魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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第四十七話 すべてはお前のおかげ

「ルイ! カンナを捕まえたというのは本当なのか!?」

 

 河川敷に帰った俺は杉松さんに自転車を貸してもらい、街のあちこちで空き缶回収の仕事に精を出していた。

 ゴミ袋一杯に空き缶を集め、いざ換金しようというところに現れたルイの分身から、カンナを捕らえたとの知らせを聞かされ、慌てて自転車で本体の居る場所まで駆け付ける。

 後ろに紐で固定した幾つもの空き缶の詰まったゴミ袋が重く、錆び付いた自転車はペダルを漕ぐ度に軋みを上げた。

 隣を並走して駆けるルイの分身は、携帯電話宜しく俺の問いに答えてくれる。

 

「本当だ。私は分身を街に放ち、かずみの捜索をしていたところ、あきらと同行する彼女を発見した。彼らの家の場所を突き止めようと尾行を試み、追跡した私はデパートのホビーフロアでカンナがかずみに襲われている場面に出くわし、不意を突いて彼女を攫った」

 

「何故、かずみではなく、カンナを捕まえたんだ?」

 

「かずみは私と同じように分身の魔法を使って増えていた。周囲にはあきらやかずら……白竜の幼女も居た。故に私は確保し易い方を捕らえて逃げたのだ。……見えてきた。私の自宅はあそこだ。一旦、この分身は消す。後の話は直接、私の口から語ろう」

 

 それだけ話すと、並走していたルイの分身は粒子になって消滅した。

 前方に向き直った俺は目を凝らすと、百メートルほど先に「皐月」と表札プレートのある一軒の家屋が見えた。

 紺色の屋根のブロック塀に囲われた二階建ての一軒家。なるほど、あれがルイの家か。想像していたより、案外普通で逆に驚いた。

 彼女の自宅に自転車を留めて、俺は玄関のチャイムを鳴らした。

 

「はーい。どなたー?」

 

「えっ!?」

 

 てっきりルイが一人で居ると思っていたが、予想を裏切り、彼女の母親らしき人物が開いた扉から顔を出す。

 聞いていない……聞いていないぞ! ルイ!

 どなたと聞かれ、言葉を窮す。俺は一般人に名乗れるような肩書きは持っていない。

 ルイの友人と答えるべきなのだが、今の俺はホームレスに身を(やつ)し、身形(みなり)は大変薄汚れている。

 こんな男が娘の友人を名乗ったところで、果たして信用してもらえるだろうか?

 冷や汗を流し、焦っている俺を眺めてルイの母親らしき人物は不信感を露わにする。

 

「あの、どなたですか? 何で黙ってらっしゃるんですか?」

 

「お、俺はルイさんの友達の残火と言います。ルイさんはご在宅でしょうか?」

 

 恐る恐る尋ねてみるが、案の定、彼女は信用してはくれなかった。

 

「……ルイのお友達? 失礼ですけど、あなた、学校はどちらですか? どう見ても中学生には見えないのですけど」

 

「俺は十七歳で高二です。いや、もう高校には行っていないというか……は、はは」

 

 彼女の表情が更に険しくなる。この顔は通報を決意した表情だ。

 まずい、まずいまずいまずい。今の俺は戸籍すら存在しないのだ。高校生どころか、法律上は日本国民ですらない。

 社会的身分などない。身元を追及されれば、お袋や赤司大火にまで迷惑が掛かる。

 ここは、逃げるべきだろうかと本気で考え始めた頃、階段を降りる音が中から聞こえてきた。

 ルイか! 救いの神の登場に胸を撫で下ろす。

 

「お母さん。もう! 私が出るって言ったじゃない!」

 

 しかし、降りて来た少女の口調は彼女とはほど遠いものだった。

 誰だ、この子は誰なんだ!?

