魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

108 / 110
第五十五話 コネクテッド

『ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』

 

 燃える。燃えてしまう。

 せっかくアレクセイが作り出してくれた氷の足場が、一瞬にして火の海に変わった。

 当然のようにその薄いベージュ色の炎は俺の身体もまで引火する。燃え広がった淀みの火焔は瞬く間に全てを呑み込んでいく。

 あとほんの僅か。ほんの僅かの距離で、ケーブルの先がかずみを包む卵に触れられるというのに……。

 伸ばしたケーブルが焼け、薄皮が剥けるように炭になって削げ落ちる。

 

『あははははははははは。雑魚が燃えてるよォ! あたしに逆らうゴミはこうなるんだよ! カスが燃えカスになる……ああ、臭い! 臭い臭い燃えるゴミィィィィイ!!』

 

 天井から生えた邪竜の首が下卑た笑い声を延々と上げ続けている。

 半透明の卵の中に居るかずみは次第に輪郭がぼやけていく。

 ……溶けているのだ。自我を保てず、肉体が魔力へと戻されている。

 俺がニコの家のカプセル内で自分を見失い消滅し掛けたように、己の形を保てなくなっている。

 もしも完全に消えてしまったら、再びその形が作られる事はないだろう。本当の意味でヘスペリデスの宵の一部にされてしまう。

 そうなれば、終わりだ。かずみは二度と戻って来れない。

 頼む……誰か、助けてくれぇ……! 俺はどうなってもいいから、だから彼女だけはかずみだけは救ってくれ!

 泣き叫びたい程の無力感。頭がおかしくなる程の後悔。

 絶望、絶望、絶望。

 どうする事もできない絶望の沼が俺を包み込む。

 

『か……ず、み………』

 

 アレクセイも、あやせももう来てくれない。彼もこの地獄の業火のような火焔に焼かれ、命を落としたのだろう。

 どれだけ祈ろうとも都合のいい奇跡など起きてはくれない。

 そんな事、この時間遡行で嫌という程味わったのにも拘わらず、有りもしない奇跡を求めてしまう。

 焼け落ちたケーブルがバラバラに解け、炭どころか灰になって宙を舞っている。

 それをどこか他人事のように見つめている俺が居た。

 散り散りになった灰が、燃え盛る壁や床の炎へと落ちていく。

 落ちて、落ちて。

 落ちて。

 お ち て……。

 

『……何? この気配!』『……うぐッ、気持ち悪い』『ヘスペリデスの宵(あたし)の中で何かが……』『——暴れてるッ!?』

 

 無数の竜の首が口々に異変を漏らす。

 燃えゆく俺にはそれが何を意味しているのか分からなかった。

 だが、身体を燃やす炎が、イーブルナッツ(俺の魂)にまで到達する寸前……。

 周囲の炎の壁の内から何かが飛来してくる。

 一つや二つではない。その数、二十……!

 彩りの―—宝石。ソウルジェムだ。二十個のジェムが、俺の元へ高速で飛んで来る。

 そのジェムの一つは見覚えのある色の輝きを放っていた。

 紺色のソウルジェム。それは俺が助けた魔法少女の一人、皐月ルイのものだった。

 まさか、このジェムたちは、ヘスペリデスの宵に喰われた魔法少女たちなのか!

 二十の光がイーブルナッツになった俺を守るように囲む。宝石たちから放たれる淡い光が、穢れた炎を拒絶する。

 それだけではない。今度は真下の床から十個のソウルジェムが浮かび上がってきた。

 その内、一つは深紅の色。あやせのジェムの色だ。もしや、他の九個のジェムは彼女が手に入れていたものなのか。

 確かめる術はない。だが、何故か他のジェムがレイトウコの魔法少女たちのものとは思えなかった。

 十個のソウルジェムは俺を上へと持ち上げてくれる。まるで下から押してくれているかのように、真っ直ぐに上昇していった。

 

『……大量のソウルジェム!』『この気持ちの悪さはそれが原因かッ!』『パパが……あきらが言っていたのはこの事か!?』『クソ、クソ、クソ! 殺せ、燃やし殺せ!』『そいつらに余計な事をさせるなァ!』

