機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】   作:山葵豆腐

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その2

 薄暗い格納庫。そこに一人の〝父親〟がいた。五十四歳になった今でも、若々しさを感じさせる顔立ち。きっと彼自身の心の〝若さ〟を象徴しているのであろう。研究室にいる時とは違い、黒いスーツを着ていた。白衣とは違って、窮屈で苦手であったが我慢することにしている。

 格納庫には足音が二つ。一つは彼―――キオ・アスノのもの。もう一つは、連邦政府の役人オリヴァー・スティルのものである。オリヴァーのほうはというと、若さを感じさせるものの、それよりも内面の冷たさが外に漏れ出しているように、キオは感じた。きちっと整ったオールバックにメガネといった容姿と、文章読み上げソフトのような感情のない声調が原因であろう。

 

 

「ここにあるのは、全て【V計画】に関するものです」

「ああ、技術協力を行っていたから、ある程度までは知っているよ……。でもまさか、封印されていたはずのAGEシステムまで使っていたとはね」

「EXA‐DBのデータの九割を損失した今、これが最後の希望なのです」

 

 

 しかし、それは使い方によっては絶望にも変わるものだ。

 格納庫にあったのは三機のMS。一機は背中に砲台を備えた中距離火力特化型、一機は下半身がタンクになっている遠距離砲撃支援型。そして最後の一機……二本のブレードアンテナを備えた双眼の頭部、胸には丸みを帯びた字体で〝A〟が刻印されていた。

「Gキャノン、Gタンク……そしてガンダムAGE‐V(ファイブ)です」

「ガンダムAGEのナンバリングは、火星圏浄化目的に造られた四号機までのはずだけど」

 

 

 オリヴァーは大して下がっていなかったメガネの位置を整えて、視線を手元に合った資料からキオに向けて言った。

「何を言っておられるのでしょうか? すでにAGEシステムは連邦軍のものでしょう」

 

 

 201年、ガンダム記念館が建てられた時、キオはAGEシステムとガンダムAGEシリーズの使用権利をすべて連邦政府に渡した。今の、アスノ家にガンダムは存在しない。それは平和を勝ち取ったアスノ家に、兵器は必要ない、と考えたキオの判断であった。

「ナンバリングする権利は我々、連邦軍にあるはずです」

「せめて、ガンダムの名は捨ててくれないかな……」

 

 

 手放すものが、代々伝わる伝説の機体であっても、遺失技術の塊であっても、アリサやエレナには平和になった世界で生きて欲しい、という願いがあったからだ。

 今となっては、それも無駄なことだが。MSパイロットを目指す、と言ったアリサを引き止められなかったのだから。その結果、アリサは戦争を知ってしまい、悲しい思いをさせてしまった。ガンダム記念館で歴史資料になっているはずだったガンダム、そしてブルーシアの地下で眠っているはずだったAGEシステムは、連邦軍の手によって封印を解かれた。そこで新たなガンダムが開発され……アスノ家は名前だけの富豪になってしまっている。

 

 

 結果として、キオのやったことは間違いであったのかもしれない。だが、彼の思い。アスノ家を二度と戦争に関わらせたくない、というものは間違いではなかったのだろう。

「ガンダムはアスノ家の専売特許なのですか? 違うでしょう。ガンダムとは、人々の希望を象徴する存在なのです。そして、今の人類には希望が必要です」

「その象徴が兵器、か」

「はい。人類を守る救世主は、ガンダムなのです。兵器には相応しい名前を付けなければ、兵器に名前を付ける意味などありません」

 

 

 その言葉に彼は怒りを覚えた。祖父フリットは大切な人を失い、道に迷い、悩み苦しんだ。父アセムは皆を守るために親友と対峙し、傷つきながらも戦い抜いた。そんな彼らのことを知らずに、兵器だけが人を救ってきたように言う、ということが許せなかったのだ。

 オリヴァーの胸ぐらを掴んで殴りかかりたかった。が、キオは優しすぎた。生身の人間を傷つけることなど、彼にはできやしなかったのだ。

「地球を守ったのは、今も昔も人間だ」

 

 

 反論はそれだけだった。

「それは理屈です」

 

 

 204年、激化する反政府勢力に対し、既存兵器を上回る次世代量産型MSの開発のために、キオは軍の研究所に戻った。それだけだと思っていた、まさかガンダムまで開発されていたなんて、想像もしていなかった。

