機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】   作:山葵豆腐

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【第二話】 ガンダム、紅蓮の中で
その1


 争いは消えない。

 たとえ大多数の人々が平和を願っても、平和を願えない人々が出てくるからだ。その人々は憎悪という呪いに縛られて、今も真空を彷徨っている。

 

 

『敵機捕捉、ラヴァーランド艦からの距離、およそ3000……MS隊、出撃だ。作戦目標は、コロニートルディアの制圧、ならびにAGEシステム搭載の新型ガンダムの鹵獲だ』

『了解ッ! 内部の工作員に感謝しなきゃな』

『ああ……彼らも、内部から攻撃を仕掛けてくれるだろう。さて、連邦の下衆どもに一泡吹かせてやるか』

『地球種への復讐がやっと果たせるな』

『生きて帰ることができたら、火星のクソマズい酒で飲み明かそう』

 

 

 彼らは皆、四十歳を超えている。普通ならば、反射神経が鈍くなり、若者のパイロット相手に手も足も出せないことが多い。そのため、連邦軍であれば、この歳で退役したとしても、退職金がそれなりに貰える歳だ。

それでもなお、彼らがMSを乗り続けるのには理由がある。

復讐だ。復讐という、目に見えない悪魔に取り憑かれ、平和を手にするという選択肢が許されなくなった、いわば亡霊。

「……了解」

 

 

 その中に、一つだけ若者の声があった。若者、といえば十代後半を想起させるが、そうではない。彼女はまだ、十二歳ほどであった。普通ならば、ジュニアハイスクールに通っている歳だ。

 水色のショートカット、前髪は綺麗に切り揃えられている。蒼い瞳も、片方が眼帯で隠れていた。それは少女が〝プロトタイプ〟であることを示している。使い古されたパイロットスーツを身にまとい、冷たいトリガーを握り締める。

 そんな少女も、呪われているのだ。

 

 

『敵は偵察隊と思われます。数は三機、そのうちの一機は新型だ』

 その声は、野太い男のものだった。

「……了解しました。三機は私が殲滅します」

『頼んだぞ……』

「はい、〝お兄様〟」

 

 

 その返事に感情はなかった。全方位モニターが起動し、周囲に漆黒の宇宙が広がる。火器制御系統異常なし、レーダー正常作動、システムオールグリーン。

 三十一年前に造られたものとは思えないほど、スムーズな起動。停戦協定が結ばれたあの日から、今まで、ひたすらに整備と改造、強化を行ってきた結果だ。努力というものは、必ず結果に出てくるものである。

 カタパルトが人間の肋骨のように展開すると、そこに機体が降りてくる。薄紫の装甲、脚部には大量の推進器が取り付けられており、そのため肥大化している。その姿はゼイドラや、クロノスに近い。背中にも推進器が取り付けられており、両腕には大型長砲身のビームキャノンがある。

「ゼラ7(セブン)、グルードtype.K、発進します」

 

 

 Kの由来はヴェイガンのMSクロノス。かつてクロノスの予備パーツとして保管されていた、クロノスキャノンを強引に両腕に取り付けているのだ。パイロットに高度な火器制御能力と、過度の加速に耐えられる思考能力、反射神経、その三つを同時に要求してくる、非常にピーキーな機体なのである。

 その巨体がカタパルトから滑るように、真空へと吐き出される。底知れぬ憎悪を乗せたグルードというMSは、流星のごとく薄紫の体を疾走させた。

 接敵までおよそ十二秒、相手は既にゼラ7の接近に気づいているはずだ。いくら平和ボケしていようと、昔のようにはいかない。連邦の軍人も、警戒だけは怠らないようになっている。

 

 

 接敵までおよそ七秒、敵の砲撃が開始された。

「前に出てきたのは、カラーシュ一機……」

 グルードとの距離を詰めてきたのは、朱色と白のツートンカラーで、可変機能を搭載した、カラーシュという連邦軍の主力MSだった。背中に刃のごとく鋭い翼を持ち、両肩は必要最低限の広さしかなく、胸部は丸みを帯びたコックピットハッチ。頭部は連邦軍のMSよろしく、バイザーで覆われている。クランシェを元に、量産性を高めたもので、性能で言えばヴェイガン残党のMSを凌駕しているであろう。

「遅い」

 

 

 その一言だけであった。カラーシュの持つ、二枚板のバレルを持つドッズライフルが、殺意が込められた光を放つ。しかしそれを、グルードは機体を素早く横に一回転させて、軽々と回避してみせる。

『このデブ、よく動くッ!』

 

 

 連邦のパイロットが舌打ちをする。トリガーを握る右手に力を込めて、接近戦を覚悟する。カラーシュの腰部ポケットが展開し、そこからビームサーベルを右手にとって、出力最大にして現れた光の刃を、迫りくるグルードに向けて振りかざす。

