魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~ 作:唐揚ちきん
~かずら視点~
狼のお兄ちゃんを含めた魔法少女や蠍の魔物の残り滓共々、完膚なきまで噛み砕いたはずだった。
だけど、そいつらは間一髪で地面に潜る事で、あたしの牙をやり過ごした。
物理的な方法じゃない。魔法による移動だ。牙が貫通する寸前にあの白銀の狼は肉体を魔力で別の状態に変化させていた。
液体や気体……? ううん、あれは“魔力そのもの”に変換させていた。
人間を魔力で魔物へと変身させているあたしだから分かる。
あの力は間違いなくレアなものだ。
ママが前に言っていた。魔物や魔女モドキの持つ固有の能力は、元になった人間の精神に依存するって。
変身後の肉体の強さや反応速度は悪意の量によって決まる。でも、能力は別だ。
精神のあり方が歪な人間ほど、その能力も比例して歪に、複雑な効果を持つものへとなる。
パパがその強さとは裏腹にシンプルな能力しか持っていないのは、精神構造自体はある意味でスタンダードだからだ。
物質を擦り抜ける能力なんて、どういう精神構造をしていたら身に付くのか想像もできない。
あたしは標的の警戒レベルを引き上げる。
最低でも物理攻撃は効かないと考えた方がいい。代わりに、魔力を物質に換えないで、そのまま息吹にして放てば効果は見込めるかも。
肉体を魔力へと変換して散らさずに保っているのだから、消費する感情エネルギーの燃費効率は最悪のはず。
魔力の息吹を噴きかけつつ、あいつには魔力が底を尽きるまで能力を使わせ続けよう。
あの透過の能力が切れたら、即座に捻り潰す。うん、これで行こう。
エネルギーの総量で言うなら、こっちの方が何万倍も上だ。莫大な魔力を持つあたしにはスタミナ切れの心配はない。
なんだ、考えて戦えば、それほど大した事ない相手じゃない。
まずは先手を打って、周囲の雑魚ごと息吹で吹き飛ばそうか。
喉の奥に魔力を溜める。さっきの十倍くらいの威力があれば充分だ。あすなろドームより大きなクレーターが地面に作れる。
あたしがその魔力の息吹を噴き出そうとした瞬間……。
背中の上から、声が聞こえた。
『か〜ずらッ! 空の上から唾を吐こうとするなんてパパ感心しないなァ? エチケットマナーは守らんといかんよ、チミィ?』
『ッ、な、パパ……!? なんで!?』
あり得ない。いくら何でもおかし過ぎる。
どうやってあたしの探知に引っかからずに、この超至近距離までの接近を……?
地上に向けて伸ばしていた百の頭を全て持ち上げ、背中の真上に浮かぶ四枚翼の黒竜へと向けた。
竜の姿のパパは笑って、疑問に答えるようにネタバラシを始める。
『お前は下ばっか見てたからなァ、気付かないのも無理ねェよ。何せ、すぐ上にはこーんな大きくて分厚い雲があるからな』
『雲……まさか!』
あたしの魔力で形成された雨雲!
パパはずっと雲の中に隠れていたんだ。あたしが巨大になった時からずっと……。
視界での捕捉はもちろん、魔力感知にも発見できなかったのも当然だ。
一番魔力が集まっている雨雲の中にはイーブルナッツと同じ種類の魔力が充満している。
やられた。パパは完全にあたしの裏を描いていた。
この近距離では息吹は撃てない。自分まで巻き添えになるからだ。
あたしは溜めていた魔力の収束を止め、物理攻撃へと手段を変えようとする。
『おいおい、かずら。何で俺がこのタイミングで現れたか少しは考えたか? 頭は使わないとドンドン鈍くなるぜェ?』
にやにや笑って翼を羽ばたかせるパパ。
ハッタリ、と言いたいけど、確かにこのタイミングで出て来たのは謎過ぎる。
あたしが雑魚を消し終えて、雨雲を広げた時に逃げた方が遥かに賢い。
なのにパパは、わざわざ今姿を見せた。圧倒的に強いあたしの前に。
『殺す前にそれだけ聞いといてあげる。育てられた覚えはないけど、親孝行代わりにね』
『ヘェ、そんじゃ孝行娘にレクチャーしてやるよ。お前が犯した数々のミスをな』
誰がどう見ても不利な状況に立たされているのはパパの方なのに、微塵も揺らがない偉そうな態度で説教を垂れ流す。
『俺の潜伏場所を勘違いしたのは今説明したから、もう分かったよな? じゃあ、次だ。俺が隠れて待ってたのはお前が魔力を使う瞬間を待つためだった。図体がデカくなっても魔力の起点になるのはイーブルナッツだ。これは力を使うとな、しばらく活性化して極端な反応を示しちまう訳だ』
あたしが魔力を使う機会を待ってたって? それなら、パパは……。
裂けたチーズのようにその口の端が開いていき、牙だらけの口で嫌らしく笑みを作って見せてくる。
『そうだ。お前のイーブルナッツの場所は既に把握済み。その中でも一際反応が強かった箇所が一つあってな。……ありゃ、お前の魂、人格データが組み込まれた奴だろ?』
今はもう汗腺なんてないのに、全身から脂汗が滲み出る感覚がした。
絶対的な恐怖を与える立場になったあたしが、恐怖を感じさせられている?
