機動戦士ガンダム00AGE 【劇場版ガンダム00×ガンダムAGE(四世代目)】   作:山葵豆腐

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【第一話】 少女ふたり
その1


 さらに二年後。

 早朝、コロニーに少女の嘆きが駆け抜ける。

「だぁーっ! やっぱり寝坊したぁ―――ッ!」

 

 

 少女は自転車のペダルを踏みつけ、欧風の住宅街の車道を疾走していた。肩まで伸びた金髪に、十八歳にしては低めの背丈、白い柔肌を風が撫でる。幼さを残した顔立ちのためか、実年齢よりも二歳ぐらい若く見える。

 口に食パンをくわえて寝癖を直さずにいる、今となっては珍しい〝いかにも〟な女学生を見て、笑う近隣住民もいるが、そんなことは気にしない。黄色いラインの入ったセーラー服を風に揺らし―――スカートが捲れても大して気にしないあたり、そういう女なのだろう。

「まったく、これだからグリニッジ標準時は苦手なのね!」

 と、インテリぶった言い訳をしてみる。ちなみにコロニー内の時間が、グリニッジ標準時となっている、ということからの発言である。

 

 

 自転車の荷台にはトンカチが入っていた。隣のおじさんの家の屋根が抜けたらしく、その修理を朝早くしていたせいだ。急いでいたので返し損ねて、現在疾走する自転車の荷台の中にある。

 少女は父親譲りの碧眼を上空へと向けて、意識の半分を飛翔させた。自転車の運転中によそ見するのは危険ではあるが、そんなこと気にするような性分ではない。

依然として、見上げれば雲の向こう側に大地が存在する、コロニー独特の光景に違和感を抱かずにはいられなかった。四年前まで地球連邦政府の首都ブルーシア住んでいた彼女にとっては、自宅から十分の距離にあったガンダム記念館も、人工的ではない澄み渡った蒼い空気と足元に広がる緑もない、この場所に慣れることはできそうにない。

 

 

 急な坂を自転車で駆け下りたせいか、後輪が浮き始めるが、少女は気にせず前輪を加速させる。この速さでないと、スクールには間に合わないからだ。

 坂を駆け下りて、車の行き交う都市部をしばらく走ると、荘厳な造りの校舎が見えた。ここが少女の通う学校、トルディアMSアカデミーである。三年かけて、MSの操縦や製造、整備、艦船のオペレートに関する技術を学ぶ、総合軍学校だ。

「ふぅ……なんとか間に合ったかなー」

 

 

 時刻は八時三十四分、校門が閉まる三十秒前だ。この距離なら間に合う。ここから校門までの距離は六十メートル―――つまり、秒速二メートルの速さでいけば間に合う。幸いにもこのスクールの学生は真面目な人間が多く、この時間に遅刻するような生徒はほかに見当たらなかった。ゆえに神速の狼(自称)の彼女にとっては、容易いことだ。

「どっせい!」

 

 

 気合を入れて、ペダルを踏みつけようとしたその時、少女の目の前に深緑色に塗装された軍用車両が現れて、道を塞ぐ。校門と少女の間に割って入られたため、これ以上前に進めない。ただただ、校門の締まる音を清聴しているしかなかった。

 ジャスト三十秒後、軽快な着信メロディーがポケットから鳴り響いた。

『アリサ! 新学期早々、遅刻おめでとーっ! はむはむ……』

 

 

 その声はクラスメイトの、フジノ・イイザキだ。いつもどおり、朝からテンションが高い彼女に、アリサは少々気圧されてしまう。最後の〝はむはむ〟から、フジノが朝からピザを頬張っているというのは、容易に想像ができた。

「……ええ、今日も不幸ですとも、私は」

『遅刻したの、アリサだけだよ』

「こちとら、海より深―ッい訳があるの!」

『なになにーっ!?』

「よくぞ聞いてくれたッ! 朝っぱらから、隣のダイソンさん家の屋根が抜けて、その修理を手伝っていたのよ!