 

 天井から生えた竜の首の群れはそれに気付き、火焔の息を俺へと放射する。

 しかし、俺を覆うように浮く三十個のソウルジェムの輝きが炎から庇ってくれる。炎は俺まで決して届かない。

 宝石たちに守られながら、俺はかずみの居る卵へと送られていく。

 

『なんでなんでなんでだァァァァァァァ!? あたしの炎がこんな虫けらのような魔法少女のソウルジェムなんかに防がれる!? おかしいおかしいおかしいよォォォォ!!』

 

 かずらには分かるまい。彼女たちの強さの理由が。その力の源が。

 だが、俺には分かった。

 彼女たちの光が燃え残ったケーブルから流れ込んで来る。

 肉体を失なった魔法少女たちは、それでもなお他者のために祈っているのだ。

 ——救われてほしい。

 ——報われてほしい。

 ——助かってほしい。

 何一つ損なわれていない、他人を思いやる気持ち。無垢なる心。優しい願い。

 それこそが魔法少女たちの力だ。一つ一つは矮小かもしれない。

 けれど、その想いが、力が一つに集まれば、奴の炎も防ぐ大きな力へとなるのだ。

 卵の外殻に光が触れる。彼女たちの輝きが、硬い殻に亀裂を入れていく。

 

『やァめろォォォォォォォォ! あたしのモノに触れるなァァァァァ!』

 

 邪竜の咆哮が響く。俺たちがそれに従う理由は存在しない。

 返してもらうぞ、かずら。彼女はお前のモノなどではない。

 俺はケーブルを新たに一本だけケーブルを生成する。

 

『……コネクト! かずみ、起きろ!』

 

 生まれたケーブルは亀裂の隙間へと潜り込み、その中への彼女へと繋がる。

 眩い光が卵の亀裂から漏れ出し、その光が。

 弾けた。

 

 

~かずみ視点~

 

 

 ……かずみ?

 そうだ、かずみ。

 私の名前は――かずみ!

 思い出した。全部全部、思い出せた。

 暗闇が一気に消える。代わりに広がっていたのは真っ白い空間。

 開いた目がその人を映す。

 男の子の姿だ。黒くて短い髪。背が高くてがっしりとした身体。

 浮かんでいる表情はとても優しくて、何でか泣きそうになる。

 

『あなたは……』

 

『俺か? 俺は残火。残った火と書いて残火だ』

 

『ザンカ……。どうして、ここに来たの?』

 

 彼はそう尋ねると、私へ手を差し出した。

 大きくてごつごつした男の手だ。

 

『かずみ、お前を迎えに来た』

 

『私を、迎えに? でも、私はザンカの知ってる“かずみ”じゃないよ?』

 

 彼にとっての“かずみ”は、私があすなろタワーで見せてもらったあの記憶の中の少女だ。

 ザンカを兄と慕い、短いながら彼と共に過ごした魔法少女。

 それはわたし(かずみ)であって、かずみ(わたし)じゃない。

 だって、私にはそんな思い出はない。彼と積み重ねた時間がない。

 それを聞いてもザンカは手を引っ込める事はなかった。

 ただ苦笑いを一つ浮かべる。

 

『そうだな、その通りだ。俺はお前を何も知らない。だから、かずみ。教えてくれ。お前がどんな経験をして、どういう奴になったのかを』

 

『私は……。私は馬鹿で何も知らない子だよ。あきらに騙されて、人を傷つけた。サキも、カンナも、あなたも』

 

 私に迎えてもらう資格はない。

 それを受け入れるには、私は間違え過ぎた。

 信じなくてはいけない人を疑ってしまった。信じてはいけない人に従ってしまった。

 ヒーローに助けてもらう資格なんて、存在しない。

 

『そうか。俺は誰も助けられなかった間抜けだ。いつも格好ばかり付けて、結果が伴った(ためし)がない。俺たち、お似合いだと思わないか?』

 