「一機殲滅」

『なッ!』

 

 

 眼前のカラーシュが撃墜される前に、ゼラ7は呟いた。既に彼女の脳内には〝カラーシュが撃墜される明確なビジョン〟があるのだ。グルードの左手の平から光の刃が発生し、カラーシュのものとぶつかり合う。次の瞬間、グルードの右手の平からも光の刃が発生し、カラーシュの脇腹に突き刺した。コックピットが焼かれて、若きパイロットはその命を宇宙に散らせる。

撃墜の余韻に浸ることなく、ゼラ7はトリガーを引いて、ステップを踏む。全身のスラスターを旋回に使い、軽やかに振り返ったグルードは両腕のクロノスキャノンを構える。射線上には、新型―――おおよそ、隊長機であろう―――が猛進していた。

 

 

 ジェノアスから続く特徴的なバイザーの頭部は廃止され、代わりにある長細いアイカメラが蒼色に発光。両頬に特殊なセンサーが仕込まれており、それがエルフの耳のようになっている。黄緑色の胴部から下は、かつてのAGE‐3を彷彿とさせるようなヒロイックなデザインで、とても量産型には思えないものであった。

その名は、RGE-G3900 シグナム。次世代量産型MSである。

これは連邦とヴェイガンの技術を組み合わせた最新鋭機であり、残党軍としては忌むべき存在なのかもしれないが、ゼラ7はそこに個人の思想や感情を入れ込むような愚行はしない。

ただ、眼前の敵MSを殲滅するだけ。

それが父親の憎しみを、彼女自身の憎しみを浄化させる唯一の手段であると信じているからだ。

『よくも、デイビットをッ!』

「これ、戦争だから」

 

 

 敵の叫び声が脳に響くが、ゼラ7はあくまで冷静に答える。グルードとシグナムのビームサーベルが衝突し、雷のごときエフェクトが四散。グルードは右足を上げて、シグナムの胴部に蹴りを入れる。シグナムは微かによろけ、攻撃の隙が生まれた。だが、ゼラ7は攻撃を繰り出そうとはしない。即座に〝三秒先のビジョン〟を考察し、最適な行動を導き出す。

 不完全な個体でも、それぐらいは容易いことだ。

『ゲルニカ、今だッ!』

 

 

 背後からカラーシュが奇襲を仕掛けてきた。ドッズライフルの螺旋状の光が、グルードを貫かんと疾走する。グルードはスラスターを吹かせて振り返ると、ビームサーベルで〝DODS(ドッズ)〟の光を弾くと、残ったエネルギーを、右腕の電磁シールドで分散させる。そして右腕をすかさず、カラーシュの方向に向けると、クロノスキャノンを噴かせてコックピットを狙撃。カラーシュのパイロットは断末魔を上げることなく、分子へと還元された。

 

 

―――憎悪は伝染する。

 

 

「残り、新型一機」

『よくも……よくもォッ!』

 

 

 その声は若かった。部隊長を務めるには若すぎるほど、しかしゼラ7は戸惑うことなく、ビームサーベルを振るう。またも、ビームサーベルはぶつかり合い、スパークが撒き散らされた。

 

 

―――地球に住むことのできなくなった一部の大人たちは、また宇宙へと逃げたのだ。

 

 

 グルードとシグナムは互いに、一撃離脱しながら攻撃を炸裂させるチャンスを伺っていた。薄紫と黄緑の流星が、宇宙を駆け巡る。ぶつかるたびに、雷鳴が轟き、スパークが輝く。

 

 

―――彼らには、屈辱に耐えながら地球(エデン)に住むか、こうやって宇宙をさまよいながら復讐劇の続きをするか、どちらかしかない。

 

 

『おぉおおおッ!』

 シグナムのパイロットが吠える。腰のツインドッズライフルをパージし、ビームサーベル一本でグルードに立ち向かう。性能ならば、シグナムのほうが上だ。いくら相手がエース専用機であっても、所詮は旧式。今どきの戦場に出てこずに、戦争記念館にでも展示されていればいいものなのだ。そう自分に言い聞かせる。しかし当然ながら違った。冷静さを失った若きエースは、次の瞬間まで、クロノスキャノンを胴部に押し付けられていることに気づくことができなかった。

「殲滅完了」

 

 

 グルードはシグナムの破片を吹き飛ばして、流星のごとく、目標のコロニーへと駆ける。

 ゼラ7にも感情は存在する。

 孤独を感じることもあれば、怒りを感じることもあるし、恐怖を感じることもある。

 ただ、このような冷たい戦場では、それらを押し殺さざるを得ないのだ。

 それだけのこと。

 だが、兄に対する感情は、捨てないと彼女は誓った。


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