「平常運転だねー、アリサ」

「んでんで、急いで自転車を走らせ、あともう少しだったんだけど、最後の最後に校門前に現れた謎の軍用車両によって、立ち往生するハメになって……」

『あー、そこにいるのね。私も見ているよ! どうやら、中に乗っているのは、今日転入してくる特待生らしいんだって!』

「特待生ねぇ……」

 

 

 自転車から下りて、アリサは目の前の軍用車両を見つめる。特待生というからには、朝っぱらから軍事基地内でMSの訓練でも受けてきたのだろう。二年前だが、特待生だったアリサには分かった。

 懐かしいな……。

 そう思えたからこそ、その車両の中にいる人物のことが気になった。もちろん、友達になれるかな、とかそういうプラスの面で、だ。

「……ありがとう」

 

 

 軍用車両の向こうから細く透き通った少女の声が聞こえた。厳つい顔をした運転手の軍人が敬礼で返すと、軍用車両は校門の前から走り去った。

「あ……」

 

 

 そこにいた少女は、一言で表すと、とても幼かった。少なくとも、フジノたちと同年齢には思えない。褐色の肌、艶やかな黒髪は腰まで伸びていた。金色の瞳で、アリサを見つめてくる。着ているセーラー服の色は、MSパイロット科所属を示す蒼色、バッチは白い狼のマーク―――三年生のものであった。

「え……せん……ぱい!?」

「あなたは……」

 

 

 どこか他人の干渉を拒絶するような冷たい部分を持ち合わせた瞳が、微かに揺れる。少なくとも、アリサを見て嫌な感じにはならなかったのだろう。微粒子レベルの笑みを浮かべたと思うと、

「アリサ・アスノさんですよね」

 

 

 意外と声は大人びていた。その姿とのギャップに、アリサは驚く。

「え、ええ……」

「MS総合技工学科二年生、歳は十八―――」

「なんで、知っているの?」

「あの有名なキオ・アスノの娘と聞けば、誰でも知っていますよ」

「あー……それ知ってるのね」

 

 

 改めて、自分の父親の有名さを思い知らされてしまう。アリサが生まれた直後に、MSのパイロットも引退しているため、娘本人はあまり実感できないのだが。

「もっとも、私はあなたのことを書類上でしか知りませんが」

「は、はぁ……」

 

 

 なんだかよく分からないが、口調からは皮肉や嫌味を言っているような感じはしなかった。

「どうやら総合訓練プログラムの班分けで、同じ班でしたので……」

 

 

 総合訓練プログラムとは一週間後に行われる、MSアカデミーの生徒全員を対象にした軍事訓練のことだ。各学科の生徒が、二十ほどの班に振り分けられる。

「え、もう発表してたの!?」

「はい。あなた以外の班員の名前、性別、歳、所属学科、略歴、書類上の全ては覚えています」

 

 

 ギラっと、少女の金色の瞳が、アリサに突き刺さる。

「天才ですので、当然です」

「え、あ、そう……」

 

 

 普通ならこのようなセリフは嫌味ったらしく聞こえるだろうが、不思議とそうはならなかった。やはり特待生であるという事実、そして知的な雰囲気からも、納得できるようなものであったからだろう。

(しっかし、プライド高そうだなぁ……)

 とは、思うが。

「私はMSパイロット科三年生、セツナ・M・ヒジリナガです。よろしく、救世主の娘さん」

 

 

 セツナ、その言葉に聞き覚えがあったが、はっきりと思い出せない。きっとどうでもいいことなのだろう、とアリサはそのような思考を心の端に置いて、笑顔で答えた。

「うん! よろしく!」

 

 

 年下のはずなのに、綺麗にお辞儀をするセツナと名乗る少女の仕草は、自分よりも大人びているな、と思うアリサであった。

 セツナは校門に待機していた男性教師に、目を合わせると、先ほどの綺麗なお辞儀をした。

「遅れてすみません」

「いや、気にするな。特別訓練、ご苦労さま」

「お気遣い、ありがとうございます」

 

 

 ごく当たり前のように、男性教師は校門を開けて、セツナを学校へと〝招き〟入れる。

 校門は再び締まるが、アリサは臆することなく、自転車を引きながら、男性教師の元に向かう。今どき珍しい竹刀とジャージ姿のゴリラ顔の男性教師だが、今日は不思議と許してくれるような気がした。

「遅れてすみません」

 

 

 できる限り、セツナの口調を真似て言ってみる。

「おい、入学早々遅刻とはいい度胸だな、アリサ・アスノ」

 

 

 現実は非情だ。

「……はい、カクカクシカジカ、これには深い理由がありまして……ダイソンさん家の屋根が……」

 

 

 アスノ家の子供でも、優遇されないのが今の世の中。色々と贔屓にされてきたのは、祖父の時代で終わったという。

「言い訳なら、グラウンド十週してから聞いてやる」

 

 

 これまた今どき珍しい刑罰だな、とアリサは思う。何度も受けているので慣れてはいるが。

「……私、MS開発者志望なのですが……」

「そんなのは関係ない。体力と筋肉と根性こそが、全ての仕事の直結するのだ!」

「……なんじゃそりゃ」

 