 彼は自嘲するようにそう言った。

 言葉と一緒に、ザンカの記憶と感情が流れ込んでくる。

 私は見た。彼の悲劇を。

 私は知った。彼の絶望を。

 ヒーローと呼ぶには、あまりにも多過ぎる挫折と後悔。

 そして、彼にはもう私を救うという目的しか残されていないのだと、気付いた。

 私がヒロイン失格なら、彼はヒーロー落第だろう。

 お互いに、失敗を重ねてここまで辿り着いてしまった。

 なら、今度こそ、間違えずにやろう。

 もう後悔するのはうんざりだ。

 差し出された手を繋ぐ。

 

『それなら……ザンカ。私を助けて』

 

 繋いだ手が強く握られる。

 

『おう。任せろ、かずみ』

 

 握り合った手から光が溢れ出す。

 眩いカラフルな輝きが、白い世界を塗り替えていく。

 これは感情? 私や他の魔法少女たちの想い……?

 白い空間は破れ、私たちは手を取り合って、その外側へと出た。

 私たちを出迎えてくれたのは星空。

 夜の空に輝く七つの星団、プレイアデス。

 肌で温度が感じれた。ひんやりした冷たい空気が、私に生きている実感をくれた。

 身体を触ると、私はいつの間にか黒い衣装に身に纏っていた。

 いつもの魔女っ子のような姿じゃない。

 大きく膨らんだ長い丈のスカート。首回りまでしっかりと覆う襟。肩は剥き出しだけど、腕と脚を包むグローブとストッキング。

 頭にはどこか見覚えのある楕円のオブジェ。これは……イーブルナッツだ。

 背中の肩甲骨辺りから翼のように生えている数本のケーブルにはリングが付けられいて、リングの内側には沢山のソウルジェムが浮かんでいる。

 

「この姿は……?」

 

『今の俺たちの力を繋げた(コネクトした)姿だ』

 

 髪飾りになったイーブルナッツから、ザンカの声が響いた。

 彼の知識が私にも送られてくる。

 コネクト。それはカンナが持っていた魔法。

 心と心を繋げる魔法。

 そして、私たちを再び引き合わせてくれた力。

 

「私たちは……」

 

『ああ、俺たちは……』

 

『「今、繋がった』」

 

 感じる。ザンカだけじゃなく、ソウルジェムになった魔法少女たちの想いが。

 一人じゃない。私たちは全員で一つに繋がっているんだ。

 やるべき事は皆から教えてもらった。言葉ではなく、感情と意思が流れ込んでくる。

 星空に別れを告げて、私はどす黒い雨雲を潜り、その下に居る存在と対峙した。

 百の頭を持つ巨大な魔竜、『ヘスペリデスの宵』。

 かずみシリーズの番外作、『かずら』。

 魔竜となったそれは一斉に首を動かし、膨大な数の目で私を見つめる。

 

『……かズミおねエちゃン』

 

 歪な抑揚。機械音声を無理やり継ぎ接ぎしたようなおかしな声音。

 私が彼女から離れたせいで、自我崩壊が起きようとしているんだ。

 莫大な魔力にかずらの意識が呑み込まれつつある。

 

「かずら……」

 

 私は妹の名前を呼んだ。

 彼女も私も人間ではない、和紗ミチルの複製(クローン)

 更にはかずらは魂まであきらの魔力から作られたハイブリット・コピー。

 あきらを殺すためだけにカンナに生み出された境遇は、私よりも悲惨だと思う。

 それでも彼女は、あまりに多くの命を奪い過ぎた。

 同情はできても、許す事はできない。

 だから、私の手で彼女を倒す。

 

「皆、私に力を貸して」

 

『任せろ。俺たちはそのためにお前と居る』

 

 ヘスペリデスの宵が叫び声を上げた。

 

『寄越セ寄越セ寄越セよコセヨコせよこセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセヨコセ! カズみヲヨコせェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!』

 