 

「ルイ、あなたはまだ寝てなさい。一月振りに帰って来たと思ったら、体調崩して寝込んで……私をいくら心配させたら気が済むの!」

 

「大丈夫だよ。今は体調も良くなってるし。それよりお客さん来てるの? ひょっとして私のお見舞いだったりする?」

 

 そう言って、玄関の方へやって来たのは紺色の髪の少女、ルイだった。

 ただし、その顔付きや雰囲気は俺の知る彼女ではない。あの堅苦しささえ感じさせる凛とした彼女の片鱗さえ見受けられなかった。

 代わりに見せたのは今時の中学生らしい、パジャマ姿の普通の女の子だ。

 

「あ、残火さんだ。私のお見舞いに来てくれたの? ありがとう。じゃあ、私の部屋に上がってて」

 

「ちょっとルイ。……この人、本当にあなたの友達なの?」

 

「そうだよ。手芸部のOBの残火さん。今でも時々、部室に顔出してくれてるの。ぬいぐるみとか作るの超得意で私も教えてもらってるんだよ」

 

 どこの残火さんだ、それは……。少なくとも俺ではない事は確かだ。

 娘の発言の真偽を疑いつつも、母親は渋々といった様子で俺を迎え入れた。

 取り敢えずは、警察に突き出される心配はしなくてよさそうだ。

 俺は彼女に連れられて二階の部屋まで連れて行かれる。

 如何にも少女然としたな小物で溢れた部屋に入ると、ルイは一息吐いて、勉強机の前にある椅子に腰を降ろした。

 

「危ないところだったな。私の到着が遅れていれば、お前は確実にお縄になっていたぞ」

 

 完全に俺の知る皐月ルイに戻った彼女は呆れたように肩を竦めて、俺を半目で見つめる。

 

「俺の責任なのか!? というか、色々聞かなければならない事が増えたんだが……」

 

「あのキャラについては聞くな。両親の前では普通の女の子で通しているんだ。……色々心労を強いてしまったからな」

 

 レイトウコの中で幽閉されていた期間の話か。確かにそれについては何も言えないな。

 自分を曲げてでも親の望む姿を演じるのも致し方ないだろう。

 

「だが、本当に手芸部に入っているのか? 意外だな」

 

 床に置いてある毛糸や編み針を見て、彼女との言動に似合わない趣味に感心する。

 

「ああ。しかし、手芸部という名目で部費を確保しているが、実態は忍者同好会だ。フェルトやウレタンで忍装束や手裏剣などを作っている」

 

 どういう部活動なんだ……。そして、やはり魔法少女のあの衣装はルイの趣味だったのか。

 いや、そんな事は今はどうでもいい。俺の聞きたい事は一つだ。

 カンナ。彼女の事だ。

 

「彼女はどこだ? ここに居るのか?」

 

「少し待て。お母さんに見つかる訳にはいかないからな」

 

 そう言って、ルイは部屋の扉まで近付くと、紙コップを逆さに着けて部屋の外の音を聞く。

 足音や気配からこの部屋に入って来そうにない事をしっかりと確かめた後、クローゼットの扉を開けた。

 その中には彼女の衣服……ではなく、紺色の壁の不思議な空間が広がっていた。

 

「これは……」

 

「奴が自宅内の空間を魔力で弄っていたのを見て、応用できないか試してみた。一室と呼べるくらいには拡張できたが、元がクローゼットならこれが限界だ。手狭だが、入ってくれ」

 

 パジャマ服のまま、ルイはクローゼットの空間へ先に進む。

 先程、チャイムを鳴らしてからすぐに来られなかったのは、ここに居たせいなのだろう。

 中に入ると、畳、六畳分ほどの広さの部屋に布団が敷かれ、カンナが寝かされていた。

 

「カンナ!」

 

 肌は黒済み、両目を閉じて死んだように横たわっていたが、駆け寄ると彼女は僅かに瞳を開いた。

 

「……タイカ?」

 

「ッ! その呼び方は……」

 

 俺をタイカと呼ぶのは、記憶の中にだけに残っている未来のかずみと聖カンナだけだ。

 この過去の世界でのカンナは俺をずっとフルネームで呼んでいたはずだ。

 それがどうして、その呼び方を使うのだ?