この高々五、六メートルしかない小さな相手に怯えている?
いや、待って。落ち着いて、あたし。
心臓部の位置が知られた程度じゃ、こっちの優勢は覆らない。
強者はあたし。弱者はパパ。それは変わらない事実。
単なるコケ脅しだ。気にする事もない。ここで何かをする前に始末してしまえば、何もできない。
今度こそ、パパを噛みちぎろうと、数十の首を一斉に動かす。
『そんでな、かずら。お前の最大のミスは百個も頭があるのに、雁首揃えて俺の話に集中してたことだ。俺なら絶対やらないね。まして、他の獲物から目を離してまで耳を傾けるなんて……馬鹿の極みだぜェ?』
『ッ……!』
その台詞を聞き、反射的に三割の首を地上に差し向けた。
居ない! あいつらの姿が先まで居た場所から消えている!
どこだ。どこへ行ったッ!?
複数の視界を同時に共有して、カトンボ共の姿を探す。
そして……奴らの姿を見つけた。
あすなろタワー跡地、半壊した塔の上に居た。
そんなところまで移動して何をしようとしているのか。その疑問は奴らの次の動きで解決する。
狼のお兄ちゃんが塔を踏みしめると、巨大な氷柱が新たに生え出し、崩れた塔の先を作り出していく。
氷の塔を足場にして白銀の狼が魔法少女たちを背中に乗せて、上へと駆け上がって来る。
雑魚の分際で……このあたしが居る天まで昇って来るつもりなんだ。
さっさと消し飛ばしてやる!
伸ばした首から魔力の息吹を奴らへ向けて吐き出した。
流れ落ちた色が、氷の塔ごと包み込む。澱んだ白の光があすなろタワーへ降り注いだ。
******
……来たか。
あきらは通信通りに時間を稼いでくれたようだ。
この期に及んで奴が助力を念話で送ってきた時は罠かとも考えたが、自分の分身とも言えるかずらに好き勝手されるのはあきらとしても余程業腹だったらしい。
ヘスペリデスの宵の大量の目を掻い潜って、接近するのは全員の力を合わせても不可能に近かった。
その不可能を可能に変えたのは、邪悪の黒竜・ドラーゴからの連絡だった。
イーブルナッツを介した念話での通信により、俺の生存を何故か知っていた奴はかずみ救出の協力を申し入れて来た。
サキから聞いた話もあって最初こそ信用に値しなかったが、かずみの居場所を特定し、その位置情報をイメージとして直接イーブルナッツに添付した事で、俺は奴と組む事を決めた。
『随分話が分かる奴になったな』と言う意見には自分でも同意してしまう程だ。
正義への拘りがなくなったせいか、悪党の手を借りる事に何の後ろめたさも感じなかった。
あきらが行った非道を忘れた訳ではない。だが、何も守れぬ正義の味方よりも、大切な一人を救える悪の手先の方が遥かにマシだと気付かされた。
俺をヒーローと言ってくれたあいりは、きっと俺に失望しているだろう。
しかし、それでいいと思えてしまうのだから、手遅れだ。
“魔物”にヒーロー役は務まらない。ならばせめて、たった一体の“怪人”として欲望を満たすとする。
『サキ……手筈通り頼む』
流れ落ちてくる流星のような、魔力の光の束を認識しながら、サキの
「任された。……残火、かずみを必ず助け出してくれ」
あきらと事も含めて恨み節を聞かされると思っていたが、彼女も彼女で腹は括っていたらしく、不満や怒りは欠片も伝わって来ない。
いっそ、恨んでくれた方が後腐れないとさえ考えていたが、当てが外れてしまった。
『無論。それだけが俺をこのイーブルナッツに染み付いた唯一の
サキは頷き、彼女にとって最後になる魔法を掛ける。
魔法名を紡ぐ間もなく施された魔法は、俺たちの肉体を雷へと変化させた。
次に肉体が戻った時、俺たちはヘスペリデスの宵のすぐ真下へと到達していた。濁った光の息吹が街へと激突して、大爆発を起こす。
数千メートル離れているにも拘らず、爆風が俺たちを下から巻き上げた。
時を待たずして、サキのソウルジェムが粉々に砕け散る。
膨大な魔力を一度に使った反動だ。それもあすなろタワーまでの瞬間移動と合わせ、これで
力をなく項垂れたサキの身体は、アレクセイの背から吹き飛ばされ、地上へと落下して行く。
俺はそれ以上、彼女を見なかった。
爆風で急接近したヘスペリデスの宵の巨体に透過能力を使い、アレクセイを入れた俺とあやせが沈み込む。
薄いベージュ色の鱗や筋肉を通り抜け、入り込んだ場所は暗黒の世界が広がっていた。
さあ、ここからが正念場だ。待っていろ、かずみ。何があってもお前だけは俺が救う!
