機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】   作:山葵豆腐

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その2

 同時刻、コロニートルディアの軍事基地内で、アカデミーの総合訓練プログラムが開始されていた。

 MSのスラスターが吹き荒れ、マーカーライフルにしては大仰な発射音が鳴り響く。市街地を想定してあるのだろう、四方には中小のビルを模した障害物が建ち並んでおり、足場には中古車が配置されていた。

『上だ、上ッ! 敵影一つ!』

『ひ、一つ!? 馬鹿なのか!? 俺たち四人相手に―――』

 

 

 ビルの影から飛び出してきた機影に、四人の訓練生はすかさず反応する。黄色い装甲色をした、アデルがマーカーライフルを一斉に構えた。まだ経験のない訓練生であっても、奇襲攻撃に混乱せず対処できるということは、彼らが成績優秀のエリートであることを示している。

『は、早いッ!』

 

 

 しかし、マーカーライフルの弾は迫りくる敵影にかすりもせず、空中へと投げ出されていく。もちろん敵も、彼らと同じアデルを操縦しているはずだ。だがそれは、全く別の高性能MSのような動きで、迫ってくるのだ。

 あっという間に、二つの撃墜を知らせるアラート音が重なり合って鳴り響く。機能停止して、地面に跪く二機のアデル。彼らを撃墜したであろうアデルは、両手に訓練用のマーカーロッドを持っている。実際のビームサーベルよりも半分以下の長さで、扱いづらいとされているものだ。

 

 

 二刀流のアデルは、眼前にて怖気づいている敵に向かって猛進する。混乱しているのか、マーカーライフルの弾は明後日の方向にしか飛んでいかず、みるみるうちに距離を詰められてしまう。

『俺は……エリートで!』

 

 

 混乱を振り切って、一方のアデルもマーカーロッドを持った左腕を振り上げるが、遅かった。左腕破損のアラートが鳴る。

『総合適正評価Aで!』

 

 

 次に右腕破損のアラートが鳴る。

『訓練生なんだよぉぉおおおッ!』

「当たり前じゃないですか」

 

 

 セツナは嘆息しながらも、眼前のアデルの頭部にマーカーロッドをぶつけて、トドメを刺した。両腕と頭部を失ったMSは、最早使い物にならない。

 振り返ると、残りの一機もコックピット部分に青色のペンキが炸裂しており、地面に横たわっていた。後方で控えている、狙撃兵によるものだ。

『エリアA制圧しました!』

『エリアB、敵は片付けた』

「こちら、エリート部隊を撃破」

『敵戦力ないよーっ! 私たちの勝利だよ、はむはむ!』

 

 

 その瞬間、パイロットたちの歓喜が回線を通して漏れ出してきた。

セツナもそっと笑みを浮かべる。父親の声が響かないコックピットは居心地のいいものだな、と内心でセツナは呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、セツナ!」

「うん!」

 

 

 ツナギを着ているアリサは、パイロットスーツ姿のセツナとハイタッチした。格納庫内では、整備班とパイロット、オペレーターが入り乱れて、勝利の余韻に浸っている。

「優勝候補チームだったのに、こちらの損害は四機だけ……すごいよ、セッちゃん!」

「ま、まぁ……私、天才だし……」

 

 

 うんうん、と何度も頷くアリサ。父親から天才と言われ続けているためだろう、無自覚のうちにそれを口に出してしまうらしい。しかも本人に悪気はなく(おそらく性格に似合わず天然なのだろう)、かといって周りの人間も否定できないでいるため、その口癖は今日まで続いているというわけだ。

 まぁ、周りの反応はというと「事実、天才なんだし、ツッコミどころがない」だとか、「可愛いから許す」だとか、容認どころか、個性の一つと認識しているものが殆どだ。

しかしながら、個人的な感情から、それをよしとしない人間もいるわけで。ゆえにフジノはというと……。

「とはいえ、まだ一回戦だよねー、あンむ」

 

 

 コンテナの上に座っているフジノは、ピザをほおばりながら、セツナを睨みつける。猫が威嚇するような光景だ。二週間前のあの出来事以来、まだセツナとフジノの関係は良くない。とはいえ、なんだかんだいって互いに歩み寄ろうとしているし、関係修復は近いだろう、というのが班全体の見解だ。

 アリサもそう思っている。要は二人とも、素直じゃないのだ。

「そうですね、一回戦ですね。それよりコンピューターの上に、ピザの具を落とさないでください。これ、軍のものなんですから。壊れたら大変ですよ?」

「た、食べ汚しには気をつけているよ!」

 

 