 

「知っていたよ……。お前が少し未来から来た事も、そこでの聖カンナとの関係性も……」

 

「何だと!? どういう事だ?」

 

「この世界で路地裏で倒れているお前を見つけた時……私は魔法を使ってお前と繋がった……」

 

 カンナの魔法、『コネクト』か! 路地裏で倒れていた時というと、俺がここに飛ばされた直後……偶発的な時間遡行が起きたすぐ後という事になる。

 つまり、彼女は何もかも最初から知っていたのだ。

 俺の正体も、あきらの存在も、この街で起きるあの地獄の光景も! 全部! 全部だ!!

 堪え切れない感情が問いとなって、喉から(ほとばし)る。

 

「何故だ!? 何故だ、カンナ! 全てを知ってどうして、プレイアデスの魔法少女たちを手に掛けた!? どうして、あきらの危険性を知りながら手を組んだのだ!?」

 

 問わずにはいられなかった。

 過去のカンナは言ってくれたはずだ。俺の真っ直ぐで優しい心を見続けていたかったと。

 プレイアデス聖団への憎しみなどどうでも良くなったと。

 それなのに何故このような結末を選んだ……? どうして俺の手を取ってくれなかったんだ、カンナ!

 横たわるカンナは、乾いた唇で呟いた。

 

「その、答えを得たのは『私』じゃ、ないだろう……?」

 

「何を言うんだ? あれは確かに……!」

 

「違う……そうじゃない。やっぱりお前も、同じか……『私』を誰かの代わりにするんだな……」

 

 失望したような眼差しに俺は閉口する。

 カンナの言う『私』とは、思い出の中の彼女とは別のここだけに居る自分の事か?

 ()れた声で吐き出されたのは、俺の知らない『彼女』の本心だった。

 

「『私』の知らない私の出した答えを見せられて、納得しろって……? 冗談じゃない……だったら、私の懐いた憎悪はどうなる? 『私』の知らない私に向けられた好意なんて吐き気がしたよ。タイカ……お前の言っている事は『私』に私である事を放棄させようとしているの同じだ……そんな押し付け、跡形もなく壊れてしまえばいい」

 

「それなら……俺のせいか? 俺の存在が、お前を余計に傷付けてしまったというのか?」

 

「そうだな……。少なくともあんなもの見なければ、あきらと組もうと思わなかっただろう。常にコネクトで奴の心を監視して……アトラスのベルトに、ドラーゴ・ラッテまで用意して、それなりに奴への対策までしていたんだがな。奴の人心掌握術まではお前の記憶になかったのが私の敗因か」

 

 あんまりだ。この俺が時間遡行した事で、ここに居るカンナの心を追い詰めてしまう結果になるなんて。

 最悪の魔物、『オリオンの黎明』になりかねない事も知っていて、あきらと同盟を結んだのだ。

 彼女にはその危険を冒してまで、許し難い想いだったのだろう。

 俺が“未来のカンナ”を“ここに居るカンナ”に求めた事が、最悪の引き金だった。

 絶望する俺に彼女は、ネタ晴らしとばかりに暴露を続ける。 

 

「いい事もあった。お前の存在を知り、いち早くこの街に掛けられた記憶改竄にも気付けた……。プレイアデス聖団を効率良く苦しめて殺すのに、あきらが便利なのも知れた……」

 

 俺のせいだ。俺のせいで皆不幸になった。

 プレイアデス聖団の魔法少女も、カンナも不幸になったのだ。

 カンナは掛け布団を肩を使って跳ね除ける。

 露わになった彼女の身体は両手両足が焦げ落ち、肘や膝のから先が消滅していた。

 

「う゛ッ、その身体……!」

 

「かずみにやられたよ。あきらに洗脳されたかずみにね。全部全部、お前のおかげだ。お前のおかげで本来の未来よりも絶望が加速した。なあ、タイカ。……ハハハ、どうだ? この『私』はお前の聖カンナとは全然違うだろう……ざまあみろ!」

 

「あ、ああ……俺は、皆を……助けたかっただけなんだ。かずみや、カンナを助けたかっただけだった。それがこんな事になるなんて……」

 

 憎しみの籠った笑みを送る彼女に耐え切れず、俺は頭を抱えて蹲る。

 俺など存在しなければよかった。こんなにも誰かを苦しめてしまうのなら、『オリオンの黎明』の攻撃で跡形もなく消え去っていれば良かったのだ。

 死にたい……死んでしまいたい。俺など、俺など消えてしまえば!

