機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】 作:山葵豆腐
午後からは、一週間後に行われる総合訓練プログラムの班員の顔合わせだ。戦艦のブリーフィングルームを見立てた教室に、各学科の生徒たちは集合する。校内施設とはいえ、壁の材質や、中央にあるソリットビジョン対応のテーブルがあったりと、なかなか本格派である。まぁそれだけ設備が整っていなければ、連邦軍の基地の一角を貸し切って訓練を行うことなど不可能なのだろうが。
教室では、テーブルを中心に三十名ほどの生徒が立っている。その中にアリサとフジノもいた。
「あんた、この期に及んで……」
「フルーツガムだから問題ないよー、くちゃくちゃ」
フジノは相変わらず、口に何かを含んでいないとダメらしい。いつも通りのフジノに、艦船オペレーター学科の生徒数名が吹き出した。きっと、向こうのクラスで、フジノ・イイザキという〝生物〟は癒し系のような存在なのだろう。
テーブルを挟んで向こう側には、セツナの姿もあった。周りの人間とはいっさい言葉を交えずに、資料に目を通している。アリサの視線は頻繁に彼女に向くが、気にしてはいない様子だ。
それほど集中しているのだろう。
今回の総合訓練プログラムは、マーカーライフルを用いた模擬戦形式で、パイロットと整備士、オペレーターのチームワークを学生同士で競うものだ。実戦形式の本格的な訓練であると同時に、トーナメント形式であるため、二年生と三年生の間では年に一度のお祭りイベントと言っても過言ではない。
つまり、普通の学校で言う体育大会のようなもの。
全員が集まって二分ほど経過したところで、テーブルの前の巨大モニターにスキンヘッドの黒人男性の姿が映し出された。軍服を着ており、胸元には勲章の数々。軍服の上からでもわかるぐらいの筋肉を持っている、大男だ。
『おはよう、諸君』
そう言うと、隣に立っている女性士官が『もう午後です』と指摘する。狙ったのかどうかは分からないが、微かに生徒たちの笑い声が聞こえた。
『私はトルディア第一軍事基地に配属されている、アルバート・ヘイヴァンだ。よろしく』
あえて階級を名乗らないのは、生徒たちに親近感を植え付けさせようとしているのだろう。軍人にしては、少々ファンキーな人物であることがわかる。
その後はアルバートの淡々とした説明が五分ほど続き、あとは各自、当日のフォーメーションや相手チームの戦術予測を行う。
「それでは、僕たちMS隊は当日のフォーメーションを決めよう」
テーブルに備え付けられた液晶に映る陣形を操作しているのは、三年生のセルビット・ケルムだ。さっぱりとした黒髪に、整った顔立ちの青年。女子生徒からの人気も高く、成績優秀。班を取りまとめる人間となるのは、必然であった。
整備班のアリサだが、当日の予定と言われても、いつも通りMSのパーツを取り替えたり、修理したりするだけなので、MS隊のように綿密な打ち合わせは行われない。なので、セツナのいるMS隊のブリーフィングを眺めておくことにした。
「市街地を想定された演習場……ここは、アデル三機を固まらせて、慎重に進軍するのがいいだろう。なので、今回はアルファ、ベータ、ガンマ、と三チームに分かれて行動。僕たちアルファチームが先行し、ベータとガンマが左右から挟み撃ちにする。もちろん相手の陣形も同じかもしれないし、その場合―――」
セルビットが自慢の頭脳を生かして戦術を立てるが、そこに割って入るように一人の少女の声がした。セツナだ。
「待ってください。先行するのは、私だけで十分です」
「な、何を言っているんだ! 君一人じゃ……」
「白兵戦は得意です」
「だからって一人で……」
もちろん、セルビットとてセツナのことを知らないということではないが、それでも不本意だった。ブリーフィングを始める前に「みんなで力を合わせて、勝利を勝ち取ろう!」と高らかに宣言したのに、十五歳の少女一人を囮にして戦うのは、彼のプライドが許さないのだ。
「たかが九機、一度に相手しない限りは大丈夫です」
「そんなことできるわけない!」
「できます、天才ですので」
その言葉に周囲は凍り付く。皆、先ほどの発言をナルシストを象徴するものとしか捉えていない様子だ。アリサはというと、
「はぁ……こんなところで言っても、ねぇ……」
天才には奇人変人が多いと聞くが、本当だったのだな、と思いながらもため息を一つ。
「それに過去のあなたの適正を見た限り、白兵戦はC評価。対して私はS評価……。あなたは後方にて、A評価の射撃に専念したほうが良いでしょう」
「ぐ……だからと言って……」
「無理に白兵戦をして、目立とうとしないように。戦争は見世物じゃないですよ?」
「な、何を言ッ―――」
「あと、フォーメーションも三角形からひし形に変えましょう。背中を取られれば、チーム一つが全滅しかねません」
その後も、天才少女と優等生の討論は続いた。結果だけで言うならば、討論が終わった後には、セツナとセルビットの周りからの評価は逆転していた。膨大な量の戦術データや、MSのシステムにおけるマニアックな知識など、MSパイロット学科では習うはずのない知識を出されてしまえば、優等生であるデルビックとて、どうしょうもない。
完膚なきまでに論破されたセルビットは、表情には出さないものの、かなり焦っているだろう。
