魔法少女かずみ?ナノカ ~the Badend story~   作:唐揚ちきん

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〈第一章 あきらの章〉
プロローグ 歪んだ少年とトランク少女


 電車から降りて、駅のホームから出た俺は(やかま)しい駅前の雑踏を少し歩く。

 群馬県の中部という片田舎に属するこのあすなろ市だがここの近くの都市と含めて開発が為されているおかげで緑はそう多くない。むしろ、列挙するビルやお洒落な西洋風の建物で覆われていて一見すると日本には見えないくらいだ。

 この近くの見滝原市や風見野市なんかもそんな感じの街並みらしい。いつまで欧州化する気なんだか……文明開化乙ってなもんだ。

 横断歩道の近くの建物に背を預け、携帯電話でパパに連絡を入れた。

 

「もっしもーし。あ、パパ。あきら君、無事にあすなろ市に着いたよー!」

 

 しかし、愛するパパから届いたのは辛辣な台詞だった。

 

『……金も住む場所も与えたはずだ。もう私たちに関わらないでくれ』

 

「ヒドーイ。それが大事な大事な一人息子に掛ける言葉なのかよ?」

 

 愛情が感じられな過ぎて、グレちゃいそうだぜ、俺。

 

『お前のせいで! お前のせいで理恵は今も精神病院に入院しているんだぞ!? それついては何も感じないのか!?』 

 

 急に声を荒げるパパ。きっとママが心配で情緒不安定なんだろう。それか更年期障害なんだろう、きっと。

 でも、よくないなぁ。そんな風にしてると血圧上がって寿命が短くなってしまうというのに。

 俺は家族思いの優しい息子なので、パパを落ち着かせるべく、穏やかな言葉を掛ける。

 

「ありゃ、ママはちょっと豆腐メンタル過ぎただけだって。ほら、ママって責任感が強くて背負い過ぎるところがあったし。だから、俺が友達にちょーっと悪戯(・・)したことを知っただけで寝込んじまったんだよ」

 

『悪戯だと……? ふざけるな! お前がやったのは自殺の強要だ!! ……クラスメイトを十四人も自殺に追い込んでおいて何でそんな事が言えるんだ……』

 

「のんのん。正確には十三人だよ。最後の子は自殺未遂で済んでるから。まあ、あれじゃあ、脳に確実に障害が出るから社会的には死んだも同然かなー? でも、命があるだけ幸せだよね!」

 

 人の命とは尊いものなのだ。例え、ベッドから起き上がれず、トイレに一人で行くことすらできない、奇声を発するだけの人生だとしても、生きているだけで素晴らしいのである。

 俺が人の命を賛美する発言をすると、パパの怒鳴り声は止み、今度は逆に声が(しぼ)んでいく。

 からかいすぎたかもしれないな。しかし、自重はしない!

 めげない、懲りない、自嘲しない。それが俺、一樹あきらの人生哲学なのだ。

 

『お前なんか……産まなければよかった……』

 

 パパは反抗期に入った子供に親がよく言う台詞ベスト10に入る台詞を吐く。

 ならば、俺もそれに対するベストな台詞をパパに送らざるを得ない。

 

「いや、それは十四年前にコンドーム付けずにキモチイイことしたパパとママの責任じゃね? 避妊は大事だよ、避妊は。次はちゃんと付けてママとHしなよ。…………ありゃ?」

 

 俺がそこまで言うと携帯の通話を切られた。

 ツーツーと無機質な音が耳に届いてくるだけだ。

 液晶の画面を数秒見た後、俺は呆れて溜め息を吐くと携帯電話をポケットにしまう。

 まったく、あんな安っぽい挑発で切れるとはパパもまだまだお子ちゃまだな。大体、俺が死に追いやった人間は中学ではまだ十ちょっとなだけで、小学校の時を合わせれば四十を越す。

 散々今までやってきたのに今更何かを感じる訳ないだろう。そのくらいでピーピー喚くなんて、それでも俺の親か。あー情けないったらありゃしない。

 自分があんなちんけで詰まらん男の精子の一つだったかと思うと泣けてくる。

 腕を組んで、己の悲劇的な過去を哀れんでいると、視界の端の方から一人の男が走ってくるのが見えた。

 男は片手には大きなトランク、もう片方の手には携帯を握って電話しながら走っている。

 その顔は焦りと緊張で強張っている。よっぽど大事な電話の内容なのだろう。

 しかし、まあ……走り電話とは行儀がよくない。

 俺はモラルに厳しい真面目君なのでそういうマナーのなっていない行いが許せないのだ!