 大仰すぎるのだ。反政府勢力とはいえ、使っているのは一時代前のMSが殆ど。次世代量産型MSを開発するだけで、十分鎮圧できるレベルのはず。何か裏があるとしか思えなかった。

「あなたには話していませんが、今人類は危機に直面しています」

「……危機?」

「なにはともあれ、ここには兵器しか存在しません。先に進みましょう」

 

 

 オリヴァーは歩調を早めた。そんな彼の背中から視線を外して、キオは呟く。

「なるほど、アスノ家は蚊帳の外……というわけか」

 

 

 たとえ救世主になろうとも、確たる権力を手に入れるとは限らない。キオは権力闘争というものには参加せず、ただ人が人であることのできる世界を追い求めてきた。平和な日常を手にするのに、権力は必要なかったからでもあるが。

 今のアスノ家ができることといえば、祖父の銅像を建てることぐらいである。それだけでもいいと、今までは思っていた。

「……どうぞ」

 

 

 格納庫を抜けてしばらく歩くと、広大な会議場に入った。広大ではあるが殺伐としており、薄暗い。円状のテーブルが広がっており、そこに二十名ほどの人間が座っていた。政治家、軍人、様々ではあるが皆、権力を手に入れた者には違いなかった。

 きっと自分は〝本日のゲスト〟として呼ばれただけなのだな、とため息を漏らしながら、冷たい椅子に座った。

 しばらくして円状のテーブルの中央に、ホログラムが浮かび上がり、電子資料が配布される。テーブルに映った資料をタッチして、目を通す。そこにあった真実は、とてもじゃないがキオが黙っていられるものではなかった。

 

 

―――205年10月19日、ハードベイ宙域にてヴェイガン残党が、偵察機を撃墜。11月30日、コロニーファーデーンにてザラム過激派が自爆テロ……。

 

 

 現在の日付は、10月1日。

 これらは未来の出来事だ。まさか未来を予言しているのだろうか。そうは見えない。これはまるで予定表のような書き方であった。

「なんですか、これはッ!」

 

 

 声を荒げるキオだが、誰一人として反応する者はいない。いや、正確には隣にいた初老の男性が、キオを一瞥した。それだけだったのだ。

 ここは連邦の暗部だ。一般人に知られてはいけない事実ばかりが眠っている。マスコミ関係者だったら、秘宝を手に入れたとばかりに喜ぶだろう。

「さて、定例会議を始めるとしようか……」

 

 

 キオから一番遠くにいた老人が、鈍い声を口から絞り出した。名前も知らないあたり、政治家でも軍人でもないだろう。どこかの富豪が権力を手にして、ここに居座っている、としか思えなかった。その点、キオも同じようなものなのだが。

「まず、彼を呼んだ理由だが……」

「それは私が説明します。彼には真実を知る義務があります。救世主として、再び人類を守るという義務がある」

 

 

 オリヴァーはそう答えたが、キオは反論した。

「今の僕はただのMS開発者だよ。昔のように、ガンダムを駆って戦うこともできない」

「かといって、救世主の一族が、このような危機を傍観して良いはずがない」

「……なんだよ、それ」

 

 

 アスノ家には人類を救う義務がある。つまり争いを捨てた平和の中にいることは許されない、と権力を持った者がそう言っているのだ。そう簡単に逆らえるものではないし、本音をぶちまけることもできない。

「我々がほしいのは、あなた方一族が伝承してきた、AGEビルダーの製造技術です。あれは四十一年前に破壊された……」

 

 

 オリヴァーはキオから視線を外して、語りかけた。まるで納得することを確信しているかのように。

「あれがなかったとしても、造れるはずだ。現にAGE‐4は私が、ビルダー無しで造り上げた」

「ええ、造るのは簡単です。しかし、本来の機能である〝進化〟を実現するためには、必要なことなのです」

「そこまでしてガンダムを進化させたい理由は何だ?」

「それを今からご説明いたします」

 

 

 円状のテーブルの前にスクリーンが展開されて、薄暗い部屋に人工的な液晶の光が四散する。映し出されたのは地球の砂漠―――にしては、大気が淀んでおり、砂も薄い赤褐色であった。キオにはわかった、これは火星の大地だ。

「201年12月24日、火星に飛来した〝金属体〟を記録した映像だ」

 

 

 ノイズが所々あったが、それでもはっきりと見えたし、研究者たちの声も聞こえた。赤褐色の大地に突き刺さっているのは、楕円形で銀色の物体であった。表面は光沢を放つほど滑らかで、オブジェのように美しく見える。大きさからして、全長25メートルほどであろう。