今日のブリーフィングは終わり、皆が教室から続々と出ていく。アリサも配布された資料を鞄に詰めて、フジノと一緒に出ようとしていた。
「アリサ・アスノさん、お時間少しいいですか?」
肩を叩かれ、何かと思って振り向くと、そこには天才少女セツナが立っていた。先ほどと同じように冷たい表情からも、アリサと友情を築き上げたいとは思っていない、ということは容易に想像できた。だからと言って、嫌がらせをする感じにも見えない。
「え、ええ! いいわよ! 困ったことがあれば、何でも相談にのるわ!」
「恋愛相談は無理だけどねー」
フジノがアリサの背中から生えるように出てきて、付け足す。
「余計なこと言わないの!」
「誰も相談なんて言っていないでしょう……」
セツナは苛立ちを隠して、小声で言った。アリサはというと予想外の回答に、驚
いていた。アリサが「お時間少しいいですか?」と呼ばれるときは、かなりの確率で何か相談(もしくは手伝ってほしいこと)なのだから。それほど彼女が、同級生から頼りにされているのだ。
周りより二歳も年上だから、なんとなく頼りにされているんだろうな、とはアリサも思っている。だがそれが、彼女の性格から来ているとは自覚していない。
「少し聞きたいことがありまして……」
「なになにー?」
陽気に受け答えするアリサを、まっすぐな視線でセツナは尋ねた。
「二年前、あなたはどうしてMSパイロット学科を辞めたのですか? 成績はトップクラスだったはずなのに……」
少しだけアリサは息が詰まったが、セツナは気にせず続けた。
「書類には、その理由が書かれていませんでした。何故です? あれほど高いXラウンダー能力を持っていながら、パイロット学科をやめて、今現在はMS総合技術学科。アカデミーも、イリニアからトルディアに転校している……」
後ろのほうで、事情を知っているフジノが険しい表情になっているが、アリサはいつもの調子を保ちつつ、
「あー、やっぱり気になっちゃうよね……みんなには留年した、って言っているんだけどさ」
「書類の中にあったので。しかし、その理由までは書かれていませんでした」
「理由を知って、なになるんだよ……」
フジノはセツナを睨みつけた。親友の壮絶な過去を知っているが故に、それを知ろうと、アリサの心に土足で踏み込んでくるのが許せなかったのだ。
「うん、その、なんというかなー? ほら、Xラウンダー能力って、弱体化するらしいのよ。酷使したら、そうなるんだって」
たしかにXラウンダー能力の酷使による弱体化は、戦時中でもいくつか例がある。現にアリサも〝先読み能力〟自体は殆どない状態だ。しかし完全に消滅しているわけではないし、今でも〝声〟は聞こえることがある。むしろ、前よりも酷くなっているぐらいだ。先読み能力の弱体化も酷使によるものではなく、逆に使っていなくて衰えてきた、という表現のほうが正しいし、リハビリすれば元に戻る可能性が高い。
つまり、半分本当で、半分嘘である。
「先読み能力もなくなっちゃったんだ。それで挫折しちゃって、前々から興味を持っていたMS開発者を目指そうって思ったの。だから、今の私の夢はガンダムのような、すごいMSを開発することなの!」
「…………挫折した? あなたは、Xラウンダー適正以外の評価も、Aが殆どでした。それだけでパイロットの道を諦めたのですか?」
「あっちゃー……個人情報筒抜けね……」
「一般生徒に向けて、個人の成績は公開されているはずです」
「そりゃ、そうだけど……」
正直、あまり答えたくなかった。それはまだ、アリサ自身が過去を直視できないからであり、MSに乗れない理由でもある。
「私にだって、Xラウンダー能力はありません。それでもこうして、パイロットを目指しています。あなたの祖父だって、能力がなくてもスーパーパイロットとして、活躍していた!」
いつもは冷静なセツナの声調が変わった。
「ごめんね。私……ヘタレなの。能力だけが全てだと思って、辞めちゃったんだ。でも、悔いはないよ……」
「嘘ですね」
「……嘘じゃないよ」
「本当にそうなら、幻滅しました……」
セツナはアリサに背中を向けて言った。きっと、怪我が原因でやめた、などというちゃんとした理由があって、パイロット学科をやめたのかと予想していたのだろう。だが、理由は挫折だった。それに苛立ってしまうのは、やはりセツナが天才である以前に、努力家であるからなのだろう。
「先読み能力がどのようなものなのか、教えてもらおうと思っていたのに……そうすれば、もっと上手くMSを操れるように、と。でも、今のあなたに聞こうとは思いません」
「ごめん。私はもう―――」
「それ以上に! あなたの能天気な思考が不愉快なのです」
セツナはそう言い残すと、立ち去ろうとした。そんな彼女の肩を、フジノは掴んだ。
「謝って」
「…………」
「アリサに謝って!」
「もういいよ。〝どちらにせよ〟悪いのは私のほうなんだからさ……」
アリサ自身は怒っておらず、フジノの手を優しく握った。あそこまで言われて怒らずにいられるのは、きっと自分がそう言われても仕方がないことをしたという自覚があるのが半分。もう半分は、アリサが父親に似て、優しすぎる、ということだろう。
「さようなら」
フジノの手を払い除けて、セツナは去っていった。