 すっと男の足元に足を引っ掛ける。

 走っていた男は電話に集中していたせいで、面白いほど簡単にずっこけた。

 加速していた勢いが止まらず、地面を擦りながら前へと大きく飛び出した。驚愕に彩られたその横顔は自分に起きたことをまだ正確に認識できていないのだろう。

 男は投げ出された。前方にある横断歩道のど真ん中へと。

 きっと男の今日のアンラッキーカラーは赤だな。なぜなら、俺の着ているシャツの色も、信号の色は赤で――そして何より赤い大型のトラックが男の真横から迫っていたから。

 重たく、鈍く、くぐもった音がその場に響いた。それは水気の含んだものを思い切り叩きつけたような音だった。

 

「やっぱ、アンタのアンラッキーカラーは赤で決まりだな」

 

 男を占めている大半の色は赤だった。

 もっとも、潰れて(ひしゃ)げ、踏み潰された虫の死骸のような肉の塊を『男』と表現していいのか分からないが。表現の哲学者のソシュール先生でも困惑するだろう。

 赤いトラックは男を跳ね飛ばした後、ガードレールをぶち破り、街路樹と熱烈なキッスをかましていた。運転席も思い切り歪んで潰れていたため、運転手も天に召されたご様子。

 数秒の沈黙の後、(せき)を切ったかのように有象無象の阿鼻叫喚がBGMとして大音量で流れ出す。

 駅にも近いせいでその煩さは並大抵ではない。ちょっとしたサイレンのようでもあった。

 俺はそれを聞きながら、「大丈夫っすかー?」と白々しさ満点の台詞を吐いて、肉塊にジョブチェンジした男の傍に行く。

 道路を走っていた車は皆全て止まっており、そのせいで後方では更なる玉突き事故を起こして、順調にCO2の排出源である車を運転手の息の根ごと止めていた。地球温暖化防止まで起こしてしまうとは……俺は天使か。

 傍に近寄ると、当然の如く男はご臨終していた。逆にこれで生きていたらゾンビだしな。 そんなバイオ・ハザードな展開もなく、俺の興味も失せて始めていた時、男の手の中に携帯電話がしっかりと握り締められていることに気が付いた。

 どれだけ大事な電話だったのやら。ワーカーホリックだったんじゃないのか、こいつ。むしろ、俺がこの世から解き放ってやったことで救われたんじゃないだろうか。

 やはり俺は醜い現世から救われない魂を救済する天使だったのか。また俺の正しさが証明されてしまった。アイアム ジャスティス。俺こそ正義。

 

『……も……しも……きこえ……』

 

「うん? まだ通話状態になってやがる。流石日本製、強度が違いますな」

 

 男の死体に蹴りを入れて、その手から携帯電話を奪い取る。液晶画面に大きな(ひび)こそ入っていたが、未だにきちんと己の機能を果たしている通信機器ちゃんに俺は耳に当てる。

 

「もしもし? どちらさま?」

 

『……その声は立花ではない!? お前は誰だ? 立花はどこへ行った!?』

 

 ボイスチェンジャーで加工された声で捲くし立てるように電話の向こうの人物は喋る。

 どうやら真っ当な相手ではないことが簡単に予想できた。そして「立花」というのは恐らくは俺の足元にあるお肉のことだろう。

 それにしても、こんな怪しげな奴とつるんでいる立花(故人)もろくな人間ではないと思う。やはり死んで当然の男だった。そんな奴を死なせた俺は間違いなく天使! 今後は『天使少年☆エンジェルあきら』と名乗ろう。

 

「俺はエンジェルあきらだ。あきらたん、もしくはアッキーと呼んでくれ。あと、それからこの電話をしていた男は死んだ」

 

『死んだ!? ど、どういう事だ!?』

 

「イイ奴だったよ……よく知らんけど。お袋さんには立派な死に様だったと伝えてやってくれ……」

 

『ふざけてるのか、お前!? それなら……トランクは!? トランクはどうなった!?』

 

「トランクー? 取り合えず、この辺には……」

 

 立花の死体は流石にトランクまでは握り締めていない。十中八九、飛んで行ったか、トラックに潰されたはずだ。

 無駄だと思ったが、視線を彷徨(さまよ)わせていると、傍の歩道に転がっているトランクが目に入った。

 

「あった。歩道の方に転がってる」

 

『歩道? 何が起きたのか、さっぱり分からないが、そのトランクだけは確保しておいてくれ』

 

「えー。俺は無関係な一般ピーポーなんですけど? ていうか、命令とか何様? アンタ、小学校の通信簿に『偉そうにしていては皆嫌われるのでもっと(へりくだ)りましょう』って書かれていたクチだろ?」

 

『そんな事書かれていた訳ないだろう! ……頼む。お願いだ。……トランクを回収してくれ』

 

 電話相手は地味に突っ込みをこなしながら俺に頼んでくる。フッ、ようやく立場を弁えたか、このボンクラめ。最初からそう言っていればいいものを。

 

「分かったよ、ボンクラ。ちょっと待ってろ」

 

『ボ、ボンクラ!?』

 

 血液と肉片が混じった血だまりを、ピチピチ・チャプチャプ・ランランラーンと歩いて向こう側の歩道に向かう。

 トランクは大きく凹んでいるが、頑丈に出来ているのか破損している部分は見られなかった。

 トランクの前まで来た俺はそれを持ち上げようと取っ手を触ろうとする。

 

『扱いには気を付けてくれ。その中に入っているのは……時限式の爆弾なんだ』

 

 ……は? 爆弾? 取り扱いに気を付けろ?