 

「タイカ? 私はそんな奴は知らない。ここに居るのは残火(・・)だ。名前を間違えるなよ、聖カンナ」

 

 寝ているカンナの胸倉を掴んでルイは引き起こした。

 相手の四肢が欠損していることなど気にも留めない強引さで、彼女の上半身を無理やり上げさせる。

 

「お前こそ、この残火を誰かと重ねているんじゃないのか? 例えばそう……お前が勝手に憧れて、勝手に助けを求めている王子様に」

 

「は? ふざけるなよ。里美の手下の残党が。プレイアデス如きに捕まった弱者風情に何が分かる!?」

 

 今にも噛み付きそうに歯を見せて睨むカンナの剣幕に、欠片も怯まずルイは平然と言葉を紡いだ。

 

「少なくともお前よりは彼を知っている。残火はレイトウコを解放してくれた。私たちに家に帰る希望をくれたんだ。その功績だけは誰にも否定させない」

 

 ルイ……。

 お前、そんな風に俺に感謝してくれるのか?

 こんなにも被害と絶望を広げてしまった俺を、弁護してくれるというのか?

 だが、俺にそんな価値はない。俺のせいでかずみはあきらの手に落ちてしまった。

 俺が見た絶望の未来よりも、更に状況は悪化している。

 

「ルイ……良いんだ。俺が彼女をここまでの凶行に走らせてしまった事は事実だ」

 

「事実なものか。こいつは甘えているんだ。お前が優しい言葉を掛けてくれる事を知っていて、辛く詰っている。私にはそれが分かる」

 

 俺がいくら言っても、彼女は決して己の意見を譲らずにカンナを睨んでいる。

 カンナもまたそんなルイに怒りをぶつけ続けていた。

 

「殺せ。お前らなんかに生かされるなんて屈辱でしかない」

 

「ほう……そんなに里美さんのところに行って、詫びを入れたいのか? 良い心がけだな」

 

 ルイもまたカンナへの憎しみを隠そうとしない。

 里美たちを手に掛けたのはカンナだったと話は聞いている。本当なら俺に教える前に自分の手で報復をしたかっただろうに、それをしなかったのは彼女の義理堅さ故だ。

 紺色のクナイを手元に生み出すと、ルイはカンナの喉元に切っ先を突き付ける。

 

「ルイッ!」

 

「……聞かせろ。あきらを調べ上げたお前なら、かずらを作り上げたお前なら、知っているはずだ。奴らの弱点を! それさえ教えれば願い通りにしてやる」

 

 彼女は本気だ。本気でカンナを殺すつもりだ。

 脅しで聞き出そうとしている訳ではない。用が済めば、その喉元を切り裂くだろう。

 しかし、それで大人しく情報を吐くカンナではない。

 

「言う訳ないだろうが……。大人しくあの邪竜どもの餌になって死ぬんだな。私はそれを地獄で先に待っててやる」

 

「くッ……どこまでもクズな女だ。ならばいい。望み通り地獄に堕ちろ、聖カンナ!」

 

 喉に押し当てたクナイを真一文字に滑らせる。

 だが、刃が肉を切り裂く寸前に俺は彼女の腕を掴んだ。

 キッと俺を横目で睨むルイ。

 

「止めるな、残火。これはトレミー正団の問題だ」

 

「悪いな、ルイ。それはできない相談だ。俺がどういう奴か知っているなら武器を仕舞ってくれ」

 

 ルイは俺をしばし睨んでいたが、その手からクナイを消す。

 俺の手を乱暴に振り払うと、彼女はクローゼットの部屋から出て行こうとする。

 

「ルイ?」

 

「……飲み物を取って来る。お母さんが来ないかも確認する必要があるから、しばらく戻らない。……後は好きにしろ」

 

 それだけ言い残すと、彼女は部屋から去った。

 俺とカンナへの配慮だろう。自分は関知しないから勝手に話せという事らしい。

 憎しみを堪えて、気を配ってくれた彼女に内心で感謝して、俺はカンナに向き直る。

 彼女はそっぽを向いて、目も合わせてくれない。しかし、めげずに語り掛けた。

 

