い願望を瞬時に言い当て、そう提案してくる。

 キュゥべえなどよりも余程人の希望というものを熟知している。

 けれど、俺には無意味だ。もうその次元に俺は居ない。

 俺の願望など何一つ残ってはいない。

 

『お前の目的を当ててやろう。お前は自分の手でこの街の全ての命を蘇らせ……もう一度跡形もなく、滅ぼすつもりなのだろう! 希望を見せつけた上で、それを根こそぎ奪い取るために!』

 

 それが奴の、一樹あきらという邪悪のやり口だ。

 この男は殺戮や破壊はあくまで手段に過ぎない。それこそがかずらとあきらの根本的な違いだ。

 こいつの目的はいつだって、人の心を弄び、徹底的に絶望させて愉しむ事。

 第一、命の尊さに目覚めた人間が、インスタント麺でも作るように死者を蘇らせる訳がない。

 他者の命を羽毛のように軽いと信じているからこそ、奴は平然と生き死にを操作できるのだ。

 俺がそう看破すると、あきらは首を落として項垂れた。

 慌てたかずみがそれを必死で取り成そうする。

 

「ザ、ザンカ……。今のはあんまりだよ。そんな言い方って……あきらだって本当に今度こそ心を入れ替えて……」

 

「……あーあ。そっか。残念だぜ、残火。アンタ――気付いちまったか」

 

「えっ、あきら?」

 

 項垂れた首を上げると、そこには邪悪な笑みを満面に浮かべた奴の顔があった。

 やはり、これが一樹あきらの本性。改心などという生温い心境の変化は絶対に起きない。

 一から十まで他者を苦しめる事に思考を費やす、異形の精神こそ奴を奴たらしめている原因なのだ。

 前髪を指の隙間で掻き上げ、オールバックに撫でつける。

 

「いや、これはかずみちゃんが花畑なだけか。まったく、魔法少女ってのは、都合の良い奇跡には蟻のように群がる習性がある哀れな生き物だなぁ……。そうは思わねーか、蠍野郎?」

 

 天使の格好をした悪魔がそこには居た。

 

「そ、そんな……、もう一度自分の手で殺すために、わざわざ生き返らせたっていうの……? そんなの、おかしいよ。狂ってる……」

 

『かずみ。これが奴だ。奴が善人になるなど、世界が逆転したとしてもあり得ない』

 

 (おのの)くかずみはそう漏らすが、これがあきらという存在だ。

 その狂気じみた精神性は最初から一ミリも変化していない。彼女は衝撃を受けているようだが、その狂人は凶悪性を隠していただけで共に暮らしている時も同じような事を思考していただろう。

 奴は黄金の翼を広げて上空へと飛び立とうとしている。

 まずい。奴は魔法少女の蘇生を取り止めて、この街を破壊するつもりだ。

 

『かずみ! 俺を武器に変えて投げろ!』

 

「……! うん!」

 

 すぐさまかずみへと指示を出した俺は彼女に一本の槍へと変換してもらい、投擲される。

 魔力を帯びて追尾式のミサイルのように奴を追って空を駆けた。

 相手をするのも面倒そうなあきらだったが、空中で一度止まる。

 ——捉えた。これで……。

 着弾する寸前。純白のガウンの袖が振るわれた。

 槍と化した俺がシルクのように滑らかな布地に触れる。

 それだけで凄まじい爆発が起き、俺は自分の破片を空中にばら撒いた。

 

「弱ぇんだよ、間抜け。概念化した俺はあらゆる魔法が使えるんだ。イーブルナッツの雑魚なんざ話にならねぇ」

 

 金の魔力粒子を振り撒きながら、あきらは大空へと羽ばたいて行く。

 

「あばよ。哀れな乱造品の魔法少女。そして、俺に奇跡をくれた愚かな蠍。ちと速いがこの世界は俺が破壊させてもらうぜ」

 

 

~あきら視点~

 

 

 俺は全速力で雲を突き破り、夜空を抜けて、大気圏外までやって来る。

 別段、逃げたつもりもない。あそこで殺さなかったのは、これから巻き起こす逃れられない絶望って奴を見てもらいたかったからだ。

 あの低レベルの思考の持ち主共は俺が修復したあすなろ市を壊すと思い込んでいたが、それは間違いだ。

 