 悍しい響きの中に、悲しみや怒り、そして深い絶望が塗り込まれている。

 一時でも、私は彼女と“繋がっていた”から分かる。

 かずらは私を取り込む事で、生まれた時から感じていた欠落感を見たそうとしたんだ。

 それだけが彼女の願い。いや、彼女の肉体の素体になったかずみシリーズの願い。

 レイトウコ前で出会った時から、彼女たちは成功作(わたし)を求めていた。

 私と一つになって、きっとミチルになりたかったんだ。

 複製じゃなく、本物に。合成魔法少女ではなく、人間に。

 そして、最後には揺るがない自己を持ちたかった。

 あきらの魂をコピーしたイーブルナッツは、それを歪んだ形で実現しようとした。

 食べる事で、呑み込む事でそれが叶うと信じてしまった。

 今もまた私をそうして取り込もうと、百本の首が、百個の顎が、伸びて来ている。

 

『カッ、かっ、カっ、かッ、かジュみィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!』

 

 かずら……。それじゃ駄目なんだよ。

 揺らぐ事のない自己を持つっていうのは、誰にも負けない無敵の自分になる事じゃない。

 他人を理解して、他人に理解してもらって、自分自身を確立していく事なんだ。

 独りぼっちのままじゃ、変わらない。

 誰かと繋がるって、感情を、想いを分かち合うから、“自分”が固まっていくんだ。

 片手を開く。ずっと握り締めていたグリーフシードが顔を出す。

 そうだよね? ミチル……。

 グリーフシードが輝き、その形を大きな十字架の杖へと変えていく。

 

「ザンカ!」

 

『かずみ!』

 

 十字架の先から弧を描く巨大な刃が生まれる。

 魔法少女三十人分の魔力を合わせた、最強の大鎌。

 繋がり合った魂の絆。

 そして。

 

「マジーア……」『フィナーレ!』

 

 私たちの最後の魔法。

 大鎌の刃を縦に振り切った。

 刃から放たれた極彩の光の斬撃は襲いに来た首を、いくつも斬り落としながら突き進む。

 勢いは削がれる事なく、直線的に遮るものを切断していく。

 魔竜の巨体を斬り裂き、その頭上の雨雲にまで二つに裂いた。

 

『カズ、み、お……ネ、ちゃ……』

 

 竜の首が私の名を呼ぶ。

 

「チャオ……かずら。もしまた会えたら、今度はちゃんとした方法で繋がろう」

 

 両断された身体は爆発する事なく、蒸発するように細かくなって、消えて行った。

 空中から落下していくのは四つのイーブルナッツ。そのどれもが落ちる過程で燃え尽きるように朽ちていく。

 私はそれを眺めながら、彼女の魂が救われる事を願わずにはいられなかった。

 

『これで、全てが終わったのか……』

 

 ザンカの呟きに私は頷いた。

 

「うん。でも、この街は戻らない」

 

 破壊し尽くされたあすなろ市を見下ろす。

 建物はほとんど残っていない。濁った色の雨が次第に弱まっているが、もう街には生きている人間は一人も居ないだろう。

 雨雲の亀裂が広がり、星の光が明かりを失った街並みを照らした。

 黒ずんだ大地の上を、白い小さな生き物が横切るのが目に入った。

 あれは確かザンカたちの記憶で見た、ジュゥべえに似た妖精。キュゥべえだ。

 魔法少女を魔女に変える事で生まれるエネルギーを集めていたそうだけど、今更、この廃墟になった街へ何をしにやって来たんだろう?

 

『かずみ。追ってみよう……何か嫌な予感がする』

 

「うん……」

 

 私はケーブルでできた翼を使い、空からキュゥべえの後を追跡する。

 彼も私たちの方に気付いている様子だったけれど、それ以上に向かっている先に気になるものがあるのか、声すら掛けて来なかった。

 ますます、私たちの中の嫌な感覚は高まっていく。

 追いかけ続けていると、キュゥべえは突然ピタッと止まり、視線を下へと落とす。

 その場所は巨大なクレーターの中。そこは柔らかいパンケーキを思い切り潰したような異様な抉れ方をしていた。

 降下してキュゥべえの隣に降り立った私は、彼に聞いてみた。

 

「キュゥべえ。あなたは何を見に、ここまでやって来たの?」

 