 おい。それってもう手遅れなんじゃないのか? トラックに跳ね飛ばされるんですけど、このトランクちゃん。

 冷や汗がたらりと流れる俺の目の前でトランクがバンと開かれた。スローモーショーンで映るその光景を見る俺はふっと思った。

 ――これ死ぬんじゃね、と。

 脳内を光速で走馬灯が駆け巡る。映像は俺のクラスメイトに言葉を投げかけられたシーンが主たるものだった。

 

『何で、何で裏切ったんだ……あきら。信じていたのに……!』

 

『どうしてあきら君!? 私たち、あんなに愛し合ってたのに。こんな事するなんて』

 

『あきらあああああ! 呪ってやる!! お前だけは死んでもうらみ続けてやる!!』

 

『……地獄に落ちろ、あきら』

 

『何度生まれ変わってもあきら君への憎しみだけは忘れないから……』

 

 皆、俺に自殺に追い込まれた間抜けどもの恨み言ばかりだった。俺のことを大切な仲間だと、親友や恋人だと言ってくれた阿呆な玩具ども。

 くっ……皆。俺……アンタらと違って天使だから、天国行くんだ。だから、アンタらの居る地獄には落ちないよ。

 

『ふざけんな、てめえ!!』

 

『そーよ! 地獄に行くのはあんたの方よ』

 

『何が天使だ! お前みたいな邪悪な悪魔が何をほざいてるんだ!』

 

『死ね! 死ね! 死ねぇ!』

 

 走馬灯の亡者どもがまるで文句を言うように悪鬼の形相でがなり立てる。あれ、これって走馬灯じゃなくね? 実際にどこかと繋がってるの?

 そんなコント染みたやり取りを内心でやっているが、トランクの中から飛び出たのは爆発ではなく、人間の叫び声だった。

 

「いったーーーーーーい!!」

 

 長い長い黒髪を振り乱し、桃から生まれた時の桃太郎のように開いたトランクから飛び出してくる。

 その少女は……桃太郎と同じように素っ裸だった。

 だだ一つ違うのは性別が女の子で、身体つきが俺と同じ中学生くらいだということ。

 おっぱいも小振りながら、美しいピンク色の頂点を誇っている。パンツすら穿()いていない下も一本の毛根もないツルツルピカピカなものだった。

 

「……グッドです」

 

 親指を上に向けて真顔でサムズアップをする。

 爆弾ではないことが分かって安堵したのと、裸の女の子が出てきたことにより、混乱の極みにあったが、俺は取り合えず、自分の欲望に即した反応をした。

 少女は俺に気付き、そして、その視線の意味にも気が付くと絶叫を上げた。

 

「きゃああああああああ!」

 

 そして、俺に向かって突撃してくる。向こうも相当に混乱しているらしい。

 幼い頃に合気道を習っていた俺は即座に対応して、携帯電話を持っていない方の手で彼女の腕を掴むと相手の勢いを利用して後方へと大きくぶん投げた。

 

「ぎゃあ!」

 

 潰れた悲鳴を上げて、全裸の少女はアスファルトに舗装された歩道を転がる。

 いきなり、襲い掛かってくるとは……さては野犬にでも育てられていたのだろう。教育テレビで狼に育てられた少女というのを見たことがある。多分、あれだ。

 

『おい! 何か悲鳴のようなものが聞こえたぞ!? 爆弾はちゃんと見つかったのか!?』

 

 持っていた携帯電話から声が上がる。

 俺は耳に再び、携帯電話を当てて、転がる少女の尻を眺めながら逆に尋ねた。

 

「お宅の爆弾は……黒髪ロングで裸の狼少女なのか?」

 

『は? 何を言っているんだ、お前』

 

 返ってきた返答は俺の予想通りのものだった。爆弾というのは比喩表現で女の子を誘拐していた訳ではないらしい。

 

「いや、それならいいんだ。じゃあ、また後で連絡する」

 

『お、おい!? そもそもお前は誰な……』

 

 一方的に通話を切断し、歩道に転がる全裸の少女と道路の惨状を見回す。

 そして、近付いてくる救急車のサイレンの音を聞きながら、静かに笑う。

 この街に来てよかった。

 面白いことが起きる予感を感じながら、俺は悦に浸る。

 ああ、きっと楽しいことが俺を待っている。

 どうか、この俺を飽きさせないでくれよ、あすなろ市……。

 

 

【挿絵表示】

 




前に投稿していた話と流れを大分変えてみました。
今回は前作の主人公とは違い、コミカルだけど邪悪な性格の主人公を描いて行きたいと思っています。

ちなみに原作の立花宗一郎さんはあきらのせいで特に見せ場もなく死にました。今回の作風を端的に表すための最初の犠牲です。

裏設定のようなものですが、前作の物語と時間軸的にリンクしているので、前作主人公が見滝原市に越してきた日と同じ日の話になっております。

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