「俺は壊すのはこの地球。そして、この太陽系全てだ」

 

 宇宙から青い星を眺めて、俺はしみじみと感じる。

 人類史はこの俺という神を生み出すためだけに、存続し続けた。

 世界中の教科書に載る偉人たちも、世の為政者たちも、魔法少女や魔女も、インキュベーターすらも。

 全部、俺という終局点を生み出すために、今日まで生きて来たんだろう。

 この日、この時を以って、俺が哀れな有象無象に終わりと言う名の奇跡をプレゼントしよう。

 背中に生えた黄金の翼を広げる。星々を容易く超えて、膨張する翼は瞬く間に銀河を覆い尽くしていく。

 薄暗い背景に金の色で塗り潰される。

 もっとだ。もっと大きく、もっと強く。

 もっと激しく。もっと丁寧に。

 この時間軸の宇宙が死に絶える姿を見るのは、俺だけ。

 なら、せめて愛を以って壊してやらなきゃあんまりだ。

 だからこそ、最大限の愛を持って、一瞬で何もかも砕き散らす。

 

「俺のための地球。俺のための世界。俺のための宇宙。ありがとう。アンタら最高の玩具だった。次の時間軸に行っても、アンタらのこと……二日ぐらい忘れないからな」

 

 頭の上のエンジェル・ハイロゥがレコードのように回り出す。

 宇宙を包む黄金の翼の、その羽根の先から魔力の光が放出された。

 激しい閃光が幾度となく、黒い宇宙を照らしては消え、照らしては消え続ける。

 時間という概念から解き放された俺には、それがどのくらいの時間を要するのか分からなかった。

 体感時間がおかしくなっているので、本当は何年か過ぎたのかもしれない。あるいは本当に一瞬で済んだのかもしれない。

 どちらせによ。俺には関心のない事だ。

 星の光が消えた世界で、輝きを放っているのは俺だけだった。

 無になった宇宙空間に“(ひび)”としか表現できない亀裂がいくつも入っていた。

 全知になった俺にはその罅が持つ意味が理解できる。『亜空の断裂』、並行世界の入口だ。

 え~と、あの時間軸はどれだったか。……確か、コレだ。

 数えることの意味もないくらいに多い亀裂の中から、俺が向かうべき世界を探し当てる。

 俺は甚大な数の亀裂の内の一つに指を掛けて、門のように内側へこじ開ける。

 出た場所はこの時間軸の上書きされる前のあすなろ市。

 本来、書き換えられてしまったはずのこの時間だが、時間軸ごと宇宙を破壊しちまえば、入口を作るのは簡単だ。

 あすなろ市ではビルが瓦礫と化し、空には金色の十二枚の翼を持つ魔竜が飛んでいる。

 『オリオンの黎明』、本来の未来に置ける(あきら)だ。

 まったく、矮小だなぁ。全長六十メートルくらいしかない。かずらのヘスペリデスの宵よりも小さいとか、やる気あるんのか?

 記憶では知っていても改めて見ると情けなくて殺したくなる。これが黒歴史ってヤツか。勉強になったわ。

 

『さようなら。絶望しながら、死んで行け』

 

 オリオンの黎明が金色の破壊光線を吐き出す。

 狙っているのは蠍の魔物だ。かずみちゃんが本来の魔法少女になったおこぼれでパワーアップしているようだが、今の俺から見れば目クソ鼻クソ、五十歩百歩、ドングリの背比べ。両方とも雑魚である。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ‼』

 

 何かめっちゃ叫び声を上げて盾を構える蠍野郎。うるっせえなぁ。ゲイビデオの男優かお前は。

 喘ぎ声のプロがはしゃいでいるところは魔法で時間を早回しにして、展開を進める。

 ちょうどよく、蠍野郎がイーブルナッツにまで溶け残ったところで俺は時間を停止させた。

 止まった破壊光線の中までスーっと入っていく。かつての俺の最強の攻撃だったらしいが、俺には余所風もいいところだ。威力を三千倍にして持って来いや。

 イーブルナッツに人格データが焼き付いていることを分析魔法で確認して、俺はそれを過去へと送ればいい。

 それさえ終われば、俺の存在は時空に固定化され、何者にも滅ぼせない究極の存在になる。

 