『かずみ。いいところに来てくれたね。あの(くぼ)みの真ん中に魔法を放ってくれないかい?』

 

「窪み?」

 

 クレーターの中央部分を見ると、そこだけ更には落ち窪んでいる。

 声を出さずに内心で、ザンカと通信して考えを聞こうとするが、その前に窪みから何かが飛び出して来た。

 それは黒髪を持つ、裸の男の子。

 

「おう、かずみちゃん。服変えたのか? そっちも似合ってるぜ」

 

「あ……きら……」

 

 私を騙し、ザンカを陥れ、プレイアデス聖団を壊滅に導いた悪魔。

 一樹あきらがそこに平然と立っていた。まるで今までの出来事がなかったかのように、気安く話しかけて来る。

 言葉が詰まった私を置いて、キュゥべえが彼に喋りかけた。

 

『あきら。君はヘスペリデスの宵の攻撃を直接生身で受けたはずだよ? どうやって生き延びたんだい?』

 

 ヘスペリデスの宵の攻撃を、生身で受けた……? それがこの場所なの?

 この広くて大きなクレーターがどうして作られたのかは分かったけれど、これほどの被害が出る攻撃を受けて、あきらは生きているという事になる。

 あり得ない。こんな巨大な穴ができる威力なら魔法少女だって一瞬で消し飛んでしまう。

 黒いドラゴンになる力を使って、どうにか防いだとか?

 そう思い浮かべた時、思わないところから否定された。

 

『いや……今のあきらからイーブルナッツの反応は皆無だ。奴の中には、既にイーブルナッツは存在しない』

 

 戦慄した声でザンカは私に衝撃の事実を伝えてくれた。

 

「そんな……」

 

 愕然とする私にあきらは、楽しげに言った。

 

「お。その声は蠍野郎か。アンタ、髪飾りになったみたいだな」

 

『ッ!? ……何故、俺の声が届く? 俺の声が聞こえるのはイーブルナッツを持つ魔物か、俺が魂に接触した相手だけだ』

 

 狼狽えるザンカにあきらはクスクスと小馬鹿にした笑い声を上げる。

 

「まあ、待てよ。ピンクローターの質問の答えも兼ねて順を追って説明してやる。まず、イーブルナッツってモンの性質からだ。こいつは魔法を吸収して増幅させる。が、それだけじゃあねぇ。本質は情報、いわゆる記憶の吸収。蠍野郎ならこの辺分かるよな?」

 

『ああ……ジェムを体内に取り込んだ時、一緒に彼女たちの記憶が流れ込んできた』

 

 あきらはザンカの説明に満足すると今度はキュゥべえに話を振る。

 

「そう。それで、ピンクローター」

 

『インキュベーターだよ』

 

「どっちでもいいんだよ、タコが。俺がクソ不味いお前らを何匹も食ったのは覚えてるよな?」

 

『ボクらは総体で記憶を共有している。君に食べられる前の記憶なら鮮明に覚えてるよ』

 

 そんな事していたんだ。

 頭がおかしいとは思っていたけれど、私が想像したその斜め上を軽々超えている。

 もう狂人というか、「あきら」という名前の独立した生物なんじゃないだろうか。

 彼はキュゥべえの答えに腕組みをして、頷いて語る。

 

「俺は……インキュベーターの記憶、性格にはその技術知識を得るために食った訳だ。だが、イーブルナッツの性質上、正の感情エネルギーがないと吸収は起こらない。喜べ、インキュベーター。お前らは微弱だが感情を持ってたぜ? まあ、何十匹も食ってようやく人間一人分くらいだがな」

 

『ボクらに感情が……。いや、それより技術知識っていうのはまさか……』

 

 にやりと口の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべるあきらはこう続けた。

 

「そうだぜ。魔法少女システム。正確には魂を物質として具現化する方法。これがなかなか厄介でなぁ。解析自体は簡単だったが、パラメータにある感情を打ち込むのが難しかった」

 

「ある感情……?」

 

 つい口を挟んでしまったが、あきらはそれに頷いて私にも話を振った。

 