 

 そう嘆かずにはいられない、救世主の娘であった。

 

 

 

 

 

 

「うぅ……酷い目にあったよ……あんの、脳筋ゴリラ男め」

「どんまいだよ……はむはむ」

「はぁ……あんたは気楽でいいよね」

 

 

 アリサは目の前の友人に向かって、ため息を一つ。

「アリサは優しすぎるんだよ、はむはむ」

「それが私よ! 困っている人がいたら、助けないでどうするのよ……」

「まーねー、あんむ」

 

 

 ピザをむしゃむしゃと食らう、見た目十三歳の友人―――フジノ・イイザキを前に、アリサは嘆息する。机を並べて食事しているあたり、昼休みのような光景だが、今は一時間目が終わったところだ。

教室では、次の授業の準備をしている生徒たちばかり。この二人は明らかに浮いている。

 フジノは肩に乗っかった茶髪のポニーテールを揺らし、右手に持ったピザを口の中に放り込んだ。

「はむはむ……腹が減っては、はむはむ、オペレートもできないんだよ!」

 

 

 緑色のセーラー服―――これでオペレーター学科なのだから、驚きだ。就職してから、勤務態度で厳罰を受けるのは目に見えている。

「なるほど、よくわからない」

 

 

 連邦軍に在籍していた父の話によると、ピザを食いながらオペレートする人間がいたので、あながち前例がないことではないらしい。もしかすれば、そのオペレーターの遺伝子を受け継いでいるのかもしれない、フジノは。

「にしても、午後からは総合訓練プログラムの班の顔合わせだねー、あんむ、あんむ、げッぷッ……」

「うぇ、汚ッ!」

 

 

 しかしながら、その幼すぎる顔立ちなのか、〝げっぷ〟すらも可愛いと思える。気を取り直して、アリサは机から身を乗り出すと、フジノをまっすぐ見て、

「それなんだけどさー……どうやら、私……さっき言ってた特待生と班が同じらしいのよね」

「セツナっていう娘だよね? 私も同じだよ! というか、私もアリサと同じ班なんだよー」

「マジで!?」

「マジだよー、ぼりぼり」

「って、まだ食べるのかよ」

 

 

 どこからともなくポテトチップスの袋を取り出して食べ始めるフジノに、思わずアリサはツッコミを入れてしまう。誇らしげに「食べるのだー」と言っているのをスルーしつつ、

「あの娘……どうも、三年生には見えないのよね」

「まだ十五歳だってさー」

「じゅ、十五歳で、MSアカデミーの三年生!?」

 

 

 十五歳というと、アカデミーの一年生か二年生の年齢だ。もちろんアリサのような〝例外〟もあるが、ほとんどはそうだ。事実、教室にいる生徒全員が、アリサより年下である。

「ってことは、飛び級!?」

「そーいうことだねー」

 

 

 普通の高校なら飛び級なんて、そう珍しくないことだ。しかしながらMSアカデミーとなると別で、専門的な知識をこれでもかというほど流し込まれるし、何と言ってもMSの操縦が難しい。Gに耐えるまでに半年、四肢を思い通りに動かすのに一年、バランスを取って走れるようになるには、三年必要だ。

 そのようなカリキュラムを半年でこなすなど、天才であるとしか思えない。

「結局、私とは世界の違う人間だにゃー」

 

 

 フジノは空になったポテトチップスの袋を丸めてゴミ箱にシュートすると、机に突っ伏した。

「まぁまぁ、少し話した程度だけど、そんなに嫌な人でもなさそうだったよ」

「はぅ……そうだといいけどねー」

 

 

 授業が始まったので、アリサは机を元の位置に戻して、教科書を机の上に広げた。フジノも、自分の教室へ小走りで戻っていった。

そして、教卓を中心に展開される、専門用語の入り乱れた授業にアリサは耳を傾ける。

「連邦のMS技術はAG170年代のレベルで停滞していたが、近年のヴェイガン残党をはじめとする、反政府勢力の武装蜂起が各地で起こったため、再び軍備拡大に乗り出した……ということは、君たちも耳にタコができるぐらい、聞かされたと思う」

 

 

 何故、今になって反政府勢力が活発になってきたのか、というのは、連邦軍が平和維持のための必要最低限の戦力にまで縮小させたのが原因であるとされる。しかしながら、彼らの武装蜂起も人類が手にした平和を掻き消すほどにはなっておらず、逆にそれが原因で地球では元火星移民者に対する差別が再び起こっている、というのも現実だ。