「さーて、因果の流れを整えましょうかねぇ」

 

 あいつのイーブルナッツを握ると、それだけで情報が脳にまで伝達する。

 ひじりんの『コネクト』と海香ちゃんの『イクスフィーレ』を足して、一万倍くらい高性能にした魔法で瞬時に解析を行う。

 うむ。あいつの正義感に酔い痴れたキモい人格データはきちんと保存されている。

 あとは、こいつを過去に送るだけだ。

 開いた手のひらの上で時間遡行の魔法を掛ける。

 その瞬間、手のひらの上に転がっていたイーブルナッツが二つに増えた。

 

「ん?」

 

 片方はボロボロで今にも壊れそうなほど劣化している。

 ……違う。解析の魔法が俺にそのイーブルナッツの正体を一瞬で俺に理解させた。

 こっちのイーブルナッツは、上書きさせた後の時間軸のもの。

 そうか。こいつ、あの時、俺のガウンの袖に取り付いてやがったのか……!

 全知の魔法が奴の目的を教える。

 蠍野郎の目的。それは……。

 

「やめろぉ! てめえ‼」

 

 破壊の魔法で打ち砕くか。いや、駄目だ。的が小さすぎて、もう片方のイーブルナッツまで壊しちまう。

 時間停止と解析と時間遡行の三つの複雑な魔法を同時使用している今、新たに精密な魔法の行使はできない。

 こいつ……それを今までずっと狙っていたのか!

 劣化したイーブルナッツが淡い光を放ち、手のひらの上で弾ける。

 

『さらばだ……我が絶望(きぼう)

 

 ちっぽけな。本当にちっぽけな爆発が手の中で起きた。

 俺の皮膚を焼くどころか煤で汚すこともできないその魔力の爆発は、二つのイーブルナッツを砕くには充分過ぎる威力だった。

 壊れた小さなオブジェは木っ端微塵に砕けて、手の上から零れ落ちる。

 

「ははははははははは。やるじゃねぇか! 蠍野郎、いや、残火! 流石は蠍だ。大した毒盛りやがる!」

 

 因果の流れが断たれ、俺の身体は崩壊していく。

 見上げると、無敵の強度を誇ったエンジェル・ハイロゥには罅が入っていた。

 これから、魔法少女の女神や悪魔になった魔法少女を殺しに行こうと思っていたのが台無しだ。

 なのに、俺の口から漏れ出すのは笑い声だけだった。

 おかしくて、おかくして、堪らない。全てを手に入れたと思った矢先にコレなんだ。

 

「やっぱりゲームってのはゲームオーバー(負け)があるから楽しいんだな。こいつは愉快だ。褒めてやるぜ、残火。アンタはこの俺に世界で初めて泥を付けた存在だ」

 

 認めてやる。まんまとやれた。今回は俺の負けだ。

 残火というイレギュラーが過去に送り込まれる前に消滅したおかげであの時間軸自体が成立できなくなった訳だ。

 だがな、残火。

 この俺は消えるが、その“感情”までは消させねぇ。

 最後の力を振り絞り、俺は罅の入った天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)を握り締めた。

 もう特定の過去に送れるほど精度の高い時間遡行魔法は使えない。

 どの時間軸の、どんな場所に行くのか知る方法もない。

 ひょっとしたら円環の理に絡め取られて、即座に壊されるかもしれない。

 

「だけど、()()()は潰えない!」

 

 だが、夢は叶う。あの哀れな魔法少女共とは違い、自分の意志と覚悟でそれを掴み取るだけの力がある。

 だが、奇跡はある。ヨダレを垂らしてインキュベーターに拝み、手に入れるモンじゃなく、自分の行動の末に起きる偶然はある。

 残った魔力のすべてを注ぎ込み、その天使の輪を転送する。

 さあ、行け。我が子よ。どうか俺の屍を越えてゆけ!

 天使の輪は三つ、いや四つに分かれながら、別の次元へと消えていく。

 俺はそれを見て、また笑った。

 

 




これにて、かずみナノカ完結です。
今まで読んで下さった方々、本当にありがとうございました。

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