〜かずら視点〜
『なあッ! クソッ、クソッ、クッッソォォォォォォォォォォォォォォォォ!!』
出し抜かれた! まんまと嵌められた!
明確に今、あたしの体内に異物が侵入した感覚を捉えた。カトンボ共が侵入して来たんだ。
パパの会話は時間稼ぎだった。イーブルナッツ間の念話通信をして、ここで話している裏で奴らと連絡を取り合っていたんだ。
まさか、この悪意の塊みたいな存在が他人と手を取り合うなんて……。
『そんな汚い言葉、パパ教えてないゾ☆ かずらちゃんにはもーっと可愛い言葉を使ってほしいな』
『だまれェェェェェェェェェ!』
殺す、殺す殺すころすコロォス!!
絶対に許さない。このオリジナルを殺して、中に入って来たカトンボ共も殺し尽くしてやる。
黒竜は高速移動であたしの背中から付かず離れずの位置で飛び回る。
伸ばした顎を即座に
ゴミがッ! その方法で防げるのは息吹だけだ、ボケがァ!
新たに背中から生やした顎で黒竜の脚に齧り付く。
『ちッ……いってェな、おい』
『あはははは! 馬鹿がッ、馬鹿がッ! 首なんて後からいくらでも生やせるだよォ!』
ぞぶりと音を立てて、あたしの牙が黒い鱗を貫通した。骨を一噛みでへし折ると、黒い血が滴り落ちる。
元々大きさが違うんだ。当たりさえすればあたしの勝ちだ。その羽も引きちぎって、炎で燃やし尽くした後で街に捨ててやる……。
いくらでもある顎で翼を一枚ずつ、引きちぎっていく。
絶やす事のなかった余裕の仮面がようやく壊れて、表情を歪ませる。
『あッざくッ……。パパに優しくしないと駄目だってママから教わらなかったのかよ、クソガキィ?』
『聖カンナにはお前を殺すように言われたよ、間抜けが……シネ』
余裕があれば、花占いのように遊んでやっただろうが、今は体内の異物を始末する事に思考も割り裂く必要がある。
念のために肉体を噛みしめた状態で白い炎を噴き掛けた。
白い炎が黒い鱗で覆われた身体を焼き焦がす。そのまま、首を振るって空へと投げた。
『最後に、イイコト……教えといて、やるぜ……かずら』
死に掛けのトカゲが何かほざいている。どうせ、負け惜しみだと思って無視した。
雨に打たれて街へと落下しているそれに、百本の首から魔力の息吹を全力で吐き出した。
収束した白い光の波が翼を失った黒竜を呑み込む。肉体から魔力を垂れ流しながら、消し飛ぶ影が光の中に浮かぶ。
『拾い食いは、よくないぜェ……腹ァ、壊しちまうからなァ……』
愚にも付かない寝言を吐いて、それは光の波と一緒に地面へと叩き付けられた。
飽和したエネルギーの塊が、街の中心に巨大なクレーターを作り上げる。
あたしの強化された聴覚が、排出された二つのイーブルナッツが砕け散る音を聞いた。
あの忌々しいオリジナルは跡形もなく、消滅したはずだ。これで残るは体内の雑魚だけ。
馬鹿め、あたしの身体の内側はそれこそ、あたしの世界だ。身の程知らずの虫けらを可愛がって殺してあげよう。
******
「真っ暗ね。何にも見えない」
あやせの発言に俺も同意する。この中は前に見た地面の中よりも暗い。
光源云々ではない。魔力としての性質なのか、まるで暗黒を作り出しているような異様な感覚だ。
視力で外界を把握している俺ですら、完全に何も見えないのは流石におかしい。
彼女はアレクセイの背の上で炎を纏わせたサーベルソードを生み出した。
赤い炎の
巨大な空洞がぼんやりと浮かび上がる。広さで言えば、強欲の魔女の洞窟の十倍ほど大きい。
ここがあきらが送って来た“かずみの居る位置”付近なのだが、それらしいものは見当たらなかった。
アレクセイは鼻を鳴らすと、上を見上げて言った。
『……上の方みたいだ』