 そもそも、五年前にイヴァース・システムによりマーズレイは無効化され、火星への再移民も検討されるほどになった。つまりヴェイガン問題には、一応の決着がついたというわけなのだ。ゆえに不自然さを感じずにはいられない人々も多数存在する。

 火星移民者の大多数が平和を望んだものの、底知れぬ憎悪を抱く者もいたのだろう。何が引き金となったのかは、アリサの知る範囲ではわからないものの、その憎悪が膨れ上がって爆発した、というのは何ら不自然な話ではない。

 戦争で生まれた憎悪は、数十年の歳月などでは消え去らないのだろう。

 そんなことを一瞬だけだが、考えていたアリサを後目に、授業は淡々と続く。

「武装蜂起の理由は様々だが……まったく迷惑なものだ」

 

 

 アリサの左側の席の男子数名が、ひそひそ声で話していた。

「……一説によると、宇宙人の死体が火星に飛来したことで、外宇宙勢力の存在を確認した連邦政府が、来るべき宇宙戦争に向けて軍備増強を行っているんだってさ」

「……それで、わざと戦争を引き起こして……なるほど、つまり俺たちは、近々宇宙人と対面するわけだ」

「……声が大きいぞ……連邦軍にバレたら、秘密裏に殺されちまう」

 

 

 おそらく書店の端っこにでも並んでいるオカルト雑誌を読んだのだろう。宇宙人なんて突拍子のないものを出して、陰謀説を唱えるのを、アリサはよく思っていない。

 現実味がないのに、それを現実の問題に置き換えようとするのが、嫌い―――いや、苦手なのだ。

 二年前、本物の戦場を目の当たりにしたアリサには、そのように美化された話など信じられるはずもなかった。

「こらそこ! 聞こえているぞ!」

「お、俺たち殺されちまう……」

「そんな噂、嘘に決まっているだろうに」

 

 

 教師が注意すると、再び教室は静寂に戻った。この後は本当に専門的なことばかりだった。いつもながら疲れる。

 が、休んでなどいられない。

 早くアカデミーを卒業して、MS技術者にならなければならないのだ。

 そうでなければ、十八歳にもなってこのような場所にいる意味がない。

 

 

 

 

 

 

 昼休み、アリサは一人、屋上で携帯電話の向こうの人物に話しかけていた。友達と昼飯を食べる約束をしていたが、少しだけ時間をもらってここにいる。

コロニーの天気は晴天、季節は夏に設定されているため、程よく暑い。

「……うん、父さん、久しぶり」

 

 

 電話の向こうの男性の声は、優しげであった。

「父さんから電話してくれたの、久々だよ……あ、うん、最近忙しいのは分かっているよ」

 

 

 アリサの父は四十一年前、伝説のMSガンダムを駆り、戦争に囚われた人々を救った救世主キオ・アスノである。アリサにとっては大きすぎる存在であり、決して超えることのできないものであった。しかしながら、それに劣等感を抱くことはあまりないのは、彼がアリサの前では救世主である前に、一人の父親であったからであろう。

「明日、総合訓練プログラムがあるんだ。今回はコロニー内でやるらしいし、それに私はMSには乗らない……し」

 

 

 父はエイナ(アリサの姉)が生まれてからは、軍から身を引いていた。しかし一年前、連邦軍の次世代量産型MSの製造のために再び軍に戻り、今現在も多忙な日々を送っている。

「友達とも同じ班になったし……心配しないで」

 

 

 アリサは掠れた声で言った。電話の向こうの父親は『成長したな……』とだけ返してきた。

「もう、私も十八だよ。自分の進路ぐらい決めているって……うん、ありがと。お仕事、頑張ってね」

『無理しないでくれよな』

「大丈夫だって……もう、大丈夫だから」

『そうか……』

 

 

 嘘だった。アリサは今でも二年前のトラウマを克服できていない。MSのコックピットを見るだけで吐いてしまいそうになるし、今でも時々頭の中に〝変な声〟が響いてくる。

 電話を終えたアリサは、しばらく青空を眺める。

「うーン! ネガティブなことばっかり考えてちゃダメだな! 頑張ろう、私!」

 

 

 少女は前に進もうとした。

 MSに乗れないのならば、MSを造ってやろう。かつて、彼女の曽祖父がしたように、自分もいつかは……ガンダムのようなMSを開発しよう。

 そう考えると、午前中の授業の疲れなど吹っ飛んでいった。


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