 と言ったそばから、フジノの唇の隙間からチーズの破片が転がり落ちる。それを見てため息をつくセツナだが、どこか楽しそうだった。

 アリサとセツナが友達になってから、二週間が経った。未だに、アリサ以外の人間には敬語を使っているセツナだが、徐々に周りと打ち解け始めている。友人と言える人間も何人かでき始めたようだ。父親の研究にはまだ協力しているらしいが、最近は父親からのプレッシャーを感じなくなってきたという。

 ゆえに、このような笑顔を覗かせるようになったのかもしれない。

「ほら……言ったとおりです。今後、そういうような不真面目な行為は謹んでください」

「あぅ……」

 

 

 セツナは近くの携帯椅子に座ると、ヘルメットを横に置いて、体の力を抜く。

「さてと、私は機体の整備に戻るよ。何か不具合はあったかな?」

「右脚のバランサーの調子が少し悪かったかな。シリンダーの動きが左と合っていなかったのも、あるかもしれないわ」

「わかった! すぐに調整するよ!」

「あ、それと」

 

 

 セツナはアリサを引き止めて、

「左右の腕の制御系統、反応にズレがなかったわ。さすが、アリサね。これからも、よろしく」

「セッちゃんの操縦あってこそだよ」

「ありがと」

 

 

 これほど柔らかな表情を他人に見せるようになったのは、久々だ。自分の能力に縛られていた頃は、そんなこと忘れていた。セツナはアリサの背中から視線を外すと、近くにあった飲料水の入ったペットボトルを静かに手に取る。

 少し遠くのほうで、同じ班のパイロット科の男子生徒たちの話し声がしていた。

「しっかし、すごかったよなぁ、セツナの無双っぷり……」

「ありぁ鬼神そのものだな。俺たちにはマネできねぇ」

「ってか、エリート部隊の最後の一機って、誰が狙撃したんだろ?」

「セツナじゃね?」

「二刀流しながら狙撃ってか。どういう仕掛けか分からねぇけど、あの天才少女じゃやりかねないな」

 

 

 ちなみに、後方にて狙撃していたのは、その近くで女子生徒の相手をしている美少年、セルビットである。実際のところ、前に出て活躍したかったのだろう。後方支援というものは、いつの時代も、良くも悪くも目立たないものだ。セルビックの願望とは、百八十度違う役割だった。

 そうさせたのは、実質的な隊長であるセツナだが、今の男子生徒たちの会話が耳に入っているとしたら、不憫だと思わずにはいられなかった。しかしながらあの時、狙撃を成功させてくれなかったら、後方から不意打ちを喰らっていたかもしれない。

「ははは……だいじょーぶ、次はちゃんと活躍してみせるよ……」

 

 

 セルビットは引きつった笑顔で言ったが、女子生徒たちの反応は微妙であった。今まで、前線で鬼神のごとき活躍をしているように見せていたのだ(実際はハイエナ戦法)。後方で地味な狙撃に徹していたセルビットを見て、少々落胆しているのだろう。

 おそらく女子生徒たちは、戦場においての後方支援砲撃の大切さを知らない。というか、後方支援の機体は殆どモニターに映らないのだ。観戦していた生徒たちにしてみれば、セルビットが参戦していたかどうかも怪しい、と感じるのだろう。

だが、現場のオペレーターはモニターを見て指示を出さない。画面端のミニマップと戦況報告ウィンドウだけで、後方支援機体の活躍を把握できないのは、言語道断だ。そのことについて、小一時間説教してやってもいいと感じたが、セツナはそうせず、セルビットのほうを向いて、

 

 

「セルビットさん、さっきはありがとうございます」

「え? あ……セ、セツナさん?」

「見事な支援砲撃でした。おかげで敵がまとまって、なおかつ私の接近も気づかれませんでした。さすが、射撃評価Aですね。前線にいる私としては、なくてはならない存在です」

「まぁね!」

 

 

 本人の機嫌は治ったようだ。キラーンと純白の歯が光り、爽やかな黒髪が風に揺れる。しかし依然として女子生徒の反応は微妙だ。

「さて、次も僕の見事な後方支援を、君たちに〝魅せて〟あげよう!」

「「「は、はぁ……」」」

 

 

 その様子に、男子生徒の集まりは、

「最近、セツナ……丸くなったよな、性格的な意味で」

「この前は冷たい天才少女、って感じだったのに……」

「恋でもしたのかねぇ」

「聞こえていますよ」

 

 

 その会話をセツナは笑顔で遮った。笑顔のはずなのに、コックピットにビームサーベルを突きつけられているような感覚に陥った男子生徒たちは、ぺこりとお辞儀をして別の会話を始める。

 とはいえ、男子生徒たちの言うとおりなのかもしれない。そう、セツナは思い始めた。

 それもこれも、アリサのおかげなのだろう。

 セツナは、次の模擬戦が始まるまで、MSの整備を行なっているアリサの背中を眺め続けていよう、と思った。


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