その言葉に俺も空洞の上部を確認する。
卵状の大きな物体がその中心辺りから飛び出しているのが見えた。
半透明な白い卵の内側には、逆さまに浮かぶ少女の姿があった。
間違いない。俺が救いたいただ一人の大切な人、かずみだ。
『かずみ! アレクセイ、悪いがすぐに彼女のところに行きたい。急いでくれるか?』
俺はかずみの姿を確認して、気が
しかし、アレクセイはその場から動き出しとせず、立ち止まったままだ。
『おい、アレクセイ。どうした?』
訳が分からず、尋ねるが彼は沈黙を保ち、何も話してくれない。
代わりに答えてくれたのはあやせの方だった。
「あなた、馬鹿じゃないの? もっと周りをよく見てよ!」
『周り? ……! これは!?』
あまりに数が多かったせいで、かえって気付くのが遅れた。
空洞の壁には恐ろしい程の数の白竜が引締めていて居る。その数は百を優に超えている。
そんな、あと少しでかずみが助け出せるというのに……ここに来てこの数の敵を相手にしなければいけないというのか!?
今の俺は戦う力を持たない。つまり、あやせとアレクセイの二人だけこの量を裁かなければならない。
かつての四枚翼ではなく、二枚しか翼を持たない第一形態のドラーゴと同じ姿だが、それでもこの数百体の数を相手取るのは絶望的だ。
白竜たちが同時音声のように一斉に喋り出す。
『あたしの中へようこそ、ゴミ共。すぐにその命散らしてあげるから、感激して死んでね?』
耳障りな不協和音の合唱のように宣言すると、奴らは翼を広げて襲い掛かって来る。
透過で突破する……? いや、ここで透過すれば、俺たちは足場を通り抜けて、外へと放り出されてしまう。
考えれば考える程に八方塞がりな状況に、俺は頭を抱えた。
その時、後ろからあやせに鷲掴みにされて、身体ごと待ち上げられる。
『あやせ……? 何を』
「あなたのやる事は一つなんでしょ? だったら、さっさと……」
彼女が俺を思い切り振り被る。もしかして、彼女は俺の身体を――!
「いきなさいッ!」
予想通り、勢いよく放り投げた。
『ぬ、ぬおおおおおおおおおおおおお!?』
魔法少女の強化された
肉の床に叩き付けられ、弾む事なく転がった。
痛覚はないがイーブルナッツが破損すれば、俺は消滅してしまう。もう少しだけ優しく扱ってほしいものだ。
だが、おかげでかずらの真下までやって来る事ができた。
頭上を見上げる。大体五階建ての建物に匹敵する高さが待ち受けていた。
決して近い距離ではない。しかし、これまでの道程に比べれば、遠いとは思わなかった。
『かずみ……今、俺が行くからな』
俺は意を決して、身体を構成しているケーブルを解き、上まで伸ばしていく。
一メートル、二メートル……。ほんの僅かだが、着実にかずみを包む卵へと近付いている。
『させるかァ……!』
白竜の何体かが俺の存在に気付き、澱んだ白い火焔を噴き付ける。
それを防ぐ術は俺にはなかった。万事休すと思った時、氷の壁がそれを阻んだ。
『それはこっちも同じだけど?』
アレクセイが別の白竜と戦いながら、いつも通りの平坦なトーンで言う。
赤い炎がいくつも飛来し、白竜の頭を吹き飛ばした。
「どう? かずら。私の炎はまだ温い?」
その背中の上でサーベルソードを構えるあやせ。
二人とも本当は既に目の前の敵で手一杯なはずなのに、それでも俺を援護してくれる。
あるはずもない胸が熱くなったが、感激している時間はない。
俺は二人を信じ、ただひたすらにケーブルを伸ばし続けた。
第一部主人公だったあきら君もとうとうやられてしまいました。
彼が人のために命を捨てるなんて感動的ですね。きっと正義の心が彼にも芽生えたのでしょう。
フォーエバー、あきら。