「ずっと、お前と話がしたかった」

 

「…………」

 

 彼女は沈黙を保っている。

 全身から俺と会話をしたくないという意思表示が感じ取れた。

 それでも俺は喋り続けた。

 

「お前の言う通りだ。俺は“ここに居るカンナ”の事を何一つ知らない。だから……」

 

 その場で膝を突き、両手を床に着けて――土下座をした。

 

「教えてくれ」

 

「……あきらたちの弱点を、か?」

 

「違う」

 

 顔を上げて、彼女の顔を仰ぎ見る。

 

「お前の事だ。お前がどういう人間で、何を思って生きてきたか教えてくれ」

 

「…………償いのつもりか?」

 

「いや。こんな事で償えるとは思えない。だけど、知りたいんだ」

 

 俺は気付くべきだった。

 赤司大火が今ここに居る残火(おれ)ではないように、このカンナが俺の知るカンナとは別人だという事を。

 本当に『彼女』を救いたいと思うなら、『カンナ』を知らなければならなかった。

 思い出ではない、存在する彼女を理解して、初めてそれが可能になる。

 頭を上げて、もう一度カンナを真正面から見つめた。

 そうして初めて、俺は『彼女』と向き合えた気がした。

 ならば言うべき口上はこれしかあり得ない。

 

「初めまして。俺の前は残火。お前の名前を教えてくれ」

 

 つうっと見据えた彼女の頬から小さな雫が流れて、落ちた。

 

「私の、名前は……」

 

 そこで彼女は突然咳き込み、苦しみ出す。咳に混じった血が布団の上に赤い斑点を作った。

 咄嗟(とっさ)に彼女の身体を支えようとするが、首を振って拒絶する。

 

「私の名前は……カンナ。聖、カンナ……」

 

 口元を赤く汚して、それでもなお彼女は己の名前を言い遂げた。

 首のすぐ下にあった黒く濁った六角形のマークが、卵型の宝石になって布団の上に転がる。

 カンナのソウルジェムだ。もうほとんど濁り切り、元の色さえ分からない状態になっている。

 

「……魔力で誤魔化すのもこれが限界か。かずみの魔法で私の身体はもう死んでいる……作り物の身体だからかな、こういう無理が利くのは」

 

「カンナ……」

 

 倒れる彼女を思わず抱き留めた。

 触れた部分が炭のように崩れて、床に落ちる前に溶けるように分解されていく。

 何だ、これは……。彼女の言うように、ニコの願いで生まれた存在だからなのか?

 

「残火、か……君は自分の名前(オリジン)を手に入れたんだね。羨ましいよ……」

 

「カンナ……。嫌だ、待ってくれ。まだ何も……まだ何もお前の事を教えてもらってないぞ……?」

 

 涙で視界が滲む。声が震えて情けない響きになる。

 彼女は、そんな俺を眺めて朗らかに笑った。

 

「……ああ。こんな風に好きになるなら……もっと早く……」

 

「かんなぁ……待ってくれよ……」

 

「これが……最期の、『コネクト』……」

 

 彼女の身体が俺の腕の中で真っ黒に染まり、粉々に砕け散った。

 落ちたソウルジェムも罅が入り、グリーフシードへ変わり始める。

 その瞬間、一本のケーブルがソウルジェムから飛び出した。

 俺の胸の辺りへと繋がったそのケーブルは、するりと身体の中へ吸い込まれていった。

 

「……カンナ! 俺はお前を好きになりたかった! ここに居たただ一人のお前を! 俺は……!」

 

 ソウルジェムは消えていた。グリーフシードに変化しかけていたそれは影も形も残っていない。

 その代わりに、俺の中には彼女の温もりが残っていた。

 カンナが懐いた感情も、その記憶も、全て俺へと受け継がれ――繋がった。

 『コネクト(繋がり)』。

 彼女は最初で最後に理解したのだ。

 この魔法は、人と繋がるための魔法だったのだと。

 




一話の中でメンタル崩壊とメンタル再生を繰り返す男、残火。
この簡単に折れたり治ったりする精神構造を真鍮メンタルと呼ぶ事にします。

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