「この金属は地球上に存在しないものであった……しかも、調べていくうちに、金属体の内部に〝人型の何か〟がある、ということも分かった」

「人型の……なにか!?」

 

 

「炭素系素材の装甲ですが、強度は桁違いではないか、というのが研究者の見解だ。このまま金属体を打ち砕いて内部の人型の何かを取り出したいところだが、なんせ内部の炭素系素材と金属体が融合していて、打ち砕くとなると内部まで破壊してしまう……まるで、これは蛹のようだ。異なる素材が混ざり合って、同化している」

「人型を形成している、ということは羽化が近いのか?」

「ああ、そうかもしれない。205年の春ごろから、金属体の表面が剥離しはじめて、今現在はすでに人型の頭部と胸部が露出している」

 

 

 映像が切り替わり、どこかも分からない研究施設に保管されている金属体が現れた。四方八方からワイヤーで捕縛されており、研究者たちが何かの実験を行っている。

 金属体から露出したそれに、キオは見覚えがあった。V字型のブレードアンテナに、鋭い双眼。頭頂部に伸びたセンサー部分は蒼く塗装されている。

「ガン……ダム!? いや、こんなものは知らない……」

 

 

 胸部は蒼一色で、中心部に球状の何かがあった。追加装甲にしては艶やかで半透明で、かといってセンサーにしては大きすぎる。そこに刻まれていた文字は【00Q】その下に【GNT―0000】、そのさらに下に細かな文字が刻まれているのだが、そこまでは読み取れなかった。

「地球には存在しないはずの金属、そして人型兵器……これは外宇宙勢力が存在する可能性を示唆しているのだ。そして、胸部に刻印された文字によれば……」

 

 

 胸部に刻まれた細かな文字が映し出される。

 

 

【INVASION:2051015】―――侵略。

 

 

 それはすなわち、侵略の日時を示していた。何故、敵側が人類に侵略の日時を教えるのかは分からない。もしかすれば、向こう側の反対勢力が人類に警告しているのかもしれない。どちらにせよ、憶測の域を脱しない。これが本物かどうか、ということも。

「侵略は十月十五日……今からちょうど二週間後だ」

 

 

 会議室の奥にて、老人は静かにそう告げた。これが本当だとすれば、間違いなく地球最大の危機になるであろう。人類の科学力を凌駕しているであろう存在が、地球に迫っているのだから。SF映画として親しまれてきた物語が、現実になるかもしれないのだ。

「我々は進化し、力を手にしなければならないのだ。いかなる手段を用いてでも、人類を守らなければならない……力を貸してくれるな? キオ・アスノよ」

 

 

 本当は罠で、すべてが嘘で、彼を貶めるものである、という可能性も捨てきれなかったが、それでも彼は頷いた。そうまでして貶める理由もないし、ドッキリ企画にしては大仰で、モラルに欠けるものである。

「これが本当だとしたら、僕も何かしないといけないな……」

 

 

 正直な話、キオは悔しかった。侵略が始まるとされる二週間前にようやく協力を求められるほど、自分の存在は軽くなってしまったのか、と。

 きっと目の前の男たちにとって、もうキオは救世主でも何でもないのだろう。ただの優秀な技術者、という認識だ。

 そう思っていないのは、背後にいる役人だけだろう

「協力してくださるのですか?」

 

 

 オリヴァーは静かにキオの肩に手を置いて言った。口調は静かだが、表情は喜びを隠せていない。

 彼は彼で、ガンダムを救世主とし神格化させ、アスノ家の人間はそれを造り出し乗り込み―――部品の一つであるかのように考えているはずだ。

「ああ、だけど一つだけ条件がある」

 

 

 これだけは、はっきりさせておきたかった。

「協力するのは、一介の技術者キオ・アスノだけだ。僕の娘たちを……ウェンディを……家族を巻き込むな」

「安心してください、ガンダムAGE‐V、Gタンク、Gキャノンのパイロットはすでに決まっている。あなたの娘さんが乗ることもありません。私としては不本意ですが、一人が看護婦で、もう一人が〝コックピット恐怖症〟ならば、仕方がないでしょう」

 

 

 その言葉に苛立ちを募らせたのは、父親として当然といえよう。それ皮肉めいた言い方なら、なおさら。しかしそれを抑えて、

「わかった、協力するよ」

 

 

 やはりキオ・アスノという男は優しすぎた。

 

 

 いい意味でも、悪い意味でも。


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