「正式に魔法少女システムを介して、ソウルジェムを得てないかずみちゃんには馴染みがないだろうが、インキュベーターは契約の際、魔法少女側に願いごとを言わせる。こいつは契約時に発生する余剰エネルギーで起こす『奇跡』って奴さ。重要にはその願いごとを言う際の感情、『希望』。これがキーコードだ」

 

 驚くほど理論的にシステムを説明するあきらに、私と繋がるジェムたちも動揺を隠せない。

 インキュベーターの知識を手に入れたというのも、恐らくハッタリじゃない。

 

「『希望』というのがまた面倒でな、これは単なる欲望じゃねぇ。切羽詰まった状況、つまり『絶望』の中でそれを打破する望みでなくちゃならない。絶望だぜ? この俺にそんなモンねぇ。だから、わざわざ作った訳だ。俺が絶望し得る展開を」

 

『まさか、かずらの暴走は……』

 

「織り込み済みに決まってんだろ? あの劣化コピーに俺が本気で出し抜かれるかよ。まあ、この役はアンタにやってもらってもよかったんだがな。かずらの方が早そうたがらこっちにした」

 

 ザンカの疑問にあきらはそれだけ言うと、彼はさっさと先を続けた。

 

「俺は計画通り、かずらに俺を絶望感溢れる状況を作らせ、そして、『希望』を得た。絶体絶命の窮地から脱出するという『希望』をな。あとは単純だ。得た知識の方程式を俺好みにアレンジして……」

 

 彼は自分の胸の中心辺りを指で引きずり出すような動作をする。

 すると、内側から指に引っかかるように、取り出されていく“金色の輪”のようなものが出てきた。

 

『駄目だ、かずみ! 奴にあれをやらせるな!』

 

 ザンカの声を聞こえた瞬間、私はその場で杖の長い方の尖端をあきらに向けて放り投げていた。

 槍投げの要領で投擲された杖は、彼の心臓を輪ごと貫く……はずだった。

 十字架を模した杖は、空中で固定されたように停止していた。

 掴まれた訳でも、何かを魔法で作って止めた訳でもない。

 ただ杖はあきらに触れる直前で宙に縫い止められていた。

 

「あのなぁ、俺は日朝特撮番組の敵か? 行動なんざ、とっくの昔に完了してんだよ。アンタらに見せるために、わざわざ一時的に解除してただけ。もう手遅れなんだよ」

 

 そこに居たのは()使()だった。

 頭の上に光の輪を浮かばせ、黄金の翼を生やし、純白のガウンを着込んだその姿は絵画で見るような天使そのもの。

 あきらは漆黒のドラゴンとは真逆の、純白の天使へと変わっていた。

 成り行きを無言で眺めていたキュゥべえは、彼を見て明らかに歓喜に震えた声を上げた。

 

『すごい……凄いよ、あきら! 君は自力でエントロピーを凌駕する力を得たんだね。これはもう魔法少女とは比べ物にならない感情エネルギーの総量。君一人でこの宇宙の資源を賄える……もはや一つの世界だ』

 

「この力がアンタらの質問への答えだ。ソウルジェムなんて脆いモンにならないように、肉体を具現化した魂に置き換えてる。まあ、分かりやすく言うなら、魔女と同じで物質化した精神体って奴だ。俺はこの状態を『概念化』と呼んでいるがな」

 

 肌に伝わる魔力の質が違う。

 ヘスペリデスの宵が怪物の次元だとするなら、今のあきらはそれを飛び越して、神さまの次元に突入している。

 何でもできるんだ。文字通り、万能の力を得ているのだろう。

 ザンカの声も聞こえる。ヘスペリデスの宵の攻撃だって平気で受け止められる。

 

「そうさなぁ、俺のことは『輝ける(シャイニング)あきら』とでも呼んでくれよ」

 

 純白の天使がそう言って、微笑んだ。




今回のかずみの名称は「コネクテッドかずみ」です。
語幹的にアルティメットに似た感じの名前にしましたが、本編では出ないのでここに書いておきます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。